カテゴリ:東京都内のお散歩・見物( 332 )

南千住 LaLaテラス界隈にホームセンター

(以下、回っているときに記事にすると思わなかったので、画像がありません、リンク先を見てください)

三連休の最終日、東浅草に仕入れに行く用があり、それだけではつまらないので、南千住のLaLaテラスに素早く行ける道を探したのだ、そうしたら、あった!こんなに東浅草と南千住が近いとは思わなかった。

ということで、何年振りだろう、う~ん、1年以上行っていないと思うのだけれど、LaLaテラスの中の角上魚類とダイソーをチェックしたく行ってみた。

まず、その変化に驚いたのは、LaLaテラスの駐輪場が無料から、2時間まで無料に変わっていたこと。
また、LaLaテラスの一階は以前何のお店だっけ?レンタルビデオ屋さん?
そこが、西松屋に代わっていて、二階には、ユニクロ・しまむらがあるから、安い洋服が揃っているところになっていた。

その次に、向かい側に「ロイヤルホームセンター」という巨大できれいなホームセンターができていたこと。
うわ~、ダイソーの大型店舗に角上魚類とユニクロがあって、向かいがホームセンターなんて、無敵に近いショッピングゾーンではないか。

と言いながら、まずは、角上魚類へ。
生筋子を見に行ったのだが、こちらは、100g600円、おまけに、「卵ほぐします」というサービスをやっているみたい。
へ~、筋子をほぐすサービスって初めて見た、あれ、自分で作業したほうが面白いのに、でも、忙しい人はここでやってもらうのが良いかも。
で、こちらでは、生筋子と言わずに生鮭子と言っているみたいで、そのほぐし方のちらしが置いてあったので、もらってきた。
そのちらしでは、お湯は45度で、お湯に入れる塩は、5%とのこと。
塩湯に浸けること2,3分で取り出し、こちらは、粗めの餅網の上で卵をぐるぐる手で軽く押し回して、卵を膜から離し、餅網の下に落としていくやり方。
最後、何度か水を替えて、白い膜等を取り除いて行って、ざるにあげる。

以前私が紹介したやり方と、餅網を使うか、菜箸を使うかの違いだけみたい。

で、結局、買わなかったのだが、見落としかも知れないけれど、角上魚類にサンマが並んでいないような気がした。

次に2階の大きなダイソーに行ったけれど、中くらいのダイソー(浅草ROX)には置いていないものが結構あって、満足。
やはり、ダイソーに行くのなら、巨大店が良いなと思った。(というか、たまに巨大店に行かねばね)

洋服は興味がなかったので、向かいのホームセンターに行ってみる、今年の5月にできたみたい。
なんでも、ロイヤルホームセンターは、大和ハウス工業系のホームセンターとのことで、清澄白河のコーナンや田舎にあるホームセンターとは趣が異なり、田舎っぽくなく、おしゃれな作りのお店の中に、おしゃれっぽいものがたくさん並んでいる感じ。
勿論、ホームセンターだから、プロの大工さんしか使わないような資材も並んでおり、ホームセンターであることを感じさせるが、全体、都会っぽいのだ。
3階建てで、二階は、キッチン用品がたくさん並んでいて、もしかして、今、私のチャリンコ移動範囲の中で、キッチン用品が一か所にこれだけ並んでいるのは、ここではないかという気になった。(そのくらい広い)
三階に行ってみると、ペット用品が並んでいるけれど、お犬様の洋服もこれでもかというくらいぶら下げてあるのが圧巻。

何だかな、同じキッチン用品、ペット用品でも、コーナンとは品物の揃え方が違うという感じ。

この南千住のLaLaポートの周囲の開発は、ホームセンターができたことで一歩使いやすくはなった。
無理かも知れないけれど、あと、ニトリができたら、無敵なショッピングゾーンになるのにね。
何だかね、我が家の近所でこれくらい広い土地があるなんて南千住くらいだろうけれど、こういう繁華街ではない南千住にできた大型ショッピングゾーンの風景を見てしまうと、上野や浅草、多慶屋に買い物に来る人が減っているのも仕方ない気がする。

ホームセンターは実は田舎っぽい方が好きなので、今後も清澄白河のコーナンにも行くけれど、この南千住のショッピングゾーンにも、今後たまに行きたい。(仕入れのついでに簡単に行けることがわかったし)
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by mw17mw | 2016-10-12 17:18 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)

駒込駅から飛鳥山まで3/3 飛鳥山の渋沢史料館等

書き忘れたけれど、旧古河庭園に行こうと思ったら、山手線の駒込駅より、京浜東北の上中里駅の方が近い。
実は、旧古河庭園の後、平塚神社や滝野川公園を通り、上中里駅まで行きたかったのだが、時間の関係で割愛。
平塚神社や滝野川公園は行ったことないので一度足を踏み入れたかった。
上中里駅前は何度か通ったことがある。
その頃から建て替えが行われていなければ、この駅は本当に都内の駅という感じがしなくて、周囲にお店が殆どなく、枯れ葉が似合う郊外の住宅街の中の駅みたいな雰囲気があって、私は好き。(都会ぽくないという点では鶯谷駅に並ぶ)

さて、旧古河庭園を出て、本郷通りを飛鳥山・王子方面に歩くと、昔の大蔵省造幣局の大きな印刷工場が出現。
今は、「国立印刷局東京工場」というらしい、ずっと以前だが、大学入試の試験問題の漏洩があったのはここだっけ?
その前を通っていくと、すぐに南北線の西ヶ原駅の入口があった。
帰りはここから帰ろうと話しながら、まだまだ先に進む。
旧古河庭園から飛鳥山は想像していたより距離があった。(駒込駅から旧古河庭園と同じくらいの距離かも。でも、歩いたことがない道路だったので、余計遠くに感じた。)

何とか文庫とか、わけのわからない題名の建物が何かも全然わからないまま、それを目指したわけだが、程なくして、緑がこんもりした地域が出てきて、きっとここが「飛鳥山」の端っこなのだろうということは想像がついた、ほとんどが駐車場。
それを横目に見ながら、ずんずん進むと、駐車場が終わり、中に入る入口があって、「飛鳥山3つの博物館入口」とかなんとか書いてあり、その下に行きたい「渋沢史料館」や「晩香廬(ばんこうろ)」、「青淵文庫(せいえんぶんこ)」なぞの名前があったので、そこから中に入った。
庭の高い木々の向こうに建物が見えた。
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地図を見ながら、最初に目に入った建物の方に向かったら、そこは、「青淵文庫」であり、入口に、「15時45分閉園」と書いてあったかな?
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私たちが入った時はまだ内部の照明がついていたので、ステンドグラスが映えてもっときれいだった。

私と広島Iさんが青淵文庫に滑り込んだのは、閉園5分前。
なんだなんだ、こういう施設が5時までではなく、15時45分に閉まるなんて、ひどい!とか言いたくなった。
そして、入ってみると、表から見るより小さく、主な部屋は、応接間だけという感じであった。
表から見ると、平屋だけれど、奥まった方は二階もあるようだが、階段に公開していない旨が書かれていたので、すぐに見終えることができた。
そうしたら、係りのお姉さんが「晩香廬も急げば何とか見ることができます」とのことだったので、急ぎ足で、向かい側にある平屋建ての建物がそれらしかったので、またまた、滑り込む。

これも小さな建物で、中に入って、ざっと見て、とにかく、足を踏み入れたという証拠を作ってきたみたい。(笑)
こちらの方も、メインは応接間で、中の内装が殆ど茶色い木で山小屋風、落ち着く感じ。
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両方とも私を含めて慌てて見に入ったお客が出ると、建物から電気が消えた。

渋沢栄一さんは、明治・大正時代の実業の世界での成功者、その晩年を過ごした飛鳥山の環境は本当に素敵であった。
一度は散歩に行くと良いと思う。

で、入ってきたところを戻り、奥に進むと、今度は大きくて立派、しかも現代的建築の渋沢史料館があった。
ここは、4時半まで入館できて、閉館は、5時のよう。
そうして、ここもその日無料。
広島Iさんが切符の自動販売機を見たら、この3館(紙の博物館とか飛鳥山博物館)を見る共通券は、720円とのこと。
(渋沢史料館1館での入場料はよくわからなかったが、同じ敷地にある青淵文庫や晩香廬もその料金で一緒に見られるみたい)

都民の日は、10月1日で、大抵は平日なので、恩恵を受けるのは、学校がお休みになる高校生までであった。大人になってからは、恩恵は皆無。どうせなら、都民の日を10月1日ではなく、10月第一土曜日にしてくれたら、成人は恩恵を蒙れるのにね)

で、渋沢史料館は1階に映画の上映室があり、最終回が4時半からと書いてあったので、2階の資料の展示を見に行った。
そこに置いてある史料によると、渋沢栄一さんは、60歳から91歳の臨終まで、この飛鳥山に住んでいたそう。
そうして、渋沢栄一さんの住居は、和館と西洋館と両方あったらしいのだが、戦争で燃えてしまったらしい。
その後に建てたのが、この渋沢史料館であるとのこと。
青淵文庫と晩香廬は、渋沢栄一さんが尊名中、弟子などの他の人からプレゼントされたもので、戦災の被害に遭わなかったらしい。
庭に作った客に会うための応接間主体の小さな建物という位置づけ?
そうか、ということは、あの青淵文庫晩香廬は、昔だったら、文人や金持ちは、庭に茶室を作るわけだが、日本の西洋化に生きた渋沢栄一さんの弟子たちは、和室の茶室ではなく、西洋風の応接間主体の家を作って贈ったのだ。
渋沢さんは、そこで客人と会ったのかな?
(晩香廬は、バンガローの当て字らしいと書いてあり、確かに、バンガロー風の建物であった)
この建物が、昭和6年の渋沢栄一さん没の年より前に作られたものと思うと、その当時、本当にモダンに見えたろうと思う。(今でも、通用する素敵さだから)

私は、高校の時、世界史を受験科目に選び、日本史を選ばなかったので、渋沢栄一さんについては学ばなかったし、よく知らなかったのだ。
ま、名前と日本の主だった大企業を明治時代次から次に作った実業の神様みたいな方くらいの知識しかなかった。
でも、今回色々調べたら、「「道徳経済合一主義」に基づき、経済道義を実践していた人らしく、経済面だけでなく、精神面でも、明治維新以降の日本の実業界の柱だった人らしい。(NHKの連ドラ「朝が来た」にも出てきた)
生まれた時からの軌跡や写真を順番に見て行ったのだが、途中で、「あ、そうだ、後で映画を見るから、映画を見ればすべてがわかるだろう」と思い、途中で、展示を見るのはやめて、展示スペースの裏にある休憩スペースに行ってしまった。
そこには、モダンなとても横に長い窓から飛鳥山の緑が良く見え、また椅子があったので、そこに座り、景色を楽しみながら、広島Iさんとおしゃべりをした。
この2階からの景色は本当に素敵。(写真は撮り忘れたか、館内撮影禁止だったのか?)

そうして、5分前に上映室に行くと、誰もいなくて、私たちが席に座ると、自動的に映画が始まった。
でも、その映画が本当に短く、殆ど内容がなかった、残念、あれだったら、ちゃんと二階で資料を見るのだったと反省。

その近所には、飛鳥山博物館、紙の博物館もあったけれど、その日はもう十分色々見物したし、時間も5時近かったので、南北線の西ヶ原駅まで戻り、喫茶店でもあったら、入りたいねと思ったけれど、駅の周辺には何もなかった、残念。
ま、王子駅まで行けば、色々あるのだろうけれど、もう王子駅まで歩く元気もなかったし、そのまま、南北線に乗って帰って来た。

私は、飛鳥山に足を踏み入れたのはこれが初めてなのだけれど、テレビで、例えば、「アド街で話題に上る飛鳥山とか、「江戸時代から桜の名所であった飛鳥山」というのは、王子駅の方からの地域ではないかと思う。
どうも、飛鳥山というのは、王子の駅前から西ヶ原の方に、細長い山で、私たちがその日に行ったのは、王子駅前の方が表とすると、渋沢史料館がある方は裏ということになるのではと思った。
だから、そのことを広島Iさんに話し、今日行ったのは、飛鳥山は飛鳥山だけれど、裏の方であり、あれだけのことで、「飛鳥山に行ったことがある」とは言えないのではと話した。

旧古河庭園も、渋沢栄一さんの晩年を過ごした飛鳥山も素敵だったけれど、近くに喫茶店とか休憩する場所が全然ないというのが、欠点。

飛鳥山の自然がきれいで、またいつか散歩に行きたい。
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by mw17mw | 2016-10-07 16:34 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)

駒込駅から飛鳥山まで2/3 旧古河庭園

さて、旧古河庭園のガイドツアーで案内していただいた経験をば。

やはり、旧古河庭園といえば、このレンガ造りの建物がその象徴のようなもの。
岩崎邸なぞと同じジョサイア・コンドルの作。
一階は洋風だけれど、二階は和室なのだって、でも、ここには、別途予約して別料金を払わねば入れない。
しかも、この日は、ここの一階で結婚披露宴が行われていた、外には、東京会館のケイタリング車が停まっていた、豪華。
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この旧古河庭園は、本郷通りに面している北側の入口から入ると、そこが一番高い平地で、そこから南に向かってなだらかな斜面が続いた後、低地になっている。
そうして、低地は大きな池がある和風庭園。

私はそれまでに、相当昔、父と目黒の伯母夫婦と4人で来た思い出があるのだが、その時、日本庭園には行かなかったような気がする。(そのくらい、旧古河庭園=洋館とバラ園と刷り込まれていた.。良く見る旧古河庭園のポスターは、必ず「洋館にバラ」だった。その構図だけで、旧古河庭園の西洋風の部分のイメージが確実に伝わる。日本庭園の魅力は、一枚の写真に収めることが不可能なので使われないのだろう)
その後再度一人で行くことがあり、バラ園の向こうの低地にとても素敵な和風庭園があることを発見。

東京中の和風庭園を全部歩いたわけではないけれど、多分、私は東京にある和風の庭園の中で、古河庭園のお庭が一番好き。(二番目は、掃除が行き届いていないことに目をつぶって、東大の三四郎池)
何ていうのだろう、造りが単調でなく、歩いていて飽きないのだ。(清澄庭園とか六義園とかは、単調だと思う)

そうしたら、この度のガイドさんから、このお庭は、明治大正の頃活躍した七代目小川治兵衛という京都の名人が作ったお庭だと聞いた。←自分の目の確かさも嬉しかったりして。(笑)(今でも、何代目かは失念したが、京都に小川治兵衛という名前を継ぐ庭師がいらっしゃって、時々、NHKに出ているとのこと)
この七代目の他の作品が、「平安神宮のお庭」「野村の碧雲荘」とか聞くと、本当、さすが!と思う。(野村の碧雲荘は、南禅寺の近くにある野村證券の施設だから、その関係者でないと入れず、私は入ったことがない、ただ、その周囲を歩くだけでそのセンスの凄さがわかる)

ガイドツアーは、本郷通りに近い台地の上に作られた、洋館から始まった。
この洋館と西洋風のバラ園は、ジョサイア・コンドルの設計とか。
西洋館の説明が終わった後、その前を横切り、敷地の一番西の方の道から斜面を下りて行く大きな木々がたくさんあるコースに案内された。(それは案内マップを見ると馬車道のよう)
なんでも、そんなに大きな土地ではないので、道が一直線ではなく、あちらこちらに曲がっていて、土地を大きく見せる工夫がされているとのこと。
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池に繋がっているお水が見える。
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少し小高いところから池を見る、立派。
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こういう大きくて立派な石灯篭が15基あるそうで、高価なものは、その当時で「郊外に一軒家が買える程の価格」だったとか。
今回案内してもらって、説明してもらい、岩崎庭園にも大きな石灯篭があったけれど、この大きな石灯篭は明治・大正時代くらいまでの富の象徴だったことがわかった。確かに、お金持ちでなかったら、こんなに大きな燈籠を自分の庭に運べないものね。
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その他、小さな水の流れにかかる大きな石の橋は、全て大きな石を真っ二つに割った一枚岩とのとのこと。
そういう立派な石をどこから持って来たか、私邸の庭に使ったので、記録に残っていないそう。
(そういえば、岩崎弥太郎さんだったか、久弥さんも大きな石が大好きで、日本各地で見つけては湯島に運んだと聞いたっけ)
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池の近くの深い森のようなところにお茶室があり、その日、灯りがついて、お茶をたしなんでいる人々がいた。
このお茶室の周囲には、細い小川が流れ、周囲と隔絶された杜の中の茶室という雰囲気がまた素敵であった。(このお茶室利用は、都ではなく、大谷美術館)
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「崩れ石積み」という立て看板−−−石を垂直に積む技術は方法は数あるが、これは、京都で発達した伝統的工法である。石と石が噛み合って崩れそうで崩れない姿が美しいとされている。当庭園においても小川治兵衛の力作となっている」
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下の画像の真ん中くらいに滝というか、小さな水の流れがあるのがわかる。
ガイドさんのお話では、以前は、もっと上から自然の滝になっていたそう。
しかし、近所に作られた南北線の工事のせいで、地下水脈がずたずたになったようで、滝が小さくなったばかりでなく、以前は庭の色々なところに湧いていた地下水が湧かなくなってしまったそうだ。
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階段を上がると西洋庭園という場所。
西洋と和の庭園の間には、富士山から持って来た溶岩がたくさん埋め込まれ、その上には苔が生えいていて風情があった。
今は、富士山から溶岩を持ち出すのは禁止されているそう、それ以前に持って来られたものであるが、富士山の溶岩がこんなにたくさんお庭に使われているのは、古河庭園くらいだとのこと。
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そうして、バラ園に戻ったが、全部で1時間20分もかかった。
殆ど、和風庭園の中ばかりにいたのだから、その大きさや充実度がわかると思う。
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私が思うには、和風の庭園なぞに興味のある女性をデートに誘うとしたら、私としては、旧古河庭園が一番のお勧め。
一度は自分勝手に自分の感性で見物、二度目はガイドさんに案内してもらうと良いと思う。

それから、ガイドさんから、ジョサイア・コンドルの他の作品の話を聞いたとき、何と、品川の八つ山にある「開東閣」という三菱グループの迎賓館といわれるジョサイア・コンドルの設計の建物が、「他に移築され、その跡地に超高級マンションが建てられる」とのことでびっくり!
その土地は、そもそもは、伊藤博文の私邸があった場所で、それを岩崎家が買い取った。
外から見ると、こんな大きな森が品川にあるのだと思うくらい、こんもりとした森なのに、それを切り開いて、億ションを作るなんて、とてもショック。

また、バラのお祭りは、春と秋にあるそうだが、今年の秋のバラのお祭りは、10月8日の土曜日から2週間、「秋のバラフェスティバル」が行われるそう。
100種類のバラが咲き競うのかな?

その他、この古河庭園は、結構、椅子とかテーブル、ベンチが充実しているし、中にお弁当を持ち込んで食べても大丈夫とのこと。
きっと、春の桜とか、秋のもみじの頃、良さそう、行きたい。
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by mw17mw | 2016-10-05 18:10 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)

駒込駅から飛鳥山まで1/3 霜降銀座と平塚亭

え~ん、先週、突然PCがUSB接続しているプリンターを認識しなくなり、サポートに電話、あれこれ試したけれどだめ。
最終、月曜日に色々調べて電話をくれることになっていたのだが、結局、打つ手なしで、「修理に出してください」とのこと。
修理に出すと言っても、保証期間はとっくに終わっているし、延長保証も入っていないので、12800円なんだって。
12800円あれば、新しいプリンターが買えるからと修理を断った。
さ~、新しいプリンターを探さねば、各社色々欠点はあるけれど、ブ○ザーは、ちゃちなので、キャノンに戻ろうと思う。
でも、どの機種にしようか、きめるのも一仕事。
また、故障の際に、Windows10の中の「デパイスとプリンター」の中に「Fax」というプリンターがあるのを発見。
昔使った覚えがあり、これと外付けモデムがあれば、PCから直接Faxできるはずと色々調べていたのだが、どうも、光回線に合うモデムがないようでだめみたい、あ~ただの骨折り損に終わってしまった...さ~て、プリンターの選定に戻らねば。

−−−本題です−−−
今回は、広島Iさんが、サスペンスドラマに良く登場する、「上中里の平塚亭」というお団子屋さんに行きたいとのこと。
なんでも、「浅見光彦シリーズ」と伊東四朗が出る刑事ものに良く出てくるんだって。
そして、浅見光彦の設定は、その近所の高級住宅街の実家に親兄弟ともに住んでいる人とのこと、う~ん、よくわからないけれど、もしかして、上中里からちょっと離れている駒込より都心寄りの大和郷(やまとむら)のイメージではないかと思う。
平塚亭はネットで調べたら、旧古河庭園のはす向かいで、本郷通りに面している。
それだったら、本郷通りを下る感じで、「駒込駅→霜降り銀座→旧古河庭園→平塚亭→(できたら)滝野川公園」と考えたのだ。
その他、広島Iさんは言った覚えはないとのことだが、私は、「飛鳥山にある渋沢栄一のなんだらに行きたい」と聞いたような覚えがあるので、地図で、そのまま飛鳥山で行ってみたら、渋沢栄一史料館があったので、そこに寄って、時間が余ったら、十条まで歩いてみたいとおもったのだ。

で、霜降銀座に寄ったのは、まだ、二木商店という立派な魚屋さんとか、玉子屋という立派なお肉屋さんが生きている商店街がまだあるのだということを見てほしかったのだ。
(こういう魚屋さんやお肉屋さんがまだ営業で来ているということは、この近隣、結構昔からの味にうるさい金持ちが住んでいるのだと言いたかった)
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でもね、お魚屋さんの二木商店の間口が半分になっていて、しかも売り子のおばさんが二人だったのに一人になっていたのにショック。きっともう一人の人が身体を壊してしまったのか、横に広かった売り場が半分になっていた。でも、残っていてくれるだけ嬉しい。
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その後古河庭園まで歩いたのだが、入口を入ったら、「本日、入園料無料」とのこと。
お、そうか、その日は、10月1日の都民の日だから、都の施設は入園無料なのだ、ラッキー!
と言っても、入園料は、150円だけれど、それでも、周囲の人皆喜んでいた。
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で、この旧古河庭園の中には、立派なジョサイア・コンドル設計の洋館とお茶室があるのだが、どういうわけかその二つは、大谷美術館の所有で管理、普通の入園料以外の料金を払い、予約を取らないと見ることができないらしい

それでも、古河庭園には、立派な西洋風のお庭と立派な和風のお庭があるから、十分。
私は今回3回目だと思うのだが、西洋のお庭よりも何よりもここの和風のお庭が好きなのだ。
でも、古河庭園と言ったら、バラ園で有名。

そして、入口のところに、「ガイドツアー11時と2時」という立て看板があった。
あ、ここでも、岩崎庭園みたいにガイドさんが案内してくれるのだとわかり、それならガイドさんに案内してくれた方がポイントがわかって良いし、30分くらいすれば2時だったので、先に平塚亭に行ってしまい、その後で、ガイドさんについて案内してもらおうということになった。(こういうとき、入園料が無料だと、出たり入ったりできるから楽)

で、古河庭園を出て、本郷通りを少し歩いて一つ目の信号を渡ると、そこには、とても奥行きのある平塚神社の参道と、ひらつか亭というお団子屋さんが見えた、5分もかからないと思う。
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入口から中に入ると、ショーケースの後ろに女性が二人立って売っている。
その右側は結構広くて、テーブルや椅子なぞが置いてある他、自転車なぞもしまってあり、昔は、ここで甘いものを食べさせたけれど、今はいかにも使っていない風であった。
お店の人に、「中では食べられないのですか?」と聞くと、「はい」とのこと。
残念、では、どうする、この近所に公園とかないかしら?というと、広島Iさんが古河庭園の庭に椅子が置いてあり、そこで食べられるみたいとのこと。
だったらと、広島Iさんは、豆大福、私はおはぎを購入、包んでもらった。(120円ずつかな?)
また、その方たちに「ここはよくテレビに出るのですってね」と聞くと、落ち着いて「はい、色々出ていますよ」とのこと。
何だか、ずいぶんテレビ慣れしている様子。

お店から出て、お店の横、神社との間を曲がり、広島Iさんがテレビでは、この前に、緋毛氈の縁台があって、そこで、ドラマの出演人物たちは、お茶と甘いものを食べることになっている」とのこと。
ふ~ん、確かに、そこに緋毛氈の縁台があったら、似合いそうな風情。
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また、行きも帰りも、テレビで見たという感じの人たちが「ここだよ」と看板を指差しながら、訪れていたので、皆、結構来るのだとわかった。

そして、庭園に戻り、空いているベンチに座り、私は売店で冷たいお茶を買い、二人で食べ、落ち着いた後、ガイドツアーの集合場所に行った。。
(ガイドツアーは、土日祭日の午前11時からと午後2時からで、所要予定時間は1時間とのこと)
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by mw17mw | 2016-10-04 16:55 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)

根津の新しいお店色々

日曜日は久々晴れたので、ようやくお墓参りに行くことができた。
その時、都バスの一日乗車券を買ったし、土曜日の夕方、「もしもツアーズ」という番組で、谷根千のお店を見たのだが、そのうちの路地裏の一軒を知らなかったので、帰り、不忍通りを通るバスに乗り、根津神社前で降りて、探しがてら、散策してきた、久々の街歩き。

そのパン屋さんの場所は、上野松坂屋と早稲田間のバスの停留所、「根津神社入口」というところが最寄りの停留所なのだけれど(千代田線の根津駅からも遠くはない)、わかりやすく有名なお店で言ったら、「よし房 凛」というお蕎麦屋さんの横の路地を曲がった方向。(曲がって、右手には芋甚がある)
目指すは、「Bonjeour Mojo2(ボンジュールモジョモジョ)」というパン屋さんなのだけれど、そこに行くまで、他に二軒も良さそうなお店が見つかった。

しかし、その反面、お豆腐屋さんのお店が看板はあるものの、お豆腐を入れておく大きな水槽とか全て片づけられていて、もう営業していないことが明らかだったり、町の新陳代謝を感じざるを得ない。

<あんくる−あまおうのあるビストロ>
まずは、曲がってすぐ、凛さんより2,3軒先にある「あんくる
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このお店は新しいお店ではないのだけれど、今回初めて紹介なので取り上げてみた。
表のメニューをチェックしたら、「あまおうメニュー」がたくさんあることを発見。
(ただ、お店全体の画像を見たら、あまおうに力を入れているのが良くわかるけれど、歩いていると全体は中々目に入らない)
あんくるさんは、数年前、この近所に、あまおう専門の支店を出されたのだけれど、程なく閉店してしまったのだ。
その閉店の口上に、「本店で引き続きあまおうを食べられます」と書いてあったっけ。
ビストロメニューも美味しそう。
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なんでも、表の看板を見ていたら、2時からはお茶の時間とのことで、甘い物狙いだけでこのビストロに入ることも可能そう。
でも、「あまおうパフェ」はメニューに載っているけれど、値段が書いていないということは今季節ではないのかな?
そのうち「あまおうの時期」を聞いて、食べに行きたい。
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<ル・クシネ−新しい土日祭日だけのケーキ屋さん>
そのままずずっと山の方に進むと、今度は、「え!こんなところにケーキ屋さん?」とびっくりした。
普通の民家で、確か数年前テレビで、住む人がいなくなったので、シェアハウスにしたとか、放送していた覚えがある家だが、その手前半分のガラス戸を覗くと、美味しそうなケーキの冷蔵ショーケースが見えた。
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へ~、知らなんだ、知らなんだとびっくり。
珈琲の値段も出ているから、中でお茶できるのかな?買う気はなかったので、中まで入らなかったけれど、ガラス戸越しに見るケーキは美味しそうで、輝いていた。
その名は「ル・クシネ」で、家に戻ってから、検索すると、何と2年前からあるケーキ屋さんで、土日祭日のみ営業とのこと。
ここなんか、谷中散策の途中、休むのに良さそう。

<ボンジュールモジョモジョ−小さなパン屋さん>
そうして、そのまま、山の方に進むと、Bonjour Mojo2の看板があったので、そこの本当に狭い路地を左に入っていく。
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実は、この路地は、以前、ニャンコにボンネットを被せて撮った写真を展示していたギャラリーがあって、そこがパン屋さんに代わったのかなと思って言ったのだが、ブ~であった。
マルヒというギャラリーはそのまま残っており、その奥の隣の家の窓を若干改築して、パンの売り場にしていた。
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しかし、前日、テレビで紹介されたということで、私が行ったのは、午後2時くらいだったのだが、動物の形をしたパンは全て売り切れとのことだった。(買う気もなかったのだけれど)

<チャマチャマ>
ここを出て、根津の文京区の図書室に本を返した帰り、もう1軒、以前から気になっているお店があったので、写真を撮ってきた。
場所は、不忍通りより一本入った路地にある小さなイタリアンのお店で、「チャマチャマ」という名前。
メインは、ピザパイなのだけれど、突如、フィレンツェ風のTボーンステーキ(1kg9800円)の看板もあったりする、何だか、面白い。
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フィレンツェ風Tボーンステーキは、合羽橋のカーサカステリーニもあるし、そんなに美味しいのかしらね?(ただ、量の関係でおいそれとは注文できないから、一生謎のままかも)
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<おまけ−台東区寿の話>
それとこれはおまけなのだが、TOMITさんの食べログで、寿のクレール・ドゥ・リュンヌの隣に、もう一軒、ケーキ屋さんができることを知った。
それで、前を通ってみると、本当にクレール・ドゥ・リュンヌの隣で、以前、陶芸教室だったところが内装工事中で、大きく、「Patisserie」の看板がかかっていた。
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(木を挟んで、左側が「クレール・ドゥ・リュンヌ」、右側が新しいケーキ屋さん)

うわ~、すごい。
まさか、こんなことも世の中起きるのだとびっくり。
ま、都心だったら、ケーキ屋の隣にケーキ屋ができることも考えられるが、こんな繁華街でもないところで、ケーキ屋が二軒隣同士に作ってどうするのだろう?(ま、ケーキ屋の隣にケーキ屋を作っても別に法律違反でも何でもないのだけれど)
後発のお店は、「Fobs」という名前のよう。
Fobsさんの方は、クレール・ドゥ・リュンヌの実力を研究したうえで、隣に出すことにしたのだと思う。
ということは相当の実力かなとも思う。
クレール・ドゥ・リュンヌ側としては、何だか、隣に殺し屋が住みだしたような気分ではと推測してしまう。
すごいな~、どちらが勝つだろうか。
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by mw17mw | 2016-09-27 12:08 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)

新宿駅南口−「バスタ新宿」と「頑張るJR東日本」

果実園リーベルを出てからは、新宿駅南口方面に新たにオープンした商業施設を案内してもらうのと、買いたいものがあるので、東急ハンズに行くことになった。
お店を出て、甲州街道を歩いて行くと、すぐ右手の高いところに「バスタ新宿・NEWOMAN」の大きな看板が見えてきた。
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で、品川Iさんについていくと、バスタ新宿に入って行った。
でも、構造がわかっている人に連れて行ってもらって良かった、私のイメージでは、こういう大型バスターミナルって、アメリカの映画では、天井がついている施設とか、地下にあるイメージがあったのだが、新宿のバス多の出発ターミナルは、4階建てのビルの4階で、頭の上は、青空であった。(降りるターミナルが3階なので、天井がある筈)
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一人でこのビルに入ったら、何も考えずに下の方に行ってしまいそう。
昼間だから、出発しそうなバスは全然なかったが、何でも、深夜になると、バスが沢山停まっているそう。
私がここを利用するかと言うと、どうだろう、山梨に行くときには良さそうだが、秋葉原にも1停留所だけだけれど、色々な地方行きのバスが泊まる停留所を見つけたしね。

ぐるっと発車するターミナルを回った後、エスカレータに乗って、NEWOMANという新しい商業施設に行く。(NEWOMANもJR東日本の施設)
色々なおしゃれな洋服、雑貨のお店が多いのだが、「まりんばさんならここでしょう」と、地下にある「AKOMEYA」に案内される。
ここは、キッチンに関する、道具、食器、食材、ありとあらゆるものが並んでて、圧巻。
何でも、別に新宿まで来なくても銀座にもあるのだって。
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AKOMEYAには、本当に立派な品揃え、素敵なものが並んでいたけれど、さすがに高い。
ご飯茶わんが2600円だって、ヒエ~である。(割るかも知れない毎日使う雑器にそんなお金かけられない)
ま、ここは、私にとって、ショールーム、実際に買いに行くのは、合羽橋とか多慶屋?(これが台東区民の生きる道)

素敵だけれどね、と思いながら、今度は新宿駅の方に行き、まずは、改札近くに展開しているエキソトの施設を案内してもらうと、一番最初に目に付いたのが、スタンドというのか狭いスペースのお店の中に、TORAYA CAFE AN STANDなるもの。
わ、TORAYAも時流に乗って、こういうスタンドを開いてみたのだ。
でも餡のかき氷が700円だから、虎屋としては安いけれど、カフェスタンドで買うものとしては安くない感じ?(でも、食べたら、美味しくて安いと感じるかも)
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建物の壁に貼りついた少スペースのスタンドの他、その周囲には、比較的広いスペースの素敵な飲食店が何店もオープンしていて、人気のある店は行列ができていた。
この風景を見て、駅を出て数分の果実園リーベルが空いている理由がわかるような気がした。

この改札口すぐ外の商業スペースもJR東日本のもので、この情景を見たら、お店の個性よりも、「新宿駅南口の乗降客が落とすお金はJR施設(改札口内外とNEWOMAN)の外には一銭も落とさせまい」というJR東日本の強い意思を感じてしまった、というか、それしか感じなかった。

素敵で美味しいお店が駅の改札近くにあれば、便利だし、入ってしまうよね、そのJR東日本の号令に従い、それぞれのテナントは精一杯頑張っている感じがしたし、実際それが若い人たちに
受けていた。

で、私は、東急ハンズに行きたかったので、ここで、Iさんとはお別れ。
高島屋経由で東急ハンズに行ってから、駅に戻って来て、今度は、エキナカを見学。

そうしたら、エキナカの売店を色々見たら、何て言うのか、本当に置いてあるもののデザインが素晴らしかった。
例えは、同じRF1で売っているサラダやお惣菜のパッケージのデザインは、他の地域のRF1に置いてあるものより、もう一段スタイリッシュになっていた。
何だかな~、上野で見るRF1等のエキナカのお店の未来形を新宿で見ている感じ。

何て言うのか、新宿南口を整備して新たな商業スペースを作るって、全体から見たら、ものすごい、遅すぎるくらいの開発なのだけれど、遅すぎるから、周囲に雑多なものをこれでもかと揃えているお店、例えば、東急ハンズや高島屋というデパートがあるわけだから、超後発の再開発は、あらゆるものに手を広げず、これと思えるお店のスペースを広めにして、これと思える商品を「スタイリッシュ」におしゃれ仕上げて、周囲と差別化できるのだ。

そういう意味では、エキナカも大変面白かったけれど、やはり、私には、未来形の商品を展示しているショールーム。
新宿南口の再開発全体も私にとっては、参考になるショールームだと思った。

ということで、中央線に乗って、東京駅で降りたのだけれど、東京駅に気に入った駅弁がなかったので、上野駅に回って買って帰って来た。
私の買い物にはやはり、上野・御徒町程度が似合っているみたい。(笑)
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by mw17mw | 2016-08-23 17:31 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)

代々木から新宿駅南口方面へ

食事が終わった後、品川Iさんが色々な事情で時間があるとのことで、軽く周囲を案内してくれた。
で、甲州街道を渡ったオペラシティの反対側、地名で言うと、渋谷区代々木方面を散策し、新宿駅の(昔の言い方では)南口方面まで案内してもらった。

今、この記事を書くので今、色々調べて、面白かったのは、Google Mapで、初台界隈を表示し、渋谷区を検索すると、オペラシティを初め、相当北の方まで、新宿区でなくて、渋谷区なのだ。
でもオペラシティの住所を見ると、「東京都新宿区西新宿3−20−2」、あれ~?と地図を良くよく見ると、オペラシティビルの東側1/3くらいが新宿区西新宿で、その他が渋谷区本町にあるのがわかる。
こういう2区にまたがる場合、どちらの住所にするものか良くわからないが、オフィスビルとのことで、世間に名前が通っている「新宿区西新宿」にしたのかな?

その他、Google Mapで、「渋谷区代々木」を検索すると、私のイメージの代々木より相当広い範囲が代々木という地名であることがわかった。
私のイメージの代々木というと、代々木駅前、代々木ゼミナール、共産党本部にスポーツ施設近いみたいな、中央線から見える景色のみであった。
でも、実際の代々木という町名はそれよりずっと広くて、勿論新宿駅に近い部分は商業地域になってしまっているのだろうけれど、初台と小田急線参宮橋の間の地域は、まだまだ、大きなお家やお屋敷が多くて、素敵な高級住宅地であった。

まずは、「春の小川」という看板が貼りつけてある電信柱に案内された。
この歌の作詞家である高野辰之さんはこの作詞をした頃、この近所に住んでいたとのこと。
Wikiによると「作詞当時、高野は東京府豊多摩郡代々幡村の一角(現在の代々木3丁目)に居を構えていた。当時の一帯は一面の田園地帯であり、宇田川の支流のひとつである河骨川と呼ばれる小川が田を潤していた。」と書いてあった。
この「春の小川」は、1912年に発表されたとのこと、100年前の新宿駅にこんなに近いところが、「村」であり、田んぼがあって、自然が沢山ある、素敵な田園地帯だったと思うと、感慨深い。
確かに、Google Mapで俯瞰すると、この代々木という町名の地域は、行き止まりはないが、一度も区画整理されていないで、田圃を順次埋め立てて、住宅地になった感じ?
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その他、岸田劉生さんも住んでいて、この近所を書いた絵が、近代美術館にあるとのこと。
大正時代、新しい文化人が好んで住み出した地域なのかも。(その絵と今の景色については、このページに詳しい)

そして、案内されるまま品川Iさんについていくと、落ち着いた大きなお家が並んでいる中に、突然お金をかけたと一目でわかる巨大な城塞のような建物が回りとアンマッチングな感じで突如出現。
エステ関係の学校やチェーン店を作って大成功した女性実業家の家ではとのこと。
確か、その人独身なのに、何でこんなに広い家?とか、ケバい!私の趣味ではないとか、余り良い印象が沸かなかった。(笑)←個人的感想です。
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(その他、最近建てられたと思う賃貸アパートらしき建物も、ずいぶん贅沢な作りでびっくり。
きっと家賃も高いと思うけれど、それでも、ここらへんに住みたいという需要が沢山あるのかもと思った。)

そこをどう曲がって行ったのか、良く覚えていないのだけれど、キノシタという私でも名前を聞いたことのあるフレンチのお店に出た。
我が家の方より、重厚感のある外装ながらも、入りやすい雰囲気のお店。
お盆休みの間であったけれど、その日は営業していた、お昼食べてなかったら、入りたかった。
キノシタさんのある通りは、お米屋さんなぞがあって、昔は商店街になっていたのか、下町風であった。
そういうところも、「古くからの住宅地」という感じで好感が持てた。
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キノシタさんの先に、昔ながらの門と草木ばかりのお家を発見。
敷地広く、門の中を見ても、お家が見えなかった、その広さと緑の多さが素敵。
ここらへん、昔はこういう大きなお庭のお家ばかりだったろうと想像できた、ずっと良い住宅地だったのだ、きっと。
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このお家の横の路地を入って、甲州街道の方に戻るように歩いて行ったら、何だか、多分、お寺だと思うのだが、大きい建物を発見。
きっと、新興宗教の本拠地ではと話しながら、横を通ってきたが、家に帰って調べると、ピンポ~ン、妙智会教団という大きな宗教法人であった。(いつからこの土地を持っているのか調べたが、わからなかった。しかし、とにかくここらへんは、1つのお家の区画が大きいから、こういう新興宗教の法人に買い取られることも可能だと思った)
とにかくその大きさにびっくり!
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その横の道を真っすぐ歩いて行くと、左手に、文化学園の体育館が出てきたし、何やら、その他の施設も目に入ってきたのかな。
文化学園って、一度くらい前を通ったことはあって、場所はわかっていたが、甲州街道の大きな学校の裏に、こんなに色々な施設を持っている、すなわち、新宿駅近くに巨大な土地を持っていることがわかって、ただただ、「すごい!」と思った。
コシノジュンコを初め、洋裁を本格的に習うなら文化服装学園とか、装苑を昔良く読んでいたの記憶、そうだ、装苑ばかりでなく、食べ物・料理関係でも文化出版局は良い本を出していたことを思い出した。(佐藤雅子さんの「私の保存食ノート」とか辰巳芳子さんの本とか)
この建物の大きさと数、敷地の大きさ、行っていることの充実感と幅の広さ、ここは、現代の日本文化の一端を担った一大王国という感じ?
文化学園服飾博物館」もあったから、今度行ってみたいな。
とにかく、文化学園全体に圧倒された私。
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しかし、東京は本当に広い、今まで知らなかった興味深い東京に案内してくれた品川Iさんに感謝。(明日もちょっと東京見物の話が出てくる予定)
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by mw17mw | 2016-08-21 11:02 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)

シアタークリエでミュージカル「ジャージーボーイズ」観劇

今日はこれから隅田川の花火が始まる。
何だか、何にも知らないニャア受難の時間、何せ、彼女は雷の時は何も食べず身じろぎもせずじっと固まってしまうのだ。
花火が始まる前に餌を上げよう。

ひょんなことから、ジャージーボーイズをTSUTAYAで借りて、面白かった話をブログに書いたら、ケイトさんからその日本版のミュージカルが予定されているとお聞きした。
その後、ケイトさん経由で切符を手配してもらい、この前の21日のお昼に見に行って来た。

で、私はまたまたミュージカル見物も30年振りくらい、確か、その頃、最初で最後に見たのは、市川染五郎・上月晃の「ラ・マンチャの男」、何より上月晃の踊りや表現力が素晴らしく、宝塚に興味がなかった私だが、宝塚は人を鍛えると思った。

という、全く、最近のミュージカル事情、劇場事情に疎い私はケイトさんを頼って行くことにしたのだ。
30分程前に着いたけれど、シアタークリエのいたるところも、たくさんの女性で大賑わい。
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主人公以外のフォーシーズンズはWキャストだったのだが、私が見た回は赤組。
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席は、小さめの劇場の真ん中の通路の2列後ろ、ケイトさんとは、一人置いて隣だったので、その人に真ん中の方の席を譲って隣同士になることができた。
(スピーカーからも程よく離れており、音は聞きやすかったけれど、歌が殆ど日本語の歌詞と聞いていたのだが、そこまではっきり日本語が聞こえなかったので、気にならなかった。)

ケイトさんから、「ほら、あそこに生のバンドが」と舞台右側の高いところを指差して教えてもらった。
そうか、ミュージカルは音楽も生だから、切符が高いのだなと納得。(笑)

小さな舞台の幕が上がって始まる。
(舞台までの距離もちょうど良かったけれど、細かい表情までは見られない、双眼鏡を持って来たけれど、うまく扱えなかった。)
舞台は小さいのだが、回り舞台且つ、その半分に二階建ての階段つきの鉄の骨組みを配置し、場面によって、回り舞台の半分で演じたと思うと部隊が回って、骨組みが置いてある方が前になり、しかも、上の階で芝居をしたり、下の階で他の場面の芝居をしたりで、何て言うのか、小さな舞台を三分割することで、本当に上手に使って、変化を起こし、観客を飽きさせない工夫が感じられて良かった。
何でも、演出は蜷川幸雄さんのお弟子さんの「藤田俊太郎」さんなのだって。
また、フォーシーズンズに選ばれた男性俳優陣は皆歌もうまく、演技もしっかりしていて、とても良かった。
そうして、全員々赤いユニフォームなり、白いユニフォームを着ていることが、イメージ的に存在を大きく感じさせるという効果があったかも知れない。
確かに、日本人がイタリア系アメリカ人を演じても、イタリア系アメリカ人には見えないのだが、そこはそれ、素敵な男性たちがグループで演じているので、何ていうか、一つの素敵な世界ができていて、この人たちが何人?みたいなことは全く感じず、舞台に没入できたのだ。
しかし、残念なのは、女性陣で、女性陣は誰を見ても同じような人に見えてしまい、個性を感じなかった。
と言う話をケイトさんにしたら、女性陣も皆実力のあるミュージカル女優ばかりなのに、多分衣装が良くないから冴えないのだとのことであった。
確かに、金髪や茶髪のかつらを被り、60年代を思わせる衣装は着ているのだが、今一つさえなかった。
男性陣は、映画のジャージーボーイズに劣らない風に感じたが、女性陣は、映画の女優さんたちの魅力に数段劣っていた。

と言ったら、ケイトさんに、「映画は一人一役で出られるけれど、あのミュージカルの舞台では、一人の女優が何役もやらねばならず、前の衣装を脱いでいる暇はないので、重ね着して、出てくるから、魅力ないのだ」と教えてくれた。
言われてみれば、その通りかも知れない。

とても良い舞台だが、見始めてすぐ「あ、そうか、この物語は純粋なミュージカルではなく、音楽劇なのだ」ということに気づいた。
そうそう、だから、ダンスが少ないのが物足りなかった。(あ、そうか、だから、クリントイーストウッド監督のジャージーボーイズは、映画の最後にストーリーとは関係なく、出演者全員でのダンスの場面があったのだと理解できた)

それ以外は演出も良かったし、音楽も昔懐かしいものばかり、また、映画より多く他の歌も出てきたし、楽しかった。(ただ、舞台がくる変わるのに目を見張ったのは前半だけで、後半になったら、話が暗くなったり、総まとめの場面が多いので、余り舞台が回らなくなったのか、こちらの眼が馴れてしまったのか、ちょっと物足りなかった。)

最後アンコールが何度も行われ、観客席は総立ちで手拍子、一緒に歌を歌って、とても楽しい終わり方であった。
ケイトさん、どうも有り難うございました、とても楽しかったです。

<おまけ>
今回有楽町の日比谷口を出て、シアタークリエに向かったのだが、ガード下がこんなに戦後の闇市風になっているなんて、知らなかった。
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by mw17mw | 2016-07-30 18:09 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)

TBS「ひるおび」見学

祭日というのは、レギュラー番組がお休みでないことが多く、TBSのひろおびも放送されるとのこと。
祭日なら私が行けるし、この日あたりに広島Iさんが東京にいらっしゃるとのことで、広島にいる間に、「ひるおびの観覧募集」に応募してくれた。

わ~い、嬉しいな、久しぶりのテレビ局見学だ。(その前はと言うと、高校生時代に大橋巨泉のビートポップスに当たって、河田町のフジテレビに昼間にゴーゴーを踊りに行った覚えがある←50年とは言わないが、45年くらい前?<笑>)

ということで、広島Iさんと千代田線赤坂駅TBSに連絡している改札で待ち合わせ。
私はその後、全て広島Iさんにおんぶにだっこ。(笑)
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赤坂も、千代田線で来るのは初めてかも知れない。
私がOLだった時代、会社が銀座線沿線だから、赤坂見附からTBSまで歩いて行った覚えがある。
(その頃は、赤坂=赤坂見附のイメージだったと思う)
TBSに何をしに行ったかというと、TBS会館だったと思うが、トップスがあって、ここでカレーが食べられたから。(というか、確か、ここでしかカレーを食べられなかった?)

そうしたら、番組が終わった後、建て直したTBSの地下でランチを食べることになってウロウロしていたら、トップスがあった。
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広島Iさんは、何度めかのひるおぼ見学だったので、詳しい詳しい。
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ひるおびの観覧集合場所の看板。この階段を上がって、すぐのガラスのドアを入ったところが、集合場所。
カメラはここで仕舞うしかなくなってしまったので、ここから先は文章のみ。

結構駅から複雑に裏道売ら階段を歩かなくてはいけないのに、すすっと、集合場所の冷房の効いたロビーのようなところに到着。
ここで身分証明書を提示して、入場券をもらった上、席順のくじびき。(われらは10番という余り前ではない席だった)

そうして、時間になるとスタジオ前にくじびき順に並ぶのだけれど、おトイレ等は原則この時まで。
また、スタジオの中では飲食禁止だけれど、CMの間だったら、ペットボトルから飲み物を飲んでも大丈夫、また、CMの間だったら、椅子から立って、身体を動かすことも良いとのこと。

で、そのまま、順番に席に着くのだが、何でも、先頭列は全部女性になるというルールがあるらしく、私たちの前には相当男性客が多かったのか、私たちは一番前に座ることができた。(何でも、祭日の観覧客は男性が多いのだって)

その後、チーフADというのだろうか、番組全体の進行を一手に握っているお兄さんのご挨拶、注意が続いた。
自分が家でテレビを見ているときのように、びっくりした時は「へ~」、共感した時は、「うんうん」とか、言ってくださいとのこと。
最後にそのお兄さんの手品を見せてくれて、観覧客をリラックスさせた。

その後、出演者が全員出てきて、挨拶。
何だか、男性は皆色黒、女性三人は、色が透き通る程に真っ白でびっくり。<三雲さんはおしろいが濃い感じ?>
こりゃ、夏でも絶対日焼けさせないし、皮膚の透明感を保つために食べる食材も選び、高いエステに通っているのかな?
(有名どころでは、恵俊彰、八代英輝、立川志らく、三雲孝枝、TBSの江藤愛アナウンサー、高畑百合子アナウンサー)

それにしても今の時代、そんなにライトが強くないし、テレビカメラもあちこちに移動しない。
(観客席の後ろにある固定のテレビカメラがメインの画像を撮るみたいだった。)

次から次に、色々な話題ごとのゲストコメンテーターが入って、しゃべっては出て行く。

ただ、ゲストではない、通常のコメンテーターがとても落ち着いているので、観客が入る前に相当リハーサルを重ねているような気がした。

また、面白かったのは、コメンテーターと観客の真ん中に陣取っているチーフADさん。
ここで、「へ~」とか「うんうん」という声が欲しい時、観客を頼らないで、自分で「そうなんだ~」とか呟いていた。(笑)

私は一番前だったけれど、きっと正面からは映らなかったような気がする。
(今日、ひるおびを見ていたら、八代英輝の解決ジャッジマンのような観覧客が答えの紙を見せるようなコーナーだったら、一番前の人たちが正面から写された場面が放送された、こういうときに一番前に座れば映るかも)

最後番組の放送が終わった後、MCの恵俊彰さんとTBSアナウンサーが20分くらい、おしゃべりを聞かせてくれて、全て終了。
TBSのアナウンサーが5人くらい並んで、楽しい話題を話してくれていたけれど、この人たちだって、色々な番組から「この人を使いたい」と選ばれないとテレビに出演できないのかな、結構、局内だけでも競争が激しいのかなと思った。

10時50分に駅で待ち合わせ、11時20分くらいだったかに集合場所に集合、12時放送開始、14時終了だった。

CMの間に立ちあがって背伸びしたりお水を飲んだりしながら、テレビ番組の裏側や制作過程の一部を見られて、面白かった。
沢山の若いADさんがそれぞれの持ち場で真剣に番組を回しているのが印象的だった。
多くの人に支えられて、一つの番組ができているのねという感じ。

広島Iさん、どうも有難う、楽しかったです。
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by mw17mw | 2016-07-28 16:34 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)

都美術館の「ポンピドゥーセンター傑作展」

昨日は、疲れた心を癒しに(笑)、東京都美術館の「ポンピドゥーセンター傑作展」に行って来た。
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品川Iさんから、この展覧会がとても良かったと教えていただき、その関係のページを見たら、私が好きなモダンアートの絵ばかりだったので、行く気になったのだ。
(私は、以前、1920年代のパリの画家たちを描いた「モダーンズ」を見てから、モダンアートが好きになったけれど、勿論詳しくはない)

ポンピドゥーセンターなる言葉も聞いたことがあるような気がしているが詳しいことは不明のまま。
この展覧会、余り人気がないようで、ガラガラというわけではないけれど、人の頭越しに作品を見ることをしないで済むような混み方だったので、鑑賞するのに気持ちが良かった。(どうも、先日の、松岡美術館以来、混んだところで芸術作品は見たくないと思うようになってしまったのだ)

この展覧会は、とても良かった。
1907年から1977年まで、1年に1作の傑作が、その製作者の写真と短い紹介文とともに展示されていた。(作品は絵とは限らず、彫刻や立体的なものもあった。)
有名どころでは、ピカソとかマチスの絵だったけれど、日本ではあまり知られていない、でも、きっとフランスでは有名であろう芸術家の作品の展示が殆どであるが、生命力や美を感じる作品が多く、これらの芸術家の数程、物語と美があるのだろうなと想像できた。
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途中で気づいて、いただいた作品のリストに、気に入ったものに○をつけだしたのが、1935年のピカソからで、それから先の作品は殆ど○だったため、途中でつけるのをやめてしまった。

戦後のモダンアートはやはり前衛的なものが多いけれど、モダンアートの良いところは、今までの作品の真似を排除し、違う視点で常に新しい美を追求していくのだなと感じられたし、そんなに数が多いなかったせいか、意味は良くわからないまま、「美」としては、すんなりと自分の中に受け入れることができた。

見に来ている人は、若い人が多かったし、外国人も多かったのが印象的。
都美術館の前回の展示は確か若冲でめちゃ混みと報道されていたが、あ~いう絵なら、老若男女を問わずというか、主に、老世代が頑張って見に来るのだろうな、こういうモダンアートは、老が来ないから空いているのかなと思った。

そんなに前衛的でなく、結構わかりやすい色々な美を味わえて楽しい展覧会。
フランスって、ポンピドゥーセンターを持っているって、やはり、芸術大国と思った。
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by mw17mw | 2016-06-27 23:07 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)