カテゴリ:東京以外の遠出・温泉( 78 )

山梨一泊二日旅行5/8-久那土の風景

母の実家は、昔の地名から、「久那土(くなど)」と呼ばれているが、全国的には全く無名の地域。
(私も母の親戚以外の人から「久那土」という言葉を聞いたのは、生まれてこの方1回だけ。)

母が子供の頃には「久那土村」があったそうで、母の実家は元久那土村の中心地であった。
それが昭和31年に、下部町に組み込まれ、久那土村という名前は消滅したが、甲府と富士を結ぶ単線「身延線」の各駅停車の駅名に残っている。(今はまた再編されて、身延町の一部になっている。)
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固有名詞だからと「久那土」がどういう意味か、母やおじさんに聞いたことがなかった。
でも、きっと何かの意味があるに違いないと、ネットで調べたら、このページによると、「久那土は「来なと」。悪霊邪気の侵入を防ぐ神」と書いてあった。

母の実家であるおじさんの家は、久那土駅から1kmくらい東に行ったところ、小学校・中学校や元役場の建物が密集している、結構元久那土村の中心部にある。
元久那土村の一番の特徴は、富士川の支流である「三沢川」沿いであることかな?
山間の町であるから、平地や田んぼは少ない。
至る所に山があって、本当はそれぞれの山に名前があるのかも知れないが、皆、誰も山の名前とか気にしていないで暮らしている様子。(もしかして、山には名前がないのかも)

そういうところの出身というと、母の実家は「農家」だと思うだろうが、畑は持っていて、自分たちで食べるものは栽培しているものの、叔父は元中学校の教頭で、その奥さんである叔母は、幼稚園の保母さんで、二人とも定年まで勤めていた。(3人の男の子がいるのだが、全て独立し、今はおじさんとおばさんの二人暮らし)

(詳しく調べたわけではないが、平地が少ない地域なので、元々、専業農家は少ない地域なのかも知れない。)

母の家がどんな家だったかを説明するには、祖父母の代から説明しないといけないのだが、今回は端折って、久那土の叔父の家近くの景色を紹介。

久那土は、有名な風光明媚なものは何もないし、富士山の裏側で近く過ぎるからか、富士山も見えない。
だから、どこにもありそうなごく普通の田舎の風景なのだが、山また山で緑が多いことが特徴で、散歩すると、心が落ち着く。

私たち東京の孫たちは、小学校の間、毎夏、一週間ほど、祖母の家で過ごすことを許され、集団で押し掛け、久那土の年の近い従兄弟たちと川などで遊んで過ごした思い出があるので、それなりに久那土の昔のイメージを持っている。(田舎の思い出1/2  田舎の思い出2/2)

おじさんの家のすぐ近くのT字路のところの標識。
左にずっと進むと、久那土駅。
標識の下に二軒のお店が見えるが、この二軒で、食料品・雑貨など何でも揃う。
叔父の家は、この二軒の裏手にあるので、幼い頃、おじの家に着くと、一番最初に裏口からこの二軒のお店に行って、我が家の方とは違う品揃えのおもちゃ・塗り絵を探すのが楽しみだった。
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これは、三沢川にかかる峡南高校のグラウンドに行くための木造の橋。
三沢川は、今、お水が殆どないみたい。
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T字路を少し四尾連湖(しびれこ)の方に歩いたところの川。
昔は、どこからでも川に簡単に降りられたように記憶しているが、今は、護岸工事されたところがあったり、皮沿いの道に柵が張り巡らされているよう、今の時代のここの子供たちは川遊びしなくなったのかな?
でも、良く見ると、川横の道幅が拡張されているようで、川へ降りて行く斜面が急になり、川へ降りられなくなったのかも知れない。
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空がきれいな山また山の風景。
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大きめの水田があった。
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空がきれいな写真。
大きな水田のある地域に、三階建のアパートができていた、県営住宅だって。
昔より、新しい家やアパートが増えているように見えたが、現在、小学校は一学年10人で、廃校寸前とか。
「家が増えているように見えるけれど」と言ったら、おじが「昔みたいに、子供を5人も10人も産む家がなくなって、皆、一人か二人だから」とのこと。
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by mw17mw | 2012-08-31 21:41 | 東京以外の遠出・温泉 | Comments(1)

山梨一泊二日旅行4/8-lazing on a sunny afternoon in the summertime

14時41分の身延線の急行に乗る予定があるので、おいしい学校から、真っ直ぐ甲府に戻って、おばさんの家で小休止して、駅に送ってくれることになった。
清里界隈は標高1200mで、甲府駅が標高274.7mとか、その差は900mあるわけだけれど、自動車に乗っていると、そんなに下って来たとは感じないが、やはり、自動車の外に出た時の暑さは違っていた。

おばさんの家で、東京から持ってきたおみやげを渡したのだが、おばさんたちも私たちへのおみやげを用意してくれていて、私たちのために3人で素敵なドライブに連れて行ってくれたことにも見合わない我々のおみやげが恥ずかしくなったりして...。

私は、おばさんへのおみやげの一つとして、先日発見した「甘味うめ酢」を用意して行った。
というのは、今から9年前母が他界した後、すぐに母が作っていた甘いうめ酢が大量に見つかり、四十九日の時に親戚に分けて、使ってもらったのだ。
その時に、甲府のおばさんだけがその甘いうめ酢を気に入って、「作り方」を聞いて来たのだ。
(さすが妹、味の嗜好が同じだと思った。)

あれから9年、さすがのおばさんももう作っていないかも知れない。
「そうしたら、こういう市販のものがあるよ」と教えてあげると喜ばれると思って持って行ったのだが、予想に反して、おばさんは今でも、梅の季節になると必ず、甘いうめ酢を年に3升も仕込み、日常的に使っているとか。
甲府のおばさんの健康の秘訣は、3番目の姉である我が母から習った甘いうめ酢と、久那土に住む一番上のお姉さんが作って分けてくれる金ゴマを毎日食べることなのだそうだ。
何だか、それを聞いて嬉しくなった。
母が好きで自慢していたものが、9年も経つのに、おばさんに気に入られていて、おばさんの健康に役立っていたから。(娘の私は全然作らなくなっていたが、来年から復活しそう)

そんなこんな話をしてから、叔母さんにお礼を言った後、叔母の家を後にし、従弟夫妻に甲府駅まで自動車で送ってもらい、少し待って、予定していた身延線の急行に乗ることができた。
甲府の皆のおかげで、本当に素晴らしい半日であった。

さ~、これで、身延線に乗り、甲斐岩間で降りて、そこからタクシーで「つむぎの湯」に向かい、ひと風呂浴びたら、久那土のおじさんに連絡すれば迎えに来てもらえるのだ。

そのくらいなら、二人だけでできるだろうと思ったら、大間違い、アクシデントが二つも起きてしまった。

甲府のお嫁さんに改札まで送ってもらい、二人になって、身延線のホームについたら、まだ、乗る電車が到着しておらず、電車が来るまで、重たい荷物をホームの端っこに置いておいたのだ。
で、ようやく電車が到着、荷物を持って電車に乗り込んだ。

で、涼しい車内で、清里が楽しかった話・世間話をしていたら、あっという間に、15時12分定刻通りに甲斐岩間に着いて、電車を降りたのだ。
その時、Jちゃんが、「あ、私のかばんがない」と言った。
言われてみれば、Jちゃんの小さな黒い旅行かばんが私たちの周りになかったのだ。
二人で一生懸命、それまでの記憶をたどったら、おばさんちには忘れてはいない、甲府の身延線のホームで私の大きな旅行カバンと並べて置いたと、二人の記憶が一致した。

貴重品は入っていないものの、放っておくわけにもいかず、Jちゃんは甲府に戻って探してくるとのこと。
もし、甲斐岩間が有人の駅だったら、駅員さんに頼んで、甲府駅に電話してもらい、そのバッグがあるかないか確認できるのだけれど、甲斐岩間は急行が停まる駅なのに、無人駅であった。

ま~、どう考えても、甲府に戻って、バッグを探してくるしかないので、私も賛成。
日帰り温泉の予定は諦めよう、そして、大荷物を持っている私は甲斐岩間に残って、2時間くらい、時間を潰すことにして、甲府に戻るJちゃんに、行き帰りの電車の予定を教えて、Jちゃんを見送った。

実は、不意のアクシデントがあったのはJちゃんだけではなく、私にも起きていた。
というのは、充電が十分という表示が出ていた私の携帯が、清里にいる間に、それまで一回も使っていないのに、バッテリーの残量が0になって、電源が落ちてしまっていたのだ。

どうしてこういうことが起きるのかわからないけれど、auの電波が清里界隈で弱くて、私の携帯が一生懸命auの電波を探したので、バッテリーを使い果たしたのかと思ったのだが、Jちゃんの携帯もauなのに、私の携帯のような現象は起きていなかった。(auが悪いのではなく、私の携帯がauで一番安い京セラのものだからかな?)

Jちゃんは、久那土のおじさんの電話番号を控えて来なかったとのことで、おじさんに電話をかけて迎えに来てもらうには私の携帯をどこかで充電する必要があったのだ。(ま、色々考えて、おじさんの住所はだいたい覚えていたので、最後は、公衆電話で104で聞けばどうにかなるとは思ったのだが、何かあったら、東京の家から電話がかかってくることになっていたし、やはり、携帯を早く使える状態に戻したかった)

携帯の充電は、日帰り温泉でさせてもらおうと考えていたが、それがだめになったので、Jちゃんが甲府まで往復している間、駅近辺のどこかで充電させてもらうしかなくなってしまった。

甲斐岩間の駅前に立って、周囲を見回すと、斜向かいに大きな郵便局があったが、土曜日でお休み。
左手少し行ったところに、大きめのスーパーが見えた他、店らしきものは何もなかったし、人っ子一人歩いていない眠たそうな町に見えた。
(おまけに、甲斐岩間からタクシーで日帰り温泉に行く予定でいたが、駅前にはタクシーなぞ停まっておらず、タクシー会社の電話番号もわからずで、タクシーで日帰り温泉まで行くという計画は無理だったかも知れない。今、ネットで「甲斐岩間 タクシー」で検索したら、2社出て来た、やはり、出かける前に調べて行くべきなのか)

仕方がないので、その大きめのスーパーに行って、レジの周囲を見回し、延長コードの先に一つ空いているコンセントを発見、その近くのレジの人に事情を話して、その空いているコンセントを使って充電させてもらうことができた。

お店の人に、「電気代を払うか、何か買いますので」と話したが、お店の人は、「正確な電気代はわからないので、何も要りません」と言ってくれた。
しかし、事実、有料の電気を使わせてもらうのだから、そういうわけにも行かないと考えた。

充電をしている間に、スーパーの中で、おじさんちに買って行ったら喜ばれそうなものに目星をつけたり、スーパーの外にベンチがあったので、そこに座ったりして、Jちゃんが戻って来るのを待った。
(また、充電が少し進んでから、メールでJちゃんに連絡したら、甲府の駅の遺失物係に、Jちゃんが忘れたバッグが届いていたとのことで、無事、手元にバッグが戻ったこと、こちらに向かう電車に既に乗ったことがわかった。)

d0063149_15402558.jpg(以下、ベンチに座りながら、暇つぶしに撮った写真)
Jちゃんの旅行かばんは小型だったので忘れやすかったのかも知れない。
私のバッグは、一泊旅行には大き過ぎる程の「幅50cm×高さ27cm×奥行き27cm」という大きさ。
実は、こういう旅行バッグは2つ持っていると思っていたのに、記憶がないのだが、どうも、数年前にボロになったからと捨てたらしく、新しく買うことになったのだ。
で、我が近所でこういうバッグが一番安そうな「日本館」という多慶屋を春日通り沿いにちょっと厩橋方向に行ったかばんやに探しに行ったら、こういう肩にもかけられるボストンバッグタイプは画像の物しかなかったのだ。
一泊旅行には大きいと思ったけれど、何せ、この大きさで980円だったので、お買い上げ。
大きいから、三軒の親戚へのお土産も何もかも入ったのは良かったが、本当に重たかった。
が、本当に大きくて重たかったので、置き忘れは考えられない。(笑)
う~ん、でも、自分の荷物が余りに大きく重たかったので、一緒のJちゃんの荷物まで気が回らない・周囲の人が自分の荷物より気になってしまうという欠点はあるかも。(笑)

d0063149_1541611.jpg待っている間、充電させてもらっているスーパーで缶コーヒーを一本買い、「おいしい学校」で買った梅干しを取り出して、食べてみたら、これが素晴らしく美味しいし、食感が私好みで、「もっと沢山買ってくれば良かった」と後悔していた。
(サンプルがあって試食させてくれていたら、数個買ったと思う。)

柔らかいタイプの小梅の梅干しで、塩加減がちょうど私に合っていて、しょっぱ過ぎないで、単独で食べても飲み物やご飯が欲しくならないくらいの塩分であった。
これが美味しかったので、旅行中、常にこの梅干しを取り出せる位置にしまっておき、疲れたり、喉が乾いてくるとつまんでいた。(梅干しの話しはまた後日に続く)

d0063149_15413975.jpg別にすごく退屈したわけでもなく、甲斐岩間のスーパーのベンチでぼけっとしている時間を楽しんだ。
こんな思いもかけない、閑散とした見知らぬ町で、非日常的な時間を潰すなんて、それこそ、kinksのヒット曲の「sunny afternoon」の歌詞である「lazing on a sunny afternoon in the summertime」(「夏の天気の良い午後をのらりくらりとやり過ごす」みたいな意味?)みたいだな~、これはこれでとても贅沢な時間と感じていた。

その日は一日良い天気で、ずっと「sunny afternoon」で、東京並みの暑さであった。
私の座っていたベンチの前は、スーパーに買い物をしに来た人の自転車置き場でもあり、自転車を停めに来た近所のおじさんらしき人が、「この辺は、日が落ちれば、涼しいよ」と教えてくれた。(実際、その通りで救われた。)

Jちゃんが戻って来る予定の30分くらい前に、相当充電が進んだ私の携帯をコンセントから取り外して、お店の人にお礼を言って、買うべきものを買った。
そして、久那土のおじさんに電話し、事情を話し、当初の予定の日帰り温泉ではなく、甲斐岩間の駅に迎えに来てくれるよう頼むことができた、めでたし、めでたし。

おじさんが自家用車で甲斐岩間に着いて私と会って、5分後くらいに、Jちゃんが乗った甲府発の電車が到着し、そこからは予定通り、おじさんちに向かった。

途中、入り損ねた「つむぎの湯」の前を通った。
さすが、甲府のおばさんも久那土のおじさんも、「つむぎの湯」について詳しく、この「つむぎ」というのは、漢字で書くと、「紬」ではなく、「津向」と書き、その日帰り温泉のある場所の近くに「津向」(つむぎ)という部落があるそうな。
そして、津向の文さんという有名な侠客が昔いたことで有名とのこと。
とは言っても、私は全然その人を知らなかったし、母の実家で会ったことのある人は、皆真面目に暮らしている人ばかりだったので、「侠客」という職業の人が母の実家の近所にいたのも不思議で、家に帰って調べてみたら、本当に「津向の文吉」という親分がいたらしい。
あの山に囲まれた村で、博打を打つというのは少しはわかるが、その他、どんなことをして、生業を立てていたのか、想像がつかない。
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by mw17mw | 2012-08-30 18:00 | 東京以外の遠出・温泉 | Comments(0)

山梨一泊二日旅行3/8-下津金のおいしい学校

叔母さんたちが連れて行ってくれたのは、美味しいイタリアンが食べられる「おいしい学校」とのこと。
何でも、廃校になった小学校の木造校舎を利用した施設とか。
自動車で清里から10分か15分で到着し、自動車を降りて、その建物を見た途端、「テレビで見たことがある」ことを思い出した。

そこは、奥から、明治・大正・昭和に立てられた木造の校舎が一列に並んでいて、その前は横長の校庭で広がっていた。

d0063149_1848124.jpg見学は後回しにして、まずは、予約を取っておいてもらった、全てが白っぽい木の内装の、明るく、且つ落ち着いた雰囲気の「ぼのボ~ノ」というお店に入る。
このお店は、ちゃんとしたイタリアンのシェフがいて、シーズン中の土日には行列ができるくらい人気があるとか。

お奨めランチの、前菜・パスタ・メインにデザートのコースを叔母にご馳走になった、感謝。

パンは、この施設の中のパン工房のもので、美味しくて評判とか。

下の画像は、そのパンと前菜。(カルパッチョなのだが、魚の名前を忘れた。魚も野菜も美味しかった。)
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お皿に模様を描くのに使った緑色のソースが何の味かわからなかった。
バジルでないことは確かで、枝豆にしては軽い、ということで、お嫁さんがお店の人に聞いてくれて、「きゅうりのソース」だとわかった。(良く色が飛ばないなと感心)

次は、パスタで、ソーセージではなかったと思うが肉系トマトソースか、オイルベースの魚介と夏野菜のパスタを選ぶ。(私はオイルベースのものを選択)
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私の食べた方は、輪切りのオクラのネバネバがうまくオリーブオイルに馴染んでソースの一部となって、美味しかった。
全体の味付けとしては、やはり、場所柄、ヘルシーさを狙っているのか、塩とかチーズ控えめな味。

次はメインで、スズキのポワレか、牛ロースのステーキ。
私は、牛ロースのステーキをにしてみた。
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牛のステーキが一番気に入ったかな?
実はなぜ牛にしたかというと、ずっと昔10年以上前、山梨で行われた祖母の法事に出た時に、すき焼きが出て、そのお肉がとても美味しかったのだ。
決して、ブランド牛ではなかったのだが、それでも、東京で、非ブランド牛を食べる場合に比べようがないくらい、美味しかった思い出があったのだ。
それで、「山梨の牛肉は美味しいに違いない」と思って、そちらを選んだら、正解であった。(スズキは食べていないのでわからないけれど、スズキも美味しいとは思うが)

この山梨の牛肉と東京の牛肉の違いは何かと考えたことがあった。
多分、山梨の方が、牛肉が精肉されて末端消費者の手に入るまでの時間が短くて、温度管理が適切なのではないだろうか?(この前提として、山梨で売られている牛肉は山梨産なのだが)
東京だと、全国から、牛肉が運ばれて来るから、末端消費者に渡るまで、沢山の人間によって色々な施設で温度管理される時間が長いから、どうしても、新鮮さが保てないのではと思うのだ。
(本当かどうかはわからないが)

d0063149_1858204.jpg最後は、小さなケーキ2種とグレープフルーツ・オレンジ1切れずつ、シャーベットのデザートと飲み物。
これも楽しく、美味しかった。

お肉や魚も良かったが、地元産の採れ立ての野菜の味が際立っていた。
また、全体、美味しかったのだが、味付けが穏やかであるという印象があった。

その時には気付かなかったが、この記事を書いていて、「そうか、ワインが飲みたくならないような味付けだったかも」と思った。
このレストランのお客の殆どは、自家用車やMy自転車で来るわけだから、店側としても、酔っ払い運転防止のため、料理に塩が利いていて、ワインが欲しくなるような味付けは極力避けているのかも知れない、きっと、そうだと思う。
それが避暑地のレストランの味付けの基本かも。

この「おいしい学校」には、もう一つ和風のレストランがあるのだが、そちらは、学校らしく給食が売り物らしい。
こういう素敵なところに来てまで、給食を食べようとする人たちは、きっと給食が美味しくなった以降の世代にっ違いない。(私は嫌や)
私たちが行った日も、観光バスでやってきた団体が「古宮」というその食堂を貸し切りしていたが、給食を食べていたのかな?

d0063149_18513154.jpgランチが終わった後、お嫁さんに案内してもらって、校舎を外から見て歩くことができた。
右の画像は、回廊を歩いていたら、草木の間から銅像の後ろ姿がちらっと見えたので、誰の銅像か近寄ってチェックしたら、野口英世博士の銅像であった。
大きな葉っぱが覆っていたから、正面から見たら、そこに銅像があるのがわからないと思う、ここらへんが廃校の哀しさ。(笑)

なぜ、建て替えないで、昔からの校舎を残しながら、新しい校舎を作って行ったのか、不思議だったが、実際に見学してみて、ちょっと謎が解けたような気がした。
明治時代に建てられた小学校は本当に小さい、大正時代のものは、明治のものより大きいが、何と言っても、昭和のものが一番大きい。

多分、明治以降、どんどん人口が増えて行ったから、何十年に一度、新しい校舎を建てたのかなと思った。
そして、廃校、人口が減り始めたのはいつだろう?

建物の風格は、やはり、明治のものが圧倒的。
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多分、日本国中、欧米列強に追いつけというムードだったのか、時代が変わったことを建物で表したかったのか、バルコニーがあったり、西洋的装飾が多い。
そして、明治の校舎は、今は、カフェに使われている。(校舎内見学だけでも入場料200円がかかる)

それに比べて、大正時代の小学校校舎の設計は、大人しめに見える。(無駄な装飾がない)
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この校舎は、現在、色々な体験学習の教室として使われているようだ。

そして、一番大きな昭和の校舎は、大改造がなされていて、2Fが宿泊所、1Fがレストラン2つにパン工房・特産品売り場・「香りの湯」というお風呂などがある。(昭和の校舎は、オリジナルの校舎のイメージがどのくらい残されているかは不明と思う位、改造されているように感じた)
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(この施設は、町おこしのために作られたのだと思うが、HPを見ても、どこが経営しているのか出て来ないので、良くわからない。)

その後、特売品売り場をチェックしたら、野菜が安くて新鮮で魅力的だったが、持って歩くと傷んでしまうので、買えなかった。
原材料が梅と塩だけの小梅の梅干しがあったので、梅干しを今年から漬け始めた私は興味深々で買ってみた。
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by mw17mw | 2012-08-29 21:08 | 東京以外の遠出・温泉 | Comments(0)

山梨一泊二日旅行2/8-清泉寮

八ヶ岳高原大橋で暫し景色を見た後、自動車に乗り、何だか、下の方に降りて行き、次に連れて行ってもらったのは、「清泉寮」。

名前だけは知っていた、以前、B食に良く書き込んでいた若い女性が清里が好きで、清里に行くたびに、清泉寮のソフトクリームを食べたという話を載せていたから。

初めて行く清泉寮は、広々と続く牧草地が低い柵で囲われているからだと思うのだが、まるで、スイスの牧場みたいな風情。
牧草地から八ヶ岳の反対の空を見ると、雲がなければ富士山が遠くに見えるとのことであったが、その日は富士山近辺に雲がかかっており、「ほら、あの雲の合間の黒いのが富士山」と教えてもらい、何となく高さから富士山のてっぺんあたりなのだろうと思った。
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広い牧草地の他、コンパクトに宿泊施設・食堂・売店などが集めて建てられている地域があり、人気があるのがわかる気がする。
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その建物群の手前にあるのが、この清泉寮を作った「ポール・ラッシュ」さんの像。

恥ずかしながら、清里についても、清泉寮についても、ポール・ラッシュについても無知なので、家に戻ってから調べてみた。
そうしたら、ポール・ラッシュさんについては、このページが見つかった。
このページを読むと、本当に、ポール・ラッシュさんは尊敬できる方で、内容を簡単にまとめると、

「ポール・ラッシュさんは関東大震災で崩壊した東京と横浜のYMCAを再建するため1925年(大正14年)に米国の国際YMCAから派遣され、初来日。
日米開戦で強制送還されるまでミッションスクールであった立教大学で教鞭を取った。
戦後、GHQの将校として再来日、「戦前の日本人は自分たちの国土だけで生活することができず、海外を侵略してしまった。この戦後の苦難にあえぐ人たちが、自分たちの土地で豊かに自立して暮らせるようになったときこそ、真の日本再生が達成される」と固く信じ、それまで農業が無理と思われていた高冷地での農業や牧畜を広めようと緊急農業改革に取り組んだ」とのこと。

その考えを実践する施設として、高冷地の清里に清泉寮を作り、若者に高冷地の農業教育をした。
きっと、ポール・ラッシュさん亡き後、その意志も引き継ぎながら、より広範な人々、すなわち、観光客にも利用できる施設に広げて来たのが、今の清泉寮なのかな?(観光客が来る=雇用が増える、自立できる人が増える)

また、清里の歴史について調べていたら、清里を育てた人として、ポール・ラッシュさんと並んで、安池興男さんという方が紹介されていた。

その紹介のページを読むと、途中で文章が切れているのが残念だが、清里は、昭和13年に、奥多摩の小河内ダムを作るために、奥多摩の土地を立ち退かされた人々が、移住して開墾した土地だと書いてあった。
小河内ダムの湖底に沈んでしまった村だって、温暖とは言えない土地だろうけれど、きっと、標高1200mの清里よりは自然が厳しくなかったに違いない。
先祖代々の穏やかな気候の土地で静かに暮らしていた人たちが、東京と言うマンモス都市のインフラ整備のために、苛酷な生活環境の土地に追いやられるという歴史があったのだ、知らなかった。
その頃、何もなかった清里、特に冬が大変だったろうと思う、しかし、その方たちが負けないで頑張ったからこそ、今の清里があるわけで、すごいな~と思う。

その話は、ちょうど私が2か月前に訪れた東京都水道歴史館で知った東京の水道の発展の歴史の裏の歴史になるわけだから、何だか、心に浸みた。(昭和の歴史は見なかったが)

d0063149_1771815.jpgそして、旅行の話に戻ると、ここの名物のソフトクリームを買ってもらい、従姉と半分ずつ食べたが、味が濃くて美味しく、清里に来たら必ず食べると言う人の気持ちがわかる。
乳脂肪分が高いせいだろうか、バニラアイスなのだが、白ではなく、薄いベージュ色をしていた。
わ、食べさせてもらって良かった、食べないで帰ったら、後悔したに違いない。
(ジャージー牛乳を使っているらしい、私は、ジャージー牛乳は東京でも売っているけれど、高いから買ったことがないけれど、美味しいという評判は聞いたことがある。今度、是非飲んでみよう。)

その後、清里駅のところを通り、山を降りるのと同時に南に向かい、下津金というところにある「おいしい学校」に連れて行ってもらった。

その道々、清泉寮は今でも大変人気があって盛況だったが、清里全体では、何年、何十年前になるだろう、一時ペンションブームで人気観光地だったのが、最近は、人気が下降気味で、駅周辺のお店は閑散としているし、ペンションを廃業しているところも多いと教えてもらったが、心なしか窓から見る町の様子はそれを裏付けるような気だるい様子であった。

確かに避暑にとてもうってつけな場所だけれど、飽きられるというか、日本中に沢山の新しい設備・目新しい発想の観光地が生まれ続けているし、人は珍し物好きだから新しい方へと動いてしまうし、そういう事態になるのは致し方ないと言えば、致し方ないのだけれど、淋しいものがあった。
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by mw17mw | 2012-08-28 22:34 | 東京以外の遠出・温泉 | Comments(2)

山梨一泊二日旅行1/8-清里へ

この土曜日の朝8時発のあずさに乗って、甲府に出かけて、次の日19:06にかいじで新宿に帰って来た。
あ~、楽しかった!
どの親戚も大歓迎してくれて、親戚の優しさに、本当に心が温かくなることばかりだった、本当に良い旅行であった、私の人生にこんな良いことがあるのだな~という感じ。
何だか、終わってみれば、夢みたいだった。

新宿に着いて、列車からホームに出たら、空気は汚く、湿度は高く、思わず「東京の暑さは何かが間違っている!」なんて思ってしまった。(笑)

久那土という身延線の駅近くに住む、母の実家を継いでいる母の弟である叔父が、「たまには、泊まりがけで飲みに来い」と言ってくれたので、埼玉に住む同じ年の従姉のJちゃんと二人でお邪魔することにした。

その前に、甲府に住む母の妹である叔母が、息子さんかお嫁さんが自動車を出してくれて、甲府観光に連れて行ってくれるとのことだったので、計画としては、

25日(土)
    8:00 新宿発 9:28 甲府着
   14:42 甲府発の身延線に乗るまで、甲府見物
   15:27 甲斐岩間到着 タクシーでつむぎの湯という日帰り温泉でひと風呂
   17:00 久那土の叔父に電話して、迎えに来てもらう
         その晩は、叔父宅で酒盛りして、そのまま眠ってしまう。

翌日26日(日)
     午前中  久那土の叔父宅の近所の母の姉宅訪問
     お昼    叔父さんがどこか良いお店で御馳走してくれる予定
     その後、時間が余ったら、どこかフラフラしてから、東京へ帰ろうと思っていた。

でも、出発前日に、甲府の叔母から電話があって、「甲府見物はやめて、清里に行くことにしたから。甲府から清里まで自動車で30分くらい」とのこと。
清里、行ったことのない私は、ラッキー!であった。

なぜ、清里に行ったことないのか、考えたのだが、清里は、きっと、運動神経が良くて何かスポーツをしている人とか、山歩きが趣味の人が行くところなのだと思う。
私のように、スポーツどころか、歩くのも、身体を動かすのも嫌いなタイプには、清里に行く話が来なかったのかも知れない。

d0063149_21191886.jpgで、翌日、甲府駅の改札で合流、叔母さん・息子である従弟のKちゃん、お嫁さんのE子さんに「本当にお久しぶり」と御挨拶の後、Kちゃんの運転で清里に出発。
もう10年前になるだろうか、母が生きていた時、母と妹と同じように、長坂に連れて行ってもらった、その時は、叔母のつれあいである叔父も元気だった。
我が母とおじさんは残念だったが、甲府の皆が元気で仲良さそうで良かった。

道も空いていたし、空がきれい。

私たちは、ぱっと東京から来て、従弟の自動車に乗り込んだだけで、後は、本当にエスカレータに乗ったかのように、自動的に、次から次に、要領良く色々なところに案内してもらった。
実際に案内してもらっている間は、とても自然な流れだったけれど、叔母たちと別れた後、実は色々調べて見物の案を練って、短い時間で最大限、良いところばかり、ポイント・ポイントを案内してくれたのだろうということにようやく思い至った、ただただ感謝。

長坂のインターを降りて、道はどこを通ったのか良くわからないが、段々高い方に上って行ったのはわかった。窓から見える景色がきれい、下の画像は、八ヶ岳。
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一番最初に自動車を下りたのが「清里高原道路 八ヶ岳高原大橋」。
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降りた途端、空気が違う、高原の爽やかな空気で、周囲の景色も相当標高が高いならではの景色。
紅葉の頃が素敵なのだそうだ。
また、本当に橋脚が長くて、底が見えない。(良くこんな高いところに橋を架けるな~と思う)
川にもかかっているが、尾根から尾根に渡る橋なのかな?

この高速道路については、このページに詳しい。観光用の高速道路のよう)

一回目でここまでしか書けなかった、ということで、この一泊二日旅行の話は何回続くのだろう?(笑)
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by mw17mw | 2012-08-27 21:23 | 東京以外の遠出・温泉 | Comments(2)

越谷レイクタウン 1/2

え~んえ~ん、お正月休みがもうすぐ終わってしまって、明日から日常に戻らなくてはならない。
天気も良かったし、とてもゆっくり色々なことができた良い休日だったので、お休みが終わってしまうのが淋しい...。
ま、言っても仕方がないことだから、前へ進もう。

3日には、長い休み中でないときっと行く気が起きないだろうところに行くことにした。
越谷レイクタウン内にあるVillage Vanguard(以下、ヴィレヴァンと略す)のハンバーガーを食べてみたかったし、確か浜松が発祥だと思ったけれど、コルネットというのも食べてみたいと、2つ食べたいものがあったので、行くことにした。

d0063149_2302011.jpgでも、3日は、両大師堂(輪王寺)というお寺のお縁日と習っていたので、まずは、めぐりんで上野駅・上野公園と言う停留所で下りて、行ってみた。
別に「縁日」と聞いて、屋台を期待して行ったわけではなく、谷中霊園で偶然お会いした男性に、「3日はお坊さんの有難いお話が聞けて、天海上人の絵が見られる」と聞いたからだ。

d0063149_234453.jpgでも、きっと「縁日」だから、屋台があるだろうと思ったら全然なかった。
(家に戻って、Wikiを引いたら、縁日とはもともと「神仏との有縁(うえん)の日のことで、神仏の降誕・示現・誓願などの縁(ゆかり)のある日を選んで、祭祀や供養が行われる日」であり、「近代以降では、神社などで行われる祭り(露店などが多く出る)の日のことを指す場合も多い」とのこと。後者の意味しか知らなかった。)
しかし、お縁日は10時開始だったのに、着いたのが10時5分、本堂の中はぎっしり人が詰まっているようなので、諦めた、来年は早めに行ってみよう。
(左の写真は、角大師という名前のもの、現代にも通じるキャラクターと思った。後で、出てくるヴィレヴァンに似たようなキャラクターのぬいぐるみがあった。)

で、仕方がないので、そのまま東西めぐりんに乗って、浅草まで行き、TXに乗って南流山へ。
そこで、武蔵野線に乗って、越谷レイクタウン駅で降りた。
d0063149_23133316.jpg遠くに人造湖が見えた、湖とショッピングモールとは相当離れているようで、ちょっとがっかり。

越谷レイクタウンはやたらに広いショッピングモールなのだけれど、今まで行ったことのあるショッピングモールの中で一番良さそうな気がした。(今まで行ったことがあるショッピングモールは、ヴィーナスフォート・新三郷のららぽーと&IKEA・豊洲のららぽーと、アリオ北砂・SUNAMOくらいだけれど)
とにかく巨大で、一つひとつのお店の広さが大きい。
そして、ざっと見た感じの印象だけれど、お店の揃え方が、例えば、デパートの真似をしようとかではなく、新しい買い物を提案しようというような意欲を感じた。
店舗が広いから、最低必要限の品物を置くというのではなく、広い面積、全て自分たちの個性で埋め尽くしているという感じのお店が多かった。

ただ、本当に広くて、kazeとmoriという二つのゾーンに別れているのだが、端から端まで歩くと、相当な長さになる。
途中、ほんのちょっと歩く歩道があるので、成田空港みたいな感じだと思ったりした。
バスが走っていたらいいのに。

d0063149_2314114.jpgざっと見ただけで言うのも何だが、一番気に入ったのは、ヴィレヴァン、食べ物の方ではなく、何だか雑貨屋さんみたいなのだが、今風の可愛い雑貨が揃っていて、とても面白かった。
確か、大外郎さんの故郷、知多半島が発祥の地とか、「遊べる本屋」と書いてあるから、本業は本屋さんなのかな?
でも、店内に本はほんのちょっとしか置いてなくて、殆どが雑貨。

レイクタン内に、ヴィレヴァンとヴィレヴァンプラスの二店があって、私が小中高校生か、大学生だったら、絶対色々買ってしまうと思うような品揃え。

私が幼い時、キャラクターグッズなぞはなかったが、記憶の限りでは、小学校の終り頃か中学生頃に、水森亜土さんの絵のついたハンカチから始まったのかな~、その後、スヌーピーが出て来て、ピンクパンサーとか、ディズニーのキャラクターと続いたのかしら?
デパートの中のファンシーグッズのお店に行くと、これでもかというくらい、新しい品物が出て来て、とても楽しかった。
その頃のファンシーグッズショップには、「勢い」があった。
ヴィレヴァンの中に並べてあるもの、積んであるものに、私が十代の頃、デパートの中のファンシーグッズショップで感じた「勢い」を感じた。
最近、私がぬいぐるみを探したりすることもないからかも知れないが、ヴィレヴァンの店に並んでいる今風のぬいぐるみは皆私にとって新鮮でしかも可愛かった。
その他、これでもかというくらい、楽しいものが沢山並んでいた。

最近、私が雑貨や洋服を見ないからかも知れないが、「これでもか」という勢いで楽しい物を沢山並べているお店が少ないような気がしていた。
久々、「これでもか」という勢いを感じるお店に巡り合えた感じ。

わ~、ヴィレヴァンって楽しい、また、越谷レイクタウンに行ってしまいそうと思ったが、家に帰って調べたら、我が家の近所だったら、後楽園のラクーアの中とか茶水にもあることがわかったから、もう行かないかも。(笑)
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by mw17mw | 2011-01-04 23:16 | 東京以外の遠出・温泉 | Comments(2)

新三郷とIkea見物 2/2

(また、デジカメは忘れなかったのに、デジカメにメディアがない状態であったし、人が多くて写真を撮る気が余りしなかったので、写真が少なくてごめんなさい)

で、お腹が空いてしまった。
知り合いが、行く前に、メールで、Ikeaのだいたいの構造を教えてくれていて、2Fのレストランは混んでいて入れそうもなく、100円のホットドッグが1Fの軽食のところにあると聞いていたので、そこに行ってみたけれど、大混雑。

でも、とにかく券を買えばどうにかなりそうな雰囲気。
自動券売機があって、そこに飾られているメニューを見ても、100円のホットドッグ以上のものはなさそう。
100円のホットドッグと飲み物で、150円というセットに決め、お金を入れてボタンを押す。
そうすると、その後の券が出てくるまでの反応が、「日本製ではない」と感じる鈍い反応だったので、「スウェーデンの自動券売機かしら?」と思って、機械の下とか裏を見たけれど、機械のメーカー等を示すラベルは見つからなかった。(それだけでも、日本製ではない証拠のような気がする)

長くなるから端折るけれど、券と引き換えに、お姉さんから、ドッグパンにソーセージが挟んであるものを一枚の紙でくるんだものを受け取ったら、列に並んで、フライドオニオン、ピクルス、トマトケチャップ、マスタードをそれに足すことができる。
飲み物もカップを渡されるだけで、その後はセルフサービスなのだが、氷の機械が壊れていて、大きな容器の中から、氷を入れなくてはならなかった。
しかし、保冷機能のついた箱ではないので、殆ど氷はなかった。
なんて、結構文句をつけようと思えば、いくらでもつけられるけれど、何せ、150円だと思えば、全てが我慢できる。
ま、150円だったら、こんなものでしょうという感じ。

最後、フードマーケットを再度見ようと思って、忘れてしまった。

ま、とにかく、IKEAは、巨大で、スウェーデン製の商品の見本市に行ったと思えば間違いない。

ところどころに、グッドデザインなものがあるし、その点は、楽しかった。
ただ、例えば、部屋のスタンドを沢山売っていたのだが、スウェーデン製のものは、ランプに、素敵なプリントの布地の傘をつけたものが多かった。
そのプリント地は確かに素敵なのだが、今の日本で、布の傘がついているランプを買う人はいないようなアンマッチングさもところどころに感じた。

ま、とにかく、家具を買う必要がない人も、キッチングッズなど安い物も沢山置いてあるし、一度、今までの日本にはなかった巨大さとセンスがあるので、物見遊山的気分で行くことがお薦め。

またすぐに行く程気に入ったわけではないが、今度行く時は、Ikeaは10時開店だけれど、レストランだけは、9時半開店で、この99円のブレックファーストでも狙って行けば、レストランに入れてしかもお得かなと考えている。(Ikeaさんも、なるべく早い時間から買い物に来てほしくて、こういうことをするのだろうから)

その後、ららぽーとの方に歩いて行ってわかったのだが、Ikea、ららぽーとが面している道路の反対側が小学校と中学校とその校庭なのだ。(そして、その後ろに、昔風の団地が見える。)
だから、もし、そこが小学校でなければ、向かい側に、他の郊外の幹線道路に乱立しているような巨大なレストランとか回転寿司のお店、その他物販のお店が並んで、私にとってもっと魅力的な「ザ・郊外」になれるのに、それができない状態。
そういう事情で、本当に、新三郷は、Ikeaとららぽーとしかお店がないのだ。

その後、ららぽーとに足を踏み入れて、イトーヨーカドーでレモンを買い、ニトリを見た。
2Fのレストラン街も歩いてみたけれど、どこもかしこも私の知らないお店ばかりで、結構食べるとしたら重たい料理ばかりのお店が多く、しかも行列。(感じとしては、後楽園のラクアのレストラン街のような感じ?)
どこもかしこも人だらけ。
そうだ、マックがどこかに有る筈だけれど、それを探すのも段々面倒くさいなってきた。

こう言っては何だけれど、中くらいの大量生産の商品と料理を集めてみたショッピングモールという風に見えた。
私は、こういう最新のショッピングモールはないけれど、デパートも、個人商店・飲食店もスーパーもありとあらゆるファーストフードのお店もゴチャゴチャバラバラに色々なものが散在していて、ちょっと疲れたら、ファーストフードのお店などに休むことが可能な東京都内の方が好きかな?
(何せ、ちょっと軽くお腹に何かを入れたいと思っても、ファーストフード、お蕎麦屋、ラーメン屋とか、気軽な食べ物屋が殆どないように見えた。)
ららぽーとに行けば何でも揃うとしても、この人の多さと広さに、探すのが大変だと思うし、結構、選択の幅が狭い気がする。

何だか、若くて体力ないと辛いところだなと思って、新三郷を後にした。
(ここに住んで、ららぽーとの中にしかスーパーがなかったら、日常の買い物が大変でしょうがない。こういうところに住んだら、自動車で週に一回まとめ買いが普通になってしまうだろう。)

隣の駅の三郷の駅前は、電車の中から見ると、少しは普通の街っぽい。
その隣の駅のTXへの乗り換え駅である南流山は、これまた、何もないところで、駅前に見えるめぼしいものは、セブンイレブン、日本海庄屋、モスバーガーと、いかにも地元スーパーと言う感じの平屋の建物だけ。
地元スーパーだけチェックしてきたが、普通のお肉や野菜の他、地場で採れた野菜コーナーがあったのがめっけものという感じ。

モスバーガーに入ることも考えたが、カロリー高そうだし、後30分もしないで、家に着けるので、何も食べないで、帰路についた。
何だか、本当に、中々自分に合った食べ物にありつけないというか、選択の余地が少ない場所と言う印象が残った。
こう言っては何だけれど、私にとっては、「新たな目新しい観光地」が、行こうと思えば簡単に行けるところにできた感じ。
2,3年に一回くらいは、行ってみようかな?
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by mw17mw | 2010-09-22 19:04 | 東京以外の遠出・温泉 | Comments(5)

新三郷とIkea見物 1/2

B-1グランプリで、山梨の「甲府鳥もつ煮」が優勝したそうだが、何だか、山梨ハーフとしては感慨深い。
というのも、昔から、山梨と言うと美味しいものがないとか、皆、味が濃いとか、食のセンスが悪いということでは、悪口ばかり聞いていたからだ。
極めつけは、帝国ホテルの故村上信夫さんの自伝で、戦前は、山梨出身ということだけで、ホテルの厨房に雇ってもらえなかったと書いてあったのだ。
美味しい料理を作るには、まず、舌が良くなくてはいけないわけなのだが、それは、天賦のものだけではなく、「何を食べて育って来たか、色々なものを味わった経験があるかないか」が大事だと書いてあった。
何でも、戦前は、流通が偏っていたから、都市と田舎では、手に入る食材が全然違うので、都会っ子の方がそれは圧倒的に優位、田舎の人たちは、決まり切った濃い味付けの食事ばかりせざるを得ない状況だったので、そういうところに育った人がコックになりたいと言っても、雇ってもらえなかったと書いてあった。
(また、東京の中でも、格差があり、厨房の偉い人は、出身地(東京の場合は町名まで)を細かく聞いて、その新人を雇うかどうか決めていたとのこと)

山梨は、海のない、平野も少ない食材の多様性に欠ける山国だからか、そんなことばかり言われていた土地だったのに、今回、(多分、初めて)食の大会で、全国一になったのだから、本当に良かったと思っている。
山梨ハーフとしては、何だか、山梨食文化の夜明けのような出来事に感じている。

さて、私なのだが、一昨日、気が向いて、新三郷のIkea見物に出かけた。
Ikeaが日本に進出してどのくらい経つのだろう、新三郷は、一年前にできたようだ。
だから、目新しい話題でもないのだけれど、一下町のおばさんの探訪記を読んでください。

TX(つくばエクスプレス)に新御徒町から乗って、南流山で武蔵野線に乗り換えて二駅で、新三郷。
TXはとても早いので、連絡さえよければ、全部で30分くらいで着いてしまうから、私にとっては、都内の江古田に行くのと同じような距離感覚。(電車賃は片道630円、走る距離にしては安い料金)

新三郷に着いて、いや~、驚いた~、駅前の右側には、(高さはないが)巨大な建物があり、これがららぽーとだということはわかった。
建物横に、ずらっとIto Yokadoだの、H&Mだの、その施設に入っているお店の看板が十数個並んでいた、都内だったら、どれもこれも一戸建ての大きな建物でもおかしくないお店が、その巨大な施設の中に全て収まっていること自体が新鮮。
その看板の中にはなかったが、どうやら、コストコもあるよう。

d0063149_22231710.jpgで、左を見ると、巨大なブルーの建物に、黄色く「Ikea」書かれていた。

とにかくすごい、駅前には、巨大なショッピングモールと駅とショッピングモールを繋ぐ歩道橋と巨大なIkeaしかないのだ。
本当に驚く程、それ以外何もないことにもびっくり。

(家に帰ってから、検索したら、こういういきさつで、この巨大なショッピング街ができたようだ)

最近、郊外にできていると言われる「ショッピングモール」に初めて行ったこともあり、その中に入る前から、その大きさに圧倒される。

どうやら、駅からららぽーとまでは歩道橋が通じているが、Ikeaは、一旦歩道橋を降りて、行かねばならないようである。

で、Ikeaなのだが、建物は駅のすぐ近くなのに、入り口がそっぽを向いており、結局駅から10分近く歩かないと入れない。

Ikeaに入っても、とにもかくにも、敷地の巨大さと物の多さ・買い物客の多さに圧倒されてしまう。
そして、見物して歩いていると、子どもを預かってくれる施設も完備されているようだが、子連れの客が多くて、ずっと子どものキャッキャした声が聞こえ続けている感じ。

初め、1Fのフードマーケットだけをざっと見た。
メイド イン スウェーデンの食べ物ばかりを売っていて、ここだけ見たら、スウェーデン人が食べる食材って限られているのねと思ってしまう。
でも、きっとスウェーデンで作られているものだけを陳列しているだけで、スウェーデン人だって、イタリアのトマト缶とかパスタも輸入して買って食べているのだよねと想像したりした。

その後は、何が買いたいということがなかったので、2Fに上がり、順路通り歩いて、「ふ~む、最近の若い人が家やマンションを買ったら、こういうところで、家具を調達するのだな」ということだけはわかった。
今後、引っ越しの予定が全くない私としては、万が一家具等を探すとなったら、見るべきお店が一つ増えたというくらいの価値かな?
広さ別のキッチンがいくつかあったけれど、皆、素敵でt収納場所が多くて使いやすそう!

(とにかく、広くて、一々何を見たかということを書いたら切りがないので端折る)
で、最後、キッチンの小物のところを熱心に見た。

このお店では、保存容器は、フードキーパーと呼ばれていて、3種類のシリーズがあったが、私に向いているものはなかったのが残念。
殆ど、容器が透明でないものばかり、一つ、透明なシリーズがあったのだが、それは、色々な大きさのフードキーパー17個の組み合わせで499円と言う売り方をしていたので、買えなかった。

でも、食器については、プリント柄が今まで見たことのないようなスウェーデン風の可愛いものがあったし、フライパンも、日本では見たことのないような、持てないような重さ(=それだけ底が厚いのだと思う)のものとか、横に長い楕円形のフライパンとかもあって、面白かった。

d0063149_22234712.jpg買ったものは、右の写真の通り。
カトラリースタンドというのかな?私の場合は、カトラリー専用ではなく、お箸やスプーンの他、縦に長いおたまとか菜箸なぞの調理道具を洗って水気を切って、一時入れておくのに使えそうだから、買ってみた、199円。
実際に使ってみて、具合が良くて、とても気に入っている。(底も側面と同じ穴が開いている素材)

d0063149_22251356.jpgもう一つは、自分ではテーブル等、床以外の場所のごみを掃除するのに良さそうだと思った箒とちり取りのセット、これも199円。
数ヶ月前に、yasuさんから、長い毛の台所用ブラシをいただき、本当は、野菜の皮がこれで剥けるという話だったが、その使い方には、私の気が短いことが原因だと思うのだが、私にはできなかった。
でも、長いブラシと言うのは、何かをきれいに洗おうと思う時に、すごく威力を発揮することがわかったのだ。
で、このほうきなのだが、実際使ってみたら、ノートPCのキーボードって、キーの下にゴミが溜まりやすい構造で掃除がうまくできなかったのだが、この長いブラシを突っ込むと、ゴミがきれいに取れることがわかった。

もう一つは、とても安かったので、今使っているものがだめになったときの予備にと、サラダスピナーを買って終わり、これは、299円。

とにかく安かったというか、安い物の中から使えそうなものを選んだ私であった。

<続く>
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by mw17mw | 2010-09-21 22:36 | 東京以外の遠出・温泉 | Comments(6)

房総へバス旅行 4/4

富浦から、夕日の中をバスはひたすら走る。
その中で、カワハギをおつまみに、二人で、日本酒を飲んでいた。
d0063149_033582.jpg見える景色は、夕日に染まっていて、全てがきれい。
房総は、海と花と緑がきれいだが、もう一つ水田が沢山あって、素敵。
バスの中で、夕日に映えた水田が見えたので、写真を撮ってみた。

で、良くわからないけれど、高速に入った後、暫くして、高速を降りて、一般道をバスが走り出した。
添乗員さんが言うには、「この先、高速が余りに混んでいるという情報があったので、一旦、高速を降りました」とのこと。
バスは、海岸線に沿った狭い一般道を走るのだが、周囲の家は迷惑だよなと思う程の細い道。

d0063149_021030.jpg程なく、後ろの席から、「富士山が見える」との声が聞こえた。
え、えっと、左後方を見ると、夕焼けに染まった富士山が見えたのだ。
結構長い間、見ることができた。
カメラを出して、デジカメの画面越しに覗くと、とっても小さな富士山に見えるのだが、肉眼で見ると、写真の20倍くらい大きく見えた。
それは、本当に近く、「山梨と房総半島は近いのだ」と思ってしまった程。
東京湾越しの夕日に染まった大きくて、赤茶色の富士山は、葛飾北斎の浮世絵を2つ思い起こさせた。
この富士山を見ることができたら、「渋滞に巻き込まれて、帰りが遅くなって、高速から降りて、海岸線沿いの一般道を走って良かったな~」と思えた。
きっと、館山近辺から富士山を見るのって、多分、日の出・日の入りの時しか、無理ではないだろうか?
先日、多摩川に花見に行ったときに、「富士山が見える」という振れ込みだったが、見えなかった。
物知りの人がいて、「昼間は川から水蒸気が立ち上ってしまい、空気がもやっとしてしまうので、見えません」と教えてくれたっけ。
東京湾越しの富士山も、きっと昼間は中々見えないに違いない。

それにしても、私たちは、バスの左側の席に座ったので、木更津の方から館山に向かう南下のときは、海が見えにくくて、「右側に座ればよかった」と思ったが、結局、左側に座っていたから、北上するときに、夕日に映える富士山を見ることができたのだ。
これもラッキーなことであった。

家に帰って、弟に、「東京湾越しに富士山が見えて、それが肉眼ではとても大きく見えたのに、写真に撮ったら、こんなに小さくしか写らなかった。何で、肉眼どおりに写真が撮れないのかしらね?」と写真を見せたら、「写真が本当の姿で、目に見えた夕日の富士山は、錯覚だよ。ほら、夕日はすごく大きく見えるでしょう?あれと同じだよ」と教えてくれた。
で、インターネットで調べたら、弟の言うことが正解のよう。
しかし、錯覚でも何でも、「東京湾越しに夕日に映える赤茶の大きな富士山」を見ることができたというのは、今回のツアー、参加して良かったなと思える出来事であった。
この景色は、ずっと太古から変わらないものだと思う。

段々真っ暗になって、富士山も見えなくなったところで、私は眠ってしまった。
その後、君津で、再び高速に入ったところで、目が覚めた。
それまではノロノロ運転だったけれど、何故か、高速は空いていて、順調にバスは走り、その間に、三回、サービスエリアでのトイレ休憩15分が設けられた。
でも、15分では何もできない、何も食べられない。(笑)
家から持ってきたパンを少しかじる。
ゴールデンウィークのバス旅行には、おにぎりを持参した方が良いかもね。

バス旅行のパンフレットの後ろに、「道路事情等により帰着時間が大幅に異なった場合でも、宿泊・食事代・タイクシー代などの負担には応じられませんので、ご了承ください」と書いてあるのが、目に入る。

時間はどんどん過ぎて行く。
帰りは、東京湾アクアラインではなくて、湾岸道路を通って帰るようであった。
幕張、舞浜あたりを通ると東京に近いと実感できるようになる。
どのルートで帰るのかと思ったら、再びレインボーブリッジを渡り、首都高に入った。
夜のレインボーブリッジとその周辺も夜景がきれいだったから、この遅れにイライラすることなく、許せるような気がした。

でも、結局上野駅公園口に着いたのが、10時10分で、考えてみると、お昼を12時頃に食べた後、10時間も食事らしい食事なしで動いていたのだ。

ま~、帰り道の「海越しの夕日の富士山」と「レインボーブリッジの夜景」の美しさで、許せる気はしたが、連休中で、次の日、仕事する予定がないから良かったけれど、次の日は労働という人には向かないかも。

今日、知人に聞いたら、「道路が余りに渋滞しているから」という理由で、こういうパック旅行の行程を殆ど削って、帰途に向かう場合もある」とのこと。
その場合、料金を返してくれるわけではないらしい。
それに比べたら、2時間30分、帰着が遅くなったり、連れて行かれた道の駅が閉まっているなんて、小さなことなのだろう。

パック旅行についての感想は、目的地に着くと、すぐに自由時間になるし、何もしなくても次から次へ連れて行ってくれるし、それなりに良いところがあると思った。
道が渋滞していると言っても、大人しくバスに乗っていれば、運転手さんがどうにかしてくれるし、楽は楽。
安いしね。

これからも、「美味しい食事を諦められれば」利用すると思う。
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by mw17mw | 2007-05-04 00:04 | 東京以外の遠出・温泉 | Comments(0)

房総へバス旅行 3/4

お昼を食べた後、バスの中で、食後のビールを2,3口飲んだら、眠ってしまった。
「はい、着きました」という添乗員さんの言葉で目が覚める。
何でも、高速に入る渋滞に巻き込まれ、予定では1時間で到着の筈だったのに、2時間かかってしまったそうだ。(私は2時間眠っていたのだ)

d0063149_23113033.jpg着いたところは、予定表外の「ちーすの里」というところ。
ハウスで花を栽培しているところに行って、花を摘んで、料金を払うという趣向。
(こういう観光バスって、そういう物販のところに客を連れて行くと、何がしかのキックバックがあるのかな?)
どんな花が咲いているだろうと思ったら、ポピーとか桜草以外の花々は、我が家の方で売っている仏花に入っている花が多かった。
我が家の方の仏花は、房総で栽培されているのだ。
皆、きれいはきれいだが、どうも私の頭の中には、「仏壇用の花」というイメージがあったので、ハウスの中を散歩したけれど、何も買わず。
結構、花を買っている人が多かったが、そういう人は、仏壇がない家の人なのかと思った。

また、バスに乗り込んで、今度は一路館山城へ。
館山に行くのに、保田と勝浦を通る、海がきれいだし、海岸線の海水浴場あたりの町の様子が、何となく、懐かしい。

d0063149_2312899.jpg館山にお城があったとは知らなかった。
館山城公園というらしいが、真ん中にこんもりした山があって、とてもきれいで、素敵な公園であった。
添乗員さんが、「頂上までは引率します」と旗を立てて、歩き出す。
大した上りではなくて、散歩にちょうど良いくらい。
程なく、館山城に着く。
コンクリだったから、私とおじさんフレンドは興味をなくし、周囲を散歩した。
(同じバスの人たちは、人数揃えて、団体割引で、入って行った人が多かった)
d0063149_23123995.jpg周囲を散歩すると、結局、東京湾に面した小高い山の上にいるわけだから、海や町が大パノラマで一望できて、とても素敵だった。
無料の望遠鏡があったので、覗くと、海でサーフィンやウィンドウサーフィンをしている人の顔まではっきり見えた。
また、景色の説明の図があって、ここから富士山が見えることがわかったが、そのときは見えなかった。
館山に行ったら、この公園はお奨め。
で、そのときに、天守閣に登れば、もっと高いところから、景色が眺められることに気付いた。
ま、いいか、欲張ってもしょうがない。
帰り、行きとは違う道で帰ろうとしたが、地図も何もなかったので、結構迷ってしまい、結局元来た道を帰ったが、迷っている間にこの公園がきれいさが堪能できた。
欲を言えば、もっと順路とか、この公園の案内図がそこかしこにあれば、もっと色々なところが見れたのにと思う。(でも、もしかしたら、お金を払って、お城の中に入ったら、案内図をもらえたのかも知れないとも思う)

ここでお腹が空いてきたおじさんフレンドは、おにぎりを探したが、館山城公園近所の田舎のコンビにでは、おにぎりが売り切れであった。

この頃から、バスの外に見える食べ物屋の看板がやたらに目に付くようになる。(笑)

で、次は千倉の潮風王国という道の駅に向かった。
館山から千倉は結構遠かった。
千倉近辺の海は、色が濃かったけれど、考えてみれば、千倉は、外房なのだ。

浜金谷で、「買い物するなら、千倉」と聞いていたので、期待したが、見ると、魚売り場はあるけれど、野菜は全然売っていない。
魚を買うかというと、私は、家に帰ったら、筍を4本茹でなくてはいけないわけだから、その上、新鮮な魚なぞを買った日には、睡眠時間がなくなってしまうことが明らかなので、やめておいた。(一応、保冷バッグは用意して持って行ったのだけれど)

おまけに、おじさんフレンドが「お腹が空いた、ラーメンか、うどん」と言っていたけれど、カフェしかないのだ。
何かがおかしい、どうして、何もないの?
と、施設の外に、「あわびラーメン」の札が見えたけれど、お店がない。
シャッターに書かれた「野菜売り場」の文字も見えた。
時計を見ると、5時を過ぎていた。
お店の殆どは、5時前に閉まっていたのだ。
閉まってしまった道の駅ほど、役に立たないものはない。
近くにコンビニがあれば、いいけれど、それも見当たらない。

予定の時間が来て、バスに乗り込んだら、もう1つ富浦の道の駅にも寄るとのこと。
微かに期待、でも、きっとここも閉まっているのかなと嫌な予感。
富浦の道の駅に着いたら、野菜売り場と魚売り場とアイスクリーム屋さんは開いていたけれど、それ以外の食べ物関係は、殆ど閉まっていた。
(確か、自販機もなかったかな?)
短い休憩時間に、野菜売り場に行ってみたが、私が欲しかった山芋はなかった。
で、レジ横の冷蔵庫を見たら、がんもどきが5つ250円だったので、買ったけれど、これが家に帰ってから料理したら、何の味もしないがんもであった、失敗。
ようやく、日本酒カップとおつまみを見つけ、バスに乗り込んだ。
とても素敵な外観の道の駅だけれど、閉まっていたら、降りる価値ないよね。(あ、そうか、おトイレだけ、価値あり)

しかし、この2つの「殆ど閉店後の道の駅」を体験したら、「24時間営業のコンビニ」って、すごく便利だと実感した。
道の駅は、祭日とか土日の道が混んでいるときは、せめて7時くらいまで営業すべきであると思った。

ここを出たのが、6時半頃だったから、このまま行ったら、予定の上野7時40分着は無理だろうことは明らかであった。
何時に東京に帰れるのだろう?
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by mw17mw | 2007-05-03 23:17 | 東京以外の遠出・温泉 | Comments(0)