本題と関係ないのだが、昨日から、新しい画像をブログが受け付けてくれず、「画像の最大容量を超えています。不要な画像を削除して再度お試しください。」と出て来てしまう。
excite blogの無料タイプは容量が1GMなのだが、私が使い切ったということだろうか?
考えてみれば、2005年から、殆ど毎日、ブログを書いていて、2022年で、18年無料で使わせてくれたのだから、もう月々一番安いコースが容量が無制限で270円なのだから、お金払うべきなのかも知れない。
ただ、このコースを申し込んだら、画像が入っていくのか、確信が持てなくて、昨日から、悩んでいる。
だから、今日は画像なしです、ごめんなさい。
どなたか詳しい方とか、無料から有料に移れば問題がすべてなくなるのかご存知の方いらしたら、教えてください。
何て、悩んでいないで、有料コースに移ればいいのかな?
---本題ですーーー
岩瀬商会さんは、御徒町の多慶屋と三井住友銀行の間の路地を隅田川の方に歩いていくと、すぐに御徒町台東中学があり、その先の春日通りの江東信用組合からのちょっと太い道路を渡った並び左側の方にある。
、右側には、「YAMAGUCHI BLDG7」という大きくて立派なオフィスビルがある。
YAMAGUCHI BLDGは、私が気づいた時には、もう立派なオフィスビルに建て替わっていたけれど、昔、山口自転車という会社の跡地と聞いたことがあった。
「山口自転車 台東区」で検索したら、
山口自転車のWikiが出て来た、御徒町の土地は、工場でなく、本社機能の会社だったとしたら、ずいぶん大きな会社だったのだ。(また、関連項目に、日本初の女性代議士で有名だった山口シヅエさんが出て来て、この会社のお嬢さんであったことがわかった。)
何でも、1914年(大正3年)とのことで、大正時代から1963年に倒産するまで、長きにわたって台東4丁目で頑張った会社のよう。
どうして、台東4丁目に3軒とか4軒だけだけれど、バイク・自転車関係のお店が並んでいるかというと、やはり、大正時代から山口自転車があったから?
(明日、その近くに、面白いお店を知ったので、明日、そのお店に書きたいと思う)
この二輪車のお店が並んでいるところをもうちょっとアキバの方に歩くと、右側に、ロイ・ジェームスさんのお父さんが開いたと思われるイスラム教のモスクがあるのだけれど、この方もロシア革命で日本に亡命してきたのだろうから、時代的に、山口自転車の最盛期と同じ時期、同じ町内にいたのだ、きっと。
それで思い出したけれど(そして以前にもすでに書いたかも知れないが)、その近所の佐竹通商店街は、江戸時代、秋田の佐竹藩の上屋敷があったから、佐竹商店街という名前なのだけれど、そこから歩いたら15分くらいかな?清洲橋通りをまっすぐ神田の方に行って、靖国通りと交わるところに龍角散の本社がある。
これもまた、そもそも薬草を混ぜて龍角散を発明・調合した先祖は、何でも喉が弱かった佐竹藩のお殿様のご典医だったとのことで、もちろん秋田にもご典医のお屋敷はあったろうが、江戸の上屋敷にも屋敷をもらっていたのだと想像がつく。
何だか、台東区って、ごちゃごちゃの歴史も何も感じられない建物だらけの世界だけれど、たま~に、昔とか歴史を探れるヒントが隠れている分、楽しい。
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