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寛永寺根本中堂と徳川歴代将軍霊廟 特別公開

この土日は2日とも都内各所を有意義に散歩してきた、全て楽しかった。

本来なら、土曜日の行動から話すべきなのだが、そちらは分けると4回にわたってしまうので、短い日曜日の催し物参加の話を先に書く。

8月だったか、台東区の広報で、「寛永寺根本中堂と徳川歴代将軍霊廟 特別公開」の募集を発見、応募したら、当たり、その開催日が昨日の日曜日であった。
実は、数年前も応募したけれど外れてしまった、覚えがある。
その後、1年に一度の募集をすっかり忘れていて、全然応募しなかったのだが、今年はラッキーにも台東区の広報を見た時、その募集が目に入ってきたので、応募し、当たった。
Wikiの寛永寺によると、「通常は一般公開されていないが、5名以上の団体に限り予約制で毎月3日間程度公開されている。また台東区役所が主催する特別公開が毎年秋に1日だけ行われている。」とのことで、団体を組まない限り、一人、二人で徳川家の霊廟をお参り&見学できるのは、この台東区の年に一回の催し物だけのよう。)

台東区役所が募集するけれど、別に台東区民に限るという縛りはないようで、昨日、寛永寺の集合場所に全員集まったところで、台東区民は手を挙げてと言われたが、台東区民でない人も多そうであった。

で、この特別公開の感想を先に言うと、とても良かった。
説明してくださったお坊さんが世襲の若い方だったのだけれど、とても話術が上手だったし、性格が明るそうだった。
(今まで、寛永寺のお坊さんというと、「怖そう」と思ったけれど、この方は、とてもフレンドリー)

ここにだいたいの昨日の記録を書くけれど、建物の外観は撮影可だけれど、根本中堂の中は、寛永寺さんの方針で撮影禁止、徳川の歴代将軍のお墓も、徳川家のプライベートな墓地なので、撮影禁止とのことで、画像が撮れなかったのは残念だけれど、ま、それが常識だろう。(と言いながら、帰ってきてから、ネットで検索すると、お墓の画像なぞ沢山出てくるのでびっくり)
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今は、寛永寺は江戸時代は、上野の山丸ごと寛永寺で、30万5千坪だったところ、徳川幕府の時代が終わって、確か、現在、3万坪の小さなお寺になったとか。(3万坪は墓地を入れて)

今回特別公開への参加人数が80人ということで、二班に分けられ、私は一班、それぞれ、説明のお坊さんの後を付いて行き、説明を聞きながら見学。
「根本中堂集合→葵の間見学→靴を履いて徳川家霊廟→根本中堂の中を自由に見学」とのことだったが、一班は時間の関係で最後の根本中堂の中の見学が端折られてしまったのは残念だけれど、墓地から帰ってきたら、予定の終了時刻を過ぎていたので、致し方ないと思った。

最初に根本中堂にて、寛永寺の歴史や徳川家康の幼少のころからの菩提寺や宗派、昔の上野の山などについて、簡単に説明があった。
寛永寺は、徳川家の菩提寺として有名だけれど、実は、菩提寺として創建されたものではなく、「天海大僧正が、1625年、徳川幕府の安泰と万民の平安を祈願するため建立」したものとのことで、お坊さんは、「徳川家のお寺というのは間違いで、万民の平和を祈願するためのお寺でありますですので、皆さま、もっと何度でも寛永寺に来てください」と強調されていた。(そうそう寛永寺の創建は、家康の死(1616年)以降)

(そういう話の中で、あんみつのみはしは、店の前に堀があって、そこに三本の橋が架かっていたから、「みはし」というのは有名な話なのだが、その橋は、実は「将軍用」「大名用」「一般市民用」の三つの橋だったそうだ)

まずは、葵の間見学。
根本中堂の横から出て裏手に行くと渡り廊下があり、そこを渡る。
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渡り廊下を渡ったところが「大慈院」
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その中の葵の間は、幕末、徳川慶喜が謹慎をしたという部屋で、八畳くらいの二間続きの和室であった。
ずいぶん手を入れられているのだろう、古い感じがなく、新しいきれいな部屋であった、しかし、八畳二間程度という空間の狭さが、徳川将軍のいる場所にふさわしくないことだけは良く分かった。
やはり、江戸から明治に代わるとき、「大政奉還」をしているのに、官軍からの徳川幕府への攻撃は相当に執拗であったとのこと。

葵の間見学の後、本堂の方に戻って、靴を履いて、墓地の方へ。
墓地のところに古そうな立派な門があったけれど、何でも、上野の山が戦場になった戊辰戦争の時でも、古くからの徳川家墓地の施設は被害を受けなかったのに、第二次世界大戦の空襲では相当の痛手を受け、殆ど建物は焼けてしまい、残ったのはその赤い門だけとのこと。
(その近くに、徳川家が法要を上げるための建物もあったが、それは、戦後の建て直しとのこと)

この赤い門は、江戸時代のもので、戦災に負けずに残ったものとのこと。(ここから先、撮影は不許可)
当然と言っては当然なのだけれど、ここから先は墓地であるので、電線、電信柱、柵等全然ないのだ、そこも魅力。
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ここの石垣もそうだと思うのだが、明治以降、勝海舟は、徳川の墓所が荒らされないようにと、墓所の周囲に石垣の塀を巡らせたとのこと。
(勝海舟って、本当に、幕臣で、徳川家のことを第一に考えた一生だったのだろう)
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そんなことを聞きながら、最初には、徳川綱吉さんのお墓へ向かった。
徳川家の墓地はもちろん広くて、全体の配置はわからないけれど、樹木がたくさんの雑木林の中に、6つの将軍の墓地は点在しているのだと思う、。
私の勝手な感想だが、その雑木林は、江戸時代から続く上野の森の自然を残しているのではと思わせる雰囲気、表側の上野の公演だって、樹木がたくさんあるのだけれど、公園として、整備しているから、やはり、本当の自然ではない感じ。
今まで、不忍池に面している斜面(精養軒の裏の方)が一番上野の山の自然が残っていると聞いていたが、この徳川さんの霊廟には負ける気がする。
しかし、そこが雑木林のようと言っても、徳川の将軍の霊廟だから、道はきれいに確保されているし、ゴミや枯れ葉なぞは掃除されており、手入れの行き届きながらも、鬱蒼とした雑木林のようでとても良かった。
(ただ、惜しむらくは、少しは離れているが、上野の山の斜面の下の方を、JRの電車が走っているので、遠くの電車の音がうるさい。しかし、これが、徳川幕府が負けたということだろうなとも思う。もし、勝っていれば、墓地の近くに電車の線路を引かなかっただろう)

寛永寺には、6人の将軍のお墓があるとのことだったが、今回は、綱吉・吉宗家定(篤姫の夫)と篤姫のお墓を案内してくれた。
その他、徳川慶喜は15代目で、大政奉還をして、徳川宗家の家督を養子に譲った。
その後、徳川宗家は、存続し、現在は、18代目とのこと。
そうして、谷中の墓地には、徳川さんの16代、17代の方のお墓もあり、案内してくださった。(江戸時代は、最初は、増上寺だけが徳川さんの菩提寺であり、寛永寺は、祈祷所の位置づけだったとのこと。しかし、4、5代の将軍が「寛永寺に埋葬を」と遺言を残して、それが実行されたが、6代目以降は、葬儀や埋める場所に関する遺言は公表されず、交互に増上寺と寛永寺に葬られるようになったとのこと)

また、綱吉・吉宗さんのお墓は、単独であり、正室のお墓も谷中の墓地にはあるのだけれど、将軍とは全く別の場所とのこと、江戸時代、夫婦で並んでお墓が作られることはなかったらしい。
ただ、大河ドラマで人気であった篤姫は、亡くなったのが明治時代ということ、江戸から明治の激動の時期に、徳川宗家を残すために並々ならぬ努力をしたとのことで、家定さんと並んだところに、お墓を作られることが許されたとのこと。

お坊さんの話によると、将軍が亡くなられたときの埋葬方法なぞはトップシークレットで、誰も見たこともないし、寛永寺の場合、お墓自体は、戦争で損傷されなかったので、開けたことがないのだけれど、増上寺は、太平洋戦争で被害を受けたことなどがあり、他の場所への改葬が行われ、徳川将軍の墓を開けて整理したことがあり、その時の記録によると、古文書に書かれていた通りの姿で埋葬されていたとのこと。
(何でも、将軍の亡きがらは、衣冠束帯のいでたちで、あぐらというか、足の裏を合わせた座り方で、江戸城の方を向いて座っているとのこと。篤姫さんも、十二単を着ているとのこと。<座り方の説明はなかった。>)
それは、テレビで見たことがあった、将軍は死しても、江戸を守るのだと。
テレビの篤姫で、確か、家定が危篤状態から、篤姫は家定に会えなくなり、亡くなってから相当後になって、確か、昔風の木の家庭用の縦長の湯船みたいな形の棺桶と対面したのが今生の別れとして描かれていたと覚えている。
あ~いう棺桶の中で、正装で座らされているのだと思い、やはり、将軍というのは、死しても、横になることを許されず、永久に「世の中を守るトップリーダー」の役割を捨てられないのだと思った。

しかし、徳川家とのお付き合いが長い寛永寺のお坊さんから、色々な将軍たちのエピソードを聞くのはとてもためになったし、巷では、有能な将軍、無能な将軍と色々に評価されるが、どの人の一生も全て大変だったろうな、その上、死んだ後も、衣冠束帯で座った姿勢で江戸の街を守るのだから、偉い人(将軍)に生まれついたら、本当に死んだ後も将軍なのだ、有能だろうと無能だろうと、どの人の人生も大変だったろうなと思った。(笑)

その後1班、2班が揃った後、案内してくださったお坊さんにお礼を言って、解散。
実は、寛永寺に行く途中で、芸大美術館で、「驚きの明治工芸」展ポスターを見て、「あ、見るのを忘れていた」ことを思い出した。
それがその日が最終日、また、寛永寺の特別公開が予定通り3時半で終われば、楽勝と思ったのに、実際に解散した時間が4時ちょっと前、美術館は5時までなので、慌てて、お寺の写真を撮り、急ぎ足で芸大美術館に向かったら、何とか展覧会に入ることができた。
テレビでよく取り上げられる明治工芸を集めた清水三年坂美術館程、華やかなものはなかったが、本当に細かい仕事がきちっとされた作品ばかりであった。(製作者の名前はあったが、現在誰が所有しているかが書いてなくてつまらなかった)
「昔の人は、良くこんな細かい仕事ができる」と驚き。

という充実の日曜日の午後、何も飲まずに、お墓巡りや美術館の展示巡りをしたら、喉が渇いて、最後、湯島のマンマミアでジェラートを食べて家路についた。

私としては、徳川家を尊敬できる人には、とてもお勧めの特別公開と思う。
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by mw17mw | 2016-10-31 17:43 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)

はらこ飯にチャレンジ

いくら作りの先生である品川Iさんから、「生鮭をしょうゆとみりんと鮭で7−8分煮て、その煮汁でご飯を炊きます。ご飯が炊けたら一口サイズに煮た鮭を分けていくらといっしょに炊けたご飯の上にまぶしてできあがり」というメールがあり、「はらこ飯」の作り方をレクチャーしてくださったのは、10月中旬。

それから1週間くらいして、ある日、生筋子と生鮭の切り身を買って来て、作ってみた。
ただ、一人分、しかも試しなので、お米は1合にしたかったので、炊飯器は使えず、土鍋で炊いてみた。

イメージとしては、釜めしとか、鮭の親子わっぱ飯みたいなものかなと思って作ったのだが、味付けが、醤油と味醂だったので、違う味付けのものができた。

で、今となってはどのレシピを使ったのかわからなくなったが、Cookpadのレシピを参考にして、生鮭を1切れ、大きめに切って、180ccくらいのお水とお酒、お醤油、味醂で、7~8分煮て、冷ました。(何で、鮭を別に煮るかというと、鮭は煮過ぎると固くなってしまうかららしい)
(「はらこ飯 レシピ」だの「はらこ飯 レシピ 土鍋」で検索すると、たくさん色々なレシピが出てくるので、細かいことはそちらを参考にしてください)

土鍋で出汁で炊くお米の扱いがよくわからなかったので、炊飯器の場合と同じ扱いとして、洗ってお水に30分浸けておいてから、水切り。

土鍋にお米をセットして、味付けした鮭の出汁をお米と同容積入れたのかな?

それで、火にかけて、沸騰したら弱火にして10分、火を止めてから10分蓋をしたまま置いておいた。
(いや、よく考えたら、沸騰直前くらいのときに、火を弱めたかもしれない)

蓋を開けて、鮭を飾り、解凍しておいたいくらもたっぷり乗せて出来上がり。

お茶椀によそって食べたが、何だか、食べられないという程ではないけれど、ご飯が固過ぎた。
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何でだろう?この水加減で良いと思うのだが...。

全体の美味しさが、このお米の水加減や炊き方の失敗に引きづられてしまった。

炊飯器で、味付けした出汁でご飯を炊く場合は、上記の水加減とやり方で大丈夫なのだが、土鍋には通じないみたい。
もっと研究せねば。

鮭といくらを混ぜながら食べたけれど、醤油・味醂味より、塩味で炊いた釜めしのごはんの方が私の好みかも思った。

また、次の日、残りのごはんはチンして、鮭を細かくしてご飯に混ぜてみたが、そのほうが好みであった。

良いヒントをいただいたので、まだ、冷凍のいくらと生鮭の冷凍があるので、今度は、塩味で、塩味で作ってみたい。
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by mw17mw | 2016-10-30 09:06 | 料理レシピ | Comments(0)

中央区新川フラフラ

そうそう、人間、いつ何時どうなるのかわからないという悲しい実例を。
去年の12月まで、家の近所のグラフィックデザインの事務所に勤務するグラフィックデザイナーの40代前半くらいの男性が、母の時代からずっと、毎朝、自動車で事務所に来るとき、通り道にある我が家でたばこを1つずつ買ってくれていたのだ。(主には、商品カタログを作る事務所)
それが、突然、全然来なくなって、「どうしたのだろう?」と思っていたのだ。
2,3週間して、説明に来てくれ、何でも、住まいの近所で、ひどい怪我を負った野良ネコを発見、病院に連れて行こうと抱き上げようとしたとき、野良猫だから知らない人に捕まえられそうになって、必死に抵抗したのか、その手負いの猫に手を噛まれてしまい、その後、そこが膿んでしまったとのこと。
お医者さんに行ったら、そこから黴菌が入って、指を切除したほうが良いかもと言われ、自動車の運転もできなくなり、手術を控えてたばこは厳禁になったそう。
それでも、手術までまだ時間があり、何度か治療に通う内、少しは良くなったようで、指を切ることは免れたと聞いていた。
指は切らなかったけれど、何かの手術をして、それはうまく行き、完全ではないけれど、そこそこ治ったらしい。
その後、自動車の運転は再開できるようになったけれど、完全に指の機能が戻っていないからとたばこは禁煙のままとなって、毎朝、ちょっとお話していたそのお客さんとはほとんど話すことはなくなってしまった。(気持ちとしてはお友達だったのだ)
それでも、偶然、お祭りの頃、道で会ったので、その後のことを聞いたら、半年たったけれど、猫に噛まれる前の状態には完全に戻れないと笑いながら落ち着いて言っていた。

そうして、最近、その人がいつも自動車を停めておく場所に自動車がないことが多かったので、その人の会社の人に、「最近、彼は自動車通勤をやめたのですか?」と聞いたら、「猫に噛まれて以来、思うように指が動かなくて、1年近く経った今でも、カメラのシャッターが思うように切れないからと、とうとう会社をやめてしまった」とのこと、うぇ~、何て可哀そう。
気持ちの優しい人だから、道で出会ったひどい怪我をした猫を見捨てられずに、ついお医者さんにと思ったことから、長い間続けてきた仕事を失うなんて...絶句。
その人は、社長に後継ぎがいないため、事務所の将来を託されていた人だったのだ、一人だけではない皆の人生が狂ってしまった。
怪我をした野良猫、やはり、触らない方が良いというか、シロウトが捕まえてお医者さんに連れて行けないものらしい。
また、猫から移される黴菌、今の医療水準でも、完全に治せないものもあると知った。

−−−本題です−−−

今日はあいにくつめたい雨が降り出したけれど、何せ、そろそろ本格的、「観光の秋」。
明日から、結構遊ぶ話が入っているので、今まで書き損じていた「都内見物」の話を書く。

9月の中旬に、ハゲさんと新川の灯の番に行ってから、新川が気になり、ある土曜日、自転車で走り抜けてきた。
そうして、1,2週間前だったか、「じゅん散歩」という番組で、新川を特集していて、それを見て知った知識と合わせて書く。

箱崎の方から新川(霊岸島)に入り、永代通りを永代橋の方まで走ったら、隅田川に面した先端は、緑の公園になっていた。
下の地図は、北が左なのでわかりにくいが、新川から隅田川や江東区を見る位置に立っている地図と思うとわかりやすい。
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(この地図を見ると、新川が水に囲まれているから、埋め立て地とわかりやすいが、古地図や明治・大正・昭和の地図を見ると、新川だけでなく、日本橋の相当の地域に運河が巡らされており、徳川家康が江戸に出たとき、「日比谷の方からずっと浅瀬の海であった」とか言われているけれど、東京駅から先は皆埋め立て地に違いないと思える)

新川って、八丁堀の方から入ってくると、建物だらけだけれど、先端だけは、完全に新しく開発されたウォーターフロントというたたずまいで、住居としての環境が良さそうになる、また、実際にこの景色を一望できる高層マンションがあったのだ。
一瞬、この景色を毎日見られるのなら、これは素敵と思った。
下の画像は、隅田川越しに対岸の江東区を見たところ。
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その公園越しに右側を見ると、隣は橋で結ばれた佃島で、たくさんの高層マンション群が見えて、これも良い景色。
(あ、そうそう、我が家がビルになったとき、6Fから南側を見ると、佃島のマンションのてっぺんが見えたっけ)
今まで、ウォーターフロントの景色というと、豊洲とか品川とか、我が家から遠いところまで行かなくては味わえないと思っていたが、新川や佃島の突端から隅田川に向けても開発されているのだと知った。
で、この隅田川沿いの緑の細長い公園は、「新川公園」という名前であった、一番川に近い道を走りたかったが、自転車は入れなかったのが残念。
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余りいい加減なことは書けないのだが、どうも、この先端部分は、新川の東側の隅田川に面した部分は、越前福井藩の中屋敷の跡かしらね?

その後、多分、「八重洲通り」というのか、東京駅の鍛冶橋に繋がる通りを通った後、新川の真ん中の方も走ってみた。

オフィス街だから、飲食店はそこそこあるみたいなのだが、こういう古い土地ならではの「寂れた商店街の跡」が全くないのだ。
こうなると、もしかしたら、新川って、本当に主に倉庫街で、ずっと長い間、余り人が住んでいなかった地域ではないかと思わないでもない。(少しは町民が住んでいたとしても、皆、八丁堀に近い方だったろうし、一応、八丁堀の方に出れば、お店は揃っていただろうし)
テレビでも、明治以降は、酒問屋の倉庫ばかりだったというし。
そうして、スーパーもちょっとはあるみたいだけれど、この新川に引っ越してきたら、本当に買い物が大変そう。
あのウォーターフロントの高層マンション、素敵だけれど、私みたいな町育ちには絶対無理だと思う。
自動車と免許を持って一週間に一度くらい買い出しに行って暮らすか、生協とかで、日常品を調達するしかないもの。

その他、Wikiにも書いてあったけれど、明治22年から昭和の初めまで霊岸島汽船発着所が置かれて房総、伊豆半島、大島、八丈島などへの海上航路が栄えたとのこと、その後、竹芝桟橋に移ったのかな?

その他、新川というと、新川デリーとか、津々井といいう洋食屋さんが有名で前を通ってみたが、新川のデリーは結構奥地にあり、普通には行きにくい場所、残念ながら、お休みで掃除中であった。
津々井さんは、八丁堀から橋を渡ってすぐのところにあるが、土日は、平日とメニューが異なり、高めであった。
その他、じゅん散歩で、「翠江堂」という和菓子屋さんが紹介されていた、何でも、「いちご大福」の名店で、一年中、いちご大福を作っているとか、ここは、今度行ったときに買ってみたい。

さて、このくらいの情報しか得られず、新川を出て橋を渡ったら、「伊達志めビル」を発見。
一番上に、「伊達志め本舗」と書いてあった。
もしかして、「伊達じめ、伊達じめ」とか簡単に言うけれど、この会社が昔は一手に作っていたのかなとか想像できたが、本当かどうか。
でも、2Fのテナントが「伊達総合法律事務所」だから、本当に、伊達さんが発明したから「伊達志め」というのかも知れない。
(私は伊達しめって、仙台の伊達藩が関係しているのかも思っていた)
何だか、ここにきて、古い東京を想像できるものに出会えた。

また、そのうち、新川を巡ってみよう。
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by mw17mw | 2016-10-28 16:54 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)

目黒駅界隈−「ハングリーヘブン」でハンバーガー

さて、庭園美術館には1時間半くらいいて、まだ時間に余裕があったので、目黒駅界隈でランチした。

予め予定していたのが、品川Iさん推薦のハングリーヘブン目黒店。
ここの本店は上板橋にあり、2010年に、ケイトさんとご一緒したのだが、その時に、「マッシュルーム&チーズ」か何かを取ったら、マッシュルームの旨みが全体を支配してしまい、ハンバーガーとしての味が良く分からなかった覚えがあった。
そのリベンジを上板橋まで行って果たすかというと、遠すぎる。
ちょうど目黒に支店があるとのことで、今回目黒店に行って、今度はもっとシンプルなハンバーガーを食べて、このお店のハンバーガーが美味しいかどうか味わってみようと思ったのだ。

で、スマホで住所と地図を検索したら、住所が「目黒区下目黒1−2−22」とあり、権之助坂の途中であることはわかったが、本当にお店が見つからないのだ。
あら?あるべきところにない、ない、大きなビルの裏手かしら?ブロックを間違っているかしら?とぐるっと大周りに回ってみたら、「とんかつ とんき」とか、「ホリプロ」が見つかり、怪我の功名。
目黒にホリプロがあると聞いていたが、こんな裏にあるのかなと、発見。(でも、大きいのでそれもびっくり)
「お~、これが芸能プロダクションというものか?」とすっかりお上りさんモード。(笑)
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で、地図に浮かぶ印のところには、「Big Chef」という洋食屋があって、そのビルが色々な飲食店の雑居ビルだったのだ。
これだけ探して1Fにないということは2Fに違いないと思って、2Fの案内を良くよく見ると、確かに大戸やの下に「HUNGRY HEAVEN」と小さく書かれたわかりにくい看板があった、あ~良かった、見つかった!
しっかし、HUNGRY HEAVENの名前だけでなく、ロゴまで覚えていないと見つけにくいことには不満。
(家に帰って、PCで検索すると、一番上に食べログ情報が出てきて、そこにはビルの名前と2Fの表示があった。)
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で、2Fに上がったら、黒っぽい山小屋風のお店で、「目黒」というイメージではないお店であった。
席が少々空いていて入ることができた。
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平日は、ポテト・ドリンクサービスと書いてあったから、行くなら、平日がお得。
一番安いシンプルなハンバーガーが800円だけれど、その上の900円のチーズバーガーが900円でそれが一番人気とあったので、チーズバーガーにしてみた。(お値段は税別)
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ドリンクはジンジャーエールをチョイス、ポテトは、XS、S、M、Lとあり、カロリーを考えてSにしてしまったが、Mでも良かったような気がする。

出てきたチーズバーガーは下の画像。
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バンズもパテもしっかりしていて美味しいし、レタスも沢山入っている他、トマトと玉ねぎの輪切りが一つずつ。
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バーガー袋に入れてちょっと潰して、齧ると、色々な味がそれぞれに美味しいし、混ざっても美味しい。
で、ここのハンバーガーは、特別なドミグラスソースなぞ入っていないのだけれど、隠し味に焼いた薄いベーコンが入っていて、このベーコンが良い味と風味を与えている。
バンズのお肉自体も確かに上質で美味しいと思うのだが、決定的にこのお店ならではの味を醸し出しているのはベーコンと思った。
確かに美味しいし、不満が残らない、コスパの良い高級ハンバーガーと感じた。
チーズが必要かというと、結構ベーコンが良い脂・塩分・コクを与えているから、なくても十分美味しい気がした。

中々来れないけれど、目黒駅まで行ったときにお勧め。(その他、駅前に五反田の龍門の支店があって、そこも興味津々、五反田店は駅から遠いけれど、目黒店は駅からすぐ)
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by mw17mw | 2016-10-27 15:33 | 飲食店・菓子店 | Comments(0)

東京都庭園美術館−「アールデコの花弁 旧朝香宮邸の室内空間」

3月に、初めて庭園美術館に行ったとき、本館全体にガレの作品が並べられ、旧朝香宮邸というアールデコ建築を見て回る環境ではなかったのだ。
私は、ここに行こうと決めたとき、この美術館のアプリがあるということで、ダウンロードして、予習したらば、建物のアールデコ調の装飾について詳しい説明ばかりだったので、気持ちとしては、建物を見に行ったのにと、ガレの何百という作品が前面に並べられていてとても不満であった。(ガレが好きな人は良かったかも知れないが)
それで、後日美術館に電話で、「建物を見ることができる展覧会はないのか」を尋ねたら、9月過ぎに、全面的ではないけれど、旧朝香宮邸にライトを当てた展覧会があるとのこと。
で、9月近くになって、庭園美術館のページを開けたら、確かに「アールデコの花弁 旧朝香宮邸の室内空間」という展覧会が行われるとのこと。
それも、土日祭日以外は、室内の写真を撮ることが許可されるとのこと。
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それで、色々考えて、平日、半日お店を閉めても大丈夫な時に、行って来てしまった。
どうして、「平日に行って、写真を撮りたかったのか」というと、自分のブログに掲載できるからなのだけれど、実際に色々な画像を撮ったら、全部載せたくなってしまって、選べなくなってしまった。

ということで、少しは混んでいるのだろうが、平日に行かなくても、土日祭日写真を我慢して行っても、楽しいと思う。

アールデコ建築というものに私は疎いから、何も説明できないので、色々調べてみた。
「アールデコ建築 日本」で検索したら、【東京近郊】一度はちゃんと見ておいたほうがいいアール・デコ建築まとめというページが出てきたが、これの一番上に旧朝香宮邸が出てくるし、それに続くアールデコ建築は、ホテルやデパート・公共施設なぞの大きな建築物ばかり。
(その中に氷川丸を発見、氷川丸って、小学校の遠足で見学に行った覚えがあるが、あの船がアールデコ調の装飾だったなんて、全然覚えていない、勿体ない、行くのが早過ぎた。)

旧朝香宮邸は、その点、一宮家の私邸であるせいか、そんなに広くはなく、各部屋全て凝りに凝っている、何ていうか、アールデコの美しさが凝縮されている感じなのだ。
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勿論どの建物も予算があって、朝香宮邸程お金を使えなかったのかも知れない、この旧朝香宮邸は、多分、戦前の宮内庁の予算で建てられたのではと思う、それに戦前の宮家だもの、全部好きに作れたのかも知れない。
そうして、公人として人を迎えたり、もてなす一階のデザインは、「フランスのアンリ・ラパン」というアールデコの一人者が引き受け、二階の宮家のプライベートルームのデザインは、日本人の宮内省内匠寮(たくみりょう)という人たちが請け負ったとのこと。(建物や庭全体の土木・設計もこの人たち)

その1階と2階の感性の違いも楽しい。
1階はあくまで華やかでゴージャス、2階は、1階のアールデコ調の感性を受け継ぎながらも、和風の模様との融合に成功している。

どこまでも、細かく、シャンデリアやラジエターや暖炉の鉄製のカバーの模様はすべての部屋ですべて違うし、どこまで凝るのだという素晴らしさ。

何ていう私の説明はどうでも良いけれど、この秋の「旧朝香宮邸」を詳しく見ることのできる展覧会はお勧め。
昨年は、7月から9月にかけて、「アール・デコの邸宅美術館 建築をみる2015 + ART DECO COLLECTORS」という展覧会、一昨年は、「アーキテクツ/1933/Shirokane」が催されたようだし、今年見損なっても今後も毎年秋にあるかも知れない。

でも、本当にお勧め。
【建物萌の世界】第14回 世界遺産級!? 東洋一のアール・デコ建築が画像もきれいだし、参考になる。

平日に行ったせいか、見に来ている人は少なくなかったが、混んでいるという程ではなくて、良かった。
また、この庭園美術館に、結構、白人系の外国人が見に来ていたのだが、係りの人に「外国人が結構見に来るのですね?」と聞いたら、最近、とみに増えたのですって。トリップアドバイザーとかの関係かしらね?

ところで、この旧朝香宮邸は、広大な日本庭園の部分が「整備中」で立ち入り禁止。
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早く整備してくれないと、私は足が弱って見に来れないではないかと思い、切符売り場の人に聞いたら、「私たちにもまだ「いつ」というアナウンスはないのです。来年中はないと思います」とのこと。
来年は我慢するから、その次の年くらい、是非、公開してほしい。(嘘ではなく、歩けなくなってしまうかも知れないので)

そうそう、お勉強のためなら、ビデオ室みたいなものがあって、私が覗いたときには観客0で英語のDVDが放送されていた、それをボケっと見ていたら、係りの人が気づいて、日本語のものに変えてくれた。
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by mw17mw | 2016-10-26 16:16 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)

播磨坂を上って小石川4丁目バス停へ

播磨坂のほぼ一番下まで来たので、信号を渡り、morizumiの方に行き、そこでラーメンを食べた後、今度は、坂の反対側を上って戻った。
(坂までが、住宅地域で、坂下からは、印刷関係や紙関係の工場が多い。そうそう、共同印刷という大きな印刷工場もある)

まず、目に付いたのが「モリッツ・グロスマン」というドイツの時計屋さん
アド街では、その本社のある「グラスヒュッテ」というところと播磨坂が似ているから、ここに支店ができたとのこと。
外から見ても、とても高級感があって素敵だが、それもそのはず、全て人間の手による組み立てで、時計1つで3百万円以上とのこと、やはり、敷居が高い。
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次に目に付いたのが、パークタワー小石川。
これは完成してから、もう、2,30年経っているかも。
播磨坂から見ると、大したことはない普通の高層マンションなのだが、家に帰ってから思い出した、そうだ、いつぞや、小石川七福神巡りで、このマンションの裏から、庭のようなところに行ったら、「極楽水」だったのだ。(極楽水がどんなものか覚えていない)
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これがそのお正月の小石川七福神巡りの時に撮ったパークタワーの裏の方。
もしかしたら、お正月しか開放されていない可能性もあるのだが、「さすが、超高級マンション」と思えるとても素敵な散歩道であった。
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次に目に付いたのが、素敵でおしゃれな外観のケーキ屋さんんの「パティセリー レセンシェル」、中でもイートインできるみたいだけれど、ドリップコーヒーが700円は、強気。(と思うのは台東区民の感覚かも。小石川界隈なら、そうでもないのかも)
食べログ読んだら、パリのサダハルアオキなどで修業してきたパティシエさんのお店らしい。
シューアラクレームが330円とのことで、今度、それでも食べてみようかな?
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次は、何と麦とろ屋さん。そういえば、morizumiというラーメン屋さんのすぐそばに「いろは寿司」さんもあり、この2軒だけが、昭和の香り。
麦とろ屋さんの名前は、何と、多摩山荘だって。
1979年からのお店のことだが、初めてその存在に気づいた。
HPを見ても美味しそうだが、土日祭日休みとのこと、中々行けそうもない。
(HPのなりたちを読んだら、昭和54年に青山にあった多摩山荘という麦とろ屋さんに仕込んでもらったと書いてあり、その頃、青山に麦とろ屋さんがあったのだと驚くけれど、裏通りならありそう?)
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イタリア料理「タンタ ローバ」
ここも人気があって、お店の前に出された席まで満員。
ヤングアダルトという世代のカップルが多い、皆、ここら辺の人かしらね?
土日祭日はランチは1620円から。
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ここまで来たら、お店はなくなり、春日通りに出たので、左に曲がる。
その左の曲がり角は、今はオフィスビルなのだが、私が小石川に住んでいた頃、「イエスタデイ」というファミレスだった。
目新しく、台東区にはない感覚のファミレスだったので、2,3回、近所の友人と食べに行ったが、ただ広いファミレスで、メニューも沢山あったが、全て大味で美味しくなかった記憶がある。
その跡地のオフィスビルをサントクの方に向かったら、「カフェ ベイス」があった。
お店のHPを見ると、コーヒー300円だから、ごく普通の散歩だったら、このお店で十分。(笑)
また、この場所では行きづらいが、モーニングが安くて良い感じ。
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そこをもうちょっと進むと、「オー・パン・グルマン」というパン屋さんがあった、食べログの口コミを読むと、ファンが多そう。
ここは、昔、まだ駒込にはあるカドという昔風のケーキ屋さんだったと思う、ずいぶん長い間というか、少なくとも40年くらいここにカドさんがあったと思う、それが知らない間に閉店してしまっていたのだ。
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こちらは、以前、一時期ではあったが、本郷のファイアーハウスというハンバーガー屋さんのデリバリー部門だったのだが、やはり、本店と離れているのはやりにくかったのか、ここがなくなって、本郷の裏通りにデリバリー店ができていた。
その後は、「キノーズ」というサンドイッチ屋さん
正式名が「キノーズ・マンハッタン・ニューヨーク」なんて、格好良い。
一度入ってみたい。(このお店は、春日通の本郷3丁目の交差点近くにあったのが、小石川に引っ越してきたみたい、本郷の頃もその存在に全然気づいていなかった。)
このお店のHPの「デリバリーエリアご注文最低金額一覧」を見ると面白い、東京23区のすべての町名、細かいところでは何丁目まで、デリバリーの最低金額が設定してある。一応23区内ならどこでもデリバリーしてくれるみたい。(我が家には5千円買えば、届けてくれるみたい)
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その先に、サントクの手前にお金持ち御用達の「丸赤」があり、春日通を挟んだ反対側には、ポルシェの「pre-owned car center」があり、その横には、レクサスのディーラーのビルがあるのだが、十年くらい前までは、ごく普通の個人のビルが建っていた。
そこのビルの持ち主の一人が、ネットを通じて、MLで情報交換していたのだが、ある日、「引っ越すことになった」とのこと、詳しい話は聞かなかったが、その後、その人のビルは壊され、ポルシェやレクサスのビルに作り直された。
昔は、春日通り沿線と言っても、個人が住んでいる場所だったのにね。
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播磨坂とかに行く場合、丸の内線茗荷谷から歩くのも良いけれど、大塚駅と錦糸町を結ぶ都02というバスが近くて便利。
サントクの前の「小石川四丁目」という停留所が近い。(御徒町駅とか、都営三田線の春日駅に連絡している)
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by mw17mw | 2016-10-25 16:55 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)

茗荷谷駅から播磨坂に出て下る

茗荷谷駅から、春日通りを渡り、播磨坂の方に進んだのだが、以前から、知っているようで、実はわかっていない「一幸庵」という和菓子屋さんを探そうと思った。

一幸庵って、以前からよくテレビや雑誌に取り上げられたし、極めつけは、今年の2月14日に「情熱大陸」で密着ドキュメンタリーが放送された。(この記事も参考になる)
ご主人はごく普通の和菓子も作るほか、創作の和菓子にも情熱を注がれていて、大人気らしい。
テレビに出てくるたびに、「あ、場所わかる」と思っていたのだが、お墓参りに行くバスの窓から確認すると、それは、三原堂という和菓子屋であったのだ。
今回は、電波が通じているスマホがあるので、検索してたどり着いたのだが、もう1つ先の路地を曲がった 左側にあった。
結局、三原堂と一幸庵は、同じブロックにあってお互いそっぽを向いている位置関係のよう。(笑)
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(三原堂のある路地も、この一幸庵のある路地もその先には、緑がこんもり見えるのだが、そこは小石川テニスコートで、確か、庄司薫の「赤ずきんちゃん気をつけて」の一番最初に出てくるテニスコートはここだと聞いている。)
入って買って帰ろうとも思ったが、その日は家に帰っても結構やることがあって、ゆっくり和菓子という感じでもなかったし、また、全く予備知識がないまま、初めての高そうな和菓子屋に入る気も起きなかったので、今回は見送った。
でも、そのうち、買って味わいたい。
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そのままサントクの方に進むと、すぐ播磨坂。
その手前に、袋物屋さんやおしゃれな小物やさんみたいなお店があった。(袋物屋さんは、蔵前の方が安い感じ)

播磨坂は、ものすごく幅の広い坂道で、最近はおしゃれなお店も増え、確かに人気がある。
でも、播磨坂について、地元民ぽい紹介をするとしたら、このブログの記事が良いと思う。
そう、播磨坂って、確か戦前だったかの環状三号線を通す計画の下、ここだけ、区画整理が済んだ時に、計画が立ち消えになってしまい、この坂だけが周囲に比べて立派な道路になってしまったのだ。
で、その坂の真ん中の土地に地元民が桜を植えて、桜の名所になったと聞いている。

桜の季節はまた別だけれど、桜ではない季節に歩くと、ちょっと木々が美しい白金高輪のプラチナ通りに似ているかもと思う。
あそこまでおしゃれではないけれど、緑が多くて、交通量の多い表通りからちょっと外れていてゆっくり散歩できる道という感じが。
というか、東京東半分で、プラチナ通りに張れる通りはここだけかも知れない。
名前が「播磨坂」というのは、人によっては、古い感じがするかも知れないが、そこがまた、歴史の古い文京区らしくて良いかも。
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確かに前を遮るものはないし、段々マンションが建てられて行って、確か私が若い頃には、「人気のあった漫画家のはらたいらが住んでいるから、高級」なマンションばかりと言われていた。
そのうち、30年以上前か、タワーマンションが建つ話が持ち上がって、反対の住民運動があったのか、とても注目された記憶がある。
ま、どちらにしろ、周囲には、教育大付属や学芸大付属にお茶大付属の学校があるのだから、教育ママには人気の地域。

でも、30年くらい前は、播磨坂に面して、昔風のただ広い土間の八百屋さんが野菜やきんぴら用に切ったごぼうやニンジンを水に入れて売っていたりもして、必ずしも、オシャレというイメージはなかったし、庶民的な感じであった。(商業的には遅れた地域というイメージであった。でも、近くにサントクという大きなスーパーがあるので買い物はそこで賄える)
でも、今、改めて、坂を歩くと、大きなマンションが増えるに連れ、そういう個人のお店なぞ、殆どなくなってしまった感じ。

曲がって程なく見えてきたのは、中勢以というお肉屋さん。
元々は京都のお肉屋さんで、東京では、田園調布に本店があって、その支店が播磨坂ということで、またまた、播磨坂の価値があるのかも。
買わないから、外から見ただけだが、美味しそうで、高そうなお肉が並んでいた。
なんでも、お肉屋さんの名前が「中勢以 北店」で、レストランが「中勢以 内店」という名前のよう。
また、土日祭日だけ、ランチ営業があるみたい。
お肉だけでも、中のレストランで食べても相当の価格のよう、一生行けないかも。(笑)
(ランチでも、基本3千円+お店で選んだお肉の価格×1.3とのこと)
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そこを通り過ぎてフラフラ歩いて行くと、お店の中からワイワイという音が聞こえそうなイタリアンの店が出てきた、「ペッシェ」という名前。
お店の中を覗くと良い感じ、でも、家族連れ、カップルが多くて、カウンターの一人席がないようで、私のような一人散歩客には入りにくそう。
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そこをまたもうちょっと行くと、ちょっと路地の方に入ったところに、お菓子屋さんを発見、ドルチェリーア エゴーという名前。
スタイリッシュというより、家族で経営していそうな温かい感じがしたけれど、家に帰って食べログを読むと「高い」と書いてあって、残念。(笑)
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まだ、入ったことのないお店ばかりで評価できないけれど、播磨坂って、本当に緩くて、距離も程々の坂で歩きやすいし、時々、お店が出てくるので、好奇心で見ていると楽しい。
何かすごいお店があるわけでもないのだけれど、フラフラ散歩するのに、ちょうど良い。
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by mw17mw | 2016-10-24 22:38 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)

最近のごはんと海苔のお伴

今日は色々出かけていたので、茗荷谷の続きはまた明日以降にして、短い話題をば。

今朝、食欲がなかった、というと聞こえは良いのだが、ヨーグルト味噌チキンとかスペアリブの味噌煮なぞを起きてすぐ食べてしまったので、お腹がいっぱいになってしまったのだ。

それで、最近、自然と集まった具材3種で、簡単な手巻き海苔ご飯にして、食べてみたが、美味しく満足。
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画像左上は、自家製の紅生姜のみじん切りを混ぜた白飯。
この自家製の紅生姜はさすがに美味しいのだが、自家製にした場合、どうしても、生姜が梅酢を吸い込み過ぎる気がする。
そうすると、相当味が濃いので、それを避けるため、みじん切りにして、数回、手で汁を搾って保存している。(薄切りのままでは汁を絞りにくいのだ)
紅生姜、食欲がない時に、海苔巻きの芯にするとおいしいので、もうちょっと作っておく予定。(まだ、新生姜が出ているので)
私の場合、梅の赤じその味である梅干しより、その汁に漬けた生姜の方が好きかも知れない。(生姜の味と梅干しの味が同時に味わえるので)

その隣は、先日来凝っているイクラの醤油漬けの冷凍を戻したもの
うちの妹は、焼いたたらこにもお酢をちょっとかけるのが好きな人なのだが、確かに、魚卵にちょっとお酢をかけると、「お酢の味を足す」ということではなく、「魚卵のほんのちょっとの生臭みを隠す」ことができると思う。
通常、お寿司でイクラを使うなら、酢飯だから、問題ないが、白いご飯でいくらを食べるときは、このちょっとのお酢を加えた方がより美味しいと思う。(私はそうしている)
後、いくらを白飯の芯にするとき、大葉の細切りがあった方がいいよね。

左下は、もう何十年前になるだろう、確か、ベターホームで習ったと思うのだが、たくわんをみじん切りにして、大葉の細切りと白い胡麻を混ぜたもの、これが、酢飯にとても合うのだ。
数日前、お味噌が切れて、郡司漬物店に買いに行ったら、何となく、お漬物も買ってくれたらうれしいなという雰囲気だったので、久々、安めのたくわん(つぼづけ)を買って来たので、思い出して、胡麻と大葉を合わせるものを作った。
これも、別に酢飯を作らなくて、海苔に白飯の芯にぴったりかも知れない、今度、やってみよう。

右下は、玄米と白米1:1ご飯に自家製寿司酢を混ぜたもの。
今、自分で合わせ酢を作ってあるので、ささっと酢飯ができるので楽。
どうも、市販の寿司酢は、ミツカンのページによると、米1合=300gの白飯(だと思うのだが)に大さじ2杯らしい、ということは、私の場合、白飯を80gで小分けして冷凍してあるので、それをチンして、自家製寿司酢を大さじ1/2かければ、出来上がるので、よく酢飯を作るようになった。
私の寿司酢は、テレビで見たレシピのとおりで、お酢控えめタイプという米酢大さじ3 砂糖大さじ1 塩小さじ1/2を小鍋に入れて、本の弱火で粉類を溶かして、冷ましたもの。
私はずっと寿司酢って、火にかけて作るものだと思っていたが、改めて色々なレシピを見ると、熱を入れないで、混ぜて溶かすものがばかり。
どこで間違えったっけ?わからない。
でも、私は、火にかけた方が、お酢の角が取れるというか、ツンとしなくなるので、好き、そのやり方をやめる気はない。
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by mw17mw | 2016-10-23 22:02 | 料理レシピ | Comments(0)

茗荷谷駅界隈−「morizumi」で薩摩本枯れ節塩らぁ麺

昨日はブログを休んでしまいました。
なぜかというと、もうすぐニャンコが私の家に住み着いて3年なので、今、頭の中で、彼女から見た私の暮らしを書きたいのですが、漱石先生に倣って猫の一人称で書きたいけれど、やはり無理みたい(だいたい、「吾輩は猫である」はオス猫だから成り立っているわけで、雌猫だったら、「私は猫」になるのかな?とか)で、私の観察日記で行こうと、だいたいの構想はできていても、文章にすると、あっちに飛んだり、こちらに戻ってきたりして、今のところ、とりとめのない段階なのであります、それでも、頭の中は、ニャンコの日記でいっぱい...。

という状態ではあるのだが、もうすぐ母の命日なので、今日は、雑司ヶ谷にお参りに行ったのだが、突如都立雑司ヶ谷霊園の生垣越しに、モアイ像が4体も出現したのを発見...と驚いたのだが、なんでも、東京都の作業員さんが切った銀杏の木なのだって。
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私が見ても、「どうして、こんな切り方をしたのだ?」と不思議に思う切り方、きっと、植木屋さんの経験がない人が切ったことは一目瞭然。
植木に詳しい人が、「大丈夫、そのうちに枝や葉っぱが生えてくるから」と言っていたけれどね~、何だろうね、この出来。
(それも、今回切ったのは、予算の関係で、銀杏の木4本だけなんだって、それでどんな効果があるのだろう?)

お墓参りの後、せっかく都バスの一日券を買ったので、帰り道沿いにある茗荷谷で降りて、久々、茗荷谷から播磨坂に行って、谷まで歩いて戻って帰って来た。
というのは、10月15日のアド街が茗荷谷特集で、私は茗荷谷とか小石川に、5,6年住んだ経験があるのだが、知らないお店がずいぶん増えているというか、殆ど知らないお店ばかり出てきたので、時間がかかる距離ではないので、軽く歩いてきた。

でも、順序は逆で、散歩のレポートは後に回して、播磨坂を下りたところのちょっと手前にある三角地帯のmorizumiに入ってみたら、大当たりで、美味しかったので、そちらのレポートを先に書く。

何といってもお店が「まさか、ラーメン屋?」と思う程スタイリッシュで素敵、並んでいる人が5人で、椅子も5つ表に出ていたので、入る気になったのだ。(また、ラーメン屋さんというのは、一人で入りやすい)
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ラーメン屋さんだから、回転も早く、10分くらいで、お店の中に呼ばれた。(その間、スマホで食べログを検索、このお店の情報を仕入れていた)
その食べログに書いてあったのか、お店の前に書いてあったのが、あのちゃぶやが経営しているお店ということが分かった。
え、あの色々なお店にノウハウを教えることを生業にしているちゃぶや、本人経営のお店には行ったことがないのだが、そういうちゃぶや指導を売り物にしたラーメン屋の1,2軒に行ったことがあるけれど、美味しくなかったので、ちゃぶやの印象が悪かったけれど、ま、いいやで入ってみた。(そうか、あのTVチャンピオンで一等賞になったちゃぶやの経営者の名前が森住さんだから、このお店が、「morizumi」だと納得

結構カウンター席もあって、食べログによると、全席で18らしい。
案内された席は、上の画像の大きな窓からの小石川植物園の緑が見える席。
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(正面の家並みの後ろの緑が小石川植物園)

そうそう、このお店は、入った途端、食券機で食券を買うようなシステムではなく、座席に置いてあるメニューからオーダーするシステムのよう。
何食べよう、面倒だから、メニュー一番目の醤油ラーメンでいいや、だって、その次からは、塩糀ラーメンが並んでいるから。
(実は私は余り糀が強い味は好きではないのだ。)
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そうしたら、私の前のお客である若いお兄さんが「薩摩本枯れ節塩らぁ麺」を頼んだ、それを聞いて、先程並びながら、チェックした食べログにこのラーメンを褒めていたことを思い出し、私も同じものにした。(私の後の人もこれを頼んだので、やはり、これがここの一番らしいと思う)

出てきたのは下記画像。
具材を積み重ね、フレンチのよう。
余り、鰹節を混ぜないうちに、スープを飲んでみると、クリアな味。
どんな味と言うのが難しいけれど、例えば、私の場合、自分で取るおでんの出汁は、厚削り・昆布・煮干しで取り、そのあと、おでんの具を煮ることで色々な味がおでんの出汁に入るのだが、同じではないけれど、それと同じような色々な味の組み立て方ではないかと思った。
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積み重ねてある内容は、上から鰹節、(多分水に浸けて絞った)長ネギ、切り口が正方形の柔らかいメンマ、薄切りしたばら肉の柔らかいチャーシュー。
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おそばは、細麺で柔らかいタイプ。
柔らか過ぎないから救われているけれど、このラーメンには合っている。
一番最初、底からラーメンをかき混ぜるようなことをしたときに、麺の量が少な目と感じたが、食べているうちに「ま、普通の量」と思った。

食べ込んで行くうちに、一番上に乗っていた本枯れ節(と思うのだが)の削り節がスープに十分混ざっていき、スープの味が変わっていくのがわかる。
天然の甘味が加わって、スープがクリアよりもうちょっと重厚感のある味になっていった、美味しかった。

スタイリッシュなお店であること、場所柄、どうしても高めの値段設定ではあるが、高くて不味くては不満がたまるが、ここは、美味しいので、お勧め。
5人くらいの行列だったら、並ぶ価値あり。

私は、ミシュランガイドについて全く詳しくないのだが、このラーメン屋さんは、2015年のビブグルマン店に選出されているとのこと。
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by mw17mw | 2016-10-22 23:55 | 飲食店・菓子店 | Comments(0)

たん白加水分解物とは

創味の焼き肉のたれ」の記事を書いたときに、原材料に「たん白加水分解物」なる文字を発見。

これは何だろうと検索したら、何と、扱いとしては、調味料ではなく、食品になるらしいが、所謂、うまみ調味料と同じ役割を果たし、現在、「化学調味料無添加」商品が流行っているが、化学調味料を使わなくても、このたん白加水分解物を使えば、化学調味料無添加を謡いながらも、化学調味料を使ったと同然かそれ以上の効果があるらしい。

「たんぱく加水分解物」って何? Q&A
日本生活協同組合連合会の上記ページに、どんなものか書いてある。
ま、こちらが常識的な説明だと思う。

もう一つ、もっと過激なことを書いているたんぱく加水分解物の安全性。劣悪な原料に発がん性の心配もご紹介。
(気持ちが悪いので、後半は読まなくても良いと思う)
「調味料として、しょう油(安物)、マヨネーズ(カロリーハーフなど)、ソース、ドレッシングなどによく使われています。加工食品のほとんどはこの調味料が使われるが加工食品に使われる調味料の原料には表示義務はありません。他にも外食チェーンなどにも使われます。
化学調味料が叩かれる中、「化学調味料無添加」とする裏にはたんぱく加水分解物などが使われるケースが多いです。」ということも書いてあり、参考になる。

そうか、化学調味料不使用なんて書いてあっても、これが入っていたら、ほぼ変わらないのだ。

創味の焼き肉のたれは、最初美味しかったけれど、段々飽きてしまったのは、この「たん白加水分解物」のせいかどうかは、不明。
ただ、鳥寛の焼き肉のたれに比べて、安いのは、こういうものを使っているからということは言っても良いと思う。
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by mw17mw | 2016-10-20 22:17 | 調味料 | Comments(0)