お祭りが終わった

今年の鳥越祭りは、先週末無事始まって、無事終わった。
まずは、無事終わったことに感謝。

色々書きたいことはあるのだが、まずは、警備の話を。
お祭りの警備というのは、どこでもきっと同じだろうと思う。
例えば、三社祭りでも警備は厳しいだろう、でも、私が観光客として三社祭りを見に行くと、警備の警官はそんなに目に入らない。
しかし、慣れている地元のお祭りだと、警備する警官が沢山目に入ってくる。
不思議だ。
その警備の警官の様子と、新しくなった駐車違反の取締りの写真をまとめてみました。

d0063149_21485141.jpgお祭りの一週間前には、鳥越神社近所の蔵前橋通りの両側に、フェンスが張られていた。
警察のお祭り準備は早い。
一番最初に鳥越祭りがもうすぐだと感じるのは、連休明けに貼られるお祭りを告げるポスター。
その次は、一週間前に張られるこのフェンス。
2,3年前までは、こういうフェンスはなく、宮入をしようとするお神輿と観客がゴチャゴチャに入り混じって神社前まで進んでいた。
大きな事故があっては困るし、フェンスがない方がいいことはいいけれど、安全第一を考えると、やむを得ないかも。(フェンスのないところでは、お神輿に近付くのも可能だから)

d0063149_21492055.jpg6月1日から、駐車違反の取り締まりの法律が変った。
お祭りのときは、どうなるのか、興味があったが、土曜日は、パトカーや監視員が回ってくることもなく、取締りがないも同然だったので、日曜日も緩やかなのかなと思っていたのだ。
で、土曜日の夜7時前にお店を閉めた後、9時だったかに、用があって、家の前に出たら、家の前の道路両側に、黄色いロープがずっと遠くまで張られていたのだ。
歩道のない道なのだが、両側、一応の歩道を示す道路の白い線のところに、黄色いテープを張り、家の前に自動車を留められなくしてあった。
初め、その様子が目に入ったとき、「何事か」と思ってしまった。(こんな光景見たことがない。見覚えあるとしたら、何か、事故があって、調査中で立ち入り禁止の家の前と同じという感じかな?)

我が家の前は、自動販売機があって、お客さんが出入りする商売だと考慮してくれたのか、我が家の前だけは張られていなかったが、お店ではない家は全部黄色いテープが張られていた。
しかし、翌朝、7時過ぎにお神輿を見に出かけるために、外に出てみたら、そのテープは半分以上、取り除かれていた。
皆、朝に、自分の家の前にテープが張られていることに驚き、取ってしまったと思われる。
でも、夜の間に、「家の前にテープを張る」という警察の行為だけで、そこの住民に「ここは駐車禁止なのだぞ」ということを知らしめる絶大な効果があったと思う。
そういえば、お祭りの地域の歩道のない道全部にテープが張られたのか、本社が通る道だけ張られたのかは不明。(今年、我が家の前を本社が通った)

d0063149_22104522.jpg町内神輿には警官はついてこないが、鳥越本社には沢山のお巡りさんたちが、回りを囲む。
見物客や担ぎ手の自由を制止したりすることはないのだが、事故が起きないようにずっと付いている。
この写真は、朝早いから、お神輿の行列は、比較的静かであった。
夕方、我が家の前を通るときに、再度本社を見たが、多分、担ぎ手の体内に大量にアルコールが入ったのか、ものすごい迫力で担いでいた。
迫力ある担ぎ方は、アルコールが入っているからこそのようだ。
迫力のある担ぎを見たい人は、夕方以降の見物が良いかも知れない。(笑)

d0063149_22112055.jpg最後の写真は、「お神輿の先回りをしようと走るお巡りさんたち」
上官の人だろうか、「早く走れ~」という大きな声の命令で、お巡りさんたちは、お神輿の先回りするために、お神輿の通る道の一本隣の路地を一生懸命真剣に走っていた。
途中交代はするのだろうけれど、朝6時半の宮出しから夜の9時頃の宮入まで、走っているのだろうか?
お役目とは言え、ご苦労様です。
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# by mw17mw | 2006-06-12 22:30 | 日常生活 | Comments(0)

赤熟いちご・下町雑感

お祭りの準備が結構忙しく、深いブログは書けないので、軽く書きます。
お祭りの準備、何が大変かというと、「去年の注文が今年は来ない?何が原因か?」とか考えたり、後、酒屋って、熨斗紙に、筆で「奉納」とか贈り先の名前を書かなくてはいけないのだ。
元々字が上手ではないし、一年中、キーボードでしか文章を書かない私のこと、これが偉く大変。
昨日は、熨斗紙を十枚くらい無駄にしながら、Wordの筆書きの見本を印刷して、それを見ながら、2,3時間練習してしまった。(笑)
今は、筆ペンなのだけれど、筆ペンだと、鉛筆の持ち方で、習字のような字を書くから余計大変。(言い訳か?)
でも、無事、「奉納」という文字だけは、結構格好良く書けるようになりました。

d0063149_19133935.jpg<赤熟いちご>
畑でいちごの中まで真っ赤にすることを「赤熟」というそうである。
で、そういういちごが手に入ったのだが、一度に食べられないし、時間を置いて食べたい。
普通は煮るだろうけれど、粗みじんに切って冷凍させた。
そして、アイスクリームとカステラの上に、少し解凍してから一緒に食べたけれど、とても良い感じ。
d0063149_1914695.jpgこの方法は良いと思う。(以前にも書いたのなら、ごめんなさい)
このいちごは今年も値上がりせず100円。
二回目の登場を待っているのだが、今年は中々出てこない。
でも、私が熱心に毎回毎回「今日、いちごは?」と聞くものだから、次回入荷時には優先的に私に分けてくれることになっている。(笑)

<下町雑感>
東日本橋界隈、本郷界隈、池之端・上野の山界隈・秋葉原界隈をずっと歩いている。
それで思ったのだが、下町の中でも、風情があるのは、人形町とか東日本橋。
(人形町は、最近は表通りにゲームセンターだったかパチンコ屋ができてしまい、困ったものだと思うけれど。)
この違いは何だろうと思ったのだが、東日本橋や人形町は、江戸時代から町だったところなのだ、きっと。
そういう江戸時代から商業地域で、京都や大阪から物資や人が来て、賑わっていたところなのだろう。

不忍池のほとりに、その界隈の古地図が掲示しているところがあり、それを見たら、池之端界隈も江戸時代は武家屋敷が多かったよう。
我が家の地域もそうで、元々は鳥越神社の庭だったところを、江戸幕府ができると、江戸幕府に庭の半分を差し出した。
幕府は、きっと手柄のあった武士にその土地を与え、武家屋敷が建っていたらしい。
(それは古地図を見てもわかるのだが、戦前、我が家の土地の大家さんは、太田さんと言って、太田道灌の子孫だったと聞いたことがある。)

「下町」という言葉は、それを使う人、聞く人によって、それぞれイメージが違い、余り使いたくないのだが、日本橋から台東区の南側は地続きではあるが、江戸時代、商業地域で自由闊達な町であったか、もしくは武家屋敷であったかで、現在の風情が全然違うのではという気になってきた。

で、何かの本で読んだことがあるのだけれど、「明治維新は実は革命だった」とのこと。
それを下町を散歩して実感した。
というのは、江戸時代武家屋敷だったところが、今となっては、全くその面影がなく、細分化され、小さな家がゴミゴミ建っている地域になっているのだ。
これって、もしかしたら、幕府・藩が崩壊して、毎月だか、毎年だかに、もらっていたお給料がある日突然なくなり、土地を持っていた武士は、そこを売るなり、長屋にして、生計を立てざるを得なかった結果なのかと思った。

今、我が家の周囲に、元武家屋敷があったという証拠は、「佐竹商店街」という名称や、もう既に住居表示変更でなくなってはしまったけれど、「竹町」(佐竹藩のお屋敷のあったところ)とか「福井町」(福井藩のお屋敷があったところ)という名前くらいしか残っていない。

確かに、長い間、定期的に入るのが当然だった収入がある日突然なくなるということは、武士にとって、とても大変なことだったのだろう。
ま~、土地を持っていた武士はまだいいけれど、土地が無かった武士のその後は、さぞ大変だったろう。

文京区役所の展望階から下を見ると、本当に小さな家がゴミゴミしていて、きれいでないというか、全くまとまりがない。
でもね、明治維新が革命で、武士階級が全てリストラされて、どうにか食べて行かねばならなかった結果として、確実に収入が入ってくるように、細分化して貸したり、売り出された土地だと思うと、妙に納得する。
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# by mw17mw | 2006-06-09 19:16 | お菓子レシピ | Comments(0)

5月の楽しかった日曜日 2/2

その電話は従姉からであった。
何でも、三社祭りを見物に来ているから、これから浅草に出てきて、一緒にご飯を食べない?という嬉しい誘いであった。

これを断る筈が無い私であった。(妹は、何でも、来週の夕食の材料を買ってきてしまい、今しか、料理をする時間がないと言って断った。)
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三社のときの浅草は通りすがりに、雰囲気を味わったことはあるが、じっくり見るのは初めて。
6時くらいに浅草で従姉夫婦とその娘親子と落ち合ったのだが、雷門は既に歩行者天国となっており、いつもより、華やいだ雰囲気であった。

で、真ん中の写真は、ご馳走になった「三角」というふぐ屋さんの何ていうのだろう、窓?(階段や廊下に面した窓)
我が家の古い家にもこんなに手入れの良いものではなかったが、同じようなものがあったので、懐かしく写真をぱちり。
このお店は、昔ながらの日本家屋で、情緒があって素敵だったが、もうすぐ壊して建て直すとのこと。

右の写真は、話しとしては前後してしまうのだが、食べ終わって、仲見世に出たら、ちょうど二ノ宮の宮入のときで、写真をパチリ。
本当に、三社には、お神輿に人が上っていた。
二人も乗っていたら、100kg以上重いよね、と感心する。

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今回、従姉夫婦にふぐをご馳走になりました~。
ちゃんとした昔からのふぐ屋さんのふぐなんて、何年振りだろうと、感激しながら食べた私。(笑)
美味しかった、本当に有難うございました(ペコリ)。

昨年まで、某ふぐ屋チェーンのモニターを何回かやらせてもらっていた。
安さを売り物にしたふぐチェーンのふぐ料理と、こういう下町の昔からのふぐ屋のふぐって、やはり、違うと思う。
どこがというと、やはり、一店舗で同じ板前さんがずっと仕切っているお店は、いつ食べても、お店の名前を汚さないように、熟成などに気を遣っているという安心感がある。
安さを売り物にしているチェーン店が全て悪いわけではないけれど、店によっては、「熟成」とかがわからない人が料理している場合もあるのだ。
ふぐを食べるのなら、ま、お金の問題はあるけれど、こういう昔からのお店の方があたりはずれが無いと思う。(チェーン店を利用する場合は、小型店舗の方が外れないのではと思った。)

最後の写真は、従姉の娘の息子(何てややこしい!)←可愛いでしょう?
昨年秋に父母の法事のときは、まるで赤ちゃんで、言葉はしゃべれず、こちらのいうことに、うなずいたり、いやいやするだけだったのに、半年後、話せるようになっているだけではなく、全てを理解しているような振る舞ったので、びっくりした。
赤ちゃんって、しゃべれない間も、人間関係とか色々なことを学んでいるんだ。

本当に、水元公園でのお散歩、美味しいほたるイカと山菜の天ぷら、三社祭り、従姉家族との楽しくて美味しいふぐ料理と、わ、私の人生に、一日にこんなに良いことばかり起きていいの?とほっぺたをつねりたくなるような日であった。

こういう日が起きることもあると実感して、嫌なことが起きても、我慢して明るく生きよう。(笑)
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# by mw17mw | 2006-06-07 23:47 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)

5月の楽しかった日曜日 1/2

5月に1日だけ、盆と正月が一度に来たような日曜日があった。
あの時は幸せだったな~、その後、小さいけれど、いざこざが沢山起きて、ちょっと疲れた。
気分転換にあの日を振り返ってみよう。

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おじさんフレンドが、再び明神の湯に行きたいとのことで、まずは水元公園の先日歩かなかった部分を歩こうということになった。
その日は初夏を思わせるくらい、良い天気であった。
水元公園は、本当に広い。
森や草原(くさっぱら)が沢山あって、もっと写真で紹介したいくらいの自然が沢山ある。
一番左の写真は、子どもたちが浅い池で遊んでいるところ。
スカートか短パン姿で、ゴム草履を持って来れば、私も遊べそう。

次に見つけたのが、鷹匠のおじさん。
この鳥は大鷹だそうで、見るからに、「俺は他の鳥とは別格」という迫力があった。
訓練されているから、鷹匠の腕に止まっているし、水飲み場では、腕から降りてお水を飲んでいた。
こういう鳥は、人間を自ら攻撃することはないけれど、この鳥の前に、触ろうと思って、手を出すと、嘴で攻撃され、大怪我をするとのこと。
ま~、何と言うか、気迫のある雰囲気がすごいので、近寄ってこの鳥を見ていた人の中で、手を出した人はいなかった。
私とおじさんフレンドは、後ろから見て、「どの部分の羽が高いのかしら?」と値踏みしていた。(笑)
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今回は珍しく、看板を頼りに、水元公園近所の「讃岐うどん」のお店に入ってみた。
色々取ったけれど、写真のほたるイカのお刺身と、山菜の天ぷらが美味しかった。
何と言うか、爽やかな晴れた5月のお昼には、ほたるイカと山菜の天ぷらがとても合う感じ。
別に、初かつおでも良いのだろうけれど、魚の身を噛みしめるよりも、イカのつるっとした食感が、暑いお昼に合ったのかも知れない。
山菜の天ぷらも是非春に食べたい味。

他にも色々美味しかったけれど、不味かったのが、「讃岐うどん」。
全然腰が無く、「何で、これで『讃岐うどん』を名乗るの?」と思うくらい、普通のうどんだった。(普通のうどんよりも腰が無いかも)
だから、店名を出さないのだけれど、水元公園の入口の近所に讃岐うどんのお店は一軒しかないので、行けばわかる。
うどんは大したこと無いけれど、肴は中々美味しいお店であった。(家に帰ってインターネットで調べたら、他の人たちの評価も同じであった。<笑>)

この後、温泉に入って、自動車で戻り、おじさんフレンドと別れて、家で昼寝していたら、携帯が鳴った....。<明日に続く>

<おまけ>
秋田の小学生が殺された事件の犯人の女性の話がテレビで報道されている。
皆さんも同じことを感じていると思うのだけれど、この犯人って、何が何でも、自分を悲劇の女王にして、皆に「可哀そうに、大変ね」と言われたがっている人に見えてしょうがない。

何ていうのだろう、自分の子どもを殺して、それを他殺に見せかけたのに、事故死にされて、思い通りに自分に同情が集まらなかったからか、どうしても、自分を「子どもを殺された可哀想な母親」にしたくて、他所の子まで殺してしまったように見える。

それは勿論異常なことで、同情の余地は無い。
その犯人の半生が報道されているけれど、きっと食料は与えられたけれど、愛情を持って育てられた人ではないのだろう。
身体は大きくなっても、精神的に余り成長しないまま大人になって、年相応に、就職・結婚・出産をこなしたけれど、精神が育っていなかったら、全て受身か行き当たりばったりで、何もうまく行かない、面白くない、反って大変で仕方が無いという被害者意識が強かったのかも。

結婚した相手に借金があったとのことで、子どもが半年のときに離婚したというけれど、それから大変は大変だったのだろう。
子どもを生んだこと、離婚したこと、全部、自分の責任だ。
お金のこと、子育てのこと、全て自分でやるしかなくてやるのだけれど、全くうまく行かない、反対にどんどん大変になっていく。
何の見通しも立たない人生で、子どもは可愛いより、手に余って、邪魔にさえ思うようになったのかも知れない。

自分は大変なのに、自分の中では、自分がとても可哀想なのに、誰も「大変ね、可哀想にね」と言ってくれない。
自分の意思で、結婚相手を選んで子どもを生んで離婚したのでしょう?
大変だとは同情してくれる人もいたのかも知れないけれど、それよりも、世間一般から、自分が背負った責任を果たすことを要求され、それがやたらに重く感じる精神状態。
そんな状況から、本当は自分が被害者だという気持ちが強くて、皆から、「大変ね~、可哀想ね~」と言われたかったのかなと思った。
誰かに心から同情されて、辛くてどうしようもない気持ちを慰めて欲しかったのかも知れない。

彼女は、きっと、「被害者は本当は私なの、私は悪いこと何もしていないのに、小さい時から何もかもうまく行かなくて、子どもまで生まれてしまって、大変なのよ、誰かわかって、誰か助けて」と言いたかったのではと思う。

結局、子どもを正常な一人前の人間に育てるには、愛情を持って育ててくれる人がいること、助けてくれる人がいることが条件かと思った。
この犯人は本当に精神的に未熟で、優しい保護者が必要だったのだ。

精神の成長はとても大切、そして、子どもの精神が育っているかどうかは、中々注目されないことだ。
また、精神というのは、穏やかで優しい環境でしか育たないそうだ。

外れているかも知れないし、まとまりませんが、私見です。
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# by mw17mw | 2006-06-06 22:20 | 飲食店・菓子店 | Comments(0)

大人として必要なこと

この前の金曜日、お店を閉めた頃、高校生になった甥1が帰ってきて、「あ~、疲れた、お店で一服していく」というのに、付き合った。
「一服」というのは、お店のコーラが飲みたいということ。

電車通学になったせいか、家に戻ってくる頃、疲れてしまうみたい。
甥1と何やかや話していたら、塾から甥2が帰ってきて、「僕もコーラ」ということになり、珍しく、お店で三人で話していた。

まるで私は小学生なら駄菓子屋のおばさん、中高生なら、パン屋のおばさんかな?

面白かったのは、甥1。
もうすぐ行われるお祭りの予定について話していたのだが、「まり、今年はアイスクリーム売らないのでしょう?」という。
「うん」と答えると、「あれはやめたほうがいいよ、全然売れなかったものね」と言うのだ。
ブログなどには書かなかったが、2年前、母が死んでお店を閉めっぱなしだった時期のお祭りのとき、私がつい色気を出して「アイスクリームだけ売ってみようか」と売ってみたのだ。
結果、見事失敗。
お祭りのとき、アイスを食べたいと思う人は少ないようだし、そもそも我が家の前は、昔に比べて人通りが減ったみたいで、前を通る人の数がまばらであった。

その時、甥1にも手伝えと言ったのかな?
彼は、そのときのことを覚えていて、仲間かお兄さんみたいに、私に仕事上のことを注意してくれた。
それは、私が甥1の本業である学校生活や勉強について、アドバイスするのと対等の行為に思え、面白かった。
16歳の甥にそう言われて、不愉快かと言えばそんなことはない。
いつもは酒屋のことなど何も言わない子なのだが、彼は彼なりに、私の商売を見ていてくれて、気にして、アドバイスしてくれる姿勢が嬉しかった。

ま、私たちが本来の伯母と甥の上下関係になるのは、おばちゃんがお金か食べ物か物をあげるときだけかも。
でも、私の商売を家族が気にしてくれていること、嬉しかった。

甥1や甥2のことに関して言えば、最近困ったなと思うことが一つある。
二人とも良い子なのだけれど、やはり大人になったときのことがとても心配。
世の中には要領の良い子、競争に強い子、胡麻をするのがうまい子、色々な子がいる。

大学生にまでは順調になれるだろうが、その後、就職できるのかしら?就職したとしても、そういう要領の良い子に混ざって、それなりに生きがいを持って生きていけるのかしら?と考えると、甚だ不安。
で、彼らに、実はお説教したり、人生や生活について、今の彼らの視点を少し動かして違う見方ができるように教えたりしたいのだ。
(私が会社の社長だったら、今の甥たちを雇うかというと、難しいところ。「性格が良いのはわかるけれど....」なのだ。)

でもね、生まれたときから、彼らを優しく励まし続けて、「真理は、僕たちの味方で、絶対僕たちのやることを肯定してくれる」と、彼らの頭に刷り込んでしまったようなのだ。
子どものときに、甥のお父さんから、「甥1の頭の中には、赤ちゃんのときに刷り込まれた『真理は絶対自分の味方で褒めてくれる人』と思いがあるから、大きくなったからとは言え、真理から怒られると、『有り得ないことが起きた』と捉えて、それだけでショックが強いみたいだ」と聞いたことがある。
それ以来、私は、甥たちに、全く怒れなくなったし、厳しいことも言えず、お説教もできなくなっている。
世の中厳しいということを、彼らを傷つけることなく教えるにはどうしたらよいのだろう、今のところ、ノーアイディア。
ま~、彼らが世の中の荒波に揉まれたときの、「慰め係り」でもいいのだけれど。
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# by mw17mw | 2006-06-05 13:02 | 日常生活 | Comments(2)

なぜか福島食材研究・裏に風情あり

もう三度程、上野の山や不忍池の周囲を散策している。
上野の魅力は何て言っても「緑の多さ」。
明治維新のとき、上野の山は、病院にされるところを外国人よりの申し出で、公園とされたとか、戦後、不忍池を埋め立てて、野球場にしようという話があったとか、聞くが、何も実現せず、残ったことに感謝する。

で、上野の緑に関する賛美を書きたいことは書きたいのだが、今日、面白いものを見つけたので。

1.福島県観光物産センター
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不忍池の水上音楽堂の向かいに、福島県の施設がある。
下が物産店とレストランで、上の階は、福島の人用のホテル。
一回の売店には、ずっと昔入ったことはあるけれど、その頃、忙しかったので、何を売っていたか全然覚えていない。

今日、久々「新鮮野菜」ののぼりに引かれて、入ったら、結構面白かった。
最近、銀座界隈にできている色々な県の物産館よりも地味。
所謂、名物的なものも売っているが、東京に住んでいる福島出身の人が福島独特の食材に不自由しないための品揃えも相当あった。
(私としては、そういうものの方に興味があった。)

野菜は、3時過ぎだったので、余り残っていなかった。
太い束のにらが110円、新鮮さ抜群そうで惹かれたが、こんな沢山のにらを料理できないのでやめておいた。
「イゲタ醤油」「キッコーツル醤油(むらさき)」という、私の知らないメーカーのお醤油が並んでいた。(これが福島県のデフォルトか?)
詳しく見たわけではないけれど、福島のお醤油は新潟と同じで、甘みがあって、色々な味がついているものみたい。
三五八漬は、福島独特の漬物床のようだ。
どんな味だろう?
一番惹かれるのは、新鮮野菜だが、土日も含めて殆ど毎日福島から運ばれてくるそうな。
だいたい9時には到着しているとのこと。
表に、緑色の「新鮮野菜」の旗が出ていたら、野菜を売っている印のようだ。
  
2.裏に風情あり
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不忍池の不忍通りに面した一番根津寄りの出口を出て、動物園の裏の方に行ってみた。
まず、まだ新しく、とてもきれいだった弥生会館の一部が解体されているのが見えた。
ここは壊すには新し過ぎると思うのだが、どうも、マンションになるみたい。
東京都の教職員の施設だと思ったが、売却されたみたいだ。

しかし、同じ街並みでも、徒歩で歩くのと、乗り物に乗って走り抜けるのと、やはり、目に留まるものが違うようだ。

で、元弥生会館から、水月ホテルに向かって、フラフラ歩いていると、普通の家並みが途切れて、やたらに風情のある和風の門が見えた。
扉は開いているのだが、何と言うか、ただ者ではない雰囲気。
へ~、こんなに風情のある家がまだあるなんて、と良く見ると、「江戸千家 一円庵」との名前が見えた。
中はさぞかし風流で素敵な別世界なのだろう。
婦人画報などの高級婦人誌の着物のグラビアに使われているところかも。

そこを通り過ぎて、水月ホテルを右に曲がって、動物園通りと名付けられている通りを繁華街の方に向かう。
右は動物園。
もう、最後に動物園に行ってから、どのくらい経つのだろう、全然覚えていない。
格子越しに見える動物園の中は、相当近代的になっているみたいだ。
沢山の親子が楽しそうにしている。
匂いも余りしない。
私は小さいとき、父親から、「お前を初めて動物園に連れて行って、喜ぶと思ったら、嫌な顔をして「くしゃい、くしゃい、帰ろう」とずっと言っていた」と良くからかわれたことを思い出した。
そんなことを思い出しながら歩いていたら、左手の上野の山の方に、大きな鳥居が見えた。
今まで何度もこの前を通ったのだろうが、自動車か自転車だったので、目に入っていなかったのかも知れない。
そのまま階段を上ってみると、予想通り東照宮に出た。(その手前に、伊豆栄の梅川亭)
昔、一般の参観は、もしかして、ここからだったのだろうか?
東照宮には行かず、上野公園の中心に行く方に向かう道に進んだが、木々が高くて気持ちが良かった。

またそのうち、上野の山や不忍池について書きたい。
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# by mw17mw | 2006-06-03 23:08 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(4)

室町そばもどき

d0063149_1250113.jpg最近、「もどき」料理ばかり。
以前のエッセイにも載せたレシピだけれど、写真がなかったので、再度こちらにも書きます。

これは、日本橋三越前の木屋を曲がったところにある「室町そば」の「室町そば」というお蕎麦を真似たもの。(と書いて、今、インターネットタウンページを引いたら、出て来ないのだ、廃業したのかな?それだったら、残念→以前は、三越前の本店以外に、日本ビルの中に支店があったくらい繁盛していたお店だったのだが。今度日本橋に行ったら、見てこよう。)

どういうお蕎麦かというと、冷たいお蕎麦の上に、キャベツの茹でたものと豚肉だったか鶏肉の細切れと温泉玉子が乗っていて、そこにそばつゆをかけて食べるもの。
日本蕎麦としては、斬新な組み合わせだが、これはこれで美味しい。

以前も家で作っていたが、母に「美味しくない」と嫌われた。
今回、「美味しくない」と言われたことを懐かしく思い出し、謙虚に改良してみたら、こっちの方が美味しいかなという気になってきた。
以前は、茹でたキャベツをそのまま冷まして水気を絞って使っていたが、今回は、そのキャベツを少し、麺つゆを薄く伸ばしたものに浸しておいてから、絞ったのだ。(この違いは大きい)←そう考えると、スパゲティでも、スパゲティとキャベツを一緒に茹でて、使う料理があるが、やはり、キャベツは茹でっ放しより、一旦、味をつけた方がより美味しいのではと思う私です。

材料:キャベツ、長ねぎ、(あれば)さやえんどう、茹でたり焼いたりした豚肉か鶏肉少々、温泉玉子、日本蕎麦、麺つゆ(私もとうとう忙しくて、麺つゆを使うようになりました。殆どは、創味の麺つゆにお醤油を足して使っています)

作り方
1.キャベツは太い千切りにして、さやえんどうとともに茹でる。

2.火が通ったら、水気を切り、キャベツだけ薄く伸ばした麺つゆにつけておく。

3.お肉は、あられに切る。

4.長ねぎは薬味風に小口切り。

5.お蕎麦は、袋に書いてある通りに調理して、冷水で冷たくして水気を切って、器に盛る。

6.その上に、麺つゆから出して絞ったキャベツ、さやえんどう、お肉を並べ、薬味として、長ねぎを添える。

7.この上から、好みの麺つゆをかけて、かき混ぜて食べるのだが、七味唐辛子とわさびを両方使った方が美味しい。

写真の温泉玉子は、自分で作って失敗したもの。
最初、沸騰したお湯卵をつけて20分保温して茹で卵にしてしまった。
これは、15分にしてみたが、これも殆ど茹で卵状態。
今、12分で再度チャレンジ中。
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# by mw17mw | 2006-06-02 12:50 | 料理レシピ | Comments(0)

隅田川テラス

d0063149_17275355.jpgダイエット散歩を始めてすぐに、「そうだ、隅田川のほとりを歩こう」と頭に浮かんだ。
で、実際、隅田川に近づくと、写真のような状態ばかり。
私有地だったり、立ち入り禁止だったり、どうも、近寄っても、見えるのは塀ばかりで、川に近づけない。

もしかしたら、墨田区側を走る高速道路の上から景色の一つとして見たのかも知れない、総武線の中から見たのかも知れない、絶対、隅田川のほとりに歩ける公園ができたはずだと確信があった。

でも、2,3日、隅田川の台東区側、厩橋から柳橋くらいをウロウロしていたけれど、全然、それらしい遊歩道はなかったし、入口もわからなかった。
d0063149_17282240.jpgが、あるとき、柳橋を日本橋側に渡ったところから柳橋方面を写した写真を見ると、ちゃんと遊歩道は存在していた。
そして、総武線の橋の下あたりに、階段が見える、これだ、ここから入れそうと、次の日、行ってみた。
総武線の橋の蔵前側に、「隅田川テラス入口」と小さく書いてあった。

d0063149_172925.jpg階段を下りたら、こんな公園のようなところが広がっていた。

まずは、柳橋方面に歩いてみる、一番柳橋側に行ってみたが、出口がないのだ。
で、引き返して、蔵前橋の方に歩く、最初に入った入口を通り越すと、もう1つ階段が見えた。
何となく不安だったので、そこにいた犬と散歩しているおじいさんに、「このまま、蔵前橋の方に歩いて行ったら、出口はありますか?」と聞くと、「ない、今、作っているところ」とのことであった。
どうも、例えば、隅田川テラスが長方形だとすると、長い辺を三等分した1/3と2/3の地点に出入り口はあるのだが、両端には、出口がない設計のようだ。(蔵前橋側は作っているようだが)
ま~ね、名前が「遊歩道」ではなくて、「テラス」だから、それでもいいのかも知れない。
(もう1つの入口は、最初の写真左側のところだった、場所は、江戸通りの須賀橋交番を入ってぶつかったところ)

でも、例えば、私が厩橋から両国橋まで行こうと思ったとき、こういう隅田川沿いの遊歩道を歩いて行けたら、信号もないし、ゴミゴミしていないし、気持ちいいではないかと思うのだけれど、どうもそういう設計になっていないみたい。
あくまで「テラス」であり、「遊歩道」ではないのだ。

階段を下りていくと、隅田川は本当に間近に見える。
臭くないし、水はきれいとは言えないけれど、余り端を見なければ、ゴミが目に入ることはない。
(どういうわけか、分からないけれど、こういう大きな川のゴミは、端に寄るみたいだった。)
大きな川の傍を歩くのは、街中を歩くより、確かに気持ちいい。

で、実際のテラスは、広々していて、死角もなく、きれいに作られていた。
ホームレスのおじさんが2,3人、昼寝していた。
散歩している人は、朝の9時頃であり、私以外に、一人二人という感じ。
空も高く、隣は隅田川で、橋に自動車も見え、高速道路にも自動車が沢山見える。
遠くの方には、私に無関心な人間が沢山見えるけれど、近くには誰も人間がいない状態。
こんな状況で、私の前に変な人が現れ、事件に巻き込まれたら、目撃者は存在するのだろうか?なんて、頭に浮かんだ。
(ホームレスのおじさんたちの名誉のためにいうと、この寝ているおじさんたちに襲われるという感じは全然ない。可哀そうに、疲れ切っている感じで寝込んでいる。)
高くて大きな空、大きな川の横を散策しているのに、対岸の高速道路や橋から、ここで事件が起きたら見ている人はいるかしら?とかが頭に浮かぶ気の小さい私(笑)。
でも、これは隅田川テラスだけの問題ではなく、人気のない公園も怖いし、それはどこでも同じかも。
もっと人出があるときに歩くべきかも。

で、これが隅田川テラスのページ
何だか、まだ全部が出来ていないせいか、大きく宣伝もしていないし、入口も分かりにくいみたいだ。(だいたい、どこが完成していて、どこか完成していないかも載っていない)
全部できたら、浅草吾妻橋から中央区の明石町まで隅田川を見ながら歩けるそうだが、清洲橋までは、左岸に通ったり、右岸に行ったりのコースで、実用には不向き。

こんなページもあるのだから、中央区・江東区分は既に完成しているのかも知れない。
行くならまず中央区・江東区部分の方が良いと思う。

昨日、厩橋を見に行ったら、厩橋界隈のテラスはまだまだ工事中であった。
もしかして、隅田川の河口から工事を始めたのかも知れない。
もしそうだとすると、今はまだ全体の半分程度の段階なのかも知れない。
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# by mw17mw | 2006-06-01 17:35 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(2)

海南鶏もどき 2/2・東日本橋は楽し

<海南鶏もどき 2/2>
さて、遅くなったが、海南鶏もどきの続きをば。
赤いところとか茶色いところを洗った骨はお鍋に戻し、沸騰させて、アクを取り、そのまま保温する。
最適がどのくらいかわからないが、私の場合、お昼ご飯のときに作業したら、夕飯まで。
夜に作業したら、朝まで保温している。

そして、保温が終わったら、骨等取り出して、再度沸かして、アクを取り、ざるにキッチンペーパーを敷いて、漉して出来上がり。

d0063149_19282299.jpg写真は、コラーゲンのふるふる感を出すために、わざと冷蔵庫に入れておいたもの。
これをなるべく平たく冷凍して、炒め物のスープにちょっと入れるとか、伸ばして、がらスープの素を足して、ミネストローネやワンタンスープを作っている。
コラーゲンスープが入っているといないのでは、味が違う。(コラーゲンスープが少ないとそれ程感じないかも。ま、半量とか1/3量は、コラーゲンスープにしてみて、味見してください)

<東日本橋は楽し>
まだ、ずっと毎朝ダイエット散歩が歩いている。
今数えたら17日間続いた。
実際歩いてみて、我が家の近所にはちょっとした観光地が色々あるから、結構退屈しないという感想を持っている。
それと、商業地域なので、風俗のお店とかけばけばしいお店が全然ないのだ。
(繁華街的要素を持つ浅草橋でも、そういうものはない。)
夜でも汚いが、日の光の中では余計汚く見えるものがなくて、目に入らず爽快。
散歩は、繁華街でなくて、商業地域が向いていると思う。

私は、生まれ育ちが、職住混合地域なのか、そういう地域が好きなようだ。
その中でどこが気に入ったかというと、今のところ「東日本橋2丁目」というところ。

d0063149_18541390.jpg
我が家の方から行くと、浅草橋か柳橋を渡って、両国橋の手前を隅田川下流に進んだ横の地域で、薬研堀不動尊のあるところ。
すなわち、神田川河口で、隅田川とぶつかる日本橋側。
両国橋の西詰めから、浜町まで川沿いに歩こうかと思ったのだが、ふと反対側に目をやると、大木唐からし店の文字が目に入って、そちらに迷い込んでみた。
ここは古そうで、面白そう、今度、ゆっくり来てみたい。
少し歩いて角を曲がって、次に目に入ってきたのが「あひ鴨」「鳥安」という看板。
表の看板には「両国」「SUKIYAKI」の文字が。
(合い鴨は、あひるのことだが、「あひ鴨」と書いた方が、な~るほどと思える。)
ここは美味しそう、帰宅後インターネットで調べたら高いお店みたい。
これこそ、株が上がったら、是非食べに行きたいお店。

d0063149_18544266.jpg
その前を通り過ぎて路地を曲がって、薬研堀不動尊の前を通り越すと、今度は、調理パン・サンドイッチパン専門店が目に入ってきた。
岩下商店」、インターネットで見たことのある名前だ。
お店の奥が調理場になっていて、揚げ物もこのお店でしていることがわかる。
お店番のおじさんに「インターネットで見たことがある」と話しかけたら、「たまに乗るみたいだよ」とのこと。
載っても、「配達できますか?」という問い合わせが多くて、配達していないこのお店の売り上げ増加には繋がりにくいそうだ。
どのパンを見ても、中味が丁寧に作られている感じがして、美味しそう。
ハンバーグパンを買って帰って食べたが、本当に丁寧な作り方で美味しかった。
こういうお店が、家の近所や職場の近くにあったら、いいと思う。

それにしても、散歩していて、素敵なカフェとかケーキ屋さんに当たらず、調理パンの専門店に当たるというのが、下町らしくて良い。

その地域の江戸通りを挟んだ反対側は馬喰町・横山町で、超過密な問屋街で色々な洋服や色が氾濫している地域なのに、こちら東日本橋には、殆ど衣料関係のお店がなく、落ち着いて風情がある。
飲食店も老舗っぽいところも多いし、何となく気に入った。
大きい会社も、KAGOME、キンチョーなどの東京支店があった。
もしかして、江戸時代から、名古屋や大阪から大きな船で運んだ荷を隅田川と神田川のぶつかるここで一旦受け取り、その後、小船に分配して、神田川から、沢山あったお堀経由で、江戸中に物資を運んだのかなと思った。
多分、キンチョー蚊取り線香はその可能性が高いけれど、KAGOMEは戦後ここに東京支店を作ったみたいだ。
船で、名古屋や大阪から船で荷を運んだのは、いつまでだろう。
なんてことを考えながら歩いていると楽しい地域。

こういう職住混合で落ち着きのあるところっていいと思う。

d0063149_18551939.jpg
東日本橋を歩いていて見つけた料理サンプル。
うわ~、昔懐かしいものが沢山並んでいて、しかも下の方には、日本そばまでもある。
ここはいつかお昼に行ってみたいと思った。(それにしても、レストランのスペルがすごい!<笑>)

最後の写真は、浅草橋(本当の橋)の日本橋側にある郵便局の名前。
隅田川を越していないのに「両国郵便局」
先程の、合ひ鴨の「鳥安」の看板にも出ていたが、昔は、両国橋の両側が両国という地名だったようだ。
それでわかった、中央区は、日本橋○○町という町名が多い中で、なぜ、ここは「東日本橋」という町名なのかが。
きっと、ここらへんは、元両国であり、日本橋地域の東側だから、「東日本橋」という地名になったのだ。(と思ったら、東日本橋には3丁目があって、3丁目は、元々日本橋地域らしい)
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# by mw17mw | 2006-05-31 19:28 | 料理レシピ | Comments(0)

ひつまぶし茶漬けもどき・そら豆調理研究

<ひつまぶし茶漬けもどき>
d0063149_12294223.jpgデパ地下で買ったうなぎの蒲焼が一枚、冷凍してあった。
これを利用して、ひつまぶし茶漬けを作ってみた。
参考にさせていただいたレシピは、これです。感謝!

私の場合、出汁は、ちゃんと昆布とかつお節で取って、だいたいこのレシピにある分量で出汁に味付けをして食べてみたが、結構甘い。
甘さが気になって、これだったら、鰻の佃煮のお茶漬けの方が好みだと思った。
(ここいらへんは、関東で育ったせいだと思う。)
でも、万能葱や海苔が利いていたし、わさびも効果的で、そこらへんは気に入った。

で、二回目は、味醂を抜いて、お酒、お塩、お醤油だけで味付けた汁で作ってみたけれど、
こちらの方が私の好み。
うっすらとした鰻の油が美味しい。
コツは多分、ご飯も鰻もお汁も熱々のこと。

私は、名古屋のひつまぶしを食べたことがないからなんともいえないけれど、名古屋の鰻は、蒸さないで焼くタイプだろうか?
それから、今回使った蒲焼は白焼きでないけれど、余りたれが沁みこんでいないタイプであった、名古屋のはもっとたれがしみこんでいるのではないだろうか?

でも、美味しいから、お好みの塩加減・甘さ加減の汁で、試してみてください。
(私は、鰻の蒲焼1/2人前、ごはん1/2合で作りました。鰻の蒲焼1人前で3杯分くらいにはなるかも)

やはり、私にとって一番美味しいのは、鰻の佃煮のお茶漬けだけれど、今時、鰻の佃煮なんて、中々手に入らないし、甘さ控えめの汁でのお茶漬けは今後も作るかも。(鰻が余ったときだけれど)

<そら豆調理研究>
d0063149_12295892.jpgそら豆を殻ごと焼くようになったら、殻から出して煮て食べるそら豆は、茹でることによって、味が抜けているような気がしたのだ。
また、そら豆を殻ごと焼くと、ガス火やオーブントースターを使うと、一度に焼ける量が少ない、250gまでと思った。
電気オーブンなら、沢山焼けるけれど、余熱とか立ち上げるのが面倒。

だったら、蒸したらどうなるのだろう?と、蒸してみた。
大きなお鍋を持っていたので、殻ごとのそら豆を500gは楽に入った。
これは、中々良い。
沸騰した蒸し器の中で5分蒸せば柔らかくなるみたい。
焼くよりは味が薄いかも知れないけれど、殻を取って茹でるよりは味が濃い。
私の台所の場合、「焼く」より「蒸す」方が大量調理できるみたい。

殻ごと蒸すのがうまく行ったので、殻から出して蒸してみた。(食べる段で、殻を剥くのが面倒になったのだ)
これも味的には中々良かった。
これも蒸し時間5分くらいだったかな?
(蒸す時間、焼く時間は、そのそら豆の鮮度によって違うから、ある程度調理したら、食べてみるか、竹串で刺して、チェックしてください。)

どうして煮る手法が一般的で普及しているかと考えてみたが、殻を剥いて出した方が食べよいし、それに、塩で味付けして茹でることが可能だし、ま、道具からしても煮るのが一番手が出やすい手法。

でも、そら豆そのものの味を活かすとなったら、蒸すか焼く方がいいと思う。

殻から出して蒸したとき、一応、豆の皮に包丁で傷をつけたのとつけないのと両方をやってみたが、あまり変りはなかった。
皮ごと蒸したあと、塩を振ってかき混ぜればある程度、塩味はつく。

だったら、今度から、「皮つきで蒸す」調理法にするかというと、これは食べるとき楽なせいか、沢山食べてしまう。
殻つきで蒸せば、食卓で剥かなくてはならないので、食べる量が、自然に減る。
だから、今度から、殻つき蒸し方法で行くと思う。

そういえば、いつも茹でる人に、焼く方法を教えてあげたら、「そら豆の殻の中の綿が溶けたものが気持ち悪い、美味しくない」という人もいた。
味覚とか感性は、人それぞれです。
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# by mw17mw | 2006-05-30 12:35 | 料理レシピ | Comments(3)