カテゴリ:東京都内のお散歩・見物( 347 )

東浅草 東禅寺

「梅とチーズ」を出て、現金問屋に向かうとき、適当に色々な路地を曲がりながら、自転車を走らせた。
そうしたら、東浅草から今戸方面、大きなお寺が沢山あったのだ。
これらは、江戸時代にこちらに移されたものだろうか、それとも、初めからこの土地に作られたものかなぞ、全然わからない。
(我が家の方のお寺は皆、江戸市中から移ってきたと聞いている)

その中で、あるお寺の前通ったら、大きなお地蔵さんの像があったのだ。
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それを見て、「もしかしたら、街道のスタート地点に作られたという江戸六地蔵の一つではないか」と思ったのだ。
ここだったら、日光街道とか、水戸街道のスタート地点と言えるかも知れない。
今まで、七福神巡りで、新宿のお地蔵さんと、品川のお地蔵さんのあるお寺には行ったことがあり、これで三つ目。
六地蔵の中で現存しているものは、5つだけだそうで、後、巣鴨と清澄白河だから、両方とも行ってみよう。

そのお寺は正面から見ると、右側に大きなお地蔵さんの他、左側に、和服であるが、女性のヘアスタイルが日本髪ではないので、明治以降の銅像だと思うが、老夫婦の銅像が鎮座していた。(その下はお墓なのかな?)
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で、謂われを書いた金属板があったのだが、もう錆びているところがあって何も読めなかったのだが、家に帰って、このお寺の名前である「東禅寺」で検索したら、その老夫婦の銅像の謂れが出てきたのだが、このお二人は、何と、アンパンで有名な木村家総本店の創業者夫妻であった。(やはり、私は食べ物に縁がある)

東禅寺さんの正面で目立つものはその二つであった。
また、東禅寺さんって、何か聞いたことのある名前だと思ったら、実は、このお寺の裏側を私は問屋に行くときいつも通っていたのであった。
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ただ、別に、表に回って見るべきものがあるとは思わなかったので、裏しか知らなかったのだ。(でも、この裏の方は10年以上通っている)
でも、表に回ったら、歴史のあるお寺であることがわかった。

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by mw17mw | 2017-04-29 21:24 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)

台東区寿に、新しいタイプの本屋さん?

昨日、東浅草に仕入れに行くとき、知り合いの人に頼まれ、「ホワイトローズ」という雨具のお店の引っ越し先を正しく把握する必要があったので、寿の裏通りを自転車で走り抜けたのだ。
そうしたら、改装済んだばかりというモダンな外装の1Fが出現していて、「見たことがないな」と思ったので、近寄ってみた。
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そうすると、中は、スカスカの本屋さんという感じ、このモダンさは何だと思ったし、毎日新聞からのお祝いの言葉か何かが外に貼ってあって、謎の建物。
そうしたら、中を覗いている私に気づいた中の男の人が出てきて、「今日からオープンで、11時からです」(もしかしたら12時~と言ったかも)とのこと。
ちょうどその30分前くらいだったのかな、偶然オープンの日に前を通ったのはラッキーだったのだけれど、30分早過ぎて入れなかった。
その男の人によると、「絵本とか、文章を書くための本の本屋」とのこと。
へ~、新しいタイプの本屋さん、成功を祈る。(その後、時間があったら、入ってみよう)

しかし、下記資料で、名前を入れて検索したけれど、HPもまだできていない模様。
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Readin' Writin'
Bookstore
台東区寿2-4-7
銀座線田原町からが一番近いと思う。


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by mw17mw | 2017-04-24 09:05 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)

東銀座と銀座ガス灯通りに残っている昭和の香り

花山うどんまでは、日比谷線を東銀座で降りて、歌舞伎座のエスカレーターを上がって、表に出た。
(そうそう、銀座は歩いているだけで刺激の多い街、今回一番びっくりしたのは、地下鉄の通路で見かけた、小学生のHIPHOPダンスチームと思われる女の子たちとそのお母さんの集団。
女の子たちはお揃いのズボンとコートを着ているだけでなく、全員ではないけれど、髪の毛を金色に染めて編み上げた上に、明らかにお化粧していて、きっと、何かのショーに出たか、コンテストに出てきた帰りだろうか、その風情が、小学生というより、パフォーマンスに責任を持っている一端の芸能人という雰囲気。ふえ~、いや、皆良い子かもしれないけれど、私が小学校の先生で、生徒が髪の毛染めてお化粧してHIPHOPダンスチームの花形と頑張っている子がクラスにいたら、話が通じるかしら?とか思ってしまった。ま~、今の時代、そのくらいで驚いていたら、先生は務まらないのだろう)

さて、地下鉄の駅を出て、歌舞伎座の正面に見て、右側、文明堂との間の路地を入っていくと、先日紹介した白金や(プラチナヤ)といういなり寿司屋さんがあり、その先に、シチュウで有名な銀之塔の看板があって、そこに行列ができていた。
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(行列でなかったら、銀之塔に入っても良かったのだけれどね、ここも何十年も行きたいと言いながら、行っていないお店)
「あ、ここが銀之塔なのだ」と従姉たちと話しながら見てきたが、家に帰って調べると、銀之塔の本店は、同じブロックの裏側にあるみたいで、私たちが見つけたところは別館のようだった。

で、その先だと思うのだが、何でもオムライスで有名なYOU という喫茶店がある筈なのだが、その日は行列ができていなかった。
以前、別の日に行った時に、喫茶店に行列ができていたので、あのジョンとヨーコが良く行った喫茶店かしら?と思ったら、YOUだったみたい。

そうして、花山うどんに着くほんのちょっと手前に、若い人たちの行列ができていたお店こそ、ジョンとヨーコが通ったという樹の花という喫茶店
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結構面白いお店が多くて、文明堂から花山うどんまでの間は歩いていて楽しい。

お店に着いたら、従姉たちは、東銀座の表の方はわかるけれど、裏の方まで来たことがないと喜ばれたので、知っている限りというか、思いつくだけ案内した。

言われてみれば、そうかも知れない、私が東銀座界隈をウロチョロするのは、築地まで自転車で行った帰りなのだけれど、色々な路地を走ると、昭和通りより都心側の銀座は、殆ど個人の小さな家が消滅し、大きなビルに建て替えが進んでしまい、昭和の香りが殆どないのに、昭和通りから築地までの間はほんのちょっとだが、個人が住んでいる昔の家、昔の商売が残っていて、昭和の下町を感じさせるものが結構目に入って来て面白い。(その地域は昔は木挽町と呼ばれた地域?)

歌舞伎座の裏側には、お米屋さんがあって、実は、年末に前を通ったら、どうも仕事納めだったみたいで、米袋を積み上げてあるお店の通路にテーブルをセッティングして、ごちそうとビールを並べて、大勢の男の人が作業着のまま、そこで打ち上げをしていたのを見かけたのだ、何だかな~、いいな~、未だにこうやってお店で仕事納めする商店があるなんて昔風で素敵!と思ったのだ。
そのお米屋さん、写真を撮ってくるのを忘れたので、今、ネットで調べたり、探したら、このような画像が見つかった。
このお米屋さんは、銀座方面で手広く業務用のお米を扱っている銀座米販売所という会社の支店のよう。
お店の中に米袋が積み上がっているし、その建物の左隣の路地は本当に昔の下町風の建物が建っていて、本当、昔、銀座の裏側ってこういう町だったのかもと思わせる。

その他、マツコの知らない世界で知った「チョウシ屋」という揚げ物屋さんがあって、ここまで従姉たちに場所を教えて終わり。
チョウシ屋は、一度行きたいのだが、土日月祝日お休み、勿論、盆暮れ正月休みというお店なので、買うことはおろか、開いているのを見たこともない。
でも、美味しそうなので、一度行きたい。

家に帰ってから思い出したのだけれど、「そうだ、あそこらへんだと、古い中華そば屋さんがあって、昔はよく雑誌に載っていたものだった」と思い出した、確か、名前は萬福
場所がマガジンハウスの裏だということもあり、今ほど、ラーメン店が多くなかったころ、雑誌で、よく、老舗として取り上げられていたと思う。
それは、もう40年くらい前のことで、私はずっとそこで食べてみたいと思いながら、東銀座方面に行くことは殆どなく、お店を見つけたのはつい最近で、入ったことがない。
あのお店、中華そばで有名だったような気もするし、冷やし中華だったような気がする。
どちらにしろ、今、調べたら、大正4年からのお店なのだって。
昔風の東京の中華そばが好きな人は行くべきだろう。

と紹介したものだけでなく、東銀座駅の歌舞伎座の裏当たりの路地をふらふらすると、色々な小さなお店があって、楽しい。(でも、きっと、平日の方が営業しているお店が多いと思うから、できたら、平日フラフラがお勧め?)

それから、三越でぼた餅を買ってから、広島のアンテナショップに向かったのだが、今回何気なく、中央通りの一本有楽町寄りの道を歩いたのだ、そこは、「ガス灯通り」という名前の通りで、煉瓦亭とか、グリルスイスがあって、ここらへんも昭和の香りだねと思いながら歩いていたら、白いばらという昭和の香りぷんぷんの昔風キャバレーが出てきて、わ~、まだ、こういうキャバレーさんが銀座に残っていたのだと私、大喜び。(昭和6年創業なのだって)

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銀座って、表通りは、シャネルだ、ヴィトンだ、ブルガリとか、世界の超一流のブランドのビルばかりになってしまったけれど、一本奥に行けば、白いばらがあるって、面白かった。(銀座の小さなバーは4丁目から新橋にかけて多いのは知っていたが、まさか、中央通り一本裏手の銀座三丁目にこういう大きなキャバレーがまだあるって、意外だった。)

お店の前には、日本列島の地図が貼ってあって、各県の出身別に女の子の名前が書いてあり、「あなたの郷里の娘を呼んでやってください」とのこと。(石川県、富山県、滋賀県は、現在募集中であった。)

このお店の正面の端に貼ってある募集看板も昭和チックで、おっとりしているし、何故かやかんが写り込んでいるところが昭和チック?(笑)

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銀座の路地を探せばまだまだある、昭和の香りかな。


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by mw17mw | 2017-04-11 17:37 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)

蔵前にVAN?

後で、他の記事も書くけれど、本日の朝、面白いお店を見つけたのでご紹介。

---本題です---

今朝は、色々な用を済ませた後、蔵前の江戸通りの方に行って、PIAGOというコンビニのようなところに、イトウ製菓のお菓子がないか見に行ったのだ。
見事なかったのだが、そこから家に向かう途中、新堀通りという合羽橋に繋がる道に出る手前で、VANの看板を発見、しかも、そこには、VANの製品が並んでいた~。
ここは確か、以前は、ペルシャじゅうたん屋さんだったと思うけれど、いつの間に、VANのお店になったのだろう?


そうして、家に帰って「VAN 蔵前」で検索したら、このお店の隣のビルにVANの本社があることが分かってびっくり。

きっと、表のビルの一階が空いたので、ショールームになったのかも。

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(この画像は、新堀通りから、江戸通りの蔵前駅の方を写したもの)

それにしても、VANの本社が蔵前だって...。(昔は青山にあったりして、恰好良かったけれど、ま、蔵前のステイタスが上がったと考えよう)

このお店の並びに住んでいた中学時代の友人はVANが大好きだった、今はお嫁に行ってもう住んでいないけれど、このことを知ったら、びっくりするに違いない。

これを機にもっとおしゃれな街になって欲しいような、欲しくないような。(笑)

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by mw17mw | 2017-04-05 15:24 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)

2017.03.11の築地場外-半久商店の廃業

今日、根津の方に行くついでに、笑点のメンバーである三遊亭好楽師匠の口から良く出る「池之端しのばず亭」という寄席の場所でも、確認しようと、不忍通りの一本西側の道を探したのだが、寄席らしいものは全くなかったのだ。
寄席なら、のぼりが立っていたり、今日の演目を書いてあると思ったのだけれど...。
仕方がないので、スマホで、三遊亭好楽さんのWikiとか住所、Google Mapで場所を検索したら、だいたいの場所はわかったのだが、寄席はなかった。
そうして、住所を辿っていくと、三遊亭好楽さんの本名をローマ字で書いた普通の家が一軒見つかっただけ。
あれが「池之端しのばず亭」?何だか、ずいぶん大げさな感じ。ちょっとがっかり。

---本題です---

先週の土曜日築地場外に、じゃこを買いに行ったのだが、まさかの....。
そう、自分のブログをチェックしてみたら、品川Iさんが推薦してくれて、2010年からずっとじゃこを買っていた半久商店がもぬけの殻で、シャッターが閉まっていた...。まるで、隣の魚河岸千両というお店の看板置き場になってしまった。
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今回じゃこを買いに行ったのは、山椒ちりめんがない生活が長くなったので、作ろうという気になったから。
ということはもしかして、今年になってから、半久さんに行っていなかったのかも。
それにしても、本当に何から何まできれいに掃除して何も残っていなかった。

淋しいな~、あそこは、秤もレジも古いままで(あ、もしかして、レジなかった?)、そろばんで計算していた、昭和と言っても、30年代とか40年代の香りの強いお店だったのだ、お店の人たちも何となく我が亡父を思い出させるような床屋さんで切って来た七三の頭とか、服装も何となく父に似ていた、そこも魅力的だった。
後から聞いた話では、兄弟二人でやっていたお店なのだけれど、昨年夏お兄さんが亡くなった後、弟さん一人で頑張っていたとのこと。(お店の人は他にもいたと思うのだけれど)
築地は、もう会社組織にして時流に乗って行こうと決心したところはまだ持つかも知れないけれど、家族だけで昔からの商売を細々と経営している家は、メンバーの一人が倒れれば、皆風前の灯。

あ~あ~、築地からまた昭和を感じさせるお店が一つ消えてしまった。
場外は一見栄えているように見えるけれど、昔からのお店が商売をやめると、その後に、現代の商売上手な派手なお寿司屋さんや飲食店が入ってくる感じ?
だから、場外が栄えていると言っても、お寿司屋さんばかりだし、昔からのお店でも、歩きながら食べられるものを開発して、観光地化して生き延びている感じ?

私が築地に通い出して20年くらいなのだけれど、その20年前でも、表通りに面していない建物の中のお店なぞ、殆ど店じまいしていたから、その前の場外に比べたら、商売をしているお店はずいぶん減っているのだろう。

ま~、嘆いても仕方がない、場内なら、1kg単位でじゃこを売っているお店はあるけれど、場外だと、もう一軒、松露という玉子焼き屋さんの並びに、しらすとじゃこを味見させてながら、売っているお店があるので、そこに行ってみた。
そうなのだ、素人がじゃこを買う場合、100g単位で売ってくれることと味見させてくれることが条件。
この松露の並びのお店は、「しらす家」さんというみたい。

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味見して、選んで買った。(その日の目玉商品のじゃこが安かったが、それは味見できなかったのか、やはり、目玉だから味が薄かったので、選ばなかった。)
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今回、何だか、この2,3年、場外に行ったときに感じる混み具合より若干であるが、空いてきているように感じて、場外の中を久々うろちょろ歩いてみた。
そうしたら、何軒か、じゃこを売っているお店はあったのだけれど、味見させてくれるところは中々ないみたい。(寿屋さんが味見付きで売っていた)

フラフラ歩いていると、私の後ろにいた二人組の男の子たちが「まぐろとカニとどっちが強いだろう?」と話しているのが聞こえ、横を見ると、すごい看板ができていることを発見。
その後、その二人の男の子たちは、「あれは、戦っているのだろうか?愛をささやき合っているのだろうか?」と話していて面白かった。
ま、本当に築地場外のテーマパーク化は止まらない。

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場外の一階はお店がぎっしり並んでいるけれど、上を見ると、古いビルの2階以上は昔は、アパートで、働いてた人たちが住んでいたのかも。
見ると、もう古過ぎて、誰も住んでいないみたい。
誰の所有の老朽化したビルかわからないけれど、一階しか店子が入っていないって、結構不経済な気がした。←でも、倉庫で貸している可能性はあるけれど(建て直したくても、これだけ混みあう街だと難しいかも)
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by mw17mw | 2017-03-19 19:28 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)

北千住の商店街フラフラ2017.03.04

今日は、広島Iさんとデート。
まずは、北千住の宇豆基野で予約を取った朝食を食べ、その後、少しだけ北千住をフラフラした後、電車に乗って、新三郷のIkeaに行くというコース。

順番には書きたいのだが、今日は時間がないので、北千住の商店街で見つけた面白いものを紹介。
(今回は、宮島の厳島神社が身近にある広島Iさんには、東京の神社なぞ、よほどのものでないと面白くないのだろうと、寺社仏閣は省略、ついでに、市場も省略して、北千住のどこまでも広がる商店街に重点を置いて案内した。)
いつも、北千住に行くときは日曜日が多いけれど、実は、平日か土曜日が面白いことを発見。

さて、最初はテレビの宣伝。
実は、2月にNHKのBSで放送された「千住クレイジーボーイズ」を放送される前に宣伝をするのを忘れた。
でも、私だけは見たのだが、面白いのか、面白くないのか、何が言いたいかちょっと中途半端な物語であったように感じた。
だいたい、これから毎週放送される連続ドラマの導入部みたいな作り方だったのに、実は単発ドラマであったので、びっくり。
それが、千住に行ったら、「3月11日(土)午後4時から、NHKBSプレミアム」で再放送という看板があった。
凄く推薦はしないが、見れば、それなりに面白いと思うし、ドラマで伝えたいことは伝わっているので、推薦。
特に北千住に関心のある方に見ていただきたい。
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これは、確か、「だんごの美好」というお店の太巻き?
私は、北千住の商店街に団子屋さんが多いところがとても気に入っているのだが、今まで見た団子屋さんの中で、この「だんごの美好」というお店が一番混んでいた。
きっと店名通り、お団子が美味しいのだけれど、私の眼にとまったのは、太巻き各種。
太巻き、シーチキン巻きは普通?しいたけ巻きや高菜巻きが新鮮で美味しそうだった。
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一人で歩いていると、お団子屋ばかり見つける私、今回は、広島Iさんが一緒だったので、北千住の中で、もっと楽しいもの、きれいなものが見つかった。

これは、宿場通りを入ってすぐの、左側のお店の前に看板猫がいるのを広島Iさんが発見。
そのお店は、100キンであった。
うちのニャンコと同じで、猫小屋に電気あんかを敷いた環境で寝かせられている猫、でも、うちのと違って、ちゃんと看板猫の仕事中。
話しかけても、どんな音がしても、びくともしないで寝ている大きめのニャンコ。
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反対側に下のようなメモが貼ってあるのを広島Iさんが発見。
うちのニャンと似ている性格かなと思うけれど、背中は撫でさせてくれるみたいだから、うちの子より大人?
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ここは、100キンのお店をもう少し進んだところにあった乾物全般の「大塚商店」だったかな?
大きなタラの干したものが売られていて、一つ7千円程度!
小さい時に食べた覚えのある広島Iさんと盛り上がる。
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その先、絵馬屋さんの方に向かって歩いたが、そのちょっと手前、右側に昔風の八百屋さんがあって、ほうれん草が75円、春菊が50円と、物によっては相当安い八百屋さん。

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びっくりしたのは、ハーブが一袋1円、一箱だと12袋入っていて10円とのこと。
ハーブの種類はチャービルとパースリーだったかな?知らない名前のハーブ、もう一つは忘れた。
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何だか、こうやって並べると、北千住って、やはり、個性豊かなお店が多くて楽しい。
他、広島Iさんに、子供服なぞの激安なお店(というか、ビル一棟全て安い店)を紹介したかったが、どこにあるか、わからず、教えられなかったのが残念。

槍かけ団子まで案内した後、マルイの屋上に行って、歩いて行くと結構距離のある大きな荒川と土手を紹介。
(下の画像はそちらではなく、スカイツリーが写っているけれど)
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屋上で広島Iさんが見つけた花、これ、センスあるよね?
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by mw17mw | 2017-03-04 22:41 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)

2017東海七福神巡り-天祖・諏訪神社から立会川まで

本題に入る前に、
本日、整形外科で、骨粗しょう症の検査をしたのだが、無事、骨粗しょう症ではないことが判明、ほっ。
検査結果に、「同年齢の人に比べて、骨密度が高いです」と書いてあった。

---本題です---

旧東海道は、第一京浜の沿線とはまるで反対で、大きな高層マンションと通行する自動車がなく、一軒家ばかりで、全く違うムード。
(ま、どこでも、大きな道路沿いは高層マンション、一本入ると個人宅ばかりというのがパターンであるけれど)、

それに旧東海道には、数は減るばかりだろうけれど、昔の木造家屋が残っており、それを探しながら歩くのも楽しかった。
(その昔の木造家屋の画像は近々まとめて載せるつもり)

そうして、磐井神社に続いて着いたのが、福禄寿の天祖・諏訪神社。
両社は、昭和40年に合祀したとのことだが、鳥居の前に「天祖神社」という石碑があったから、場所は、元天祖神社の方だと思う。
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天祖神社を出たところだろうか、細い川があって、お水の色が人工的。
水色とか緑の絵具に白を混ぜたようなどんよりしたお水、藻が発生しているのだろうか、これが「立会川」だった。
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旧東海道をもうちょっと北に進むと、左側に商店街が見えた、「立会川商店街」
お店も多くて、結構元気な生きている商店街で、そこをずんずん進むと、坂本龍馬像があった。
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果たして、すぐに「坂本龍馬像」が出てきた。
立会川には、江戸時代、土佐藩下屋敷があって、江戸遊学中の坂本龍馬は、ペリー来航時に、土佐藩警備のために、この下屋敷に招集されたという話に基づいてここに銅像を作ったのだろう、だったら、この銅像のあるところは土佐藩下屋敷?と思ったが、家に帰って調べたら、違う場所であった。
土佐藩下屋敷は、第一京浜に面している「東京都品川区東大井3丁目18」というところにあったみたい。
その頃、坂本龍馬は、お玉ヶ池の千葉道場にいたということは、「千代田区岩本町2丁目」在住だから、一日がかりで歩いて行ったのだ。
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また、旧東海道の方に戻って、橋に建てられている札?を見ると、浜川橋と涙橋と書いてあった。
南千住の方でも、今は川も橋もないけれど、明治通りに「泪橋」(なみだばし)という交差点がある。(明日のジョーで有名?)
やはり、南の方の鈴ヶ森刑場近くにも同じ名前で呼ばれた橋があるのだと感慨深かった。

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立会川って、こんな色になってしまい、水が流れていないのかな?海への出口をふさがれているのかなと思ったが、地図を見たら、ちゃんと出口は海に繋がっていた。
だったら、源流は?と、Wikiを調べると、目黒区の碑文谷池と清水池なのだって。
で、月見橋から上流は暗渠となると書いてあるから、雨以外に新しいお水が入らないだろう。
Google Mapで、立会川をさかのぼってみたら、東海道本線手前で、終わってしまった。
今後、どうなるのだろう?
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by mw17mw | 2017-01-19 12:10 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)

2017東海七福神巡り-大森海岸から鈴ヶ森まで

今日から何回かに分けて、お正月に巡った「東海七福神」の記録を。

その前の食事を品川在住のIさんに相談した話は前に書いたけれど、実は、品川Iさんの本当の一押しを書くのを忘れていたので、追加。
実は、品川Iさんの最高のお勧めは、北品川駅の近くの「しながわ翁
私もずっと行きたかったのだけれど、時間が合わず、行けていなかった。
土曜日は朝の10時に開店とのこと、行きたかったけれど、よくよく話を聞くと、ミシュランで取り上げられているとのこと、うへ~、そりゃ、行列がすごいだろうと諦めた。
その後に予定がない日にまた並んでも食べたい。
(何でも、達磨の高橋さんの弟子の中で一番評価されているとか、また、お店の前でメニューを見ると天ぷらがないのだけれど、一人の人がそば打ちにも、天ぷらにも両方に精魂込めるのは無理とのことで、天ぷらはないらしい)
今日、しながわ翁について、色々調べていたら、音楽家の故冨田勲さんが贔屓にしたお店ということで、サラメシの「あの人が愛した昼メシ」で紹介されたらしい。あの近くに住んでいたのかしら?

さて、東海七福神だが、通常は、品川もしくは、北品川からスタートして、最後大森海岸なのだって。
でも、私が参加させていただいたグループは、大森海岸スタートして、ゴールが品川駅になっていた。(終わった後、一杯飲みたい関係とのこと<笑>)
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初めての大森海岸駅。早めに行ってウロチョロ回ってみたけれど、とりとめがなく、ただ広い感じ?

で、参加者全員揃ったところで、駅から歩道橋を渡って、南下し、弁財天の「磐井神社」へ。
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南下はここだけで、その後、ずっと品川まで北上することになる。
次の神社までは相当距離があった。
磐井神社から、大森海岸駅近くまで戻ってから、駅前の巨大な歩道橋を渡って反対側に渡った。
歩道橋の下を通っている片道4車線両側8車線の巨大道路は、第一京浜とのこと。
第一京浜沿いの海側には、これでもかと高層マンションが立ち並び、そのマンション群と巨大歩道橋が印象的な地域であった。
我が家の方では人口減少も原因なのだろうが、横断歩道橋は撤去されているのに、この大森海岸駅近辺では、歩道橋が全体を支配している感じ。
エレベーターが設置されつつあるようではあるが、ざっと見たところでは、老人や足の悪い人が住みにくい感じ。
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駅からどのくらいだろう、程なく「しながわ水族館」の入口が見えて来た。
地図で見ると、もっと駅から近い感じがして、七福神めぐりの前に一人で行ってみようかと考えたこともあったが、行ってみたら、あの巨大な歩道橋の印象のせいかも知れないけれど、結構駅から遠かったので、今回行かなくて正解であった。(水族館のHPには、大森海岸駅から徒歩8分と書いてあった。)
でも、この水族館に行ったことのある人に聞くと、評判良いし、そのうち、行ってみたい。(それにしても、品川は、品川駅前に2つ水族館がビルの中にあるし、大森海岸には、野外の水族館があるし、際立って多い。)
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しながわ水族館を右に見ながら、しばらく歩くと、先の方に、三角形状の土地が見えてきて、道が二股に分かれているのがわかる。
左の方は、第一京浜の続きで、右側は、旧東海道なのだそうだ。
そうして、真ん中の三角地帯には....。
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鈴ヶ森刑場遺跡」と「大経寺」というお寺であった。
鈴ヶ森刑場のことは名前は知っていたが、行くのは初めて。
我が家の方だと、南千住にあった「小塚原(こづかっぱら)刑場」が有名だが、南千住の方は、刑場があった形跡が外から見て全くわからないのに、この鈴ヶ森刑場跡は、何でも、元々あった場所は第一京浜に取られて、場所を移動しているとのことだが、「刑場跡」とはっきりわかる石碑や説明書きが並んでいる。

南千住の姿勢に慣れていた私にとって、江戸時代の刑場跡は隠すものかと思っていたが、そんなことはないようで、小塚原の姿勢と鈴ヶ森の姿勢と余りに違うので、びっくり。
ま、刑場で処罰された人を弔う寺が隣にあるという点では同じではあるが。
(今、Wikiで調べたら、小塚原の刑場跡は、南千住の延命寺というお寺の中とのこと(=非公開?)、また、鈴ヶ森の刑場跡のWikiによると、「東海道を継承している第一京浜(国道15号)の傍らにあり、隣接する大経寺の境内となっている」と書いてあるので、このような形でその存在を公公けに見えるようにするかどうかは、寺の姿勢に寄るのかな?)
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何でも、徳川幕府は街道の入口に刑場を作り、東海道入口の鈴ヶ森刑場、日光街道入口の小塚原刑場、甲州街道入口の大和田刑場(八王子)が三大刑場と言われているとのこと。



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by mw17mw | 2017-01-18 16:46 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)

カトリック東京カテドラル関口教会でクリスマスミサ

広島Iさんは、今回冬に東京にいらしたのは、広島のお友達と東京を楽しむため。

そして、そのお友達夫妻がカトリック教徒で、たまたまクリスマスイブとクリスマスに在東京となったので、カトリック東京カテドラル関口教会のクリスマスミサにいらっしゃるとのこと。
そこで、私が関口教会が好きということで、広島Iさんが「ミサに一緒に参加しませんか?」と声をかけてくださったのだ。

でも、キリスト教のミサなぞ行ったことがないし、また、関口教会のクリスマスミサは大変人気があるので、やはり、信者が優先で行くべきだと思ったのだ。(興味半分の私みたいなのが行ったら、信者が一人は入れなくなるみたいな)

それに、何しろ、 観光でしか教会に行ったことがないから、ミサに着ていく洋服ですらわからないので、後ずさりしていたが、広島Iさんが調べてくださって、「関口教会のクリスマスイブのミサは、午後5時からと午後7時の会があり、行くのは5時からの会で、教会に電話で聞いたら、5時の会はいつも空いていると言われた」と教えてくださった。

それに、服装は、別に、これでなくてはというものはなく、普通の格好で大丈夫と言われ、それだったら、またとないチャンスなので、お言葉に甘えることにした。(で、実際に行ってみると、確かに服装はバラバラ、ただ、熱心な信者らしき女性は頭を薄いレースのベールで覆っていて、それがとてもきれいであった。)

で、4時に教会で落ち合うことにして、私は、都バスの一日乗車券を買って、湯島三丁目で小滝橋車庫行きに乗換え、江戸川橋まで20分くらい、江戸川橋で、停留所は離れているけれど、練馬車庫行に乗り換えれば、関口台の高台を上らないで、関口教会まで行けるのだ。(行はこのコースで良かったが、帰りは、夜だったので、バスの本数が少なくてひどい目にあった。帰りには、上野松坂屋行きという不忍通りを走る遠回りのバスで帰ってくればよかった。)

江戸川橋から高台を上ったところの「ホテル椿山荘東京」というバス停で降りると、進行方向左側椿山荘入口。
(時間があったら、椿山荘のお庭も見たかった。)
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進行方向右側、関口教会。
左側にチラッと見える高い建物が「聖マリア大聖堂」なので、そちらの方に向かった。
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聖マリア大聖堂の反対側には、信者のための会館のようなものがあって、そこでは、ミサが終わった後に出てきた参加者にふるまうお汁粉やあまざけなぞの準備をしている様子が見えて、本当にこのクリスマスミサは、一年に一度のお祭りのようなものだということがわかった。

下の画像は、教会の敷地内に見える建物、教会関係者の住居だろうか、さすが、関口台、素敵。
でも、周囲にお店が何もないから、買い物から何から、結構不便そう。
他、ルルドの洞窟とか、鐘楼とか、色々あったが、今回は紹介を省略。
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次の画像は、空から見ると十字架に見える、丹下健三設計「聖マリア大聖堂」(地上で見ても、十字架の形であることは良くわかる)
(この建物は現在でも相当最先端を行っているが、何せ、それ以前に設計され、昭和39年に完成されたものだということがすごい。
コンピュータがあるかないかの時代に、良くこのような莫大な計算をしないと建てられない建物を作れたものだと感心してしまう。丹下健三の最高傑作の一つ)
5時からのミサに4時に着いたのだが、この場合、既に、大聖堂の入口が開いていて、着いた順に、教会内部に入ることができた。
入口で、「主の降誕のミサ」というリーフレットをいただき、空いている席につく。(そのリーフレットには、司祭の言葉、皆で歌う讃美歌の譜面と歌詞が全て載っていて、これで詩が歌えるし、式次第がわかる。ただね、讃美歌の譜面についている歌詞が全てひらがななので、意味を掴むのはちょっと困難)

今年はクリスマスイブが土曜日だったせいか、例年より人出が多かったのか、5時からのミサも、4時半頃には席が満席になり、立ち見の人が沢山出てきてしまった。
真ん中の備え付けのベンチ状の席に座っている人は、詰めてくださいとアナウンスがあった。
私たちは、その横の折り畳み椅子だったので、そのまま。
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次の画像通り、この大聖堂の中は、外観の無機質なモダンさと全く真逆、神々しい中にも、温かいぬくもりのあるデザインで素敵。

5時になってミサが始まった、司祭様のお話は静かに聞くとして、讃美歌斉唱があるのも予め想像していたとおり。
その他、「へ~こんなことするの」と思ったのは、まずは、聖体拝領。
聖体拝領は並んで順番に司祭の前に立つと、カトリック信者はパンをもらい、非信者は、胸の前に手を交差して前に出ると、頭に手を置いて祝福を送ってくれるもの。広島Iさんの後に続き、真似をした。
こんな大きな聖堂における2千人以上のミサでも、このような一人ひとりと司祭さんとのやり取りがあるとは思わなかった。
その他、献金というのがあって、シルクハットを手に持った、白いベールに、聖歌隊風の白い上っ張りを着た少女たちが席を回ってきて、いくばくかの献金をシルクハットに入れた。(その少女たちは、白いベールに白い上っ張りで清楚なキリスト教徒の女の子という風に見えたが、足元を見たら、ものすごく現代風なカラフルなスニーカーであった、ちょっと残念。ま、でも信仰と関係ないからいいか)
ま、日本の仏教と神道だったら、お賽銭、違う形でキリスト教の教会にもあるのだ。
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下の画像は、馬小屋でイエス・キリストが生まれたところを表わしている細工。
クリスマスの時だけ、教会に飾られるものとのこと。
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初めてのミサだったが、讃美歌、司祭様のお話、色々な形で散文的にカトリックの初歩的な教えが耳に入ってきた。
私みたいなカトリックに全く関係ない者が書くことなので、間違いも多いかも知れないが、感想を書くと、司祭様の教えや讃美歌の歌詞を聞いていると、「神は、私たちを救うために、キリストをこの世に送ってくださった。
キリストは、信者に寄り添ってくださる。心にキリストのいる信者は、心の平和を保つことができる」というところがとても印象的だった。
初めて、ミサに参加した私としては、キリスト教のことを殆ど知らなかったけれど、信者は、心の平和を求めて、宗教を受け入れていると理解した、あ~、そうだったのかと。

それと、儀式の最後に、明るく大きな声で、「さ~、明日は、私たちを救ってくださったキリストさまがお生まれになりました、おめでとうございます」というセリフが流れたのかな。
これを聞いて、「あ、自分たちを救ってくれる、自分たちに寄り添ってくれるキリストが生まれてくるから、メリークリスマス!なのだ」と、初めてわかった。
贈り物を交換し、美味しいものを家族で楽しいひと時を過ごすから、「メリークリスマス」なのではなく、「自分たちの人生に寄り添ってくれ、明るく導いてくれる神の子が生まれる!」から、「神の子であるキリストが生まれたら、キリストが生まれる明日からは、神を信じる者は、一人で生きるのではない、自分たちを救うために神が地上に誕生させてくれたキリストとともに明るく生きられる」から、「こんなにめでたく、明るく楽しいことはないのだ」ということで、メリークリスマス!なのだとわかった。
(生まれてくる前の日にその生誕を喜び合い、生まれた日からは、喜んでいないで、その教えに基づき、キリストと一緒に生きる始めるのかな?だから、ミサはイブ?)

そうそう、最近、宗教にとんと縁がない私、まだ、学生の頃の方が知識があったかも知れない。
キリスト教、キリスト教というけれど、神がいて、キリストを介して神を信じるのがキリスト教?
そうして、キリストは、人々に寄り添うために地上に生まれてくれた神の子なのだろう。(間違いがあるかも知れませんが、許してください)

キリスト教、ユダヤ教、イスラム教の違いについて超分かりやすく解説するよ。」というページがあって、「ユダヤ教、キリスト教、イスラム教はいずれも旧約聖書のアブラハムを祖とする一神教であり、神観の違いはあれど、聖書に端を発する彼らが信じる神は同じ存在である。」と書いてあった。
こうなってくると、とにもかくにも、自分の勉強不足を恥じるばかり。
ま、ここまで手を広げると余計わからなくなるので、手始めに、キリスト教について、少し勉強しなくてはと思っている。

<追記>
5時の会が何時に終わったか記憶にないのだが、教会には入口の他出口専用のドアがあって(ほら、結婚式が終わった二人が出てきて、花のシャワーを受けるところ)、そこから出たのだが、入口の方を見ると、延々長い列の人たちが入っていくのが見えた。
噂通り、7時の会は人気があるし、大聖堂の中には入れないので、5時の会が終わるまでに相当の列ができるよう。

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by mw17mw | 2017-01-10 16:46 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)

動物に縁があった年末年始1/2-神田明神のあかりちゃん

この年末年始、いつもの年より、動物に縁があったので、そのご紹介。

<神田明神のあかりちゃん>
年末に、神田明神界隈を案内することがあったのだ。
その時、湯島聖堂から本郷通りを渡って、神田明神に進もうとしたとき、目の前に、大きな犬のようなもののお尻が目に入ってきた。
その犬のようなものは、背中に布をかけられていて、犬だったら、戦いに勝ち抜いた土佐犬のチャンピオンみたいな感じ。
でも、良く見ると、犬ではないことは確か。
でもね、犬以外の大きな四つ足動物が本郷通りを歩くと思う?
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その犬状のものはリードがつけられ、神田明神の半纏を着た世話係の人がリードを引いていた。
良く見たら、小さなお馬さん、可愛いので、写真を撮りたく、ちょっと早足で後ろから抜いて、横に回ってカメラを構えたら、そのおじさんに「この馬は、人が追いかけてくる気配を怖がるので、後ろから歩かないでください」と静かに注意された。
知らずにやったとはいえ、ごめんなさいです。

どうも、このお馬さんは、神田明神で飼われているようで、一日に何回かはわからないけれど、神田明神の周囲をお散歩に連れて行ってもらっているみたい。
そのコースもはっきりわからないが、きっと湯島聖堂なぞ、この小さな馬の散歩コースとしてはうってつけのような気がする。
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で、神田明神の境内に入ると、左手に柵で囲われたお馬さんの場所があって、そこに入ると、世話係りさんにリードを外され、くつろぎ出した。
柵に「神馬・神幸号」(しんめ・みゆきごう)というのが正式な名前で、呼び名は、「あかりちゃん」と書いてあった。
いつの日や、白馬になる予定らしい。
このお馬さん、品種が書いていないのだが、もし、日本の在来種だったら、表示するだろう、表示しないところを見ると、外来種のポニーなのかな?良くわからない。
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そうして、おじさんのかばんに鼻先を入れるしぐさをすると、そのおじさんがかばんの中から、ちゃんと皮を剥いてシャトーに切ったニンジンを数個出して、あげていた。
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何だか、このあかりちゃん、世話係のおじさんにとても懐いている仕草が可愛いし、大人しく無言で餌をねだったり、他の人間を怖がったりするところも良い子だなと思えた。(さすが、神様のお馬さん、とても良い子。うちのドラにゃあに爪の垢でも煎じて飲ませたい)
神田明神でとても大切にされていて、世話係の人との信頼関係が篤いのが良くわかる。

家に帰って、その話を弟にしたら、今、ポニーを家で飼うのが流行っているとのこと。
う~ん、そうは言ってもポニーが小さいと言っても、大きな犬より大きいし、神田明神であかりちゃんのために作った囲いは結構広かったし、どこかに馬用のおトイレとかあるのかなと考えると、やはり、ポニーを家で飼うのは散歩のこともあるし、囲いも小さくはないし、神田明神みたいなところ以外は、田舎でないと無理そう。

そうして、このあかりちゃんのこと、youtubeで、「神田明神 神馬」で検索したら、あかりちゃんを写した15個程度の動画が投稿されていた。

神田明神神幸祭 可愛い神馬と巫女 神田祭 ご遷座400年奉祝大祭 2015.5.9」では、ただのペットではなく、ちゃんとお祭りの行列の中に組み込まれ、働いているのがわかった。(この動画を見ると、あかりちゃんにかけられている布は布ではなく、彼女が神田明神の一員であることを示す神田明神の半纏なのだとわかる←だから、神田明神の外に出るときは必ず着用しているのかも)

それにしても、普段は良いけれど、神田祭や初詣の人出がすごい時期、どうやって過ごしているのかしらね?
いつもの柵の中でくらしているのかな?

<上野動物園の子ども動物園の馬>
今年のお正月は冬眠はしていたのだが、狭い部屋に住んでいる故、冬眠と言えども、私の寝床が大好きなにゃんこのため、午前中はどこかに初詣に行っていた、元日は寛永寺、2日は浅草寺、3日は根津神社(皆、家からめぐりんで行けるところばかり)

3日の根津神社の帰り、気が向いて、上野の繁華街まで歩いて帰って来たのだが、ちょうど、上野の動物園の中の「こども動物園」の脇を通ることができた。ちょうど馬が見えたのだけれど、ずっと以前、このこども動物園で飼われている馬は、皆、日本の在来種の馬で小さいと聞いたことがあったので、マジマジと見たのだ。
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確かに、こども動物園の馬は、サラブレッドとか、テレビの時代劇に出てくる馬ほど大きくなく、小さいけれど、でも、神田明神のあかりちゃんより大きい気がした。(下の画像は、白い小さな馬以外に、ちょっと大きめの茶色い馬も写してみた)
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(その後、テレビで日本史の番組を見たら、日本の古来の馬は小さかったので、テレビの戦国時代もので良く描かれる合戦のように、甲冑を着た武士が馬に乗って、騎馬戦で戦うのはあり得ないと言っていた。
何でも、フランシスコ・ザビエルの日記には、日本の武士は、戦場まで馬に乗って行ったとしても、実際に戦うときは、馬から降りてから戦うと書いてあったと言っていた。それと、日本の在来種の馬は、長野県の木曽に残っていると言っていたっけ。あかりちゃんは木曽ではなく佐久の子みたいだし)
やはり、あの子は、ポニーなのかしら?と思うが、本当のところはわからない。

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by mw17mw | 2017-01-05 15:28 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)