カテゴリ:東京都内のお散歩・見物( 319 )

品川−水の区域へ

いちょうの木を出て、商店街を北品川の方に戻り、広島Iさんを船泊の方に案内。
船泊は相変わらずごちゃごちゃでお水も汚く、変わったこともなかったのだけれど、その並びにある船宿というのか、屋形船なぞを営業しているお店の前で、東京湾で釣りをしてきた家族が、釣ってきた魚の整理をしていたところに出会った。
知らない魚も沢山いたが、小さめの鯖がいたので、びっくり。
どの魚も小振りではあるが、きれいで新鮮で美味しそう。
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そのまま、天王洲に渡るため、山手通りの方に向かったのだ。
そうしたら、その日は日曜日でお休みだったけれど、いのパンというパン屋が出てきて、ここは何だか美味しそうな気がする。
(と思ったが、確かに食べログによると、北品川界隈のパン屋さんの中で圧倒的高得点店であった。)
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ネット友達御殿山Iさん情報によれば、ブレッドワークスがあるところに、新しい雑貨屋さんとか小洒落たレストランができているとか。
ブレッドワークスの手前の路地を入って行くと、新しい雑貨屋さん(スローハウス)が確かにあり、その先は、SOHOLMというレストランであった。
SOHOLMも、家でお店のHPのメニューを見て、何だか結構凄そうと思ったけれど、実際に行ってみたら、木の感じを生かしたお店で、メニューよりカジュアル館の溢れたお店であった。
でも、いちょうの木で氷を食べたばかりだし、雑貨屋さんを見て終わり。
(その雑貨屋さんには洒落たもの美しい物が沢山あったが、一つ何か気に入ったものを買って家に持ち帰ったとしても、古い家では浮いてしまいそうと、広島Iさんと評価)
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その路地を運河の方に出ると、何に使うか良くわからない、船というのだろうか、わけのわからない木造船が浮いていた、これも新しい。
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そうして、そこを今渡ってきた山手通りの橋の方を見ると、今来た橋からブレッドワークスやビール屋さんのあるところまでが、全てウッドデッキになっていた。
橋から降りて、ブレッドワークスまでウッドデッキを散歩できるようになったのかも知れない。
しかし、最終、このウッドデッキからビール屋さんの方に入れるかと言うと入れなかった。
一つ手前の角を曲がらないと、ブレッドワークスやビール屋さんには着かないみたい、不思議。
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(下の画像はふれあい橋から見た、左がブレッドワークスというパン屋で、右がビールやさん)
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とりあえず、ブレッドワークスで一休みした後、ふれあい橋を渡って、海洋大学のある島に渡るとき、広島Iさんが右側の高いビルに「River Terrass」の看板を発見。
今まで、ここらへんには、ブレッドワークスしかなかったけれど、他の飲食店もできて、発展しているのだと気づく。
(家に帰ってから調べたら、このブログによると、リバーテラスは、スタバなぞが入る複合商業施設のよう)
手前、橋の近くには座り心地の良い椅子も設置されて、ここらへんはどんどん素敵になっている模様。
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海洋大学は、門が閉まっていて、細い通用口だけが開いている状態で何だか、入りにくくて入らなかった。
最後、品川駅まで広島Iさんを何気なく歩かせてしまったけれど、結構距離があった。
このコースの散歩だったら、最後は、一駅だけだけれど、北品川から京急で品川に戻った方が良かったかも。

という充実した一日であったと、私は思うけれど....若干趣味の押し付けっぽいかも。(笑)
ただ、私は本当に、御殿山から北品川の商店街に出て、天王洲のブレッドワークスの方に歩くコースが変化に富んでいるし、色々な歴史と発展を内包していて、とても好き。
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by mw17mw | 2016-05-15 09:25 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)

JALの整備工場見学

広島のIさんは、ものすごく情報通。
クロネコヤマトの巨大配送センターとか、JALやANAの整備工場見学なぞ、私の知らない東京都内の見学に詳しく、色々回られた経験がある方であった。
そういうものは、何でもネットで予約していくそうなのだけれど、一からそういうものを探すのも面倒だと思っていたところ、今回、広島IさんがJALの整備工場見学をチェックしたら、普段は、平日のみなのに、5月1日に見学を募集しているとのこと。
ちょうど、5月1日は一緒に遊びましょうと約束していた日であり、私の分もネットで予約を取ってくださって、行くことができた。
だから、今回は、おんぶにだっこで、全て広島Iさん任せ。

JALの整備工場見学のページによると、「社会貢献のために無料で実施」していると書いてある。

確かに、感想としては、どの人も一度行くと良いと思う、飛行機が安全に運行するためには、パイロットやキャビンアテンダントだけではなく、確実に整備をする人と施設が必要なわけで、子供たちに、世の中の仕組みと言うか、安全を確保するための作業やシステムを実際に見てその必要性を感じることは、本当に良い勉強になるだろうと思えた。

浜松町のモノレールのホームで待ち合わせして、新整備場駅まで行くと、そこから、2,3分歩くと、JALの施設がある。(何でも、ANAは駅から15分くらい歩いたところにあるらしい)
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中で受付を澄ましてもらい、入館証をもらって中に入って見学開始。

最初に3Fだったかにエレベータで上がるのだが、そこは、JALの歴史に関するものの展示場になっていて、Iさんがそれらをゆっくり見る時間を取ってくれていたので、先にゆっくり見学。
東亜国内航空なんていう言葉、懐かしい!
昔あった、忘れていたけれど、JALに吸収されたのだ。
また、歴代のスチュワーデスのユニホームが展示されていて、それも懐かしかった。
やはり、森英恵の紺色に赤、ミニスカートが可愛い。
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その後、教室のようなところに集まり、スライドを見ながら、飛行機の話、整備の話なぞを30分くらいレクチャーを受けたのだが、何といっても、空調が気持ちよく利いていたので、恥ずかしながら、殆ど眠ってしまった。

そのレクチャーが終わると、全員赤いヘルメットをかぶって、諸注意を受けてから、本物の整備場に下りて行って巨大な飛行機を見ながら案内してもらう。
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整備場は、柱が一本もなく、天井が高く、ただひたすら広い、そうして、飛行場の滑走路に面していて、開かれている。
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この整備場から見える飛行機の離陸は、絵に描いたよう。
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飛行機は、発着が終わった後以外にも、数日に一度、マニュアルに従って、不具合がないか必ずチェックするそう。

飛行機の胴体の近くまで行って、遠くからでは見えない部位を色々見たり知ったりすることができて面白かった。
(飛行機の中の座席以外の位置、例えば、貨物を出し入れする扉を見たり、燃料は実は飛行機の翼の中におさめられているのだって)

また、実際に整備している人たちの後姿を見ていると、どう見ても、後ろで長い髪の毛を縛った小柄な女性がいたのだ。(たいてい、二人一組で動いており、男女の組が2組いた。)

へ~、今では、こういう整備士にも女性が雇われるようになっていたのだと、びっくり。(今を去ること30年くらい前に、知り合いがお見合いでJALの整備士と結婚し、結婚式に呼ばれたのだが、その時に、整備士の世界は、男の世界と聞いていた)

広島Iさんと、「どういう人が整備士になるのかしらね?まるで、機械をいじったことのない人では無理でしょう?航空高専出身者とか」ということになった。
説明のJALの人に聞いたら、「技術系の大学、専門学校、高専なぞを出た人」とのこと。
へ~、私の周囲にはいないけれど、そんなメカが好きで、技術系の学校に入る女性も世の中には沢山いて、活躍で来ているのだと知った。

何でも、今では、JALの整備士の中の30人程度が女性で、男性と分け隔てなく、3交代制の勤務をこなしているし、何でもホノルルの整備のチーフは女性なんだって。

はっきり言って、整備場って、埃っぽいし、飛行機の発着の音がうるさくて、私には向かない職場と思った。
でも、そんな埃とか騒音なぞ、何とも思わず、整備の仕事を喜々として行う女性たちがいるのって、頼もしいと思った。

とここまでは、JALの方々の対応も気持ちよく、順調であった。

整備工場見学が終わったら、品川駅に出たかったので、東京モノレールに乗って、天空橋で降りれば、京急線と連絡していると聞いて、何も前もって調べずに乗り換えたのだ。

でも、これが結構大間違いと言うか、京急線って、初めて乗る人を前提としていないというか、京急線に慣れていないと、うまく品川まで行けないことにショックを受けた。(笑)

天空橋のホームを飛ばして走り去っていく電車を見ていると、成田方面に行く電車も逗子に行く電車も両方とも通り過ぎて行った。
たまに停まった電車は、逗子行きで、私たちが行きたい方向と反対の電車。
何も予備知識がない私と広島Iさんは、あ、そうか、ここは、京急の本線ではなく、羽田線で、京急蒲田で東と西に分かれるのだということに気づき、今度停まった電車に乗って、蒲田まで行こうということになった。
でも、来る電車、来る電車、皆、急行とか何だらエクスプレスとか書いてあって、中々停まらない。
相当待って、ようやく、逗子行きが停まったので、その各駅普通電車に乗って、のんびり、京急蒲田まで乗った。
(天空橋には、各駅しか停まらないのだ)

京急蒲田で降りたら、品川方面に行くには、一階下のホームとのことで、そちらに向かった。(そのことははっきり書いてあった。)
そうしたら、掲示板に、ずらっとこれから停まる電車の行く先と急行か普通かなぞの情報が並んでいたけれど、京急に慣れていない私たちでは、急行や特急がどこに停まるのかなんて、わかりっこないじゃない。
(開き直るわけではないが、私は何が苦手と言って、普通と急行と特急なぞが入り混じる路線が苦手なのだ、得意なのは、全部普通でしょっちゅう電車が来る銀座線と山手線)
例えば、「品川までお急ぎの方は、○本先の急行に乗っていただければ、早く着きます」みたいな放送もなく、急行ならどの駅に停まるみたいな目立つ表示も見当たらず、仕方ない、普通の電車に乗れば、各駅だから、いつか品川に着くだろうと、普通に乗ったのだ。
そうしたら、蒲田から品川まで結構な駅数があるし、途中、どこかの駅で停まり、後から来た急行に抜かれてしまった。

わ~、嫌だ、東京近郊で色々な私鉄にたまに乗るけれど、京急が一番不親切という印象を持ってしまった、天空橋から品川まで各駅で行くと時間がかかること、かかること。

ということで、広島Iさんと二人だったから、おしゃべりしながらだったから、退屈せず、ようやく品川に着いた。
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by mw17mw | 2016-05-12 17:25 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)

パンダを見に上野動物園

無料開放日の上野動物園には、池之端門の方だと、自転車置き場があるので、そちらから入った。
園内マップで説明すると、左上の池之端門から、右下のパンだのところまで、いそっぷ橋を渡って行ったのだ。

一番最初に出迎えてくれたのは、オレンジ色のフラミンゴ。
こんな目立つ色をしているけれど、きっとこのオレンジ色は自然に溶け込める保護色なのかな?花に見えるのかな?不思議。
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今回良かったのは、ちょうど新緑の季節で、イソップ橋を渡れたこと。
イソップ橋の上から景色を眺めると、不忍池方面が、旧岩崎邸であった池之端ハイタウンまで見通せるし、空が大きかった。
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その反対側の高台の方に目をやると、空と緑しか見えないのだ、全然建物が目に入らないで、空と緑だけが見える景色がこんな都会で見えること自体が不思議。

鬱蒼とした木々を見ていると、上野の山の中で、江戸時代からの自然が一番残っているのは、上野動物園の低地から高台への斜面かも知れないと思う。
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回りに人は沢山いたけれど、空を見上げると、深い森にいる感じ?
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実は、パンダ舎に行くのに、結構迷って、中々たどり着かなかった。
パンダはこちらの標識がなく、無料の園内マップを見ながら、迷うしかなかったのだ。
(多分、正門から入るとパンダ舎はすぐ近くなので、説明は不要。池之端門から入ってパンダを見に行く人が少ないから説明がないのだとは思う)

最初パンダがいる場所を見つけたとき、パンダがこちらに向かって歩いてきたのだけれど、写真を撮り損ねた。
その後、パンダは私の反対側に進んで座り込み、笹を食べ始めたので、そちらに場所を移動したら、写真に写ってくれた。
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ズームしたら、結構大きく写って満足。
生きているってすごいよね、生きて自由に動いているときって、生命力を感じる。
寸詰まりの体型でちょこまか動くと、それだけで可愛いと思える。(うちの猫と同じ)
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私は一番最初にパンダが上野動物園に来た時、天井のある、ガラス張りのパンダ舎にいるリンリン・ランランだったかを並んで見た覚えがある。
その時、パンダは寝ていたかな?
ゆっくり歩いて止まることは許されず、流れるようにパンダを見たような気がするのだけれど、今はそれから40年以上経つのかな?
今は、ガラス張りで覆われているけれど、天井がない運動場で遊ぶパンダを見るようになっていて、しかも、並ばなくて良いみたいだし、今回は、ガツガツご飯を食べている日常の姿を見ることができて、良かった。(そういえば、一頭しかいなかったけれど)

良くわからないけれど、現在、パンダを見る場所は、パンダの運動場を囲んで、低い場所と高い場所両側に取り囲む場所があり、並ばなくても、どちらかの空いている場所に行って見るシステムのよう。
今の方が良い、でも、ガラスというか、パンダの運動場を覆う透明の板の間の不透明な柱が邪魔で、周囲の人たちが「あの柱、邪魔よね」と呟いていた。私もそう思う。

他、オオカミとかプレイりードッグ、ニホンザルなぞ、空いていて見ることができる動物を通りがかりに見ながら、また、池之端門に戻って帰ってきた。

この動物園、大人は600円もするのだけれど、無料だと、深追いしないで、気楽に短時間だけ見る気になるから良い。
上野の山の鬱蒼とした自然と空のきれいさと、日常生活をしているパンダを見ることができて、とても良かった。
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by mw17mw | 2016-05-07 09:09 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)

千代田区の桜クルーズ参加

何だか、3月、4月は、仕事上はとても良くなかったのだけれど、遊びの話が沢山あって、断らずに参加していたら、あっという間に時間が過ぎてしまった。

で、ブログに載せそこなっていた一番古い話題、3月26日の土曜日の午後3時からの、千代田区桜クルーズに参加した話を書こう。

確か、その一週間前くらいに、妹から、今年の桜クルーズの募集に間に合いそうだという情報をもらったのだ。
3月の26,27日か、4月の2,3日の土日に開催されるとのこと、ちょうど申し込んだ日だったかに、開花宣言が出され、早い週の方が桜が満開ではと思えたので、3月26日の土曜日にHPから応募、予約が取れた。

しっかし、ご存知のように、今年は、開花宣言が出てからの気温が低く、中々桜が咲かず、クルーズの時に咲いていた桜は一本だけであった。(涙)
ぴったり桜が満開の時期に予約を取るって、難しいよね。

でも、その日は、小春日和の快晴、しかも気温の高い観光日和であった。

出発は、秋葉原の和泉町ふ頭、今回は屋形船ではない遊覧船で、靴を脱がないで、椅子に座れて、ボランティアのガイドさんの説明を聞きながら、一時間半のクルーズを楽しんだ。
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和泉町から、神田川を上流の方に上り、水道橋先の三崎で、日本橋川に通じているというか、そもそも神田川は、多分、上流から日本橋川にそそいでいたのを、徳川家康が、それでは台風の時なぞに、江戸城の方で、水の氾濫が有り得るということで、浅草橋に通じる神田川という掘を作ったのだと思う。(とテレビで言っていたように覚えている)
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(神田川から、三崎橋の手前を左に曲がると、日本橋川に入ることができる)

私は、ずっと呉服橋という日本橋駅よりちょっと大手町側にある場所で会社勤めをしていたので、日本橋近辺の日本橋川は神田川よりなじみがあり、一度日本橋川を船で進んでみたいと思っていたので、大満足。

でもね、全体的には、ご存知のように、日本橋川は、殆ど、上に高速道路が通っているので、それが屋根になってしまい、日が当たらず、すごく寒かったのがマイナス点。
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また、和泉町から三崎、その後日本橋までの間、桜並木は一か所くらい(千代田区役所のところ)しかないのだが、花も咲いておらずで、桜クルーズは名ばかりであった。
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でもね、日本橋川から、日本橋を初め、架けられている橋の側面を川面から見ることができて良かった。
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ずっとNPOの方のガイド付きだったこともあり、その詳しい説明を聞きながら、川を進むと、やはり、歴史が古く、東京の富が豊富に使われている地域であるから、見るべきものが多かった。
また、場所によっては、江戸城の外濠にあたり、江戸自体の石垣がそのまま使われていた。

一番印象深かったのは、外濠(日本橋川)にかかる鉄道アーチ橋
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(わかりにくいけれど、橋に大正8年のプレートが)

この橋は、確か江戸通りを真っすぐ皇居の方に走っていくと、自然と渡ることになる橋なのだが、とても古いのだ。
どういう構造だか、定かに思い出せないのだが、多分、頭の上を高速道路が走り、中央線と山手線と京浜東北線の線路が私が自転車で通る橋の下を走るのだと思う。
ずっと不思議だったのだ、何で、こんな都心のど真ん中でこんな古い橋の上を鉄道が走っているのだろうって。
(山手線等に乗っていても、何も感じないと思う)

そうしたら、今回のツアーの説明で、何でも、大正8年に完成した日本人による初めての鉄道橋で、それ以来、関東大震災、太平洋戦争、東日本大震災にもびくともせず、使い続けている丈夫な橋とのこと。
その近くの常盤橋なぞは崩れて壊れたというし、川面から見るこの鉄道橋は本当に頑丈に作られているのが良くわかった。

その他、さすが、日本橋も川から見ると美しかった。
どう考えても、作られたときには、上に高速道路がかかるなんて考えたこともなく、川から見ても美しい橋に設計されたことがわかった。

船は、日本橋をくぐって、江戸橋までの真ん中くらいまで進んで、Uターン、また、来た道を返って来て、クルーズ終わり。
(本当は真っすぐ進んで隅田川を出て、ちょっと上って、神田川に入り、アキバに戻ってくれれば最高)

この桜クルーズ、1時間半で2千円とリーズナブル、古い東京に興味のある方に一度は体験することをお勧めする。

同じ時間に、「桜満開クルーズ」というクルーズも出発であったが、こちらは、神田川から隅田川に出て、そのまま隅田川を横切って、小名木川に入って、桜を見物するツアー、しかも、お茶付き。
こちらも魅力はあるが、屋形船(でもきっと途中で屋根の上に出してくれると思う)で、お茶・おやつ付きで4千円は、う~ん、行かないと思う。

どこかのNPOさんの企画・実行してくださっているツアーなので、感謝しつつも、細かいところ「?」というところもあった。
(例えば、早めに到着したとき、係りの人が、早く来た順に、横に3列に並んで順繰りに後ろについてくださいと誘導してくれた。しかし、その通りに並んでいると、出発の時に、そのことを知らない違う係りの人が、一番左側の列から順番に乗船してください、と誘導した、皆、「それはおかしい」ということで、その通りには動かなかった。観光のプロではない人がボランティアで協力してくれているからこそ安いとは思うのだが、もうちょっと細かいところ、打ち合わせてから、実行してくれたらと思う。)
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by mw17mw | 2016-04-19 18:03 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)

白金台でランチ、目黒駅でお茶他

出かける前日、Google Mapで、白金台近辺の地図を拡大して眺めると、プラチナ通り界隈、利庵を覗いて、フランス語とかイタリア語の聞いたことのないような単語の羅列のお店ばかりに見えた。(利庵は、夜お蕎麦の予定なので、その日は無理)

ま、そういうところ、高くなければ、行っても良いのだけれど、何せ、5年以上会っていないMさんの好みも忘れている状態で、フレンチだ、イタリアンしかないお店に入りたくなかった。

松岡美術館の行き帰りに、実際に、プラチナ通りを歩いたのだが、高い並木が続くとても素敵な通り、道路沿いのお店も素敵なところが多かったけれど、やたらに高いお店もなさそうだし、入りにくいお店もないように感じた。
結構入ってしまえば、美味しいものが出てくるような気もしたのだが、初めてのお店は様子がわからないので、やめておくことにした。
散歩するにはとても素敵な通りだという印象。

下調べの段階で、どこで食事をすればよいか、ぜ~んぜん、思いつかなかったので、そうそう、いざとなったら、TOMITさんの食べログに良く出てくるユトリロというお店は白金台にあるはずで、あそこはどうだろうと、地図を見ると、プラチナ通りからはちょっと遠い。
そうこう考えているところに、メル友のIさんから、気楽な食事だったら、目黒駅に近い方にはそういうお店が沢山あるし、何だったら、アトレの1Fにある回転寿司がお勧め、また、プラチナ通りの近くには、ジョナサンもあると教えてくれたのだ。

そうそう、好みもわからない相手と食事する場合、そして、美味しさより気楽に食べたい場合、ファミレスはうってつけと思ったのだ。

で、11時に東急の目黒駅で待ち合わせ、その時点で、駅ビルの回転寿司「活」の前を偶然通ったら、列ができてなくて、今なら入れるという状態だったが、二人ともお腹が空いていないので、やめた。
まずは、一つ美術館を見て、その後、一旦休憩がてら、ランチを食べて、次に行こうということになった。

で、駅から遠い方の松岡美術館に最初に行き、プラチナ通りを通って、目黒通りに出て、白金台駅の方に向かったら、すぐにジョナサンが目の前に現れた。
その日は天気が良かったこともあり、ビールが飲みたいねということになり、すんなりジョナサンに入って、昼からビール宴会。(笑)
250円メニューの中から、3,4品注文し、中ジョッキを私は2杯、Mさんは3杯飲み、仕上げは、私は牡蠣のドリア、Mさんは、タンドリーチキンとメキシカンライスを食べた。
本当に、こういうときはファミレスが、気楽で良い。

で、結局、目黒駅から松岡美術館(プラチナ通り往復)→庭園美術館→目黒駅の間に私たちが入ったお店は、夜に食べる鮎を打つ金串が欲しいとのことで、キャンドゥーという100キン、プラチナドンキ、ジョナサン。(笑)
どんな高級路線の地域に行っても、庶民的な二人組であった。
(反対に、白金台も東京らしく、表は素敵で高級路線なのだが、100キンなぞのお店も目黒通り沿いの目立つところにあるし、プラチナ通りからちょっと路地に入ったら、ごく普通レベルのお家が沢山あった。計画的に作った高級住宅地ではないので、金持ちなら金持ちだけという色が一色でない住宅地であるところが東京らしいと思った)

結局、鮎を打つ長い金串は見つからず、目黒駅についてから、地元っ子である従姉に電話して、目黒駅の近くの100キンを教えてもらい、恵比寿側の線路沿いにある東急ストア2Fにあるキャンドゥーにも行った。

また、私はランチで生ビールの中ジョッキを2杯飲んだせいで、シャッキとせず、従姉の家に行って宴会準備するのにこのままでは行けない、何かフルーツ系の飲み物を飲みたいと思ったのだ。
で、以前は目黒駅の駅ビルにあった果実園リーベルというフルーツパーラーが、元ウェストの場所に移転したと、Iさんから聞いていたので、それを探したが、久しぶりだったので、中々見つからなかった。
しかし、再度従姉に電話で場所を聞いて、行きついたのだが、10人くらいの行列が店の外に出ていたので、簡単に諦めた。
(こういうフルーツパーラーって、多分、お客さんが並ぶほどの人気がないと、原材料が腐りやすいものだから採算が合わないのかも知れない、だから、フルーツパーラーの絶対数が少な過ぎるのだ。)

それだったらと、道路を挟んだ反対側のスタバに入ったのだけれど、席は空いていなかった。
でも、お店の人が、席ではないところに席を作りますからと言ってくれて、何だか、参考資料が飾ってあるガラスのケースをテーブル代わりにしたところに椅子を持ってきて座ることができた。
ここは、昔のパイオニアの本社があったところで、今は、スタバの日本の本社、また、私たちが入ったスタバは日本の本店だそう。
私は、無事、マンゴージュースのようなもの、Mさんは、抹茶のなんだらを飲んで元気を回復し、目黒線に乗って、西小山に向かった。

後、目黒駅周辺を歩いていたら、五反田の龍門の支店が見えたのだ、時間が会えば、ここもいいよね、五反田より駅から近いし。
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by mw17mw | 2016-04-03 08:35 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)

白金台の庭園美術館

松岡美術館を出た後、食事をし、その後、昭和の初めに建てられ、アールデコ様式で有名な庭園美術館に行ってみた。
元朝香宮邸であったことからか、元皇族の屋敷の入口から本館の玄関までの道が長い。(建物が道路から奥まっている)
庭が広大なのだが、現在整備工事中とのことで、庭の一部しか公開されていないのが残念。
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建物は本館と新館があり、本館が旧朝香宮邸。
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このアールデコ調ではない狛犬は、本館の前に置いてあったものの左側、可愛い。
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新館が美術館になってから、美術館用に建てられたものらしい。

そして、ガレの人気か、見学に来ている人の数が多かった。

この美術館に関して、庭園美術館アプリを聞いただけの知識程度で、行ったのだ。
「ガレの庭」というガレの作品展が開催されていることはわかっていたが、旧朝香宮邸である本館のどの部屋にもこれでもかというくらい、たくさんのガレの作品が並べられており、行けば当然見られるだろうと思っていたアールデコ調の建物の内装や装飾品が良く見えなくてがっかり。
今回のような展覧会は、建物より特別展優先なので、ガレを見たい人には良いけれど、建物を見たくて訪れるには不向き。

実は、iPodにガイドアプリは入れたものの、一台しかなかったので、当日、美術館で、有料の音声ガイドセットをもう一つ借りなくてはいけない、だったら、前日に私は家でアプリを聞いてしまえば良いと思い、前日に一通り、画面を見ながら、アプリの説明を聞いてしまったのだ。
だから、実際の美術館で全部は見れなくても、ここはアプリのあそこねとか少しは楽しめた。(庭園美術館では、iPodをMさんに渡したが、聞いたかどうだかは不明、でも、私と同じように、ガレが邪魔だったと言っていた)

で、今後の展覧会の予定を見ると、特別展のような展覧会と展覧会の間に12日くらいの間が空いていた。
この時に行けば、建物が見られるのかなと思い切や、HPに書いてあったハローダイヤルに電話して訊いたら、展覧会と展覧会の間は、庭から建物を見ることはできますが、建物内部に入れませんとのこと。
だったら、いつ、建物の内部を良く見ることができるのですか?と聞くと、美術館に電話して聞いてくれとのこと。
仕方がないので、美術館に電話したら、詳しい人が出てきて、「今年だったら、9月22日から12月25日の展示会の時、何もないとは言えませんし、朝香宮邸時代の家具が置かれたりしますが、今回よりずっと内装や装飾物が見ることができます」とのこと。
え~、あんな朝香宮邸の建物説明アプリまで用意してあるのに、建物の内装等だけを見る催し物は全くないし、内装が良く見える催し物も、年に3か月だけなのだと、驚く。
(庭園美術館のWikiには、「年に1度の「建物公開」のときは、館内撮影も可能(日時・期間は年によって変動)」という記述があったが、今もあるのだろうか?)

残念。

でも、朝香宮邸については、庭園美術館アプリの画像を見て、説明を聞くだけでも結構満足できるので、スマホなどをお持ちの方は、ダウンロードしてお家で楽しむのも良いと思う。

この朝香宮邸が完成したのは、1933年(昭和8年)とのこと。
1933年は、ナチスが政権を取った年だと思うのだ、そうすると、大日本帝国における最後の贅沢がこの宮邸建設になってしまったのかなと想像した。その後、戦争に突入していくから。
私の勝手な想像だが、きっと、朝香宮が陸軍の軍人だったから、国家予算で、このような建物を建てることが許されたのかもと思う。
大日本帝国が滅亡に向かう前に咲いた美しいモダンな花。

何でも、朝香宮が陸軍からフランスに留学していた時に交通事故で大けがを追い、看病に渡仏した明治天皇の第八皇女である妃殿下も夫の傷が治るまで二年間フランスに滞在し、二人で、アールデコに詳しくなったとか。

実は、岩崎邸、前田侯爵邸と比べたくて行ったところもあった、前田侯爵邸は、洋館は1929年に完成ということから、朝香宮邸と殆ど同じ時代の建物。(多分前田侯爵邸は私財で建てられている?)
しかし、本郷から移ってきた元加賀藩のお殿様である前田侯爵が建てた建物はやはり相当広く、朝香宮邸は小さく見えた。
(でも、それはもしかして、前田侯爵邸の洋館は、女中部屋まで公開してているからかも知れないが)

なんていうことも考えながら見て回ったが、やはり、アールデコ調の装飾品が古びていないで、今のセンスで見ても、とてもモダンで美しかった。

今年の秋に、再度建物を見に行きたいが、庭は当分無理そう。(だって、庭について、いつ整備工事が終わると公表されていないから。)
私が歩き回れる元気のあるうちに、全容が見れますように。
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by mw17mw | 2016-04-01 15:14 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)

白金台の松岡美術館

で、碑文谷の従姉の家に泊まった親戚のMさんと、この前の日曜日の夜、従姉宅で親戚が集まり、Mさんの手打ちそばを味わうことに決まっていた。
その蕎麦打ちの会まで、別にやることもないとのことだったので、私が、東京見物のプランを考えて、案内することにした。
そもそも、Mさんは、油絵が趣味で、示現会という団体に所属して毎年作品を応募しており、今回は、その展覧会関係に出席するため上京。
ということで、美術心がある人だし、夜には碑文谷に行かねばならず、その近辺で芸術的価値のある場所を探してみた。
最初は、駒場の前田侯爵邸が良いかなと思ったけれど、目黒駅や碑文谷と駒場の交通の関係が良くわからず、やめておいた。
次に頭に浮かんだのは、目黒から歩ける白金の庭園美術館に自然教育園。

ネット友達のIさん、広島のIさん、お二人が、白金の方には詳しいので、色々聞きながら、半日、白金あたりで美術館巡り&ランチのプランを練ってみた。

結局は、自然教育園は広過ぎるし、自然豊かな地域に暮らしている人が東京に来て自然を求めるかというとそんなはずもなく、東京に来たら、古くから蓄積された財や文化の方が興味あるだろうと、ネット友のIさんの「白金に来たら、松岡美術館と庭園美術館をセットで回る人が多い」という意見に従い、その2つに行くことに決めた。
Iさんのアドバイスでは、庭園美術館は、「東京都庭園美術館公式アプリ」がスマホにダウンロードできて、それを持って行けば、有料の館内ガイドを借りなくて済むと言われ、iPodにダウンロード。(Wi-fi環境でなくても使えるみたい)
また、松岡美術館のHPを開いたら、プリントアウトかスクリーンショットして持って行けば使える2名までの100円割引券があったので、iPodでスクリーンショットして、準備完了。

で、地図を見ると、松岡美術館というのは、シロカネ—ぜという人たちが行く店が集まっているプラチナ通り(外苑西通り)を進んだところにあり、私としても、庭園美術館・松岡美術館・プラチナ通りと、全て行ったことのないところだったので、興味津々であった。

白金台の街を歩いたり、食事した話は明日にして、今日は、美術館の感想を。

まずは、松岡美術館に行ったのだが、松岡さんという大金持ちが作ったプライベートの美術館で、建物も作品も何もかもが豪華。
東京にはお金持ちが沢山いると、話には聞いていたけれど、本当だと実感。
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で、松岡さんというお金持ちをその時初めて知ったのだが、経歴を読むとすごい、米屋の三男から、ここまでの金持ちだもの...。(と言いながら、昔の米屋というのは、今よりすごいと思う、森ビルだって、もとは米屋だったし)
何でも、最終的には、松岡地所という会社の社長さんだった方のよう、そして、この美術館は、その方の私邸のあったところなのだそうだ....、世の中すごいね~。
この方の経歴を見ると、ずっと右肩上がりの世界を生き抜いてきたのかな~。
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入場料をスクリーンショットを見せながら、入口近くで払って入ると、庭に面していて、大きな像が飾ってある明るく広々したロビーが素敵。
そして、庭に出ることも可能だったので、とりあえず庭に出てみたが、気持ちが良い。
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その後展示を見出したのだが、着いたのは日曜日の11時半頃だったのだが、本当に空いていて、私たち以外、見学者は、数人程度であった。
他人を気にする必要がなく、並ばなくても作品を見ることができる、人の頭越しに作品を見なくて良いなんて、何年ぶりだろう?

また、この美術館は珍しく、カメラによる作品の撮影を許可しているのだ、勿論、フラッシュはだめだし、シャッター音の出るカメラは使わないことが条件だが。
私も色々な作品の写真を撮ってきたが、それをこういうブログで発表してよいのかわからず、美術館に電話で聞くのも何だし、多分、個人が楽しむ分にはということで撮影を許しているのだろうと推察して、ここには載せない。

また、作品の前には近づかないようにとロープが張ってあることもなく、相当近づいて見ることができるが、どうも、赤外線か何かが流れているのか、触らなくても、相当近くを指差すと、館内放送で、「作品に触れないでください」みたいな放送が流れる。
平成12年に建てた美術館だから、設備が相当に現代的。

そうして、最初、インドや中国の「古代東洋彫刻」の間に最初に入ったのだが、陳列してある像の美しさ・立派さに圧倒された。
他、一階には、現代彫刻(ヘンリー・ムーアの作品があって、Mさん感激)、古代オリエント彫刻もあり、当然素敵であった。(1階は全て常設展らしい)
二階に行くと、期間限定の企画展で、「松岡コレクション 中国の陶器 漢から唐まで」という部屋があり、心に響く焼き物が多かった。(唐三彩になる前までの作品がいいねと鑑賞した。)
他の二部屋は、同じく期間限定の企画展で「日本美術院の画家たち」という日本画の特別展であるのだが、古代オリエントや漢時代の陶器を見た後、見ると、悪くはないのだが、スケールが違うので戸惑う。

彫刻も日本画も沢山見ることができたが、西洋画が全然なく、松岡清次郎さんは油絵はお嫌いかと思ったら、コレクションは沢山あるものの、現在展示されていないだけみたいだ。(4月26日からの企画展は、シャガールなどみたい)

私は五島美術館も根津美術館も行きそびれていて、初めて見るプライベートの美術館だったけれど、こういう美術館も中々良いものだと思った。
ここはお勧めです。

長くなったので、庭園美術館は明日にする。
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by mw17mw | 2016-03-31 16:28 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)

お彼岸−有名人のお墓参り

昨日までの三連休、出鼻の土曜日は雨で家に閉じ込められ、日祭日は、ブログネタを求めて歩きまわっていたら、疲れて、ブログを更新できなかったので、今日は、二つ発表。

お彼岸にお墓参りに行ったのだけれど、今回は、よそのお墓のご紹介をば。

<成瀬仁蔵さんのお墓>
この方のお墓は、我が家の墓の近所にあり、父の姉の嫁ぎ先のお墓までの途中に位置するので、場所はわかっていた。

で、平成12年とか13年の多分会社を辞めたとき、平日にお墓にその報告に行ったら、その日が成瀬仁蔵先生の命日だったのか、髪の毛の長い人は三つ編みにしたきちんとしたセーラー服の女性たちがお墓の近くに並んでいて、順番にお参りをしていたのだ。
これは、もしかしたら、成瀬仁蔵さんの命日には、目白の日本女子大学の小中高校生が雑司ヶ谷の墓地までお参りに来るのが習わしなのだと思った。(今、調べたら、日本女子大学の中学・高校は現在川崎にあるようだ。私が雑司ヶ谷の墓地で小中高校生を見たのは、移転の前だったのだろうか?)

その身ぎれいなきちんとしていて、私語を話したり、列を乱す女生徒が全くいない集団を見事と思ったし、目白から雑司ヶ谷はそんなに遠くないけれど、先生に引率されてわざわざお参りに来ることで、この成瀬仁蔵さんが、日本女子大学で本当に尊敬されていることが良くわかった。

で、現在、テレビ小説の「あさが来た」で、成澤泉という名前の成瀬仁蔵さんをモデルにした若い人物が描かれていて、その人の女子教育への情熱は伝わってくるが、おっちょこちょいで、不潔(忙しいと清潔より仕事を優先してしまうタイプ)と描かれているのは、日本女子大関係者の皆さまとしては、想定外だったろうと、同情してしまう。

ということで、近づいて、成瀬仁蔵さんのお墓の画像を撮ってきた。
「成瀬君碑」と書いてある下に、長い漢文があるが、何が書かれているのだろう?
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(成瀬仁蔵さんのお墓は、本当に横長の敷地に高い木が沢山あるので、画像に撮りにくい)

<立川談志師匠のお墓>
昨日、白山まで自転車で行ったとき、日本医大の近くの、私が位置をわかっている「浄心寺」というお寺に立川談志師匠のお墓があることを思い出した。
わかりやすく言うと、本郷通りを真っすぐ駒込の方に進み、日本医科大学に行く道を通り越したところにあるお寺。

外から見るとそんなに広い墓地ではないので、どうにか探せるだろうと思ったけれど実際に探し歩いてみると、余りに沢山のお墓、があり、談志師匠の本名である「松岡」とか「立川」で探しても、簡単に見つからず、やはり、お寺の人に聞いた方が早いということになり、受付で聞いたら、すぐわかった。

このお寺の墓地は、殆どは低い土地にあるのだが、一画だけ新規分譲に開かれたのか、高さのある土地があり、そちらにあるとのことであった。
で、本名の松岡さんのお墓ではなく、「立川談志」単独の墓標のお墓であったので、すぐに見つかった。
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この戒名って、お坊さんではなく、自分でつけたもの?<笑>
良くお坊さんが許してくれたものだ...、法事の時にこの戒名、読み上げるのにね。

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これはお墓の正面下の方に彫ってある絵、何でも、談志師匠の自筆の絵とか。
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by mw17mw | 2016-03-22 16:52 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)

2015.11.30の西小山駅界隈−古いお店が残っている街

武蔵小山商店街パルムの短い方の辺を西小山方面に進むと、とぎれとぎれになるけれど、商店があったり、商店街があって、飽きない風景。
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(上の画像は、武蔵小山商店街パルムの短い辺を抜けて、まばらな商店街を歩いているとき、振り向いて、武蔵小山の方を写したもの)

主に歩いたのは、「西小山パテオ」と街路灯に書いてあった商店街だと記憶しているのだけれど、アーケードなぞのお金がかかっていない商店街の方が古い業態のお店が残っていて、観光客としては楽しい。
こちらは、おでんの種屋さん、まだ、盛大に商売していて、羨ましい限り。
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こちらは、間口が広くて、立派な昔風の八百屋さん、こちらも盛大は盛大だけれど、奥の方には余り品物がなかったのが残念。
でも、こんなに大きい八百屋さんが残っているなんて、とても素晴らしい!
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ここらへんを右に曲がって、細い路地の他の商店街を抜けると、西小山駅に広場に出る。
で、ずずっと歩いていて、スーパーが見当たらなかったが、良く見たら、この西小山駅のビルの2F,3Fが東急ストアというスーパーになっているもよう。
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ここで待ち合わせして、皆が揃ってから、コクエレに向かったのだが、その道道もまずは、果物屋さんのジューススタンドから始まり、細い路地の両側にぎっしり色々なお店が並んでいた。
こちらは、お寿司屋、たこ焼き、天ぷら等のテイクアウトが揃っており、その時の気分で色々選べて楽しそう。
(でもね、匂いそうなものがたくさん並んでいたけれど、別に匂いは何もしない路地であった)
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実は、武蔵小山、西小山を歩いてみたいと思ったのは、もう10年近くの前になるだろうか、大分のまた従兄が東京に来た時、西小山に近いところに住む従姉がお家でパーティを開いてくれ、その帰りに、西小山から帰ることになり、駅前の路地裏の商店街をチラっと見たのだ。
そうしたら、何ていうか、本当に、私が小学生のころには良く見たような、昔のガラスのショーケースに、銀色のステンレスではない金属の、給食の食器で使うような寝ぼけたような銀色の金属のお盆に、昔風のバタークリームのケーキを並べて売っているお店を発見、今では本当に見なくなった昔ながらのケーキ屋さんだったのだ。
もっと見たいと思ったのだけれど、一緒に帰る皆様に合わせなくてはいけないので、その時は諦めたのだ。
だから、今回、もし、そのお店が見つかったら、もっと良く見てみたい、ケーキを買ってみたいと思ったのだけれど、もうそのお店は存在していなかった。
西小山の従姉の話では、ここ数年、昔からのお店が相当やめてしまっているとのこと。
遅すぎたか、残念。

その他にも、生活感溢れる小さなお店が多いし、私だったら、同じような条件で同じようなマンションに住むのなら、絶対、武蔵小山ではなく、西小山だなと思った。(ま、トータル1時間半の見学での結論だけれど)
西小山の方が、私の気ままを適当に吸収してくれそうな気がする。

そうして、コクエレの方に進むと、「中央百貨店」という雨除けテントが見えた、どうも、奥に2,3軒のお肉屋さんや八百屋さんが集まってマーケットを作っているみたい。
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西小山って、古い昭和が残っていて、面白い。

何て言うのかな、東京自体、ここ20年くらい、再開発の波で色々なものが壊されたり、廃業に追い込まれている。
でも、例えば、浅草は、下町情緒や江戸情緒をセールスポイントとした観光地化が進み、そういう情緒も味わいたい観光客でにぎやかに栄えている。
でもね、こうやって改めて東京の西半分の商店街を歩いてみると、我が家の方にもあった昔の商店がもしかして我が家の方より残っていることがわかる。
決して、浅草だけが色々な情緒が残っているわけでも、昔の生活が残っているわけでもない、また、浅草だけが昔を大切にすれば良いというわけでもないような気がする。

これから益々東京の再開発化は、広範囲に進むだろう。
こういう昔からの東京はどんどんなくなっていくのだろうが、東京の東とか西とかにこだわらず、昔からの地域を歩いて目に焼き付けることをお勧めする。(他、下高井戸とか、中央線沿線の商店街、駒込の霜降銀座、行ったことがないけれど、戸越銀座など)

で、話は西小山に戻って、私は行ったことがないのだが、メル友さんから、西小山の「フルーツパーラーたなか」に行った話を聞いたのだ。
おじいさんとおばあさんでやっていて、苺が本当に美味しかったとのこと。(苺パフェが500円だって)←だったら、生クリームは美味しくなかったのかな?
それで興味を持って、場所を調べたら、コクエレからすぐのところであった。
まだ、こんな昔のフルーツパーラーが残っているというのもすごい。

断然、私は西小山が好きだな~、駅前のゴミゴミしているところが、なるべく長く再開発されないで、いつまでも昭和の雰囲気のお店や色々創意工夫している食べ物屋さんが残りますように。

再開発なんて、確かに大きな建物ができて、きれいになるけれど、味も素っ気もないもの。
どうせ再開発が進むのなら、秋葉原型といおうか、再開発ビルの近くに、ゴミゴミしたアメ横チックな通りができてしまうような再開発がいいな~。

<おまけ>
駅前の飲み屋さんののれんに「目黒生まれハイッピー」なる文字を発見。
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家に帰ってから調べたら、「目黒生まれのハイッピー」なるブログの記事を発見。
どうも、ハイサワーを製造販売している博水社という会社の本店が目黒区にあり、その会社には、もう一つのブランドハイッピーなるお酒を割るための炭酸飲料があるよう。(ハイッピーで焼酎を割るらしい)

また、この暖簾に、大きく「鳥かつ」と書かれていたので、西小山の方の居酒屋は、「鳥かつ」が名物なのかと思ったのだ。
普通のチキンカツとどう違うのだろうかと、興味津々だったが、本日「目黒 鳥かつ」で検索したら、「鳥かつ」というのはお店の名前であり、料理名ではないことがわかった。(笑)
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by mw17mw | 2016-02-23 15:48 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)

2015.11.30の武蔵小山商店街パルム−匂いのない商店街

古いタイプのいなり寿司を書いたのだが、その後、録画しておいた「鈴木政吉物語」というドラマを見たのだ。
明治20年頃の名古屋近辺が舞台で、貧しい夫婦の食事に、二人で半分の油揚げが出てきて、「今日はごちそうをはずんだのですよ。油揚げを食べるなんて、何か月ぶりでしょう!」とか言いながら、若い夫婦が油揚げを譲り合う場面が出てきて、「やはり、明治頃の日本において、油揚げはご馳走だったのだ」と再確認できた。

−−−本題です−−−
f昨年、11月30日に、西小山の「コクエレ」における中華の会に参加させていただいたとき、こちら方面に行くことは滅多になかったので、少し早めに出かけ、一駅前の武蔵小山で下車し、東京で一番と言われる武蔵小山商店街を見物した後、西小山駅まで歩いてみた。
(でも、その後、話題が多くて、この散歩について、書けなかった。)
だから、武蔵小山の商店街も、西小山駅周辺の商店街も合わせて1時間半くらいの見物だったし、知っている人に案内してもらうことなく、自分で勝手に歩いたのだから、見聞録としては穴だらけだし、何か的確に特徴を決めつけるようなことはできない。

ということで、以下は、ただの私の印象記である。

偶然ではあったのだが、ちょうど、私が行った11月30日というのは、武蔵小山商店街の駅前のお店が、再開発のための閉店で、昔ながらのお店での営業が最後の日であったよう。

そういう目で眺めると、武蔵小山という駅は、傍から見たら、目黒駅から東急目黒線で2つ目という便利な駅で人気は昔からあったと思うのだけれど、数年前、東急目黒線が南北線や都営三田線と乗り入れて、目黒で乗り換えしなくて直通で都心まで行けるようになったことで、価値が一段と上がったというか、大きなタワーマンション等を作っても売れるというデベロッパーの算段が成り立つようになって、再開発がここにきて加速したのかもと思った。
そういう意味では古い形の武蔵小山駅の周囲を最後に見ることができた。

私は武蔵小山について、「良く商店街としてテレビで取り上げられる」くらいの知識しかなかったのだ。
一番最初に目に入ったのが、焼き鳥スタンド、勿論、焼き鳥だけも売っているのだけれど、横に立ち飲みコーナーがあって、おじさんたちが焼き鳥片手にお酒を飲んでいた。
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へ~、こういう形式の焼き鳥屋さんって、我が家の方にはないと思った。(武蔵小山・西小山界隈で、後、2,3軒同じタイプの焼き鳥屋さんを見た)結構下町っぽい地域と感じた。

多分、武蔵小山って、位置的には、京浜工業地帯の端っこと、住宅地の端っこがちょうどぶつかる地域だから、工場で働いたおじさんたちが夕方、こういう焼き鳥屋で一杯飲んでから、電車に乗るのかも。

で、その焼き鳥屋さんの横をちょっと行くと、武蔵小山商店街パルムの入口があり、どうも、この商店街は、L字型のよう、まずは、長い方のどこに行くかわからない辺の方を歩いてみた。(短い方は西小山方面に向かっているのは明らかであった)
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(左側奥に進む道が品川区荏原方面で、右側に進むと西小山方面)

武蔵小山商店街パルムは、人間と自転車しか通っていない道路が広くて、きれいなアーケードの下両側に、歯抜けではないにぎやかな商店が続いていた。(地元の商店の他に、全国区のチェーン店のお店もたくさんあった。)
少し歩いていると、他の商店街にはない、このパルムの特徴がわかってきた。
何て言うのか、商店街の商店に「匂いを発するようなお店」が一軒もないのだ。
大手のチェーン店のファミレスや食堂なぞの食べ物屋さんが若干あったけれど、それ以外の個人の飲食店も見当たらなかったし、お魚屋さんも商品がラップに厳重に包まれた上で、かっちり蓋つきの冷蔵ケースに並んでいたし、パン屋さん・ケーキ屋さんも私が見る限り全く店舗がなかった。
これが結構衝撃的というか、私が見慣れた商店街だったら、お茶屋さんではお茶を煎り、おでん屋さんのお鍋から湯気と匂いが立ち上っていたり、お惣菜が並んでいたり、お肉屋さんが揚げ物を並べていたりするのだけれど、武蔵小山商店街は、そういう匂いのするものが全く目に入らなかった。(後から、従姉に確認したら、アーケード沿いにはないけれど、アーケードの外にはそういうお店があるのだって。)

大きなスーパーも駅近くと反対側の出口のアーケードの外に見えたっけ。(生活に根差した買い物は、そういうスーパーでするのだろうか?)

と結構長い商店街を歩き終わると、そこは、「品川区荏原」という住所であった。(みずほ銀行の荏原支店があった。)

で、Uターンして、「本当に匂いを発するものを売っていない商店街だな」と思いながら、駅近くに行き、今度は、短い辺の西小山方面に行ってみたら、こちらには昔ながらの布団屋さん、子供服のお店、お魚屋さんとか、お肉屋さんがあった。
うわ~、我が家の方だってこういう布団屋さんも珍しくなっている。
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こちらはもう我が家の方では消滅してしまったようなこども用品のお店。(着物が懐かしい)
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生の肴をラップなぞで包んだりしないで売っている、私からすると普通の魚屋さんもあって、一安心。(画像に撮らなかったけれど、お豆腐屋さんもあったと思った)
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わざとかどうだかはわからないけれど、長い方の荏原に続く商店街は、とにかく清潔で余計な匂いが漏れないことを心がけているようなお店ばかりなのに、短い方の西小山方面への商店街は、昭和の香りと生活感たっぷりであった。
(あの駅前の焼き鳥屋さんも工事中の間、短い方の商店街に仮店舗を置くみたい)

家に帰ってから、東京西側に詳しい友人に「武蔵小山商店街のメインの通りには、本当に匂うようなおでんやお惣菜のお店がなくて、私としては、買いたいものがないような商店街だった」と報告したら、武蔵小山商店街は、商店街としては珍しく駐車場完備で、加盟店で買い物をすると、駐車場代が無料になるというシステムを作ってあるのだって。だから、自動車のお客が買いに来ることで成功しているとのこと、ふ~ん、それは新しい、良いことだとは思った。(注:私は元々商店街で買い物をしないで、多慶屋とかディスカウントショップで買うことが多いので、商店街にあったらうれしいものは、すぐに食べられるお惣菜になる)

何だか、武蔵小山の商店街を一時間歩いただけで、全ては語れないのだが、こういう匂いのしない商店街(すなわち、雑貨・洋服・瀬戸物屋さん、食べ物だったら、チェーン店ばかり)でも、こんなに繁栄できるのだというのが、驚きであった。
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by mw17mw | 2016-02-22 21:42 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)