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天性の「美味しい!状態に執着心」がある東京下町に棲息するおばさんのお料理・お菓子・道具・食材の他、散歩の記録を綴った日記です。by真凛馬


by mw17mw

<   2019年 04月 ( 27 )   > この月の画像一覧

中山道は、巣鴨地蔵通り商店街を抜けて、今の町名でいう西巣鴨に出た後、少し進むと、池袋と飛鳥山を結ぶ道路に出るのだが、そこを渡ると、北区滝野川に入る。

下の画像は、大正大学の裏にあたる中山道なので、西巣鴨で、そこに写っている昔の木造家屋は、江戸時代からの種苗屋さん。
何でも、ここら辺から滝野川あたりの江戸時代の産業は、種屋さんだったとか。

参勤交代で故郷と江戸を往復する武士たちは、やはり、故郷への土産を用意せざるを得ないのだが、嵩や重さのあるものはだめ、高いものはだめとなると、圧倒的に持っていく方ももらう方も喜んだ江戸のお土産が、「農産物の種」と「切り絵地図(もしくは浮世絵?)だったとか。(版画の多色刷りの技術は大都市に限ったもので、地方にはなかったとか)

で、以前、「駒込の特産物はナス、滝野川は、滝野川ごぼうとか滝野川にんじんの産地」と聞いたことがあったが、その他、農作物の種屋さんが沢山あったのだそうだ。(何でも、駒込は、土が浅く、滝野川は深かったので、ナスとごぼうの差が出たとか)

昔はこの種子屋さんのお宅のような建物がずっと並んでいたのだろうが、今となっては、最後の一軒かも。

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少し歩くと、池袋と飛鳥山を結ぶ道路に出て、池袋方面に少し行ったところに「千川上水公園」に案内され、説明を受けた。
1696年(元禄9年)に江戸幕府将軍徳川綱吉により上水開削が命じられて、玉川上水から分水する形で作られた22kmの上水。
上野・本郷までの水を潤していたが、今は暗渠。

案内の方から千川上水のレクチャーを受け、この巣鴨より北側は、中山道が整備されていたこと、千川上水があったことで、その後の産業の発展が決まったとのこと。
明治時代以降、王子や赤羽には、大砲や鉄砲を作る軍需工場が沢山できたが、それらは、千川上水の豊富な水源があったからとのことであった。

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千川上水の説明も終わり、再度中山道に戻ったが、滝野川に入ると、大きな土地の家というか会社が多かった。
ある建物の前に止まったのだが、そこは何と亀の子束子の会社であった。
その日は土曜日だからシャッターが下りていたが、平日なら、売店となっていて、亀の子束子を買うことができるそう。
(亀の子たわしは今でこそあって当たり前だし、最近はとんと見なくなってきたのものだけれど、戦前なぞは、画期的発明品でバカ売れしたらしい。)
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そのまま歩いて行くと、大きなマンションや駐車場が増えて行く。
その中に「滝野川種苗」という大きなビルが出てきて、「あ、本当だ、滝野川の種屋さんだ」と思ったのは一瞬。
すぐに、玄関に貼られた「休業のお知らせ」にがっかりする。その日付も5月であったから、去年より前の5月には休業に入ってしまったらしい。
この先、中山道沿いに、種苗会社の看板を見ることはなかった、残念。
案内の方の説明によると、大きな敷地のマンションや駐車場は、元種苗屋さんの土地だった可能性が高いとのこと。
時既に遅し、種苗屋さんがずらっと揃っている時の滝野川に来てみたかった。
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滝野川の広い道を歩いて行くと、ぽつんぽつんとお店がある、下の画像は、いなり寿司と海苔巻きのお店。
昔は我が家の方にもこういうお店があったのに、今はもうない、懐かしかったので、パチリ。(あると便利なのだが)

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この先、板橋駅にたどり着くと、街の雰囲気がまた一変する。


by mw17mw | 2019-04-30 21:37 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(2)
昔の巣鴨駅前の話書き忘れを2つ先に

<福福まんじゅうと福嶋家>
私にとって、巣鴨駅の思い出というのは、駅の真向かいにあった「福福まんじゅう」という蒸し器の水蒸気が白く上っているお店。
18歳の時見た時からずっとあったけれど、いつだったか、比較的最近見たら、そのお店がなくなっていた。
そうだよね、巣鴨駅だって、いつまでも木造の昔の商売を続けられる場所ではなくなっているのかもと思い、きっと、商売畳んで土地を売ってしまったのかと思っていたら、この前中山道ウォークの待ち合わせの場所から福福まんじゅうのお店が見えたのだ、あ、まだ、続いていたのだ。
(下の画像のビル一階の一番右、黄色い看板のお店)

案内の方に「福福まんじゅう、古いですよね、まだ、あって嬉しい」と話したら、割と冷めた感じで、「ま、戦後すぐのお店だから、古いと言えば古いけれど...」という反応。
後からの説明を聞くと、巣鴨の中で「古いお店」というと、白山通りに面している福島家という和菓子屋さんなのだそうだ。(場所は変わっているみたいだが)
(江戸時代からのお店で、その頃の逸話は、「福島家(江戸からの和菓子 巣鴨食文化散歩4)」 というブログが見つかった。)

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<徳川慶喜のお屋敷があった町>
徳川慶喜が大政奉還後、紆余曲折の後静岡で30年蟄居した後、東京に戻ることが許され、一番最初に住んだのが、巣鴨駅前だった。
場所から言うと、現在だと、巣鴨信金本店の隣にAPAホテルができたのだが、そこから後ろの広大な土地が徳川慶喜家だったとのこと。

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その話をすると長くなるので、また別に書くが、多分明治30年くらいに巣鴨にお屋敷を持ったのだと思うけれど、そこで、慶喜さんは鶴を飼っていたとのこと。
え、動物園でもないのに、鶴みたいな大きな鳥を飼うなんてやはりすごいと思うと同時に、巣鴨も今から120年くらい前まで、鶴を飼える環境だったことが素晴らしい。
(徳川慶喜は、巣鴨に山手線が通ることを嫌い、4年で、文京区の小日向の方に引っ越してしまい、そちらに30年住んだらしい)

話を巣鴨地蔵通り商店街に戻すと、地蔵通り商店街の真ん中くらいである巣鴨郵便局から、来た道を振り返って写したもの。
半分まで来なくても、少し歩くと、お店と人が少なくなる。

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ここまで来るとき、何でも、地蔵通り商店街では、ときわ食堂が一番人気があって、昔一軒のお店だったのに、隣に空いたお店ができたので、そちらもときわ食堂になったとか。
ときわ食堂って、浅草、入谷、合羽橋本通りにある大衆食堂けれど、それらのお店と似たような内装でありながら、きれいで、にぎわっている感じ。
でも、きっと、出てくるものは、そこそこのお値段でそこそこの美味しさではないかと思ったのだ。

ときわ食堂人気が一番と言うのは、巣鴨地蔵通り商店街が、リピーター客で成り立っている商店街だからこその現象だと思った。
リピーターが、しょっちゅう、歯医者だ、薬がなくなったと言っては通う商店街だからこそ、お昼は安くてそこそこ美味しいものに手が伸びるのだろう。
その点、浅草界隈は、リピーターではなく、常に新しい一見さんが来ることを前提とした観光地だから、ちょっと高くて見栄えするお店がにぎわうのだろう。

もうちょっと歩いて行くと、「充味(みつあじ)」という魚料理のお店が見えてきて、テレビで紹介された写真が沢山貼ってあったのだ。
どうも周囲の人に聞くと、このお店は確実に美味しいらしいが、やはり、地蔵通りの入口からちょっと遠いのが欠点。
いつか行ってみたい。(大正大学の上か、このお店か悩むところ)

<明治女学校跡>
都電の庚申塚駅の近隣は、住所でいうと、「豊島区西巣鴨」らしい。
案内されるがまま、路地に入っていくと、ちょっと小高くなったところに、低層の素敵なマンションが二層ある他、豊島区の特養老人ホーム、区民ひろば西巣鴨第二という施設が揃っていた。
低層の素敵なマンションの隙間から遠くが見えたが、どうも、そこは今歩いてきた道より一段高くなっているのか、下の方に景色が広がっているのがわかった。
で、そのマンションは東大の国際学生寄宿舎なんだって、へ~、良いところに良い物件を持っている東大。
区民ひろば西巣鴨第二と言う建物の前に、「明治女学校跡」という碑があった。
何でも、明治女学校というのは、1885年から1909年まで24年間存在した女学校で、当初、飯田橋にあったものが、1892年に麹町六番町に移転した後、1896年失火で建物を失った跡、この西巣鴨に1897年に移転し、そこでは人が集まらず、閉校が決まったとのこと。
(ということでこの学校の一番輝いていたときは、この地に移ってくる前だったらしい。)
東大の寄宿舎、特養ホーム、区民ひろば、全て合わせて3千坪、全て、明治女学校の敷地だったらしい。

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それにしても、明治女学校って、知らなかった。
今まで東京で一番古い女学校は共立女子で、二番目が文京学院とか覚えていたが、それは、「今でも残っている学校」でということだったのかもしれない。
(と書いたが、その知識は全くでたらめであった、正しい女学校の設立順については、wikiの女学校に詳しいことがわかった。ご興味ある場合は、wikiを参考にしてください)

明治女学校は、生徒も一流なら、先生も一流ですごかったらしい。
自由学園を創った羽仁もとこは、自分の娘を入れたい学校がないから自由学園を創ったとのことだったが、だったら、本人はどこの学校を出たか不思議だったのだ。(調べもしなかったが)
そうしたところ、羽仁もと子さんは、この明治女学校の出身であった。

その他、今回この女学校の紹介をしてくださった方によると、教頭の若松賤子(わかまつしずこ)という人の本を読んで、憧れ、樋口一葉が小説を書くようになったとか、(原文のままではないが)聞いて、がぜん興味が湧いた。

若松賤子さんって、32歳の短い人生の中、波乱万丈な生涯を送りながら、全く外国に行ったこともないのに、西洋人の英語塾で、英語も外国の習慣を覚えて、小公女とか小公子を翻訳したとのこと、びっくり!(そういう翻訳って、村岡花子さんが先駆者ではなかったのだ、明治の頃、既にそれができた人がいたのだ。
簡単に書きようがないのだが、会津藩の藩士の子供として生まれ、会津戦争で敗れ、母を失い、父は行方不明の身の上のところ、横浜の商人の養女になり、横浜で、フェリス女学院の前身である英語塾で教育を受けたとのこと。
その後、キリスト教徒にもなり、結核にもなり、結婚もし、子供を3人もうけて、しかも、明治女学校の教頭もし、翻訳及び文学活動をしていたとのこと。
確かに、明治の女、しかも会津の女、すごい...。(もっと、書くと、夫であった巌本善治のwikiを読むと、彼女の生んだ三人の子の娘にバイオリニストの巌本真理がいたりして、またまたすごいと思う)

詳しいことはまだわからないが、明治以降、日本の才女というと、樋口一葉が上げられるけれど、この若松賤子さんという人ももっと取り上げられて然るべきと思うが、余りに短い人生、自分で考えた文学より翻訳が良かったということで、取り上げにくかったのか?
今回、この若松賤子さんを知りえたことが一番の収穫。


by mw17mw | 2019-04-29 23:58 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(4)
今回、中山道ウォークに何気なく参加させていただいたのだが、「中山道の終点が京都」という知識が、私の頭には全然なかった。日本史、大学受験の科目に選ばなかったし、暴力、人殺しが嫌いだから、時代劇ものは、見ないし、余程のことがないと読まないしで、スポっと当たり前の常識が欠落していたことがその時わかった。(どこが終点と思っていたかと言うと、木曽くらい?)

そして、巣鴨駅から中山道を歩くとなると、何と、巣鴨地蔵通り商店街こそ、昔の中山道なのだって。

ということで、初日は、地蔵通り商店街を歩くことをメインに、中山道や巣鴨のの昔の話を聞いた。

地蔵通り商店街は、自分でも何度か歩いたことがあるし、おばあさんの原宿という賑わいで、だいたいわけがわかっていると思っていたが、結構知らないことが多くて楽しかった。

江戸時代、巣鴨は、中山道の立場(たてば 休憩所)として栄えていたが、その当時、「お地蔵さん」は、とげぬき地蔵ではなく、眞性寺という中山道の入口のお寺に作られた江戸六地蔵のお地蔵さんしかなく、皆、中山道から旅に出る人たちはこのお地蔵さんに旅の安全を祈ったものとのこと。
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で、高岩寺というとげぬき地蔵のあるお寺は、何と、江戸時代は、神田明神の裏手にあったものが、明暦の大火で建物を焼失し、今の上野駅の向かい側岩倉高校のところに移ったらしいが、それも明治に入り、明治24年に上野駅の整備に伴い、今の巣鴨に移ったらしい。
それまで、結構人気のある寺であったが、巣鴨に移ってからは参拝者が減ってしまったところ、明治36年の山手線巣鴨駅開業を機会に、高岩寺さんの努力もあって、「とげぬき地蔵」の後利益が広まり、段々、昔の賑わいを取り戻したのだとのこと。
何も知らないければ、きっと「とげぬき地蔵」は昔からの信仰に守られていると思うけれど、お寺側の努力の話を聞くと、偉いと思う。

また、つまらない話だけれど、この巣鴨地蔵通り商店街で一番多いお店の業種は何でしょう?と言われたけれど、わからなかった。
お饅頭屋?とも思ったが、実は、「歯医者さん:と「薬局」なのだって。
そうか、「とげぬき地蔵」に毎週お参りに行くというと、周りの人があきれるかも知れないが、「老人に優しい歯医者にいくついでにお参りに」とか、「地蔵通りの薬局は老人向けの商品が揃っている」というと、行きやすいのかも知れない。

勿論お饅頭屋さんというか、お饅頭やお赤飯、おにぎりを売る他、軽食もできる甘味処も併設しているお店がぎっしり、いいな~、今度食べたいが、どこも混んでいて入れるかなと言う感じ?

下の画像は、高岩寺にある高島易断さんのところに貼ってあった「尊王志士46名」の画像。
歴史的には、フルベッキ群像写真の44名の志士たちという写真らしきもの。真贋良くわからないというけれど、これって、本物ではないような気がする。
昔、この写真を撮る場合、全員10分か身動きしないと写真に納まらなかったらしい、それを考えても、切り貼りした画像かなと私は思う。(リンクしたページをクリックすると、名前がはっきりする)

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高岩寺を出て、旧中山道を進んでいくと、庚申塚という都電の駅に出るのだが、その間半分くらいはとても賑やか。
しかし、半分くらいからお店も歩く人の数も減っていく。
そして、案内してくださった方のお話によると、「来るのが遅すぎた、そこの新しい花屋さんは、以前、自家製の味噌を作っているお店だった」とか、もう、昔の商売をやめてしまったお店が相当あって、もう昔の姿は見れないのだって。

地蔵通り商店街は、既に地元民のための商店街ではなくなっており、他所から来る観光客が目当てで、全国から集まったお土産物やお菓子のお店ばかりになっていた、ま、仕方ないか。

あ、そうそう、これはとても大切な話なのだけれど、京都に行くのに、東海道以外、中山道というルートがあったは、東海道だと、天竜川とか、大きな川を渡る必要があり、女性には向かないルートであったからとのこと。

で、中山道が1600年以降徳川家康の命令で整備されて以来、有名なのは、新選組が京に上った時と、皇女和宮の降嫁のとき、3万人の行列で、中山道を下ってきたこととのこと。
特に、皇女和宮のお輿入れのときは、3万人が2か月をかけて京から江戸に移動するわけで、それらの人が眠ったり休んだりする施設が必要なこともあり、中山道全て、道沿いにどのような大きさの家があって、誰が住み、他に人を泊める余力があるかなぞ調査をした記録(江戸時代末期の中山道の姿)が完ぺきに残っているそうだ。


by mw17mw | 2019-04-28 12:19 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)
この2,3日、天候が不順で、ずっと暑かった後、夜中が寒かったよう。
そんなことを考えずに、私は、一昨日、昨日と、半そでのまま、倒れるように眠っていて、夜中に目が覚めた時もちゃんと長袖に着替えたりせずに朝まで寝たら、完全に体を冷やしたようで、眠っていてもせき込んで大変だった。
出る咳が大げさで、身体を2つに折らないと咳が出ない感じ、その咳をするのに、身体と体力を使ってしまったみたい。

で、今日は朝から、胸の下からみぞおちの上が何となく痛くて元気が出なかった。
喉はのど飴なぞを飲んで治ったが、この筋肉痛と言おうか、横隔膜痛と言おうか、ずっと薄っすら痛んでいたが、今、お風呂に入って温まったら、痛みはだいぶ楽になったし、何しろ、頭が回転するようになった、めでたし、めでたし。

というわけで、明日から、ブログ再開します。

by mw17mw | 2019-04-27 23:56 | 日常生活 | Comments(0)
Tianakのお姉さんのお友達が白山にお店を出すと聞いていたのだ。
何でも、昔一緒に働いていたことがあったんだって。

で、結構白山が好きな私のこと、先日巣鴨方面に行った帰りにその新しいパン屋さん「ブーランジェリーアモニエ」に寄ってみた。
白山って、気取ってはいないけれど、落ち着いた住宅街で良い雰囲気、パン屋はあるのかというと、昔ながらのパン屋さんは1,2軒あるみたいだが、「ブーランジェリー」という名前がつくお店は一軒もなく、新たにオープンするなら、とても良い立地だと思った。

場所は、白山駅を出て坂を上り、5差路に分かれているところを右(本郷方面)に少し歩いてすぐ。(隣がカメラやさんでそれが目立つ)
オシャレ、接客が2人で、3人の職人の方がパンを作っているのが店の奥に見える。
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Instaを教えてもらったので、時々見ているけれど、盛況のよう。
パンは三種類買ってみたが、当然美味しい。(丁寧な作りで優しい味に感じたが、数日置いて食べたバゲットはまた違った印象)
でも、家の近所にTianakなぞがあると思うと、ここまで買いに来ないかも知れないと思うが、是非、一度はいらっしゃることをお勧めします。
(ただ、私は一度しか行ってなく、それも開店まもないので、まだ、「これぞ、私たちの自慢のパン」というパンを出していないような気がした。←生意気ですが)

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by mw17mw | 2019-04-25 21:38 | 飲食店・菓子店 | Comments(2)
第三週のメニューはこちらで、「月火は⚫︎シューファルシ。春キャベツでフランス風のロールキャベツか、⚫︎タブレ。こちらはクスクスのサラダ。スモークサーモンとファラフェル付きです。ファラフェルはヒヨコ豆を細かくして揚げた食感の楽しい小さなコロッケのようなもので。月火はhalutaさんのパンとのこと。水曜日はイアナックのパンと豚肉、鶏肉など」とのこと。
この週は月曜日が都合が悪かったので、遅くなるかも知れないが火曜日に必ず食べに来るから一食分取っておいてねとお願いした。
でも、シューファルシとタブレ、どちらが美味しい?美味しい方が良いとか勝手なことを言ったら、Tianakのお姉さんが、「ハーフ&ハーフで取ってきます」という優しい言葉をくれた。
実際に食べたら、フランス風のロールキャベツのシューファルシーは、キャベツの葉の中にひき肉たねを包んでいくのではなく、何か容器に、キャベツの葉、ひき肉、キャベツの葉、ひき肉と段々に重ねて行って、焼くロールキャベツのよう。
全部美味しかった、ファラフェルというひよこ豆を細かくして揚げた小さなコロッケも私好みだったな~。
その他、野菜にごぼうとか里芋を使っているのに、それを西洋風に処理しているのに感心。

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パンは、halutaさんのパンらしく、少し酸味があって、ライブレッドと言う感じ?(下の画像の後ろの方)
前は何でも、「人参パン」という人気のパンで、外についているぶつぶつは、かぼちゃの種、パンの中をじっと見ると見えてくるオレンジ色の細かいものが人参。
美味しいことは美味しかったけれど、私のようなパン初心者にはまだ本当の美味しさがわかっていないかも。
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4週目のメニューはこちらで、「月曜日→にぼバタトーストとアイヨリ。イアナック自慢の食パン😚3枚切りの厚切りトーストとにぼバター。タラと春野菜をアイヨリで。火曜日→halutaさんのパンとカスレ(お肉と白インゲン豆、ソーセージなどが入ったフランス南西部のお料理です!) 水曜日→ファルシかフリカデレ(ドイツの小さなハンバーグ)か、キッシュか。まだ迷っています。」とのこと。
私のチョイスは、昨日食べて来たカスレ。(火曜日だったので、早く行けないで、前日予約してきた)
カスレって、どこかで聞いたか、どこかで食べた記憶があったのだが、食べながら考えたら、昔、メーリングリストで、料理のうんちくを色々情報交換している時、「ローハイドみたいなアメリカの西部劇に出てくるポークビーンズは、フランス系移民が作ったフランス家庭料理のカスレが大本ではと火」言っていたから、知っているのかもと思った。
ふっくら煮上がった大きな大きな白インゲン豆、豚のバラ肉ともも肉?それにソーセージがトマト味で煮て美味しかった。
とにかく量が多くて力強い料理であった。
サラダもグリーンサラダ、マヨネーズ味のポテトサラダが添えられていて、全然飽きない。

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パンは、後ろの白いのと大きいのがイアナック製で、前の二つがこのカスレに合わせてhalutaさんが作ってもらったパンらしい。
確かに、イアナック製の白い小さなパンは小さなチーズがちりばめられていて繊細なのだ、こういう繊細なパンを、力強いカスレに合わせて食べると、パンが可哀そうな気がする。(でんでんでんとしたカスレの大味なお肉の味に、その繊細さが生きないのだ。)
その点、halutaさん作のカスレに合わせて焼いたという、食べると長くちぎれて、ちょっと酸味のある(悪口ではない、一本調子の)パンの味は、カスレに負けていなくて、合っていた。

なるほどね、作った料理に合わせてパンを揃えるというのは必要なことかも知れないと思う。

それに、このお店で色々なパンを食べることによって、パンの美味しさがわかってきたような気がする。(でも、お米で育った日本人の悲しさ、週一回のパンランチが週二回に増えることはないところが、私の限界)

それと、Tianakのお姉さんは、私より相当若いと思うのだが、豊かな時代に生まれて育ったせいか、どんなお料理を作っても彩を考えてきれいに作るところ、また、生野菜、茹でた野菜やお豆、お芋もバランス良くお皿に盛るところとか、すごいな~と思う。(ま、当面、個人の資質ではなくて、時代のせいにしておこう。<笑>)

by mw17mw | 2019-04-24 15:31 | 飲食店・菓子店 | Comments(0)
相変わらず、週に一回のペースでTianakでランチしている。
私としては、一番良く行くお店になった。

で、個々の料理をもっと載せたいのだが、何せ、週に3日違うメニューなので、紹介しても次回いつ出てくるかわからない料理になってしまい、紹介しにくい状態でいる。

でも、とにかく、土曜日か日曜日に、Instaで、来週のメニューが発表されるので、私はそのメニューを比較して、行く日を決めている。

それと、以前とこのお店が変わったのは、パンのメーカーがIanakだけでなく、Halutaというパン屋さんのものも使われるようになったこと。
(私としては、Ianakのパンの美味しさに慣れて味がわかったときだったので、halutaさんのパンには最初抵抗があったが、最近は、美味しさが少しはわかるようになった。)

ま、パンに関していえば、このTianakのお姉さんについて行けば、パンに殆ど興味のない人でも、パンの美味しさがわかってくると思う。


さて、4月一週目のメニューは、「来週月曜日はhalutaさんの黒パンでサバやお野菜をたくさん使ったサンドイッチとひき肉とジャガイモの小さなグラタン、新玉葱のミニスープとセットのプレート」「火曜日もhalutaさんのパンにフランスの田舎風スープ〝ガルビュール〟」「水曜日は、イアナックのパンに豚肉を塩漬けにしたもの」とのこと。

ということで私の選んだのはオープンサンド
一番乗りでお店に入った時に、カウンターに並んでいた料理の風景、とてもきれいで美味しそう。
一つはアボカドと海ぶどう、もう一つは、サバのオープンサンドだった。
確かこの日は4月1日で、フランスではエイプリルフールではなく、魚を食べるとか、魚型のケーキを作って食べる日とのことで、Tianakのお姉さんが自分で茹でたサバを使ったオープンサンドを出してくれた。(臭みも全然なく美味しかった)

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それが一人分のお皿に乗せられると下のような感じ。とても、美味しかった!
ま~、千円でこれだけのことをしてくれるなんて、ありがたや、ありがたや。

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その次の週のメニュー は、「月曜日は、全粒粉のバンズで和牛のパテは120gのバーガー、キヌアとお豆のサラダなどとコーラ1杯つき、火曜日は、halutaさんのパン」、メニューがはっきりしていたのは、月曜日のハンバーガーだけだったのかな?でも、このお店でハンバーガーを出してくれるのも珍しく、ワクワクして食べに行ったのだ。
そうしたら、付け合わせに「じゃがいもロースト。トマトのパスタや黒豆と3色キヌアのサラダ胡瓜のバルサミコピクルス」がつく豪華版だった、大満足。
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毎週毎週、3通りの美味しいプレートを考えてくださって、本当に頭が下がる。
このTianakのお姉さんの経歴・職歴を知らない(そうだ、名前も知らないが)ので、何だか、頭の中からいくらでもフランス風、洋風のメニューが浮かんできて、それを実際形にして出してくれるからすごいと思っている。
ごぼうを料理しても、里芋を煮ても、和風ではなく、西洋風の料理で出てくる人なのだ。

このお店ができて、「家の近所でこういう料理が食べられるようになった」なんて、未だ信じられない。

by mw17mw | 2019-04-23 23:21 | 飲食店・菓子店 | Comments(0)
Kuramae-Aさんが誘ってくださって、行けそうで、中々行けないモンペリエへ。
水曜日に行ったのだが、実質、お客は、Kuramae-Aさんと私の2人だけだったので、カウンターに席を作ってもらい、そこで、シェフとお話ししながら、料理を楽しんだ。
しっかし、いつ食べても、このお店は美味しいものしか出てこないから、本当に好き。
ただね、この日は、予約の段階で、「ホワイトアスパラガスが出る」という話だったのに、フランスからの入荷が一便遅れてしまい、このお店では、月木にフランスからの食材が届くから、次に届くのは私たちが行った次の日とのこと。(涙)
食べたかった~~。

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前菜には、サラダとか色々なテリーヌがあるのだが、このお店にたまにしか行かないのなら、パテドカンパーニュは外せない。
何ていうのだろう、ここのパテカン程、手抜きが感じられないパテカンはないと思えるから。
それだったら、ハーフサイズがあるので、もう一つはシェフお勧めのキノコのテリーヌのハーフサイズにして、それぞれ、サラダと盛り合わせてもらった。
そうしたら、このキノコのテリーヌも本当に美味しかった、色々なキノコの他、何だらというソーセージで作ったものなのだって。(きっとそのソーセージだって、絶対フランス産だと思う)
その日の前菜は初めて食べたキノコのテリーヌは驚きの味であり、何度目かのパテカンは安定の美味しさであった。
下の画像のパンも勿論自家製、オリーブはどちらだろう?多分自家製?

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メインは、シェフお勧め「鴨のモモ肉赤ワイン煮 プラム添え」
プラムの他、ヌイユというのだろうか、平打ち麺が付いてきて、この麺とパンを残ったフルーティに仕上げたソースに吸い込ませては食べで、美味しくて大満足。
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この日、飲み物は、最初泡を飲んだ後、二人で下の「ブルゴーニュ」を一本開けたのだが、この寮が二人では多くて、メインが終わった時点で、ワインが一杯ずつ余ってしまった。
だったらと、「ちょうど熟れごろのチーズがある」とのことで、四種類の盛り合わせを出してくれた。
いつもはメモを取らない私であるが、この時ばかりは勿体ないと思い、ちゃんと名前をメモしてきた。(右上が「バラカ」(牛乳)、左上が「グリエールチーズ」、舌左が「シェーブル」(山羊)、右下が「エポワーズ:(臭い牛乳のチーズ、今が一番熟れ時の食べごろなのだって)
全てのチーズがちょうど熟しているというのか、何気に皆柔らかく、美味しかった。
塩分の強いものも多く、「日本人が日本酒を漬物で食べるのと似ている」とのことだった、フランス料理は最後にチーズを食べないとフランス料理ではないのだって。

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最後デザートは、私が一番上の上がババロワ、下がマスカルポーネを組み合わせたものに、キャラメルソースが添えられているもの。(勿論、ババロワ、キャラメルソースは自家製)
下右は、Kuramae-Aさんのプリン、このお店のプリンは外せないが、私は食べたことがあるので、違うものに。
写真左下は、おまけのレモンピールにオレンジピール、当然、モンペリエのシェフお手製、すごく美味しかった。

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今回、ワインを取り過ぎたことで若干高めだったけれど、どれもこれも美味しく、お話も面白かったので、後悔はない。
全て材料を吟味し、それに全て丁寧な下処理をして作った料理に満足であった。
すごくお勧めです。(お昼もちょっと変わっているけれど、勿論丁寧な仕事で美味しい)

by mw17mw | 2019-04-22 19:39 | 飲食店・菓子店 | Comments(0)
先週の日曜日、日田の絵を描くのが趣味な親戚から、彼が参加する美術団体の展覧会の切符をいただいていたので、例年のように、国立新美術館に見に行った。
その帰り、「そうだ、先日行った築地の黒澤の姉妹店の『くろさわ』といううどん屋さんが近くにあったはず、確か品川Iさんも入りやすいとか、何だか肯定的なことを言っていた覚えがあった」と行ってみた。

それに、私は六本木について、例えば、六本木ヒルズに行くとか、国立新美術館に行くとかは地図を見て行けるけれど、全体の地理がわかっていないので、六本木の地理を頭に入れるためにも少し歩きたかった。

くろさわの場所は、アマンドの横のお道を下りて行って、テレ朝にぶつかったら、そこを左に曲がって行ったところにあるみたいだし、そのまま、真っすぐ行くと、麻布十番の商店街になることが今回頭に入った。

やはり、古い古民家を鉄板焼きのお店にしたところと、鉄筋のビルの中に木造のお店を作ったうどん屋さんでは、オシャレ度も親切度も全然違った。
別にうどん屋さんが感じが悪いわけではなく、基本的に、お昼のうどん屋さんなんて、お客は一杯うどんをすすって帰る者として扱われるのは当然だろう。
内装も、築地のお店に黒澤監督のデッサンした絵が飾ってあったが、このお店にはないみたい。(それでも、外人客が多いらしいが)
それに私は、入ってすぐのカウンターに座ってしまったので、中までは見ていない。

ただ、六本木あたりにお昼時一人で来た時に、このお店は利用しやすいと思った。

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こちらがお昼のメニューでうどんが3種類の他、名物の黒豚のメンチカツが売り物らしい。
私は面倒だったのと、その日が結構扱ったのに、冷の「黒豚と根三つ葉のゴマざるうどん」に決めた。
後から2,3人で入って来た人たちは、うどんの前にメンチカツを食べるべく頼んでいたので、私もそうすればよかったかなとちょっと後悔。(でも、今改めてメニューを見たら、350円に見えていたメンチカツが1350円であることがわかつて、びっくり!←コメントで教えてくださった方がいて、1つ350円と書いてあるのかも)

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このゴマざるうどんが冷というのは、うどんだけの話で、ゴマダレは熱々だった。
うどんはツヤツヤしていて、とてもきれいで、柔らかめ、うどんをどう表現すれば良いか良くわからないが、問題なく普通に美味しかったけれど、やはり、量的にはちょっと少な目だったかな?
うん、1300円は、確かに六本木値段、でも、仕方ないか。

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後で食べログを読んだら、カレーうどんが美味しいみたい、もう一度くらい、何かのついでに、カレーうどんかを食べに行ってもいいかなとも思う。

by mw17mw | 2019-04-21 19:26 | 飲食店・菓子店 | Comments(2)
今週の金土の午前中、最近よくお世話になっている「としま案内人駒込・巣鴨」の方たちが主催する「中山道ウォーク」に参加させていただいた。
一日目は、巣鴨駅から地蔵通り商店街(旧中山道)を通り抜けて西巣鴨の大正大学へ。二日目は、大正大学から旧中山道を通って板橋宿の上宿までというコースであった。
また、このウォークについては、別途書くと思う。

実は、この会の一か月前の駒込の桜の時に、参加者の女性から、「大正大学の学食は素晴らしい」と聞いていたので、参加一日目の前に調べて行って、解散と同時に行ってみた。

ウォークは、大正大学から見たら、裏側で、鉄筋のさざえ堂の前で解散であった。(で、私の行きたい学食レストランは、その後ろに見える建物の8Fにあった。)

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大正大学の学食のページを見ると、いわゆる安い学食もあるのだが、5号館の8階にちょっと気取った、だからと言って高いわけでもない使いやすそうな学生でも一般の人でも利用できるレストランがあるみたい。
何で、そういう施設を作ったか、想像でしかないけれど、西巣鴨と言うホテルとかレストランが全然ない地域の大学なので、ちょっとした学校の催し物の際に、使いやすい自前のレストランが必要だったのかなとも思う。(この西巣鴨は、池袋東口行きのバスで10分の位置、巣鴨駅も都営三田線で1駅だけれど、両方とも、大きなレストランとか宴会場が余りない盛り場だものね)

その食堂は、鴨台食堂と書いて、「おうだいじきどう」と難しく読ませるのは、そもそもが仏教系の大学だからか。
(どうも、この大学は巣鴨にあるから、巣鴨の台地ということで、鴨台と言う言葉を使っているみたい)
何でも、プリンスホテルの元シェフが料理を作っていることが売りとのこと、

ランチのお値段だが、平日は、千円の週替わりランチ、1200円のスペシャルランチ、1300円でサーロインステーキランチ、1400円の一押しランチがある他、ハンバーグとかもあるみたい。
土曜日は、ウィークエンドハーフブッフェで、メインは一種類に決定だが、2200円か、2500円で、その他のオードブルやスープ、飲み物、デザートなぞをブッフェで食べられるシステムみたい。(日曜日はお休み)
食べログにも情報があった。)

行ってみると、とても明るくて素敵な広いレストランであったし、サービスの女性たち皆きれいでキビキビしていて気持ちが良かった。
(私が行った時はこのように空き席ばかりだったが、帰るころには、6割か7割は席が埋まっていた。)

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そのレストランの四方のうち、2面が大きな窓だった。
光が入って気持ちの良い空間ではあったが、窓からの景色は、既に、周囲に大学より高いマンションが沢山建ってしまい、余り、景色は良くなかった。

こちらは、案内された席から見えた外の景色。
大正大学は、本当にきれいな大学で、ほぼ古い建物は現代的な建物に建て替えられていたが、どうも、このレストランの隣の敷地が今や最後の建物の工事中のよう。
この建物が完成したら、もっと景色が見えなくなりそう。

下の画像の赤い矢印のところに、こんもりした緑が見えたので、お店の人に聞いたら、「染井霊園」とのこと、あちらが駒込方面のよう。

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ここは、レジのところの窓から見えた景色。
池袋の高層ビルの向こうに、青色の矢印を入れておいたが、新宿のNTTのビルのよう。

西巣鴨は、高台のようだが、周囲に何があるのか、良くわからない。

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これが、週替わりランチ、ご飯とサラダ付きで千円。
料理名は、「黒豚もも肉のグリル フルーツソース」で、量が多く、そこそこ美味しかった。
もも肉を火を通し過ぎないでできるだけ柔らかく焼こうとしたら、ある程度火を通してから、そのまま置いておくのが常道だと思うが、その通りで、少しぬるい焼き加減が出てきた。ちょっと硬かったけれど、噛めば味がある豚肉で美味しかった。
席にはフォーク・ナイフの他、お箸も用意されているので、豚肉のグリルは食べ良く切られて出てきた。
ご飯の質が今一つだったけれど、野菜も全て美味しかったし、これで、千円だったら、コスパが良いと思う。

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そのお店が、どの程度のお店でどの程度の量が出てくるかわからなかったので、一番安い週替わりランチを頼んだが、それに更に600円出すと、「スープとデザートとコーヒー」がつくと言われたが、それを断ったのだが、食べ終わった後、窓から優しい光が入ってくる混んでいないレストランの席で、長居がしたくなり、つい、アイスコーヒーを頼んでしまったら、それが400円で、確かに量は多かったけれど、高かった。(涙)
でも、きれいに片付けられたテーブルで、コーヒーを飲みながら、色々考えることもできたし、良かった。

この鴨台食堂、もし、西巣鴨に行くのなら、利用価値が大だと思う。
土曜日のビュッフェだって、お友達とグループでちょっとした会をするのに良いし、平日の安いランチも材料が良くて、そこそこ美味しいし、お勧め。
ただ、西巣鴨自体、他に何もないから、近所の人しか利用できないかも。

わたし的には、今回、巣鴨から地蔵通り商店街をテクテク見物しながら歩いて行ったわけだが、巣鴨地蔵通り商店街こそ、本当に昭和の時代の商店街で、こまごましたお店を見ながら歩いていて、ちょうど真ん中くらいのところから、にぎやかではなくなってしまうのだが、一階の店舗を見ながら歩くのは変わらない。
昭和の商店街見物もそれはそれで楽しいのだが、最後、この鴨台食堂という現代的なビルの高いところにある広々とした食堂に行くと、「道幅の狭い商店街をめぐる昭和的楽しさも良いけれど、広々した部屋で光を浴びる平成的な楽しさも良い」と思える。

お勧めです

by mw17mw | 2019-04-20 23:31 | 飲食店・菓子店 | Comments(0)