Myにゃんこ物語 34−女優顔の猫
2014年 11月 13日
しかし、火曜日に、NHKのクローズアップ現代で、「高齢者とペット」的な特集を見て、ペットを残して、高齢者が孤独死をするケースが多くて、その後発見されたペットを誰が飼うか等問題になっていると報道されていた。
ハルノ宵子さんは、本を読めばわかるけれど、家に寄ってくる猫だけではなく、猫おばさんとしてちょっと離れた近隣の猫にも餌を毎日配り歩くタイプの人で、家族から、「猫界のマザー・テレサ」とか「猫界の光源氏」と呼ばれているらしい。
もし、この方の住まいがわかってしまったら、理由はどうであれ、そこに猫を捨てる人が増えないとは限らない、だから、知っている人は絶対に内緒にすることが正しい。
糸井重里さんのほぼ日のこの記事もほのぼのしているけれど、でも、ハルノ宵子さんが今のままの猫界の光源氏状態で浮世離れした暮らしを続けるためには、やはり、自宅における飲食店一般公開は無理だろう。
−−−本題です−−−
最近、auのCMの影響で、コーちゃんを「おニャンちゃん」と呼び出したのがきっかけで、その次は、「おニャンニャン」と呼び、今は、「おニャンP(ピー)」と呼んでいるのだが、一周年記念の日に、コーちゃんの写真を撮ったら、その雰囲気が、そんな庶民的なものではなく、「ニャンさま~」とか「ニャン子さま~」と呼んだ方が似合いそうな女優顔であった。
(その話題は今までも何度か出したのだが)
何だか、本当に嫌なやつ。
いつもは、私に「ガオ~フ~」と威嚇したり、こんなにきれいな表情ではなく、ただの餌を欲しがる、そして私を避けるアホ猫で、もっと子供っぽいのに、ひとたび、カメラを向けると、カメラ目線でポーズを取る、ったく、誰に習ったというわけでもないのに、カメラだって私と知り合って初めて接するものだろうに、まさか、こんなに、天性の女優的素質のある猫とは思わなかった。
野良の雑種だけれど、一筋、美猫の遺伝子が入っているのかも知れない。
一年前の同居一週間ではこんな感じの猫であった。
まずは、一周年記念の日にうまく写ったもののうち、まあまあのできの方の画像。
#IMAGE|d0063149_15154206.jpg|201611/08/49/|mid|448|336#]
この子、実際はこんなに憂いを秘めた顔で暮らしていないのだが、画像を撮ると、こういう色っぽくて、何かを思い詰めている新派の女優のような顔つきに写る。(実は「どうして、そんなことができるの!」と羨ましかったりして)
女優で言ったらというか、先日までのNHKの朝ドラ「花子とアン」で言えば、明るさ一番の花子役の吉高由里子タイプではなく、何か過去の不幸を秘めている華族の蓮子様タイプ(仲間由紀恵)
下の画像こそは、うちのニャン・コーちゃんのお見合い写真というか、よそ行きの女優風ポートレート。

うちのコーちゃんはどうしてこんなに陰影がある表情ができるのだろう?
ただの元野良、雑種なれど、なんだか、上品で考え深い表情が昔風で素敵。
こんな憂いを秘めた表情になるなんて、今の自分が不幸と思っていなければ良いのだが。
(でも、耳の立ち方が、何をも恐れていない風の立ち方だから、少し安心している)
でも、平井の駐車場で会っていた頃は、確かにもっとあけっぴろげで伸び伸びした猫で、餌をあげて食べ終わると、機嫌が良くなって、酔っぱらったみたいに自動車のタイヤに顔をくっつけながら、フニャフニャ、餌をくれた私に話しかけてきたっけ。
やはり、今の環境だと誰も友達にも会えないし、新しいことや意外なことが余り起きないから、寂しいのかな?
今まで、猫カフェなぞでいろいろな猫の画像を撮って来たが、やはり、この子は、生まれつきの器量や模様はそんなに良くないのに、なぜか、フォトジェニックでカメラが絡むと、表情が美しくなる部類の猫だと思う。
私は彼女を美形と思って選んだわけではなく、身体が小さいのに、元気いっぱいで、頭を使って頑張って生き生きと生きているところが気に入って、自分の猫にしたのだけれどね。
(初めて、暗がりの中で顔を見たら、鼻の下あたりが黒くて、「野良だから、顔が汚れていて、可哀そう」と思ったのだ。でも、捕まえてみたら、それは汚れではなく、模様であった。<笑>)
私としては、女優顔より、嬉しそうな、楽しそうな表情してくれないかな?

