カテゴリ:東京以外の遠出・温泉( 64 )

新潟県村上市「人形さま巡り」の旅 2/7

昨晩は、眠ってしまい、ブログを休んでしまいました。
今日からがんばろうと思うのだけれど、「画像ソフトがなくて、やる気が起きないな~と思っていたのだけれど、XPにも画像ソフトがついていることを発見、それは画像を回転させたり、サイズを小さくすることしかできず、使いにくく、思うように動けません。

だったら、早くコンピュータを買うなり直すなりすれば良いのだけれど、どうも決心がつかなくて...。
村上でお財布をなくした時は、「もう絶対修理して、費用を抑えよう」と決心したのに、財布が見つかってしかも、被害は着払いの書留代960円だった結果に終わり、少し気が大きくなったし、これから、アベノミックスのインフレ時代に入るのでしょう?
そうだったら、今のうちにPC買っておいた方がいいなとも思うし、でも、気に入った機種が見つかっていなくてぐずぐずしております。

では、ぐずぐず、ちょっとずつ画像を整理して、UPしていきます。

新潟県の村上市は、江戸時代まで村上藩の城下町であり、今まで戦火や自然災害に遭わなかったため、昔ながらの建物や区割りが残っている地域とのこと。

村上市の人形さま巡りというのは、ここに詳しく出ているが、喜っ川という鮭の加工品を製造販売するお店の跡継ぎである吉川真嗣(きっかわしんじ)さんが発案して、始められた催し物で、毎年3月1日から4月3日まで続く。
吉川さんは、この功績が政府から認められ、80人くらいいる国土交通省観光庁が任命した「観光カリスマ」の一人。

なんだか、吉川さんは、台東区が秋に毎年開催する下町塾という勉強会に、この3年講師として招かれているとのことで、その下町塾の中心団体と仲良しらしく、今回の団体旅行は、吉川さんが色々便宜をはかってくれて、自ら案内してくださったり、お店の二階で、町作りに関する講義をしてくださったり、地元のテレビ局が作った「人形さま巡り」のドキュメンタリーも見せていただいた。
(私も昨年末下町塾に参加し、吉川さんの講義に心を打たれ、今回、ツアーがあると聴き、この機会を逃したら、一生、村上に行くことはないなと思ったので、その下町塾で仲良くなった逞しい同じ歳の女性も参加するとのことで、参加した。)

しかし、それらの至れり尽くせりが終わった後、自分たちで回るとき、どうすれば快適にその催し物を楽しめるか、考えながら、回ってみた。

(と言いながら、「ボランティア」と背中に書かれたジャンパーを着た人たちが案内するのを見かけながら、その人達にコンタクトするにはどうしたら良いのかは、わかっていない。
地元で聞いたとき「無料のボランティア」で、団体でなくても案内してくれると聞いたと思ったのだが、東京に帰って調べてみたら、有料のボランティアしか出てこなかった。
多分、人形さまを公開しているお家で聞くなりすると、親切に教えてくれると思う、また、地図を片手に無手勝手に回るのも楽しい)

なんだか、日本全国全然歩いていない私が、村上市を見てどう思ったかを書いても何の意味もないことなのだが、一応印象を書くと、地方都市なのに、畑とか田圃が全然ない、民家で構成されている町という印象。
すなわち、それが「元城下町」の特徴かも知れない。

そんなに大きくはないけれど、駅から、市役所のある中心地まで歩いたら、30分くらいかかるかな?
その間、コンビニなぞ全然ないし、泊まるホテルが海沿いだったので、そちらも走ってみたが、ドライブイン的なレストランとか、回転寿司とか全然ない地域であった。(コンビニは、駅に「New Days」があったのみ。
しかし、東京で、村上市にセブンイレブンがあるかチェックしたら、7店舗もあったはずなのに、一つも目に入らなかった。
多分、私たちが行動した地域は、地元民が行動する地域と、相当ずれていたかも)

人形さま巡り開催中の村上市に着いたら、この2つの地図「町屋の人形さま巡り」と「村上めぐりマップ」をもらうことがお奨め。
交通手段は、タクシーの他、温泉の送迎バスも泊まるホテルによっては利用できそう。
また、市内には、2通りの循環バスが走っていた。
d0063149_220234.jpg

裏を返すと、こんな感じ。
d0063149_2203076.jpg
人形さま巡りは、村上市の真ん中あたりの商家が協力して開催されているから、町の真ん中が詳しい地図であり、観光協会が出していると思われる「村上めぐりマップ」は、村上市全体の地図の他、お食事処等の情報も載っていて便利。
(しかし、今、まじまじと見たら、村上駅の電話番号が書いてあるのは、お人形さま巡りのマップだけであった、私はそのおかげですぐに駅に連絡が取れた。)

こちらは、喜っ川さんのお店の奥に飾られていたお雛様。
d0063149_221683.jpg
ここを皮切りに、古くて素敵なお人形さまを巡ってきた。
[PR]

by mw17mw | 2013-03-27 22:46 | 東京以外の遠出・温泉 | Comments(0)

新潟県村上市「人形さま巡り」の旅 1/7 財布忘れ

日月と、「吉川先生と歩く『町屋の人形さま巡り』という団体旅行に参加してきた。(団体といっても、9名)

でも、私は、最初からドジを踏んでしまった、それも書くのも恥ずかしいドジを...。

上野駅に集合して、上越新幹線で新潟まで行き、そこから、羽越本線の特急に乗り換える。
お昼は、羽越本線の中で駅弁を食べるしかなかったので、幕の内弁当を購入して食べた。
d0063149_22285542.jpg
新潟駅で買った幕の内弁当は結構美味しかった、また、鮭といくらが入っているところが新潟らしい幕の内弁当?
そして、社内で、コーヒーを買ったところまでは良かったのだ。

秋田行きのその電車に約50分乗っていると、村上に着く。
その時、自分ではごく普通に身支度して降りたつもりだったが、降りた後に、お財布がないことに気づいて、真っ青。

しかし、迎えのバスが着いているし、他の人に迷惑をかけるわけにはいかないので、バスに乗り、「人形さま巡り」の会場の方に行ったのだ。
で、再び、自分の荷物をチェックしてみたが、やはり、どこにも財布が見あたらないのだ。

最後、コーヒーの車内販売を買うときに、お財布から300円出した覚えがある。
その時、お財布をバッグにしまったけれど、バッグのジッパーは閉めた覚えがなかったし、人とコーヒーを飲みながら、話しながら、その作業をした覚えがある。
駅について、ゴミも捨てたけれど、ゴミを入れた袋は軽くて、あの中に私のお財布が入っていたとは思えない。

どう考えても、バッグからお財布が落ちてしまったのに私が気づかなかったから、お財布はきっと電車の中だと思った。

携帯で、村上駅の遺失物係りに電話し、先程降りた特急の名前とか、自分の座っていた車両などを知らせ、今、秋田に向かって走っている電車に連絡してもらうことにした。

駅の人が言うのは、トンネルが多い地域を走っているので、連絡はすぐつかないかも知れないが、追って、結果は連絡するとのこと。

私は真っ青というか、ま~、こういう事態になってしまうと、一緒に来た人たちの心も暗くするような気がして、皆に悪くて、気が気ではなかった。(皆、大丈夫?とか、大変とか、心配してくれていた)

結構お金は入っているし、健康保険証とクレジットカードが一枚ずつ入っていて、見つからなかった時、処理が面倒だと思っていた。
しかし、私たちは、羽越本線の特急の指定席で来たし、その指定席はガラガラであった。
村上から先、指定席をとらなくても自由席で十分座れるのなら、私たちが降りた後、その指定席の車両に人が乗ってこないのではと思った。
そして、私のお財布が席から転げ落ちて、席の下あたりに落ちていると、見つけにくくて、誰も拾わないかもと期待した。

それから、30分くらいして、駅から連絡があり、無事、私のお財布は車内で見つかり、今、秋田駅にあるとのこと。

そして、こうなると、私の家まで着払いで書留で送ることになるとのこと。
(昔は、村上駅に届けてくれた時代もあったらしい)
それしかないのなら、仕方がない、一緒した人がお金を貸してくれるとのことだったので、後で、村上駅に立ち寄り、所定の用紙に届け先等記入して、手続きを終えた。

わ~、しかし、あって良かった!
私も緊張から心が軽くなって行くのがはっきりわかったし、ご一緒した人たちの心も軽くなったようで、良かった。

こんな、旅先でお財布をなくしたというのは初めての経験であったが、なんだか、こんなことが起きると、自分だけではなく、周囲の楽しい旅行気分も壊してしまうということを経験して、もう二度とこんなことはすまいと思う私であった。(涙)
[PR]

by mw17mw | 2013-03-25 22:29 | 東京以外の遠出・温泉 | Comments(4)

山梨一泊二日旅行 番外編-山梨の小梅<梅干し・梅漬け>

昨晩も、気付いたら眠っていた、トホホ...。
少し涼しくなって、夏の疲れが出て来たのかしら?

先日、三井製パン舗に行ったら、月1回発行の新聞をくれた。
それによると、9月22,23日に、調布駅より先の京王閣競輪場で、「パンフェス 2012」なるものが開かれて、三井製パン舗さんも出店されるとか。
が、その新聞、間違えて捨ててしまった。
何でも、日本中から、腕に覚えるパン屋さんが大集合するみたい。
近かったら是非行ってみたい催し物だけれど、パンって、冷凍庫に空きがなければ、いっぺんにそんなに買えないよね?
それに多分100店くらいのお店が出るのだと思うけれど、どこのパンを買えば良いかわからないし、多分、私は行かないと思う。
(神田明神までは遠いという皆さまに、三井製パン舗のパンは、高いけれど、買ってみる価値があると思います。)

---本題です---

前に書いたが、「おいしい学校」の産直所で買った180円の梅干しが本当に私好みで、「もっと買っておけば良かった」と思ったので、「みたまの湯」にも産直所でも、小梅の梅干しが売られていたので、200円で買ってみた。

山梨って、小梅の梅干しを売っている確率が高いなと思ったら、Jちゃんが言うには、「甲州小梅」という有名な言葉があるとのことだったので、家に帰ってから、「甲州小梅」で検索してみたら、「甲州小梅」という品種があって、山梨で栽培されているみたい。Wikiのウメによると「小梅の代表格品種」と書いてあった。(きっと、Wikiにある「甲州最小」というのと、「甲州小梅は同じものではないか?)(でも、買った二種類の小梅が「甲州小梅」かどうかはわからない)

その買って来た2つを比べると、結構、梅干し・梅漬けについての勉強になった。
d0063149_2302652.jpg
買ったときは気付かなかったが、左側のおいしい学校のは「梅干し」で、右のみたまの湯のものは「梅漬け」であった。
それによる一番大きな違いは、賞味期限で、「梅干し」の方は賞味期限が一年先なのに、「梅漬け」は、一カ月先であった。(やはり、干すと、腐りにくくなるのだ。)

見た目も、おいしい学校で買ったものは、赤じそが入っていなくて薄茶色、中の果肉がペースト状に柔らかく仕上がっているのに対して、みたまの湯で購入したものは、赤じそで赤くなっていて、どちらかというと、青梅のうちに漬けたのだろうか、カリカリまでは行かないのだけれど、結構固めの漬け上がり。

食べてみると、薄茶のふにょふにょタイプの梅の方は、塩分が低くて、梅干しだけで食べても美味しいが、赤い梅漬けの方は相当塩分が強くて、ご飯が欲しくなる感じであった。
(多分、おにぎりに入れるとしたら、赤い梅漬けの方でも十分美味しいとは思う。)

(今持っている、えいよう塾さんでいただいた小梅の品種を失念したが、山梨のと比べて、明らかに種の形が違うような気がする、種の大きさはそんなに変わらないと思うのだが、えいよう塾さんの小梅の種は、平ぺったい、山梨の物の方が丸い。)

以下、私の好みで、梅干しばかりを褒めることになってしまうけれど、これは、本当に好みの問題で、絶対的評価でないことを予め断っておく。

最初に買ったふにゃふにゃの梅干しがやたらに私好みの小梅であったので、来年、自分で漬けるとしたら、この須玉町産の小梅を使いたいと思い、山梨における梅干し用の梅の実の通販を探してみたが、ないようであった。
そして、甲州小梅の作り方みたいなページもあって、どうも、みたまの湯で買った赤い小梅の方がカリカリしていて、甲州小梅の漬け方のようだ。

薄茶の方の柔らかい梅干しは、種が小さく感じられ、中の果肉がペースト状で量が多い、また、種に殆ど果肉が残らない、しかも、干しているから、皮が厚くなっていてもおかしくないのに、皮が薄いのだ。
d0063149_23221445.jpg
何度も開けていたら、塩を吹いてしまった。こんなに皮を薄いまま干すなんて、どうすればできるのだろう?
小梅だから、一日くらいしか干していないのかしら?
梅干し一年生の私としたら、どうやれば、こういう梅干しが作れるのか、この生産者の方に弟子入りしたい気分。(笑)

弟子入りが無理だったら、来年から、この生産者の方にお願いして、一年分の梅干しを送ってもらおうかしら?と考えている。(最初は、山梨の小梅を取り寄せて頑張ってみようと思ったが、山梨の小梅の通販はないようだし、もし、手に入ったとしても、私がこの梅干しのように上手に漬けられるとは限らないのだから)

以前、もらった和歌山の高級な梅と同じくらいの品質で、このお値段は信じられない。

世の中には、隠れた梅干し名人が沢山いるに違いない。
(梅干し名人が高齢者の場合、娘さんなど近親者はその技術を受け継いでいるのかしらね~)

偶然訪ねた山梨の産直所で、原材料が「梅・塩」もしくは、「梅・しそ・塩」だけの小梅に巡り合ったが、甲府の山交(やまこう)というデパートの地下で巡り合った小梅は、原材料の表示が5行くらい色々なものが入っているタイプであった。(勿論、買わなかった)
何だか、これから、道の駅とか、産直所に行くことあれば、必ず、梅干しをチェックして買ってしまいそう。
[PR]

by mw17mw | 2012-09-06 17:50 | 東京以外の遠出・温泉 | Comments(0)

山梨一泊二日旅行8/8-「みたまの湯」

d0063149_18365417.jpgおじさんたちに沢山のお礼を言って別れ、身延線に乗って甲府に向かう。
甲府で、新しく開発されたという北口に行ってみたり、おみやげものなぞをちらっと見たけれど、まだ、時間がたっぷりあった。(所帯持ちのJちゃんも、そんなに早く帰らなくて良いのだって)
(右の写真は、甲府駅北口にあった「藤村記念館」、下津金で見た明治時代の小学校と同じ設計。山梨は空襲がなかったから、こういう建物が沢山残っているのかも)

ということで、二人で「やはり、温泉に入って帰りたい」ということになった。
叔父たちと別れた東花輪という駅は、従姉から聞いた日帰り温泉のある「甲斐上野」の隣の駅だから、東花輪からタクシーに乗っても、大して違いはないのではと思ったのだ。
また、甲府から東花輪は各駅停車の電車でもそんなに時間がかからなかったし、ひと風呂浴びて、甲府に戻っても7時頃には東京に着けそうであった。

実際、東花輪でなく、次の甲斐上野まで身延線に乗って、そこでタクシーを拾うのが一番良さそうなのだけれど、前日、甲斐岩間で駅前にタクシーが一台も停まっていなかったことを経験してしまうと、怖くて、甲斐上野に行けなかった。(その点、東花輪の駅前には、タクシーが2台も停まっていることを実際に自分の目で見たのだから、外でネットに繋がっていない私としては東花輪の方が安心だった。)

d0063149_18335221.jpg東花輪に着いて、タクシーの運転手さんに、「日帰り温泉まで」と言ったら、近辺に一か所しかないようで通じた。(笑)
で、東花輪から10分くらい走ったところで、「そろそろですか?」と聞いたら、10分で半分のところとのこと。
その後は登り坂になって、山を上って行くと中腹のところに、その温泉はあるとのこと。
ゴミゴミした町中を抜けて、山の中に入って行くと、急に周囲が緑で溢れてきれいな景色になった。
暫く行くと、その温泉施設に到着した。(東花輪から二千円かかったが、それは、二人だったので、ま、いいやである。)

d0063149_18342424.jpgその温泉は、「みたまの湯」と言って、どんな温泉なのか、全く予備知識なしで行ったのだが、観光客が喜びそうな作りで、八ヶ岳や南アルプス、奥多摩の山々と甲府盆地が一望できる露天風呂があって、とても素敵であった。
(昨日行きそびれた「つむぎの湯」は平地に作った温泉であるから、見晴らしなぞを考えると、こちらの「みたまの湯」の方が、観光客向けだと思う。もしかして、昨日、温泉に行きそびれたことが反って良かったかも)

玄関に歓送迎バスらしきものが停まっていたので、フロントで、「歓送迎バスはあるのですか?」と聞いたら、土日祭日以外の日は運行しているとのこと。
(その話を聞いて、本当にこの日帰り温泉は人気があるのだと感じた。)

で、温泉の残念なことは、お風呂の内部にカメラを持ち込めないこと。
でも、温泉施設に入る前に、周囲の写真を撮ってみたのだが、下記画像が、露天風呂から見える景色に近いかも。
d0063149_18285264.jpg
お風呂場に入った途端、薄ら、広大な甲府盆地全体が目に飛び込んできて、慌てて、ロッカーに眼鏡を取りに戻ってしまった。(笑)
本当に素晴らしい景色で、湯船に浸かっている間中は、ずっと眼鏡をかけて、お風呂に入っていた。
二人ともとてもきれいな景色が見える大きなお風呂に入れて、大満足で、殆ど休まず、産直のお店をチェックしたくらいで、また、タクシーを呼んで東花輪に戻った。(家に戻ってから、甲府のおばさんに電話して「みたまの湯」に行った話をしたら、「あそこは、景色が良くて人気がある。また、あの周囲には城跡もあるし、ゆっくり行けたら良かったのにね」とのこと。)

タクシーの運転手さんに聞いたら、甲斐上野でも東花輪でも、そんなに料金は変わらないと言っていたが、家に帰ってから、みたまの湯について調べると、甲斐上野からタクシーで5~10分と書いてあり、東花輪からだと20分はかかるので、東花輪との往復は多分二倍くらい高いみたい。
でも、一回だけのことだし、とにかく、甲斐上野に行って、タクシーが拾えるかどうかがわからなかったので、ま、いいか、である。(皆さまが身延線で行く場合は、甲斐上野がお奨め。<タクシーが多分いると思うが、その点も怖いから、予め、タクシー会社の電話番号を調べて行くと良いと思う)

(今、「山梨 日帰り温泉」で検索したら、「山梨 日帰り温泉 トップ10」というページが出て来て「みたまの湯」が一位であった。)

そこから、甲府に戻って、かいじの席を予約して、二日間の楽しく盛りだくさんであったできごとをかみしめながら、東京に戻った。
本当に良いことばかりの楽しい旅行であり、親戚の皆さまにはお礼の言いようもないくらい、歓迎してもらい、幸せであった。

私なぞ、東京の家は、狭くて、客間もなく、誰も泊められないし、免許も自動車も持っていないから、山梨の人が来ても、大したもてなしもできないのだ。
それなのに、とにかく、久しぶりに、姪が二人山梨に来るということで、大歓迎してくれて、本当にじわんと心が温かくなった。
[PR]

by mw17mw | 2012-09-04 18:36 | 東京以外の遠出・温泉 | Comments(2)

山梨一泊二日旅行7/8-山梨の和風ファミレス「川」

昨日は、失敗が多かった。
朝5時頃目が覚めて、iPodを見たら、山梨の我が親戚の近所に親戚があって私と同じような思い出のある方からのメールが入っていて嬉しかったのだが、朝5時寝ぼけていたので、そのメールを誤って削除してしまった。(涙)
S林堂の御親戚のTさん、お手数ですが、メールの再送をお願いいたします、必ず返事を出しますので。

そして、昨晩は久々涼しかったのか、気がついたら、朝まで眠ってしまって、ブログを休んでしまった。
しかし、だいたい仕上がっているので、今日は2つupする予定。

---本題です---

その後は、叔父が自動車を出してくれて、叔父たちが好きなお店でお昼をご馳走してくれるとのこと。

叔父の車で、甲府方面に向かいながら、景色を楽しんだ。
もう相当前から、叔父の家の方は車社会になっていて、新しく広い道ができていた。
叔父の話では、昔からの街道は、幅が狭くて、両側に民家があるから、広げることは無理で、新しい道路は、全て、全く新しいところに作られたとのこと。
だから、人の流れと言うか、車の流れが変わってしまい、昔の街道沿いの個人商店は結局どんどん閉じられていくし、新しい幹線道路の両側には、巨大な店舗が沢山できたとのこと。

新しい道は、川沿いで、両側に並木が植えられ、快適であった。
まずは、おじさんの次男さんの家に行こうとのこと。
勿論、急な話だから、もし、次男さん一家がその家にいたとしても、玄関で挨拶だけねと言いながら、行ったのだが、生憎留守で、次男さんの新居を外から見て来ただけ。
(今風の洋風の格好良い家であった。)

d0063149_1831575.jpgその後、おじさんたちが連れて行ってくれたのは、「川」というファミレス
山梨県内に2店舗だけのファミレスとのこと。(HPを見ると、ファミレスではなく、お食事処と書いてあるが、メニューやシステムはファミレスそのものだったので、ファミレスに分類)
おじさんが言うには、「食べ物がおいしい、店員が皆親切、メニューが豊富で、大人気のファミレス」とのこと。
(そば・うどんのところに「ほうとう」がない点が、地元住民向けという感じがした。<山梨の人にとって、ほうとうは家で作って食べるもので、外でわざわざ食べるものではないそうだ)

明るい作りの清潔な店内で、椅子席か、掘りごたつ席の相当キャパが大きいファミレスであった。

メニューを見ると、「うなぎ」「お寿司」「そば・うどん」「丼物」「とんかつ」「釜めし」に分かれているけれど、その中で、「お寿司にお蕎麦」とか「釜めし海老フライセット」というように組み合わせセットもあるみたい。(お子様ランチがないのが不思議だが、和食だから、子供には親の分をちょっと分ければいいのかも知れない)
回転寿司ではないけれど、これだけ種類が揃っていれば、家族全員でこのお店にやってきた場合、それぞれが好きな料理を食べられて良いかも。

良く考えると、東京の方の和風のファミレスって、実は私は入ったことがないのだけれど、少なくとも、和風ファミレスでお寿司を出すところはないのではと思ったのだ。

d0063149_1835652.jpgおじさんたちは、お蕎麦にお寿司セット、私とJちゃんは、昨日から食べっぱなし、おばさんの家でもケーキを出してくれたので、お昼が要らないくらいだったが、野菜天ざるにした。

食べながら、私の頭の中は、「どうして、東京のファミレスではお寿司がないのか?」ということでいっぱいになった。
最初は、やはり、お寿司にこだわりのある地域だからとか、お寿司は、回転寿司として発展してしまったからとか思ったが、そのうち、この色々な種類の料理を一つのお店で揃うというのは、東京だったら、ファミレスよりも、デパートの大食堂やお好み食堂なのかも知れないと思った。

多分、和食のファミレスをオープンさせるにあたり、デパートのお好み食堂・聚楽と同じことをしたのでは、「新しい業態の和食ファミレス」というインパクトがないから、出さないことにしたのかな~と思い当たった。

東京も、デパートの大食堂とかお好み食堂を知っている人は減っているし、若い人なぞ、知らない人が多いと思うから、東京でも、この山梨形式の和食ファミレスを開いたら、結構人気が出るかも、いや~、でも、若い人は昔からの食べ物よりも、アメリカンだ、メキシカンだ、イタリアンだという風潮だから、やはり無理かな?

なんてことを考えながら、食べたのだけれど、お蕎麦だから、美味しく満杯状態の胃袋に入ってくれた。

家に帰ってから、検索すると、和食ファミレスの大手というと、「夢庵」「藍屋」「和食さと」くらいしか思いつかないが、調べると、和食さとは、お寿司も扱っているみたい。

また、この「川」という和食ファミレスも検索してみたら、「青春カンパニー」という会社が経営しているらしい。(何か、余りにベタな会社名で、忘れられない。)

食事が終わって、おじさんたちが、「東花輪」という身延線の急行が停まる駅まで送ってくれた。
東花輪は、大きなメーカーの工場が多く、そこで働く外国人従業員がいるから、山梨で一番外国人が多い街なのだそうだ。(車の中から、街路を見ると、確かに、ブラジル料理の店とか見えたような気がする)

ということで、東花輪の駅に着くと、駅員さんがいるし、駅前に客待ちのタクシーが2台も停まっている駅であった。
[PR]

by mw17mw | 2012-09-04 18:13 | 東京以外の遠出・温泉 | Comments(4)

山梨一泊二日旅行6/8-久那土の親戚宅で

私の山梨の叔父たちは、80歳を超えているので、「泊まりに来い」という誘いには有難く乗ったけれど、なるべく負担をかけないようにしたかった。
それで、Jちゃんと相談して、シーツは持参したのだが、元々「シーツは持って行きますから」というのも変だし、黙って持って行ったのだが、着いた時には既に布団も敷かれていて、夕飯の支度もほぼできているとのことで、私たちは何もすることがなかった。(しかも、朝「布団は自分たちであげますから」と言ったのだけれど、たたんだままにしておいてくれと言われて、結局、80歳を越している叔父・叔母にやってもらうことになってしまった。)

d0063149_21414622.jpg夜は、ごちそうを沢山用意していてくれ、アルコールは、ビール・熱燗・ギリシャのシャルドネのちゃんぽん。
(何で、ギリシャのシャルドネかというと、叔父さんの長男一家が今アテネ在住だから)

近所に住む母の姉の長男さんも途中から来てくれ、5人で楽しいお話をすべく、「飲め、飲め」と沢山お酒が注がれて、そのまま帰ることを考えずに泊まりがけなので、一生懸命飲んでしまった。(笑)

そして、翌朝も、信じられないくらい色々なものを出してくれて、豪華な朝食、わ、体重がどうなるのだろうと思いながらも、頑張って食べたが、ま~、大して食べられなかったかな。

d0063149_21421573.jpgその後、歩いて10分くらいのところにある母の一番上のお姉さんであるおばさんの家に右の写真のような景色を見ながら、行ったので、結局、朝食の片付けも手伝わず。(Jちゃんはもう40年以上前に他界した次女の娘で、私は三女の娘)

叔母さんは、三人の娘さんは近隣に嫁ぎ、長男さんと二人暮らし。
今年90歳になるそうで、耳が遠くなって、目も悪くなってきているけれど、毎日、お勤めをしている長男のために、朝食とお弁当を作り、夕方になると、夕飯の用意と酒の肴を作っているそうな。
また、近隣に住む三人の娘さんは、良く実家に集まっているそうな。

その三人の娘さんたちは、子供が成人以上、もしくは孫がいるような人たちなので、自分の家に帰れば、一家の主婦としてで~んと指導的立場で頑張っているのだろうけれど、母親が元気な実家に帰れば、お嫁に行く前の子供の頃からの仲良し三姉妹とお母さんという人間関係の世界にどっぷり浸かれるわけで、それは幸せなことだと思う。

そして、私たちは、おばさんと長男さんだけしかいないのだろうと思っていたら、何と、その嫁いだ三姉妹とも集まっていてくれたのだ、しかも、私たちへのおみやげをそれぞれが用意してくれていた。
特に上の2人は、私たちと年が近く、私が幼い頃、伯母一家は、御徒町で暮らしていたからしょっちゅう行き来していたし、その後、山梨に引き上げてからは、夏休みにその従姉妹たちに一緒に遊んでもらったので、本当に懐かしい。

楽しく近況を語り合った他、私たちが昨日日帰り温泉に行きそびれたことを知っていて、色々アドバイスしてくれた。
身延線沿線には、行きそびれた甲斐岩間の「つむぎの湯」だけでなく、「国母(こくぼ)」という駅の駅前に温泉があるし、「甲斐上野」というところにも日帰り温泉があるとのこと。
国母の方は、誰だか有名なお相撲さんがわざわざ入りに来たという写真が飾られているくらい、温泉の効能はすごいのだけれど、所謂、観光客が喜ぶようなきれいな作りではないとのこと。
甲斐上野の方は、タクシーで行くことになるけれど、きれいで有名と教えてくれ、その情報を聞いたら、「やはり、温泉に入って東京に帰りたい」という気分に戻ってしまった。(笑)

さて、下記写真は、何の植物でしょう?
d0063149_21324278.jpg
正解は、胡麻。
刈り取った胡麻の木というのか、胡麻を干しているところ。
不確かだけれど、干し終わったら、さやから胡麻の実を取り出して、水で洗って、また干すとか、母に聞いたことがある。(検索したら、このページに胡麻の収穫の写真が沢山載っていた。)

この画像は伯母の家で撮ったものだけれど、叔父の家にも、同じように胡麻が干してあった。
伯母は、耳が遠くなったり、白内障だとか聞いていて、元気だか心配だったけれど、未だに胡麻を作っているのだもの、本当に元気なのだと確信した。

一時間くらい、伯母の家でおしゃべりをして、叔父の家に戻ったら、叔父の家でも、おみやげを用意してくれていて、有難いことは有難いのだけれど、お世話になり過ぎで、本当に困ってしまった。
[PR]

by mw17mw | 2012-09-02 21:43 | 東京以外の遠出・温泉 | Comments(0)

山梨一泊二日旅行5/8-久那土の風景

母の実家は、昔の地名から、「久那土(くなど)」と呼ばれているが、全国的には全く無名の地域。
(私も母の親戚以外の人から「久那土」という言葉を聞いたのは、生まれてこの方1回だけ。)

母が子供の頃には「久那土村」があったそうで、母の実家は元久那土村の中心地であった。
それが昭和31年に、下部町に組み込まれ、久那土村という名前は消滅したが、甲府と富士を結ぶ単線「身延線」の各駅停車の駅名に残っている。(今はまた再編されて、身延町の一部になっている。)
d0063149_18202183.gif


固有名詞だからと「久那土」がどういう意味か、母やおじさんに聞いたことがなかった。
でも、きっと何かの意味があるに違いないと、ネットで調べたら、このページによると、「久那土は「来なと」。悪霊邪気の侵入を防ぐ神」と書いてあった。

母の実家であるおじさんの家は、久那土駅から1kmくらい東に行ったところ、小学校・中学校や元役場の建物が密集している、結構元久那土村の中心部にある。
元久那土村の一番の特徴は、富士川の支流である「三沢川」沿いであることかな?
山間の町であるから、平地や田んぼは少ない。
至る所に山があって、本当はそれぞれの山に名前があるのかも知れないが、皆、誰も山の名前とか気にしていないで暮らしている様子。(もしかして、山には名前がないのかも)

そういうところの出身というと、母の実家は「農家」だと思うだろうが、畑は持っていて、自分たちで食べるものは栽培しているものの、叔父は元中学校の教頭で、その奥さんである叔母は、幼稚園の保母さんで、二人とも定年まで勤めていた。(3人の男の子がいるのだが、全て独立し、今はおじさんとおばさんの二人暮らし)

(詳しく調べたわけではないが、平地が少ない地域なので、元々、専業農家は少ない地域なのかも知れない。)

母の家がどんな家だったかを説明するには、祖父母の代から説明しないといけないのだが、今回は端折って、久那土の叔父の家近くの景色を紹介。

久那土は、有名な風光明媚なものは何もないし、富士山の裏側で近く過ぎるからか、富士山も見えない。
だから、どこにもありそうなごく普通の田舎の風景なのだが、山また山で緑が多いことが特徴で、散歩すると、心が落ち着く。

私たち東京の孫たちは、小学校の間、毎夏、一週間ほど、祖母の家で過ごすことを許され、集団で押し掛け、久那土の年の近い従兄弟たちと川などで遊んで過ごした思い出があるので、それなりに久那土の昔のイメージを持っている。(田舎の思い出1/2  田舎の思い出2/2)

おじさんの家のすぐ近くのT字路のところの標識。
左にずっと進むと、久那土駅。
標識の下に二軒のお店が見えるが、この二軒で、食料品・雑貨など何でも揃う。
叔父の家は、この二軒の裏手にあるので、幼い頃、おじの家に着くと、一番最初に裏口からこの二軒のお店に行って、我が家の方とは違う品揃えのおもちゃ・塗り絵を探すのが楽しみだった。
d0063149_1963614.jpg


これは、三沢川にかかる峡南高校のグラウンドに行くための木造の橋。
三沢川は、今、お水が殆どないみたい。
d0063149_197660.jpg


T字路を少し四尾連湖(しびれこ)の方に歩いたところの川。
昔は、どこからでも川に簡単に降りられたように記憶しているが、今は、護岸工事されたところがあったり、皮沿いの道に柵が張り巡らされているよう、今の時代のここの子供たちは川遊びしなくなったのかな?
でも、良く見ると、川横の道幅が拡張されているようで、川へ降りて行く斜面が急になり、川へ降りられなくなったのかも知れない。
d0063149_198343.jpg


空がきれいな山また山の風景。
d0063149_212431.jpg


大きめの水田があった。
d0063149_21243177.jpg


空がきれいな写真。
大きな水田のある地域に、三階建のアパートができていた、県営住宅だって。
昔より、新しい家やアパートが増えているように見えたが、現在、小学校は一学年10人で、廃校寸前とか。
「家が増えているように見えるけれど」と言ったら、おじが「昔みたいに、子供を5人も10人も産む家がなくなって、皆、一人か二人だから」とのこと。
d0063149_21245567.jpg

[PR]

by mw17mw | 2012-08-31 21:41 | 東京以外の遠出・温泉 | Comments(1)

山梨一泊二日旅行4/8-lazing on a sunny afternoon in the summertime

14時41分の身延線の急行に乗る予定があるので、おいしい学校から、真っ直ぐ甲府に戻って、おばさんの家で小休止して、駅に送ってくれることになった。
清里界隈は標高1200mで、甲府駅が標高274.7mとか、その差は900mあるわけだけれど、自動車に乗っていると、そんなに下って来たとは感じないが、やはり、自動車の外に出た時の暑さは違っていた。

おばさんの家で、東京から持ってきたおみやげを渡したのだが、おばさんたちも私たちへのおみやげを用意してくれていて、私たちのために3人で素敵なドライブに連れて行ってくれたことにも見合わない我々のおみやげが恥ずかしくなったりして...。

私は、おばさんへのおみやげの一つとして、先日発見した「甘味うめ酢」を用意して行った。
というのは、今から9年前母が他界した後、すぐに母が作っていた甘いうめ酢が大量に見つかり、四十九日の時に親戚に分けて、使ってもらったのだ。
その時に、甲府のおばさんだけがその甘いうめ酢を気に入って、「作り方」を聞いて来たのだ。
(さすが妹、味の嗜好が同じだと思った。)

あれから9年、さすがのおばさんももう作っていないかも知れない。
「そうしたら、こういう市販のものがあるよ」と教えてあげると喜ばれると思って持って行ったのだが、予想に反して、おばさんは今でも、梅の季節になると必ず、甘いうめ酢を年に3升も仕込み、日常的に使っているとか。
甲府のおばさんの健康の秘訣は、3番目の姉である我が母から習った甘いうめ酢と、久那土に住む一番上のお姉さんが作って分けてくれる金ゴマを毎日食べることなのだそうだ。
何だか、それを聞いて嬉しくなった。
母が好きで自慢していたものが、9年も経つのに、おばさんに気に入られていて、おばさんの健康に役立っていたから。(娘の私は全然作らなくなっていたが、来年から復活しそう)

そんなこんな話をしてから、叔母さんにお礼を言った後、叔母の家を後にし、従弟夫妻に甲府駅まで自動車で送ってもらい、少し待って、予定していた身延線の急行に乗ることができた。
甲府の皆のおかげで、本当に素晴らしい半日であった。

さ~、これで、身延線に乗り、甲斐岩間で降りて、そこからタクシーで「つむぎの湯」に向かい、ひと風呂浴びたら、久那土のおじさんに連絡すれば迎えに来てもらえるのだ。

そのくらいなら、二人だけでできるだろうと思ったら、大間違い、アクシデントが二つも起きてしまった。

甲府のお嫁さんに改札まで送ってもらい、二人になって、身延線のホームについたら、まだ、乗る電車が到着しておらず、電車が来るまで、重たい荷物をホームの端っこに置いておいたのだ。
で、ようやく電車が到着、荷物を持って電車に乗り込んだ。

で、涼しい車内で、清里が楽しかった話・世間話をしていたら、あっという間に、15時12分定刻通りに甲斐岩間に着いて、電車を降りたのだ。
その時、Jちゃんが、「あ、私のかばんがない」と言った。
言われてみれば、Jちゃんの小さな黒い旅行かばんが私たちの周りになかったのだ。
二人で一生懸命、それまでの記憶をたどったら、おばさんちには忘れてはいない、甲府の身延線のホームで私の大きな旅行カバンと並べて置いたと、二人の記憶が一致した。

貴重品は入っていないものの、放っておくわけにもいかず、Jちゃんは甲府に戻って探してくるとのこと。
もし、甲斐岩間が有人の駅だったら、駅員さんに頼んで、甲府駅に電話してもらい、そのバッグがあるかないか確認できるのだけれど、甲斐岩間は急行が停まる駅なのに、無人駅であった。

ま~、どう考えても、甲府に戻って、バッグを探してくるしかないので、私も賛成。
日帰り温泉の予定は諦めよう、そして、大荷物を持っている私は甲斐岩間に残って、2時間くらい、時間を潰すことにして、甲府に戻るJちゃんに、行き帰りの電車の予定を教えて、Jちゃんを見送った。

実は、不意のアクシデントがあったのはJちゃんだけではなく、私にも起きていた。
というのは、充電が十分という表示が出ていた私の携帯が、清里にいる間に、それまで一回も使っていないのに、バッテリーの残量が0になって、電源が落ちてしまっていたのだ。

どうしてこういうことが起きるのかわからないけれど、auの電波が清里界隈で弱くて、私の携帯が一生懸命auの電波を探したので、バッテリーを使い果たしたのかと思ったのだが、Jちゃんの携帯もauなのに、私の携帯のような現象は起きていなかった。(auが悪いのではなく、私の携帯がauで一番安い京セラのものだからかな?)

Jちゃんは、久那土のおじさんの電話番号を控えて来なかったとのことで、おじさんに電話をかけて迎えに来てもらうには私の携帯をどこかで充電する必要があったのだ。(ま、色々考えて、おじさんの住所はだいたい覚えていたので、最後は、公衆電話で104で聞けばどうにかなるとは思ったのだが、何かあったら、東京の家から電話がかかってくることになっていたし、やはり、携帯を早く使える状態に戻したかった)

携帯の充電は、日帰り温泉でさせてもらおうと考えていたが、それがだめになったので、Jちゃんが甲府まで往復している間、駅近辺のどこかで充電させてもらうしかなくなってしまった。

甲斐岩間の駅前に立って、周囲を見回すと、斜向かいに大きな郵便局があったが、土曜日でお休み。
左手少し行ったところに、大きめのスーパーが見えた他、店らしきものは何もなかったし、人っ子一人歩いていない眠たそうな町に見えた。
(おまけに、甲斐岩間からタクシーで日帰り温泉に行く予定でいたが、駅前にはタクシーなぞ停まっておらず、タクシー会社の電話番号もわからずで、タクシーで日帰り温泉まで行くという計画は無理だったかも知れない。今、ネットで「甲斐岩間 タクシー」で検索したら、2社出て来た、やはり、出かける前に調べて行くべきなのか)

仕方がないので、その大きめのスーパーに行って、レジの周囲を見回し、延長コードの先に一つ空いているコンセントを発見、その近くのレジの人に事情を話して、その空いているコンセントを使って充電させてもらうことができた。

お店の人に、「電気代を払うか、何か買いますので」と話したが、お店の人は、「正確な電気代はわからないので、何も要りません」と言ってくれた。
しかし、事実、有料の電気を使わせてもらうのだから、そういうわけにも行かないと考えた。

充電をしている間に、スーパーの中で、おじさんちに買って行ったら喜ばれそうなものに目星をつけたり、スーパーの外にベンチがあったので、そこに座ったりして、Jちゃんが戻って来るのを待った。
(また、充電が少し進んでから、メールでJちゃんに連絡したら、甲府の駅の遺失物係に、Jちゃんが忘れたバッグが届いていたとのことで、無事、手元にバッグが戻ったこと、こちらに向かう電車に既に乗ったことがわかった。)

d0063149_15402558.jpg(以下、ベンチに座りながら、暇つぶしに撮った写真)
Jちゃんの旅行かばんは小型だったので忘れやすかったのかも知れない。
私のバッグは、一泊旅行には大き過ぎる程の「幅50cm×高さ27cm×奥行き27cm」という大きさ。
実は、こういう旅行バッグは2つ持っていると思っていたのに、記憶がないのだが、どうも、数年前にボロになったからと捨てたらしく、新しく買うことになったのだ。
で、我が近所でこういうバッグが一番安そうな「日本館」という多慶屋を春日通り沿いにちょっと厩橋方向に行ったかばんやに探しに行ったら、こういう肩にもかけられるボストンバッグタイプは画像の物しかなかったのだ。
一泊旅行には大きいと思ったけれど、何せ、この大きさで980円だったので、お買い上げ。
大きいから、三軒の親戚へのお土産も何もかも入ったのは良かったが、本当に重たかった。
が、本当に大きくて重たかったので、置き忘れは考えられない。(笑)
う~ん、でも、自分の荷物が余りに大きく重たかったので、一緒のJちゃんの荷物まで気が回らない・周囲の人が自分の荷物より気になってしまうという欠点はあるかも。(笑)

d0063149_1541611.jpg待っている間、充電させてもらっているスーパーで缶コーヒーを一本買い、「おいしい学校」で買った梅干しを取り出して、食べてみたら、これが素晴らしく美味しいし、食感が私好みで、「もっと沢山買ってくれば良かった」と後悔していた。
(サンプルがあって試食させてくれていたら、数個買ったと思う。)

柔らかいタイプの小梅の梅干しで、塩加減がちょうど私に合っていて、しょっぱ過ぎないで、単独で食べても飲み物やご飯が欲しくならないくらいの塩分であった。
これが美味しかったので、旅行中、常にこの梅干しを取り出せる位置にしまっておき、疲れたり、喉が乾いてくるとつまんでいた。(梅干しの話しはまた後日に続く)

d0063149_15413975.jpg別にすごく退屈したわけでもなく、甲斐岩間のスーパーのベンチでぼけっとしている時間を楽しんだ。
こんな思いもかけない、閑散とした見知らぬ町で、非日常的な時間を潰すなんて、それこそ、kinksのヒット曲の「sunny afternoon」の歌詞である「lazing on a sunny afternoon in the summertime」(「夏の天気の良い午後をのらりくらりとやり過ごす」みたいな意味?)みたいだな~、これはこれでとても贅沢な時間と感じていた。

その日は一日良い天気で、ずっと「sunny afternoon」で、東京並みの暑さであった。
私の座っていたベンチの前は、スーパーに買い物をしに来た人の自転車置き場でもあり、自転車を停めに来た近所のおじさんらしき人が、「この辺は、日が落ちれば、涼しいよ」と教えてくれた。(実際、その通りで救われた。)

Jちゃんが戻って来る予定の30分くらい前に、相当充電が進んだ私の携帯をコンセントから取り外して、お店の人にお礼を言って、買うべきものを買った。
そして、久那土のおじさんに電話し、事情を話し、当初の予定の日帰り温泉ではなく、甲斐岩間の駅に迎えに来てくれるよう頼むことができた、めでたし、めでたし。

おじさんが自家用車で甲斐岩間に着いて私と会って、5分後くらいに、Jちゃんが乗った甲府発の電車が到着し、そこからは予定通り、おじさんちに向かった。

途中、入り損ねた「つむぎの湯」の前を通った。
さすが、甲府のおばさんも久那土のおじさんも、「つむぎの湯」について詳しく、この「つむぎ」というのは、漢字で書くと、「紬」ではなく、「津向」と書き、その日帰り温泉のある場所の近くに「津向」(つむぎ)という部落があるそうな。
そして、津向の文さんという有名な侠客が昔いたことで有名とのこと。
とは言っても、私は全然その人を知らなかったし、母の実家で会ったことのある人は、皆真面目に暮らしている人ばかりだったので、「侠客」という職業の人が母の実家の近所にいたのも不思議で、家に帰って調べてみたら、本当に「津向の文吉」という親分がいたらしい。
あの山に囲まれた村で、博打を打つというのは少しはわかるが、その他、どんなことをして、生業を立てていたのか、想像がつかない。
[PR]

by mw17mw | 2012-08-30 18:00 | 東京以外の遠出・温泉 | Comments(0)

山梨一泊二日旅行3/8-下津金のおいしい学校

叔母さんたちが連れて行ってくれたのは、美味しいイタリアンが食べられる「おいしい学校」とのこと。
何でも、廃校になった小学校の木造校舎を利用した施設とか。
自動車で清里から10分か15分で到着し、自動車を降りて、その建物を見た途端、「テレビで見たことがある」ことを思い出した。

そこは、奥から、明治・大正・昭和に立てられた木造の校舎が一列に並んでいて、その前は横長の校庭で広がっていた。

d0063149_1848124.jpg見学は後回しにして、まずは、予約を取っておいてもらった、全てが白っぽい木の内装の、明るく、且つ落ち着いた雰囲気の「ぼのボ~ノ」というお店に入る。
このお店は、ちゃんとしたイタリアンのシェフがいて、シーズン中の土日には行列ができるくらい人気があるとか。

お奨めランチの、前菜・パスタ・メインにデザートのコースを叔母にご馳走になった、感謝。

パンは、この施設の中のパン工房のもので、美味しくて評判とか。

下の画像は、そのパンと前菜。(カルパッチョなのだが、魚の名前を忘れた。魚も野菜も美味しかった。)
d0063149_18562117.jpg
お皿に模様を描くのに使った緑色のソースが何の味かわからなかった。
バジルでないことは確かで、枝豆にしては軽い、ということで、お嫁さんがお店の人に聞いてくれて、「きゅうりのソース」だとわかった。(良く色が飛ばないなと感心)

次は、パスタで、ソーセージではなかったと思うが肉系トマトソースか、オイルベースの魚介と夏野菜のパスタを選ぶ。(私はオイルベースのものを選択)
d0063149_18565031.jpg
私の食べた方は、輪切りのオクラのネバネバがうまくオリーブオイルに馴染んでソースの一部となって、美味しかった。
全体の味付けとしては、やはり、場所柄、ヘルシーさを狙っているのか、塩とかチーズ控えめな味。

次はメインで、スズキのポワレか、牛ロースのステーキ。
私は、牛ロースのステーキをにしてみた。
d0063149_18573292.jpg
牛のステーキが一番気に入ったかな?
実はなぜ牛にしたかというと、ずっと昔10年以上前、山梨で行われた祖母の法事に出た時に、すき焼きが出て、そのお肉がとても美味しかったのだ。
決して、ブランド牛ではなかったのだが、それでも、東京で、非ブランド牛を食べる場合に比べようがないくらい、美味しかった思い出があったのだ。
それで、「山梨の牛肉は美味しいに違いない」と思って、そちらを選んだら、正解であった。(スズキは食べていないのでわからないけれど、スズキも美味しいとは思うが)

この山梨の牛肉と東京の牛肉の違いは何かと考えたことがあった。
多分、山梨の方が、牛肉が精肉されて末端消費者の手に入るまでの時間が短くて、温度管理が適切なのではないだろうか?(この前提として、山梨で売られている牛肉は山梨産なのだが)
東京だと、全国から、牛肉が運ばれて来るから、末端消費者に渡るまで、沢山の人間によって色々な施設で温度管理される時間が長いから、どうしても、新鮮さが保てないのではと思うのだ。
(本当かどうかはわからないが)

d0063149_1858204.jpg最後は、小さなケーキ2種とグレープフルーツ・オレンジ1切れずつ、シャーベットのデザートと飲み物。
これも楽しく、美味しかった。

お肉や魚も良かったが、地元産の採れ立ての野菜の味が際立っていた。
また、全体、美味しかったのだが、味付けが穏やかであるという印象があった。

その時には気付かなかったが、この記事を書いていて、「そうか、ワインが飲みたくならないような味付けだったかも」と思った。
このレストランのお客の殆どは、自家用車やMy自転車で来るわけだから、店側としても、酔っ払い運転防止のため、料理に塩が利いていて、ワインが欲しくなるような味付けは極力避けているのかも知れない、きっと、そうだと思う。
それが避暑地のレストランの味付けの基本かも。

この「おいしい学校」には、もう一つ和風のレストランがあるのだが、そちらは、学校らしく給食が売り物らしい。
こういう素敵なところに来てまで、給食を食べようとする人たちは、きっと給食が美味しくなった以降の世代にっ違いない。(私は嫌や)
私たちが行った日も、観光バスでやってきた団体が「古宮」というその食堂を貸し切りしていたが、給食を食べていたのかな?

d0063149_18513154.jpgランチが終わった後、お嫁さんに案内してもらって、校舎を外から見て歩くことができた。
右の画像は、回廊を歩いていたら、草木の間から銅像の後ろ姿がちらっと見えたので、誰の銅像か近寄ってチェックしたら、野口英世博士の銅像であった。
大きな葉っぱが覆っていたから、正面から見たら、そこに銅像があるのがわからないと思う、ここらへんが廃校の哀しさ。(笑)

なぜ、建て替えないで、昔からの校舎を残しながら、新しい校舎を作って行ったのか、不思議だったが、実際に見学してみて、ちょっと謎が解けたような気がした。
明治時代に建てられた小学校は本当に小さい、大正時代のものは、明治のものより大きいが、何と言っても、昭和のものが一番大きい。

多分、明治以降、どんどん人口が増えて行ったから、何十年に一度、新しい校舎を建てたのかなと思った。
そして、廃校、人口が減り始めたのはいつだろう?

建物の風格は、やはり、明治のものが圧倒的。
d0063149_18454993.jpg
多分、日本国中、欧米列強に追いつけというムードだったのか、時代が変わったことを建物で表したかったのか、バルコニーがあったり、西洋的装飾が多い。
そして、明治の校舎は、今は、カフェに使われている。(校舎内見学だけでも入場料200円がかかる)

それに比べて、大正時代の小学校校舎の設計は、大人しめに見える。(無駄な装飾がない)
d0063149_18462851.jpg
この校舎は、現在、色々な体験学習の教室として使われているようだ。

そして、一番大きな昭和の校舎は、大改造がなされていて、2Fが宿泊所、1Fがレストラン2つにパン工房・特産品売り場・「香りの湯」というお風呂などがある。(昭和の校舎は、オリジナルの校舎のイメージがどのくらい残されているかは不明と思う位、改造されているように感じた)
d0063149_1847159.jpg
(この施設は、町おこしのために作られたのだと思うが、HPを見ても、どこが経営しているのか出て来ないので、良くわからない。)

その後、特売品売り場をチェックしたら、野菜が安くて新鮮で魅力的だったが、持って歩くと傷んでしまうので、買えなかった。
原材料が梅と塩だけの小梅の梅干しがあったので、梅干しを今年から漬け始めた私は興味深々で買ってみた。
[PR]

by mw17mw | 2012-08-29 21:08 | 東京以外の遠出・温泉 | Comments(0)

山梨一泊二日旅行2/8-清泉寮

八ヶ岳高原大橋で暫し景色を見た後、自動車に乗り、何だか、下の方に降りて行き、次に連れて行ってもらったのは、「清泉寮」。

名前だけは知っていた、以前、B食に良く書き込んでいた若い女性が清里が好きで、清里に行くたびに、清泉寮のソフトクリームを食べたという話を載せていたから。

初めて行く清泉寮は、広々と続く牧草地が低い柵で囲われているからだと思うのだが、まるで、スイスの牧場みたいな風情。
牧草地から八ヶ岳の反対の空を見ると、雲がなければ富士山が遠くに見えるとのことであったが、その日は富士山近辺に雲がかかっており、「ほら、あの雲の合間の黒いのが富士山」と教えてもらい、何となく高さから富士山のてっぺんあたりなのだろうと思った。
d0063149_1723552.jpg

広い牧草地の他、コンパクトに宿泊施設・食堂・売店などが集めて建てられている地域があり、人気があるのがわかる気がする。
d0063149_2156891.jpg
その建物群の手前にあるのが、この清泉寮を作った「ポール・ラッシュ」さんの像。

恥ずかしながら、清里についても、清泉寮についても、ポール・ラッシュについても無知なので、家に戻ってから調べてみた。
そうしたら、ポール・ラッシュさんについては、このページが見つかった。
このページを読むと、本当に、ポール・ラッシュさんは尊敬できる方で、内容を簡単にまとめると、

「ポール・ラッシュさんは関東大震災で崩壊した東京と横浜のYMCAを再建するため1925年(大正14年)に米国の国際YMCAから派遣され、初来日。
日米開戦で強制送還されるまでミッションスクールであった立教大学で教鞭を取った。
戦後、GHQの将校として再来日、「戦前の日本人は自分たちの国土だけで生活することができず、海外を侵略してしまった。この戦後の苦難にあえぐ人たちが、自分たちの土地で豊かに自立して暮らせるようになったときこそ、真の日本再生が達成される」と固く信じ、それまで農業が無理と思われていた高冷地での農業や牧畜を広めようと緊急農業改革に取り組んだ」とのこと。

その考えを実践する施設として、高冷地の清里に清泉寮を作り、若者に高冷地の農業教育をした。
きっと、ポール・ラッシュさん亡き後、その意志も引き継ぎながら、より広範な人々、すなわち、観光客にも利用できる施設に広げて来たのが、今の清泉寮なのかな?(観光客が来る=雇用が増える、自立できる人が増える)

また、清里の歴史について調べていたら、清里を育てた人として、ポール・ラッシュさんと並んで、安池興男さんという方が紹介されていた。

その紹介のページを読むと、途中で文章が切れているのが残念だが、清里は、昭和13年に、奥多摩の小河内ダムを作るために、奥多摩の土地を立ち退かされた人々が、移住して開墾した土地だと書いてあった。
小河内ダムの湖底に沈んでしまった村だって、温暖とは言えない土地だろうけれど、きっと、標高1200mの清里よりは自然が厳しくなかったに違いない。
先祖代々の穏やかな気候の土地で静かに暮らしていた人たちが、東京と言うマンモス都市のインフラ整備のために、苛酷な生活環境の土地に追いやられるという歴史があったのだ、知らなかった。
その頃、何もなかった清里、特に冬が大変だったろうと思う、しかし、その方たちが負けないで頑張ったからこそ、今の清里があるわけで、すごいな~と思う。

その話は、ちょうど私が2か月前に訪れた東京都水道歴史館で知った東京の水道の発展の歴史の裏の歴史になるわけだから、何だか、心に浸みた。(昭和の歴史は見なかったが)

d0063149_1771815.jpgそして、旅行の話に戻ると、ここの名物のソフトクリームを買ってもらい、従姉と半分ずつ食べたが、味が濃くて美味しく、清里に来たら必ず食べると言う人の気持ちがわかる。
乳脂肪分が高いせいだろうか、バニラアイスなのだが、白ではなく、薄いベージュ色をしていた。
わ、食べさせてもらって良かった、食べないで帰ったら、後悔したに違いない。
(ジャージー牛乳を使っているらしい、私は、ジャージー牛乳は東京でも売っているけれど、高いから買ったことがないけれど、美味しいという評判は聞いたことがある。今度、是非飲んでみよう。)

その後、清里駅のところを通り、山を降りるのと同時に南に向かい、下津金というところにある「おいしい学校」に連れて行ってもらった。

その道々、清泉寮は今でも大変人気があって盛況だったが、清里全体では、何年、何十年前になるだろう、一時ペンションブームで人気観光地だったのが、最近は、人気が下降気味で、駅周辺のお店は閑散としているし、ペンションを廃業しているところも多いと教えてもらったが、心なしか窓から見る町の様子はそれを裏付けるような気だるい様子であった。

確かに避暑にとてもうってつけな場所だけれど、飽きられるというか、日本中に沢山の新しい設備・目新しい発想の観光地が生まれ続けているし、人は珍し物好きだから新しい方へと動いてしまうし、そういう事態になるのは致し方ないと言えば、致し方ないのだけれど、淋しいものがあった。
[PR]

by mw17mw | 2012-08-28 22:34 | 東京以外の遠出・温泉 | Comments(2)