カテゴリ:東京都内のお散歩・見物( 370 )

なぜか「フランスワイン」、なぜか「田崎真也」さん

先週の土曜日は、私の「春の始まりの日」と書いたが、実は、夜も、楽しいイベントがあったのだ。

ある日、ふと気が向いて、「台東ケーブルテレビ」のページを見たら、「抽選で、田崎真也さんゲストのフランスワインの会ご招待」の募集を発見、これは、応募しなくてはと、すぐさま、メールで応募したら、見事当りました!
有難うございます、台東ケーブルテレビ様。

で、私はワインは飲むけれど、全く詳しくないし、田崎真也さんについても、「ソムリエの凄い人で、良くテレビに出る」くらいの知識だったので、私の友人の中で、一番ワインに詳しそうな人に声を掛けて、二人で行くことになっていたのに、その人から、前日の夜、風邪でダウンとの連絡が入った。

急遽、代役を探さなくてはいけなかったのだが、同じ日の昼間にご一緒する、会場である浅草ビューホテルに一番近いところに住んでらっしゃる、ワインにも興味がありそうなyasuさんに声を掛けたら、「行ける」とのこと、これで、昼夜、yasuさんにお付き合いいただき、無事、楽しんできた。
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場所は、浅草ビューホテルの最上階である28階のバンケットルーム。
窓から、軽くライトアップした浅草寺が見える。
形式は、立食パーティ。
お料理も美味しかったし、田崎真也さんも良かったし、ワインは、どんなランクのワインかもわからない私であったが、味の違いが良くわかって、文句なしの会であった。

田崎さんは、フランスの地図を示しながら、それぞれの地方で作られるワインの種類を、地理の関係を軸に、わかりやすく説明してくれた。
田崎さんにとって、この初歩的な解説は、何千回目か、何万回目のことだろうに、淡々と、興味が沸くような話し方で、わかりやすく説明してくれる。
また、このフランスワインの会は、2時間だったのだが、その間中、田崎さんは、各テーブルを回って、招かれた人たちの途切れることなく、歓談していた。
(仕事的には、結構つまらない仕事だと思うのだが、全く、そう感じている雰囲気がなく、誠意を持って、誰とでも話している様子を見て、「大人でプロ」だと思った。)
何だか、この世界で第一人者で生きていくのだからという自覚がすごくあるのか、常に丁寧さと真面目さが感じられ、本当に第一人者なのだなという雰囲気。
とても好印象の方であった。
この方は、テレビで、ワイン以外の話題でも良く出演されているが、やはり、安定感と真面目さと、人の言葉をきちんと聴き、人に合わせるサービス精神があるところが、評価されているのかも。

何でも、田崎さんは、今朝、フランスから戻ってきたばかりとのこと。
フランスは、日帰りとか一泊で行くことが多く、3月だけでも、これが三回目のフランスとのこと。
目的は、シャンパーニュ地方に行って、一種類のシャンパンを試飲することだったらしい。
それは、すごい!(それが、自分の知識のためなのか、どこかから頼まれた仕事だったのか、聞けば良かった。)

とても忙しい方らしくて、日本にいれば、忙しくて睡眠時間が足りないのだけれど、フランス日帰り旅行をすると、飛行機の中でずっと眠ることが出来るので、時差ぼけもないし、体調もいつもより、良いとのこと。

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ワインは、説明された10種類を飲むと、ワイン1本飲んだことになるので、気をつけてくださいと言われた。
試飲に供されたワインは、クレマンという発泡ワインから始まって、白・ロゼ・赤、最後、ミュスカというデザートワインの10種類。

リストの中から、色々なワインを混ぜたワイン2種類は、初めから飲まないことに決め、残り8種類を、リストの順番どおりに味見したから、1本の8割くらいの量を飲んだことになる。

yasuさんが、お水を飲みながらワインを飲むと、酔わないと教えてくれて、これが役立った。
実は、飲み込んで行くうちに、心臓がドキドキ言い出すのを感じていた。
こういうとき、冷たいお水をもらってきて、沢山飲むとそれがおさまり、次のワインが飲めた。
こういう飲み方をしたので、大して酔わなかったし、二日酔いの症状も出なくて、助かった。

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お料理も、ビューホテルのシェフの人の話によると、古典的な料理が多いとのことであったが、全て美味しかった。(ヌーベル・キュジーヌでないという意味で「古典」という言葉を使ったと思う)

オードブル類は、こじゃれたガラスの小さな容器に盛られたものが多かった。
(食べられなかったものも多かったけれど)
ビーフシチュウとか、帆立貝のフローレンス風などが並んでいたが、オードブル・メインともとても美味しくて満足。

d0063149_1912430.jpg一番気に入ったのは、オードブルの、ホタルイカをドレッシングで和えて、グレープフルーツをほんのちょっと加えたもの。
もしかして、ドレッシングの中にもグレープフルーツの果汁が入っているのかも知れないが、ホタルイカとグレープフルーツの組み合わせは合うと思った。
どれもこれも、美味しいお料理だったが、インスピレーションが沸いたというか、刺激を受けたのは、ホタルイカとグレープフルーツの組み合わせ。
今度、真似してみよう。

でも、ワインとお水を沢山飲んだせいか、お料理は、ピザとかパスタ・ピラフまでに手が伸びなかった上、デザートも食べる気が起きなかったことが残念。(笑)

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ワインの勉強と試飲と美味しい料理で、本当に楽しい会であった。
予想通り、田崎さんがテーブルに来てくださっても、ワインについて、質問したり、語ることなぞできなくて、「写真を一緒に撮らせてください」というくらいの私であったが...。(笑)←しかし、私以外もそんな感じではあった。

台東ケーブルテレビ様、有難うございました。
また、このような企画があったら、是非、私を当ててください。(笑)

この日は、帰り、かなり酔っていたら怖いと思ったので、自転車ではなく、つくばEXを使って、ビューホテルまで往復した。
つくばEXの浅草駅は、こんなきれいなディスプレイがあって、豪華。
(しかし、ビューホテルまでの地下道は、自転車置き場を通らねば行かれず、ここのところがちょっと興ざめ)

d0063149_1923311.jpg右の写真は、お土産に入っていたフランス食品振興会のフランスワインの本で勉強しようと思う。
これがきっかけで、ワインに詳しくなれたらいいな~。
ということで、物の初めとして、図書館で、田崎さんの若い頃の話が載っている、立花隆著の「青春漂流」を借りて来た。
田崎真也さんだけを描いた本ではなくて、10人のその世界で成功された若者の青春が描かれていた。
まだ、3人分(料理食品関係のみ)しか読んでいないけれど、とても面白い。
田崎真也さんのところでは、「やはり、彼は、そもそもの志が高い」ことがわかった。
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by mw17mw | 2008-03-27 19:04 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(2)

観音裏・千束通り散策4/4-千束通り

その後、千束通りを端から端まで歩きながら、色々教えてもらった。

千束通りそのものは、南側が浅草寺の西側のひさご通りと繋がっているような位置関係。
ひさご通り自体、観光地の浅草の中では、観光地の商店街というより、下町の商店街ぽいが、それでも、米久という牛鍋屋さんやお祭りグッズのお店があるし、六区に近くて、馬券売り場や映画館に隣接しているので、それでも、やはり、浅草地域外から人がやってくる商店街の雰囲気がある。
d0063149_17284437.jpgそのひさご通りを通り抜けて、言問通りの信号を渡ると、そこからが、千束通りという商店街になるのだが、こちらは、本当に、住民向けの商店街。
とても長い商店街で、北の終りは、地方橋(ぢかたばし)で、埋め立てられた山谷掘がある。
ということは、所謂吉原と隣接している位置にある。
(江戸時代は、船で隅田川を上って、山谷堀に入って、吉原に行ったそうだ。その頃の地図は、こちらを参考にしてください。)
千束通りの北半分は、本当に吉原と隣接していて、千束通りを西に曲がって、ちょっと歩くと、すぐに花園通りという道路があるのだが、その向こうに、風俗のお店と思われるけばけばしい名前の看板が並んでいる通りが見える。(別に昼間は普通に歩けるし、私も良く自転車で通り抜ける。)

簡単に書くと、南北でいうと、「千束通り」は、観光地としての浅草の北側の観光地ではない商店街。
東西でいうと、一番隅田川に近い区域が、元芝居小屋の区域、そこから、西に、料亭や検番というものがある花街の地域、その次が「千束通り」という生活の匂いの強い商店街があって、それより、西に、昔遊郭だった吉原に続く地理関係。

私は最近、土日どちらかに、千束通りの「フードマーケット ダイマス」まで自転車で、主に大倉屋さんのがんもどきを買いに行っているので、「フードマーケット ダイマス」の中はわかっているのだが、それ以外のお店については、全く知識がなかった。
だから、yasuさんに、案内してもらった。

(フードマーケット ダイマスについて書くと、プチ贅沢なものも売っているし、大倉屋さんのお豆腐類の他、マッシュルームが安い、フルーツトマトが安くてまとも、丸鶏が660円と安いところが気に入って、カードを作って、ここのところ、週一で通っている。)

千束通りには、もう我が家の方ではなくなった昔風のお店が沢山あった。
昔風のお茶屋さん、金物屋さん、陶器屋さん、お菓子屋さん、本屋さん。
昔風ではないけれど、酒屋さん、お肉屋さん、鶏屋さんも、通りに数軒ずつあった。
珍しいところで、貝専門(そんなに種類は多くないけれど)店がある他、食べ物屋さんも沢山ある。
真ん中に自動車道路が通っている以外は、本当に、私が幼かった頃の下町の商店街風で、懐かしいことは懐かしいのだが、昔のままの店舗で営業をしている店が圧倒的多数である状態を見ると、皆、自分の代までだと思いながら、営業しているような気がして、その点、何だか、ちょっと淋しい。

土曜日だったから、シャッターをおろしているお店も多く、そこが、定休日なのか、商売をやめてしまったのか、わからなかった。

甘い物屋さんを併営している和菓子のお店が三軒もあるのが、印象的。
先日、ところてんがすごく食べたくなって、合羽橋の甘い物屋で、ところてんを食べたら500円だったことを覚えていたので、サンプルの中でところてんを見つけて価格を見ていたのだが、千束通りの甘い物屋さんのところてんは、250円~340円程度であった。
(合羽橋が高過ぎるような気がする)
(家に戻ってから、インターネットで検索したら、山口屋本店という和菓子屋兼甘い物屋さんが魅力的)
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少ないのは、ケーキ屋さん・パン屋さん。
yasuさんが、通りの裏の方に、ケーキ屋さんで良いところがあると連れて行ってくれたお店は、千束小学校の北側に面した、大きなビルの1Fでとても現代的なケーキ屋さんであった。
しかし、近づいて見ると、お店に店員さんもお客さんもいないし、ショーケースには何も入っていない。
お店の前の黒板を読むと、どうもこのお店は、「現在、季節ではないから、ケーキは作っていない。名物のオレンジピールのチョコレートは予約一杯で、今注文されても4月4日以降の受け渡しになる」とのこと。
お店の名前は「タカラヤ」さん。
全然知らなかったけれど、人気あるみたい。
家に帰ってから、インターネットで検索してみたけれど、そんなに名前が売れているわけでもないように思えるのだけれど、皆、何で知っているのだろう?
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他、珍しいと思ったお店の写真を撮ったので載せた。
この鳥獣店は、千束通りの一本奥の通りにあり、ここだけを切り取れば、本当に昭和30年代のムード。
我が家の方にも、小鳥屋さんというお店が子供の頃にあったっけ。
(そういえば、熱帯魚屋さんもあったな~)
yasuさんによると、つい先日まで、小鳥の入ったかごが、店の前にあったそうだが、この時には、商売はやめて、お店をきれいに片付けてしまったようだ。
(今、「高畑鳥獣店」で検索したら、やはり、この風情が好きな方が多いのか、結構記事にされているようだ。ここにリンクするのは、まだ営業されていた頃の写真が載っているもの)
もう一つのテントの文字も、yasuさんに教えてもらったもの。
「友人価格・親戚値段」というのは、昭和を感じさせる魅力的なフレーズ。(笑)

本当に大きな商店街だけれど、やはり、昔と比べて活気はなくなっている上に、通りに面したところで、マンション建設の工事現場が数箇所あったので、今後、もっと淋しくなるのかしらと思ったが、一番大きい工事現場の建築計画を読むと、一階は店舗になるようで、何だか一安心。

今、他の商店街と同様に、難しいところに来ているのだろうなという感じがした。

所々に地元民に人気のあるお店もあるようだけれど、遠くからわざわざというお店がないような印象の商店街であった。(観音裏には、遠くからわざわざという飲食店が何軒かあるけれど)

インターネットで色々読んだけれど、結局、娯楽とか遊ぶ場所が増えて、浅草の地盤沈下とともに、千束通りの人通りが段々少なくなっているようだ。

観音裏や千束通りは、江戸時代末期からの町だから、100年以上、色々な歴史や色々な産業があったわけで、その遺物とも言えるような色々な物が所々に散在していて、地元の人に案内してもらうと、楽しいところなのだ。
でも、どこの駅からも遠くて、中々、他所の地域の人が、「散策してみよう」と中々思わない地域なのかも。
そうなのだよね、千束通りを抜けると、その先は、住宅地としての下町。
浅草の雰囲気を感じられる北限が千束通りなのかも知れない。

言問通りの手前までの浅草には、浅草寺があるけれど、そこを抜けて言問通りを渡ったところに、もう一つ有名な寺社仏閣があれば、皆、千束通りまで行くのだろうけれどね、人工的に作るわけにも行かないしね...。(大鳥神社は、お酉様のときだけだしね)

「浅草中村座」だか、「平成中村座」という芝居小屋を作ろうという運動もあるけれど、あの計画自体、予定されている場所が浅草寺の北東側で、できたとしても、千束通りや観音裏には余り影響はなさそう。

言問通りに新しい地下鉄が走るみたいな計画も聞いたことがないし、このままどこの駅からも遠い状態で、時間が過ぎて行ったら、どんな街に変わっていくのだろう?(どこの駅からも遠いと書いたが、つくばEXの浅草駅からだけは近い)

最後は、午前中に待ち合わせした、ダイマスさんで、大倉屋のがんもどきを買って、yasuさんと一旦別れ、私は、浅草松屋横の、靴屋さんがある地域に、靴を探しに行った。

yasuさん、どうも有難うございました、とても楽しかったです。
おかげで、言問通りから向こう側、相当詳しくなれました。
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by mw17mw | 2008-03-26 17:30 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(2)

観音裏・千束通り散策3/4-浅草猿若町界隈

d0063149_10114118.jpg観音裏を散策するに当り、yasuさんが写真のような手書き風の「浅草大好き 下町情報マップ」という地図を持って来てくださった。
何でも、千束通りのデンキヤホールの前に置いてあって、無料のものだそうだ。
時々、新しくなるとか。
(それと同じものが、テラサワというパン屋さんにあったので、私ももらってきた。)

それを見ながら、色々案内してもらった。
細かくは書かないが、ビートたけしが来る居酒屋とか、立川談志が行くトンカツ屋さん、私がインターネットで美味しそうだと思った洋食屋さん、yasuさんがインターネットでチェックした「ポークピカタ」が美味しいトンカツ屋さんetc.etc.
(定番の徳太楼、むつみ、梅むらなどはお互いに知っているので省略)

で、主だったところをご紹介。
食事した後、言問い通りを隅田川の方に向かう、少し行くと、昔の浅草猿若町の標識がある。
ここには、江戸から明治にかけて、芝居小屋があって、賑わっていたそうだが、今はごく静かな職住混合地域ながら、結構、興味を引くものが隠れていた。

確か、故沢村貞子さんは、浅草猿若町に生まれて育って、20歳まで暮らし、彼女の「私の浅草」は、ずっと昔のここらへんを綴ったものなのだ。

言問い通りから、北へ入った路地の先に、藤浪小道具の看板を見つけ、そちらに曲がった。
今や、藤浪小道具という会社だけが、浅草猿若町に芝居小屋があったときの名残を伝えているとか。

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この写真は、藤浪小道具の玄関脇と倉庫の様子。
明治の初めの頃からの小道具のお店で、劇場やテレビに小道具をレンタルしているらしい。
ショーウィンドーというのだろうか、硝子越しに見えるのは、娘道成寺とかいう踊りに使う三連の赤い傘。(幼稚園の頃、こういう道具や色合いを見ると、自然と心の中が華やいだのを思い出した。)

その右の倉庫には無造作に、芝居に使う駕籠かきの駕籠があった。
(こんなに時代劇っぽいものばかり揃っていて、段々テレビも舞台も時代劇は少なくなる傾向なので、困らないかな~と思っていたが、後で、詳しい人に聞いたら、藤浪小道具さんには、現代劇の小道具も揃っているとのこと)

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藤浪小道具で、「面白いね~」と見ているときに、その先に、「テラサワ」という「浅草大好き 下町情報マップ」に載っているパン屋さんを発見。
行ってみることにした。
昔風のお惣菜パンや菓子パンを手作りしているお店で、種類も豊富。
私は食パンと三角サンドイッチを購入。
家に帰って食べたが、サンドイッチ、結構美味しかった。
サンドイッチのパンが美味しいということはトーストに向かないタイプの食パンかなとも思ったのだが、実際、トーストしたら、それはそれで美味しかった。
安いし、中々良いパン屋さん。

その後、晴月という「唐(とう)まんじゅう」という名物を売っているお店を発見したが、残念ながら、お休み。
それから、千束通りに戻りながら、色々な路地を案内してもらった。
花川戸が近いせいか、ものすごく高そうな靴を並べている立派なサロン風のお店があったと思うと、お兄さんが一人でブーツを全て手作りしている工房のようなお店を発見したり、楽しかった。

d0063149_1015798.jpg写真の家は、美容院のようだ。
昔ながらの木造家屋をそれなりに現代的に生かして使っていた。
他にも、個人の邸宅で桜の木が立派な家を教えてもらった。
yasuさんが毎年花を見るのを楽しみにしているという、玄関の門からはみ出た桜の木はとても幹が太い上に枝の広がりも大きく、咲いたら、さぞきれいだと思った。(隅田川や上野の山には余り太い桜の木はないから)
また、鼻緒屋だったかな、家の正面にそう書いてあった家もあったけれど、ここはもう看板だけで、商売はやめてしまったようだ。

千束通りに戻る途中で、レスリングの浜口京子さんの自宅を教えてもらった。
アニマル浜口さんの本名の表札を確認して、「あ、ここだ」と言って、家の前を離れたときに、偶然にも、浜口京子さんが家から出てきた。
京子さんも私たちには気付かず、私たちも、京子さんの自転車に乗ろうとしている後姿を見る位置関係であった。
もっちろ~ん、何も声を掛けずに、後ろから静かに「あの人、本人だよね」と小声で確認し合いながら、見ていた。

浜口京子さんは、そんなに大きいという感じはないけれど、筋肉質でがっちりしていて、身体全体から、「アスリート」とか「格闘家」というオーラが出ている感じ。
1,2日前に、北京だったかの試合に勝って五輪代表になれたというニュースを見たけれど、もう自宅に戻っていたのだ。
大きな試合の後で、疲れていることもあるのか、表情もぶすっとしていて、テレビやポスターで見るにこやかな印象はないけれど、何だか、それがとても自然な感じがした。
彼女は、人気も必要だろうけれど、「タレント」ではなく、そもそもは、「北京オリンピック代表選手のアスリート」で、常に「勝つこと」を人生の目的にして生きているだろうから、そんなヘラヘラしてられないだろうなと思った。
yasuさんと、ラッキーだったねと喜ぶ。
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by mw17mw | 2008-03-25 10:17 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(4)

五本木「スリール」→代官山→中目黒

食事の後、ボン・シュマンの裏手にある「パティスリー・スリール」に行った。
このお店は、以前にも紹介したが、ロオジェにいた岡村さんという方のお店。
ご一緒した友人が「レストラン出身のパティシエだから、パティスリー出身のパティシエのお店に比べて、派手さはないけれど、確実に美味しい」と評していたがその通り。
日曜日の午後、店内には、次から次にお客さんが入って来て、大変繁盛していた。
このお店、遠くから買いに来ると言っても限度がある立地条件、それにも拘らず、これだけお客さんが来るというのは、本当に地元に愛されているお店という感じ。

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並んでいるお客さんを見ていると、他のお店より、男性客の比率が相当高いような気がした。
皆、奥さんに頼まれて買いに来たという感じではなく、自らケーキを選んでいる人が多かった。

私はこの後、代官山に行くつもりだったので、壊れそうなケーキは買いたくなかったし、お財布の関係もあり、一番地味で質実剛健な、「ガトー グーテ」を400円でお買い上げ。(笑)
(写真右は、半分くらい食べた後のもの、体積として、虎屋の一口羊羹3つ入り3パック分くらいの大きさかな?)
一言で言うと、「洋風羊羹」
ナッツパウダー・砂糖・卵・小麦粉・ココアを混ぜて、そこに干したリ、砂糖漬けにしたリンゴ・レーズン・シナモン・オレンジが入れて、焼いたもののようだ。
バターの風味はしなかったが、これはこれで、量が多くて安いけれども、上等な味がして美味しかった。

五本木の交差点から三宿の方に向かうと、左と右に道が分かれるところがある。
そこを右に行くと、すぐに「ボン・シュマン」、左に行くとすぐ「スリール」、そして、まだ行ったことがないが、スリールを通り越してもうちょっと行くと、パンの名店「シニフィアン・シニフィエ」がある。

そして、この道というのが、2階建て以上の高さの建物がなく、道路が広々としていて気持ちよい。

別宅・別荘買うなら、食べ物事情も良いし、五本木がいいと思う。(ま、宝くじでも当らないと、買えないけれど)

駒沢通りは素敵な通りではあるけれど、その近隣、決して高級な住宅ばかりでなく、戦前に建てたと思われる立派な木造家屋の材木屋さんとか、ビルになったお豆腐屋さんなど、結構、古くからのお店が多く、私としては違和感がないのだ。(どうも、私は、古いものと新しいもの、高級なものと庶民的なものが混在している地域が好きなのだと思う)

その後、恵比寿行きのバスに乗って、恵比寿の一つ手前で降りて、鎗が崎(やりがさき)というところから、級山手通りに入った。
ヒルサイドテラスにあるチェリーテラスを探しながら、お散歩。
反対側に、ル・コルドンブルーの東京校を見つけて喜ぶ、流石格好いい。
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旧山手通りに面しているヒルサイドテラスは、Asoもあり、素敵。
お店もお客さんも皆オシャレ。
ヒルサイドテラスの相当手前の建物の後ろに、昔のお屋敷風の日本家屋が見えて素敵なのだが、ヒルサイドテラスの後ろは何なのだろう?

チェリーテラスはすぐに見つかったが、手前の本を売っている部屋はお休みで、奥だけが営業していた。
素敵なものが沢山並んでいるけれど、種類が少ない。
ここは、そのときの一番良いものだけを並べ、そのときの一番良いものが欲しい人が買いに来るお店かなと思った。(価値観がはっきりしている)

その他、クリスマス用品のお店やドラッグストアを見て、何も買わずに帰路に着いた。
交番で中目黒への行き方を習って、鎗が崎の坂を下りると、駒沢通りに出るのだが、そこから見る祐天寺方面の景色がとても素敵。
高い建物が何もなくて、ずっと遠くまで並木道が見えるのだ。
何だか、ここから、郊外の素敵な住宅地が始まるという感じが良い。
(ここで写真を撮れば良かったが、忘れた)

最後中目黒に出て、目黒川の紅葉を写して、散歩終了。
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by mw17mw | 2007-12-05 18:23 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)

芸大-岡倉天心他

今日は、久々、何も予定のないお休みで、どこかに行きたかったが、おじさんフレンドは仕事。
で、一人で、一番手軽なところに行った。

慌てて家を出たわけではないが、東西めぐりんの到着予定時刻に合わせて、出たから、気付いたときには、お財布には、めぐりんの回数券と1500円しかなかった。
え~い、お財布にお金がない方が使わなくていいわいと、そのまま出かけた。

私が一番憩う場所は、「朝倉彫塑館」だから、そこに行こうと思ったのだが、谷中のお寺の沢山ある道を歩くのもいいなと思い、芸大前で降りたら、「岡倉天心展」をやっていて、明日で終り。
これも何かの縁と、500円払って、見てきた。
そりゃあ、横山大観とか、菱田春草とか、見応えはあったけれど、何と言うか、不思議な気がした。
今まで私が見てきた日本画は、掛け軸は別として、やはり、その時代を描いたものばかりだったのだが、明治時代の人が、平安とか江戸時代とか、中国の古代の絵を描いている。
例えば、兵馬俑の軍隊のような軍隊が出発するとき、兵士の奥さんとか子供が、馬に乗った兵士と涙ながらに別れを惜しんでいる巨大な絵とか、どうして、日本人が書けるのか不思議な気がした。
勿論、その絵には全て色がついている。
何だか、明治時代って、今より、古代や中世や中国の古典に近かったのだろうか?

今、日本画を学ぶとしても、現代の日本人は、古代や中世を想像しながら、絵が描けるのかしら?と思ってしまった。

また、岡倉天心のパトロンであった九鬼男爵とその夫人の写真の展示もあった。
鹿鳴館で着るようなドレスで写っている日本女性の写真だったが、その脇に、「九鬼男爵夫人。岡倉天心と恋に陥り、その後、協議離婚。精神を患い、そのまま死亡」というようなことが書いてあった。
何だか、可哀そうになってしまった。
あの時代の男爵夫人ということは、家柄も良く、教養も高く、凛としていることが求められる立場から、不倫をしてしまったことがその精神にどんな影響を与えたか、想像にかたくない。

d0063149_2323794.jpg見応えのある展示を見た後、芸大美術館を出たのだが、そのとき、ふと、入り口の反対側に行ったら、六角形の屋根が見えて、何だろうと近づいてみた。

そうしたら、それは岡倉天心先生の像であった。
私は岡倉天心については、テレビで何度か見たことがある程度の知識だったが、本当に、この芸大美術部の庭のようなところに、でんと飾られているなんて、知らなかった。(というか、芸大の美術に入るのは、三度目であった)
芸大の学生は、いつもいつも、岡倉天心先生に見つめられながら、勉強しているのだ。d0063149_23397.jpg

岡倉天心展を見て、芸大の中の岡倉天心像の置き方を見たら、「岡倉天心は、日本美術界の巨人」なのだということが、良くわかった。

(その岡倉天心像の周囲は、ほんの20mくらいだけれど、自然豊かな舗装されていない道とかあって、とても良かった)

話が長くなるので、簡単に書くと、その後、谷中の迷路のようなところをフラフラした後、朝倉彫塑館に向かったが、入る人が多かったのでやめて、そのまま真っ直ぐ行って、諏方神社に行き、その境内でぼーっとした時間を過ごした。
上野の山の中で、観光客も来ず、高い木と緑に囲まれてぼーっとするには、ここが一番かも知れない。

d0063149_2345937.jpg残っている千円で、何か食べるか飲むか、お土産を買おうと思った。
一番最初に浮かんだのが、日暮里駅に向かうところにある佃煮屋の鰻の佃煮。
そうだ、一回は食べてみたいと思っていたし、新米の季節にピッタリだと思ったのだが、値段を見てびっくり、持ち金では無理であった、ハハハハ。(写真で値段が見えますか?100g1600円です、牛肉並み、ま、鰻を大和煮にすると、縮むから高いのもわかるけれど。千円だったら、買えたのにね)

次に頭に浮かんだのは、藤屋豆腐店で売っているピーマン漬け。
最近買っていないけれど、これもご飯にピッタリ、安いし、ちょうどいいと思って、藤屋豆腐店に行ってみたが、ピーマン漬けが見えず、諦める。

d0063149_236128.jpg再び、東西めぐりんに乗ったのだけれど、上野の京成のところで降りれば、酒悦は近いので、一旦降りて、無事、「ゆかり」を買った。(75g315円)
(酒悦で、シラスを売っていたが、100g550円だった、あれはきっと美味しいに違いない)

酒悦のゆかりの正式名は「しそゆかり」で、原材料が「しそ、食塩、梅酢、酸味料」。
ご飯にかけて食べたけれど、香りも味も満足。

とても、心が憩ったお休みでした。
明日は、部屋の掃除、頑張るぞ~!
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by mw17mw | 2007-11-17 23:08 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(2)

合羽橋近辺の新しいお店

合羽橋HPを直すために、この数日、よく合羽橋に出かけている。
そこで、発見したお店のご紹介を。

Rumor
d0063149_16363289.jpg合羽橋道具街の中央よりちょっと北の松が谷側に、セルフサーブス式の新しいカフェを発見。
今日、行ってみたら、オープンが8月24日で、まだ、開店一週間とのこと。
コーヒーやジュースの他、ハンバーガーやベーグル、お酒のおつまみがあるようだ。
ここの特徴は、お店の設計が素敵なこと。
古い木材をベースにところどころに、オレンジ色や黄色を配置したインテリアで、落ち着いた中に、新しさが光って、感じが良かった。
1Fは、カウンターが主で、後、2人席が2つだったかな?
1Fには、4台PCが置いてあって、その席が空いていれば、インターネットに繋がることが可能。
これは、すごく良いと思う。
d0063149_16365553.jpg合羽橋で買い物の途中、「インターネットでは、こう書いてあったと思うのだけれど」とか「どのお店で売っているか書いてあったのを忘れてしまった」というときに、利用できるようになった。
中2階は、4人用のゆったりしたソファスペース、2階は、二人席が2つに、四人席が2つ。
また、2階には、大型TVがあり、皆でスポーツ観戦ができるとか。
何だか、新しい感覚のカフェ&バーが合羽橋にできて嬉しい。

合羽橋の喫茶店というと、今、「合羽橋珈琲」が有名で、これはこれで良い喫茶店なのだが、ある場所が北過ぎたのだが、このRumorは、合羽橋珈琲より2ブロックくらい、中心に近いところも良い。

Bistro KINUKAWA
写真は撮らなかったのだけれど、西浅草の東本願寺近辺に、新しいBistroを発見。
白を基調とした素敵なお店で、「おさかなレストラン」と書いてある。
メニュー等をまじまじと見ていたら、シェフが出てきて、説明してくれた。
(きっとオーナーシェフなのだろうが、若い人であった)
お魚主体だけれど、魚が嫌いな人のために肉がないわけではないけれど、あくまでも、魚主体のお店とのこと。
お昼は、コース2200円しかないとのこと。
反対に夜は、アラカルト中心、コースは頼まれれば3500円のものがあるとのこと。
何だかとても素敵で美味しそうなお店であった。
ぐるなびに登録しているとのことで、家に帰って早速そのページを見てみたけれど、有機野菜にも力を入れていて、行ってみたいと思った。

でも、お昼がコースで2200円となると、一人では行き難いから、中々行けないかも。
夜も、近所の私の友人というのは、結局飲み仲間の居酒屋が一番という人ばかりだし、何だか、残念だな~。
とりあえず、機会を見つけて、是非行きたい。
一番手っ取り早いのは、どなたかを合羽橋案内して、そのランチで利用すること。
合羽橋オフしようかしら?(笑)

LWAN
合羽橋道具街より一本上野寄りの道を北上していたら、松葉公園の横に、小さいけれど、渋くて立派で素敵な新しい喫茶店のようなお店を発見。
お店の中にいた人と目が合い、自転車を留めて、様子を聞いてみた。
そうしたら、ここは、一見喫茶店なのだけれど、実は、葉巻専門店なのだそうだ。
お店の奥が葉巻屋さんになっていて、手前は、葉巻を買った人が、お茶やコーヒーを楽しむスペースなのだそうだ。
「もし、お茶だけでもという方がいらしたら、それはそれでお受けします」とのこと。
でも、葉巻の香りのする空間だったら、たばこの嫌いな人はだめでは?と聞いたら、そのお店の方は、たばこを吸わないのだけれど、葉巻の匂いは気になりませんとのことだったので、大丈夫かも。
葉巻好きな人には有名なお店なのかしら?
ただ、雰囲気がとても落ち着いていて、ここが喫茶店だったら、本当にいいのにねと思ってしまう。

何だか、合羽橋近辺に、若い人たちの若い感覚の素敵なお店を3つも見つけて、嬉しくなった。
(合羽橋って、私からするとまだまだ発展すると思っていたけれど、中々素敵なお店が増えなかったのだ。)
道具街ということが基本で、大きな柱、そして、未来形は、食のテーマパーク。
(自然発生的なテーマパークであり、決して、大企業が設計したテーマパークではない)
料理が好きな人が合羽橋を訪れると、買い物だけではなく、友達とのおしゃべりとか、食事も楽しめるみたいなイメージ。
他の特徴のない繁華街より、面白い街に発展できる可能性十分、今後が楽しみ。
合羽橋近辺にオシャレなお店が増えて、単純に楽しいな~。

めん公望
d0063149_16372924.jpgここは新しくないのだけれど、余りよく知らないので、今日まじまじと見てきた。
いつからこのお店があるのか、そして、どういう変遷を辿ったかはわからないけれど、「蕎麦打ち」教室以外に、お店で、手打ち蕎麦が食べられるようだ。
場所は、馬嶋屋さんのところの路地を入ってちょっと行った右側。
気楽にお蕎麦が食べたいとき、良いと思う。
つゆがどんな具合か、ちょっとチェックしないとわからないけれど。
蕎麦打ちの体験コースは、2時間3500円とのこと。

<おまけ>
つくばEXの浅草駅出口の隣に「浅草うな鉄」というお店ができて、その前を歩くと、鰻を焼く匂いがして、皆入ってしまうとの評判だったので、このお店でランチしてきた。
お店の前の宣伝を見ると、売り物が「ひつまぶし」とのこと。
ひつまぶしは1680円とのこと、価格はともかく、1680円というのは、量も多いような気がしたし、本場名古屋のひつまぶしを食べたことのない段階で、浅草のひつまぶしを食べても、評価しようがない気がしてやめた。
普通のうな重を取ってみた。
一つ気がかりだったのは、名古屋のひつまぶしの鰻は、蒸さないで、バリバリに焼いたものという記憶。
バリバリの鰻のうな重だったら嫌だなと思っていたら、ちゃんと蒸して、皮が箸でちぎれる蒲焼だったので、一安心。
で、味はというと、不味くはない...だったら、美味しいのかというと、美味しくはない。
何だか、鰻の味とか油とか全てが薄い感じ。
鰻を食べているという満足感が少ない鰻であった。
鰻の味が薄い鰻って、どうやって作るのだろう?

そうだ、山椒も殆ど山椒の香りも味もしないものであったのが残念。

何だか、一口に「鰻の蒲焼」と言っても難しいのね。
養殖だと油っこいとか、中国産は怖いとか、蒸してないと硬いとか、鰻の味の濃い薄いがあったりして。
鰻を食べるときは、余り冒険しないで、確実に美味しいと言われるお店に行く方がいいと思った。

ま、とりあえず、このお店は、合羽橋マップに載せないこととした。(笑)
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by mw17mw | 2007-09-02 16:40 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(3)

センチメンタル・食・ジャーニー

今は、近所の会社が殆ど休みなので、右にならって、私もお盆休み中。
旅行やドライブに行く話しもあったのだが、結局、まとまらず、家でゆっくりすることにした。

今年前半は、結構、突然色々なことが起きたので、「何かを心配したり、策を練るようなことをせずに、何もしないで、2,3日を過ごせる」ことも、とても魅力的に思えた。

(朝からダラダラしていたら、はなまるの後に、「花より男子」というドラマを見てしまい、面白かったので、明日からも見続けそう、こういうのも、お休みならではと思う。)

そのうちの一日は、「VIRONへの買出し」をしようと思いついていた。
(何故なら、オフィス街の店なら、お盆は休んでいないと思ったのだ。お盆休みの行楽は、オフィス街に限る)
丸の内で食事したときに、石川さんがVIRONのパンをプレゼントしてくださったのだが、さすがに美味しかった。
小麦粉の香りと味が違うのだ。
そうだ、せっかくのお盆休みのプチ贅沢として、朝食べるためのVIRONのパンを買いに行こうと計画をした。

VIRONは、丸の内だから、どうせなら、通り道の日本橋で、以前から気になっていた小洞天でお昼の焼きそばを食べて、麺が変わっていないか、チェックしようと思った。

何だか、日本橋にも丸の内も相当再開発されて、私がまだ足を踏み入れていない施設も沢山あるのに、そういうものには目もくれずに、最終目的はVIRONであるにしろ、そこに行き着くまでの間は、昔を偲ぶ行程になりそう。(この真夏に気楽な服装で、自転車で汗をかきながら行くには、最新の施設は向かないとも思うが)

今日は、日頃の行いが良かったのか、前日までに比べたら、暑さが一段落で助かった。

我が家の方から江戸通りを進み、中央通りと交差するところで、曲がって三越の方に進む。
三井タワーの1階の千疋屋パーラーがとてもきれいで素敵と思いながら通り過ぎる。
その中央通りを挟んだ反対側に大きな空き地が...。
あそこには何があったっけ?
そうだ、東レのビルがあったのではないかと思う。
一つのビルがなくなるということは、そこにいたサラリーマンが皆いなくなるわけで、周囲の飲食店はお金を落としてくれていた人たちが消えたわけで、悲鳴をあげているに違いないとか、頭に浮かぶ。
跡地は、何になるのだろう?
と思いながら、三越を通り過ぎて、日本橋を渡る。

d0063149_2352450.jpg日本橋を渡って、二つ目の角、東洋という飲食店を右に曲がると、そこには、小洞天がある。
自転車をわき道に留めて、その周囲を歩いてみる。
大分変わったけれど、栄太楼は昔のまま、入って、サンプルを見る、結構高め。
ここはたまにしか入らなかったけれど、落ち着いておしゃべりしながら、お昼を過ごすには良い鴨。
今でも、赤飯弁当がある点が良い。

で、小洞天に入ると、すぐに相席に案内された。
ちょうどお昼前くらいだったのだけれど、相変わらずサラリーマンが次々に入ってきて、相変わらず繁盛しているようだった。

頼むものは、「柔らかい焼きそばとシュウマイ2個」
メニューを見ると、昔と違って、タンタン麺が一押しのようだ。
それに、「シュウマイ4つにライス、半分の柔らかい焼きそば」というセットもあるみたいだが、う~ん、昔かたぎの私としては、シュウマイ4つにライスで十分だし、何だか、中途半端に多い量のように感じる、でも、男の人にはこのくらいが良いのかも。

私のように、「柔らかい焼きそばにシュウマイ2個」と注文するお客の声が、2,3、聞こえてきて、まだまだ人気があるメニューなのだと感じた。

だいたいにおいて、何で、わざわざ小洞天に柔らかい焼きそばを食べに行ったかというと、去年、銀座アスターに柔らかい焼きそばを食べに行ったら、麺が変わっていて、私の好きな昔のアスターの焼きそばとは違うものになっていたからだ。
だったら、同じく、「麺そのものに特徴がある」小洞天の焼きそばは、今はどうなっているのだろうと、チェックしたくなったのだ。

d0063149_2350247.jpg果たして、出てきた小洞天の柔らかい焼きそばは、昔と同じだった。
全然変わっていなかった。(ほっ)
年がばれるけれど、ここの焼きそばを初めて食べたのは、今から30年前なのだ。
30年して、変わっていないということは、とても嬉しい。

食べるとちょと油濃かったので、お酢を全体にかけ、芥子をつけながら、食べた。

多分、この焼きそばの麺は、「広東麺(細いもの)」だと思うが、未だに、何という麺だかわかっていない。(広東麺(細いもの)は、キュウ家の家庭料理に載っていたもの、写真が似ている)
<ここの硬い焼きそばは、ごく普通のもの>

ただ、食べ終わって出てきたら、「相当、化学調味料を使っているのだな」と感じた。
舌が気持ち悪くなるほどではないのだけれど、口中、化学調味料で汚染された感じ。(笑)
きっと、オイスターソースで味付けしているから、こうなるのかもとも思う。

これでわかったような気がした。
ここの柔らかい焼きそばは、たまに食べたくなるけれど、続けて食べることはなかった。
シュウマイライスか、硬い焼きそばにシュウマイ2個か、柔らかい焼きそばにシュウマイ2個。

d0063149_2350499.jpg私が日本橋界隈に勤務しているとき、会社から一番近い中華屋さんが「小洞天」。
それを通り越して中央通を渡ると、日本橋東急があって、その中には、「銀座アスター」があった。
そして、会社を出て、東京駅の方に進むと、「天山」という中華屋さんが後から出来た。
天山は、中華料理一品とご飯のセットが常に5,6種類あって、大勢で行って、色々な料理を取って、回して食べたっけ。
麺を食べたいときは、小洞天と銀座アスター。
全部、ジャパニーズチャイニーズだけれど、結構恵まれた食環境であった。
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by mw17mw | 2007-08-13 23:52 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(2)

上野の山の日曜日1/2 禅が曲芸に...

今日はおじさんフレンドが忙しいので、一人で遊ばねばならぬ。
「お金がない」と書くと心配する人もいるかも知れないけれど、予算制で暮らしているので、20日を過ぎると、どうしても、無駄な出費を抑えるために、「お金がない」と自分に言い聞かせる私。(笑)

そんな時期に、july4さんから2つの展覧会の招待券をいただき、大変助かっている。
で、今日はそのうちの一つ、東京国立美術館の「禅」という展示を見るかと出かけたのだが、入り口のところで、「これはまだ始まっていません、常設展だけですが、良いですか?」と聞かれ、その段になって、その招待券が、7月31日からだと気付いた。(笑)

では、と諦めたが、何しようかな?
なるべくお金のかからないことがいいなと思いながら、噴水の方に向かう。
と、マイクから「後、10分で中国雑技団の演技が始まりますので、お集まりください」と言っているので、それを見ることにした。
(我が家の近所の中国雑技団かしらと思ったのだが、今回見たグループは、在大塚だとのこと、一口に中国雑技団と言っても、沢山団があるのかも)

30分程見たのだが、まだ十代と思われる男女の曲芸はすごかった。
手に汗握ったので、ちゃんと回ってきた壷に小銭を入れた。

男の子の芸は、壷回し、それと女の子と組んだ体操というか、何ていったらいいのだろう、写真左のとおり。

d0063149_0122610.jpgd0063149_0114135.jpg

男の子の壷の芸も、壷をビニールのボールのように扱っていた。
ここまでの芸ができるようになるために、ご飯を食べるときも、壷を頭に乗せながら食べるとアナウンスされたけれど、そんなこと私にやらせたら、ただの拷問だ。
壷を頭に乗せながらご飯食べるって、食べた気がしないだろうに。


d0063149_014739.jpgd0063149_014288.jpg
女の子は、本当に体が柔らかい。
黄色い衣装が似合って、シャガールの絵にサーカスの女の子が描かれているのがあると思うけれど、それを思い出す感じで、可愛いが、やることはすごい。
で、衣装の関係で、背中や腕の筋肉の動きが良く見えたけれど、体が柔らかいだけでなく、背筋や腕の筋肉の鍛え方がよくわかった。
終わってから、背中を見に行ったら、左脇の辺り、青くうっ血していた。
やはり、この芸も厳しい練習の賜物だということが良くわかった。

そして、最後は、男の子が、身長くらいの台の上に小学校の椅子のようなものをどんどん積み上げていって、最後の椅子は斜めに置いて、その上で倒立をしたのだ。
すごい、すごい。
本当に手に汗を握った。
「今日は屋外なので、命綱なしでの演技です。命がけです」と言っていたけれど、ま、このくらいの高さだったら、万が一落ちても、死ぬことはないかもなんて、思ってはみたが、でも、大怪我でも、怖いよ~。

皆、拍手喝采、お金も相当集まったようだけれど、何だか、これっぽちのお金のために、この子たちは日頃から厳しい訓練をしているわけで、今後有名になることもないだろうし、一生大道芸をやって、小銭をもらって生きていくのかなとか、いうことが頭に浮かんだ。(だから、何?ということもないのだけれど、う~ん、簡単にいうと、色々な人生があるなとか、そんな感じ)

と見終わったところで、次は、国立子ども図書館に行った。
宇宙関係の絵本の展示を少し見た後、隣のギャラリーでパソコンで、金太郎のもともとの話と、「1920年代の子どもを見つめた画家のまなざし」というキャッチフレーズの絵本の紹介があったので、それを見てみたら、これはすごくヒットであった。
大正デモクラシーの影響を受けた時代に発刊された「コドモノクニ」という雑誌の紹介なのだが、どの絵も全て素敵で、今の時代でも、「モダンで美しい」と思えるものばかりであった。
1920年というと、昭和5年でしょう、大恐慌や戦争前の時代、関東大震災から10年くらいの時期の、都市の中産階級の子どもたちが、心豊かに、芸術を理解して育つようにと作られた絵本雑誌とのこと。
今でも、「格差社会」が進んできたと言われているけれど、戦前の格差社会って、本当にすごかったのね、と思わせる面もあるが、とにかく、絵が全てきれいだから、是非、見てみてください。

コドモノクニ
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by mw17mw | 2007-07-23 00:35 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(4)

塩谷靖子 ソプラノ リサイタル

先週の土曜日、叔父に誘われ、神谷町の聖アンデレ教会に、塩谷靖子さんの歌を聞きに行った。

叔父は、どこで、塩谷さんのことを知って、何で、コンサートに行く気になったのだろう?
多分であるが、叔父は、叔母を昨年亡くし、「千の風」という歌がとても好きなのかも知れない。
で、塩谷さんは、「千の風」を歌ってらっしゃるので、それを聞きたかったのかも。

私は、行く前の晩、塩谷さんのホームページで、生い立ちを読んたら、「目が悪いのに(「のに」という言い方が正しいとは思わないのだが)、42歳から歌を習い始め、ソプラノ歌手になった」ばかりではなく、「結婚して」「子供を産んで」「子供を育てて」と、私ができなかったことを3つもこなしてらして、「負けました~」という気分であった。

で、コンサートの感想は、「目が悪いこととその方たちへの支援」と「ソプラノ・リサイタル」の2つになるが、今日は、ソプラノ・リサイタルについてだけ書く。(視聴覚障害者への支援はまた別の機会に)

会場の神谷町の聖アンデレ教会は、勿論、コンサートホールでなく、教会なので、歌っている塩谷さんの姿は、前の人の頭越しにちょっとしか見えなかった。
(舞台という程の高さもない舞台で、その周囲に椅子が並べられた会場であった。)
塩谷さんが目が悪い方だということを感じたのは、舞台まで、前を歩くピアノ奏者の方の肩に手を置いて、歩いて行き来されたときだけ。

歌が始まる前に、叔父がこのコンサートのことを知った朝日新聞の切抜きを見せてくれた。
塩谷さんのHPを見ると、42歳で歌を始めということは書いてあったが、今おいくつなのか、わからなかったのだが、その記事に書いてあった。
(本人嫌がるかも知れないが、現在、60代前半らしい)

で、塩谷さんの歌が始まったとき、全身を使って出す声の美しさと声量にびっくりしてしまった。
聞いているうちに、「目が悪いのに、音大を出ていないのに」ということがどこかに飛んでしまい、「60歳を過ぎても、鍛えていれば、こんな全身を動かした歌を歌えるのだ」ということがすごいと思った。

何ていうのだろう、60を過ぎた方が、こんなに全身を使って何かをしているのを見るのは初めてのことであった。
「鍛えれば、60を過ぎても、こんなに健康的に力強く歌が歌えるのだ」というのは、私にとって、ものすごい驚きであった。

音大を出て、幼い頃からソプラノ歌手を目指していた人たちは、高齢になっても、歌を歌っているのだろうか?
私は、声楽の世界に詳しくないのでわからないけれど、想像するに、音大を出てプロになるソプラノ歌手は、若い頃から歌っているので、ある程度の年になったら、ピークを超え、自分の声に衰えを感じ、自然と現役を引退して、後進の指導に回るのかも知れない。

その点、塩谷さんは、声楽のスタートが42歳だから、もしかして、まだピークを迎えていないのかも知れない。
すごい、すごい、私には、できそうにもない。
私なんて、今から、「60過ぎたら、もっと体力が落ちて、根気もやる気も減退するのだろうな。もしかしたら、何か病気が発症しているのかも」なんて心配している。(笑)
でも、世の中には、そうじゃない人がいるのだという例を見せてもらった。

塩谷さんは、第一部で、日本の歌を含むポピュラーな歌を八曲、第二部で外国のクラッシックな歌を7曲、アンコールで、カンツォーネを一曲歌ってくださった。
全身を使って、これだけの量の歌を歌うのは、ものすごい体力を使うだろう。

どの歌も素敵だった。
私は、二度涙が出てきた。
一度目は、「千の風」
この歌は、テノール歌手が歌っている歌がヒットしたが、それとは、訳詩・作曲が違うもの。
普段聞く「千の風」は、良い歌だと思うが、淡々と聞ける。
塩谷さんのきれいなソプラノで、「私のお墓の前で泣かないで、私はそこにいないから」と歌われると、それが女性の声だからか、じわんと、3年半前に死んだ母を思い出し、母にそう言われているような気分になった。
私の母の声は全然違うのだけれど、女性の声で歌われると、本当に心から悲しくなってしまったのだ。
何だか、心の中で蓋をしている悲しさが出てきた感じ。

また、最後のアンコールのカンツォーネの曲のときも、何というのかな、その力強さ、明るさに感動を覚えたのかも知れない、自然と涙が出てきた。

後、以前ブログに書いた「星に願いを」も、素敵な声で英語で歌ってくださったので、私が小さい頃にテレビから流れてきたものと同じイメージで聞けたし、もう一曲、私の好きな「夏の思い出」もあったので、心から満足。

塩谷さんのコンサートを通じて、私は、塩谷さんの「強さ」を感じた。
「強い」という言葉には、色々なイメージがあるけれど、私が感じた塩谷さんの強さは、塩谷さん一代のものではなくて、強いご両親に育てられたからこその「強さ」だと感じた。

何て言うのだろう、我を通す性格や生き方も「強い」という範疇に入る、でも、塩谷さんの強さには、そんな感じは受けない。
私が受けた塩谷さんに感じる「強さ」は、私が父から言われていた言葉に繋がる。
その言葉は、言うのは簡単だけれど、実行することはすごく難しいこと。

私の父は、何かにつけて、「神様(仏様だったかも)は、人間一人ひとりに、その人が生きていけるだけのものを十分与えてこの世に送り出してくれたのだ。だから、自分が(こういう表現ではなかったと思うが、例えば)美人に生まれなかったとか、運動神経が鈍いとか、金持ちの家に生まれたかったとか、文句を言ってはいけない。仏様に、生きようと思えば、生きていけるだけのものを与えてもらって、この世に生まれたことを、感謝して大切に暮らせ」というようなことを言っていた。

きっとこの言葉は、仏教に熱心だった父の母から繰り返し聞かされた教えだったのだろうと思う。

私は、小さいときひねくれていたから、父の教えは身につかなかったし、凡人だから、その本当の意味がわかったのは、相当年を取ってから。

自分に欠けているものを強く意識し、人が持っていて、自分にはない環境を羨ましい、自分は劣っていると考えながら生きていくことは、その人の人生を暗くするのだ。

どんな人間でも、何らかの欠点があったり、不幸があったりして、完璧に幸せな人間というのは殆どいないと思う。
そのどこか欠けている不完全な人間が自分の人生を謙虚に「自分らしく」生きて行くために、やはり、「欠けているもの」ではなく、「与えられたもの」に目を向け、大切にし、自分が無事生きていけることを神様や他人に感謝する姿勢が大切なのだ。

それは、私の祖母たちの世代が、「自分で試行錯誤して、考え付いたこと」というより、仏教の教えや親の教えとして、小さいときから何度も何度も聞かされて、骨身に染み付いた「信仰」に近い教えなのかも知れない。
昔の人にとっては、それが「普通の最低限の人間としての生き方」であり、「ひたむきに謙虚に前向きに生きることこそが人間の幸せ」だったのだと思う。
そして、生き方の「信念」として、このことが身についていて、実践できるというのは、美しい「強さ」を人に感じさせる。
また、もしかしたら、こういう生き方が「上品」に繋がるのかも。

塩谷さんの歌っている姿、声を聞いていると、塩谷さんこそ、この私の父の言葉を長年実践した方のように見えた。
そして、塩谷さんのご両親が、私の父が教えてくれた教えをご自分たちの人生の中で実践できる方たちだったからこそ、塩谷さんも、その姿勢が知らず知らずに身について、ここまで来れた方なのかなと感じた。

7歳の頃から、失明したとのこと、どう考えても、それからの人生、大変だったろうと思う。
一応健常と言われる人だって、自分の思い通りに人生が動きっこない、その思い通りに動かないことにプラスオンして、目が見えないことで制約が多くて、やってみたいのにできなかったこともどんなに多かったのかと想像される。
でも、塩谷さん親子は、それに負けずに、「できないこと・思い通りに行かないこと」より、「自分ができること」を大切にして、前向きに生きてらしたからこそ、60過ぎて、家庭もあって、二人のお子さんも無事成人されて、おまけにご自分の「神様から与えられた才能」を伸ばして、という素晴らしい人生があるのだと思う。

最近、インターネットで色々なブログを読むと、女性が以前より社会進出していて、結婚しても、自分の仕事はキチっと持っていて、子供は産まないし、食事も殆ど作らず、友人関係も遊びにかける時間も独身の時と変わらず、華麗な外食ばかりで、仕事に趣味に食べ歩きに頑張っている女性たちが華やかなブログを展開している。
今の世の中から見たら、そういう女性が「スーパーレディ」なのかも知れないし、そういう生活を送っている女性たちも、自分たちは「進んでいる」と思っているかも知れない。

でも、私にとって、「スーパーレディ」は、塩谷靖子さんである。
(注:私の父も、自分で言った言葉を実践すべく頑張っていた、でも、若い頃は、思い通りに行かない人生に苛立っていた時期もあった。
そういう平凡な人だったけれど、勿論、私より人生を謙虚に頑張った人であり、良い教えを繰り返し、言葉と後ろ姿で教えてくれたことに、「有難う」と言いたい)
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by mw17mw | 2007-07-14 23:56 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(3)

コミュニティバスに凝る

台東区のめぐりんに乗り出したら、他の区のバスも気になってきて、調べてみた。

「コミュニティバス 東京」で検索すると、どうも、この「コミュニティバス」というのは、23区外の市から始まったような感じがするのであるが、本当かどうかは定かではない。

台東区の周囲の区の区役所を検索したら、文京区の「B-ぐる」と荒川区の「さくらバス」が出てきた。
両方とも循環路線が1つのみ。

中央区と千代田区は余りに都心で人口が少ないから、作らないのかな?
(と思ったら、あるみたい、commentを見てください)
墨田区もないみたいだ。

文京区と台東区のコミュニティバスは、同じ運営会社で、運賃100円(大人・子供とも)、荒川区は京成バスが運営していて、運賃大人150円、子供80円。
コミュニティバスで、150円は高いような気がするけれど、ま、荒川区のバスは、南千住-町屋の循環運行なので、きっと私は乗ることはないだろうから、良しとしよう。

d0063149_19452291.jpg文京区のB-ぐるは、名前が可愛い。
Bは文京区(Bunkyo)のBで、そのぐるっと回るバスだから、B-ぐる、いい名前だ。
で、これは、20分に一本で、後楽園あたりから、千駄木経由で、駒込まで行って、白山通りの方を通って後楽園に戻る。
路線は、この図

どうも、白山で、乗り継げば、駒込方面から後楽園に行かずに千駄木に行けるようだ。

話は変わるが、昨晩、アド街を見ていたら、「白山・千石」特集で、とても魅力的に見えた。
その番組を見ながら、「台東区の東西めぐりんで千駄木に出て、そこで文京区のB-ぐるで乗り換えれば、白山・千石に、バスで行けるかも」と思いついた。
昔は、巣鴨から後楽園とか、駒込から御茶ノ水という都バスがあったけれど、地下鉄網が充実してしまったら、いつの間にかなくなっていた。
(と思っていたら、まだ、駒込-御茶ノ水間は、現在、駒込-秋葉原となって、まだあるとのことでした)

遊びに行ったり、散歩に行くのに、地下鉄で行くというのはどうも味気ない。
真っ暗な地下を通って突然そこに着くより、景色の移り変わりを見ながら、そこに着きたい。
だって、東京って、色々な町・地域が繋がってできているのだもの...。

で、今日、家の用の合間に、ストレス解消も兼ねて、東西めぐりんに乗って、千駄木に行き、文京区側の停留所を確認してきた。
台東区の停留所は、「団子坂下」という信号の不忍池に向かう道の手前。
文京区の停留所は、巣鴨に向かう側の「団子坂下」という信号の手前。

お祭り終わって、落ち着いたら、讃岐うどんを食べがてら、めぐりん→B-ぐるを使って、白山・千石見物に行く予定。
(書いているうちに、上野広小路で、乗り換えれば、不忍通りを通る都バスで、千石あたりに行くことは可能だと気が付いた...。でも、これは、母の最期の入院のとき、使っていたバスなので、どうも、観光に使いたくない気分なのだ。
それに、都バスって、何だか、ビジネスライクだし、大きな道しか通らない。
コミュニティバスは、大きな道路の脇の普通観光客が行かない道を通るところも魅力かも)

他にも、不忍通りに面するラーメンやつけ麺のお店にもB-ぐるで、スムーズに行けるかどうか、調べてみようと思う。
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by mw17mw | 2007-06-03 20:00 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(7)