カテゴリ:東京都内のお散歩・見物( 312 )

都美術館の「ポンピドゥーセンター傑作展」

昨日は、疲れた心を癒しに(笑)、東京都美術館の「ポンピドゥーセンター傑作展」に行って来た。
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品川Iさんから、この展覧会がとても良かったと教えていただき、その関係のページを見たら、私が好きなモダンアートの絵ばかりだったので、行く気になったのだ。
(私は、以前、1920年代のパリの画家たちを描いた「モダーンズ」を見てから、モダンアートが好きになったけれど、勿論詳しくはない)

ポンピドゥーセンターなる言葉も聞いたことがあるような気がしているが詳しいことは不明のまま。
この展覧会、余り人気がないようで、ガラガラというわけではないけれど、人の頭越しに作品を見ることをしないで済むような混み方だったので、鑑賞するのに気持ちが良かった。(どうも、先日の、松岡美術館以来、混んだところで芸術作品は見たくないと思うようになってしまったのだ)

この展覧会は、とても良かった。
1907年から1977年まで、1年に1作の傑作が、その製作者の写真と短い紹介文とともに展示されていた。(作品は絵とは限らず、彫刻や立体的なものもあった。)
有名どころでは、ピカソとかマチスの絵だったけれど、日本ではあまり知られていない、でも、きっとフランスでは有名であろう芸術家の作品の展示が殆どであるが、生命力や美を感じる作品が多く、これらの芸術家の数程、物語と美があるのだろうなと想像できた。
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途中で気づいて、いただいた作品のリストに、気に入ったものに○をつけだしたのが、1935年のピカソからで、それから先の作品は殆ど○だったため、途中でつけるのをやめてしまった。

戦後のモダンアートはやはり前衛的なものが多いけれど、モダンアートの良いところは、今までの作品の真似を排除し、違う視点で常に新しい美を追求していくのだなと感じられたし、そんなに数が多いなかったせいか、意味は良くわからないまま、「美」としては、すんなりと自分の中に受け入れることができた。

見に来ている人は、若い人が多かったし、外国人も多かったのが印象的。
都美術館の前回の展示は確か若冲でめちゃ混みと報道されていたが、あ~いう絵なら、老若男女を問わずというか、主に、老世代が頑張って見に来るのだろうな、こういうモダンアートは、老が来ないから空いているのかなと思った。

そんなに前衛的でなく、結構わかりやすい色々な美を味わえて楽しい展覧会。
フランスって、ポンピドゥーセンターを持っているって、やはり、芸術大国と思った。
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by mw17mw | 2016-06-27 23:07 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)

椿山荘でホタル狩り2016

広島Iさんがちょうど6月中旬に東京にいるので、椿山荘のホタル狩りに行ってみたいと、色々調べた上で、誘ってくださったので、昨晩行って来た。

一口で感想を言うと、楽しかったし、お勧め。
で、このページを参考にしていったのだが、6月中旬が見ごろで、6月20日~22日までは満月でホタルが飛ばないとあるので、急いでこの記事を書く。
(ホタルを見るだけなら、無料。ただ、何も知らないで行くとわかりにくいかもしれない)
(また、うまく写真が撮れなかったので、リンクしたページの画像を参考にしてください)

そして、何を食べたか等の話は明日に回す。

わかったことは

1.ホタルを見ることが目的なら、暗くなってからなので、今の季節は7時半頃からが見ごろとのこと。
 (ホタルは雨が降っても、余り暑過ぎても光らないらしい)

2.椿山荘は構造がわかっていない人が正面玄関から庭に出ようとすると、構造が良くわからず、多分、迷子になる。
ホタル狩りを目的に行くのなら、裏口の「冠木門」というところから入って緩い石段の上り坂を歩いて行くと良い。

3.冠木門は、有楽町線江戸川橋の駅から言うと1aという出口から地上に出ると、江戸川公園の前に出る。
そのまままっすぐ行くと、八百屋さんの横の壁に椿山荘の案内図が載っているが、その通りに行くと、正面玄関に行ってしまう。
冠木門という椿山荘のお庭の裏口に行くには、江戸川公園の中を入っていく感じで、神田川沿いに5~10分くらい歩いて行くと、1つめの明るい照明が見えるのだけれど、それは、公衆トイレ、「あら違った」と通り過ぎると、次の明るい照明の場所が見えてくるが、そこが、椿山荘の入口、守衛さんがいるので、「ここから入れます?」と聞いて、入って行った。

私たちはお蕎麦のお店、「無茶庵」で食事をしたら、もう時間が9時近くになっていた、お店を出るときに、どう進めば、ホタルが見えるかお店の人に確認してから、聞いた説明通りに歩いて行った。

ホタルが良く見えるように、道沿いや庭の電気は消されている。
しかし、平日の夜だというのに、ホタルを見に来ている人の数が多く、にぎやか。
私は椿山荘の中に入るのはこれが初めてなのだが、流水、池なぞ水が多い、起伏の激しい地形で、冠木門から続く一本道を歩いて行くと、ホタルが見えるところには人だかりができているので、すぐわかる。
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起伏の激しいお庭だから、池までの人間が入れない斜面に生える草にホタルがとまっていて、そこで光るみたい。

う~ん、私がホタルが光るのを見るのは、初めてではない気もするけれど、いつ見たかを覚えていない。
ただ、草むらで闇夜に数匹光るホタルの光景、見た覚えがあると思ったけれど、多分、それは、アニメのシーンで見たことがあったのかも知れない。(笑)

そんなに長い間見たわけでもなく、数か所に立ち止まって、ホタル見物をして楽しかった。
ホタル見物をしながら、この椿山荘のお庭、昼間見てもすごそう、今度、散歩に来たいと思った。

また、椿山荘では、ホタルを育ててお庭に話しているとのことで、ビオトープという四角いガラス張りの2m近い高さの箱の中でホタルを育てている。
それは外から目立たないように、黒い幕で仕切られた小さな場所に設置され、場所を聞くことができたので、見ることができた。(でも、これは無理してみる必要なし)
そのホタルを育てている場所の横にあった、大きな積み石の大きさにびっくり。
こんな大きな石を積むなんて、きっと、山県有朋さんの時代に積み上げたものではと歴史を感じた。
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話は少しずれるが、以前、新宿区の漱石公園とか、外苑東通りに興味が沸き、バスで、早稲田の鶴巻町まで行って、そこから、外苑東通りを徒歩で南下したことがあったが、鶴巻町で北側を見ると、急激な高台の上に鬱蒼とした森が見えて、それが椿山荘の位置であった。
漱石は、その高台から降り切った低地にある借家に住んでいたわけだけれど、きっと私と同じで、椿山荘の森を見て、貧富の差を感じたに違いないと思った。(漱石だって、小説家として成功しているから、貧しくないし、庶民としては成功した部類なのだろうけれど、明治の元勲が手に入れた富とは比べようもないもの)

さて、話を椿山荘に戻すと、数か所でホタルの光を楽しんだ後、分かれ道で、左に行くと「プラザなんだら」、右に行くと「ホテル」と書いてあったのだが、勘で、正面玄関に行くなら、ホテルでしょうと、そちらに行ったら、無事ホテルに入れたのだが、そこは、地下3階だったみたいで、「玄関が見当たらない」とちょっとウロウロしてしまった。
そうして、エレベーターに3回か4回乗ったら、無事、正面玄関が見えて来て、表に出られた。
来た道を戻って神田川沿いの公園を通って帰っても良かったのだけれど、暗くて、人通りも少ないだろうし、違う道の方が良いと思って、正面玄関から江戸川橋に行くルートで帰ってみた。

ここは、以前、2012年4月頃歩いた道で懐かしかった。
坂を下っていくと、途中で、後楽園遊園地の観覧車が見え、「あ、以前見た覚えが」と思ったが、そのちょっと左側にスカイツリーの頭が見えた。(広島Iさんが詳しく、「あれ?東京タワーでは」という私に、「光がくるくる回っているからスカイツリー」と教えてくれた。)
その他、2012年4月時点で、大きなマンション建築予定の表示が貼ってあった大きな鬱蒼とした木だらけの荒れ放題の土地が、そのままであった。
その掲示板には、建築開始が2011年で、完成予定が2014年になっていたが、全然手つかずであった。
ま、利害関係のないただの通りすがりとしては、まだ、この森のような土地がそのまま残っているのは嬉しかった。
この自然な森も、一度壊したら、二度と作れないものね。

しかし、椿山荘のお庭は、本当に立派なお庭で、今度は昼間に散歩してみたい。
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by mw17mw | 2016-06-15 20:30 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)

紀尾井町−「旅するルイ・ヴィトン展」

今回の連休は、広島Iさんを初め、多くの方のご厚意と情報で、私は何だか、「文科系女子ならではの「色々な美に触れる喜び・楽しみを思い出す」ことができて、連休が終わった時、とても幸せな気持ちになった。
(というのは、この2年間、運動神経が0の癖に、慣れない卓球にチャレンジしたり、そのついでに体操まで始めて、何て言うのかな、楽しい時もあるのだけれど、基本的には、「できないことにチャレンジ」することに価値観を置いている生活をしていたのだ)
そうだ、それが今回、知り合いの皆様のおかげで、何て言うのか、心が美しい物や小さな感動で温かくなる世界を思い出すことができたのだよね~。
だから、その話がしたくて、後、今日がルイ・ヴィトン展に行った話、明日が、「ジャージーボーイズ」というDVDを借りてきてみた話を書くので、食べ物の話は明後日からにする。

ルイ・ヴィトン展は、6月19日までの開催だから、まだ、行こうと思えば、ゆっくり行くことができる。
無料だし、私としてはお勧めの展覧会。
(一応予約制だけれど、予約なしで行っても、入れると思う)

グリコさんの情報でルイ・ヴィトン展の存在を知り、行きたいけれど、遠いし、面倒だと思っていたところ、広島Iさんが二人分予約したのだけれど、ご一緒の予定の方が都合悪くなったと、私に声をかけてくださったのだ。
遠くでも連れがいれば行く気になるし、元々見たかった展覧会なので、有難くお受けした。

待ち合わせは、四ツ谷駅麹町口(広島Iさんが調べて下って、そこから会場まで9分とのことで、ここに決定)。
(最初は、銀座松屋のシャトルバス利用を考えたが、一時間に一本しかないので、諦めた)
降りて、上智大を見ると、私の若いころと変わっている、あ、聖イグナチオ教会が全く違っていることに気づく。
知らない間に建て替えられていたのだ。
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その後、上智大の敷地の裏側を歩いて、坂を下っていくと、ほどなく会場に着いたのだが、センスが良い建物ではあったが、どう見ても、高級なプレハブ。
この建物がない時は、何が立っていたのだろう、空き地だったのかな?不思議。
手前の水色の建物がエントランスとカフェとお土産もの屋さん、奥の白い建物が展示場。
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そこに着いて一番最初にしたことは、帰りは銀座に出たかったので、銀座行きのバスが何時に出るかを確認すること。
何でも赤坂行きは、1時間に数本出ているらしいが、銀座は一時間に一本とのことだったので、1時間半先くらいに出るバスの時刻を和押さえた。

また、予め、この展覧会のアプリをiPodにダウンロードしてきたし、入口で説明の小冊子ももらったけれど、見るべきものの数が多いせいか、歩きながら見たり聞いたりすることはなかった。
(小冊子も日本語・中国語・英語版の他、日本語版の子供用もあって、クイズ形式になっていた。見終わって子供用のクイズをやってみたが、全然答えられなかった。)

何でも、ルイ・ヴィトンの創業者のルイ・ヴィトンさんは、160年ほど前に、木の箱を使ったトランク屋さんからスタートしたとのこと。
最初は馬車で運ぶことを前提としたトランク、次に、列車で運ぶトランクになり、自動車旅行、船、飛行機に対応した製品が開発されていく。

昔のお金持ちの長旅の荷物はさあ大変、トランクの中には、30足の靴が入るものもあったし、昔のファッションではマストアイテムであった帽子の収納にも葉所が割かれ、たくさん入れられるよう工夫されていた(ような気がする)
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自動車旅になると、荷物は余り乗せられないから軽量になるかと思いきや、どこでも食事ができるような豪華な金属製の食器が入ったようなトランクやどこでも眠れるような簡易ベッドが収納されているトランクも作られたらしく、会場に飾られていた。
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下は、自動車の工具を入れるためのヴィトン。
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その他、何種類ものブラシが入っているバッグもあった、昔、埃っぽい道路や線路を旅するとき、服装の清潔を保つためのブラシだろうけれど、余りの数にびっくり。(残念、画像を撮り忘れた)

交通手段の発展に伴うお金持ちが使った旅のトランクが色々に変化していく展示も中々興味深かったし、その中でバッグも登場してくるのかな?

話はちょっとずれるが、私は昨年頃まで、NHKのダウントンアビーの連続ドラマを見てイギリス貴族の生活を学習していたし、このドラマを軸に、NHKが作成したイギリス貴族とアメリカのお金持ちの女性が結婚していると特集も見たのだ。
ダウントンアビーの主人公は、イギリスの名門貴族の長女なのだが、お母さんはアメリカ人の大富豪の娘という設定、また、実話として、確か、有名なダイアナ妃もおばあさんのお母さんがアメリカの大富豪の娘で、アメリカ人の血が入っているのだそうだ。
後、政治家のチャーチルもお母さんがアメリカ人。

お金持ちが使っていたルイ・ヴィトンの古くて大きなトランクを見ると、ダウントンアビーに出てくるアメリカ人の嫁コーラのお母さん(しゃーリー・マックレーン)がしょっちゅうアメリカからダントンアビーに来て長逗留するのだが、その富豪のおばあさんがイギリスとアメリカを行き来するときは、こういうトランクに沢山の洋服・帽子・靴を入れて、船・鉄道・馬車や自動車を乗り継いで旅したのであろうと想像すると納得が行った。(その荷物は召使が管理をし、駅や波止場に着くと、ポーターを雇って運んでいたイメージ?)
そんな風に、頭の中で、あのドラマに出てきた人たちが使っている様子を頭に想像しながら、見ていった。

貴族として、富豪として外国に旅行に行くとき、常に素敵な装いができるような巨大な荷物が必要なわけで、それは今の時代、移動手段が飛行機になっても、旅行に持って行く衣装の多さは変わらないのであろう。(変わったことと言えば、帽子が必ずしも必要で亡くなったこと?)
(今、テレビで、世界の日本人妻は見た!【番組史上最強!?ニューヨークのスーパーセレブ妻に迫る!を見たら、故ロッキー青木の奥さんが自分のマンションを紹介していたが、やはり、トランクを入れておく部屋があった。)

ずっと、交通手段の変化に伴うヴィトンの商品の変化を見ていくのだが、最後の方に、世界の著名人からのリクエストで作った珍しいトランクが展示されていたけれど、私としては、どなたかかわからないが、オーケストラの指揮者が自分の指揮棒を収めて、世界中に持ち歩くためのバッグが素敵と思った。
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その他、基本本を運ぶためのトランクがバッグを開けて、板を引き出すと簡単に書斎になるような仕組みになるものもあって面白い。
ルイ・ヴィトンは、ありとあらゆるお金持ちの要望に応えてきたのだろう。
他、市川海老蔵さん特注の「歌舞伎役者の化粧台」というトランクと、有名ではない日本人が注文した、お茶の道具を入れたヴィトンのバッグも素敵であった。
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また、最近の色々な芸術家とのコラボ商品も並んでいて、何て言うのか、小さくならないで、色々な流行に対応していこうとする姿が素敵な企業と思えた。

見終わってとても気持ちの良い展覧会であった、多分、ルイ・ヴィトンの時代の変化や個人の我儘(というか利便性)や新しい文化や美、全てに対応してきたという姿勢が良かったのかも知れない。

とても感激したので、家の近所の人に「あの展覧会は良かった」と話したら、見に行ったのだそうだ。
しかし、その人の頭の中で、「ルイ・ヴィトンというと、バッグ」という固定観念があったせいか、なぜ、トランクばかり飾られているのか、何で、プロペラ機まで飾られているか理解できずにつまらなかったそうだ。

あ、そうそう、展覧会からの帰り、銀座までのシャトルバスに乗ったのだが、会場から、左に清水谷公園を見ながら赤坂見附に抜けるコースの景色がとても素敵だった、さすが紀尾井町。
緑も大きく、また、両脇に立っているビルディングも立派でゴージャス、東京でも、最高級の場所であり、一度は通り抜ける価値があると思った。

私の拙い説明より、この「「旅するルイ・ヴィトン」東京紀尾井町の展覧会レポート-創業からの軌跡を1000作品で辿る」というレポートが多くを網羅し、わかりやすい。
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by mw17mw | 2016-05-17 22:46 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)

丸の内「オートクチュール展」

蜷川幸雄さんが亡くなった。
私には縁のない人ではあったが、我が父と同じ「幸雄」という名前が懐かしいし、風貌が父と似ているなといつも思っていた。
顔が長くて、目や鼻や耳、顔の造作が皆大きめで、メガネをかけている、なんとなく、戦前生まれに多かったような風貌。
もうテレビで蜷川幸雄さんの昭和顔を見ることも少なくなるのであろう、また一つ昭和や父が遠くなる。

−−−本題です−−−

江戸東京博物館の真田丸展は諦めて、お蕎麦を食べた後、丸の内に向かい、三菱一号館で開催していたオートクチュール展を見ることにした。(今、改めてHPを探したら、正式には、「PARISオートクチュール世界に一つだけの服」が正式名のよう。今度の日曜日で終わりらしいので、早く書かなくては。)

オートクチュール展は、ちょっと過去のコルセットをつけるのが当たり前の時代からスタートし、そのうちコルセットをつけないファッションが流行し、それが標準になって行き、段々、現代的になっていくのだが、やはり、イブニングドレスはどの時代のものも豪華で素敵。
(写真撮影は原則禁止だったが、一部屋だけ、フラッシュはだめだが、写真撮影OKの部屋があった。)
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(でもね、ココシャネルを主人公にした映画を見た時、ココシャネルがコルセットを終わらせたみたいな描き方をしていたが、このオートクチュール展においては、ココシャネルを特別扱いしていなかった、どちらが正しいのだろう?)

また、1940年代に入って、スカートの長さがひざ下になったり、レーヨンみたいな化学繊維が取り入れられるファッションになってきたようだが、これは、完全に、戦争の影響なのだろうか?

オートクチュール展で飾られている作品自体も、皆とても素敵で興味深く面白かったが、作品を見ているうちに、昨年秋に見た国立博物館の「ブルガリ展」との対比が頭に浮かび、興味深かった。(ブルガリ展の詳しい様子は、こちら

何て言うのだろう、イタリアもフランスも、日本から見たら、同じヨーロッパの国だけれど、歴史とか国民性が全然違うのだと感じたのだ。

ま、ブルガリと言う企業は、イタリアの企業ではあるが、元々ギリシャからの移民から始まっているというところも強いかも知れないけれど、イタリアは、地中海に突き出た半島の国家で、古くから色々な国との交易が盛んで、ギリシャ文明・エジプト文明の影響を色濃く受けている国なのだと、オートクチュール展を見て、再認識した。

というのは、ブルガリ展で飾られていたり、動画で見た「ブルガリの宝石を身につけた女優たちの画像」が皆、肉感的で、洋服はそれを邪魔しない程度のデザインで目立たないのだが、細かく細工された高価な宝石をプラスすることにより、自分の顔と肉体の美しさ・強さが、それらの宝石・金銀に負けないものであることを強調していたのかという風に思い出された。
ブルガリア展の女性たちはあくまで、その個体の美しさ・強さがメインであったと思えた。

それに比べ、フランスというのは、あくまで農業国で、ギリシャ・イタリアの地中海文化の影響をそれ程受けておらず、肉体第一主義ではないように感じられたし、宝石類は産出されない国なのか殆ど飾られていなかった。
あくまで布、デザイン、装う人のトータルの調和の美しさが大切で、布とそのデザインだけで美しさを醸し出し、ブルガリのような立派な宝石を必要としない?

ふ~ん、なるほどね、国によって、その国の置かれている地理的条件や歴史で、ずいぶん、装うことに対する考え方も美しさの基準も違うものだと感心。

簡単にいうと、イタリアは、肉食系女子ファッション、フランスは草食系女子ファッションと感じた。(日本は農業国だし、完全にフランスぽい)

その他、見ていたら、「ウンガロ」とか「クレージュ」なぞという単語が目に飛び込んできて、懐かしかった。
私の20代、30代の頃は、貿易自由化が進み出し、色々なブランドがどっと日本に押し寄せてきた時代だったのだ。
今まだ、日本で、ウンガロとかクレージュ売られているのだろうか?(売られていても、OLの時と違って、飛びつかないから、売っていなくても十分なのだけれど)

(その後、銀行の仕事で、20年くらい前、中国事情の書類を読んでいたら、中国に新たにショッピングセンターができつつある時代、フランスのブランドを中国に進出させるのに、そのブランドの進出順序が決まっていて、確か、最初はピエールカルダンに始まり、次はどのブランドとか決まっていることを知って、びっくり!やはり、フランスにとって、ファッションは外貨を獲得できる一大産業であり、中国に限らず、新たに発展しそうな国にブランドを進出させる場合のノウハウや経験の蓄積ができているのだ。それを知った時に、それにうかうか乗った自分に気づいた。<笑>)

話は、オートクチュール展から離れるが、久々、再開発が進んだ丸の内に行ったが、さすが、丸の内で、三菱一号館の建物を無駄のないように建てていて、隣とのビルにわずかな空き地しかないのだが、そこも十分計算され、無駄のないよう、しかも、美しいように設計されていて、「さすが」と思った。
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他、丸の内の通りも、日曜日は歩行者天国になり、歩道に沢山の椅子とテーブルが置かれ、皆が沿道のお店で何か買って来て、青空の下で食べられるようになっていた。
これだったら、土日、丸の内に関係のない人たちが散歩に来ても、十分楽しめる。
さすが、丸の内で、緑の多さも、お店も舗装された道路も皆絵のようにきれい。
(浅草や上野、我が家の近隣も色々な工夫がされ、人々が楽しめるように変わってきているが、丸の内は、その数倍先を行っているような気がした。)

今度、三菱一号館美術館のこの催し物を見に行こう。
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by mw17mw | 2016-05-16 16:29 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)

品川−水の区域へ

いちょうの木を出て、商店街を北品川の方に戻り、広島Iさんを船泊の方に案内。
船泊は相変わらずごちゃごちゃでお水も汚く、変わったこともなかったのだけれど、その並びにある船宿というのか、屋形船なぞを営業しているお店の前で、東京湾で釣りをしてきた家族が、釣ってきた魚の整理をしていたところに出会った。
知らない魚も沢山いたが、小さめの鯖がいたので、びっくり。
どの魚も小振りではあるが、きれいで新鮮で美味しそう。
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そのまま、天王洲に渡るため、山手通りの方に向かったのだ。
そうしたら、その日は日曜日でお休みだったけれど、いのパンというパン屋が出てきて、ここは何だか美味しそうな気がする。
(と思ったが、確かに食べログによると、北品川界隈のパン屋さんの中で圧倒的高得点店であった。)
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ネット友達御殿山Iさん情報によれば、ブレッドワークスがあるところに、新しい雑貨屋さんとか小洒落たレストランができているとか。
ブレッドワークスの手前の路地を入って行くと、新しい雑貨屋さん(スローハウス)が確かにあり、その先は、SOHOLMというレストランであった。
SOHOLMも、家でお店のHPのメニューを見て、何だか結構凄そうと思ったけれど、実際に行ってみたら、木の感じを生かしたお店で、メニューよりカジュアル館の溢れたお店であった。
でも、いちょうの木で氷を食べたばかりだし、雑貨屋さんを見て終わり。
(その雑貨屋さんには洒落たもの美しい物が沢山あったが、一つ何か気に入ったものを買って家に持ち帰ったとしても、古い家では浮いてしまいそうと、広島Iさんと評価)
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その路地を運河の方に出ると、何に使うか良くわからない、船というのだろうか、わけのわからない木造船が浮いていた、これも新しい。
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そうして、そこを今渡ってきた山手通りの橋の方を見ると、今来た橋からブレッドワークスやビール屋さんのあるところまでが、全てウッドデッキになっていた。
橋から降りて、ブレッドワークスまでウッドデッキを散歩できるようになったのかも知れない。
しかし、最終、このウッドデッキからビール屋さんの方に入れるかと言うと入れなかった。
一つ手前の角を曲がらないと、ブレッドワークスやビール屋さんには着かないみたい、不思議。
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(下の画像はふれあい橋から見た、左がブレッドワークスというパン屋で、右がビールやさん)
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とりあえず、ブレッドワークスで一休みした後、ふれあい橋を渡って、海洋大学のある島に渡るとき、広島Iさんが右側の高いビルに「River Terrass」の看板を発見。
今まで、ここらへんには、ブレッドワークスしかなかったけれど、他の飲食店もできて、発展しているのだと気づく。
(家に帰ってから調べたら、このブログによると、リバーテラスは、スタバなぞが入る複合商業施設のよう)
手前、橋の近くには座り心地の良い椅子も設置されて、ここらへんはどんどん素敵になっている模様。
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海洋大学は、門が閉まっていて、細い通用口だけが開いている状態で何だか、入りにくくて入らなかった。
最後、品川駅まで広島Iさんを何気なく歩かせてしまったけれど、結構距離があった。
このコースの散歩だったら、最後は、一駅だけだけれど、北品川から京急で品川に戻った方が良かったかも。

という充実した一日であったと、私は思うけれど....若干趣味の押し付けっぽいかも。(笑)
ただ、私は本当に、御殿山から北品川の商店街に出て、天王洲のブレッドワークスの方に歩くコースが変化に富んでいるし、色々な歴史と発展を内包していて、とても好き。
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by mw17mw | 2016-05-15 09:25 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)

JALの整備工場見学

広島のIさんは、ものすごく情報通。
クロネコヤマトの巨大配送センターとか、JALやANAの整備工場見学なぞ、私の知らない東京都内の見学に詳しく、色々回られた経験がある方であった。
そういうものは、何でもネットで予約していくそうなのだけれど、一からそういうものを探すのも面倒だと思っていたところ、今回、広島IさんがJALの整備工場見学をチェックしたら、普段は、平日のみなのに、5月1日に見学を募集しているとのこと。
ちょうど、5月1日は一緒に遊びましょうと約束していた日であり、私の分もネットで予約を取ってくださって、行くことができた。
だから、今回は、おんぶにだっこで、全て広島Iさん任せ。

JALの整備工場見学のページによると、「社会貢献のために無料で実施」していると書いてある。

確かに、感想としては、どの人も一度行くと良いと思う、飛行機が安全に運行するためには、パイロットやキャビンアテンダントだけではなく、確実に整備をする人と施設が必要なわけで、子供たちに、世の中の仕組みと言うか、安全を確保するための作業やシステムを実際に見てその必要性を感じることは、本当に良い勉強になるだろうと思えた。

浜松町のモノレールのホームで待ち合わせして、新整備場駅まで行くと、そこから、2,3分歩くと、JALの施設がある。(何でも、ANAは駅から15分くらい歩いたところにあるらしい)
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中で受付を澄ましてもらい、入館証をもらって中に入って見学開始。

最初に3Fだったかにエレベータで上がるのだが、そこは、JALの歴史に関するものの展示場になっていて、Iさんがそれらをゆっくり見る時間を取ってくれていたので、先にゆっくり見学。
東亜国内航空なんていう言葉、懐かしい!
昔あった、忘れていたけれど、JALに吸収されたのだ。
また、歴代のスチュワーデスのユニホームが展示されていて、それも懐かしかった。
やはり、森英恵の紺色に赤、ミニスカートが可愛い。
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その後、教室のようなところに集まり、スライドを見ながら、飛行機の話、整備の話なぞを30分くらいレクチャーを受けたのだが、何といっても、空調が気持ちよく利いていたので、恥ずかしながら、殆ど眠ってしまった。

そのレクチャーが終わると、全員赤いヘルメットをかぶって、諸注意を受けてから、本物の整備場に下りて行って巨大な飛行機を見ながら案内してもらう。
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整備場は、柱が一本もなく、天井が高く、ただひたすら広い、そうして、飛行場の滑走路に面していて、開かれている。
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この整備場から見える飛行機の離陸は、絵に描いたよう。
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飛行機は、発着が終わった後以外にも、数日に一度、マニュアルに従って、不具合がないか必ずチェックするそう。

飛行機の胴体の近くまで行って、遠くからでは見えない部位を色々見たり知ったりすることができて面白かった。
(飛行機の中の座席以外の位置、例えば、貨物を出し入れする扉を見たり、燃料は実は飛行機の翼の中におさめられているのだって)

また、実際に整備している人たちの後姿を見ていると、どう見ても、後ろで長い髪の毛を縛った小柄な女性がいたのだ。(たいてい、二人一組で動いており、男女の組が2組いた。)

へ~、今では、こういう整備士にも女性が雇われるようになっていたのだと、びっくり。(今を去ること30年くらい前に、知り合いがお見合いでJALの整備士と結婚し、結婚式に呼ばれたのだが、その時に、整備士の世界は、男の世界と聞いていた)

広島Iさんと、「どういう人が整備士になるのかしらね?まるで、機械をいじったことのない人では無理でしょう?航空高専出身者とか」ということになった。
説明のJALの人に聞いたら、「技術系の大学、専門学校、高専なぞを出た人」とのこと。
へ~、私の周囲にはいないけれど、そんなメカが好きで、技術系の学校に入る女性も世の中には沢山いて、活躍で来ているのだと知った。

何でも、今では、JALの整備士の中の30人程度が女性で、男性と分け隔てなく、3交代制の勤務をこなしているし、何でもホノルルの整備のチーフは女性なんだって。

はっきり言って、整備場って、埃っぽいし、飛行機の発着の音がうるさくて、私には向かない職場と思った。
でも、そんな埃とか騒音なぞ、何とも思わず、整備の仕事を喜々として行う女性たちがいるのって、頼もしいと思った。

とここまでは、JALの方々の対応も気持ちよく、順調であった。

整備工場見学が終わったら、品川駅に出たかったので、東京モノレールに乗って、天空橋で降りれば、京急線と連絡していると聞いて、何も前もって調べずに乗り換えたのだ。

でも、これが結構大間違いと言うか、京急線って、初めて乗る人を前提としていないというか、京急線に慣れていないと、うまく品川まで行けないことにショックを受けた。(笑)

天空橋のホームを飛ばして走り去っていく電車を見ていると、成田方面に行く電車も逗子に行く電車も両方とも通り過ぎて行った。
たまに停まった電車は、逗子行きで、私たちが行きたい方向と反対の電車。
何も予備知識がない私と広島Iさんは、あ、そうか、ここは、京急の本線ではなく、羽田線で、京急蒲田で東と西に分かれるのだということに気づき、今度停まった電車に乗って、蒲田まで行こうということになった。
でも、来る電車、来る電車、皆、急行とか何だらエクスプレスとか書いてあって、中々停まらない。
相当待って、ようやく、逗子行きが停まったので、その各駅普通電車に乗って、のんびり、京急蒲田まで乗った。
(天空橋には、各駅しか停まらないのだ)

京急蒲田で降りたら、品川方面に行くには、一階下のホームとのことで、そちらに向かった。(そのことははっきり書いてあった。)
そうしたら、掲示板に、ずらっとこれから停まる電車の行く先と急行か普通かなぞの情報が並んでいたけれど、京急に慣れていない私たちでは、急行や特急がどこに停まるのかなんて、わかりっこないじゃない。
(開き直るわけではないが、私は何が苦手と言って、普通と急行と特急なぞが入り混じる路線が苦手なのだ、得意なのは、全部普通でしょっちゅう電車が来る銀座線と山手線)
例えば、「品川までお急ぎの方は、○本先の急行に乗っていただければ、早く着きます」みたいな放送もなく、急行ならどの駅に停まるみたいな目立つ表示も見当たらず、仕方ない、普通の電車に乗れば、各駅だから、いつか品川に着くだろうと、普通に乗ったのだ。
そうしたら、蒲田から品川まで結構な駅数があるし、途中、どこかの駅で停まり、後から来た急行に抜かれてしまった。

わ~、嫌だ、東京近郊で色々な私鉄にたまに乗るけれど、京急が一番不親切という印象を持ってしまった、天空橋から品川まで各駅で行くと時間がかかること、かかること。

ということで、広島Iさんと二人だったから、おしゃべりしながらだったから、退屈せず、ようやく品川に着いた。
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by mw17mw | 2016-05-12 17:25 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)

パンダを見に上野動物園

無料開放日の上野動物園には、池之端門の方だと、自転車置き場があるので、そちらから入った。
園内マップで説明すると、左上の池之端門から、右下のパンだのところまで、いそっぷ橋を渡って行ったのだ。

一番最初に出迎えてくれたのは、オレンジ色のフラミンゴ。
こんな目立つ色をしているけれど、きっとこのオレンジ色は自然に溶け込める保護色なのかな?花に見えるのかな?不思議。
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今回良かったのは、ちょうど新緑の季節で、イソップ橋を渡れたこと。
イソップ橋の上から景色を眺めると、不忍池方面が、旧岩崎邸であった池之端ハイタウンまで見通せるし、空が大きかった。
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その反対側の高台の方に目をやると、空と緑しか見えないのだ、全然建物が目に入らないで、空と緑だけが見える景色がこんな都会で見えること自体が不思議。

鬱蒼とした木々を見ていると、上野の山の中で、江戸時代からの自然が一番残っているのは、上野動物園の低地から高台への斜面かも知れないと思う。
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回りに人は沢山いたけれど、空を見上げると、深い森にいる感じ?
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実は、パンダ舎に行くのに、結構迷って、中々たどり着かなかった。
パンダはこちらの標識がなく、無料の園内マップを見ながら、迷うしかなかったのだ。
(多分、正門から入るとパンダ舎はすぐ近くなので、説明は不要。池之端門から入ってパンダを見に行く人が少ないから説明がないのだとは思う)

最初パンダがいる場所を見つけたとき、パンダがこちらに向かって歩いてきたのだけれど、写真を撮り損ねた。
その後、パンダは私の反対側に進んで座り込み、笹を食べ始めたので、そちらに場所を移動したら、写真に写ってくれた。
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ズームしたら、結構大きく写って満足。
生きているってすごいよね、生きて自由に動いているときって、生命力を感じる。
寸詰まりの体型でちょこまか動くと、それだけで可愛いと思える。(うちの猫と同じ)
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私は一番最初にパンダが上野動物園に来た時、天井のある、ガラス張りのパンダ舎にいるリンリン・ランランだったかを並んで見た覚えがある。
その時、パンダは寝ていたかな?
ゆっくり歩いて止まることは許されず、流れるようにパンダを見たような気がするのだけれど、今はそれから40年以上経つのかな?
今は、ガラス張りで覆われているけれど、天井がない運動場で遊ぶパンダを見るようになっていて、しかも、並ばなくて良いみたいだし、今回は、ガツガツご飯を食べている日常の姿を見ることができて、良かった。(そういえば、一頭しかいなかったけれど)

良くわからないけれど、現在、パンダを見る場所は、パンダの運動場を囲んで、低い場所と高い場所両側に取り囲む場所があり、並ばなくても、どちらかの空いている場所に行って見るシステムのよう。
今の方が良い、でも、ガラスというか、パンダの運動場を覆う透明の板の間の不透明な柱が邪魔で、周囲の人たちが「あの柱、邪魔よね」と呟いていた。私もそう思う。

他、オオカミとかプレイりードッグ、ニホンザルなぞ、空いていて見ることができる動物を通りがかりに見ながら、また、池之端門に戻って帰ってきた。

この動物園、大人は600円もするのだけれど、無料だと、深追いしないで、気楽に短時間だけ見る気になるから良い。
上野の山の鬱蒼とした自然と空のきれいさと、日常生活をしているパンダを見ることができて、とても良かった。
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by mw17mw | 2016-05-07 09:09 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)

千代田区の桜クルーズ参加

何だか、3月、4月は、仕事上はとても良くなかったのだけれど、遊びの話が沢山あって、断らずに参加していたら、あっという間に時間が過ぎてしまった。

で、ブログに載せそこなっていた一番古い話題、3月26日の土曜日の午後3時からの、千代田区桜クルーズに参加した話を書こう。

確か、その一週間前くらいに、妹から、今年の桜クルーズの募集に間に合いそうだという情報をもらったのだ。
3月の26,27日か、4月の2,3日の土日に開催されるとのこと、ちょうど申し込んだ日だったかに、開花宣言が出され、早い週の方が桜が満開ではと思えたので、3月26日の土曜日にHPから応募、予約が取れた。

しっかし、ご存知のように、今年は、開花宣言が出てからの気温が低く、中々桜が咲かず、クルーズの時に咲いていた桜は一本だけであった。(涙)
ぴったり桜が満開の時期に予約を取るって、難しいよね。

でも、その日は、小春日和の快晴、しかも気温の高い観光日和であった。

出発は、秋葉原の和泉町ふ頭、今回は屋形船ではない遊覧船で、靴を脱がないで、椅子に座れて、ボランティアのガイドさんの説明を聞きながら、一時間半のクルーズを楽しんだ。
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和泉町から、神田川を上流の方に上り、水道橋先の三崎で、日本橋川に通じているというか、そもそも神田川は、多分、上流から日本橋川にそそいでいたのを、徳川家康が、それでは台風の時なぞに、江戸城の方で、水の氾濫が有り得るということで、浅草橋に通じる神田川という掘を作ったのだと思う。(とテレビで言っていたように覚えている)
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(神田川から、三崎橋の手前を左に曲がると、日本橋川に入ることができる)

私は、ずっと呉服橋という日本橋駅よりちょっと大手町側にある場所で会社勤めをしていたので、日本橋近辺の日本橋川は神田川よりなじみがあり、一度日本橋川を船で進んでみたいと思っていたので、大満足。

でもね、全体的には、ご存知のように、日本橋川は、殆ど、上に高速道路が通っているので、それが屋根になってしまい、日が当たらず、すごく寒かったのがマイナス点。
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また、和泉町から三崎、その後日本橋までの間、桜並木は一か所くらい(千代田区役所のところ)しかないのだが、花も咲いておらずで、桜クルーズは名ばかりであった。
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でもね、日本橋川から、日本橋を初め、架けられている橋の側面を川面から見ることができて良かった。
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ずっとNPOの方のガイド付きだったこともあり、その詳しい説明を聞きながら、川を進むと、やはり、歴史が古く、東京の富が豊富に使われている地域であるから、見るべきものが多かった。
また、場所によっては、江戸城の外濠にあたり、江戸自体の石垣がそのまま使われていた。

一番印象深かったのは、外濠(日本橋川)にかかる鉄道アーチ橋
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(わかりにくいけれど、橋に大正8年のプレートが)

この橋は、確か江戸通りを真っすぐ皇居の方に走っていくと、自然と渡ることになる橋なのだが、とても古いのだ。
どういう構造だか、定かに思い出せないのだが、多分、頭の上を高速道路が走り、中央線と山手線と京浜東北線の線路が私が自転車で通る橋の下を走るのだと思う。
ずっと不思議だったのだ、何で、こんな都心のど真ん中でこんな古い橋の上を鉄道が走っているのだろうって。
(山手線等に乗っていても、何も感じないと思う)

そうしたら、今回のツアーの説明で、何でも、大正8年に完成した日本人による初めての鉄道橋で、それ以来、関東大震災、太平洋戦争、東日本大震災にもびくともせず、使い続けている丈夫な橋とのこと。
その近くの常盤橋なぞは崩れて壊れたというし、川面から見るこの鉄道橋は本当に頑丈に作られているのが良くわかった。

その他、さすが、日本橋も川から見ると美しかった。
どう考えても、作られたときには、上に高速道路がかかるなんて考えたこともなく、川から見ても美しい橋に設計されたことがわかった。

船は、日本橋をくぐって、江戸橋までの真ん中くらいまで進んで、Uターン、また、来た道を返って来て、クルーズ終わり。
(本当は真っすぐ進んで隅田川を出て、ちょっと上って、神田川に入り、アキバに戻ってくれれば最高)

この桜クルーズ、1時間半で2千円とリーズナブル、古い東京に興味のある方に一度は体験することをお勧めする。

同じ時間に、「桜満開クルーズ」というクルーズも出発であったが、こちらは、神田川から隅田川に出て、そのまま隅田川を横切って、小名木川に入って、桜を見物するツアー、しかも、お茶付き。
こちらも魅力はあるが、屋形船(でもきっと途中で屋根の上に出してくれると思う)で、お茶・おやつ付きで4千円は、う~ん、行かないと思う。

どこかのNPOさんの企画・実行してくださっているツアーなので、感謝しつつも、細かいところ「?」というところもあった。
(例えば、早めに到着したとき、係りの人が、早く来た順に、横に3列に並んで順繰りに後ろについてくださいと誘導してくれた。しかし、その通りに並んでいると、出発の時に、そのことを知らない違う係りの人が、一番左側の列から順番に乗船してください、と誘導した、皆、「それはおかしい」ということで、その通りには動かなかった。観光のプロではない人がボランティアで協力してくれているからこそ安いとは思うのだが、もうちょっと細かいところ、打ち合わせてから、実行してくれたらと思う。)
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by mw17mw | 2016-04-19 18:03 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)

白金台でランチ、目黒駅でお茶他

出かける前日、Google Mapで、白金台近辺の地図を拡大して眺めると、プラチナ通り界隈、利庵を覗いて、フランス語とかイタリア語の聞いたことのないような単語の羅列のお店ばかりに見えた。(利庵は、夜お蕎麦の予定なので、その日は無理)

ま、そういうところ、高くなければ、行っても良いのだけれど、何せ、5年以上会っていないMさんの好みも忘れている状態で、フレンチだ、イタリアンしかないお店に入りたくなかった。

松岡美術館の行き帰りに、実際に、プラチナ通りを歩いたのだが、高い並木が続くとても素敵な通り、道路沿いのお店も素敵なところが多かったけれど、やたらに高いお店もなさそうだし、入りにくいお店もないように感じた。
結構入ってしまえば、美味しいものが出てくるような気もしたのだが、初めてのお店は様子がわからないので、やめておくことにした。
散歩するにはとても素敵な通りだという印象。

下調べの段階で、どこで食事をすればよいか、ぜ~んぜん、思いつかなかったので、そうそう、いざとなったら、TOMITさんの食べログに良く出てくるユトリロというお店は白金台にあるはずで、あそこはどうだろうと、地図を見ると、プラチナ通りからはちょっと遠い。
そうこう考えているところに、メル友のIさんから、気楽な食事だったら、目黒駅に近い方にはそういうお店が沢山あるし、何だったら、アトレの1Fにある回転寿司がお勧め、また、プラチナ通りの近くには、ジョナサンもあると教えてくれたのだ。

そうそう、好みもわからない相手と食事する場合、そして、美味しさより気楽に食べたい場合、ファミレスはうってつけと思ったのだ。

で、11時に東急の目黒駅で待ち合わせ、その時点で、駅ビルの回転寿司「活」の前を偶然通ったら、列ができてなくて、今なら入れるという状態だったが、二人ともお腹が空いていないので、やめた。
まずは、一つ美術館を見て、その後、一旦休憩がてら、ランチを食べて、次に行こうということになった。

で、駅から遠い方の松岡美術館に最初に行き、プラチナ通りを通って、目黒通りに出て、白金台駅の方に向かったら、すぐにジョナサンが目の前に現れた。
その日は天気が良かったこともあり、ビールが飲みたいねということになり、すんなりジョナサンに入って、昼からビール宴会。(笑)
250円メニューの中から、3,4品注文し、中ジョッキを私は2杯、Mさんは3杯飲み、仕上げは、私は牡蠣のドリア、Mさんは、タンドリーチキンとメキシカンライスを食べた。
本当に、こういうときはファミレスが、気楽で良い。

で、結局、目黒駅から松岡美術館(プラチナ通り往復)→庭園美術館→目黒駅の間に私たちが入ったお店は、夜に食べる鮎を打つ金串が欲しいとのことで、キャンドゥーという100キン、プラチナドンキ、ジョナサン。(笑)
どんな高級路線の地域に行っても、庶民的な二人組であった。
(反対に、白金台も東京らしく、表は素敵で高級路線なのだが、100キンなぞのお店も目黒通り沿いの目立つところにあるし、プラチナ通りからちょっと路地に入ったら、ごく普通レベルのお家が沢山あった。計画的に作った高級住宅地ではないので、金持ちなら金持ちだけという色が一色でない住宅地であるところが東京らしいと思った)

結局、鮎を打つ長い金串は見つからず、目黒駅についてから、地元っ子である従姉に電話して、目黒駅の近くの100キンを教えてもらい、恵比寿側の線路沿いにある東急ストア2Fにあるキャンドゥーにも行った。

また、私はランチで生ビールの中ジョッキを2杯飲んだせいで、シャッキとせず、従姉の家に行って宴会準備するのにこのままでは行けない、何かフルーツ系の飲み物を飲みたいと思ったのだ。
で、以前は目黒駅の駅ビルにあった果実園リーベルというフルーツパーラーが、元ウェストの場所に移転したと、Iさんから聞いていたので、それを探したが、久しぶりだったので、中々見つからなかった。
しかし、再度従姉に電話で場所を聞いて、行きついたのだが、10人くらいの行列が店の外に出ていたので、簡単に諦めた。
(こういうフルーツパーラーって、多分、お客さんが並ぶほどの人気がないと、原材料が腐りやすいものだから採算が合わないのかも知れない、だから、フルーツパーラーの絶対数が少な過ぎるのだ。)

それだったらと、道路を挟んだ反対側のスタバに入ったのだけれど、席は空いていなかった。
でも、お店の人が、席ではないところに席を作りますからと言ってくれて、何だか、参考資料が飾ってあるガラスのケースをテーブル代わりにしたところに椅子を持ってきて座ることができた。
ここは、昔のパイオニアの本社があったところで、今は、スタバの日本の本社、また、私たちが入ったスタバは日本の本店だそう。
私は、無事、マンゴージュースのようなもの、Mさんは、抹茶のなんだらを飲んで元気を回復し、目黒線に乗って、西小山に向かった。

後、目黒駅周辺を歩いていたら、五反田の龍門の支店が見えたのだ、時間が会えば、ここもいいよね、五反田より駅から近いし。
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by mw17mw | 2016-04-03 08:35 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)

白金台の庭園美術館

松岡美術館を出た後、食事をし、その後、昭和の初めに建てられ、アールデコ様式で有名な庭園美術館に行ってみた。
元朝香宮邸であったことからか、元皇族の屋敷の入口から本館の玄関までの道が長い。(建物が道路から奥まっている)
庭が広大なのだが、現在整備工事中とのことで、庭の一部しか公開されていないのが残念。
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建物は本館と新館があり、本館が旧朝香宮邸。
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このアールデコ調ではない狛犬は、本館の前に置いてあったものの左側、可愛い。
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新館が美術館になってから、美術館用に建てられたものらしい。

そして、ガレの人気か、見学に来ている人の数が多かった。

この美術館に関して、庭園美術館アプリを聞いただけの知識程度で、行ったのだ。
「ガレの庭」というガレの作品展が開催されていることはわかっていたが、旧朝香宮邸である本館のどの部屋にもこれでもかというくらい、たくさんのガレの作品が並べられており、行けば当然見られるだろうと思っていたアールデコ調の建物の内装や装飾品が良く見えなくてがっかり。
今回のような展覧会は、建物より特別展優先なので、ガレを見たい人には良いけれど、建物を見たくて訪れるには不向き。

実は、iPodにガイドアプリは入れたものの、一台しかなかったので、当日、美術館で、有料の音声ガイドセットをもう一つ借りなくてはいけない、だったら、前日に私は家でアプリを聞いてしまえば良いと思い、前日に一通り、画面を見ながら、アプリの説明を聞いてしまったのだ。
だから、実際の美術館で全部は見れなくても、ここはアプリのあそこねとか少しは楽しめた。(庭園美術館では、iPodをMさんに渡したが、聞いたかどうだかは不明、でも、私と同じように、ガレが邪魔だったと言っていた)

で、今後の展覧会の予定を見ると、特別展のような展覧会と展覧会の間に12日くらいの間が空いていた。
この時に行けば、建物が見られるのかなと思い切や、HPに書いてあったハローダイヤルに電話して訊いたら、展覧会と展覧会の間は、庭から建物を見ることはできますが、建物内部に入れませんとのこと。
だったら、いつ、建物の内部を良く見ることができるのですか?と聞くと、美術館に電話して聞いてくれとのこと。
仕方がないので、美術館に電話したら、詳しい人が出てきて、「今年だったら、9月22日から12月25日の展示会の時、何もないとは言えませんし、朝香宮邸時代の家具が置かれたりしますが、今回よりずっと内装や装飾物が見ることができます」とのこと。
え~、あんな朝香宮邸の建物説明アプリまで用意してあるのに、建物の内装等だけを見る催し物は全くないし、内装が良く見える催し物も、年に3か月だけなのだと、驚く。
(庭園美術館のWikiには、「年に1度の「建物公開」のときは、館内撮影も可能(日時・期間は年によって変動)」という記述があったが、今もあるのだろうか?)

残念。

でも、朝香宮邸については、庭園美術館アプリの画像を見て、説明を聞くだけでも結構満足できるので、スマホなどをお持ちの方は、ダウンロードしてお家で楽しむのも良いと思う。

この朝香宮邸が完成したのは、1933年(昭和8年)とのこと。
1933年は、ナチスが政権を取った年だと思うのだ、そうすると、大日本帝国における最後の贅沢がこの宮邸建設になってしまったのかなと想像した。その後、戦争に突入していくから。
私の勝手な想像だが、きっと、朝香宮が陸軍の軍人だったから、国家予算で、このような建物を建てることが許されたのかもと思う。
大日本帝国が滅亡に向かう前に咲いた美しいモダンな花。

何でも、朝香宮が陸軍からフランスに留学していた時に交通事故で大けがを追い、看病に渡仏した明治天皇の第八皇女である妃殿下も夫の傷が治るまで二年間フランスに滞在し、二人で、アールデコに詳しくなったとか。

実は、岩崎邸、前田侯爵邸と比べたくて行ったところもあった、前田侯爵邸は、洋館は1929年に完成ということから、朝香宮邸と殆ど同じ時代の建物。(多分前田侯爵邸は私財で建てられている?)
しかし、本郷から移ってきた元加賀藩のお殿様である前田侯爵が建てた建物はやはり相当広く、朝香宮邸は小さく見えた。
(でも、それはもしかして、前田侯爵邸の洋館は、女中部屋まで公開してているからかも知れないが)

なんていうことも考えながら見て回ったが、やはり、アールデコ調の装飾品が古びていないで、今のセンスで見ても、とてもモダンで美しかった。

今年の秋に、再度建物を見に行きたいが、庭は当分無理そう。(だって、庭について、いつ整備工事が終わると公表されていないから。)
私が歩き回れる元気のあるうちに、全容が見れますように。
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by mw17mw | 2016-04-01 15:14 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)