先週、中学時代の同級生であるソメちゃんに予約を取ってもらい、ラベットラダオチアイでランチしてきた。
その話に入る前に、58年振りで、二人だけのランチの間に、もやっとしていた過去のソメちゃんとのおつきあいではっきりしてきたことが出て来たので、そちらを先に書く。
ソメちゃんと私は、私が越境で隣の学区に行かなけれっば、最初から同じ小学校であったが、我が親が自分が隣の学区の小学校を出たこと、それときっと昔のことだろうから、お葬式は各自の家で行うものであり、我が商売の酒屋は、町会の婦人部の顔色を見て動くしかなく、威張られていた。(と酒屋は感じていた)
小学校までそういう環境の影響はないかも知れないが、我が家は一応、自分のお得意さんである町会と小学校の学区を同じにしなかった。
というと問題ないと思うだろうが、小学校の時、お祭りは自分の町会のお神輿を担ぐのが原則だから、私なんて、殆ど友達がいない町会のお神輿についていくしかなくて、小学校最後まで楽しくなかった。
という話は置いておいて、ソメちゃんは、10歳年上のお兄さんと9歳年上のお姉さんの下に年が離れて生まれた末っ子だった。
長女ではないとのことで、親も伸び伸びと育ったみたいだと本人も言っていたが、趣味も広くて、確かバイクの免許も早々に取っていて、何でも私を湯島まで乗せて行ってくれたことがあったんだって。(私は忘れていた)
それでも、ソメちゃんには、家に10歳近く年の離れたお兄さん、お姉さん、私には、14歳離れたおじさんが家にいて、大人向けの雑誌とか、そういう年上の兄弟でもいない限り、目に入ることは少なかった文字文化、写真文化が結構身近にある環境が似ていた。
例えば、私が中学生の頃と言ったら、平凡パンチが出て来たばかりとか、週刊明星とかも家にあった気がする。
VAN とかJUNとか懐かしいが、オシャレとかでは、ソメちゃんちの方が、レベルが高かった。
その他、確か、私が栄養と料理という月刊誌の中に、「ミモザの花の砂糖漬け」だったかを見つけ、「本物を食べてみたい」とつぶやくと、それがソメちゃんのお姉さんの耳にも届いていて「合羽橋の本間商店という製菓材料屋さんにあるよ」と教えてくれて、多分地図を書いてもらい、合羽橋に初めて足を踏み入れたのだ。
その頃の本間商店は、ガラス戸に板張りの床であったと覚えている。
その他、晴海のモーターショーにも、自動車に興味のある男の子たちと見に行った覚えもあるし、上野の国立博物館にも、ソメちゃんと何を見に行ったかは忘れたが、一度は行った覚えは確実にあった。
何を見に行ったかは忘れたが、ソメちゃんのお兄さんに、確か、「上野の国立博物館の帰りには、広小路の方に出て上野のデリーというカレー屋でカレーを食べてくると良い」とアドバイスをしてくれたので、お昼時、デリーを探して二人で中に入り、その頃珍しかったインド風のカレーを初めて楽しんで食べていたら、何と、中学校の芸大出の美術の先生がデリーに入ってきて、私たちに気付いて「オヤ」と少しびっくりしていた、まさか、自分の中学生の生徒がまさか、カレー屋にいるとは思わなかったのだろう。
私たちとしては、ちょっと大人の階段を上った気分。(それもこれも、ソメちゃんのお兄さんのおかげです)
ということで、ソメちゃんの個性や色々なことへの興味の持ち方からも刺激をもらったが、私なぞ、そめちゃんの年上のお兄さんやお姉さんの世代の知恵をずいぶんいただいた。
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