私の日常とかけ離れた「藤原歌劇団のゲネプロ参加」なんて、私の人生には殆どあり得ないことだなと思って、従姉に感謝していくことにした。
本当に、藤原歌劇団とかオペラ、ゲネプロなんて、ネットで検索すれば出てくるけれど、でも、私にとっては非日常的で、興味津々出かけた。
場所は、新百合ヶ丘にある昭和音楽大学の中にある
「テアトロ・ジーリオ・ショウワ」という本格的な総合劇場で、オペラやバレーが上演できるようにあらかじめ計画されてできた劇場とのこと、新しくてきれいで立派。
(私立の音大と言えども、最近は、すごいのね、こんな劇場が大学内にあるのだから)
しかも、駅から5分くらいの距離だし、便利。

(他、舞台上の画像は撮影禁止なので、なにもなくてごめんなさい。)
受付を済ませると、劇場のホールに予め椅子を並べた空間が作られていて、そこに座って、藤原歌劇団の総監督から、「ラ・チェネレントラ」の見所等の説明があった。
とても、楽しいお話だったし、どう聞いても、総監督のお声が「元オペラ歌手」、そうか、オペラ歌手の中から、選ばれて、総監督になったりするのだなとわかった。(最初から演出家とか監督志望で歌劇団には入らないのかな?)
ただ、オペラって、日本語に訳さないで、原語のままだから、「こういう歌の歌詞には、破裂音で終わる単語が沢山仕組まれていて、早口言葉になり、それがわかると、楽しいですよ」とか、イタリア語を前提とした楽しさが多かったので、「う~ん、それがわかるかな、大丈夫かしら?」とちと心配になったりして。
その説明が終わった後、オーケストラが練習を続けている劇場内に入り、舞台裏に案内されて、大道具がすっかり並んだ舞台を見たり、舞台横に黒い四角いテントが並んでいて、それが何でも、早く衣装を変えなくてはいけない人のためのものとか、教えてもらって、終了、舞台裏を見学することができて楽しかった。
この「ラ・チェネレントラ」は、ダブルキャストで、4月28日と29日が本番。
その前の26日が28日が本番の役者さんのためのゲネプロ、27日は、29日が本番の人たちのゲネプロが計画されていた。
結局、オペラ歌手というのは、マイクなしで大劇場で歌を歌うから、2日続けて演じると声が潰れそうで無理なのだろう。
それでも、26日がゲネプロで、多少は本番より喉を大切にするかも知れないが、お客を入れて歌を歌い、一日休んで次の日、本番は大丈夫だろうかと心配になってしまった。
また、2日だけの公演だけれど、「ロッシーニ没後150年」と銘打っているせいか、演出、演出補、舞台美術、舞台衣装、照明と5名ものイタリア人の名前がスタッフに並んでいた。
うわ~、ただ2日だけの公演で、こんなにお金をかけて、大丈夫かしら?と貧乏性の私は心配になる。(笑)
ただね、ロッシーニ没後150年という題のついた舞台、きっと、イタリア人が見て、おかしくない、ちゃんとしたイタリア風の舞台・衣装でないといけないのだろうと思った。
で、今回色々わかったことをば、
本当にオペラが始まったら、舞台の左右両側に一つずつ細長い機械が置かれ、最低限のセリフの日本語訳が流れた。
でもね、例えば、ラ・チェネレントラが喜劇だったりしても、日本語訳は、喜劇風の日本語でなく、セリフ棒読みのような日本語だったのが、残念だった。
「ラ・チェネレントラ」は、英語の「シンデレラ」のイタリア語、「サンドリヨン」は、フランス語で、皆、灰かぶり姫と訳されるのかな?
ただ、さっき、色々ネットでチェックしていたら、
「ラ・チェネレントラ」は、ペローの原作をロッシーニが作曲してオペラにして、1817年に初演されたものだけれど、
「サンドリヨン」は、マスネが作曲したオペラで初演が1899年なのだって。
ということで、どうも、簡単に「シンデレラ関連」と思うけれど、オペラは2種類あることがわかった。(ディズニーの映画のシンデレラは、サンドリヨンの方かな?それとも、それ以上にひねりを加えられているストーリーかも知れない)
また、「ラ・チェネレントラ」は、そもそもが子供向けおとぎ話なのだから、そのつもりで「昔子供の頃、見たり、感激したことのあるお話が今回はどう演じられるのかしら?」とワクワクして見るのが正解のような気がした。
こういう童話を基にしたオペラは、やはり、幼い時からの見た経験の積み重ねがあるかないかで楽しさが違うと思う。
きっと、日本人が桃太郎と聞くと、自然と、桃太郎とか猿の絵が頭に浮かび、桃太郎さん、桃太郎さんという歌と歌詞も浮かんでくるのだけれど、イタリア人なら、「ラ・チェネレントラ」と聞くと、小さい頃に聞いた童話とか歌があるのなら、その思い出が頭に浮かぶような話なのではと思った。
それを私のようなオペラ初心者は、しゃちほこ張って構えて聞いてしまっては、面白くないのだ。
後半、そのことに気づいたら、舞台の話が心に入ってくるようになった。
それと、3月に同じく従姉が誘ってくれて、
「初めてオペラの端っこをかじった」わけだけれど、今回、本当のオペラをかじらせてもらったら、あの3月に見た舞台はオペラではないのだという気になった。
というのは、3月に見せてもらった舞台は、伴奏はピアノだけだし、ただ、プロのオペラ歌手がオペラの中の曲を歌ったというだけの話。
それぞれの歌手さんは、オペラの役柄の装いではなく、自分が一番きれいに見えるお化粧・ヘアスタイル、ドレスで歌をピアノに合わせて歌うから、何ていうか、オペラやミュージカルの役になり切った演者としての歌ではなく、リサイタルみたいなときの歌なのだと思った。
私のようなずぶのシロウトには、ぴったりと似合った素敵なドレスで、伴奏がピアノだけの方が、ソプラノ歌手の身体全体を楽器のように使っての独唱が良く聞こえるし、感激的だったのだ。(席が一階で舞台に近かったことも大きい)
それが本物のオペラになると、音響が良すぎるのか、オーケストラの演奏の音と歌手の声とうま~く馴染んでしまって、オーケストラの音色と人間の声が一体になって聞こえたので、生で歌っている迫力を感じなかったのが残念だった。(なんちゃって、シロウトの遠吠えだと思ってください)
それは、席が二階席であったことも大きいかも知れない。
また、今回、一階は練習中でゴタゴタしているからか、見学者は皆二階席で見ることになった。
そうしたら、オペラグラスを持っていなかったので、舞台上の歌手たちの表情も何もわからないから、余計迫力がなかった。
これが一番の鑑賞のネックだったかも知れない。
せっかくのオペラ、身体全部を使って声を出す様子が見たかった。
今回、強く思ったのは、オペラを楽しめるようになるには、色々なオペラを見ることが一番必要かもということ。
従姉の話では、出演者によっても、演出家、オーケストラによっても、毎回同じというものはないのだそうだ。
私も思ったのは、例えば、ラ・チェネレントラを今回見る機会をもらえたのだから、他のラ・チェネレントラを見たり、サンドリヨンと比べてみようということ。
それだけでも、相当楽しめるかも。
積み重ねの積み重ねで、良い舞台、気に入らない舞台がわかってくるような気がした。
だから、今回は、良い舞台なのかどうかも良くわからず、でも、オペラ見物の本当の初めの一歩を踏み出すチャンスを与えてくれた従姉に感謝。
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