カテゴリ:東京以外の遠出・温泉( 70 )

行って来ま〜す

新しい旅行かばんは、一番平凡な黒いナイロンのもの。こういうのは皆持っているし、網棚に上げてしまったら、自分のものがどれだったかわかりにくいに違いない。そうか、わかりやすくするために、最近の若い子のように、小さいぬいぐるみやおにんきをぶら下げれば良いのだと気づく。でも、どこで売っているのだろう?街中で、そういう小さなぬいぐるみを見ないけれど、もしかして、ゲーセンで取らなくてはいけないの?
なんて思っていたら、元浅草の開化楼の近くの、文房具の問屋さんらしき事務所の前に段ボールが置いてあって、一律100円の箱に一匹だけこのくまさんがか残っていたので、買ってしまった。(パンダはまだたくさん残っていた)
では、熊といっしょに行って来ま〜す。
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by mw17mw | 2013-04-19 08:33 | 東京以外の遠出・温泉 | Comments(0)

新潟県村上市「人形さま巡り」の旅 7/7 まとめ

今日は4月4日。
4月3日まで開催されていた「人形さま巡り」が終わり、今日、村上の町人町の皆さまは、皆で、お人形さまを仕舞っているのかなと想像していた。
あれだけのお人形を仕舞っておく蔵があるというのもすごいけれど、出したり、仕舞ったりも大変な作業だなと思う、有り難うございました。(何でも、町以外のボランティアの人も手伝って出し入れするらしい)

最初に書いておくと、村上市の「人形さま巡り」については、上記に書いたような町の皆様の善意で続いているお祭りなので、見に行くとき、注意が必要。

1.あくまで、見せていただくという態度で、入るときは「見せてください」、帰るときは「有り難うございました」と声を掛ること。(当たり前だけれどね)

2.「ここのは見る価値がないわ」みたいな批判はしない、お人形には触らない。
  「撮影禁止」のお雛様も多いので、その場合は従う。(しかし、良く聞いてみると、「フラッシュ禁止」の場合が多く、「フラッシュをたかないのなら、撮影OK]というお店も多かった。
  写真撮影は、聞いてからね。

で、今回、村上に旅行に行ったいきさつについて、まとめる。

昨年秋に、台東区役所主催の「下町塾」という、日曜日に連続で10回開催された講義に参加していて、そのことについて、ブログを書いたつもりだったが、実は何も書いてなかった。(笑)

色々な切り口で、色々な講師が自分の体験談などや物事の見方を講義してくれたのだが、私の中では、新潟県村上市の吉川真嗣さんのお話だけにとても感動してしまった。

どこがすごいかというと、この方は、例えば、商工会議所のメンバーとか、商店会のお偉いさんだったりしないのだ。
商店会には入っていたけれど、あくまで、東京から戻ってきた地元民としての個人での活動を積み重ねて、村上市を観光客の来る市に変えてしまったのだ。

その背景は後で書くことにするけれど、跡継ぎとして育てられていた長男が突然継がないことになり、旧町人町にある「味匠吉川」の跡継ぎとして、早稲田大学を出て商社に勤務していた次男の真嗣さんが故郷に帰って来る。

そして、その時に、商店街の活性化のために、道路の拡張工事が提案され、それをどうしたものかと悩んでいるときに、会津の五十嵐大祐さんという「復古商法」の元祖のような方と知り合い、その人を師と仰ぎ、薫陶を受け、活動を開始する。

彼のユニークなところは、初めから大勢を引っ張って行こうとしないこと。
まず、自分ができる、これは皆のためになると思ったことは、支持してくれる2,3人で始めるのだそうだ。
人数が少なければ少ない程、スピーディに、思うように動ける。
人数が多ければ多い程、全員が納得できる案を考えねばならず、それだけで時間がかかるとのこと。

少しでも成功すれば、後から人は入って来るのだそうだ。

例えば、「人形さま巡り」が始まったいきさつなのだが、「味匠吉川」が、売り出しのために新聞にチラシを入れることになり、それならばと、近隣の商店に声を掛け、「お客さんが希望したら、町屋の内部を見せる」ことを提案、その条件を飲む商店については、吉川さんのチラシに一緒に場所とか特徴を載せたのだそうだ。

そうしたら、それが受けて遠くからもそのチラシを見て、興味を持った人が沢山来るようになったのとのこと。

それがきっかけで、次に、「人形さま巡り」を3月1日から4月3日まで開催することになったそう。
それも成功して、次は秋に「屏風まつり」を9月15日から10月15日まで始めて、こちらも人気があるのだそうだ。(こちらも行ってみたい)

その他、城下町らしい風情を復活させるための活動も精力的にこなしているとのこと。

ま~、とにかく、この方のお話は面白かった。
お話を聞いていて、「この人は、村上市の旧町人町の保存と活性化を、欲得とか自己実現のレベルではなく、天命と思って動いている爽やかさがある」と思った。
そう、だから、人は彼の話を聞くと、感動するし、心にすっと入って来るのだと思う。

こういう「天命で動く」人というのは、歴史上の人物では坂本龍馬が一番最初に頭に浮かぶ。
私の場合、生きている人として、初めて会えたのが、吉川真嗣さんであったのだ。

しかし、この方の生き方を今何度も読み直している『「自分のために生きる」ということ』と照らし合わせると、とてもわかりやすい。

吉川さんは、鮭が大好きなお父さんが大好きで、家業を継ぐ気になった。

そして、町人町の道路拡張の話の時に、偶然、会津の五十嵐大祐さんという尊敬すべき師に出会う。

お嫁さんは、東京時代知り合った、神戸育ちでアナウンサーをしていた美貴さんなのだが、2度結納を潰されても粘り、とうとう村上に迎えたそうだ。(これは美貴さんの気持が分かる気がする、都会から、地方都市、それも県庁所在地でないところにお嫁に行くって、相手がどんなに良い人でも、とても難しいことだと思う)

どうにか村上に自分の大好きな人をお嫁さんを迎えたのだが、真嗣さん自体は、全国各地のデパートに出張販売に行く仕事があった。
その時に、真嗣さんだけ出張し、お嫁さんを村上に残していくと、知らない間に実家に帰ってしまうことが予想され、ご両親に頼んで、出張販売には、二人で行くようにしてもらったのだそうだ。

その出張販売に各地を回ったときも含めて、二人で、日本の観光地を400カ所くらい、見て歩いたとのこと。

その経験から、「人形さま巡り」や「屏風まつり」「黒塀運動」などのアイディアが浮かび、村上で、家業の傍ら、町おこしを始めたそうなのだ。

これらを『「自分のために生きるいける」ということ』に照らし合わせると、吉川真嗣さんの行動は、「他人の評価を決めるパワーゲーム」ではなく、幼い時から、自分の心に響いた大切なもの(きらきらと心に輝く宝物)を大切にして、粘り強く繋がるよう、自発的に行動している見本だと思った。
これって、できそうでできない。
吉川真嗣さんの人生こそ、『「自分のために生きるいける」ということ』が推奨する生き方の見本のようだと思っている。

吉川真嗣さんたちの活動に興味のある方は、「町屋と人形さまの町おこし」という本が参考になる。(千代田区の図書館にあります)←私も借りて読みました。
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by mw17mw | 2013-04-04 23:01 | 東京以外の遠出・温泉 | Comments(0)

新潟県村上市「人形さま巡り」の旅 6/7 食べ物

今回の旅行は、新幹線代を含む往復の鉄道運賃と一泊のホテル代で、「29,900円」であった。
高いか安いかは良くわからないが、金土や土日ではなく、日月の日程だったので、少しは安いのではと思う。

で、ホテルの夕食は、宴会場で宴会メニューであった。(吉川さんにわざわざ来ていただいての宴会)
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特段美味しい物もなかったけれど、皆、普通より美味しいという感じであったし、この他に、熱々の蒸しものが出たり、最後にご飯・おみそ汁・香の物・デザートなどが出て、良かった。
また、吉川さんから、村上市のお酒である〆張鶴の大吟醸の一升瓶が差し入れられ、それがとても美味しかった。(大吟醸は、できる前から予約でいっぱいで、村上市から外に出ないお酒とのこと)

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ホテルの朝食は、和洋のバイキングであった。コーヒーが飲みたくて、洋食の物ばかり取ってしまったが、一緒した人が和食派で、その人のかにのおみそ汁を見たら、飲みたくなって、ご飯少々・塩辛・かにのおみそ汁を再度もらってきて、食べてしまった。
(旅行から帰ってきて、400g体重が増えていたが、どうにか、今日、旅行に行く前の体重に戻った。)

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二日目のお昼は、自由時間で、好きなお店に入れたのだが、価格が手頃ということで、うおやさんという魚屋さんの奥が食堂になっていたので、そこに決めた。
村上市というと、塩引き鮭の製造元の吉川さんから入ったせいで、どうしても、「村上と言えば鮭」というイメージがあるが、実は、「村上牛」の産地でもあるわけだ。
ということで、村上牛を食べさせてくれるお店も探してみたのだが、安くても1500円程度だったので、今回はパス。
それに、そのお店、お料理のサンプルも写真もお店の前に飾っていなくて、ただ、「村上牛のステーキ」みたいな品物名と価格しか表示されていなくて、なんだか、素直に入れなかった。
ま、今回、お昼はそんなにおなかが空いていなかったこともあり、うおやさんという魚屋さんで食べたちらし寿司、ネタも新鮮で美味しかったし、大満足。
しかし、うおやさんで案内された部屋はどう見ても、普段、うおやさんのご家族が使っていると思われる居間とか仏間であった。(決して、店舗用の部屋ではなかったのだ)
そして、そこで食事を終えると、隣のカウンター式のダイニングキッチンで、インスタントのコーヒーを飲めるサービスがついていて、とても助かった。
きっと、このお人形さま巡りの期間だけ、食堂が少ないので、居住部分を食堂に提供しているのではと思った。(本当のところはわからないが)

後、うおやさんで面白い発見があった、うおやさんのランチメニューは4種類あり、その写真を見ていたら、そのうちのひとつに鰻の蒲焼きが乗っていたのだが、どう見ても、東京風の柔らかさのない、ごわっとした感じの鰻だったので、お店の人に「こちらの鰻は、蒸してから焼きますか?」と聞いたら、「蒸さないで焼く」とのこと。
そうか、もしかしたら、村上を初めとする日本海側というのは、北前船の関係で関西の影響が強いから、鰻も関西風なのかしらと思った。(が、もしかして、その鰻は、中国から輸入した蒸さないで焼いたものである可能性も強いから、それが本当に関西風なのかどうかはわからない。)

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これは、「飯寿司」(いずし)。一日目、何気なく入ったうおやさんで売っていて、隣に試食品があったので、食べてみたら、美味しかったのだ。
鮭の薄切り、いくらに数の子の薄切り、野菜類に、ご飯と麹を混ぜて寝かせて作る物らしいのだが、魚類と野菜類が予め甘酢で〆てあるのか、水っぽくなかった。(うおやさんの飯寿司のページ
味的には、爽やかな甘さを含んでいるのだが、砂糖の甘さではないから、くどくない。
「飯寿司」は、乳酸発酵させて作るなれ寿司の一種で、私の生活圏にはない食べ物であり、珍しいので、買って帰りたかったが、うおやさんでも、冷蔵庫に並べられていた。
売り場のお兄さんに、「東京に持って帰りたいのだけれど、無理かしらね?」と聞くと、「明日、帰るのなら、今日から冷凍させておくから」とのことだったので、頼んで、次の日の午後、取りに行き、冷凍した物をもらってきた。そのまま、東京に帰るまでに解凍されていた。
見たら、いくらだけは、残念ながら、不透明になって解凍されてしまったけれど、その他は、冷凍する前と同じに戻っていた。

私は、村上市に着いた時に、財布を電車の中に置き忘れ、それは無事見つかったのだけれど、その時にご一緒した人が1万円を貸してくれていた。
その枠内で、お昼を食べたり、若干、家族や私用のおみやげを買ったのだが、この飯寿司以外のおみやげは、あれだけお世話になった味匠喜っ川さんで、鮭関連の品物を購入した。
お財布を忘れて来なかったら、お返しに二件、喜っ川さんから、何か送ろうと思っていたのだけれど、それは今回あきらめた。
でも、家に帰って、喜っ川さんの品物を色々食べたら、美味しかったし、喜っ川さんの通販のページが見つかったので、これから、詰め合わせギフトを注文して、届けてもらうことにするつもり。(確か、お店には、こういう詰め合わせはなかった気がする)

そう、書き忘れたが、鮭関連の商品は、喜っ川さんやうおやさんなどが色々開発されていて、鮭の身だけではなく、色々な部位を煮付けた物等、バラエティに富んでいたが、こと村上牛に関しては、土産物が殆どなかった。
一人、魚が嫌いという人におみやげをかう必要があり、探したが、見つからなかったが、新潟駅で、「村上牛なんとか弁当」というのを見つけ、それをおみやげにした。
村上牛、元々が高いから、おいそれと、色々な商品ができないのかしらね。

d0063149_21283765.jpgこれは、実は、村上で食べたものの中で、ベストワンではないかと言われた「苺わらび」というお菓子。
お人形さまを巡っている間、数軒の和菓子屋さん・洋菓子屋さんがあったので、お人形見物がてら、お菓子も色々見て回った。
というのは、私としては、チョコレート饅頭がないかと思っていたのだが、残念ながら、チョコレート饅頭は見あたらなかった。(東京では、チョコレート饅頭というと、ヤマザキのしかないものね)
その中で、酒田屋さんという生菓子もある和菓子屋さんで、「苺わらび」というお菓子を発見。
これは、きっと、苺大福の大福部分をわらび餅に置き換えたものに違いないと、一つずつ購入。
その場で食べれば良かったのだが、そんなにおなかが空いていなかったので、汽車の中で食べることにしたのだが、これが大きな間違いであった。
汽車の中で、このお菓子を食べた友人が、「何て美味しいの!これ、あの場で食べていたら、全部買い占めてきたのに。人へのおみやげ、全部これにしたかった!」というくらい、感激していた。
中に入っている苺もちょうど良い熟れ具合だし、周りの白餡もわらび餅も丁寧な作りで美味しかった。
この酒田屋さんに関するクチコミを見ても、このお店に人気があることがわかる。また、「苺わらび」で検索すると、そういうお菓子を作っているお店は、日本全国に数軒あるようだ。)

これはおまけ。私の人生初プリクラ。(笑)
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by mw17mw | 2013-03-31 22:49 | 東京以外の遠出・温泉 | Comments(0)

新潟県村上市「人形さま巡り」の旅 5/7

今度は、建物やその他のことを。(本来は、食べ物のことを書いてから、その他に行くべきだとわかっているが、つい、「その他の画像」を先に整理してしまったので)

あ、それから、本日、合羽橋本通りに行ったら、行方シティギャラリーさんが今日で閉店とのこと。
何でも、行方市の市議会で、存続が通らなかったらしい。
また、行方市とは無関係なものだけれど、4月になったら、何らかの物販店にはなるもよう。(スカイツリーの行方シティギャラリーは残るが、野菜の物販等はなくなるとのこと)

本題です。
このページに詳しいが、元々、鮭が獲れることが村上藩の収入源であったが、江戸時代の後期に、不漁が続いたときに、下級武士の提案で、川を鮭が卵を産みやすいように改良し、世界で初めて「鮭の増殖」に成功し、鮭は大切にされてきた。料理法としては100種類くらいあるそう。
獲れた鮭は、内臓を抜かれ、塩漬けした後、塩を抜き、下記画像のようにして1年干されるとのこと。
下記画像は、味匠喜っ川さんの土間の鮭だが、こういう干された鮭は、決して、専門店だけにあるわけではなく、そんなに数は多くなかったが、個人の家の軒先、飲食店の軒先でも、見かけることができた。本当に、暮らしに鮭料理が根付いているのが良くわかった。
で、実際に食べたけれど、美味しい。
後、この画像の状態だと、やはり、部屋中、若干、鮭臭いのは確か。(笑)
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こちらは、黒塀通り。
メインストリートから一本裏に入いると、住宅地と寺町になる。
ずっと長い間、民家の併は、ブロック塀が多かったのだが、それでは味わいがないとのことで、「一枚千円黒塀運動」だったかを、喜っ川さんたちが発案して、できるところから、ブロック塀を覆うように、黒い木材を打ち付けて行ったそうだ。
確かに、両側がブロック塀だったら、全く情緒がないと思う。
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これは、昔、どこかの銀行の支店長用の社宅だったもの。
以前は、支店長が家族を伴い赴任してきたが、時代が変わって、単身赴任の時代に入り、この建物が売りに出されることになったそうだ。
もし、売れたら、勿論、この古い木造家屋は取り壊され、新しい建物が建てられる可能性が高いとのこと。
その存在する場所がちょうど黒塀通りの起点に当たり、この木造家屋があるのとないのでは、雰囲気がまるで違う物になってしまうとのことで、結局、喜っ川さんが買い取り、一階は、催し物や見物に使えるように、二階は自宅として使っているそう。
本当に立派な木造建築。
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黒塀通りから、寺町に入ると、お寺も古い物ばかりだし、周囲に、料亭風の建物などがあって、とても雰囲気が良いので、村上に行ったら、町屋見物と共に、寺町散策がお奨め。

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話は町屋に戻って、これはあがらせていただいた町屋の囲炉裏のある居間から、上を眺めたもの。
居間は、光が差し込むように、吹き抜けとなっている。
居間の時代だから、右下のような電気がつくようになっているが、電気が各家庭に引かれるまでは、屋根からの明かりだけだったのだ。
また、この明かり取りの吹き抜けのせいで、冬はとても寒いとのこと。
このお家にはないけれど、他のお家で、冬だけ、天井くらいの高さのところに、ガラスの板を張り巡らせ、寒さを防いでいた。
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こちらは、町屋の居間につきものの「箱階段」。
古い物だろうに、ぴかぴかに磨かれ、寸分のゆがみもなく、使えるそう。
「これらの箱階段は、今でも作る技術の人がいるのですか?」と聞いたら、「作れるのは作れるだろうが、注文する人がいない」とのこと。
結局、一度町屋を壊して、建て替えるとなると、町屋づくりで家を建てる人はいないそうなのだ。
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これは、酒屋関係者しか懐かしくない物。(笑)
町を歩いていたら、一升瓶を運ぶ木箱が大量に保管されている家を発見。
こういう一升瓶を入れる箱は、「通い箱」と呼ばれているものなのだが、今、東京では完全に、プラスチックのものしかないけれど、私が幼い頃、いつまでだったかな~、相当大きくなってからも、この画像のような木のものだったのだ。
それが全てプラスチック製に変わって、こういう木の箱は燃やされたに違いないと思っていたら、村上市で現役で使われていた、良く集めたわねという感じ。
それに、一升瓶も、昔は業者が一本いくらで引き取ってくれていたが、今はそんなことがなく、一升瓶は資源ゴミとして捨てることになっているのだ。
それをこの会社は良く集めているというか、一升瓶も沢山あった。(資源ゴミだから、一升瓶は一升瓶として、需要のあるところに、リサイクルされているのかしら?)
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何屋さんかと思ったら、「テンヤ醤油」という地元のお醤油の醸造元であった。
一度でも、村上市で、「スーパー」に巡り合ったら、入って、このお醤油、買ってくれば良かったなと一度は思ったが、原材料を見たら、「甘味料」が入った、北陸地方独特のお醤油であった。
残念ながら、私には合わないだろうから、買わなくて、正解だったかも。
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私たちは、日本海沿いの瀬波温泉というところにあるホテルに泊まったのだ。
この夕日は、午後5時半近くの部屋の窓からの写した物。
泊まったホテルには、日本海と夕日を見ながら、入れる露天風呂があるとのことで、この夕日を見て、すぐに行ってみたが、なんだか、この後、太陽が雲の中に入ってしまい、日本海に沈んでいく夕日を見ることはできなかった、残念。
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by mw17mw | 2013-03-30 22:33 | 東京以外の遠出・温泉 | Comments(0)

新潟県村上市「人形さま巡り」の旅 4/7

d0063149_18493014.jpgこの「お人形さま巡り」という催しものには、75軒が協力している。
お茶屋さん、鮭屋さん、お菓子屋さんなぞは、見に来た人がついでに何かを買ってくれることもあるけれど、右の画像のような旅人には全く無関係なクリーニング屋さんや洋服屋さん・お肉屋さんなぞも、この催し物に積極的に参加していた。
この昭和13年創業のクリーニング店は、入り口を開けると、できあがった洗濯物が沢山吊るしてあって、カウンターがある普通のクリーニング屋さんあのだけれど、そこを抜けると、裏にすぐ居間があって、見事なお雛様が飾ってあった。

お人形を展示してあるお家の前には、開催日と時間が書いてある札が立っている。
で、見る場合、その家に入るとき、当然だが、「見せてください」とか、声をかけて入り、見終わったら、「有り難うございました」と言って出ること。

また、お人形と言っても、雛人形や武者人形の他、市松人形、土人形、手作りの人形など、色々なものが飾られている。
この「お人形さま巡り」は、町の人たちが大切にしてきたお人形が見られる他、村上の人たちの人柄の良さもこの催し物の人気の一因とのこと。
確かにどこに行っても、にこやかに応対され、時にはお茶まで出してくれて、丁寧に説明もしてくれる。
そういうことで、リピーター率が高い催し物とのこと。(最後にまとめるけれど)

さて、今回は、お雛様の画像を紹介。
お雛様は本当に数が多かった、どれもこれも紹介したいけれど、主立ったものだけご紹介。

これは、吉川さんちの右隣益甚さんの「御殿飾り雛」。1852年のものとのことで、ペリー来城の前年とのこと。(説明書きの通り)
益甚さんに、これらのお人形を入手した経路について聞いたら、「北前船で運ばれて、売りに出されたものを買ったのだと思う」とのこと。京都の没落した貴族や関西のお金持ちなどが手放した品かしら?
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これらのお雛様は、どこのお家のものか、わからなくなってしまった、でも、古くて、立派。
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これは、富士美園というお茶屋さんに飾られていた古いお雛様。どういう経路で家にあるのか、定かではないらしい。(古いお雛様で、由来がはっきりしているものより、はっきりしないお雛様の方が多かった。)
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私は主に、古いお雛様を見て歩いたのだ。皆、素敵な顔立ちで全部良かったけれど、一番素敵だと思ったのは、下の画像。
このお雛様が一番きれいと思ったのだが、家に帰ってから、調べると、あるブログに、うおやさんのお雛様がベストワンと書いてあった。(残念ながら、昨日見つけたそのブログ、お気に入りに入れておかなかったら、わからなくなってしまった。しかし、その村上で一番きれいというお雛様の画像は見つかった、この女性。ちょっと新しめの雛人形で、フォトジェニックだわね、確かに、でも、私は、下の画像のお雛様の方が好き。)
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この二人のお人形は、着物が見事に十二単になっているので、写してみた。
人形さま巡りには、古い時代の物から、昭和・平成までの沢山のお雛様が飾られ、見ることができる。
大きさや着物の色等、時代じだいの特徴が良く出ていた。
珍しいところでは、昭和23年製造のお雛様を見ることができたのだが、戦争が終わったばかりで、物資が乏しい時代に作った質素な着物のお雛様であった、しかし、そういう時代にも、どうにか工夫して、お雛様を作った職人さんがいたわけだし、そのお家がその時生まれた女の子のために購入し、そのお雛様を大切にしてきたという気持が良く伝わってきた。
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今の時代だから、それぞれの町屋の居間には、電気がつくようにされていたけれど、吹き抜けの天井から差し込む日の光で、お雛様を見ることが多かった。
薄暗いという程ではないけれど、上から差し込む光で見るお雛様は、「そうか、何で、こう顔を白くするのかと思ったら、薄暗い環境でもはっきりわかるようにからかも知れない」と思った。
ま、そういう点、なぜ、お人形の顔は白いのかはわかったが、京都の舞妓さんなぞは、首筋を白く塗って、顔は白く塗らない、あれはどうしてだろうと不思議に思う私であった。
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by mw17mw | 2013-03-29 22:16 | 東京以外の遠出・温泉 | Comments(0)

新潟県村上市「人形さま巡り」の旅 3/7

「お人形さま巡り:のお人形の紹介の前に、「町屋」について、簡単な説明を。
村上の旧町人町に沢山残されている古い商家の建物の形式のこと。
お家に入ると、まずはお店があって、その奥までずっと土間が続き、お店のすぐ奥には、今のような座敷があり、そのまま奥に抜けると、中庭があるのだそうだ。(中庭は、明かり取りと雪をためておくのに使ったとのこと)
すなわち、一階は、一度も靴を脱がず、奥まで行けるとのことだが、その分、プライバシーは保ちにくいらしい。
また、囲炉裏のある居間は、吹き抜けになっていて、天井から、光を入れるようになっている。(はたと今気づいたのだが、ガラスがない時代は、そこはただの穴だったのだろうか?)
また、この形式になったのは、城下町ということで、敵が攻めてきたときに、味方の兵士をかくまったり、逃がしたりするのに便利なようにとの話も聞いた。

建物は古いものが多いのだが、戦後の一時期、正面だけ、今風に改築されていたのを、徐々に昔風に直して行ったそう。
だから、町並み全部が下記写真のように昔風のわけではないのだが、だいぶ、昔風に配慮したお家が増えつつあるのがわかる。
下記画像は、味の喜っ川とその隣の酒屋さん。
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こちらは、吉川さんの本家の酒屋さん。
間口が狭いのは、江戸時代は、間口の広さで税金が決まったためとのこと。
この画像から、奥行きが長いことが良くわかる。
このお家は、本当に古く、築184年とのこと。
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「お人形さま巡り」だから、お雛様だけではなく、色々な人形が飾られていた。
喜っ川さんを出て最初に入ったのが、右隣の酒屋の益甚さん。
ここで、「動きのある古いお人形」にびっくりした。
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これは、「竹田人形(江戸後期~明治)大坂道頓堀にあった人形芝居「竹田近江一座」にちなんだものと言われる。
見得を着る姿印象的」と説明に書いてあった。
本当、歌舞伎の見得が見事に表現されていて、躍動感が素晴らしいと思った。

東京に帰ってきてから、「そうだ、こういうお人形のお芝居、幼いときにNHKで見たことがある、確か、やはり、竹田?」とか思い出したので、検索してみたら、「竹田人形座」という組織で、今は残念ながら、続いていないらしいけれど、大坂道頓堀の「竹田近江一座」の流れを汲んでいることがわかった。
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こちらは、確か、加藤清正公だったかな?(これも、喜っ川さんのお隣の「益甚」さん所蔵)
何て言うのかな、今、東京で普通に暮らしていると、細かい戦記といおうか、織田信長から徳川幕府が始まるまでの時代の戦国武将なんて、全く無関係で生活しているのに、昔は、このようなお人形にして飾られる程、生活に密着していたのだ、と感激。(確かに、私の父だったら、私より、そういう話に詳しかったと思う←あ、そうか、敗戦で日本の教育内容ががらっと変わり、こういう戦国時代の話なぞ、学校で教えなくなったから、遠くなってしまったのだ。)
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こちらは、うおや鮭こうばにあったもの。おじいさんの武士が鎧を着たまま赤ん坊を嬉しそうに抱いているお人形。
何だかな~、今は、武者人形というと、こどもの日に飾る鎧甲の勇壮なお人形しか思い浮かばないけれど、昔は、このような生活描写というか、物語の一場面や色々な世代をを表したお人形が沢山あったのだよね、きっと。
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こちらは、「九重園」というお茶屋さんのお雛様の下に飾ってあった大名行列。
大名行列のお人形はここにしかなく、これは良くテレビ等で映し出され、有名。
何でも、お殿様からいただいたものとのこと。
この大名行列の下に、歌舞伎の動きだと思うのだけれど、動きのあるお人形が沢山あって、魅力的であった。
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by mw17mw | 2013-03-28 22:33 | 東京以外の遠出・温泉 | Comments(0)

新潟県村上市「人形さま巡り」の旅 2/7

昨晩は、眠ってしまい、ブログを休んでしまいました。
今日からがんばろうと思うのだけれど、「画像ソフトがなくて、やる気が起きないな~と思っていたのだけれど、XPにも画像ソフトがついていることを発見、それは画像を回転させたり、サイズを小さくすることしかできず、使いにくく、思うように動けません。

だったら、早くコンピュータを買うなり直すなりすれば良いのだけれど、どうも決心がつかなくて...。
村上でお財布をなくした時は、「もう絶対修理して、費用を抑えよう」と決心したのに、財布が見つかってしかも、被害は着払いの書留代960円だった結果に終わり、少し気が大きくなったし、これから、アベノミックスのインフレ時代に入るのでしょう?
そうだったら、今のうちにPC買っておいた方がいいなとも思うし、でも、気に入った機種が見つかっていなくてぐずぐずしております。

では、ぐずぐず、ちょっとずつ画像を整理して、UPしていきます。

新潟県の村上市は、江戸時代まで村上藩の城下町であり、今まで戦火や自然災害に遭わなかったため、昔ながらの建物や区割りが残っている地域とのこと。

村上市の人形さま巡りというのは、ここに詳しく出ているが、喜っ川という鮭の加工品を製造販売するお店の跡継ぎである吉川真嗣(きっかわしんじ)さんが発案して、始められた催し物で、毎年3月1日から4月3日まで続く。
吉川さんは、この功績が政府から認められ、80人くらいいる国土交通省観光庁が任命した「観光カリスマ」の一人。

なんだか、吉川さんは、台東区が秋に毎年開催する下町塾という勉強会に、この3年講師として招かれているとのことで、その下町塾の中心団体と仲良しらしく、今回の団体旅行は、吉川さんが色々便宜をはかってくれて、自ら案内してくださったり、お店の二階で、町作りに関する講義をしてくださったり、地元のテレビ局が作った「人形さま巡り」のドキュメンタリーも見せていただいた。
(私も昨年末下町塾に参加し、吉川さんの講義に心を打たれ、今回、ツアーがあると聴き、この機会を逃したら、一生、村上に行くことはないなと思ったので、その下町塾で仲良くなった逞しい同じ歳の女性も参加するとのことで、参加した。)

しかし、それらの至れり尽くせりが終わった後、自分たちで回るとき、どうすれば快適にその催し物を楽しめるか、考えながら、回ってみた。

(と言いながら、「ボランティア」と背中に書かれたジャンパーを着た人たちが案内するのを見かけながら、その人達にコンタクトするにはどうしたら良いのかは、わかっていない。
地元で聞いたとき「無料のボランティア」で、団体でなくても案内してくれると聞いたと思ったのだが、東京に帰って調べてみたら、有料のボランティアしか出てこなかった。
多分、人形さまを公開しているお家で聞くなりすると、親切に教えてくれると思う、また、地図を片手に無手勝手に回るのも楽しい)

なんだか、日本全国全然歩いていない私が、村上市を見てどう思ったかを書いても何の意味もないことなのだが、一応印象を書くと、地方都市なのに、畑とか田圃が全然ない、民家で構成されている町という印象。
すなわち、それが「元城下町」の特徴かも知れない。

そんなに大きくはないけれど、駅から、市役所のある中心地まで歩いたら、30分くらいかかるかな?
その間、コンビニなぞ全然ないし、泊まるホテルが海沿いだったので、そちらも走ってみたが、ドライブイン的なレストランとか、回転寿司とか全然ない地域であった。(コンビニは、駅に「New Days」があったのみ。
しかし、東京で、村上市にセブンイレブンがあるかチェックしたら、7店舗もあったはずなのに、一つも目に入らなかった。
多分、私たちが行動した地域は、地元民が行動する地域と、相当ずれていたかも)

人形さま巡り開催中の村上市に着いたら、この2つの地図「町屋の人形さま巡り」と「村上めぐりマップ」をもらうことがお奨め。
交通手段は、タクシーの他、温泉の送迎バスも泊まるホテルによっては利用できそう。
また、市内には、2通りの循環バスが走っていた。
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裏を返すと、こんな感じ。
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人形さま巡りは、村上市の真ん中あたりの商家が協力して開催されているから、町の真ん中が詳しい地図であり、観光協会が出していると思われる「村上めぐりマップ」は、村上市全体の地図の他、お食事処等の情報も載っていて便利。
(しかし、今、まじまじと見たら、村上駅の電話番号が書いてあるのは、お人形さま巡りのマップだけであった、私はそのおかげですぐに駅に連絡が取れた。)

こちらは、喜っ川さんのお店の奥に飾られていたお雛様。
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ここを皮切りに、古くて素敵なお人形さまを巡ってきた。
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by mw17mw | 2013-03-27 22:46 | 東京以外の遠出・温泉 | Comments(0)

新潟県村上市「人形さま巡り」の旅 1/7 財布忘れ

日月と、「吉川先生と歩く『町屋の人形さま巡り』という団体旅行に参加してきた。(団体といっても、9名)

でも、私は、最初からドジを踏んでしまった、それも書くのも恥ずかしいドジを...。

上野駅に集合して、上越新幹線で新潟まで行き、そこから、羽越本線の特急に乗り換える。
お昼は、羽越本線の中で駅弁を食べるしかなかったので、幕の内弁当を購入して食べた。
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新潟駅で買った幕の内弁当は結構美味しかった、また、鮭といくらが入っているところが新潟らしい幕の内弁当?
そして、社内で、コーヒーを買ったところまでは良かったのだ。

秋田行きのその電車に約50分乗っていると、村上に着く。
その時、自分ではごく普通に身支度して降りたつもりだったが、降りた後に、お財布がないことに気づいて、真っ青。

しかし、迎えのバスが着いているし、他の人に迷惑をかけるわけにはいかないので、バスに乗り、「人形さま巡り」の会場の方に行ったのだ。
で、再び、自分の荷物をチェックしてみたが、やはり、どこにも財布が見あたらないのだ。

最後、コーヒーの車内販売を買うときに、お財布から300円出した覚えがある。
その時、お財布をバッグにしまったけれど、バッグのジッパーは閉めた覚えがなかったし、人とコーヒーを飲みながら、話しながら、その作業をした覚えがある。
駅について、ゴミも捨てたけれど、ゴミを入れた袋は軽くて、あの中に私のお財布が入っていたとは思えない。

どう考えても、バッグからお財布が落ちてしまったのに私が気づかなかったから、お財布はきっと電車の中だと思った。

携帯で、村上駅の遺失物係りに電話し、先程降りた特急の名前とか、自分の座っていた車両などを知らせ、今、秋田に向かって走っている電車に連絡してもらうことにした。

駅の人が言うのは、トンネルが多い地域を走っているので、連絡はすぐつかないかも知れないが、追って、結果は連絡するとのこと。

私は真っ青というか、ま~、こういう事態になってしまうと、一緒に来た人たちの心も暗くするような気がして、皆に悪くて、気が気ではなかった。(皆、大丈夫?とか、大変とか、心配してくれていた)

結構お金は入っているし、健康保険証とクレジットカードが一枚ずつ入っていて、見つからなかった時、処理が面倒だと思っていた。
しかし、私たちは、羽越本線の特急の指定席で来たし、その指定席はガラガラであった。
村上から先、指定席をとらなくても自由席で十分座れるのなら、私たちが降りた後、その指定席の車両に人が乗ってこないのではと思った。
そして、私のお財布が席から転げ落ちて、席の下あたりに落ちていると、見つけにくくて、誰も拾わないかもと期待した。

それから、30分くらいして、駅から連絡があり、無事、私のお財布は車内で見つかり、今、秋田駅にあるとのこと。

そして、こうなると、私の家まで着払いで書留で送ることになるとのこと。
(昔は、村上駅に届けてくれた時代もあったらしい)
それしかないのなら、仕方がない、一緒した人がお金を貸してくれるとのことだったので、後で、村上駅に立ち寄り、所定の用紙に届け先等記入して、手続きを終えた。

わ~、しかし、あって良かった!
私も緊張から心が軽くなって行くのがはっきりわかったし、ご一緒した人たちの心も軽くなったようで、良かった。

こんな、旅先でお財布をなくしたというのは初めての経験であったが、なんだか、こんなことが起きると、自分だけではなく、周囲の楽しい旅行気分も壊してしまうということを経験して、もう二度とこんなことはすまいと思う私であった。(涙)
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by mw17mw | 2013-03-25 22:29 | 東京以外の遠出・温泉 | Comments(4)

山梨一泊二日旅行 番外編-山梨の小梅<梅干し・梅漬け>

昨晩も、気付いたら眠っていた、トホホ...。
少し涼しくなって、夏の疲れが出て来たのかしら?

先日、三井製パン舗に行ったら、月1回発行の新聞をくれた。
それによると、9月22,23日に、調布駅より先の京王閣競輪場で、「パンフェス 2012」なるものが開かれて、三井製パン舗さんも出店されるとか。
が、その新聞、間違えて捨ててしまった。
何でも、日本中から、腕に覚えるパン屋さんが大集合するみたい。
近かったら是非行ってみたい催し物だけれど、パンって、冷凍庫に空きがなければ、いっぺんにそんなに買えないよね?
それに多分100店くらいのお店が出るのだと思うけれど、どこのパンを買えば良いかわからないし、多分、私は行かないと思う。
(神田明神までは遠いという皆さまに、三井製パン舗のパンは、高いけれど、買ってみる価値があると思います。)

---本題です---

前に書いたが、「おいしい学校」の産直所で買った180円の梅干しが本当に私好みで、「もっと買っておけば良かった」と思ったので、「みたまの湯」にも産直所でも、小梅の梅干しが売られていたので、200円で買ってみた。

山梨って、小梅の梅干しを売っている確率が高いなと思ったら、Jちゃんが言うには、「甲州小梅」という有名な言葉があるとのことだったので、家に帰ってから、「甲州小梅」で検索してみたら、「甲州小梅」という品種があって、山梨で栽培されているみたい。Wikiのウメによると「小梅の代表格品種」と書いてあった。(きっと、Wikiにある「甲州最小」というのと、「甲州小梅は同じものではないか?)(でも、買った二種類の小梅が「甲州小梅」かどうかはわからない)

その買って来た2つを比べると、結構、梅干し・梅漬けについての勉強になった。
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買ったときは気付かなかったが、左側のおいしい学校のは「梅干し」で、右のみたまの湯のものは「梅漬け」であった。
それによる一番大きな違いは、賞味期限で、「梅干し」の方は賞味期限が一年先なのに、「梅漬け」は、一カ月先であった。(やはり、干すと、腐りにくくなるのだ。)

見た目も、おいしい学校で買ったものは、赤じそが入っていなくて薄茶色、中の果肉がペースト状に柔らかく仕上がっているのに対して、みたまの湯で購入したものは、赤じそで赤くなっていて、どちらかというと、青梅のうちに漬けたのだろうか、カリカリまでは行かないのだけれど、結構固めの漬け上がり。

食べてみると、薄茶のふにょふにょタイプの梅の方は、塩分が低くて、梅干しだけで食べても美味しいが、赤い梅漬けの方は相当塩分が強くて、ご飯が欲しくなる感じであった。
(多分、おにぎりに入れるとしたら、赤い梅漬けの方でも十分美味しいとは思う。)

(今持っている、えいよう塾さんでいただいた小梅の品種を失念したが、山梨のと比べて、明らかに種の形が違うような気がする、種の大きさはそんなに変わらないと思うのだが、えいよう塾さんの小梅の種は、平ぺったい、山梨の物の方が丸い。)

以下、私の好みで、梅干しばかりを褒めることになってしまうけれど、これは、本当に好みの問題で、絶対的評価でないことを予め断っておく。

最初に買ったふにゃふにゃの梅干しがやたらに私好みの小梅であったので、来年、自分で漬けるとしたら、この須玉町産の小梅を使いたいと思い、山梨における梅干し用の梅の実の通販を探してみたが、ないようであった。
そして、甲州小梅の作り方みたいなページもあって、どうも、みたまの湯で買った赤い小梅の方がカリカリしていて、甲州小梅の漬け方のようだ。

薄茶の方の柔らかい梅干しは、種が小さく感じられ、中の果肉がペースト状で量が多い、また、種に殆ど果肉が残らない、しかも、干しているから、皮が厚くなっていてもおかしくないのに、皮が薄いのだ。
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何度も開けていたら、塩を吹いてしまった。こんなに皮を薄いまま干すなんて、どうすればできるのだろう?
小梅だから、一日くらいしか干していないのかしら?
梅干し一年生の私としたら、どうやれば、こういう梅干しが作れるのか、この生産者の方に弟子入りしたい気分。(笑)

弟子入りが無理だったら、来年から、この生産者の方にお願いして、一年分の梅干しを送ってもらおうかしら?と考えている。(最初は、山梨の小梅を取り寄せて頑張ってみようと思ったが、山梨の小梅の通販はないようだし、もし、手に入ったとしても、私がこの梅干しのように上手に漬けられるとは限らないのだから)

以前、もらった和歌山の高級な梅と同じくらいの品質で、このお値段は信じられない。

世の中には、隠れた梅干し名人が沢山いるに違いない。
(梅干し名人が高齢者の場合、娘さんなど近親者はその技術を受け継いでいるのかしらね~)

偶然訪ねた山梨の産直所で、原材料が「梅・塩」もしくは、「梅・しそ・塩」だけの小梅に巡り合ったが、甲府の山交(やまこう)というデパートの地下で巡り合った小梅は、原材料の表示が5行くらい色々なものが入っているタイプであった。(勿論、買わなかった)
何だか、これから、道の駅とか、産直所に行くことあれば、必ず、梅干しをチェックして買ってしまいそう。
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by mw17mw | 2012-09-06 17:50 | 東京以外の遠出・温泉 | Comments(0)

山梨一泊二日旅行8/8-「みたまの湯」

d0063149_18365417.jpgおじさんたちに沢山のお礼を言って別れ、身延線に乗って甲府に向かう。
甲府で、新しく開発されたという北口に行ってみたり、おみやげものなぞをちらっと見たけれど、まだ、時間がたっぷりあった。(所帯持ちのJちゃんも、そんなに早く帰らなくて良いのだって)
(右の写真は、甲府駅北口にあった「藤村記念館」、下津金で見た明治時代の小学校と同じ設計。山梨は空襲がなかったから、こういう建物が沢山残っているのかも)

ということで、二人で「やはり、温泉に入って帰りたい」ということになった。
叔父たちと別れた東花輪という駅は、従姉から聞いた日帰り温泉のある「甲斐上野」の隣の駅だから、東花輪からタクシーに乗っても、大して違いはないのではと思ったのだ。
また、甲府から東花輪は各駅停車の電車でもそんなに時間がかからなかったし、ひと風呂浴びて、甲府に戻っても7時頃には東京に着けそうであった。

実際、東花輪でなく、次の甲斐上野まで身延線に乗って、そこでタクシーを拾うのが一番良さそうなのだけれど、前日、甲斐岩間で駅前にタクシーが一台も停まっていなかったことを経験してしまうと、怖くて、甲斐上野に行けなかった。(その点、東花輪の駅前には、タクシーが2台も停まっていることを実際に自分の目で見たのだから、外でネットに繋がっていない私としては東花輪の方が安心だった。)

d0063149_18335221.jpg東花輪に着いて、タクシーの運転手さんに、「日帰り温泉まで」と言ったら、近辺に一か所しかないようで通じた。(笑)
で、東花輪から10分くらい走ったところで、「そろそろですか?」と聞いたら、10分で半分のところとのこと。
その後は登り坂になって、山を上って行くと中腹のところに、その温泉はあるとのこと。
ゴミゴミした町中を抜けて、山の中に入って行くと、急に周囲が緑で溢れてきれいな景色になった。
暫く行くと、その温泉施設に到着した。(東花輪から二千円かかったが、それは、二人だったので、ま、いいやである。)

d0063149_18342424.jpgその温泉は、「みたまの湯」と言って、どんな温泉なのか、全く予備知識なしで行ったのだが、観光客が喜びそうな作りで、八ヶ岳や南アルプス、奥多摩の山々と甲府盆地が一望できる露天風呂があって、とても素敵であった。
(昨日行きそびれた「つむぎの湯」は平地に作った温泉であるから、見晴らしなぞを考えると、こちらの「みたまの湯」の方が、観光客向けだと思う。もしかして、昨日、温泉に行きそびれたことが反って良かったかも)

玄関に歓送迎バスらしきものが停まっていたので、フロントで、「歓送迎バスはあるのですか?」と聞いたら、土日祭日以外の日は運行しているとのこと。
(その話を聞いて、本当にこの日帰り温泉は人気があるのだと感じた。)

で、温泉の残念なことは、お風呂の内部にカメラを持ち込めないこと。
でも、温泉施設に入る前に、周囲の写真を撮ってみたのだが、下記画像が、露天風呂から見える景色に近いかも。
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お風呂場に入った途端、薄ら、広大な甲府盆地全体が目に飛び込んできて、慌てて、ロッカーに眼鏡を取りに戻ってしまった。(笑)
本当に素晴らしい景色で、湯船に浸かっている間中は、ずっと眼鏡をかけて、お風呂に入っていた。
二人ともとてもきれいな景色が見える大きなお風呂に入れて、大満足で、殆ど休まず、産直のお店をチェックしたくらいで、また、タクシーを呼んで東花輪に戻った。(家に戻ってから、甲府のおばさんに電話して「みたまの湯」に行った話をしたら、「あそこは、景色が良くて人気がある。また、あの周囲には城跡もあるし、ゆっくり行けたら良かったのにね」とのこと。)

タクシーの運転手さんに聞いたら、甲斐上野でも東花輪でも、そんなに料金は変わらないと言っていたが、家に帰ってから、みたまの湯について調べると、甲斐上野からタクシーで5~10分と書いてあり、東花輪からだと20分はかかるので、東花輪との往復は多分二倍くらい高いみたい。
でも、一回だけのことだし、とにかく、甲斐上野に行って、タクシーが拾えるかどうかがわからなかったので、ま、いいか、である。(皆さまが身延線で行く場合は、甲斐上野がお奨め。<タクシーが多分いると思うが、その点も怖いから、予め、タクシー会社の電話番号を調べて行くと良いと思う)

(今、「山梨 日帰り温泉」で検索したら、「山梨 日帰り温泉 トップ10」というページが出て来て「みたまの湯」が一位であった。)

そこから、甲府に戻って、かいじの席を予約して、二日間の楽しく盛りだくさんであったできごとをかみしめながら、東京に戻った。
本当に良いことばかりの楽しい旅行であり、親戚の皆さまにはお礼の言いようもないくらい、歓迎してもらい、幸せであった。

私なぞ、東京の家は、狭くて、客間もなく、誰も泊められないし、免許も自動車も持っていないから、山梨の人が来ても、大したもてなしもできないのだ。
それなのに、とにかく、久しぶりに、姪が二人山梨に来るということで、大歓迎してくれて、本当にじわんと心が温かくなった。
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by mw17mw | 2012-09-04 18:36 | 東京以外の遠出・温泉 | Comments(2)