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天性の「美味しい!状態に執着心」がある東京下町に棲息するおばさんのお料理・お菓子・道具・食材の他、散歩の記録を綴った日記です。by真凛馬


by mw17mw

2019年 04月 06日 ( 1 )

今年は、としま案内人駒込・巣鴨というボランティア団体が主催する「ソメイヨシノの里 駒込・染井を訪れる」桜ツアーに申し込んで、参加することができた。

実は、私は、50年近く前、合格した大学に行くには、巣鴨駅か駒込駅からだと、絶対、染井霊園を通らなくてはならなかった。
だから、何度も何度も中を歩いたことはあるのだが、詳しい人に案内してもらったことはなかったのだ。
だから、何も知らず、家の人に聞いても「染井霊園は、ソメイヨシノの発祥の地」というくらいの知識、また、芥川龍之介のお墓があることくらいしか知らず、ただ緑が多い雑司が谷みたいな墓地とか、痴漢がいたみたいな印象しかなかったのだ。(笑)
その頃、案内してくれる人がいたら、印象がまた違ったであろう。

(以下、私は桜の専門家でもないし、駒込・巣鴨の方の歴史研究家でもないので、間違いも書くかも知れない、その程度の文章と思って読んでください)

で、今回は、駒込駅前で集合して、最初の一時間は、豊島区駒込の方に行き、妙義神社・旧丹羽家住宅蔵・染井よしのさくらの里公園とか、江戸時代、豊島区駒込にあったという多数の植木屋さんの集合体の面影、駒込に残るその方たちのお墓、ソメイヨシノに関しても残っている資料を展示している場所を案内してくださった。

だから、実は、この桜ツアーに加わる前日まで、テレビでは、「現在、昔植えられたソメイヨシノに寿命が来て、今度はどの品種を植えるか、検討している地域が多い」みたいな話題を沢山放送していたので、見ていた。
何でも、桜も連作は良くなく、ソメイヨシノの後は、他の品種の方が望ましいとのこと。
そのテレビを見ていて、納得していて,ソメイヨシノはどんどん減って行き、日本の桜は、違う品種の時代に突入するのだと思っていた。
しかし、それが駒込に来て、沢山のソメイヨシノを見せられ、としま案内人の方にソメイヨシノの美しさをレクチャーされると、「そんなことはないのだ、桜と言ったら未来永劫ソメイヨシノしかありえない」と簡単に洗脳されてしまう。(笑)

とにかく、駒込駅の巣鴨に近い方の改札付近は、ソメイヨシノだらけ、きれいだけれど。
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こちらの画像は、ソメイヨシノと関係ないのだけれど、妙義神社という豊島区で一番古い神社の上から写した写真。
何でも、妙義神社は現在隣の土地に神社を立て直しているとのことで、隣が空き地になっていた。
空き地の向こうに見える右側の赤っぽい屋根の建物は、女子栄養大学の短大?左側の黒っぽい屋根に十字架の建物は、中央聖書神学校なのだって。(私はその存在すら知らなかった。)

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豊島区駒込という住所の地域は、殆ど区画整理をされていない地域で、一人で中に入ったら、迷子になることは必至。
そこを詳しい方が案内してくださったので、すいすい進めた。
西福寺だったか、昔の植木屋さんのお墓があるお寺を見学した後、小学校に案内される。

東京の桜の開花宣言は、靖国神社の標準木の花が5輪咲くかどうかで決まるとのことだが、豊島区は、独自に駒込小学校の校庭にあるソメイヨシノを標準木を決めていて、豊島区独自でソメイヨシノの開花宣言をしているのだって。(笑)

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次は、旧丹羽家という、大きな植木屋さんであったお家の蔵や武家の門を移築した広場、蔵の中には、ソメイヨシノに関する昔の書物などを展示している。
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その次に、「染井よしの桜の里公園」に案内された。
そこも沢山のソメイヨシノの木があって、見事だった。
そして、今でも、多分、豊島区が、大島桜にエドヒガシを接ぎ木して、数年に一度植え替えるという作業を繰り返して、ソメイヨシノを育てているという地域があったのでびっくり!
災害に遭って、ソメイヨシノが枯れてしまったという地域に、送るために育てているとのこと、熱い!
(下の写真が下手でごめんなさい)

とにかく、豊島区が「ソメイヨシノはおらが地域が作った名産品、ソメイヨシノの発祥の地を名乗れるのは豊島区だけ!」と熱いことは良くわかったし、昔に比べて、そのことに関する施設の整備も完了したみたい。

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この後、染井霊園に向かったが、染井霊園の桜も本当にきれいだった。
(こちらは、桜の話より、誰のお墓があるみたいな説明であったので、このブログでは割愛)
染井の里と言われた植木屋さんの住居は、染井霊園になる前の染井の里にあったみたいだが、何でも、高台で、周囲は崖だったので、日当たりが良くて、植木に向いていたそうな。

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このツアーに参加させていただき、本当に良かったことは、長年の謎が解けたこと。
良く、江戸時代、染井の里には、沢山の植木屋さんが住んでいて、ソメイヨシノも、染井の里で開発されたと聞く。
しかし、今の時代、染井・駒込に全く植木屋さんがいなくて、これはどうしたものか、ま、どんどん都市化が進んでいったわけで、今、植木屋さんがいないのはわからないわけではなかったが、本当に江戸時代植木職人が集合して住んでいたのかわからなかったのだ。

そうしたら、今回の桜ツアーで色々教えていただいて、なるほど、その話は確かに事実らしいと思えたのだ。

その植木屋さんのお得意さんは、参勤交代で江戸に来て少なくとも上中下屋敷を持っていた大名家で、そこには、必ず大名庭園があったわけで、江戸時代、江戸中の大名庭園は、千あったと言われたくらい多かったので、多くの植木職人は皆潤っていたらしい。
それが明治維新で、大名制度が廃止され、大名屋敷・庭園は売られてしまって、潰されて行った。
そんな中、染井の植木屋さんたちは、明治維新で、今までの商売が成り立たなくなり、全員が全員というわけではないのだろうが、現在の埼玉県川口市の安行(あんぎょう)という地域に移住したのだそうだ。

それで私の頭の中は話が通った。
十年以上前になるけれど、自動車で長野県から帰って来た時に運転している人が下りるインターを間違えて、多分、川口で下りてしまったのだ、そうしたら、迷い込んだ地域が、どこの道を通っても、人間の背丈くらいの植木の大きな庭に囲まれた家ばかりで、そこは安行という植木屋さんが沢山ある地域であることを偶然知った。

としま案内人の方に確認したら、安行は、駒込から移住した植木屋さんの明治以降の移住先とのこと、とても納得。
今でも、駒込界隈で、植木に関する催し物があると、安行の人たちが手伝いに来てくれるそうな、安行の人たちも、駒込から移住してきたので、駒込が祖先の土地であるという自覚があるとのこと。

wikiで、「安行(川口市)」を検索すると、地理のところに「鉄道開通以前は園芸農業が発達していた地域で多くの自然が現存していた。また、安行地区の南部は埼玉県立安行武南自然公園の区域でもある。安行は植木の産地としても知られ、埼玉県植物振興センターが所在する。安行地区の北部は南部とは対照的に平坦な土地が多い。」なんて、駒込との関係には触れていないし、なぜ、園芸農業が発達したかについては触れずに、つれないことしか書いていない。
誰も、安行がどうして植木屋さんが沢山いる地域になったかなんて、関心ないのかな?
私なぞ、今回知りえたことは結構面白かった。

by mw17mw | 2019-04-06 22:56 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)