カテゴリ:東京都内のお散歩・見物( 383 )

久しぶりの小石川後楽園は立派で素敵であった

お茶を買った後、来た道を戻りながら、小石川後楽園に入ってみた。
実は、若いころ、飯田橋駅前に住んでいた双子のお母さんである友人と、双子用の乳母車に赤ちゃんたちを乗せて、小石川後楽園に散歩に来たことがあったのだが、それ以来。
また、その時の印象は、双子用の乳母車が楽々操れる広い道しか行かなかったから、結局、池の周囲をちょっと散歩しただけだったかも知れない。
大して回遊しなかったことが大きいと思うのだが、印象としては、平板な大名庭園に思えて、魅力を感じなかった。
そのせいと、この庭園は入り口が飯田橋駅の方なので、我が家からだと遠いせいで、全くその後行かなかった。

庭園の成り立ちと歴史については、「小石川後楽園」のWikiに詳しい。

この庭園は、徳川家康の十一男である頼房が水戸徳川家の祖となり、作った庭を、二代目の光圀(水戸黄門)が完成させたもの。
そうなのだ、そうすると、結構江戸初期のお庭で、五代将軍綱吉の側用人柳沢義康が作った六義園のように古今和歌集に題材を求めるとか、関西の風光明媚な場所の真似をするということが少ないお庭であった。(0ではない)
平和な江戸時代が始まったとは言え、まだまだ女性的とか雅を求めることはない、男性的なお庭に感じられた。

何でも、このお庭は、浜離宮恩賜庭園、金閣寺などと同じで、国の特別史跡・国の特別名勝両方に指定されている数少ないお庭らしい。

下の画像は、上が庭園への外からの入り口、「花菖蒲を楽しむ」という看板が立っていて、私が行った土曜日は、最終日の一日前だった。
下の画像は、上の入り口から入って、少し歩くと、切符売り場があって、その先の再度の庭園の入り口。
何だか、結構背が高くない木ではあるが、空を遮っているのだけれど、そこを歩いていくと、ぱっと視界が開ける予感が楽しい入り口。

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下の地図は、上の2つの入り口の間にあった庭園の全体図。
思ったより広そう、実は、切符売り場で切符を買うと地図のついたパンフレットを渡されるみたいなのだが、私は年間パスポートで入ったので、切符をもぎるところで見せるものと思い込んで、切符売り場に寄らなかったので、地図をもらえなかったのだ。(そうしたら、切符をもぎる人は立っておらず、全ては切符売り場で完結していたので、ちょっと離れたところからパスポートをかざして見せて入った)
地図をもらわずに入ったら、結構大変、何と言っても、ここの庭は、徳川の御三家の一つの上屋敷、敷地が本当に広い。
ところどころに、全体図の掲示板がないことはないのだが、見ても方角とか全然わからなかったのだ。

江戸時代は、今の後楽園球場、遊園地、近隣の運動場や少年野球場も全部水戸の水戸の徳川家の敷地だったのだよね。
庭だけ残ったとしても、この広さは、さすがに、徳川家康の十一男とはいえ、息子のものと思う。
今まで、東大本郷キャンパスの加賀百万石の池も立派、六義園のお庭も大きくてすごいと思ったけれど、それらは徳川家の家来の池なり庭であり、やはり、さすが、徳川御三家には負けると思った。(ま、そういう意味では、皇居の東御苑が徳川将軍家の庭で一番立派、次が、徳川御三家を初めとする分家のお庭で、その後が家来のお庭かしらね)

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先ほどの入り口から入ると、すぐに大きな池が見える。
素敵なお庭なのだけれど、この都心の低い土地にあるお庭、空に何か、現代的な建物が入ってしまうのがとても残念。
下の写真で、左の緑の上にある斜めの筋が入っている白い物体は、東京ドームの屋根。
あ、そうか、何で、東京ドームは白くてあんなふわっとした感じかというと、この小石川後楽園から見た時、違和感がなく、景色の邪魔を極力しないように、雲のように感じられるようにと配慮したデザインにしたのかも。


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実際の花菖蒲は、下の左側の画像、右は、無料パンフレットの表紙。(笑)
盛りの頃、見に来れば、こんなにきれいなのかも。

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大きな池の一部には、下の画像のように、敷き詰められたような蓮の葉がびっしりの部分もあった。
モネの絵は睡蓮の池、小石川後楽園は、蓮池という感じ。(その違いが良くわからないけれど、やはり、小石川の蓮池は日本風に感じられる、また、不忍池の蓮とも趣が違う感じであった)


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下の画像のうち、上は、稲田に菖蒲田、下は、真ん中の池を他の角度から見た景色。

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この小石川後楽園は、全てではないが、殆どのお水が澄んでいてきれいだった、救われる。
こんな都心で、たくさんの地下鉄工事が行われたところで、このお水の豊かさ・きれいさは信じられない。
お庭の人に聞いたら、「昔から、地下水を使っています」とのこと。

左は、回遊式築山泉水式庭園の「築山」部分なのかな、愛宕坂という関西の急な階段を模した急な階段。
(そうか、港区にある愛宕山も、きっと同じような発想でついた名前かな?)
さて、この上に何があるのか、興味はあったが、登らなかった。(笑)

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最後、出口を探しながら歩いていたら、下記看板があった。
こういう庭園は、この庭園が大好きでたまらず、色々趣味で研究したガイドさんに案内してもらうと、もっと好きになれるとおもうのだ。(今までだって、岩崎庭園、古河庭園、六義園、全て、ガイドさんに案内されて、価値がわかったような記憶がある)
都立9庭園共通パスポートを昨年のお誕生日にいただいたので、これをまた活用し、近々、参加したいと思う。


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by mw17mw | 2018-06-19 21:24 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)

文京区後楽界隈を通って飯田橋駅へ

昨日は朝からどんよりした曇り空で、気温も低い、こういう日は、冷茶は飲みたくないけれど、冷茶のためのお茶を飯田橋に買いに行くのにちょうど良い気候と思って、自転車に乗って行って来た。我が家から飯田橋は遠そうだけれど、後楽園遊園地と球場の間を通って行くと近い。

というか、私はしょっちゅう、湯島の坂を電動自転車で駆け上がっているので、本郷通りまでは近隣の感覚。
(このコースだと、湯島から本郷までの坂を上る以外、上るべき坂がないところが楽なコース、靖国通りを通って行けば、坂は全くないのだけれど、そのコースだと、遠回り過ぎる)
大抵は、佐竹の南口の方から、湯島の坂下に出て、「三組坂(みくみさか)」という坂を上っていくのだが、その坂を上り切ると、台地の上に着いたという感じで、なだらかな高地が続いて、本郷通りにぶつかる。
そこをさらに、大横丁商店街という通りをまっすぐ進むと今度は下り坂になり、道なりに進むと東洋学園大学が左に見てから、壱岐坂とぶつかり、そのまま、下っていくと、白山通りとぶつかる。
そのまま道路を横切り、道なりに入っていくと、左が後楽園球場、右がラクーアを初めとする遊園地。
その間を走っていくと、球場が終わって、小石川後楽園という元水戸藩の上屋敷だったところのお庭が始まる。
(下の地図で言うと、後楽園ドームや小石川後楽園のお庭の向かって左側を下に降りて行って、小石川後楽園の敷地に沿って道なりに右側に進んだ。そのまま直進すると、外堀通りにぶつかり、飯田橋駅の近くに出る)

下記の地図は、左が北。上が東で、下が西。
上から右へ進むのは台東区から飯田橋駅への西進を意味する。
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お庭はとても広くて、塀で囲まれている。(実は、下の画像で、下の方の茶色い塀が後楽園球場近くで、上の白い塀は、それが終わり、後楽園少年球場を曲がったところから始まる壁)

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で、小石川後楽園が終わったところから、日中友好会館が始まる。
実は、この界隈、1か月前くらいに飯田橋にお茶を買いに行ったとき、自転車でウロチョロしたときに、日中友好会館を見かけて懐かしかったので、今回、まじまじと見てみた。
(なぜ、知っていたかというと、若い時、中国語を本格的に学びたい友人が、ここの日中学院に通っていたし、飯田橋駅前に友人が住んでいたので、割とここらへんには土地勘があるのだ)

小石川後楽園からすぐのところにある日中友好会館は、私が大学生だった頃のイメージのまま、あれ?この前、すごくきれいになっていたので、びっくりしたのにと思ったら、この昔のイメージの建物は、別館であった。

(日中友好会館は、日本人に中国語を教えてくれる他、今はどうだかわからないが、私が学生の頃、中国から日本に留学してくる人たちは、日中会館の裏手にある寮で暮らし、ここで、まずは日本語を習ってから、日本の大学に進んだと思う。多分、そのころ、中国から海外に留学するのは規制が強かったと思う、多分、少数のエリートでないと留学できなかったのではと思う)

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本館と隣の「後楽賓館(後楽ガーデンホテル)」は立派な高層ビルに建て替えられ、素敵であった。
小石川後楽園も、この後楽ガーデンホテルも、大江戸線の飯田橋駅からなら、改札から出口まで沢山エスカレーターを乗ることになるが、出口までたどり着けば、そこから、すぐに行ける。

今、日中友好会館のことを調べていたら、中華のレストランが二つに、お茶のお店があるみたいなのだ。
小石川後楽園の後に良いな~と思うのだが、今度、見てくるね。
(でも、やはり、中国が好きとか、中国のことをある程度理解していないと入りにくいかな?)


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日中友好会館の本館を右に曲がると、すぐそこに、大江戸線の飯田橋駅の出口があるのだが、そこに、何とも不思議なオブジェがあって、虫を模しているのかな?
ただ、このオブジェに関する説明も名前も表示されていなくて、一体何だろうと思う。
家に帰ってから、「大江戸線 飯田橋 虫のような建物」でググると、これだけで、私が不思議に思ったオブジェの画像が出てくる。
ただ、説明を読んでも良くわからない、飯田橋の地下駅からこのオブジェまで、一貫したパブリックアートなのかなとは思うけれど、悪いけれど、わけが余りわからないものに、都民税を使わないでほしいと思う。(笑)


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この前を通って、外堀通りより一本手前の路地を入って進むと、飯田橋駅前の五差路の難しい交差点に到着。
どうにかこうにか、信号を渡って、飯田橋駅前の飯田橋セントラルプラザ前に到着。
その1,2FがショッピングセンターRAMRAになっている。(ビル全体の名前が「飯田橋セントラルプラザ」で東京都のものだと思う)

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私の拙い説明では、文京区後楽の良さがわからないかも知れないし、地図上で見ても地味なところにあるから目立たないけれど、小石川後楽園と日中友好会館の建物がメインの地域で、昼間は、静かで緑が多くて良いところ。(夜は歩く気しないけれど)

一度、散策してみてください。


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by mw17mw | 2018-06-17 19:46 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)

ついでに六本木トンネル

昨晩は、ブログを休むつもりはなかったのだが、あの我儘猫が、「早く、布団に入って、大人しくして」と毅然とした態度で8時頃、言っていたので、仕方ないな~とすごすご言うことを聞いてあげたら、そのまま、眠ってしまった。(笑)
従姉が、「それだけ長い間、美味しい餌をあげていたら、この人は良い人だと思っているのでは?」と言ってくれたけれど、うちのにゃんこは、「このおばさんは、何でも私の言うことを聞く、もっと私の言うことをきかせなくては」と思っていると思う、すっかり、舐められているのだ。
彼女は自分の希望を全て、「ニャアニャア」という鳴き声で命令するけれど、私は殆ど理解してあげている(笑)

---本題です---

六本木トンネル自体、見たことも聞いたことも行ったこともないトンネルだったけれど、先日、じゅん散歩を見ていたら、紹介されていて、あの乃木坂トンネルの階段を下りて、新美術館の裏口の方から、美術館に入って行っていたのだが、そこを入らないで真っすぐ行くと、六本木トンネルがあるとわかった。
それだったら、どんなものか、一度見ておこうと、先日、乃木坂トンネルの後、見に行ってきた。

確かに、新美術館の裏口を無視して、ずっと歩いて行くと、歩道の上に中途半端な屋根が見えた。

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その屋根の下に入ると、左側の壁面には、現代アートの大きな絵が飾られていた。


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石原慎太郎さんって、美術のセンスがある人だったっけ?
三男だったか、四男の息子さんが画家と聞いているから、その人の影響?


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何て、左の絵を見ながら歩いていると、今度は、本当にトンネルで、「六本木トンネル」の看板が出てきた。

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このトンネルは、ちゃんとトンネルの体をなしている気がするが、その上がどうなっているのか、Google Mapを見ても良くわからず。(乃木坂トンネルのように、民間ビルの間を縫っているという感じでもないし、地上の低いところを走っている道路)短くてすぐ終わる。

歩道は、トンネルを出ると、道なりに左に曲がっており、「政策研究大学院大学の正門」の方に向かう。
車道は真っすぐ六本木ヒルズの方に進めると思うのだが、写真を見ても、よくわからない。(再度見に行かなくては)

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左に曲がって、右側の歩道にある「森本」という名前のお店を見て、「確か、NYで成功したシェフさんのお店」と気づき、その先には、じゅん散歩で紹介された「デンメアティーハウス」があって、カフェもある。

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この前がちょっと上り坂になってそのまま歩いて行くと、国立新美術館の玄関に出た。
そこを右に曲がって、一番最初の路地を入って行くと、そこは、「龍土町美術館通り」であった。
古いお店と新しいお店が入り混じっていて、中々味のある通りであった。
また、そこを入って行くと、六本木駅の近くまで出て、本当にこの通りは、国立新美術館への早道であることがわかった。

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by mw17mw | 2018-05-16 17:14 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(2)

乃木坂トンネルは、不思議トンネル

先日、品川Iさんの案内で、明治神宮を散策した後、まだ、中途半端に時間があったので、千代田線を一駅乗って、乃木坂駅に行き、「乃木坂トンネル」「六本木トンネル」の研究をしてきた。

乃木坂トンネルは、確か、4月に従姉たちと一緒に国立新美術館に行くときに、ついでに、乃木邸を案内しようと思い、乃木邸から新美術館に行く近道を探したら、見つかったのかな?
地図にも余り出ていない変なトンネルなのだ。(きっと、自動車を持っていて、そこら辺を走っている人には有名なトンネルかも知れない)

乃木坂駅の一番都心に近い方の出口から、出ると、道路が立体交差しているところの低い方の道路に出る。
何か有名なものがあるかというと、乃木神社の入口、その右の方に、ジャニーズ事務所。(もう近隣のもっと大きなビルに引っ越すことが決定しているらしいけれど)←下の画像左側の画像。

その横に「乃木坂陸橋」と大きく書かれた陸橋がある。(下の画像、右下)
陸橋の向こうに見えるビルは、左側の青いビルがTOTOで、右側の白いビルが桂由美ブライダルサロン。
下の低い道は、赤坂のTBSの前から続いて、青山霊園に抜ける道、名前を調べたけれど、わからず。(というか、TBSの前の通りをずっと行くと、青山霊園に繋がるって、初めて気づいた)
陸橋の上の道は、「外苑東通り」という名前らしい。

陸橋に上がる階段をえっちら昇って、外苑東通りを渡ると、真ん中の島に千代田線の駅に通じる階段が見えるが、そのまままた小さな通りを渡り、その横の道路を直進する。(確かTOTOのビルの横)(下の画像右上)


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また、画像の組み合わせ方が自動で見にくいのだが、その通りに入ってくると見える景色は、下の画像の右上。
この道を直進すると、何だか、行き止まりに見えるのだが、近づくと、真ん中の大きな物体の左右に歩道があることがわかる。(下の画像右下)

その歩道に入った時の風景が、下の画像左下。
何やら巨大な剥き出しのキューブがあって、どうも、これが自動車専用のトンネルのよう。(なぜか歩道は青空の下)
しばらくトンネルキューブの横を歩いて行くと、歩道の左側に下に下りられる階段が現われるが、一つ目は、戸に鍵がかかっていて、二つ目は開いている。そして、二つ目は、「日本学術会議」というビルや「国立新美術館」へ行く階段となる。(下の画像左上)

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今回初めて、終点まで行ってみた。
そうしたら、日本学術会議の隣の階段から、ほんのちょっとしかトンネルはなく、大きな通りの上を(下の画像右上)渡ると、何やらオレンジ色で縁取られたトンネルの出口になっていて、すんなりと普通の道路と繋がっていた。
歩道もそうで、そこに至るまで、階段でしか下りられなかったが、歩道もすんなり普通の歩道と繋がって、青山霊園に入って行く感じ。(実は、以前、この歩道を歩いていたら、自転車に乗った人が追い越していき、階段の出口しか知らなかったので、どうやって、下に下りて行くのだろうと思ったら、終点は、そのままアップダウンなしに下りられることがわかった。)

左側の画像は、反対を向いて、出口を正面から写したもの。

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シロウトとしては、トンネルって、普通、山の中とか、上に何かがあるところに通すのに、この乃木坂トンネルは、なぜか、上に何もないところに、キューブ状のトンネルを設置して、トンネルにしているのが、不思議。
乃木坂の不思議空間という記事が見つかり、「開通したのは1997年と聞く。かつては赤坂側の出口も青山側の出口も崖のようになっていて、車は大きく迂回しなければならなかったようだ。開通当時は、相当便利に感じられたことだろう。」と書いてある。
でも、何か頭上にあるところならわかるが、殆ど何もない青天井の道をキューブで覆い、長いトンネルにする必要はあったのか、不思議。
(今となっては不思議だけれど、その頃には何か真っ当な理由があったのだろうとは思う)

確かに乃木邸から国立新美術館に行くには、外苑東通りを戻るより、近いと思うし、下へ行く階段を下りれば、ウエストなぞにも近い。(が、先日、平日の10時半という、ウエストの開店30分前に行ってみたが、ずらっと10人くらいの列ができていたから、入るのは無理であった。<皆、椅子に座って待っていたけれど>)

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by mw17mw | 2018-05-14 12:29 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(1)

西から入る明治神宮は、最高の散歩道

明治神宮の入口は、通常使う原宿駅からすぐの「南」と、代々木駅に近い「北」、そして、小田急線参宮橋近くの「西」の3つがあるようだ。
で、今回、西から入って、本殿を目指して、南から出てきた。(通常のお参りと反対のコース)


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ご存知のように、この「明治神宮」は、明治天皇が崩御された後、人工的に作られた森とのことだが、私はそのことをずっと知らず、「明治時代に作ったから明治神宮?」程度に勝手に考えていたし、その森については何も考えたことがなかったが、多分2016年の再放送時の「完全版 明治神宮 不思議の森」を見て、巨大な人工森であることを知った。
明治・大正時代の天才たちが、100年後の出来上がりを見据えて、100年後に太古の森になるように、まず、どんな木から植えて行けば良いか、選定して植えたとのこと。
「そのことを実証すべく、創建以来、初めて行われた生物総合調査に独占密着し、オオタカを頂点に3000種もの多様な動植物が発見された森の全貌に迫る。さらに過去100年の貴重な映像を発掘。関東大震災、戦争、オリンピックと東京の激動の歴史と深く結びついた森の驚きのドラマをひも解いていく!」という番組だった。
詳しいことは覚えていないが、平地だったところに、全国から集まった大勢の勤労動員された人たちが手作業で木を植えてできたのが、明治神宮の森なのだ。(確か、外苑も)
(だったら、その前は、何だったのか、古地図を調べたら、文明開化時は、茶畑と雑木林、明治時代の終わり頃は、皇室の御料地だったよう。代々木公園はというと、文明開化時は、同じく茶畑と雑木林だったが、明治の終わりには、既に「代々木練兵場」であったよう)

歩いて行くと、砂利が敷き詰められた道の両側面、全ての木が高くて、掃除が行き届いていて清々しい森。
掃除の作業の人がこんなに小さく見える木の高さ、森の巨大さが良くわかる。
私はどちらかというと、高い木々に囲まれるだけで幸せなので、本当に満足。

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何だか、緑に囲まれて歩くだけで、本当に気持ちが良い。
我儘を言って良いのなら、一本いっぽんの木に、「何の木か」標識をつけて欲しい。

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西参道から入って行くと、殆ど人とすれ違わないのだが、本殿に近くなるにつれ、観光客が多くなる、それが殆ど外国人だった。
日本人、特に東京に住んでいる人たちは、「明治神宮なら駅から近くていつでも行けるし、行く価値を感じない、また、初詣の時で十分」と思ってしまうので、実は中々行かない。(夜初詣で行っても価値はわからない)
(我が弟に話したら、「小学校の時、遠足で連れて行かれた」ことを覚えていた、私は記憶にない)

しかし、品川Iさんの話では、洋の東西を問わず、外国からの観光客にとって明治神宮は人気のスポットだとのこと。
この木が鬱蒼と茂っているところが良いらしい。

木って、面白いよね、上野公園の木の鬱蒼としたところとも、深大寺の森とも違うし、どうして、場所によってこんなに個性が出るのだろう。

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都会の中のオアシス、明治神宮、ほぼ一体となったところに馬場もあって、まるで、セントラルパークのよう?


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と歩いているうちに、本殿にたどり着き、お参りをした。
そして、この日は、その1時間後から、お琴の演奏会が予定されていて、会場準備に係りの人が忙しそうだった。
で、このお琴の催し物は、何でも、「明治維新150年」をお祝いしたものとのこと。
「150年?」と聞いて、「そうだ、この前のチェネレントラのオペラは、ロッシーニ没後150年記念」だったことを思い出し、品川Iさんに話した。
「ということは、ロッシーニ先生は、日本で言ったら、江戸時代後期に活躍して、明治維新の年に亡くなったのだ」と二つのことが結びついたら、品川Iさんが、「ロッシーニ風ステーキは、日本で言ったら、江戸時代後期の料理だったのだ、それは、本当に古典的な時代の料理。そして、江戸時代後期には、既にフォアグラがあったことがわかる」と色々なことに話が広がり、楽しかった。(今、調べたら、フォアグラは数百年にわたって作られているらしい)


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これで、本殿の全体画像。(本来はこの鳥居をくぐってから行くものなのでしょう)
明治神宮の昔からの社殿は、空襲で焼けてしまい、今のものは戦後のものらしい。


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原宿の方に向かって歩くと、本当に人が多くなる。
こうなると、西参道の方の静けさが懐かしくなる。(本当の価値は、北の方の人が少ないところ?)


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原宿近くのところに、お酒が奉納されているのだが、片一方が、ワイン、それもフランスの有名なメーカーの樽がならんでいた。

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その反対側は、当然、日本酒のこもかぶり。

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一番最初の明治神宮の敷地の地図を見てもわかる通り、この敷地はまだまだ水が枯れていないみたいで、池や小さな川が生きていた。

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下の画像が一番外側の鳥居かな?
というのは、足元に袴を履いているから。(と私は思った)
ここを出たら、そこからは、下界、原宿駅や明治神宮駅。


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こんな都心近くに、こんな緑豊かなところがあるなんて、信じられないくらい、素敵なところで、散歩するにはとても良いところであった。
他、新宿御苑にも興味があるが、また、明治神宮を散歩したい。

東京って、所々に、スポっと、昔の緑が沢山残っていて、そこが良い。

品川Iさん、素敵な散歩コースのご紹介、有難うございました、楽しめました。

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by mw17mw | 2018-05-09 12:41 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(2)

え~、何でここにお馬さん?...、びっくり!

次はとてもびっくりした話を。(私としては、皇居の東御苑を発見して以来の「まさか東京にこんなものがあったのか」級の大発見)

ということで、食事した後、品川Iさんが、まだ時間があるとのことで、「明治神宮の方を案内したい」と提案してくださった。
私は明治神宮、昼に1回、夜初詣で一度行ったことがある切りだったが、良い印象が残っていた。
中々行けないことだし、案内してもらうことになったのだが、明治神宮の近くに、乗馬倶楽部とかあるんだって、びっくり!
聞いたことがなかった。

お店を出て、西参道に戻って、そのまま、道なりに南の方に進むと、本当に「参宮橋」という橋があって、それを渡る。(橋の下は小田急線だったような気がする)
そこを右に曲がると小田急線の駅になり、まっすぐ進むと、明治神宮の入口に行けるみたい。
で、明治神宮の方に行くと、確かに「東京乗馬倶楽部」という看板が見えて来た。
わ、信じられない、こんな東京のど真ん中というか、新宿駅からすぐのところに、乗馬倶楽部があったのだ~、知らなかった~。

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きっと、入会金とか高いのだろうな、でも、まさか、こんな都心に馬場があるなんて。
今まで、テレビや雑誌でも見たことがなく、きっと、存在を知らせると、メリットもあるかも知れないが、好奇の目で見られる可能性の方が高いから、マスコミに出ないのかもしれない。

少し歩くと、倶楽部の入口になり、そこから、遠くで馬に乗って歩く人を発見、あそこが馬場なのだとわかる。

(下の画像で赤い星印の下)
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(今まで、馬場と言えば、世田谷の馬事公苑、そうそう、小さい時成城大学に連れて行ってもらったら、馬に乗った人たちがいたっけ、その他、実際に行ったことはないが、学習院の目白キャンパスには馬場と厩舎があると聞いたことがあった。
ま、こういう情報から、東京の郊外と言わないまでも、都心から離れた周辺の区に行かないと、馬場はないものだとばかり思っていた。<今、調べたら、学習院は未だに目白のキャンパスに馬場と厩舎があるみたい、成城大学はなくなっていた。> それが、明治神宮横にあったとは...)

東京の乗馬クラブで検索したら、5つ出てきたが、都内23区はこの渋谷区代々木の倶楽部だけで、他は皆、東京都下、ま、当然と言えば当然。

肉眼では馬場の大きさは良くわからなかったが、HPの画像を見る限り、結構大きそう、また、クラブハウス風の立派な建物もあった。

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「都心に住む乗馬が趣味」のセレブたちが、ここの会員であれば、郊外まで自動車を飛ばさなくても、自分ばかりでなく子供たちも、すぐに馬に乗れるし、自動車も倶楽部内に駐車できるみたいだし、使い勝手が良いだろうな、でも、きっと、色々お金がかかるだろう。(ま、お金があっても、私が乗馬に走ることは考えにくいので、焼きもちを焼くのは止しておこう)

ただね、こんな便利なところに乗馬倶楽部なんて、想像したこともなかった、まさかまさか、すごいな~。
そういえば、NYに行った時、セントラルパークの中に乗馬倶楽部があるらしく、乗馬服で馬に乗った一団を見たし、確か、セントラルパークの中のレストラン横に、馬用の水飲み場があったような記憶があるようなないような...。
東京もNY並なのかな~、お金持ちにとって。

誰もいなかったが、何だか、好奇心で施設をジロジロ見るのも悪いので、道なりに横目で施設を見ながら歩いて行くと、今度は、その隣に、囲いの中にポニーが二頭いるところに出た。

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こちらは、子どもがポニーに乗れる場所で、家に帰ってから検索したら、「渋谷区立ポニー公園」だとのこと、ほ~っ、それも知らなかった。
また、渋谷区立ポニー公園で検索すると、先程の東京乗馬倶楽部が作ったページと、渋谷区の作ったページが両方出てきた。
無料でポニーを撫でたり、餌をあげたり、乗ることができるようだ。


(下の画像によると、背の高さが147㎝以下の馬をポニーと呼ぶそう)
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ポニーと言えば、私にとっては、上野動物園の子ども用のふれあいの場所にいる小さな馬とか、神田明神のあかりちゃんを思い出すが、それらの馬より、ポニー公園のポニーは大きそうだった。

ポニーがいる木の囲いはすごく狭くて、ここでしか運動できないポニーは可哀そうだねと話すと、品川Iさんによると、何でも、このポニー公園と隣の東京乗馬倶楽部は繋がっており、時々、乗馬倶楽部の馬場でポニーは運動できるそうだ。

下町の子どもたちは、ここまで来なくても、上野動物園にポニーがいる、と思ったけれど、実際に乗ったりできるかわからないと思って、上野動物園の構内図を今見たら、以前、ポニーやうさぎや小動物が放し飼いになっている地域が工事中になっていた。
もしやして、新しいパンダ舎を作ると聞いていたが、それは、子どもが動物と触れ合える地域を潰して作るのかな?
ということは、今のパンダ舎の跡地は、ポニー広場になるのかしらね?

きっと、このポニー公園も、都会の子供たちに、ポニーや馬と触れ合うチャンスを子供の時から与えて、楽しさを教えておかないと、大人になって、趣味で乗馬をしようという子が出て来なくなってしまうから、東京乗馬倶楽部が底辺の乗馬人口を増やすために企画したのかしらね?(3月に行った小学生のための世田谷のオペラの会と同じだ)

色々なことを話しながら、歩いて行ったら、明治神宮の西参道の入口に着いた。

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by mw17mw | 2018-05-08 08:36 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)

新宿駅から文化服装学園服飾博物館経由でその先へ

趣味全般のお友達の品川Iさんが、そろそろ転勤で、初台勤務が終わってしまいそうとのこと。

もう4年になるだろうか、お盆休みを休暇にして暇な私と、お盆休みには長期休暇を取らない品川Iさんは、その時に会社が忙しくないことを条件に、お盆休みのお昼に品川Iさんの勤務先近くの良さげなお店で、ランチをしていたのだ。
最初は、池袋勤務の時、サンシャインの中にあるレストラン「AUXAMIS 59 (オザミ・サンカントヌフ)」(ここ、良かったな~)、その後、初台に転勤とのことで、2年前は、私が興味を持ったオペラシティ53階にある「松阪牛 吉田」(ランチ時のみ安い)、その時の食後に、初台というか、代々木地区を案内していただき、大変興味深かった、そして、その途中に「レストランキノシタ」という結構名前の通った素敵な外装のレストランを発見、お盆休みには休んでいないことがわかり、「来年はここに行こう」ということになっていたのだ。
次の年のお盆休み前に、私が「住宅街にあるレストランが混んでいるわけない、多分空いているのでは」と勝手に思い込んで、予め予約しないで、行く日の朝に電話で様子を聞いたら、予約でいっぱいと断られてしまったのだ。
ということで、昨年は、また、「松坂牛 吉田」に行き、その時に、次のお盆休みには、キノシタに予約して絶対に行こうねと約束をしていたのだ。

と、話は長くなったけれど、そういう約束があったので、品川Iさんが初台からそろそろ転勤になりそうで、今年のお盆休みに行くのは無理だから、連休中、出社しているので、仕事に支障がなかったら、「レストラン キノシタ」に行ってみようと、提案してくださった。
調べてみると、レストランキノシタさんは、食べログを見ても、本当に毎週月曜日と年末年始しか休まないお店のようで、連休中も営業しているようだったので、無事二名予約した。(でも、正解だったと思う、席ほぼ満席だったもの)

それで、午後1時に取った予約に間に合うように行っても良かったのだが、品川Iさんが初台勤務でなくなるということは、私ももう新宿南口から初台界隈に行くことが殆どなくなってしまいそうなので、今まで、見損なっていた「文化服装学園服飾博物館」に行ってみることにした。
ここは、どうも、お盆休みは休んでしまう博物館だったので、お盆の時に入れなかったのだけれど、調べたら、連休中の平日は開館しているよう。

それで、JRで、新宿駅に出て、南口から、甲州街道に沿って、坂を下って行き、下り終わったところの信号から、甲州街道沿いの歩道から一本中の路地に入って、歩いて行くと、道の先に、大きな建物が見えて来た。
その脇に甲州街道の方に出られる階段がついているのだが、そこが、文化服装学院の建物群。
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ま、私のような不器用な人間が洋裁の道に進もうなぞという気持ちは全く起きなかったが、高校とか大学くらいかな、「装苑」という月刊誌は毎月買っていたかな?(その頃、服をつくるためだけではなく、女性ファッション誌がなかった時代、ファッション誌も兼ねていたのかも)
「装苑」を出版している文化出版局は、雑誌ばかりでなく、普通の単行本でも、洋服に限らず、料理本やエッセイの良書を出していて、魅力的な出版社と思っていた。
実際に何も行動しなかったけれど、「文化出版局に入れたら素敵だろうな」なぞと、若い頃想像していた。
その文化出版局の看板があった、ここに雇われるのはどういうルートなのだろう?

さて、先程の階段を上がって、文化服装学院の真ん前に出ると、いや、その敷地の広いこと、また、大きなビルを2つも建てていてやたらに立派。
他の学校では考えられないような、新宿駅からすぐの場所に巨大な土地を所有しているすごさ、そして専門学校の規模の大きさに圧倒される。
何か、変な言い方だけれど、新宿駅からすぐの場所にこれだけの広大な土地を所有したことだけで、この文化服装学院って、価値があるように思えてしまう。(普通、できないもの)
歴史を読むと、最初大正8年には、港区青山に洋裁学校があったらしい、しかし、いつ新宿に移ってきたのかは書いていないが、地図で調べると、高度成長期以前らしい。

本業のことを言えば、明治以来、日本女性の洋装化を推進してきた学校であり、何十年か前まで、日本人の間でも、洋裁学校は人気があった、しかし、段々、既製品の良いものが普及し、洋裁学校に行く人はプロを目指す人になってしまったが、「アジアの地域で、日本は、洋装化に成功し、白人ではなく、アジア人に似合う洋装を確立した最先端の国という位置づけで、相当前から、アジアからの留学生が多いらしい。(日本の文化服装学院で学んだ服飾の知識で、母国で色々な服飾産業を起こすのかな?)

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で、博物館の自動ドアを入ると、そこに受付兼切符を売るお姉さんがいた。
何でも、1階と2階に展示室があるとのこと、バリアフリーではなかったので、ちょっと古いビルだなという印象。(でも、ちゃんと障害者の方へのご案内という対応はある)
その時は、「ヨーロピアンモードと越路吹雪のドレス」という展示をしていた。(入場料500円)
一階が越路吹雪のドレスの展示で、二階がフランス革命前あたりから現代までのヨーロピアンモードの展示になっていた。


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越路吹雪さんの舞台衣装に使われたドレスは、イブサンローランとかニナリッチで作ったものばかり。
何でも、仕立ててもらうとき、必ず二着作ったとのことで、今では、早稲田大学と文化服装学院に沢山残っているらしい。
越路吹雪さんが亡くなったのが昭和55年(1980年)とのことで、活躍された時期末期はようやく外国旅行の自由化になったときだから、当時、こんな素敵なドレスは他にないという印象があったが、やはり、パリの一流のデザイナーに作ってもらっていたのだ。
しかし、とても素敵なことはわかるのだけれど、展示に関しては、生地を傷めないようにという配慮からか、照明が薄暗く、例えば、舞台でスポットライトを浴びた時のきれいさは求められなかった。

2階の展示は、上のポスターにあるベルサイユ宮殿における貴族の女性のドレスから始まり、フランス革命や第一次世界大戦なぞの影響を受けたうえでの、ドレスの歴史を展示していた。
フランス革命後、張りのあるドレスではなく、何だか、白いネグリジェのようなドレスが流行ったみたいな展示があったのだが、確かに、「ナポレオンの戴冠式」の絵の中のジョセフィーヌさんの衣装に似ていた。
何で、あの時、ネグリジェみたいな衣装なのだろうと疑問だったのだが、そうか、その当時の流行だったのだ。
その後、モードの変遷も色々展示されていたが、なぜか、ココシャネルの存在が殆ど展示されていないのが不思議であった。

2階の展示室の前には、コンピュータが置いてあって、誰でも文化服装学院のデータベースを見ることができたけれど、何だかね、大分類→中分類→小分類には下りて行けるのだけれど、小分類から中分類に戻れなかった、使いにくい。(ま、慣れない私が操作したからかも知れないが)

全部見るのに30分から1時間弱という感じかな?

外に出て、駅と反対の方に歩いて行くと、ビルのショーウィンドーに、生徒たちのコンクールの優秀作品が展示されていた。
やはり、優秀なものは、オリジナリティがあると思った。
また、受賞者の半分くらいは外国の人の名前であった。

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文化服装学院が終わるところからの続きには、なぜか、公園というには中途半端な緑地。
別にきれいではないのだが、散歩に良い。
結構緑が鬱蒼としていて、建造物が殆どなくて、ここは何?と思ったが、家に帰ってから地図を調べたら、「玉川上水跡」と書いてあった。
渋谷区土木課の表示があったから、渋谷区が管理しているみたいだけれど、今のままでは勿体ないし、将来的にここをどうするのかな?

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この緑地を通り抜けると、高速道路が上を走っている道路にぶつかるので、そこを左に曲がって、キノシタを目指す。
この道路は、その脇に建っているビルの名前を見ると、「西参道」と呼ばれているみたい。
明治神宮への道のひとつのようだ。

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by mw17mw | 2018-05-06 10:18 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)

台湾ヌガーを求めてアメ横と池袋の中国食材店巡り2018


広島Iさんが、友達に頼まれて、東京で台湾製のヌガーを探すことになったとのこと。
以前は、台湾製品と言えば、笹塚の台湾物産館と言われていたそうなのだけれど、そこが昨年7月に閉店してしまったらしい。

広島Iさんから、アメ横あたりに台湾の物産を扱う店はないのかしら?という問い合わせがあって、久々、アメ横をウロチョロしてきたら、この数年、全く関心がない間にアメ横がずいぶん変わっていたのでびっくり。

町の雰囲気は、御徒町に近い部分は、私が昔から知っているアメ横の雰囲気を残しているが、そこから先、センタービルに近くなるにつれ、また、センタービルを越してその先に行くに連れ、お店が随分変わっているのにびっくり。(また、センタービルの地下に行くともっとびっくり)

昔から、「アメ横は台東区ではない、アジアだ」と言っていた私だが、そのアジア化の進み具合と言ったら、とにかくすごい。
その中でも際立って頑張っているのは、やはり、中国資本?

以前、センタービルの地下で、一番エスニックな商品の売り場面積が大きかったのは、ムラ珍という何でも屋さんだったのに、ムラ珍のあった場所は、「海羽」というお店になっていて、店員さんが皆中国人という感じのお店になっていた。

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「ムラ珍」でネットで検索したら、「むら珍食材」というページが出て来て、そこに出ているお店のURLをクリックしたら、初音という肉屋になってしまった。

そうそう、センタービルの地下で、初音という肉屋さんも以前頑張っていたのに今や初音が全部消えて「海羽」という肉屋になっていて、びっくり。(そう、むら珍が実は初音グループだったことも今回初めて知ったのだけれど、初音グループどうしてしまったのだろう)

また、センタービルの1Fの外の道路に面してあるところにあった魚屋さんで、「あらい」という名前のお店が昔から頑張っていたけれど、そのあらいさんの日除けテントを見たら、「鮮魚 あらい(京和商事)」に変っていた。

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何だかね~、アメ横で流行っているお店、全部中国資本になってしまったのかな、別にそれが悪いわけではないけれど、アメ横がどんどん別物になって行く感じ。

という下調べをした後、広島Iさんが東京にいらしたので、まずは、アメ横を案内し、その後、ネットで検索したら、笹塚の台湾物産館が閉店したら、残るは池袋の「日光商事」が良いと出てきたので、そちらに行ってみることにした。
ま、そんなに迷わず着いたのだけれど、何と、また、店名が変わっていて「海羽日光」になっていた。(笑)
(私がネットで検索した時には、日光亜細亜食品という名前のお店であった。)

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何でも、海羽という会社が東京における中国食材を独占しているのかな?
でも、どんな会社か全く情報が出てこない。

あ、それで、台湾製のヌガーだけれど、やはり、アメ横にはなかったのだが、池袋の海羽日光商事にあったのだ、と言っても、残り4袋だけだったが。
(アメ横の中では、海羽が一番中国のお菓子を豊富に扱っていたけれど、上野の海羽にはヌガーはなかった。)
考えてみれば、画像を撮ってくればよかった。(追記:よく見たら、ヌガーの画像をちゃんと撮って来た。中国語で、「牛乳糖」というみたい、ピッタリなネーミングだけれど、私だったら、お節介ながら「牛乳餅」と名付けたい)
これが一般的なものかどうかは、私にはよくわからないが、台湾にいらしたことのある広島Iさんが買っていたので、正解なのではと思う。

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by mw17mw | 2018-05-01 22:39 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)

調布の深大寺周辺をフラフラ 2/2

今回の散歩は、調布市在住の友人がだいたい考えてくれたコースであった。
彼女はいつも年末年始とか、機会あるごとに深大寺に詣でることが多いそうで、とても詳しかった。
ただ、今回私と、観光客気分でうろちょろ歩いたことで、「あら、こんなところがあったの?」と新しい発見が多くて良かったとのこと。
(一人で来ると、ついつい、行くところが決まってしまうということに気づいたとのこと)

今回、改めて深大寺や神代植物園について、調べないで行ったので、1/2に載せた神代植物園の全体図も、その時に初めて見て、神代植物園の全体像が初めてわかったのだ。
まさか、無料で見学できるところがあることもその時初めて知って、無料の場所2か所のうちの1か所、地図右端の方にある「植物多様性センター」が無料であることに気づかず、行けなかった。

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神代植物園の周囲を一周して、深大寺に戻ると、「水生植物園」が近くだったこともあり、無料のこの地域には行ってみた。
下の画像が全体地図で、下の方の池を示す水色が沢山ある方が「水生植物園」、では、その上の緑の木の印がずらっと並んでいるところから上はというと、何でも、戦国時代まであった「深大寺城跡」なのだって。

水生植物園を見終わった後、深大寺城跡に行こうとしたが、この地図を素直に読めなくて、一旦外に出て歩いてしまった。
少し歩いても何も出て来なかったので、深大寺の交通整備員らしき方に、「深大寺城跡はどこですか?」と聞いたら、「入口は水生植物園と同じで、入口から道が二つに分かれているので、左側を進むと、深大寺城跡に行ける」と教えてくれて、戻った。(涙)
入口の地図を見ると、確かにその通り。(だったら、地図の題名に、「水生植物園と深大寺城跡」と書いてくれればいいのに。

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まずは、水生植物園の方を歩いたときの画像を。
平日だったし、人が少なく、緑と水がきれいで、良かった。
季節季節に色々な花が咲きそう。

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こちらは、深大寺城跡、入口から道なりに歩いて行くと、どんどん上り坂になって行き、標高50mに平地があるのだが、そこまで行く坂道から下の水生植物園を見ると、結構高いところにあったお城だったことがわかる。
画像ではわかりにくいが、下の左側画像に写る木の左側に、城跡の柱の跡を示す石があった。
やはり、戦国時代のお城だし、そんなに重要拠点ではなかったから、天守閣のあるようなお城ではなかったような感じ。
このページによると、1537年に見捨てられ、廃城となったとのこと。
その後、誰も利用しなかったのだろうか、余りに植物にとって平和な環境が長続きしたからか、「え、こんなに伸び伸び木は広がって伸びるの?」と思うくらい、大きな木が沢山。
1537年から今まで、関東大震災や第二次世界大戦の空襲にも合わず、ずっと平和な地域だったのかな?
(と、品川Iさんが調べてくれて、深大寺自体は、江戸時代に大きな火事に二回もあって、今の建物は大正時代のものと教えてくれた。火事は、深大寺の周囲の山に燃え移らなかったのかな?)

この城跡に行っても、ベンチくらいしかないけれど、のんびりするのにとても良かった。

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今回行ったのが、桜の季節が完全に終わってからだったけれど、八重桜や遅咲きの桜が一本だけ咲いていて、それなりに素敵だった。
後、木の名前はわからないが、赤い葉っぱの木もあって、秋の紅葉の頃も良さそうと思った。

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この調布の深大寺周辺は、本当に高い木だらけで素敵。
それが、例えば、上野の山だって高い木が沢山あるのだが、何かムードとか空気感が違うのだ。
深大寺周辺ならではの空気と緑のきれいさを感じるのは、何でだろう、木の種類が違うのかしら?

また、バスに乗って窓から景色を見た感じでは、駅からずっとゴミゴミと人家が続くのだが、それは深大寺前できっぱりと終わり、どうも、この深大寺と神代植物園の敷地にある民家は、深大寺前のお土産物屋さんとお蕎麦屋さんだけのよう。
こんなに東京からそれ程離れていない地域の周辺が売りに出されず、再開発されたりせずに、ずっと自然を残しているところが素晴らしい。
お土産物屋さんやお蕎麦屋さんも、全体の雰囲気を壊さないような家ばかりだし。

まあね、京王線の駅からバスでしか行けない地域だし、神代植物園は東京都、深大寺も深大寺のものだから、いつまでも、このまま緑の多い地域かも知れない。
開発が進まないということは、緑だけでなく、地下水を断たれないだろうから、いつまでも、緑とお水がきれいな地域でいてくれるに違いない。(東京は、地下鉄が通るたびに近隣の昔からのお庭のお水が枯れる危機に瀕するみたい)
絶対、京王電鉄は、夢にも、調布と吉祥寺を結ぶ線なぞ、考えませんように。

ただ、深大寺というとおそばが名物なのだが、友人も何度か食べたことがあり、私も一度団体旅行で食べたのだが、「ま~、普通」という評価であった。
お蕎麦は、「挽きたて・打ちたて・茹でたて」が美味しいと言われているけれど、深大寺の周辺のお蕎麦屋さんは、所謂観光地のお蕎麦屋さんなわけで、いつ多くの人が来るかわからない環境で、来るか来ないかわからないお客さんのためにお蕎麦を用意しないとならないから、三タテを期待する方が無理かなと思う。(それより、素早くいつでもおそばが出せるようにしているのではと思う。)

それでも、深大寺を出て、神代植物園の正門方向に歩いたり、深大寺小学校から深大寺に行く道沿いに、風情がある建物のお蕎麦屋さんが何軒もあった。
風情や食べログの点数でお店を選んで行ってみるのも楽しいかも知れない。
それか、バスに乗って調布駅や吉祥寺駅に戻って、街中のお店で食事をするのも良いかも知れない。

今、わからないながらも、食べログ東京で、深大寺周辺のお蕎麦屋さんを検索してみたら、どうも「深大寺元町(東京都 調布市)」のランキングが役に立ちそうだが、点数の高いお店、土日祭日はきっと混んでいるに違いない。

私たちは、「深大寺のお蕎麦は一度経験すれば十分」という結論に達し、バスで調布駅に戻り、友人が以前から行ってみたかったという駅前近くの居酒屋さんに寄って帰って来た、その話は明日。

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by mw17mw | 2018-04-25 11:50 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(2)

調布の深大寺周辺をフラフラ 1/2

昨年、団体バス旅行で連れて行ってもらった深大寺がとても素敵だったので、もっと落ち着いてみてみたいと思った。
ちょうど、調布に住んで既に40年という友人がいるので、その友人に案内してもらうことにして、京王線の調布駅で友人と待ち合わせし、駅前のバスロータリーから、吉祥寺駅行きのバスに乗って、深大寺小学校前という停留所で下りて行った。(料金200円)
(他に、同じく京王線のつつじが丘駅北口から深大寺行きのバスが出ているらしい)

4月の初めに行って来たのだが、深大寺周辺の魅力をどう伝えるか、まとめ方がまとまらず、今日になってしまった。
というのは、深大寺周辺の魅力というのは、都心から近いところにありながら、溢れる緑と水が魅力だから、画像にすると、似たような画像ばかりになってしまう。
それでも、本当に背の高い木ばかりで、ちょっと都心の方の木の多い地域と違った雰囲気で素敵。

この地図が一番わかりやすいと思う。現在地と言う赤い四角の下が現在の深大寺の敷地。
その下や横の方に広がるのが都立の神代植物園。
青い線で囲まれているのが、植物園の有料地域で、左上と右下の方に飛び地のように赤い線で囲まれている部分があるが、神代植物園の中の無料開放地域。

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何でも、深大寺は今は境内が小さくなってしまったが、昔は、隣の神代植物園も深大寺の敷地だったのだって。
で、現在の深大寺の敷地は小さく、昨年団体旅行で見た経験で十分であることがわかった。

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ただね、今回、色々勉強したら、深大寺は東京都で二番目に古い、奈良時代に開かれたお寺で、宗派が天台宗。
天台宗というのは、密教で、所謂葬式仏教ではないし、檀家がいないのかもしれない、お寺の近辺に深大寺の墓地と言うものがないもの。←事情は奈良の古いお寺も同じ(実は、深大寺には、動物霊園というものはあった)
ということは、下世話の話になるけれど、葬式仏教のお寺は、檀家やそのお墓のお世話をするので、そのお布施が入って来るのに、密教系はそれがなく、お賽銭が収入源になるのだ。(東京で一番古い浅草寺も元々は天台宗、その後天台宗から独立した宗派で、少しはお墓があるみたいだが、基本お賽銭や周囲の土地の賃料で成り立っている)
その環境で、深大寺にある白鳳仏が国宝になったとのこと、拝観してもらうものができて、良かったと思う。

調布駅始発のバスに乗って、20分くらいして、深大寺小学校前で下りた。(どうも、調布川から行くと深大寺を通り越した端っこに小学校があるみたい)
停留所から深大寺に向かうと、深大寺小学校を取り囲む壁が余りに立派で、何か謂れのある小学校なのかなと思った。
家に帰って調べたけれど、古いことは古いけれど、それ程の歴史はない模様。
きっと、谷中にある谷中小学校も見かけお寺みたいな作りだし、観光地深大寺にある小学校と言うことで、外観にお金をかけられるのかも知れない。

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何でも、深大寺のお寺は、江戸時代等に火事にあって、今現在の建物も立派だけれど、殆ど、大正時代のものとのこと。
でも、建物よりなによりも素敵なのは一面の緑、さりげなくいたるところに水が流れていること、また、石がさりげなく積まれているところも魅力的、この石積みも古い物なのだろう。

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深大寺の境内の外に出て、神代植物園の正面玄関の前を通って、ぐるっと神代植物園の周囲を回って来た。
とにかく、青い空に沢山高い緑、そうそう、深大寺はお蕎麦が名物なのだが、それは、水が豊かだったので、水車が沢山あったのでその動力を利用し、蕎麦の実を突いて、粉にしたとのこと。(左上の画像が水車)
左下が神代植物園の正門。(どうせ、花の名前なぞ覚えられない私のこと、猫に小判、私に植物園、勿体ないと中に入らなかった。)

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こちらはどちらかというと、深大寺の境内に近いところだが、川と言う程の幅でもない小さな水が流れる溝(もしかして、「小川」というものかな?)が沢山あって、素敵。

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by mw17mw | 2018-04-24 21:50 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)