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天性の「美味しい!状態に執着心」がある東京下町に棲息するおばさんのお料理・お菓子・道具・食材の他、散歩の記録を綴った日記です。by真凛馬


by mw17mw
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日帰りバス旅行に参加 4/4 紅葉の楽寿園を散歩 

こちらの庭園は、明治23年に整備された後、明治26年に宮家が断絶し、その後、主を失ったようだが、昭和16年頃まで、日本に亡命させられていた朝鮮の李王朝の王の別邸として、利用された後、民間にわたった後、昭和27年に三島市に移管されたらしい。

それにしても、こちらの庭園はそんなに有名ではないのかな?
何故かと考えてみたが、いくら皇室がお金をかけているとは言え、例えば、江戸時代の名匠の作ではなく、明治以降に設計造作されたものだから、低く見られがちのかな?(例えば、どなたの作かもわからないし)

でも、私のようなシロウト眼で見ると、どこを歩いても、木々の植え方、色の並べ方とか、考え抜かれた丁寧さが感じられ、やはり「皇室がお金をかけただけある名園」と思える。

順路に沿って歩いていくと、遠くに黄色い屋根が見えてきたのだけれど、どうも、その黄色は、黄色い菊の花のよう。
そうか、何かの建物の屋根全体に菊の花で覆っているのがわかって来た、あれは何の建物を模しているのだろうと思いながら近づいたら、「(京都の)平安神宮」と書いてあった。
今まで、マネキンの衣装に菊の花をまとわせる菊人形は、何度か見たことがあるが、人間以外の建物に菊の花をまとわせる菊建物(?)は、初めて見た。

日帰りバス旅行に参加 4/4 紅葉の楽寿園を散歩 _d0063149_21423887.jpg

この平安神宮の近くから、フードカーが色々なおつまみ、例えば、たこ焼きなぞを売っていたが、何せ、大量の昼食とミカン食べ放題のミカン狩りが効いて、全然興味が湧かなかった。(焼ける香ばしい匂いすら気にならなかった。)

また、順路の通りに歩いていくと、巨大かつ今まで見たことのないような原始的なデザインに思える灯篭が現れた。(でも、その大きさと朴訥さは、とても魅力的だった。)
高さは優に2mを越していたと思う、同じグループの方が、画面左の細長い石に、「この灯篭は、台東区北上野の方の寄贈って書いてありますよ」と、読んでくださった。(ただ、その石も相当古いものらしく、汚れもあり、全部は読めなかった(寄贈者の名前がわからなかった)みたい&森の中で光もかげって来た頃だったし)
私は気楽に、「ここで実物が読めなくても、きっとネットでこのお庭のことを調べれば、寄贈者についても何か書いてあるに違いない」と気楽に思ったけれど、家に帰ってから、この公園のHPとか色々調べたが、この灯篭に関する情報はなかった。
文化的に価値のないものなのかしら?
灯篭は、良く見るのは、石灯篭だけれど、この巨大な灯篭は粘土製だろうか?
下から粘土を積み上げて作ったのかしら?どこでどうやって作ったか知りたくなった。
寄贈者は、この灯篭をどこで作ってどうやってここに運んできたのだろうか?
もしくは、運んでくるのは無理だから、この場所で作ったのだろうか?
でも、力強くて、武骨でとても素敵。

日帰りバス旅行に参加 4/4 紅葉の楽寿園を散歩 _d0063149_21433019.jpg
この灯篭が気に入った私は、グループから相当遅れてしまった後、ぐるっと敷地を大回りして、水が枯れてしまった池のようなところに出た。
遠くに、素敵な日本家屋「楽寿館」が見える。

日帰りバス旅行に参加 4/4 紅葉の楽寿園を散歩 _d0063149_21433655.jpg

その枯れている池は、小浜池(こはまいけ)という名前で、お水が枯れていなければ、相当立派な池のよう。

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小浜池の近くは、初めてある国は結構迷いやすかったが、ま、全体としては、ところどころに、下の画像のような真っ赤な紅葉が植えてあり、心から、「美しい」と思えて、本当に忙しさに余裕を失っていた自分に気付き、節くれだった自分の気持ちを慰め、リフレッシュすることができた。

日帰りバス旅行に参加 4/4 紅葉の楽寿園を散歩 _d0063149_21435374.jpg


by mw17mw | 2025-12-05 00:20 | 東京以外の遠出・温泉 | Comments(0)