先日、広島Iさんと和敬塾本館見学に行ったとき、どうせ、目白に行くのなら、学習院大学の構内を見物したいと、広島Iさんに提案したら、受け入れてくれて、しかも、守衛さんのところで、「見学に来ました」と名前を名簿に書けば、入れることを調べてくださった。(それは先日の立教大学もそうなのだって)
というのは、先日、明治神宮横の馬場を初めて知ったとき、色々調べたら、都内には、もう一つ学習院大学の構内に馬場があったので、それを見たいと思ったのだ。
11時半くらいに待ち合わせて、志むらで、かき氷とおにぎりを注文して食べたら、もちろん、ファーストフードのお店のようにテキパキ出てくるわけではないので、結構時間がかかってしまい、学習院は、和敬塾見学が終わってからにすることにした。
だったら、中途半端な時間が余ったので、バスに乗って、和敬塾の最寄りの停留所より一つ手前の日本女子大学の前で降りて、日本女子大を軽く見学しましょうということになった。
ポン女の周囲は何度か通ったことがあったのだけれど、外から見ると、明治時代に作られたような講堂が見えるだけで、大学の周囲に飲食店等が全然ない環境のとても小さな地味な大学という印象であった。(わ、女性だけの大学だし、ここに入ったら授業をさぼるのに使える喫茶店も全くなく、つまらなそうと思っていた)
で、広島Iさんが守衛室に見学を申し込んでくださって、中に入ることができた。
私としては、古い古い戦前の講堂、それは、木造で、上野の山の奏楽堂のように、日本人の体形が今より小さかった日本人の体形に合わせて設計されている。
名前を成瀬記念講堂と言い、正門の右側にあるのだけれど、それを広島Iさんに見せたかったのに、現在、何だか工事中で、見ることができない状態であった。
その工事近くにいる人に聞いたら、「耐震工事をしているだけ」とのことで、決して解体工事ではないらしいので安心。
何だか、ポン女のシンボル的存在の講堂だから。
他、守衛室の近くに、もう一つ、完全な木造の和館があったけれど、これはもしかして、創立者の成瀬仁蔵さんの生前の住居かな?
こんな学園内に住居があったとしたら、本当に人生全てをポン女と女子教育に捧げていたことが良く分かる。
また、目白台って、真ん中の道路を中央にした馬の背のような細い台地で、そこから両サイドとも、なだらかに斜面が落ちていき、北側の一番底の谷が不忍通り(しのばずどおり)で、不忍通りを渡ったところから、また、上る斜面が雑司ヶ谷方面に伸びていることがわかる。(南側の谷は神田川かな?)
ポン女の敷地の真ん中くらいから、不忍通りの方が見渡せるところがあり、以前、私が散歩中に不忍通りから雑司ヶ谷にかけての土地に見つけた「今は使わなくなった、昔のポン女の学生寮が立っている敷地」らしきものが遠くの上り斜面に見えた。(ポン女って、学生寮の敷地まで含めたら、結構広大な広さの大学のよう。)
今は時代が変わったけれど、ポン女は、日本で初めての女子大だし、地方の進んだ家庭の子女やお母さんがポン女出身の人は、娘もポン女で教育を受けさせたいと思ったのだろうが、その頃、東京に親戚がなかったら、それは無理になってしまうので、学校の反対側の森を切り開いて学生寮を作ったのかも。
それがいつのものか、良くわからないのだけれど、4,5階建てのエレベーターもなさそうな細長い建物が多かったから、きっと、戦後のものではないかと思う。
でも、今はまるで使われていなくて、さび付いたような建物がところどころに見える敷地。
そのあと、学生の集会所のようなビルがあったので、そこに足を踏み入れたら、地下が学食、一階がカフェやコンビニ、旅行代理店、二階が文房具等を売っているお店が二店入っていた。
一店は、目白通りを挟んだ反対側にある日本女子大付属豊明小学校と幼稚園関連のグッズを扱っている桜楓会という日本女子大卒業生の会が運営するお店であった。
色々なものを売っていたが、「国語帳」「算数帳」「理科帳」「社会帳」「日記帳」だの、普通の公立小学校の生徒だったら、カラーの写真がついた色々な魅力的なノートを使うのに、こちらでは、本当に大学ノートを使いやすくしたような地味なノートだけを売っていたが、生徒は皆逆らわずに他所のお店で他のノートを買わずに、こちらのノートを使っているのだろうか?(勿論、低学年用は、「こくごちょう」「さんすうちょう」などなど)
他、学校で使うものや、子供用のレインコートなぞ、よそでは中々扱っていないものが並んでいた。
私は、友達にポン女卒業の人はいないのだけれど、お母さんがポン女というお友達が一人いて、そのお母さんは、普通の主婦だったけれど、趣味も広く、お話も面白いし、だれに対しても寛容な素敵な人であった。
後、何度も書くけれど、我が家のお墓は成瀬仁蔵さんのお墓の近くなので、命日にポン女の制服を着た生徒さんたちが先生に連れられてお参りに来た時に遭遇したことがあって、皆、身なりがきちんとしていて、髪の毛の長い人はきちんとおさげにして、自分の番が来るまで、誰も私語を発しないで、きれいな姿勢で静かに並んで待っていたのを見たことがあって、私の中の日本女子大への印象はとても良い。
この学校の「小さな淑女のような女の子たち」は、日本女子大学という環境で自然にこぎれいに身支度を整え、周りの迷惑になることに気を遣い、人や物を大切にする精神が養われていくのかと思った。
あ、そうそう、その卒業生のお店に、東京の老舗が予約注文を受ける日本女子大向けのお菓子なぞが結構並んでいたが、皆、そういう老舗のお嬢さんたちも日本女子大に入るのかな?
こちらはのんきに、和敬塾の見学会が終わった後、目白駅に行くバスに乗って、目白駅の一つ手前、確か、目白警察署前で降りたら、そこが学習院の正門で、「見学したいのですが」と言ったら、「見学は、全て4時に終了することになっており、今、3時50分です」と言われてしまった。(笑)
そうか、どうやって入るかは気にしていたけれど、時間に制限があるなんて、二人の頭にはまるで浮かんでいなかった。
でも、どうせなら、10分でも中に入りたいと、無理をお願いして、入れてもらった。
(それに、「馬場に行きたい」と守衛さんに行ったら、「今は、馬場は見学禁止です」と言われてしまい、それだったら、見る時間少なくても大丈夫と思ったのだ。)
だから、ほんの5分、折り返してきた。
外から見たものは、大きな現代的な高いビルと、きっと戦前からの洋館だろう白い建物なぞが入り組んで存在している。

後、学習院は目白に明治41年(1908年)に移転したとのことだから、この地で110年の歴史があるだけあって、立派な木が多かった。その中で面白かったのは、下左の画像は、朽ちて倒れた木を横にし、そこに新しい木を接ぎ木したのか、朽ちた木の残った養分を吸って新しい生命が伸びている様子、右は暗くてわかりにくいが、真ん中に一本細い木があって、もう一本の太い木がそれを取り囲むように生えていたこと。学部には、植物とか能楽関係はないようだが、どなたか、こういうものが好きな人がおられるのか。
学習院大学のキャンパスは木々が沢山あって素敵だし、馬場にも近寄ってみたいので、またチャンスがあったら、ゆっくり見に行きたい。
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