今日は麦とろの日

(お赤飯の続きは明日書きます)

数日前、新聞を読んでいたら、「6月16日は、麦とろの日」だそうで、駒形の麦とろで、麦とろご飯を616食、朝8時半から売り切れまで、100円で提供と出ていた。
6月16日を麦とろの日に決めたのは多分駒形の麦とろさんなのだろう。

駒形の麦とろさんは、そもそもはわからないのだが、ずっと、結構高級路線なのだ。
麦とろご飯が最後にちょこっと出るようなコースや定食が主で、結構高い。

実際、ずっと以前に一度か二度行ったことがあるのだが、気楽に、麦とろ飯をすすりに行くという感じではなく、よそ行きに着替えていく店というイメージが強い。(夜で、5~8千円だから)
美味しかった記憶はあるので、浅草で落ち着いて、良い雰囲気で食事を楽しみたいというニーズにはぴったりのお店。←思い出した、地元民向けには、「芋と串」という店の方がいいみたいと聞いているが、未だに行っていない。


反対に、麦とろご飯だけを食べたいと思っても、このお店は利用できないと思っていた。
(でも、今HPを見ていたら、お昼は、麦とろご飯のバイキング千円というのがあるみたいだ)

ブログの種にもなるし、行こうと思っていたのだが、生憎、前日午後から大雨。
眠るときもどうしようかなと考えていた。
来年行ってもいいのだけれど、やはり、好奇心で、一度どんなものか食べてみたい気がしていた。

朝目が覚めると、相変わらずすごい雨。
こりゃ、無理かも知れないと思っていたが、10時頃、雨が弱くなったので、合羽来て自転車で行ってしまった。

私は全然知らなかったが、駒形の麦とろは、数年前、漏電による火事で、建物を消失してしまい、建て替えたそうだ。(不思議なのだが、その前は通っていた筈なのに、全然目に入らなかった)

霧雨が降る中、駒形橋の交差点に到着。
お店の前では、着物を着た仲居さんが、マイクを握りしめて、呼び込みを行っていた。
後で、お店の人に聞いたのだが、晴れていれば、8時半の開店から大賑わいで、相席で座ってもらって、11時くらいには完売するそう。
今日は、私にはラッキーというか、お店にはアンラッキーというか、雨だったので、客足が遅くて、相席になることもなく、完売にも中々ならない様子であった。

ざっと見た感じ、私のような近所の人が食べに来たという感じの人は殆どいなくて、皆、電車賃使ってお友達と浅草に遊びに来たという感じのこぎれいな中年女性のグループが多いような気がした。

d0063149_176364.jpg入口で100円払うと、アサヒの十六茶の紙パックをくれる。
そして、1Fのテーブルが空いていなかったので、2Fに上がった。
麦とろさんの新しい建物は、広々していて、しかもどこもきれいで、やはり、高級路線。
写真は、麦とろの2Fから隣の駒形堂と駒形橋のたもとで、浅草通りと江戸通りが交わる交差点を写したところ。


d0063149_1763025.jpgで、テーブルに座ると、おしぼりが出され、次に、麦とろセットが出された。
100円なので、麦とろご飯だけかなと予想していたのに、お味噌汁に、玉子焼き2切れ、里芋・こんにゃく・ごぼう・鶏肉の煮しめが少々にたくあんが付いてきた。
すごいサービス、麦とろさんは、太っ腹。
どれも、美味しかった、不味かったものは何もないし、後味も良かった。
関東の味付けにしては薄いけれど、関西ほどは薄くないという感じかな?
程好い濃さの味付けかも、しかし、これで100円は、量・質とも、信じられない。

d0063149_1771938.jpg食べ終わる頃、これはお菓子の試食品ですと、4種類のお菓子の切れ端が出てきた。
デザート代わりになるし、中々良い。
全て、とろろを使ったお菓子とのこと、後ろ側の二つのおせんべいっぽいものが中々美味しかった。

食べ終わって、階段を下りると、そこがお土産物売り場になっていて、先程のお菓子が特価で売られていたが、殆ど買って帰る人はいないようだった。
私は、ちょうど、明日、法事があり、親戚にあげるお菓子を買わなくてはいけないときだったので、この2つを詰め合わせてもらった。

麦とろさんは、この日の収益を慈善団体に寄付するそうだ。
そして、来年からも内容は同じかどうかわからないが、この催し物を続けるとのこと。
麦とろ様、ごちそうさまでした、美味しくいただきました。
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# by mw17mw | 2006-06-16 17:16 | 飲食店・菓子店 | Comments(2)

2006年鳥越祭り-お赤飯大失敗 1/2

昨年から、お祭りのときのお赤飯を、お菓子屋さんに頼まないで、自分で圧力鍋で炊くようになった。
今年は、その第二回目、慣れが招いたのか、見事失敗してしまったのだ。
もう何年にもわたって、お赤飯を圧力鍋で炊いていたのに、頭にやり方が入っていなかったのだ、やはり、年に一二回しか作らない料理は怖い。

原因は、1時間くらい前にレシピ見て、数字を頭に入れて作ったのだが、勘違いして、「ささげを熱湯に15分浸ける」ところを、「ささげを15分茹で」てしまったのだ。
(前日、考え事があり、寝付けなかったのが原因かも。寝付けないくらい考えたので、その悩みは解決したのだが)
とにかく、ささげに熱を加えるということしか頭に浮かばなかったのだ。

それも、二回に分けて、5合ずつ1升炊こうとして、既に、もち米は、1升洗ってあった。

ささげを15分茹でてしまった後、その色の抜けているささげを見て、「あら?いつもと違う」とようやく自分の失敗に気付いた。
「熱湯に浸ける」と「茹でる」は確かに違うかも知れないが、どうにかなるのではと、5合だけ、その茹でたささげに水を加えて、圧力鍋で炊いたのだ。
そうしたら、やはり、色の薄い、何の香りも味もしないお赤飯が出来上がった。
これじゃ、家の人には出せても、お客さんに出せるレベルではないと、出すのを急遽やめてしまった。(おいなりさんを、その日のお昼に作っておいたので、「何もお腹の足しになるものがない」わけではなかったので)

この失敗したお赤飯を見て、「お赤飯の味と香りと色って、豆の味だったのね」としみじみ思った。
で、失敗したお赤飯は、弟の家と私で分けて、我が家お得意のお赤飯の焼き飯にして、食べることにした。
ま~、余りお赤飯らしい味はしないけれど、油で焼いて、ごま塩かければ、食べられることは食べられた。

<おまけ>
d0063149_17125928.jpg右の写真は、近所の中国雑技団の女の子の練習風景。
2,3年前だかに、歩いて5分くらいのところのビルが突然、中国雑技団のものになったみたい。(借りているのかも知れないが)
その前の空き地で、練習風景が見られる。
一番良く見るのは、皿回しかな?
でも、練習している女の子たちが皆幼く見え、日本人の子だったら、学校にいる時間にこのように練習している光景を見ると、「学校行かなくていいの?」なんて、心に浮かんでしまう。
ま、他所の国のことだから、日本とシステムが違うのかも知れないが。
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# by mw17mw | 2006-06-15 17:16 | 料理レシピ | Comments(0)

2006年鳥越祭り-八王子のおみやげ

本題とは関係ないのだが、今朝、散歩がてら、予定では既に再開したはずの「野風僧」の前を通ったら、「7月上旬より再開します」という貼り紙が貼ってあった。
どうも準備が遅れているみたいです。

さて、お祭りの話だが、今年も、在八王子の従姉夫婦とその長女一家が2人の男の子を連れて、来てくれた。
従姉のご主人が大のお祭り好き。

我が家の周囲の家は、町会の役員として町会の活動を主体にしてお祭りを過ごす家と、親戚・友人・取引などを呼んで家で宴会をする家と分かれるようだ。
(そのどちらでもない家もあるのかも知れないけれど)

我が家は、ずっと親戚に来てもらっているが、現在は、この従姉夫婦とその長女一家が毎年来てくれている。
叔父は、どういうわけか、来なくなった。
そのことはとても淋しいことだけれど、機嫌が直るのを待つしかないような気がする。

ま、取り敢えず、我が家に今年も親戚が来てくれて、お祭りと宴会を楽しんでくれて、良かった。

来てくれたことにも感謝しているが、その上、八王子の美味しいものを
沢山お土産に持って来てくれたことにも感謝。
先日、三社のときにふぐもご馳走になったし、父方の最年長である従姉夫婦は、私にとって、サンタクロースみたい。(笑)

では、そのご紹介。
全部が見た瞬間、「上質で美味しい」とわかるものばかりであった。

d0063149_22132995.jpgこれは、八王子の名店うかい鳥山のお豆腐部門のお店、「うかい」のくみ上げ豆腐。
北海道の鶴の子大豆を使っているとのことだが、豆の味が濃く、八王子大和田のお水も良いので、とても美味しい。
私はどちらかというと、大豆の味の濃さが目立つお豆腐は苦手なのだが、これは、お水もそれに負けないものだからだと思うが、本当に美味しかった。

従姉がお醤油だけで食べると美味しいと教えてくれたが、確かにその通り。
お豆腐が良いので、野風僧みたいに、万能葱の小口切り、塩、オリーブオイルで食べたらどうだろうとやってみたが、やはり、醤油だけの方が美味しかった。
お塩は、勿体無いからと言って中々使えないゲラントがあったのだが、万能葱は普通のスーパーのものだったし、オリーブオイルもエキストラバージンではあったけれど、そこらへんのものだったせいか、そんなに美味しくなかった。
野風僧は、万能葱が自然栽培だし、オリーブオイルだってこだわっている筈だ。
こういう単純なものは、ごまかしがきかないので、上質の調味料でないと美味しくないと実感した。(私のオリーブオイルはちょっと古かったのか、食べた後、ちょっと頭が痛くなった。<私だけだけれど>)

d0063149_22142776.jpgこれが、「ア・ポワン」のパイ。
従姉に「何かお土産を持ってきてくれるのなら、デザートを宜しく」と図々しく頼んだら、こんなすごいのを持って来てくれた。
本当の名前はわからないのだけれど、これは、「魚のエイ」の形だと思う。
このお菓子を見た途端、お菓子って、「美味しさ」だけではなく、「楽しさ」も必要なのだと思った、このエイの形のパイは、見た人に「こんなパイあるの~?」という嬉しい驚きを与えてくれる。
これ、アイディアもすごいけれど、作るの、難しそう、とても神経を使って作るものだと思う。

エイのお腹の中には、苺とラズベリーとブルーベリーがぎっしり。
しかし、これをどうやって、切ればいいのだろう?

d0063149_22162180.jpgと思っていたら、このような紙が同封されていた、これこそ、解体新書?(笑)
な~るほどと、上のパイや側面のパイを切り取り、果物を少し外して切ってみた。
でも、このパイはすごい。
見るからに美味しいことがわかるのだ、パイがパリッとしていて、上手に焼けていることもわかったが、果物の間から見えてくるカスタードクリームが、いかにも美味しい感じの光沢と柔らかさで目で美味しさがわかった。
当然だが、クリームに、バニラビーンズの粒が沢山見えた。

そして、魚の顔やひれの、パイが膨らんでいる部分の内部には、スポンジケーキや生クリームが詰めてあった、芸が細かい。

解体の手引きだと4、5人前になってしまうが、結局苺の数の12切れに分けた。
食べても期待を裏切らなかった、とてもとても美味しい。
苺も良く熟れていた。
恐るべし、ア・ポワン。

d0063149_22165650.jpgこれは、お豆腐のうかいの麩饅頭。
これも、笹の葉を剥いて、現れた生麩の輝きや柔らかさで、まず目で「これは絶対に美味しい」と思った。
筋がつきそうな柔らかいお麩。
中の餡は、さらし餡なのだろう、紫色で、さっぱりしていた。
生麩の美味しさはどう表現すればいいのだろう、味があってないような感じ。
冷たくてひやっとしていて、食感が味なのだろうか、さっぱりしたさらし餡と合っていて、とても上品に美味しかった。

う~ん、恐るべし、八王子の実力であった。

追記
実は私はB食というところに分室を持っていて、そちらにもア・ポワンの記事を書いたところ、色々面白いことがわかりました。

美味しいが好き!分室
ここから、関連するブログ(ひらりさん)、関連するブログ(aiaiさん)をクリックすると、とても楽しい情報が沢山あるので、是非見てください。
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# by mw17mw | 2006-06-14 22:36 | Comments(2)

お祭りが終わった

今年の鳥越祭りは、先週末無事始まって、無事終わった。
まずは、無事終わったことに感謝。

色々書きたいことはあるのだが、まずは、警備の話を。
お祭りの警備というのは、どこでもきっと同じだろうと思う。
例えば、三社祭りでも警備は厳しいだろう、でも、私が観光客として三社祭りを見に行くと、警備の警官はそんなに目に入らない。
しかし、慣れている地元のお祭りだと、警備する警官が沢山目に入ってくる。
不思議だ。
その警備の警官の様子と、新しくなった駐車違反の取締りの写真をまとめてみました。

d0063149_21485141.jpgお祭りの一週間前には、鳥越神社近所の蔵前橋通りの両側に、フェンスが張られていた。
警察のお祭り準備は早い。
一番最初に鳥越祭りがもうすぐだと感じるのは、連休明けに貼られるお祭りを告げるポスター。
その次は、一週間前に張られるこのフェンス。
2,3年前までは、こういうフェンスはなく、宮入をしようとするお神輿と観客がゴチャゴチャに入り混じって神社前まで進んでいた。
大きな事故があっては困るし、フェンスがない方がいいことはいいけれど、安全第一を考えると、やむを得ないかも。(フェンスのないところでは、お神輿に近付くのも可能だから)

d0063149_21492055.jpg6月1日から、駐車違反の取り締まりの法律が変った。
お祭りのときは、どうなるのか、興味があったが、土曜日は、パトカーや監視員が回ってくることもなく、取締りがないも同然だったので、日曜日も緩やかなのかなと思っていたのだ。
で、土曜日の夜7時前にお店を閉めた後、9時だったかに、用があって、家の前に出たら、家の前の道路両側に、黄色いロープがずっと遠くまで張られていたのだ。
歩道のない道なのだが、両側、一応の歩道を示す道路の白い線のところに、黄色いテープを張り、家の前に自動車を留められなくしてあった。
初め、その様子が目に入ったとき、「何事か」と思ってしまった。(こんな光景見たことがない。見覚えあるとしたら、何か、事故があって、調査中で立ち入り禁止の家の前と同じという感じかな?)

我が家の前は、自動販売機があって、お客さんが出入りする商売だと考慮してくれたのか、我が家の前だけは張られていなかったが、お店ではない家は全部黄色いテープが張られていた。
しかし、翌朝、7時過ぎにお神輿を見に出かけるために、外に出てみたら、そのテープは半分以上、取り除かれていた。
皆、朝に、自分の家の前にテープが張られていることに驚き、取ってしまったと思われる。
でも、夜の間に、「家の前にテープを張る」という警察の行為だけで、そこの住民に「ここは駐車禁止なのだぞ」ということを知らしめる絶大な効果があったと思う。
そういえば、お祭りの地域の歩道のない道全部にテープが張られたのか、本社が通る道だけ張られたのかは不明。(今年、我が家の前を本社が通った)

d0063149_22104522.jpg町内神輿には警官はついてこないが、鳥越本社には沢山のお巡りさんたちが、回りを囲む。
見物客や担ぎ手の自由を制止したりすることはないのだが、事故が起きないようにずっと付いている。
この写真は、朝早いから、お神輿の行列は、比較的静かであった。
夕方、我が家の前を通るときに、再度本社を見たが、多分、担ぎ手の体内に大量にアルコールが入ったのか、ものすごい迫力で担いでいた。
迫力ある担ぎ方は、アルコールが入っているからこそのようだ。
迫力のある担ぎを見たい人は、夕方以降の見物が良いかも知れない。(笑)

d0063149_22112055.jpg最後の写真は、「お神輿の先回りをしようと走るお巡りさんたち」
上官の人だろうか、「早く走れ~」という大きな声の命令で、お巡りさんたちは、お神輿の先回りするために、お神輿の通る道の一本隣の路地を一生懸命真剣に走っていた。
途中交代はするのだろうけれど、朝6時半の宮出しから夜の9時頃の宮入まで、走っているのだろうか?
お役目とは言え、ご苦労様です。
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# by mw17mw | 2006-06-12 22:30 | 日常生活 | Comments(0)

赤熟いちご・下町雑感

お祭りの準備が結構忙しく、深いブログは書けないので、軽く書きます。
お祭りの準備、何が大変かというと、「去年の注文が今年は来ない?何が原因か?」とか考えたり、後、酒屋って、熨斗紙に、筆で「奉納」とか贈り先の名前を書かなくてはいけないのだ。
元々字が上手ではないし、一年中、キーボードでしか文章を書かない私のこと、これが偉く大変。
昨日は、熨斗紙を十枚くらい無駄にしながら、Wordの筆書きの見本を印刷して、それを見ながら、2,3時間練習してしまった。(笑)
今は、筆ペンなのだけれど、筆ペンだと、鉛筆の持ち方で、習字のような字を書くから余計大変。(言い訳か?)
でも、無事、「奉納」という文字だけは、結構格好良く書けるようになりました。

d0063149_19133935.jpg<赤熟いちご>
畑でいちごの中まで真っ赤にすることを「赤熟」というそうである。
で、そういういちごが手に入ったのだが、一度に食べられないし、時間を置いて食べたい。
普通は煮るだろうけれど、粗みじんに切って冷凍させた。
そして、アイスクリームとカステラの上に、少し解凍してから一緒に食べたけれど、とても良い感じ。
d0063149_1914695.jpgこの方法は良いと思う。(以前にも書いたのなら、ごめんなさい)
このいちごは今年も値上がりせず100円。
二回目の登場を待っているのだが、今年は中々出てこない。
でも、私が熱心に毎回毎回「今日、いちごは?」と聞くものだから、次回入荷時には優先的に私に分けてくれることになっている。(笑)

<下町雑感>
東日本橋界隈、本郷界隈、池之端・上野の山界隈・秋葉原界隈をずっと歩いている。
それで思ったのだが、下町の中でも、風情があるのは、人形町とか東日本橋。
(人形町は、最近は表通りにゲームセンターだったかパチンコ屋ができてしまい、困ったものだと思うけれど。)
この違いは何だろうと思ったのだが、東日本橋や人形町は、江戸時代から町だったところなのだ、きっと。
そういう江戸時代から商業地域で、京都や大阪から物資や人が来て、賑わっていたところなのだろう。

不忍池のほとりに、その界隈の古地図が掲示しているところがあり、それを見たら、池之端界隈も江戸時代は武家屋敷が多かったよう。
我が家の地域もそうで、元々は鳥越神社の庭だったところを、江戸幕府ができると、江戸幕府に庭の半分を差し出した。
幕府は、きっと手柄のあった武士にその土地を与え、武家屋敷が建っていたらしい。
(それは古地図を見てもわかるのだが、戦前、我が家の土地の大家さんは、太田さんと言って、太田道灌の子孫だったと聞いたことがある。)

「下町」という言葉は、それを使う人、聞く人によって、それぞれイメージが違い、余り使いたくないのだが、日本橋から台東区の南側は地続きではあるが、江戸時代、商業地域で自由闊達な町であったか、もしくは武家屋敷であったかで、現在の風情が全然違うのではという気になってきた。

で、何かの本で読んだことがあるのだけれど、「明治維新は実は革命だった」とのこと。
それを下町を散歩して実感した。
というのは、江戸時代武家屋敷だったところが、今となっては、全くその面影がなく、細分化され、小さな家がゴミゴミ建っている地域になっているのだ。
これって、もしかしたら、幕府・藩が崩壊して、毎月だか、毎年だかに、もらっていたお給料がある日突然なくなり、土地を持っていた武士は、そこを売るなり、長屋にして、生計を立てざるを得なかった結果なのかと思った。

今、我が家の周囲に、元武家屋敷があったという証拠は、「佐竹商店街」という名称や、もう既に住居表示変更でなくなってはしまったけれど、「竹町」(佐竹藩のお屋敷のあったところ)とか「福井町」(福井藩のお屋敷があったところ)という名前くらいしか残っていない。

確かに、長い間、定期的に入るのが当然だった収入がある日突然なくなるということは、武士にとって、とても大変なことだったのだろう。
ま~、土地を持っていた武士はまだいいけれど、土地が無かった武士のその後は、さぞ大変だったろう。

文京区役所の展望階から下を見ると、本当に小さな家がゴミゴミしていて、きれいでないというか、全くまとまりがない。
でもね、明治維新が革命で、武士階級が全てリストラされて、どうにか食べて行かねばならなかった結果として、確実に収入が入ってくるように、細分化して貸したり、売り出された土地だと思うと、妙に納得する。
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# by mw17mw | 2006-06-09 19:16 | お菓子レシピ | Comments(0)

5月の楽しかった日曜日 2/2

その電話は従姉からであった。
何でも、三社祭りを見物に来ているから、これから浅草に出てきて、一緒にご飯を食べない?という嬉しい誘いであった。

これを断る筈が無い私であった。(妹は、何でも、来週の夕食の材料を買ってきてしまい、今しか、料理をする時間がないと言って断った。)
d0063149_23343840.jpg

三社のときの浅草は通りすがりに、雰囲気を味わったことはあるが、じっくり見るのは初めて。
6時くらいに浅草で従姉夫婦とその娘親子と落ち合ったのだが、雷門は既に歩行者天国となっており、いつもより、華やいだ雰囲気であった。

で、真ん中の写真は、ご馳走になった「三角」というふぐ屋さんの何ていうのだろう、窓?(階段や廊下に面した窓)
我が家の古い家にもこんなに手入れの良いものではなかったが、同じようなものがあったので、懐かしく写真をぱちり。
このお店は、昔ながらの日本家屋で、情緒があって素敵だったが、もうすぐ壊して建て直すとのこと。

右の写真は、話しとしては前後してしまうのだが、食べ終わって、仲見世に出たら、ちょうど二ノ宮の宮入のときで、写真をパチリ。
本当に、三社には、お神輿に人が上っていた。
二人も乗っていたら、100kg以上重いよね、と感心する。

d0063149_23383895.jpg
今回、従姉夫婦にふぐをご馳走になりました~。
ちゃんとした昔からのふぐ屋さんのふぐなんて、何年振りだろうと、感激しながら食べた私。(笑)
美味しかった、本当に有難うございました(ペコリ)。

昨年まで、某ふぐ屋チェーンのモニターを何回かやらせてもらっていた。
安さを売り物にしたふぐチェーンのふぐ料理と、こういう下町の昔からのふぐ屋のふぐって、やはり、違うと思う。
どこがというと、やはり、一店舗で同じ板前さんがずっと仕切っているお店は、いつ食べても、お店の名前を汚さないように、熟成などに気を遣っているという安心感がある。
安さを売り物にしているチェーン店が全て悪いわけではないけれど、店によっては、「熟成」とかがわからない人が料理している場合もあるのだ。
ふぐを食べるのなら、ま、お金の問題はあるけれど、こういう昔からのお店の方があたりはずれが無いと思う。(チェーン店を利用する場合は、小型店舗の方が外れないのではと思った。)

最後の写真は、従姉の娘の息子(何てややこしい!)←可愛いでしょう?
昨年秋に父母の法事のときは、まるで赤ちゃんで、言葉はしゃべれず、こちらのいうことに、うなずいたり、いやいやするだけだったのに、半年後、話せるようになっているだけではなく、全てを理解しているような振る舞ったので、びっくりした。
赤ちゃんって、しゃべれない間も、人間関係とか色々なことを学んでいるんだ。

本当に、水元公園でのお散歩、美味しいほたるイカと山菜の天ぷら、三社祭り、従姉家族との楽しくて美味しいふぐ料理と、わ、私の人生に、一日にこんなに良いことばかり起きていいの?とほっぺたをつねりたくなるような日であった。

こういう日が起きることもあると実感して、嫌なことが起きても、我慢して明るく生きよう。(笑)
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# by mw17mw | 2006-06-07 23:47 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)

5月の楽しかった日曜日 1/2

5月に1日だけ、盆と正月が一度に来たような日曜日があった。
あの時は幸せだったな~、その後、小さいけれど、いざこざが沢山起きて、ちょっと疲れた。
気分転換にあの日を振り返ってみよう。

d0063149_21485591.jpg
おじさんフレンドが、再び明神の湯に行きたいとのことで、まずは水元公園の先日歩かなかった部分を歩こうということになった。
その日は初夏を思わせるくらい、良い天気であった。
水元公園は、本当に広い。
森や草原(くさっぱら)が沢山あって、もっと写真で紹介したいくらいの自然が沢山ある。
一番左の写真は、子どもたちが浅い池で遊んでいるところ。
スカートか短パン姿で、ゴム草履を持って来れば、私も遊べそう。

次に見つけたのが、鷹匠のおじさん。
この鳥は大鷹だそうで、見るからに、「俺は他の鳥とは別格」という迫力があった。
訓練されているから、鷹匠の腕に止まっているし、水飲み場では、腕から降りてお水を飲んでいた。
こういう鳥は、人間を自ら攻撃することはないけれど、この鳥の前に、触ろうと思って、手を出すと、嘴で攻撃され、大怪我をするとのこと。
ま~、何と言うか、気迫のある雰囲気がすごいので、近寄ってこの鳥を見ていた人の中で、手を出した人はいなかった。
私とおじさんフレンドは、後ろから見て、「どの部分の羽が高いのかしら?」と値踏みしていた。(笑)
d0063149_215613.jpg
今回は珍しく、看板を頼りに、水元公園近所の「讃岐うどん」のお店に入ってみた。
色々取ったけれど、写真のほたるイカのお刺身と、山菜の天ぷらが美味しかった。
何と言うか、爽やかな晴れた5月のお昼には、ほたるイカと山菜の天ぷらがとても合う感じ。
別に、初かつおでも良いのだろうけれど、魚の身を噛みしめるよりも、イカのつるっとした食感が、暑いお昼に合ったのかも知れない。
山菜の天ぷらも是非春に食べたい味。

他にも色々美味しかったけれど、不味かったのが、「讃岐うどん」。
全然腰が無く、「何で、これで『讃岐うどん』を名乗るの?」と思うくらい、普通のうどんだった。(普通のうどんよりも腰が無いかも)
だから、店名を出さないのだけれど、水元公園の入口の近所に讃岐うどんのお店は一軒しかないので、行けばわかる。
うどんは大したこと無いけれど、肴は中々美味しいお店であった。(家に帰ってインターネットで調べたら、他の人たちの評価も同じであった。<笑>)

この後、温泉に入って、自動車で戻り、おじさんフレンドと別れて、家で昼寝していたら、携帯が鳴った....。<明日に続く>

<おまけ>
秋田の小学生が殺された事件の犯人の女性の話がテレビで報道されている。
皆さんも同じことを感じていると思うのだけれど、この犯人って、何が何でも、自分を悲劇の女王にして、皆に「可哀そうに、大変ね」と言われたがっている人に見えてしょうがない。

何ていうのだろう、自分の子どもを殺して、それを他殺に見せかけたのに、事故死にされて、思い通りに自分に同情が集まらなかったからか、どうしても、自分を「子どもを殺された可哀想な母親」にしたくて、他所の子まで殺してしまったように見える。

それは勿論異常なことで、同情の余地は無い。
その犯人の半生が報道されているけれど、きっと食料は与えられたけれど、愛情を持って育てられた人ではないのだろう。
身体は大きくなっても、精神的に余り成長しないまま大人になって、年相応に、就職・結婚・出産をこなしたけれど、精神が育っていなかったら、全て受身か行き当たりばったりで、何もうまく行かない、面白くない、反って大変で仕方が無いという被害者意識が強かったのかも。

結婚した相手に借金があったとのことで、子どもが半年のときに離婚したというけれど、それから大変は大変だったのだろう。
子どもを生んだこと、離婚したこと、全部、自分の責任だ。
お金のこと、子育てのこと、全て自分でやるしかなくてやるのだけれど、全くうまく行かない、反対にどんどん大変になっていく。
何の見通しも立たない人生で、子どもは可愛いより、手に余って、邪魔にさえ思うようになったのかも知れない。

自分は大変なのに、自分の中では、自分がとても可哀想なのに、誰も「大変ね、可哀想にね」と言ってくれない。
自分の意思で、結婚相手を選んで子どもを生んで離婚したのでしょう?
大変だとは同情してくれる人もいたのかも知れないけれど、それよりも、世間一般から、自分が背負った責任を果たすことを要求され、それがやたらに重く感じる精神状態。
そんな状況から、本当は自分が被害者だという気持ちが強くて、皆から、「大変ね~、可哀想ね~」と言われたかったのかなと思った。
誰かに心から同情されて、辛くてどうしようもない気持ちを慰めて欲しかったのかも知れない。

彼女は、きっと、「被害者は本当は私なの、私は悪いこと何もしていないのに、小さい時から何もかもうまく行かなくて、子どもまで生まれてしまって、大変なのよ、誰かわかって、誰か助けて」と言いたかったのではと思う。

結局、子どもを正常な一人前の人間に育てるには、愛情を持って育ててくれる人がいること、助けてくれる人がいることが条件かと思った。
この犯人は本当に精神的に未熟で、優しい保護者が必要だったのだ。

精神の成長はとても大切、そして、子どもの精神が育っているかどうかは、中々注目されないことだ。
また、精神というのは、穏やかで優しい環境でしか育たないそうだ。

外れているかも知れないし、まとまりませんが、私見です。
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# by mw17mw | 2006-06-06 22:20 | 飲食店・菓子店 | Comments(0)

大人として必要なこと

この前の金曜日、お店を閉めた頃、高校生になった甥1が帰ってきて、「あ~、疲れた、お店で一服していく」というのに、付き合った。
「一服」というのは、お店のコーラが飲みたいということ。

電車通学になったせいか、家に戻ってくる頃、疲れてしまうみたい。
甥1と何やかや話していたら、塾から甥2が帰ってきて、「僕もコーラ」ということになり、珍しく、お店で三人で話していた。

まるで私は小学生なら駄菓子屋のおばさん、中高生なら、パン屋のおばさんかな?

面白かったのは、甥1。
もうすぐ行われるお祭りの予定について話していたのだが、「まり、今年はアイスクリーム売らないのでしょう?」という。
「うん」と答えると、「あれはやめたほうがいいよ、全然売れなかったものね」と言うのだ。
ブログなどには書かなかったが、2年前、母が死んでお店を閉めっぱなしだった時期のお祭りのとき、私がつい色気を出して「アイスクリームだけ売ってみようか」と売ってみたのだ。
結果、見事失敗。
お祭りのとき、アイスを食べたいと思う人は少ないようだし、そもそも我が家の前は、昔に比べて人通りが減ったみたいで、前を通る人の数がまばらであった。

その時、甥1にも手伝えと言ったのかな?
彼は、そのときのことを覚えていて、仲間かお兄さんみたいに、私に仕事上のことを注意してくれた。
それは、私が甥1の本業である学校生活や勉強について、アドバイスするのと対等の行為に思え、面白かった。
16歳の甥にそう言われて、不愉快かと言えばそんなことはない。
いつもは酒屋のことなど何も言わない子なのだが、彼は彼なりに、私の商売を見ていてくれて、気にして、アドバイスしてくれる姿勢が嬉しかった。

ま、私たちが本来の伯母と甥の上下関係になるのは、おばちゃんがお金か食べ物か物をあげるときだけかも。
でも、私の商売を家族が気にしてくれていること、嬉しかった。

甥1や甥2のことに関して言えば、最近困ったなと思うことが一つある。
二人とも良い子なのだけれど、やはり大人になったときのことがとても心配。
世の中には要領の良い子、競争に強い子、胡麻をするのがうまい子、色々な子がいる。

大学生にまでは順調になれるだろうが、その後、就職できるのかしら?就職したとしても、そういう要領の良い子に混ざって、それなりに生きがいを持って生きていけるのかしら?と考えると、甚だ不安。
で、彼らに、実はお説教したり、人生や生活について、今の彼らの視点を少し動かして違う見方ができるように教えたりしたいのだ。
(私が会社の社長だったら、今の甥たちを雇うかというと、難しいところ。「性格が良いのはわかるけれど....」なのだ。)

でもね、生まれたときから、彼らを優しく励まし続けて、「真理は、僕たちの味方で、絶対僕たちのやることを肯定してくれる」と、彼らの頭に刷り込んでしまったようなのだ。
子どものときに、甥のお父さんから、「甥1の頭の中には、赤ちゃんのときに刷り込まれた『真理は絶対自分の味方で褒めてくれる人』と思いがあるから、大きくなったからとは言え、真理から怒られると、『有り得ないことが起きた』と捉えて、それだけでショックが強いみたいだ」と聞いたことがある。
それ以来、私は、甥たちに、全く怒れなくなったし、厳しいことも言えず、お説教もできなくなっている。
世の中厳しいということを、彼らを傷つけることなく教えるにはどうしたらよいのだろう、今のところ、ノーアイディア。
ま~、彼らが世の中の荒波に揉まれたときの、「慰め係り」でもいいのだけれど。
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# by mw17mw | 2006-06-05 13:02 | 日常生活 | Comments(2)

なぜか福島食材研究・裏に風情あり

もう三度程、上野の山や不忍池の周囲を散策している。
上野の魅力は何て言っても「緑の多さ」。
明治維新のとき、上野の山は、病院にされるところを外国人よりの申し出で、公園とされたとか、戦後、不忍池を埋め立てて、野球場にしようという話があったとか、聞くが、何も実現せず、残ったことに感謝する。

で、上野の緑に関する賛美を書きたいことは書きたいのだが、今日、面白いものを見つけたので。

1.福島県観光物産センター
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不忍池の水上音楽堂の向かいに、福島県の施設がある。
下が物産店とレストランで、上の階は、福島の人用のホテル。
一回の売店には、ずっと昔入ったことはあるけれど、その頃、忙しかったので、何を売っていたか全然覚えていない。

今日、久々「新鮮野菜」ののぼりに引かれて、入ったら、結構面白かった。
最近、銀座界隈にできている色々な県の物産館よりも地味。
所謂、名物的なものも売っているが、東京に住んでいる福島出身の人が福島独特の食材に不自由しないための品揃えも相当あった。
(私としては、そういうものの方に興味があった。)

野菜は、3時過ぎだったので、余り残っていなかった。
太い束のにらが110円、新鮮さ抜群そうで惹かれたが、こんな沢山のにらを料理できないのでやめておいた。
「イゲタ醤油」「キッコーツル醤油(むらさき)」という、私の知らないメーカーのお醤油が並んでいた。(これが福島県のデフォルトか?)
詳しく見たわけではないけれど、福島のお醤油は新潟と同じで、甘みがあって、色々な味がついているものみたい。
三五八漬は、福島独特の漬物床のようだ。
どんな味だろう?
一番惹かれるのは、新鮮野菜だが、土日も含めて殆ど毎日福島から運ばれてくるそうな。
だいたい9時には到着しているとのこと。
表に、緑色の「新鮮野菜」の旗が出ていたら、野菜を売っている印のようだ。
  
2.裏に風情あり
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不忍池の不忍通りに面した一番根津寄りの出口を出て、動物園の裏の方に行ってみた。
まず、まだ新しく、とてもきれいだった弥生会館の一部が解体されているのが見えた。
ここは壊すには新し過ぎると思うのだが、どうも、マンションになるみたい。
東京都の教職員の施設だと思ったが、売却されたみたいだ。

しかし、同じ街並みでも、徒歩で歩くのと、乗り物に乗って走り抜けるのと、やはり、目に留まるものが違うようだ。

で、元弥生会館から、水月ホテルに向かって、フラフラ歩いていると、普通の家並みが途切れて、やたらに風情のある和風の門が見えた。
扉は開いているのだが、何と言うか、ただ者ではない雰囲気。
へ~、こんなに風情のある家がまだあるなんて、と良く見ると、「江戸千家 一円庵」との名前が見えた。
中はさぞかし風流で素敵な別世界なのだろう。
婦人画報などの高級婦人誌の着物のグラビアに使われているところかも。

そこを通り過ぎて、水月ホテルを右に曲がって、動物園通りと名付けられている通りを繁華街の方に向かう。
右は動物園。
もう、最後に動物園に行ってから、どのくらい経つのだろう、全然覚えていない。
格子越しに見える動物園の中は、相当近代的になっているみたいだ。
沢山の親子が楽しそうにしている。
匂いも余りしない。
私は小さいとき、父親から、「お前を初めて動物園に連れて行って、喜ぶと思ったら、嫌な顔をして「くしゃい、くしゃい、帰ろう」とずっと言っていた」と良くからかわれたことを思い出した。
そんなことを思い出しながら歩いていたら、左手の上野の山の方に、大きな鳥居が見えた。
今まで何度もこの前を通ったのだろうが、自動車か自転車だったので、目に入っていなかったのかも知れない。
そのまま階段を上ってみると、予想通り東照宮に出た。(その手前に、伊豆栄の梅川亭)
昔、一般の参観は、もしかして、ここからだったのだろうか?
東照宮には行かず、上野公園の中心に行く方に向かう道に進んだが、木々が高くて気持ちが良かった。

またそのうち、上野の山や不忍池について書きたい。
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# by mw17mw | 2006-06-03 23:08 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(4)

室町そばもどき

d0063149_1250113.jpg最近、「もどき」料理ばかり。
以前のエッセイにも載せたレシピだけれど、写真がなかったので、再度こちらにも書きます。

これは、日本橋三越前の木屋を曲がったところにある「室町そば」の「室町そば」というお蕎麦を真似たもの。(と書いて、今、インターネットタウンページを引いたら、出て来ないのだ、廃業したのかな?それだったら、残念→以前は、三越前の本店以外に、日本ビルの中に支店があったくらい繁盛していたお店だったのだが。今度日本橋に行ったら、見てこよう。)

どういうお蕎麦かというと、冷たいお蕎麦の上に、キャベツの茹でたものと豚肉だったか鶏肉の細切れと温泉玉子が乗っていて、そこにそばつゆをかけて食べるもの。
日本蕎麦としては、斬新な組み合わせだが、これはこれで美味しい。

以前も家で作っていたが、母に「美味しくない」と嫌われた。
今回、「美味しくない」と言われたことを懐かしく思い出し、謙虚に改良してみたら、こっちの方が美味しいかなという気になってきた。
以前は、茹でたキャベツをそのまま冷まして水気を絞って使っていたが、今回は、そのキャベツを少し、麺つゆを薄く伸ばしたものに浸しておいてから、絞ったのだ。(この違いは大きい)←そう考えると、スパゲティでも、スパゲティとキャベツを一緒に茹でて、使う料理があるが、やはり、キャベツは茹でっ放しより、一旦、味をつけた方がより美味しいのではと思う私です。

材料:キャベツ、長ねぎ、(あれば)さやえんどう、茹でたり焼いたりした豚肉か鶏肉少々、温泉玉子、日本蕎麦、麺つゆ(私もとうとう忙しくて、麺つゆを使うようになりました。殆どは、創味の麺つゆにお醤油を足して使っています)

作り方
1.キャベツは太い千切りにして、さやえんどうとともに茹でる。

2.火が通ったら、水気を切り、キャベツだけ薄く伸ばした麺つゆにつけておく。

3.お肉は、あられに切る。

4.長ねぎは薬味風に小口切り。

5.お蕎麦は、袋に書いてある通りに調理して、冷水で冷たくして水気を切って、器に盛る。

6.その上に、麺つゆから出して絞ったキャベツ、さやえんどう、お肉を並べ、薬味として、長ねぎを添える。

7.この上から、好みの麺つゆをかけて、かき混ぜて食べるのだが、七味唐辛子とわさびを両方使った方が美味しい。

写真の温泉玉子は、自分で作って失敗したもの。
最初、沸騰したお湯卵をつけて20分保温して茹で卵にしてしまった。
これは、15分にしてみたが、これも殆ど茹で卵状態。
今、12分で再度チャレンジ中。
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# by mw17mw | 2006-06-02 12:50 | 料理レシピ | Comments(0)