天性の「美味しい!状態に執着心」がある東京下町に棲息するおばさんのお料理・お菓子・道具・食材の日記です。ご自分のブログやHPの宣伝はコメントではなくTBでお願いします。 by真凛馬


by mw17mw

カテゴリ:東京都内のお散歩・見物( 403 )

今日は、画像のない話題で申し訳ないのだけれど、土曜日にちょうど良い話題なので。

味農家さんのFacebookを見たら、足立区役所より少し北千住寄りの日光街道沿いに、足立区の農協(東京スマイル農業協同組合 足立支店)に「農産物直売所 あだち菜の郷」ができたことを知った、それも一年前にはできていたらしい。
(リンクしたページには、葛飾や江戸川の直販所や、あだち菜の郷以外の足立区の直販所が掲載されている)
これはすごい情報と言うか、我が家の近所、もしくは交通の便が良い農産物直売所としては、ここが最大級ではないかと思うし、私はしないけれど、一週間に一度新鮮な野菜を買い出しに行くとしたら、ここが良いのではと思う。
営業が、月水金土だけで、午前10時から売り切れまでらしい。

(ただ、ここは、場所が、自動車かバスでしか行けないのが欠点。
私は結構こちら方面には、バスで行くことが多かったので、窓から見て農協の場所はわかっていたし、ここに野菜の直売所があればいいのにと思っていた。)

このバスは、草43というバスの路線の停留所名一覧はこちら
国際通り沿いの浅草一丁目とか雷門、その後の三ノ輪なぞからこのバスに乗ると、千住大橋を渡り、ひたすら北上してくれる。
欠点は、このバスは、「足立区役所」行きならいいのだけれど、手前の「千住車庫」停まりだとその先に行くのにちょっと手間があること。

そのため、行先によっては、バスを利用する人は、500円の一日乗車券が便利。

この千住大橋より北の日光街道沿いには、下記商業施設が揃っている。

(草43)京成中組-ポンタポルテという商業施設の中に、農産物直売の「地産マルシェ」
    (この産直所があるので、月水金土以外に行ってしまった場合、こちらがあるので、救われる)
     行く気があれば、足立市場
(草43)千住二丁目-ここで下りて歩けば、北千住駅前が近い
(草43)足立高校-「ワークマン」の大きな店舗
(北47)小右衛門町 -「ニトリ環七梅田店」という大型店舗(台東区・墨田区方面のニトリと布のセンスが違うものが置いてある)
(北47)竹ノ塚-100円のスシロー

ただ、ややこしいのは、足立区役所行きが来たら、足立高校を通るから、あだち菜の郷まで行けるけれど、千住車庫行が来たら、そこまで行かないので、ま、一駅だからいいけれど、足立高校まで歩かなくてはいけない。ただ、千住2丁目からずっと、北47というバスが並走しているので、千住四丁目あたりで、草43を下りて、北47に乗り換えれば、その先、竹ノ塚まで、問題なく進める。(千住車庫行に乗って、終点の千住車庫で下りると、そこは日光街道から離れた車庫の裏通り、それだと大変不便なので、ゆめゆめ、千住車庫で乗り換えないように)

この日光街道のバスの欠点は、雨の日。
北47というバスは、出発が北千住駅前なので、日光街道から狭い商店街の道路を駅の方に進み、ロータリーをぐるっと回って、また、出てくるので、雨が降ると、この日光街道から駅前ロータリーまでの道が渋滞を起こしてしまい、時刻表が大幅に乱れるのだ。
雨の日はそういう意味では、近寄らないのが無難、近寄っても足立区役所までだと思う。(竹ノ塚にいれば、そこから北千住まで電車で戻ることはできるけれど)

それと、草43は多くても一時間に3本であること。

以前から、ワークマンに行きたかったし、これから、ちょっと散歩に行ってこようかな?


[PR]
by mw17mw | 2018-10-20 09:33 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)
先週の土曜日、久松町のフルーツシェフを出た後、Sisiにぼたん等を探しながら、自転車でフラフラしていたら、椙森神社の前に出て、何だか、すごいお祭りの準備中。
d0063149_18034961.jpg
そうか、これは、年末の風物詩と言われるべったら市の準備に違いないと思う。
ベったら市、最近はテレビのニュースで取り上げられることも少なくなった気がするが、それでも、地元では盛大な催し物らしく、調べたら、10月19日20日の市なのに、その一週間前にはほとんど準備が終わっているのだもの、テレビに取り上げられようが取り上げられれまいが、地元では、大切にされている大きなお祭りなのだと思う。

私も実は一度も行ったことがないが、どうも、このお祭りは曜日関係なしに、10月19日20日の日にち固定のお祭りで、平日に行われることもざら、今年は、金土になったとのこと。(10月20日がえびす講の日とのこと、これも地方によって違うらしい)
それに、べったら漬け、出されれば食べるけれど、自ら買おうという程好きではないということもある。
それでも、父親生存中は年に何度かベったら漬けが食卓に出てきた覚えがあるが、今となっては、全然。

d0063149_18035237.jpg
全然日本橋に詳しくない私としては、こちらの椙森神社、大きくて立派なのだが、べったら市と関係があるとは思わなかった。

(ところで、皆さま、椙森神社って、読めますか?
私も「椙」という文字は初めて見るもので、読めなくて調べたら、すぎのもりじんじゃと読むらしく、椙という字が簡略化されて、杉になったのではと思っている。)

でも、確か、べったら市は、宝田神社とかのお祭りではなかったっけと思い、宝田神社の場所は知らなかったのだが、家に帰る方向である水天宮通りを秋葉原の方に進んだら、小伝馬町交差点の手前の路地沿いに、参道入口という大きな看板とこれでもかというくらいの提灯が飾られていて、こちらを進めば、宝田神社に行けると思った。

d0063149_18035626.jpg
「参道入口」というところに近づくと、「寳田恵比寿神祭」と提灯に書いてあったので、この参道を真っすぐ進んだけれど、相当奥の方に神社はあった。

d0063149_18035997.jpg
神社自体は、とても小さくて、きっと神主さんも常駐していない規模かと思うが、地元の人が大切にしている神社なのだろう。

d0063149_18040387.jpg
家に帰ってから、「ベったら市」とか「べったら祭り」で検索すると、「新高屋さんのべったら市の記事(日付は古いが)」「【人形町】『日本橋べったら市』に行こう!地元民が教える見どころポイントはここ!」「日本橋大伝馬町で「べったら市」 宝暦年間から続く古市に人出10万人見込む」という地元っ子たちの記事が出てきて、お祭りにかける熱い気持ちを感じる。
総合すると、寳田恵比寿神社の周囲にはべったら漬けのお店が揃い、椙森神社の方は老舗が露店を出すみたいに読める。
また、今日の夕方はおみこしを出し、明日は盆踊り大会なのだって。(秋の盆踊りって、浴衣かしらね?風邪引きそう)

それに色々調べていたら、べったら漬けというのは、えびす講と関係があるみたいで、渋谷区の恵比寿神社や神戸の恵比寿神社でも、べったら市が開かれるらしい。
今日か明日、ちょっと見に行ってみようかな?


[PR]
by mw17mw | 2018-10-19 08:38 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)

藝大アートプラザ再開

先週の体育の日に、谷中まつりに自転車で出かけたのだが、芸大の前を通ったら、この2,3年、門が閉まっていた藝大アートプラザの門が開いていたのだ。
(確か、何かの工事のため閉鎖とか書いてあった気がしたが、その後、再開予定とかいつまで閉館と言う情報はなかったと思う。)

あら、再開したのかと思い、谷中での用が済んだ後、覗いてみた。
そうしたら、アートプラザ手前の中には、以前と同じような白いテーブルと椅子が3つくらい置いてあって、ホッ。
以前は、アートプラザ内の端に置いてあった自販機で飲み物を買って来て、ここで一息ついていたので、これで、また、一息つける場所ができたと喜んだのだが。

d0063149_10223923.jpg

中に入るドアにも、営業時間が書いてあり、こりゃ、再開したに違いないと中に入ってみると、何だか、休館する前とずいぶん飾ってあるものが違う感じがした。
店員さんに、聞いてみたら、なんと、10月2日に再開したばかりとのこと。
ふ~んと、中を一応歩いて回ってみたが、私が重宝していた片隅にあったコカ・コーラの紙カップの中に飲み物が入ってくるタイプの飲料水自販機が撤去されていてなかったのだ、そりゃそうだよね、2,3年お客が来ないところに自販機は即撤去が当然、とそれはわかる。

d0063149_10224188.jpg

アートプラザの外に出ると、白いテーブル類の横にキッチンカーが停まっていて、営業をしていた。(写真の撮り方が悪くてごめんなさい、下の画像、右端)
アートプラザのお姉さんに、「あのキッチンカー、どうやってこの中庭まで入って来たのですか?」と聞くと、芸大の敷地の一番旧奏楽堂に近いところに昔の芸大の入口があって、そこから、アートプラザまで自動車の通れる道を整備したのだって。

帰るときに、キッチンカーの近くに行って、メニュー表を見たら、飲み物が、600円とか550円だったので、びっくり!
こんな飲む環境にもお金かけていないし、きっと紙のカップで出す飲み物に、500円、600円って、「完全に観光地価格?」と思った。
(銀座4丁目の丸いビルの中で座って飲めるドトールだって、450円だったのに)
(何でも、芸大生には100円引きと書いてあったが、この普通のドトールなぞで180円で屋内でコーヒーが飲める時代に、通常安いコーヒーを飲んでいるであろう学生が、こんな高いコーヒーにお金を出すと思っているのか、甚だ浮世離れしている感覚が疑問。
それとも、余程、特徴のある美味しいコーヒーなのかな?)
今までの自販機は、200円以下で、そりゃ、インスタントだから味に上限はあるものの、色々な種類のしゃれた飲み物が出てきたのにな~、何で、こんなにアートプラザは、あこぎになった?と思う。

d0063149_10224403.jpg

行きは、アートプラザの正門から、数段の階段を上がって入って来たけれど、帰るときは、正門に出ずに、右側の昔の旧正門の方に行ってみた。確かに、アスファルトで整備された道が通っていた。

d0063149_10224764.jpg
最後、門の外を見ると、京成線の昔の動物園前駅の建物が見えてきた。
そして、最後道はちょっと急な下り坂になっていた。
下の画像は、旧正門を出て、芸大の中を見た時の画像。

d0063149_10224987.jpg
この記事を書くにあたり、藝大アートプラザのHPは新しくなったのか、チェックしてみたら、確かに新しくなっていて、今後、藝大アートプラザは、藝大単独の事業ではなく、小学館と組んで経営していくことがわかった。

中庭のテーブルは、別にキッチンカーで何かを買わなくても使えるようだったし、今後、外で飲み物を調達しなくてはいけない手間は増えたけれど、素敵な施設が復活して良かった。

(他には、ちょっと歩くけれど、国際子ども図書館の食堂の右横にずらっと一人用の机と椅子が並んでおり、そこは、使い方制限なしで、疲れた人が休むことができる)

[PR]
by mw17mw | 2018-10-13 10:45 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)

秋分の日の文京区大塚

秋分の日に、雑司が谷の我が家の墓地にお墓参りに行った時に見た、文京区大塚の風景。

(これもややこしいのだが、山手線大塚駅の周囲は、豊島区北大塚と南大塚で、後から付けた町名。何でも、最初山手線では、今の大塚駅のあるところに駅を置く予定はなく、現在の巣鴨駅に、その当時の巣鴨村の巣鴨を名付けたのだが、その後、今の大塚駅にも駅を作ることになったとき、そこも巣鴨村の一画であるのだけれど、もう巣鴨という町名はつけられないと、そこからちょっと離れた大塚(今の文京区大塚)という町名を使うことにしたみたい。今、昔の地図でチェックしたけれど、文京区大塚という地域も、文明開化時には、小石川村であり、明治終わりの地図では大塚という町名が出てくる。大塚駅を挟んだ豊島区北大塚・南大塚に関しては、70年前の地図でもこの町名はないようだ。きっと東京オリンピックの前の大きな住居表示変更の時に付いたのかな?)

<可愛い金魚屋さん>
で、池袋東口行きのバスに乗って、春日通りを真っすぐ進み、茗荷谷駅やお茶の水女子大学の前を通り越すと、不忍通りと交差するところが大塚三丁目で、それを左に曲がると、下り坂になっており、目白台の方に進むのだ。
その坂を下りて行くと、進行方向右側は、少し人家があって、その次に、皇族の墓地である豊島岡御陵、護国寺、日大豊山中学・高校と並んでいて、その曲がり角を右に曲がると、池袋東口に通ずる道となる。

この大塚は学校とか大きなお寺、御陵ばかりあるので、いつも見える景色は同じで、目立つものがないのに、その日ばかり、バスの中からぼやっと風景を見るとはなしに見ていると、豊島岡御陵の近くの路地の先に、白地に赤く「金魚」と書かれた提灯が目立ったのだ。

d0063149_21362744.jpg
どうもその地域は、秋分の日は、地元の氏神様のお祭りのようだったのだが、普通の民家で、金魚という提灯をぶら下げているのが珍しく、一旦お墓参りをしてきた後、この護国寺のところの停留所でバスを降りて、見てきてしまった。(笑)←バスの一日乗車券を持っていたこともあり。

だいたい、何という氏神様のお祭りかも調べなかったので、わからない。
ただ、、ここらへんは、その神社から遠いとか、その神社に縁日のテキヤさんが来てくれないとかの理由があるのか、普通の商店の前に大きな金魚すくいの水を張った金魚の箱を2つも並べていた。
とても人気があって、次から次に子供たちが寄ってきていた。

d0063149_21364172.jpg
さすが、私はやりたくなったりはしなかったけれど、「遊び 百円」という言葉が懐かしかった、金魚もらっても飼い切れないので、遊びがいいのよね。
この金魚すくいを取り仕切っていたのは、小学校高学年くらいの女の子で、慣れた様子でテキパキお客さんをさばいていた。

d0063149_21363113.jpg

どうもこのお宅は、本格的な金魚屋さんのようで、店の端に種類別に金魚を保管しておく、コンクリの池というのか、水と一緒に保管する設備が整っていた。
d0063149_21363459.jpg

いつも、バスで通り過ぎるだけの町だったけれど、まさか金魚屋さんがあるとは思わなかった。
本郷三丁目に金魚の問屋があるのは有名だけれど、山手線内にもう一軒金魚屋さんを発見、まだ、あるのかな?

<不二家 音羽店>
この金魚屋さんの不忍通りの反対側にわたって、少し大塚三丁目の方に戻ると、大きなビルの1階に不二家があるのだ。
(音羽ではないのに、OTOWA FUJIYAを名乗っているのは、OTOWAの方が有名な地名で、高級感があるから?)


d0063149_21532347.jpg
株式会社 不二家って、以前は本社が銀座だった気がするのだけれど、今は、5年前から、東京都文京区大塚2-15-6という大塚の住所が本社の住所で、しかも、ヤマザキの子会社になっている。
何だかな~、私が自分の生活で忙しい間に、不二家に何があったのか知らないけれど、銀座から大塚に本社が移転し、しかも、ヤマザキの子会社になってしまったなんて、「苦労したのだ、きっと」と思う。
私が小学生のころ、もう50年くらい昔になるのか、ファミレスも日本になかったこともあり、銀座の不二家に連れて行ってもらうなんて、最高に楽しいことだったのだ。
お菓子やアイスクリーム買うだけでも他の洋菓子屋にないものが買えるし、上のレストランに行けば、スパゲティとか珍しいものがあったりして。(わ、古い~)←アイスクリームというかシャーベットは、オレンジの皮の中に入っているシャーベットが大のごちそうだったのだ。

今の不二家の本社があるビルは、とてもきれいだし、一階で、「OTOWA FUJIYA」を開いて、店の2/3が売店、1/3がカフェのよう。
コーヒー紅茶類は、230円と手ごろ。
結構混んでいたのは、近隣住民の皆さんかしら?(確かにここいらへん、ケーキ屋も他にないもの)

d0063149_21533023.jpg
不二家といえば、イチゴのショートケーキだものね、それも、ホールのバースデイケーキが人気なのか、現代風進化形のショートケーキも含めて何種類か揃っていたし、バリバリのシュークリームも美味しそう。
後、種類は少なそうだけれど、サンドイッチも置いてある。
d0063149_21534178.jpg
う~ん、私もこのシュークリーム、のどから手が出るほど欲しくて食べたかったのだが、ぐっと我慢し、家の近所のローソンで、昨日紹介した小ぶりのエクレアを発見したのだ。(もちろん、買ってしまった)

その後、大塚三丁目まで戻ったのだが、大塚三丁目という交差点は、三方下り坂になっている、近隣で一番高いところになっている。
だから、空が大きくて、お寺が見えたりして、ここが山手線の中?と思ってしまう、とても、静かでのどかで良いところ。(下の画像)
でもね、茗荷谷と新大塚の真ん中あたりで、交通の便は悪いし、何か劇場とか美術館があるわけでなく、大きな敷地の大学とか墓地・お寺はあるけれど、完全な住宅地だから、他所からわざわざ来る人が少ないところが残念。
また、住宅地であるけれど、スーパーマーケットとかほとんどない地域。(Googleで検索すると、マルエツプチばかりが出てくる、考えてみれば、コンビニもほぼ見ない)
私もお墓参り以外の時、まるで行かない地域だけれど、静けさが魅力なので、ご紹介。

d0063149_22031894.jpg
護国寺から左に(飯田橋方面に)曲がれば、そこは、音羽で、講談社をはじめとする会社があるせいか、飲食店が結構出てくる。

私は文京区大塚好きなのだけれどね。


[PR]
by mw17mw | 2018-10-07 22:15 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)
そして、終点の等々力操車所で下りたが、駅は、そのひとつ前の停留所のところ。
そこまで戻って、駅の周囲に貼ってある看板を頼りに歩いて行くと、等々力駅に垂直な道路沿いの成城石井の脇を曲がってすぐのようであった。
とにかく、駅からすぐなので、楽。
私は等々力渓谷に行ったことがなかったので、興味津々。

行く前に、「等々力渓谷を散策して癒されてみる」を家で見たのだが、すすっと歩くと30分と書いてあった。

d0063149_09355195.jpg

成城石井の脇を入っていくと、まっすぐ進んだら橋で、その脇に下に降りる階段があって、結構深くて、5,6mから10mくらいの深さの底に川があるように見えた。

d0063149_09355464.jpg

橋の上から、両サイドを見ると、鬱蒼とした木々が沢山生えていて、本当、谷が深い分、マイナスイオンがすごそう。

d0063149_09360436.jpg

下の画像も橋の上から橋の下を見た景色、色が良くないけれど、底の川は良く見えないが、木で作られたらしい遊歩道が見える。

d0063149_09360014.jpg

下の画像は、石畳のような遊歩道と川が少し見える。
本当に渓谷なのだなと思うが、全て整備されて、人が沢山住んでいるところなので、全くの危険なしで、簡単に自然の中にいる気分が味わえて良さそう。(実際に歩いてみないとわからないが)

d0063149_09380314.jpg

歩くと、30分とだけ覚えて行ったのだが、「あら?片道?往復?」とわからなくなってしまい、その日は午前中雨が降っていたこともあり、地べたが濡れていたし、私もスカートにサンダルだったので、「今日はいいや、また、紅葉がきれいな時に来よう」と場所だけ確認して、帰ってきてしまった。
(家に帰って、「等々力渓谷を散策して癒されてみる」をチェックしたら、この渓谷は長さが1㎞と書いてあったので、きっと、ささっと歩いて往復30分、どこかにひっかかりながら、歩いても往復1時間だったみたい)

次回に乞うご期待

[PR]
by mw17mw | 2018-09-30 09:55 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)
私が若い頃、目黒の伯母の家に遊びに行って、遅くなってしまうと、伯母が、「今日は泊まっていきなさい、明日の朝、会社に間に合うように起こしてあげるから」と言うので、こちらも遅くなると家に戻るのが面倒になってしまうことがあり、2,3回なのか、数度なのか、忘れてしまったが、伯母の言葉に甘え、朝、目黒から会社に直行したことがあった。(会社は制服が置いてあったので、同じ洋服で通ってもそんなに目立たない)

その東京駅への行き方は、JRではなく、東京駅行きのバスで行くという方法。
伯母の家は、「目黒消防署前」という停留所から近いところであったが、そのバスに乗れば、東京駅まで行けるので、伯父もいつからかは不明だが、このバスで丸の内の事務所に通っていた。
しかし、その頃、東京の地理に無知ではあったし、朝眠たいのと慣れないバスに乗っていたせいか、周囲の景色を楽しむ余裕もなく、どこをどう通って、東京駅にたどり着いたのか、全くわかっていなかった。(目黒駅を通ることは覚えていたが)
ただ、みんくるという都営バスの路線図を見て、たまにまだ運行されていると思うことはあり、一度、ちゃんとどこを通るか意識して乗りたいと思っていた。

で、半年くらい前だったか、私は都営バスと信じ込んでいたこのバスの路線が、みんくる路線図から消えていることに気づいて、「あら、なくなってしまった」と落胆していたのだが、目黒の従姉に聞くと、「都営ではなく、東急バスになって、まだ、存続している」とのこと。
へ~、面白い、東京駅周辺って、全て都営バスであるようなイメージだったが、東急バスが乗り込んでいるのだ。
でも、これは、私の大きな勘違いで、色々調べると、以前は、都営バスと東急バスの共同運航だったところを、都営バスがやめてしまい、東急バスが残ったとのこと。

とにかく、昔、私はどのルートで目黒から東京駅まで行っていたのか、知りたくなったのだ。
(私の予想では、目黒駅あたりで、五反田駅の方に向かい、バスは小高い坂の上の高野山東京別院なぞがある馬の背の道を走って、道なりに低地に下りるコースではと思っていたのだが、全く外れていた。←自分の予想を地図でたどるとあり得ない!)

で、そのバスは、東98という番号の路線で、予め、東急バスの時刻表で、東京駅の停留所の場所と時刻表を探しておいたので、広島Iさんと別れてから、そちらに向かった。(何故、その日かというと、中々、東京駅の方に行くことがないから、東京駅に近いところにいる時に、ついでに行きたかったのだ。)

停留所は、丸の内南口で、丸ビルの道路を挟んだ向かい側、また、下の画像を見るとわかるが、その停留所から、Kitteのビルが見える、停留所の番号は3番。

d0063149_14563575.png

このバスは、東京駅丸の内南口を出て、東京国際フォーラム、馬場先門から、日比谷公園の横を通って、西新橋・虎ノ門・愛宕山の方を通って、芝公園の西側東京タワーの足元を南下し、赤羽橋から、桜田通りに入り、慶応義塾大学の東門、正門を通った後、魚籃坂を目指す。
そののち、白金高輪駅のところで、目黒通りに入り(目黒通りは清正公交差点から始まるらしい)、八芳園や東大医科学研究所付属病院の正門の前を通り、プラチナ通りを右に見た後、国立科学博物館付属自然教育園や都立庭園美術館の圧倒的な平らに広がる緑を見た後、直に目黒駅に到着。
ここまでで、東京駅から魚籃坂までで20分、目黒駅までが40分、その後、都立大駅までが1時間、終点等々力操車所まで1時間15分という感じ。

東京駅から目黒駅まで、圧倒的に美しい観光コースであった。
東京の盛り場と言われるところ一つにも接することなく、観光地も東京タワーだけなのだけれど、次から次に有名な建物や公園が見えていて、退屈しないコースであった。

勿論私が日々中々行けない場所を通るからかも知れないが、どこも垢抜けた美しさでびっくり。
特に、芝公園の西側、東京タワーの近くの公園が跳びぬけて垢抜けて、京都の緑のような美しさであった。
特に、東京タワー側ではなく、多分、増上寺の裏手になるのだろうか、その敷地はとてもきれいで、今度、ゆっくり歩いてみたいと思ったほど。

下の画像は、多分、西新橋を通り過ぎたころ、前方遠くに東京タワーが見えてきたので、写したもの。

d0063149_14563817.jpg
下の画像は、NHK放送博物館と愛宕山トンネルが見える、トンネル左横の銅ぶき屋根のお寺は良くわからない。
(この前に、愛宕神社の出世の石段が見えて、「わ、登りたくない!」と思ってしまう。確か、エレベータだかエスカレータがあるはず)

d0063149_14564111.jpg
そのうち、バスの中から、今度は、巨大な東京タワーが見えた。
こうやって見ると、やはり、東京タワーに取り付けられた色々な部品のデザインが昭和の匂いのするものなのだとわかる。
昔、良くこんな高いものを建てたなと感心。
ネオンつけている時は、美しいが、昼間は、決して美しくないわけではないが、昭和のテイストなのだと実感。

d0063149_14564516.jpg
東京タワーに小学校6年生の時に初めて上った後、もう一回くらいは行ったかも知れないけれど、景色以外良く覚えていない。
でも、実は、東京タワーって、そのものより、建っている場所が良くて、その周囲が素敵なのだと今回実感。
そのことに今まで気づかなかったなんて、勿体なかった。

d0063149_14570291.jpg
芝公園の素晴らしい緑と別れて、桜田通りに入ると、慶応義塾東門という停留所に着いた。
どれが門?この建物が門なのかと疑問に思った、今度、慶応出身者に聞いてみよう。

d0063149_14564873.jpg
その先を曲がると、正門に着くのだが、この曲がり角のところも、崖になっているし、この先、崖をコンクリで覆っている。
すなわち、慶應義塾大学のあるところって、山を相当削って道を通したのだと思うが、それは江戸時代なのか、明治に入ってからなのか、良くわからない。
ただ、我が家の方だと、春日通りの湯島天神のところの坂が「切り通し坂」という名前だし、江戸や明治時代、東京中の丘や山が削られて、便利な道路が整備されていったのだなと実感。

d0063149_14571142.jpg
他、まだまだ、見どころがあったのだが、バスの中からの写真なので、ここというところでバスが動き出したり、反対側に座っていたりで、撮れない場所が多かった。

しかし、結論から言うと、東京駅から目黒駅までは、圧倒的に色々なもの、それは自然だったり公園だったり、歴史的建造物、寺社仏閣、新しい高層ビルが沢山ある地域で、バスの窓から眺めていて、とても楽しく美しいコース。
家に帰って調べたら、東急バスにも、一日乗車券があるみたいなので、紅葉の季節になったら、再度、芝公園を中心にこの路線を散策してみたい。

目黒駅から先は、有名なものはないけれど、穏やかで、新しい建物と古い建物が共存していた、目黒消防署までは懐かしく、その後は、殆ど新しい風景で楽しめた。
帰りは、もしかしてと思い、Ipadを出し、Wi-fiモードにしておいたら、勿論、Wi-fiの電波は拾ってくれないのだけれど、位置情報だけは拾ってくれるみたいで、バスが動くたびに、私のいる場所も地図の中を移動してくれて、今、周囲にどんなものがある場所にいるのかわかって楽しかった。(もちろん、地図はあまり細かい表示までは要求できないのだけれど)

下は、等々力操車所。

d0063149_14565496.jpg
他、等々力までは、この東京駅・目黒駅・都立大学を通る東98の他、渋谷駅発のバスもあるみたいで、今度行くときは、渋谷発のバスで行きたいと思った。

時間がないとできないが、東急バスの一日乗車券を購入して、この東98沿線を途中下車の旅すると、美しいし、興味深いものが多いと思う、きれいなのは、特に紅葉の時かな。(私は実行すると思う)

[PR]
by mw17mw | 2018-09-29 14:42 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)
え~と、私は、実は東京について全然詳しくない、特に、池袋・新宿・渋谷なぞの私鉄のターミナル駅がある盛り場は大の苦手。
とても行きたいところがある以外は、近寄らないことにしている。
それでも、お墓がある関係で、池袋の東口は年に2,3回行くことがあって、少しはわけがわかっていると自分では思っているが、ま、普通に歩ける程度。

で、今年の4,5月頃か、新しいリュックが欲しいのだが、それを扱っているお店がほとんどなく、西武池袋の中にあるLoftのリュック売り場だけにありそうだったので、実物を見てみたかった。
だから、お墓参りの後、西武池袋の地下1階に行って、店内案内図を一生懸命眺め、だいたいこんな感じに歩くと、そこにたどり着くかなというルートを考え、案内の人に確認して、情報を補足してもらい、確か、南舘の10階に行ったのだ。
どうして、そんなに一生懸命ルートを調べたかというと、ずっと昔、西武池袋のLoftに行くのに、適当に行ったら、何度もエスカレータを乗り換えて行き着くまでに相当の時間を要した覚えがあるから。
(何が嫌いって、建て増し建て増しの巨大デパート、大嫌い、デパートは上野松坂屋くらいがちょうどよい。巨大デパートに詳しくならなくても東京で生きて行けるわい!)

で、結局は、西武のB1を一生懸命歩いて、南舘のエリアに入ったら、エレベータに乗ればよいのだけれど、そのエレベータが、9F,11Fは停まるのに、私の行きたい10Fには停まらないのが不思議であった。
(後から考えると、北館・本館と南館では、1フロアあたりの天井の高さが違うのかも知れないので、10階にはエレベータが停まれないのかも知れない。)

その時に、初めて9Fで下りてみたら、エレベータホールの左側に外に出られる出口があって、「空中庭園」とか書いてあって、西武デパート池袋には屋上庭園があることを知った。
それは、どうも、本館とか北館が8階建てかで、その屋上のように見えた。
でも、そのときは、雨が降っていたので、外に出ることはなく、家に帰ってから、品川Iさんにその屋上のことを聞くと、「モネ風の庭園がある屋上庭園」と教えてくださった。

説明が長くなったけれど、この屋上庭園には、熊谷守一美術館に行った帰りに寄ってみた。
モネの睡蓮の池があるなんて、素敵と、期待して行った。

まずは、混んでいるエレベータに乗って、ようやく9階に着いて、表に出たところ。
もしかして、池袋において、この景色が一番空が大きいかも知れない。(笑)

無料で座れる席が沢山あって、奥には、屋台というか、色々なファーストフードを売っているみたいだった。
そうか、西武デパートには、立派なレストラン街もあるけれど、こういう気軽に軽食を食べる巨大な屋上が用意されていたのだ。(ま、西武池袋に良く行く人には知っている情報だろうが)

d0063149_20094617.jpg
そして、下の画像のような丸い水たまりのような人工的な池が二つあって、そこのヘリがテーブルになっているよう。

d0063149_20095458.jpg

その水たまりの真ん中に枯れた睡蓮の残骸のようなものはあったけれど、これがモネの睡蓮の池を模したもの?
池の底には、色々な色のタイルが貼ってあって、この色の並べ方から、モネの絵が連想できることはできた。

d0063149_20095850.jpg
良く見たら、この屋上の床部分全部に、モネの池風のタイルが貼ってあるみたいだった。

d0063149_20100139.jpg

何だか、私が初めて行った時、こんなタイルがモネ風の色だったことしか発見できずに、西武は、昔社長が堤清二さんという小説家や詩人と言われた人だったのに、モネの絵の美しさを再現するといっても、この程度の安っぽさ?とがっかりした。

しかし、それから、2,3か月して、某雑誌を見たら、下記画像を発見。
私の探し方が悪かっただけで、実は、やはり、美しいモネの睡蓮風のお庭がどこかにあったことに気づいた。
d0063149_20140808.png
今、この記事を書くにあたり、「食と緑の空中庭園」という案内のページを見たら、一番下に全体の地図があり、一番パルコ寄りのちょっと小高いところに庭がありそうな雰囲気だが、前回そこまで行かなかったことを思い出した。
きっと、この一番パルコ寄りのところに美しい睡蓮の庭があるのだろう、今度、池袋に行った時に探してみたい。

[PR]
by mw17mw | 2018-09-11 20:31 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(2)

豊島区立熊谷守一美術館

紹介し損なっていたが、熊谷守一美術館に6月末に行ってきた。
その前に、近代美術館で、熊谷守一の確か没後40年だったかの展覧会を見に行ったこと、モリのいる場所という映画ができ、その映画は見損なったが、どんな場所でどんな暮らしをしていたか、見てみたかったのだ。

場所は、池袋西口からずずっと要町方面への道を歩いて行き、要小学校の横を曲がって、また、ずずっと行ったところ。(この池袋駅西口から要町に行く道は何という名称なのだろう?)
美術館の案内には、有楽町の要町駅下車なら徒歩8分とか、池袋駅西口から国際興業バスに乗って要小学校で下りると徒歩5分と書いてある。

でも、以前私は、池袋駅西口から要町駅まで歩いたとき、その景色の変遷が面白かったので、池袋駅から歩いて行くことにした、だいたい、歩いて20分くらいかな?

西口あたりは、とてつもない繁華街で、立教大学先くらいまでも、表面だけは、お店がずらっと並ぶ繁華街なのだが、その後、祥雲寺という大きくて立派なお寺が出てきたり、光文社のビルがあったり、東都自動車だったと思うが、古くて大きなタクシー会社の本社があったり、結構意外な建物があり、要町駅まで、だんだん、店舗と住宅地、その他の建物が混ざり合ってはいるが、街が落ち着いた様相になるのが、面白い。

要町駅のところで交差する山手通りを渡ると、そこからは、完全な住宅地で、池袋から20分くらいに、昔からの住宅街があったことがわかる。(多分、ここらへんに、池袋モンパルナスと呼ばれた、アトリエ付きの貸家が作られ、画家が多く住んだ土地のよう)
その面影はないのだが、何となく、静かで住み良さそうという雰囲気。

要小学校のところに、熊谷守一美術館への地図が載った案内板があり、それを頼りに要小学校を通り過ぎたところを曲がったのに、実は、道順を間違えていた。

d0063149_17304738.jpg
本当は、通り過ぎた横を曲がった後、道なりに小学校の裏手まで進み、そこから出ている一本目の道を真っすぐ行かなくてはいけないのに、私は、学校の裏手に出る手前の道を真っすぐ行ってしまったのだ。

でも、そういう人が多いからなのか、間違った道を歩いて行くと、右側に並んでいる電信柱一本いっぽんに、こと細かく、「熊谷守一美術館に行くにはまっすぐ進む」とか「曲がる」とか指示を書いた案内板が載っていたので、それを頼りに進めば、無事、美術館に到着するようだった。

で、結論から言うと、道を間違えて大正解。
というか、熊谷守一美術館は、既に、ビルに建て替えられ、熊谷守一が植物や生物、猫なぞを描いていた当時の建物も庭も残っていないのだが、この間違えた道には、昔ながらの木々がこんもりとした大きなお庭がある家がほんのちょっと残っていて、「きっと、熊谷守一さんの家もこういう感じだったかな?また、熊谷家だけでなく、町全体、植物が沢山植えられた大きなお庭のある家ばかりの住宅地だったのだろう」と想像がついた。(もちろん、塀の外から見るしかないのだが)

その木々がこんもりした家の塀は、今はブロック塀だけれど、ずっと昔は、垣根とかだったのだろう、きっと。
今でも、池袋から20分くらいのところに、こういうお庭が残っている住宅地があることはうれしい。

d0063149_17314877.png
間違えた道から、正しい道に行くと、熊谷守一美術館はすぐわかったのだが、その手前の普通のお宅にも、塀越しに見るしかないのだが、やはり、こんもりした木々が植えられている庭があり、いいな~と思う。

d0063149_17311704.jpg
この熊谷守一美術館はそれ自体に行く価値はあるのだが、それ以外に、まだ残っている昔からのお庭がある家を見えるところに価値があると思った。

美術館も良かったが、いつもの素朴な絵の他、近代美術館の展覧会の時にも若い時に描いた油絵が真っ黒にすすけたまま展示されていたが、この美術館では、若い時に描いた油絵で、専門業者によって洗わ、手入れされたものが一点飾ってあり、「若い時は、こういう絵を描いていたのか」とわかったところも良かった。
当然だが、油絵も上手い。

そこそこ、この住宅地と美術館を楽しんでから、西武デパートで開催されていた熊谷守一展に行ってみたのだが、どうも、これが普通の展覧会ではなく、全ての絵に値段がついた展示会であった。
一点ものの「野良猫」という絵は12百万円かな?版画は、一点45万円くらいで、全く手が出なかった。
熊谷守一って、文化勲章を辞退したので有名だが、もし、もらっていたら、もっと絵は高くなったのかな?
「モリのいる場所」も、レンタルビデオになったら、借りようと思う。

時間があるときにしかできないが、池袋駅から熊谷守一美術館までの道は散歩にお勧め。

[PR]
by mw17mw | 2018-09-10 17:43 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)
初めて庭園美術館に行ったのは、どうも2016年3月なので、それから、2年半しか経っていないのだ。
でも、その間、4,5回行っているので、私としては良く行く方の美術館になっている。
それなのに、その2年半の間、いつも、日本庭園が工事中で一度も入れなかった。

しかし、今回の「ブラジル先住民の椅子展」のときには、日本庭園リフォーム完了で見ることができた。
wikiの東京都庭園美術館によると、1983年に東京都に売却された旧朝香宮邸を美術館としてオープンするも、2011年から休館して改修を始め、2014年から、リニューアルオープンしたものの、庭等の整備が残っていた。
その全ての工事が完了し、今年の2018年3月21日に総合開館となったもよう。

庭園美術館の敷地マップは、こちらで、建物近くの芝生の庭の北東部に、日本庭園があるようなので、そちらに行ってみた。
(この地図を見たら、もしかして、いつも芝生の庭に満足していて、西洋庭園にも行ったことがないかも)

d0063149_21211114.jpg
庭に掲示されていた地図を頼りに日本庭園に行くと、池の周囲に自然豊かで、確かにきれいで素敵なお庭が広がっていた。
(そんなに大きくないが、作りが上手だからか、狭さを感じさせない広さ)
家に帰って調べてみたが、誰か日本庭園専門の作家の作品ではなく、きっと本館と同じで、宮内省内匠寮(たくみりょう)の作品かも。

d0063149_21211422.jpg
手入れの行き届いた庭園ながら、残念なのは、隣の道路の上を高速道路が通っているので、自動車のひっきりなしに通行する音がうるさいのだ。
まさか、この素敵な邸宅と庭園の隣の道路に高速道路が作られてしまうなんて、この邸宅が住居やホテルとして使われず、美術館になって当然と思った。(庭園美術館の建物の中に入れば、自動車の音は気にならないのだが)
写真に撮って見る分には、大変素敵なお庭なのだけれど、実際に歩くと自動車の騒音が残念。
今度から、イヤホーンを耳に突っ込んで音楽を聴きながら、回ろうかな?

d0063149_21211737.jpg
庭園には、大きな重要文化財の「光華(こうか)」というお茶室があったのだが、どうも茶室というと、四畳半くらいの小さな茶室を持つ建物というイメージがあるのに、こちらの茶室は本当に大きい。個人で使用するというより、昭和10年くらいの陸軍のお偉いさんの邸宅の中のお茶室だから、最初から、日本人・外国人を問わず、大人数のお茶会ができるように設計されたのかも。
d0063149_21212224.jpg
勿論、座敷に上がることはできず、靴を履いたまま、中を覗いたが、小間と広間があり、すべてが広かった。

d0063149_21511459.jpg
こちらは、外国人用に用意された立礼の間?
この椅子もテーブルも昭和10年の完成時のものと書いてあった。
テーブルの漆のきれいさにうっとり。

d0063149_21254621.jpg
ざっと見て、目黒通りに沿っている道を進んで、庭園出口から出てきたが、出口近くに、美術館ショップは以前からあったのだが、その隣にレストランができていた。(地図を見ると、その道を歩いてきたというのは、左側に西洋庭園を見たことになるのだが、何も覚えていない)
美術館のショップとレストランは、入場券を買わなくても利用できるようになっている。

また、庭園美術館は、本館新館の展覧会の切符を買えば、展覧会の他、お庭を見たり歩いたりできるけれど、庭園入場料(200円)を払えば、庭だけを堪能することもできる。

写真:”紅葉が綺麗”を見ると、紅葉の季節に再度行ってみたいと思う。


[PR]
by mw17mw | 2018-09-07 22:17 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)
先日、庭園美術館の「ブラジル先住民の椅子」展に行ったのだが、大変良かった。
9月17日に終わってしまうので、急いで、ご紹介。
(確か、この庭園美術館の展示を終わったら、どこかほかで展示すると読んだ気がするのだが、その記事が見つからない)

d0063149_21560178.jpg
実は、この展覧会、すべての作品、写真撮影OKなので、沢山撮って来た。
で、今、ブログに載せようかと思ったのだが、考えてみれば、多分、自分で楽しむための撮影はOKだが、それをSNSみたいなものに発表するのはまた別問題のような気がして、ここに載せるのを見送ることにした。
と思ったが、「『ブラジル先住民の椅子』展に行ってきました」なぞに沢山載っていた、気にすることなかったのかな?と思うと同時に時間がなくなったので、作品については、先程のブログの画像を見てください。

ブラジルの先住民は、生活の中で椅子に座ることもあるらしいが、主には、色々な祭祀の際、シャーマンが座るものらしい。
それらは動物の形を椅子にしたもので、その椅子に座ることにより、シャーマンの力が増すのだと思う。

で、色々な動物を模した椅子があるのだが、どの動物も皆穏やかな顔をしている。
何というか、人間がえらいとか、上位に立っていると考えているわけではなく、森林の中で、動物と人間が対等で、人間は、動物を、同じ森の中で生きている仲間みたいに感じていたのだなとわかるような表情に彫られているように感じた。

それらの椅子はどの地方で作られたものか、作者がわかっている場合は作者の名前も書いてあるが、制作年代が書いていないのだ。
いつから作っているのかなぞ、全然わからない。(多分、誰にもわからないかも)

本館の方は比較的古い作品が並べられていて、私はこっちの素朴な作品の方が好きかな?

新館では、二本、ブラジル先住民の椅子を森林の中に木を伐り出しに行くところから作品を作るところまでのフィルムと、今の時代の椅子を作る作家たちのインタビューフィルムが流されていた。

d0063149_23114842.jpg
その他、主に現代の作家たちの作品もたくさん並べられていた。

それらも見たが、現代の作品を見ることによって、本当に原住民の人たちは、自分たちの先祖からの教え・宗教を規範に行き、他の社会の影響を全然受けていない、本当に純粋、素朴に、自然の中で、他との競争とか余計なことを考えずに、生きていた人たちだったのだと感じた。
勿論、文字を持たず、他の生活も知らない、ただただ、先祖からの教えに沿って自然とともに生きている人たちだったのだろう、そういう他からの影響を受けていない、自然とともに生きていたという意味では、先日見た縄文文化の人たちと同じような環境の中で、動物の椅子を作ってきた。

フィルムで見る現代の作家は、ポルトガル語が書け、外国にも行き、他の文化の人たちと意見交換をして、昔の人たちに比べたら、大いに現代の影響を受け、色々な文化の影響を自分の中に取り込まざるを得ない。
昔からの椅子をそのまま真似して作ってしまうと、真似だの、民芸品と言われてしまうし、よそからの刺激を取り入れて、新しい風を作品に織り込もうとすると、うまく行く場合もあるけれど、素朴さが失われる可能性も大きい。
それでも、やはり、新しいものを取り込んで作っていくしかないのかな。

今回の展覧会は、作品が大きく、部屋の真ん中にまとめて展示されているので、庭園美術館のアールデコの装飾を楽しもうと思えば、作品がその邪魔をしない。(一度、ガレの展覧会に行ったが、作品が小さく、それがすべて壁沿いに展示されていたので、アールデコの内装が隠れてしまい、内装を楽しめなかった。)

ということで、時間さえあれば、今回の展覧会は、一枚の切符で「ブラジル先住民の椅子」と「昭和の初めのアールデコ建築」の二種類をが楽しめるし、お勧め。
d0063149_23083947.jpg

[PR]
by mw17mw | 2018-09-04 23:29 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(2)