天性の「美味しい!状態に執着心」がある東京下町に棲息するおばさんのお料理・お菓子・道具・食材の他、散歩の記録を綴った日記です。by真凛馬


by mw17mw
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昔の話

最近、年を感じたことなど2つばかり。
私が年を取ったというより、今、時代を回している責任者たちより相当年が上になっていて、私が知っていることがなかったことのように言われることが多くてびっくり。
(うちの父親もきっと私くらいの年のときに、そう思ったのだろう)
仕方がないといえば、仕方がないのだけれど。

<浅野順子(寿々子)さん>
大橋巨泉さんが亡くなった。
その時、奥さんのことを「元アイドル」と紹介する記事が多くてびっくり。
この方は確かに、十代になってから、歌を歌ったりする芸能人になられたことは確かなのだけれど、正しくは、小さい時から、ずっと「少女モデル」で、「りぼん」「なかよし」みたいな少女向け月刊誌の表紙やグラビアを飾っていた。
そりゃ、勿論その当時のトップ少女モデルで、小学生の女の子で彼女を知らない子はいないくらいの人気であった。
他には内藤洋子(喜多嶋舞さんのお母さん)とともに、人気があった。
その後、週刊誌の時代になって、マーガレットが発刊され、その後で人気が出た少女モデルが「高見エミリー」さん。(故鳩山邦夫夫人)
他、小橋玲子と言う人も人気があって、この子はその後芸能界入りして、まだ成功した部類かな?
内藤洋子も演技はまるで下手だけれど一応アイドルとして売れたけれど、浅野順子さんは殆ど売れなかった。
≪多分、本人も売れたいとも思っていなかったような気がする)
りぼん 雑誌 昔 の画像検索結果の一番上左から2つめの画像、左が浅野順子の写真に色をつけたもの、右が内藤洋子ではと思う。(でも、殆ど写真が残っていないようで残念)
本当ににこやかでフレンドリーなのだが、そそとして大人しそうな風情で素敵なお姉さんで、私なぞ憧れていた。
でも、21の時に、大橋巨泉と結婚と聞いてびっくりした、全然似合っていなかったから。
昨晩、中居正広の番組で、2,3年前の浅野さんを拝見したら、グラビアで見た子供の時と同じ表情で微笑んでいたので、とても懐かしかった。
子供の時から全然変わっていないのが不思議。

<九重佑三子とパラダイスキングのシェリー>
これは、ジャージーボーイズを見に行った時の話。
ご一緒してくださったケイトさんから、舞台で歌われる歌の歌詞は日本語よと言われ、プログラムを見ると、「ありゃ、シェリーの歌詞も私の知っている日本語の歌詞とは違う」ことに気づいた、が~ん。
ケイトさんも、私より若いからか、昔、ザ・ヒットパレードみたいな番組で、九重佑三子とパラダイスキングが日本語でシェリーを歌っていたじゃないと言っても、見たことがないそうなのだ。
ということで、家に帰ってから、探したら、youtubeに、ありました!これが証拠です。

そうなのだよね、昔、アメリカで流行った歌は、日本語の歌詞をつけて日本人の歌手によってカバーされて、柔らかく日本人に受け入れられやすいように加工してから紹介された時代があったのだ。

だから、ジャージーボーイズの映画を初めて見た時、この曲が、日本で言ったら、ラッツアンドスターズのような、顔は黒く塗りたくっていなかったけれど、黒人の真似をした歌い方(ドゥワップ?)みたいに歌われているのでびっくりした。
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by mw17mw | 2016-07-23 12:49 | 日常生活 | Comments(0)