カテゴリ:東京都内のお散歩・見物( 347 )

二度目の表参道から渋谷区東3,4丁目界隈散策 1/2-郷土資料館&ハチ公バス

この前の休日、國學院大學の博物館の根付展が終わりそうだったし、元気が出たので、再度、表参道から、青学の横を通って、常陸宮邸の横を通って、今度は、渋谷区立郷土博物館と國學院大學博物館を見て、あわよくば、割引券をもらった山種美術館まで行こうと計画を立てた。

表参道に行こうとした動機としては、現在、寝具を探しているので、まず、マニフレックスというイタリアの敷布団メーカーのショールームが表参道だけにあり、10時開店と調べて、10時過ぎに着くように行ったのだが、10時開店は平日だけで、土日祭日は、11時からとのこと。(それに確かに東京でのショールームはそこだけだったが、東急ハンズに売り場があることを後から知った。)
着いたのだけれど、店が開いていないから、エレベータ前の椅子に座っていたら、10時半頃から店員さんがお店に入っていったが、どうか11時まで待ってくださいとお茶を出され、待つことになった。
ま、11時ちょっと前にはお店に入れて、そこでわからないことを聞き、布団に寝転んでみて、買っても良いかなという気になった。
でも、最終、決断がつかなかったけれど、7月中はセール中で、安くはならないけれど、高額な夏用のボックスシーツをつけてくれるとのこと、ということで買うのなら、7月中に再度伺うということでお店を出た。

あ~、その思いもかけない待ち時間を潰さなくてはいけなかったことで疲れて、歩く気が失せた。
でもね、表参道あたりの青山通りって、ミニバスみたいなものの停留所がそこそこあるのだが、良く見ると、それは皆、港区内を走る路線ばかりで、私が行きたい渋谷区方面のものはないよう。
こういう区単位のミニバスって、便利なようで不便、これは区をまたがっては頼れないことがわかり、すごすごと歩き出し、骨董通り手前のドトールで、アイスコーヒーとサンドイッチを補給して、元気を出した。

でもね、結論から言うと、本当にこの青学から渋谷区東に入る散歩コースは意外なものがひょっこり顔を出して、本当に面白い。
二度目も楽しかった~。

青学の横を、あら、結婚式ができるのねとか、チェックしながら歩いて行き、六本木通りで渋谷方面を見ると、高速道路が一旦低くなっていて、その上を、青学の大学等があるキャンパスと初等部を結ぶ巨大な橋がかかっているのがわかる。
あれって、どこの費用で作ったのだろう、
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そうして、六本木通りを渡り、常盤松交番を左に見て、前回その左側の道を上がって行ったので、今回は反対側の右側の緩やかな上りの坂を上がって行った。
大げさに警察官が立っているようなことはなかったけれど、張り巡らされた人の背の高さの塀の上に、何やら三重くらいに電線のようなものが張り巡らされているように見えた。

で、塀から、門から、本当に昔のままで、新しいものに取り換えられた様子が全然なく、本当に質素な暮らしぶりが想像できる佇まいであった。
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で、その門の前を通り過ぎると、ほんのちょっとした路地があって、その隣から、やたらに立派な建物が続いており、その先を見渡すと、行き止まりで、行き止まり沿いにもずいぶん大きな建物が沢山あった。
何だか、すごい高級住宅地という感じ?

常陸宮邸の並びの建物の殆どは、高級マンションという感じの名前のものだったが、すぐ隣の中低層の立派なビルだけは、「東京研修センター」というわけのわからない名前の看板が二つもかかっていた。
東京研修センターって、どこの企業のだろう、でも、普通は企業名を書いてから、東京研修センターって書くよなと思った。
どうみても、余りの重厚さに、きっと、旧財閥系の企業の研修センターに違いないと思ったのだ。

(で、その時は全然調べなかったのだけれど、家に帰って、「東京研修センター 渋谷」でググったら、渋谷区東4丁目の「東京研修センター」とは、という知恵袋が出てきて、びっくり、池田大作会長邸なのだって、すごいよね、この創価学会の財力。宮家の隣に創始者邸を建ててしまうのだから。また、渋谷区東って、歩くと、信じられないものばかり出てきて、本当に楽しい、ただね、まさか池田大作邸とは思わなかったので、写真を撮って来なかったのが残念。)

うわ~、一度目は歩いていたら宮邸にあたり、今度は、創価学会の会長宅に当たるのだもの、すごい地域だなと思った。(両方とも表札が出ていないが)

そうして、道の先の行き止まりに見える大きな建物は、家に帰って地図を見たら、実践女子大学のよう。

その後、常陸宮邸と東京研修センターの間の歩道を抜けると、また、広い道にぶつかり、その向かいに、渋谷区の循環バスの停留所と白根記念渋谷区郷土博物館・文学館があった。

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そんなに大きな展示スペースではなかったけれど、3Fが郷土資料館、1Fがその関係の図書が揃えられていて、勉強できるスペースがある他、地下が、文学館であった。

実は渋谷区の駅前を掘り返す工事をしていた時、ナウマン象の骨が見つかったというところから、現代の渋谷までを詰め込んでいたが、ま~それは無理が大きい。
それなりに楽しかったけれど、やはり、写真とかフィルムなどの映像がない時代を表現するのは難しいのではという気がした。

あ、そうそう、この郷土資料館には、渋谷のハチ公の生きていた時の写真が結構多く展示されていて、どんな犬だか、良く分かった気がする。
その生涯も展示されていたが、本当に薄幸な犬のようで可哀そうであった。
(この前の北斎展でも、北斎のお墓がどこにあるか(台東区)とか、展示されていなかったけれど、ハチ公の標本が上野の東京国立博物館にあるとは展示されていなかかった。)

それに、私がなぜ、この郷土資料館に行く気になったのというと、五台地二十谷という渋谷区の地形という言葉に惹かれ、その五つの大地と二十の谷の名前が知りたいと思ったのだが、五台地は地図とともに展示されていたが、二十谷はどこにもなく、がっかり。(そうそう、何で、この資料館が「白根記念」という名前が付いているかもどこにも書いてなかったと思う。きっと、白根さんという方が土地を寄付したのかなとは思うのだが)

渋谷区の五台地は、代々木台地、千駄ヶ谷台地、幡ヶ谷台地、東渋谷台地に西渋谷台地とのこと。

文学館の方は面白くなかったというか、渋谷生まれ・育ちの文学者が2人しかいなくて、その一人が平岩弓枝さんであった。
そのお二人以外は、移り住んできた文学者ばかりで、その人たちがどこに住んでいたかの地図があったけれど、渋谷が生んだ、とか育てたという文学作品がない感じであった。

三島由紀夫も松濤町に住んでいたらしく、三島由紀夫が渋谷駅前を表現した文章が飾ってあったが、やはり、うまいな~と思った。

三島由紀夫 昭和28年12月の文章

「渋谷は、一年中あわただしく、いはば年中、歳末のようなものだ。

いつまでたっても、新開地で、ちっともおちつきがなく、しゃれた喫茶店一つ探すのだって苦労する。・・・続く」

渋谷駅前みたいなターミナル近くは、常に多くの人で溢れ、駅前のお店は、どこでもそんなものだろうが、時代とともに、儲かる商売のものにどんどん入れ替わりが激しい時期だったのだろう。

行けば行ったで、色々なことがわかるし、一度は他区民も行っても良いかなという感じで、お勧め。

その他、入口のところで、渋谷区の循環バスは全てハチ公バスという名前で、4ルートあり、郷土資料館の前に停まるコースは「夕焼け小焼けコース」という名前であることがわかった。
停留所にあるそのコースをじっくり見たら、渋谷駅東口が5番目の停留所、そこから乗ったら、この郷土館が9番目の停留所だから、多分10分もかからず、渋谷駅から、郷土館前まで来れそうだし、帰りは、渋谷駅まではやたらに遠回り層だけれど、14番の恵比寿駅東口なら、すぐだし、結構役に立ちそうなところを通るバスであった。
(また、この郷土資料館の停留所から、國學院大學の博物館や山種美術館まで近いし、私としては、表参道から歩くコースが一番のお勧めだが、表参道という駅を利用しにくい人もいると思うので、渋谷駅東口からこのバスに乗って、渋谷区東をめぐるのも良いかも知れないと思う)

こういう循環バスというのは、地元台東区のめぐりんのルートが簡単に頭に入ったので、他の区の循環バスのルートも簡単に覚えられるものかと思ったが、殆ど使わないので、近隣の中央区や千代田区のものが頭に入らないのだ。
でも、今回、渋谷区の夕焼け小焼けルートは、実際に使ってみたので、頭に入って良かった。

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by mw17mw | 2017-07-14 12:32 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(5)

すみだ北斎美術館で「北斎×富士~富嶽三十六景 富嶽百景 揃いぶみ~」展

先日、「すみだ北斎美術館」で「北斎×富士~富嶽三十六景 富嶽百景 揃いぶみ~」という企画展を見てきたが、中々良かった。
その企画展は、8月20日までとのことで、まだ1か月以上開催しているけれど、早く紹介したほうが良いので、今日も山梨旅行話を後回しにして、ご紹介。(どうせなら、【スライドトーク】「冨嶽三十六景」と『富嶽百景』のみどころというイベントがある7月8日(土)か、8月5日(土)が良いと思う。時間は2時からだけれど、詳しいことはわからない、また7月15日にも講演会があるみたい)

---本題です---

この前の日曜日、どこかに行きたかったのだが、身体が疲れ気味、遠くまでは嫌だなと思った時、思い出したのが「
すみだ北斎美術館」、そうだ、まだ、行っていなかったのだ。
昨年11月22日に開館したとのことだが、もう人出も落ち着いただろう。
ここなら、小さい美術館らしいし、家から近いし、ちょっと出かけるには、手頃。

ちょうど今の時期、「北斎×富士~富嶽三十六景 富嶽百景 揃いぶみ~」という企画展を展示しているよう、北斎の富士なんて、わかりやすくて、疲れた心身に優しい感じがしたので、自転車で出かけた。
美術館のある場所は、両国駅の東側(清澄通りを渡って線路沿いを錦糸町に向かう)、以前から通っていた緑図書館の近くなので、土地勘あり。
実際に行ってみたら、結構空いていて、スイスイとは進まなかったが、前に2,3人の人が同じペースで見ているという感じ。(日曜日の午前中で、人の頭や肩越しに作品を見ることはまるでなかった。)

あ、そうそう、作品は見やすいのだが、ところどころに、見所の説明を書いたものが展示されているのだが、その字が結構小さい。
私は、つい老眼鏡を持っていかなかったので、時折読めなかった。(ということで老眼鏡を持っている人は老眼鏡を持っていったほうが良い)

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葛飾北斎の富士の版画になると、有名な版画は見たことのあるものばかり、驚きはなかったが、その分、心に優しい感じ。
この展覧会やこの美術館の良いところは、富嶽三十六景でも富嶽百景でも、全ての版画を見ることができること。
それが本物の版画である場合もあるし、デジタルの画像でもある場合もあるのだけれど、とにかく、見たことのない、芸術的にはそれ程の価値はないかも知れないものでも、題名を選べば見ることができる仕組みが楽しかった。

そういう意味で、芸術的には余り感銘を受けるものはなかったのだが、江戸時代の風俗や景色を確認できる版画を見ることができてよかった。

富嶽三十六景の方には、友人が住んでいる「御殿山の不二」、親戚が住んでいた「下目黒の不二」があって、江戸時代、こんなにのどかな感じだったのかなと面白かった。
その他、「青山の不二」については、版画の真ん中に木に覆われた緑色の大きなお饅頭みたいな山が描かれていて、その向こうに富士山が描かれていた。(今、三十六景のリーフレットで確認したら、「青山円座松」という絵らしい、これが本当に港区の青山の絵かというと、確か、展示場には東京都のどこから見た絵かという地図が飾られていて、それによると、確かに現在の港区青山近くであった。)
そうか、江戸時代、緑色の山があったから、青山という地名なのだと納得。(笑)

富嶽百景には、我が家の近所の「鳥越の不二」があって、こちらは、デジタルだったかで見ることができた。
鳥越の不二って、何を描いているのだろうと思ったら、江戸古地図を見ると、鳥越神社と蔵前の間くらいに「天文ダイ」と書いてある三角形ぽい土地があるのだが、その天文台なのだろう、木造の建物の木材を組んだ屋上のようなところに立っている紋付き袴の徳川の役人?らしき男の人と天球儀が書き込まれ、その先には富士山があるという構図であった。
今まで家の近所の江戸時代の天文台に全くイメージが沸かなかったが、こんな感じで、きっと舶来の望遠鏡で役人が星を観察していたのかなと想像が湧いた。

他、廊下には隅田川沿いの大きな地図が飾ってあり、その下に置いてある江戸の景色を記した絵巻物と連動していて、絵の中の番号ボタンを押すと、実際にはどこだったか、上の大きな地図に電気がついて、面白かった。

そうそう、つまらない話だが、その地図を見て、蔵前の「蔵」がどこにあったかなんて全然気にしていないで、きっと、蔵前側のどこかにあったに違いないと勝手に思っていたが、その北斎美術館の地図を見たら、蔵前の隅田川を挟んだ反対側に大きな蔵があったことがわかったり、大変勉強になった。

建物は、妹島和世さんという建築家のもののよう。
何ていうのだろう、狭い土地を上手に活用してという言い方もできるし、狭い土地だから割り切って必要なものだけをはめ込みましたという感じかな?
展示スペースは、まるで自然光が入らないデザインであったが、廊下や皆が集まれるスペースには大きな窓から明るい太陽光が降り注ぐ。

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とても素敵な美術館であったが、窓から外を見ると、壁の薄さに驚かされる。
このくらいの厚さでも問題がないからこの薄さなのだろうが、今まで、見に行っていた昔ながらの国立美術館とか、お金持ちが建てた美術館に慣れ過ぎているのか、今まで行っていた従来の美術館というのは、本当に壁が厚かったのだと、改めて思った。


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この展覧会、大人1200円なのだけれど、下の画像のような「富嶽三十六景」のリーフレットをプレゼントしてくれる。
これは、三十六景の版画が揃っていて、保存版になりえる。

この富嶽三十六景、百景の版画が全て見ることができるというこの展示会は、8月20日まで。
(その後はどうするのだろう、常設展でいつでも見ることができるようにしてほしい)

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また、常設展の方でも、北斎の有名な神奈川沖浪裏之図に似た構図の賀奈川沖本杢之図という絵があり、賀奈川沖本杢之図は、神奈川沖浪裏之図より25年も前に制作された版画であり、北斎は、25年もの間、一つの絵をどう再構成したら、もっと迫力のある絵が描けるのか、考えていたのかなとか、想像すると楽しかった。

企画展は、全て撮影禁止なのだが、常設展は、禁止のマークがついていなければ、フラッシュは使えないが、写真を撮ることができた。

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by mw17mw | 2017-07-06 16:43 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(2)

新しい布団を探しに東京ビッグサイト

この土日は、出歩いていたので、ブログを書けなくてごめんなさい。

布団を新しくしたいと考えていた私、偶然、知り合いの人から「伊藤忠ファミリーフェア」の入場パンフレットをいただいたのだ。
(このパンフとか招待券がないと入れないのだって。)
見てみると、昭和西川が広い面積を押さえていて、ムアツ布団を安く売ると書いてあったので、行く気が起きた。
ま、ここで買わなくても、とりあえず、ムアツ布団に眠る体験ができそうということで。
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東京ビッグサイトまでは、ゆりかもめで行くかと思ったら、パンフに、東京駅の南側鍛冶橋にある駐車場から、無料送迎バスが出ているとのこと。
だったら、これに乗って行こうと思ったのだが、近くまで行ったら、何だか、駐車場を取り巻く長~い行列が目に入ってきた。
近づいて、係りの人に聞いたら、この行列は、伊藤忠のバーゲンに行くバスに乗りたい人の列で、今並んでも、1時間以上待つし、乗ったらそこから30分かかるんだって。
うへ~、私にはそんな根性はない、パンフによると、次に安そうな交通手段は、東京駅から都バスに乗ること。
その係りのお兄さんに聞いたら、東京駅まで戻って都バスの10番乗り場に行けば、そのバスが来るのだって。
ということですごすご戻り、JR東日本のバスターミナルの近くにあった都バスの停留所を見つけた。
少しは並んでいたけれど、無事座ることができた。(道中やはり30分くらいかかるので、座って行けるのなら座って行ったほうが良い)

で、このバスに乗ったら、月島から豊洲、有明とウォーターフロントで開発や再開発が盛んなところを順番に通って行ってくれたので、思わず東京見物ができたのだが、そんなつもりはなかったので、ほぼ写真を撮らなかったのが残念。

まずはの月島の再開発は、古い小さな家を沢山壊して、大きな高層ビルが建ったけれど、それがほんの一部で、ずいぶん古い家並みが残っていて、再開発ビル自体はきれいだけれど、街自体は、全然、きれいにならずに、反って、古い建物が目立ってしまうような感じ。

豊洲は何度か行ったことがあるせいか、そんなに目新しいものは目に入らなかったけれど、有明はすごかった。

面白かったというか、豊洲あたりの巨大な建物しかない地域で、男の子が、塾に行こうとしているのか、背中にリュック背負って、キックスケーターを蹴りながら、移動していた。
きっと、その子のお家も巨大な高層マンションの上の方で、エレベーターまでの距離もあるだろうし、下まで降りたら下りたで、塾までの距離が半端なさそう、確かに、こんな巨大な建物しかないところで、近隣を移動するとしたら、徒歩だと時間がかかり過ぎる感じは良くわかった。
こういう子は巨大高層ビルから巨大高層ビルへの移動の日常で、小さな一軒家のお店に行くことはなく、買い物と言ったら、土日にお母さんと自動車でアウトレットモールやショッピングセンターに行く感じ?この子こそ、今の東京の最先端地域の子かも。(笑)
(こんなに家からどこもかしこも遠いと、自分の家からほぼ出ない子にならないかしらね?)

とか何とか東京ウォーターフロント見物をしている間に、バスは東京ビッグサイトに到着。

受付をして、無事バーゲン会場の中に入ることができた。
店舗も多いけれど、誰でも使えるテーブルと椅子が沢山用意されていた。
あ、でも、カメラ禁止だったので、何の画像もない。

あの鍛冶橋の行列からすると、さぞ混んでいると思い切や、送迎バスでの輸送ではそんなに人を大量に運べないのか、案外空いていて見やすい。
しかし、本当にファミリーバザールで、一つの家族が多人数で買い出しに来るのが基本のよう、だから、複数人の有料の交通費を払うと、馬鹿にならない金額になるのかも。
それで、皆、1時間以上並んでも、無料バスで行くのだろうと予想はついた。
それに、宅急便コーナーでは、大きな段ボールに買ったものを詰めている人たちも相当いた。
そうなのだ、品物が安いとは言えど、家族全員分の交通費、宅急便代を払ったら、結構出費も大きい。

私は簡単に昭和西川のコーナーにたどり着き、靴を履いたままどうぞというベッドで横になったり、店員さんの説明を受けた。
ベッドの寝心地は、点で支えるということで、一番最初に寝っ転がった時は違和感があったけれど、段々回数を重ねると慣れてしまうような感じがした。
でも、行く前に若干は調べたとは言え、初めて見に行った場所で、高い買い物をする勇気はなかった。
(特にね、布団は、一度買って気に入らなかったとすると、使う期間が長いからね~。(と言いながら、段々慣れてしまう気もするけれど)
それに周囲の人に「どんな敷布団を使っている?」と聞くと、皆、もうウレタンフォームの最近の布団に移行している人が多く、皆自信をもって、色々なメーカーを教えてくれるのだ。
別に、西川に拘ることもなさそうと思うし、ま、こちらは3割くらい安くなるらしいけれど、ネットでも色々なお店が色々な商品出しているし、焦って買うことはないなという気になった。

その後、広い会場の中の食料品の方を歩いてみたけれど、やはり、ロットが大きいものばかりで、本当にファミリー向けなので、眺めるだけで帰ることにした。
会場には、1時間くらいしかいなかったかも知れない。
バス乗り場に行ったら、都バスにたどり着く前に、無料の送迎バス乗り場が先に見つかり、すぐに空のバスが到着、またまた、座ることができたので、そのバスで帰って来た。
そうしたら、こちらは行きとルートが違っていたことはわかったが、こちらはこちらで面白かったけれど、目新しいものは見当たらなかった。

何だかな~、再び伊藤忠のバーゲンに行くかどうかはわからないが、今回一番良かったことは、東京駅八重洲南口の都バス10番から出ている東16という東京ビッグサイト行きの都バスに乗れば、ウォーターフロントの方の開発の様子が良くわかるということ。(東京駅からだと使いやすし、本数も多いみたい)
豊洲は錦糸町からバスに乗ったりするが、有明とかビッグサイトとか、つい新橋からゆりかもめなぞに乗ってしまうが、本当は、の~んびり都バスで行った方が景色が楽しめるかも。

系統図は、こちら、この路線には、かえつ学園という停留所があるが、これって、嘉悦学園?こちらに移ったのだとか、有明に武蔵野大学があってびっくりしたり、私が知らない間に、ずいぶん色々変わっているのだと面白い。
たまに時代遅れにならないように、このバスに乗りたい。(笑)

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by mw17mw | 2017-06-26 16:51 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(2)

美術館通りに出て山種美術館、そして恵比寿へ

お巡りさんが教えてくださった通り、東四丁目という交差点は、五差路になっていて、上がって来たすぐ右隣の道には、「渋谷区郷土館はこちら」みたいな→のついた看板があった。
へ~、渋谷を郷土という観点で見て、古代からの歴史を研究している人たちがいるのだと、新しい発見。(何だか、私も相当マスコミとかに毒されていて、渋谷の若者向けの煩雑なイメージと、高級住宅地が入り混じっているイメージしかないのかも知れない)
今回はパス。(でも、家に帰って、チェックしたら、渋谷の地形を5台地20谷と言い切り、面白そう、そうだよね、渋谷って山の手の方に分類されるけれど、実は、谷が多くて、低地も多いのだ。←やはり、関東台地の端っこの方だから)

その次の右隣の道が、「ここを真っすぐ行けば、山種美術館」という道で、ということは、その反対側の道と合わせて、「美術館通り」と命名された道のよう。(家に帰ってから、山種美術館のアクセスのページにリンクされている「美術館通りで旬の展覧会を満喫」というページによると、「美術館通り」は、今から3年前に、骨董通りから六本木通りまでの道が整備されて繋がり、できたものらしい。
また、そのページによると、「美術館通り」の範囲も、私が考えていた「根津美術館から山種美術館」などという短い距離ではなく、六本木ヒルズの森美術館から始まり、サントリー美術館が入っているミッドタウンを通り、国立新美術館から乃木坂駅や青山墓地を通った後、根津美術館、岡本太郎記念館、山種美術館」までの道路を言うらしい。
六本木ヒルズはちょっと外れているし、全体、欲張り過ぎて、長すぎる気がする。(笑)

ということで、その美術館通りをテクテク歩いて行ったら、右側前方に、「実践女子大」とか大きく書いてある高層ビルが見えてきて、「あ、あそこが実践なのだ」と初めて知った。
渋谷にあることは聞いていたが、どこにあるのか、わからなかったのだが、だいぶわかってきた。

それにしても、行けども行けども、山種美術館は中々現れて来ず、結構、遠い感じ。
でもね、南青山の根津美術館の周囲のように、古いものは全て整理して、完全な高級住宅地にしてしまいましたという雰囲気とは違って、美術館通りの両脇には、まだまだ、昔からの人が多く住んでいそうな家が沢山残っているので、そこが古くからの住宅地ということが分かって、それはそれで楽しかった。
葉が繁りすぎている街路樹が並び、家の庭からもはみ出た雑草が道に沢山出ていたりして、何だかな~、そんなに外観やおしゃればかりに気を取られていない町の感じがして、ある意味心を憩わせてくれる。

そうして、時々、左側の道路から脇に入っている路地を見ると、少し下り坂になっていて、その脇には、本当に普通の家屋が多くてびっくり。(普通というのは、邸宅とかお屋敷ではないという意味)
(家に帰って地図を見たら、この坂を下りて行くと日赤医療センターの方に行くみたい。私は広尾駅とか日赤医療センターについて殆ど行ったことがないのだが、そこらへんは谷になるのかな?)
マスコミに頭を毒されている私なぞ、地名が「広尾」と聞いただけで、「高級住宅地」と思い込んでしまうけれど、実は、普通の家も沢山ある地域だとわかってびっくり。

と歩きながら周囲を楽しんでいたら、とうとう山種美術館に到着。
そこそこ高いビルの一階と地下だけが、山種美術館のよう。(展示場は地下のみ)

山種美術館は、確か、私が若い頃、日本橋の銀行に入った時、日本橋界隈にあったので、行こう、行こうと思っているうちに、渋谷に移転したように覚えていたが、HP等に何も書いてなかったので、入場券売り場の人に「この美術館は、ずっとここにあるわけではなく、以前は日本橋でしたよね?」と聞いたら、「はい、最初は、茅場町で、次に九段下に越しまして、次にここに移りました」とのこと。
そうなのだよね、だから、若い時、「行こう」と思っていて、色々忙しくて行けないうちに、美術館の方が遠くに遠くに移ってしまったので、行けなかったのだ。
行こうと思ってから、本当に行くまで、40年かかってしまった。(笑)

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その時の展示は、「花・flower・華」というもの。

この美術館に入って、入場料を払ったら、切符・パンフレットとともに次回の川端龍子の展覧会の割引券を渡されて、何ていう親切な美術館と思った。(笑)

日本画のみの美術館であり、テーマも身近なことから、とてもわかりやすく、美しい展覧会であった。
勿論、有名画家の作品も多いが、どの作品も、描かれている花に画家の気持ちや性格、また、美術的技量がこめられているようで興味深かった。
(私見であるが、やはり、横山大観の空気の描き方がすごいと思った他、見るのは初めてであった千住博さんの作品が心に残った。
千住博さん以外、現代の画家の作品があったかどうかもわからないが、千住さんって、やはり、今までの日本画家にはない感性で独自の美しい日本画を描いているところがすごいと素人ながら感心。)

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ドロールさんに、この美術館に行ったら、和菓子をと言われていたのをすっかり忘れて、出てきたが、次回の割引券をもらえたので、また次回も見に行こうと思った。

1Fの窓際の方がカフェになっている他、壁側は、テレビ画面に向かって、椅子が並べられ、色々なビデオが流されて、無料で見ることができたので、山種美術館自体と、近くの國學院大學博物館のビデオを見て来たが、ビデオの中で、山種美術館と國學院大學博物館を一緒に回るように勧めていた。(國學院大學博物館は無料であるし)
そう、家に帰ってから、地図で再確認したら、渋谷郷土博物館のちょっと先に國學院大學博物館があるみたい。
で、まぺさんが紹介してくださったように、國學院大學博物館では、高円宮家所蔵 根付コレクションを展示中のようだし、川端龍子と高円宮さんと開催中に行かねば。

で、美術館を出て、今度はそのまままっすぐ、恵比寿駅の方に行く坂を下りたのだが、山種美術館前という信号を渡ったところにあったのが、お休みではあったが、普通の魚屋さんと八百屋さん、やはり、ここらへんは、昔からの住人がいる昔からの住宅地域なのだ。(皆、自分の土地だから、地上げが起きなかったのかも知れない、でも、少しずつ駅の方から、再開発が進んでしまい、そのうち、景色が変わるかも)

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坂を下りて行くと、以前より、飲食店、それも素敵な飲食店やお店が目立つようになったのだが、歩いていると、突如、巨大なダビデの全身像が出現。
何でも、パパスカンパニーという会社の前に設置されているみたい。(家に帰ってから、パパスカンパニーを検索したら、Bigiグループだって)
ま~、ダビデも含めて、本当に意外なものがひょこひょこ出てくる散歩道、楽しいな~。

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その後、素敵な再開発ビルみたいなところの前を通り、坂を降り切ったところになるのか、明治通りがあって、歩道橋があるのだが、そこの歩道橋の上から、振り返って来た道を撮った写真。(道が消えるところあたりの、左側にほんのちょっと見えているクリーム色が山種美術館?)

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歩道橋を下りて、駅の方に向かうと、橋と川があった、どうも渋谷川という渋谷区の地形を作って来た川のよう。
でも、こんなコンクリートで幅を制限された人工的な川って、川って言う?みたいな感じに思えた。
何だか、健康体の川の真反対で、無理矢理、川でいられるように人工物で補強されたという感じ?
ここまで人工的に手を加えられた川は今まで見たことがなかった(と思う)。

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恵比寿駅前、全然知らないし、第一、どこでも、駅周辺って、チェーン店が多いし、どこにも寄らずに、すごすご御徒町方面に戻ってきたが、美味しい食べ物に当たらずとも、とても楽しい時間が過ごせて、満足。(そうだ、最近買い替えた「ステンレスマグ」に冷たい麦茶を入れて持っていったので、それがあれば、休まないでも元気に歩けるのかも知れない)

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by mw17mw | 2017-06-15 16:02 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(2)

表参道から広尾の丘の上までは、下町人間にとって楽しい散歩道であった!

お祭りの日曜日、朝晩は、動画を撮るために地元にいることにしたが、その間の時間は、ぼーっとしていても仕方がないので、山種美術館に行くことにした。

というのは、先日、根津美術館に行く時に、品川Iさんとか、ドロールさんに相談したところ、根津美術館を出たら岡本太郎記念館とか、山種美術館に行くと良いとアドバイスをされたのだ。
で、岡本太郎記念館はすぐ近くだったので行ってみたが、山種美術館はやたらに遠くに感じられ、よく皆そこまで足を伸ばすなと感じ、やめてしまったのだ。

でも、一度行ってみて、地図が読めるようになってから、改めて南青山界隈のGoogle Mapを見ると、実は、根津美術館と山種美術館は、同じ道路沿いの一直線の関係にあることが読めるようになった。

で、山種美術館のアクセスのページを見ると、徒歩の場合は、恵比寿駅からの徒歩10分のコースが載っていたのだが、私は当然恵比寿駅に詳しくないから、そこから、初めてのところを迷いながら行くのは嫌だなと思ってしまった。
その点、先日、表参道から根津美術館への道は経験したので、表参道から根津美術館前まで行き、その前の道をずっと歩いて行けば、自然と山種美術館に着くはず、これだったら、知ったかぶりで青山に慣れているような人のように、気楽にスイスイ行けると思い、このコースを選んだ。

でもね、いざ出かけようとなったら、面倒くさくなって、「上野の山で何か展覧会やってないかな?」と検索したのだけれど、東博、科学博物館、西洋美術館の3つは、6月は特別展がないみたい、きっと5月のGWで人気の特別展を開催して、6月お休みで、7月からまた夏休みで稼ぐのかな?と思った。
ということで、重い腰を上げ、iPodとイヤホーンを用意して、銀座線に乗って、Smapを聴きながら、出かけた。

そうそう、出かける前に南青山近辺の地図を見たら、先日、根津美術館の時に行ったクリントンストリートベーキングカンパニーなぞがある通りが「骨董通り」だとわかったのだ。
骨董通りなら、知っているし、昔行ったことがあるのに、そこが骨董通りだと全然気づかなかった。
きっと、青山通りから入るのなら、そこが骨董通りとわかったかもしれないと、自分に期待しながら、今回は、根津美術館への道と並行の骨董通りを南下することにした。

でも、青山通りから骨董通りに入っても、ずいぶん変わっているようで、全然知っているお店はなかった、骨董屋さんも少なくなったような気がするし。
また、確か、草月会館があったよねと思ったのだけれど、出てきたのは、「小原会館」であった。(笑)

小原会館よりもうちょっと先に進んだところの右側の路地を見たら、古い小学校のようなものが見えて来た。
「あれは何だ」と思い、そちらの方に進んでもどうにかなるだろうと、近寄ってみたら、青山学院の短大とか幼稚園への入口と建物であった。
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(何だか、頭の中で繋がっていなかったのだが、骨董通りよりもうちょっと渋谷に寄ったところには、青学の大きなキャンパスなので、それは当然なのだが、その時の私の頭の中は、骨董通りより渋谷に寄った方の地図が頭に入っていなかったので、「あ~、ここが青学の短大なのだ」と感激。というか、高校の時、青学の短大を受けて合格したら、ここに通ったのねと思う。ただ、家に帰って地図を見たら、四角っぽい青学のキャンパスの横であり、同じキャンパスの中に行くのに、大学は青山通りの正門から入り、短大と中学・高校・幼稚園なぞはキャンパスの横にある違う門から入るだけの話しだった。)

そのまま、青学のキャンパスの塀に沿って、南下したら、「六本木通り」という標識のある道路の上に作られた高速道路と、その向こうに「Coca Cola」と書いてある高層ビルが見えてきて、あ、あれは日本コカ・コーラの本社に違いないと思う。
で、そこの信号を渡ったら、ラッキーなことに「常盤松交番」なるものがあって、お巡りさんが中に一人いた。
しかし、変わった交番で、普通、交番の横なぞに、近隣の住居地図があるのが普通だと思うのに、何もないのだ。

また、その交番は、正面から見ると、三角形の敷地の一番尖った頂点にあり、交番の両サイドに斜めの道が通っている、そして、交番の後ろには、こんもりとした手入れの悪い林のような土地が広がっていた。
ま~、こんな都心の高級住宅地に、こんな広い空き地があるなんて、一体何?と思った。

ま、しかし、根津美術館からの道を歩くつもりがずいぶん外れた道を進んでしまったので、交番に寄って、「山種美術館に行きたいのですが」と聞いたら、地図を引っ張り出してきて、丁寧に教えてくれた。
その交番の左側の道を進むと、五差路があるので、進んで来た道の2つ右隣の道を進めば都立広尾高校があって、その向かいが山種美術館と教えてくれた。

ついでに、「この交番の裏側に大きな空き地がありますが、あれは何ですか?」と聞いたら、「誰の物かは知らないけれど、普通の人の土地では?」とのこと、ふ~ん、そんなこともあるのか、遺産相続か何かで揉めて、そのままにされているのかな~、それだと、固定資産税が大変だろうなと思いながら、お礼を言って、交番の左側の道を歩いて進んだ。

下の画像の右のクリーム色の建物が交番、その後ろの新しめの黒い柵は交番の敷地のよう。
その向こうのグレーのブロック塀から奥が謎の広大なお庭。

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ブロック塀が続くが、ところどころ、中に入れそうな鍵のかかった門があるのだが、皆、金属の柵は錆びているし、木の門ももうすぐ腐るかと思うくらい古くて質素な印象。
やはり、遺産相続が揉めて、放置されている土地かなと思う。

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でもずんずん進んだら、突然、古いコンクリづくりの細長い立方体の建物が2,3出現。
何て言うか、道路と違う方向を向いて立っているので、中は見えないが、平屋の生活感あふれる団地みたいな感じ。
なんだ、あれは、絶対普通の家ではないし、お金持ちの家でもない、何だろうなと考えているうちに、「東4丁目」という五差路の交差点にたどり着いた。

余りに謎だったので、帰宅後、「常盤松交番」で検索したら、やはり、私と同じような疑問を持つ人がいるようで、yahooの知恵袋に、その土地に関するQ&Aがあった。

あら、あれは、常陸宮邸の敷地だったのだ。
お屋敷は、私が歩いた方とは反対側にあるもよう。
あの細長い立方体は、常陸宮邸を警護するために常駐する警官のための施設に違いない。
私が見た範囲では、お庭の塀も門も古びていているし、鬱蒼とした草木も手入れが悪くて、本当に、常陸宮ご夫妻は、戦争を経験されて苦労されて、人質も高いのか、質素に暮らされているという印象であった。
それにしても、私は、旧高松宮邸が高輪にあったことは知っているが、その他の天皇・皇后以外の皇族は全員、赤坂御用地に住んでいるものとばかり思っていたし、常陸宮邸がどこにあるかなんて、関心がなかったから、そんな、普通に歩いていて、宮邸に偶然当たるなんて、考えたこともなかった。
(「常陸宮邸」で検索すると、住所も出てくるし、別に隠されていることではないよう)

でも、そうではなくて、皇居と赤坂御用地以外に皇族の家が有り得るのなら、こんなに普通に散歩していて、常陸宮邸を発見するとは、やはり、東京ならではの偶然、しかも、下町ではあり得ない偶然でとても楽しくなった。

何だかな~、表参道から青学の横を通って、六本木通りを渡り、常盤松交番から東4丁目という信号の方に上がっていくルートは、思いもかけずに、スーパーマリオの大冒険のように、次から次へと思いもよらないものが出てきて、とても楽しく、気に入ってしまった。

歩いたルートは、この地図の青学のキャンパスの右横(アイビーホールと書いてある方)をキャンパスに沿って歩き、高速道路の通っている六本木通りを渡り、常盤松交番の左の道を歩いて行き、「東4丁目」交差点まで。

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by mw17mw | 2017-06-14 15:43 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)

2017年鳥越祭り 本社渡御

できました!Youtubeに貼り付けることができましたので、公開です。

(音が大きいし、非日常的喚声ですので、気を付けてください)

何でも、このお神輿は、江戸時代からのものが関東大震災で壊れた後、戦前に新たに作られたものだそうです。(太平洋戦争の間は、地方に疎開していたとか)
そういう意味では、最近作られたお神輿に比べ、丁寧な作りで手が込んでいる、風格があると評価されております。
本当にきれいなお神輿なのであります。


また、都内最大級とか、千貫みこし、重さ1tと言われる「鳥越神社のおみこし」の迫力です、喚声のすごさを味わってください。
年に一度お祭りの日曜日に朝6時から夜9時頃まで、十八ヶ町を渡ります。

以前は画像で紹介しておりましたが、画像では迫力が伝わりません、その点、動画は音がつきますので、実態に近い迫力をお知らせすることができます。



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by mw17mw | 2017-06-12 15:47 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)

南青山の根津美術館界隈をフラフラ

南青山の根津美術館に行った時の話が途切れているので、続ける。

表参道の駅で降りて、エスカレーターやエレベータで上に上がれる出口から出たら、青山通りのアンデルセンあたり。
ここらへんは、私でも来たことがある。(なんちゃって、40年くらい前だけれど)
そこを交差点の方に向かって右に曲がって、ずっと行けば、根津美術館の筈。
それにしても、行きも帰りも、他の道を歩いても、大きなブティックが目に入る。
こ~んな大きな土地と建物を買うか借りて、ほんのちょっとの洋服をぶら下げて売っていりゃ、高いに決まっている。
それにしても、知らないデザイナーばかり、あ、「ステラ・マッカートニー」だって、その人なら知っている、ポールの娘でしょう、高級住宅地で親戚や幼馴染の友達の子どもに逢った気分。(笑)
他に帰り道で、「ドルチェアンドガッバーナ」の建物を発見、確か、香取慎吾の隠し子ではと言われた男の子はここのパーカーを着ていたと週刊誌に書いてあったっけ、どう考えても、ただの子どもではなく、金持ちの子どもなのだ。(笑)
ということで、建物やマンションに気圧されたというより、広くて、高そうなブティックがこんなに存在することに気圧された。
今まで、余り深く考えないようにしていたけれど、私って、こんなブティックの一つだって、買わないとしても、冷やかしでも入れないし、正真正銘の貧乏人なんだと、自覚した。(笑)

また、根津美術館に行く前に、その当時、人形町の富士屋本店に行くことをドロールさんと品川Iさんとメールで詰めていたので、どこかランチを食べるのに良さそうなお店を聞いて出かけたのだ。

紹介する順序に意味はないのだけれど、まずは、ヨックモックの本店のカフェを推薦され、ちょうど通りがかりにあったので、見たのだ。
でも、ランチメニューがなかったのか、何かが気に入らなかったか、混んでいたか、もしくは、美術館を見てからにしようと思ったのか、ざっとメニューを見て、通り過ぎた。(ヨックモックカフェの食べログ

他にも、根津美術館の庭園の中にあるNEZUCAFEでも、軽食が取れるとのことで、そちらの方に興味があったのかも知れない。
中でも、このカフェのミートパイは、「以前根津美術館が建て替える前にあったガゼボというカフェの時代から出していたメニュー」とのことで、興味津々。
でもね、お庭を見終わって行ってみたら、行列ができていた上に、ミートパイに売り切れの札が貼られていたので諦めた。
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それだったら、外に出て、岡本太郎記念館を探しながら、もう一軒教えていただいた「クリントン・ストリート・ベイキング・カンパニー」というNYのパンケーキのお店の支店を見つけて、そこで食べようとか思ったけれど、甘かった。
お店は無事見つかって、「あ、空いてそう!」なんて思った私が甘かった。
入口は角の路地を曲がったところで、そこには20人くらいの行列があった。
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ずいぶん、天気の良い日だったし、面倒くさくなった。
岡本太郎記念館も無事見つかったのだけれど、切符売り場の手前にカフェのようなものがあって、そこは切符を買わなくても入れそうだし、空いていたので、一番安いパンケーキのセットを食べてきた。(一番安くても1600円もしたけれど)
それなりに気を遣って作ったものだろうけれど、不味くもなし、美味しいという程でもなし、ま、こんなものでしょうという感じ?
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そうして、庭を見ていると、太陽の塔のミニチュアのようなものとか、岡本太郎作品が沢山目に入ってきた。
私も年を取ったのだろうか、根津美術館のような自然に溶け込んだような芸術・美術を見たのなら、そのまま静かな気持ちでいたかった。
本当に芸術心のある人なら、根津美術館は根津美術館、岡本太郎は岡本太郎で、それぞれの作品をそれぞれに見ることができるだろうけれど、何だか面倒くさくなって、また、後日、岡本太郎さんの作品だけ、見に来ようと思って、帰って来た。
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帰り道、行きに通った稲荷神社の前を通って、多分、色々奉納をした商店等の名前を良く見ていたら、北村薬局と、東食品というお店は先程、根津美術館に行くために歩いた道沿いに、ビルに建て替えて、北村薬局は青山通りの一階に、東食品は、青山通りから根津美術館に曲がる角のビルの半地下にあったのだ。
昔は、こういう普通の商売をしていた家が沢山あったけれど、いつの間にか、地上げされて、一般的な商店はどこかに行ってしまい、今みたいなオハイソな街になってしまったのかも。

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紀ノ国屋も、あのスーパーの紀ノ国屋なのだろうと思う。(その隣が青山通りの北村薬局)


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それにしても、パンケーキとか、パイとかのお店ばかりの地域でびっくり!(私には住めない)

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by mw17mw | 2017-06-08 17:07 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(8)

南青山の根津美術館(初めて)

私は、根津美術館に行ったことがなかったのだ。
それを聞いた品川Iさんが、「あそこが所有している尾形光琳の国宝燕子花図は、色が褪せないように、年に一か月だけGWの時にしか公開されないので、連休中に行くと良い」と教えてくださった。
で、連休中、別に用がなかったので、三連休の一日に行って来た。

ま、周囲の様子とかはまた別に書くとして、根津美術館は、隈研吾さんの設計で新しく建て直されているとのことだったが、建物自体とても素敵だった。
私の中の隈研吾さんの作品って、浅草の観光協会、東大本郷のくろぎが入っている建物、後、行ったことはないけれど、最近では豊島区役所?何だか、実は、余り好きでないのだけれど、この根津美術館のデザインはすごく良かった。

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で、勿論、展示物もゆっくり見たけれど、一番楽しみにしていたのは、お庭
明治39年に、根津嘉一郎さんがその起伏がある土地を気に入って、購入し、深山幽谷の趣のある庭園を造り、田舎家風の建物や茶席を配したとのこと。
だから、ずいぶん、手を入れているとは思うけれど、「明治時代の青山って、こんな自然のあったところだったのだ」という感激がある。
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所々に、茶室や、石や金属の美術品が置いてある。
このお庭にも作者がいるのかと調べたが、特定の人はいないよう。
きっと、根津嘉一郎さんがひいきの庭師と相談しながら、根津嘉一郎さんの美意識に従って、作っていったのかも。

庭の中には川が流れているし、水も枯れていないみたい。
季節柄の燕子花がきれい。(燕子花だと思うけれど)

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下の画像なぞは、本当に日本の各地にありそうな風景。

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本当にゆっくり散策していると、その自然の美しさ、石仏、石の像なぞで、気持ちが落ち着いてくる。
それが、青山であるところがすごい。

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明治時代から植わっている木々かしら?高い!

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by mw17mw | 2017-06-01 17:45 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(4)

北千住界隈-荒川土手に行ってみた

さて、いつもは、槍かけ団子でUターンしてしまう「宿場通り商店街」であったが、その日は、その先の路地に入ったところにある名倉医院と、金八先生のロケをしたと言われる荒川土手に行くべき、先に進んだ。
そうすると、以前、千住七福神巡りのときに歩いた覚えのある建物が見えて来た。
思い出ではこの家は駅から相当遠いところにあるように記憶していたが、実は、槍かけ団子からすぐであった。
しかし、いつ見ても、普通の人の家としては、本当に大きい、
駅の方から歩いてきて、この信号を右に曲がって...。

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まっすぐ行って、一本目の曲がり角を左に曲がると、植え込みのある空き地みたいな家が見えるのだが、それが名倉医院。
「名倉医院」って、全国区で知られている骨接ぎなのか不安だったが、Wikiの名倉家のところに「接骨術の代名詞」と書いてあるから、きっと全国区なのだと思う。
(私が子供の頃の方が良く名前を聞いていたし、東京各地の地名を冠した名倉医院が沢山あった思い出がある、最近でも、新御徒町に名倉医院が開業している)

その日は祭日で、建物の前に駐車場がある作りだったが、駐車場の前に低い可動式の塀があり、祭日だから鍵がかかって、建物近くまで行けなかったのが残念。

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名倉家の前を通ると、向かい側に大きな壁のような土手が見えてくる。
ここまで高い土手というのも余り知らない。
横に階段がついていたので、昇って上に行った。

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階段を上り切ると、そこに車道が通っていて(上の画像の上の方の緑色の帯が車道)、そこを渡ると、更に階段があった。(荒川の水害って、何mを予想して、この土手を作ったのだろう、予想される水位や津波の高さを想像すると怖い)

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先の階段を上って、ようやく、荒川の河原が見えて、この日光街道に近い方の土手は、野球場なぞが作られていて、スポーツをしたい人たちが利用できるようになっていた。

しかし、大きな空と、川が見えるということはすがすがしくて気持ちがよかった。
こんな近くなら、もっと早くから人を案内すれば良かったと後悔。

また、下の画像右側をずっと歩いて行くと、常磐線や東武線の線路や陸橋とぶつかってしまい、それより右側の景色も余り見えず、右側に抜けられなかった。(その陸橋が邪魔で向かい側の東京拘置所が良く見えなかったのが残念)
どうも、河原に下りてしまえば右側に行けそうな感じ。

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しかし、この土手に上ってみて、一番良かったのは、河原全体に広がる空と川ではなく、その反対の住居地の方。
住居地の方を見ると、何だか、普通の家でないような建物の塊が見えて来た、結構広大な敷地に黒い屋根が折り重なるように広がって巨大な邸を作っていた。
そんな風景を見たことがない、例えば、昔の屏風に描かれている雲の間から見える貴族の御殿を連想させたし、不忍池近くの岩崎邸には昔500坪の和風の邸があったとのことだったが、きっと上から見たら、こんな感じだったのではと思えるような立派で大きな屋敷に見えた。
あれは何?敷地内には、他に赤い鳥居とか、日本庭園がちょっと見えて、神社?とも思うし、神社の割には赤い鳥居一つではおかしいということになり、上から見ている分には、何だかわからなかった。(上から覗き見しているわけではないと思う、上から見ても、折り重なる屋根しか見えないから、迷惑ではないと思う)

下に下りてから、そちらの方に回って、それらしい邸の敷地の周囲を回ってみたら、何と、その建物ぜ~んぶ名倉さんちであった。
何だか、江戸時代からこの地に住み着いて繁栄した名家、代々、骨接ぎの名医として多くの弟子を育てているわけだし、昔は修業する人たちを家に住まわせていたのかも知れないから、大きな家が必要だったのかも、そうして、もしかして、関東大震災にも戦災にも小さな火事にも遭わず、こんな古くて大きな屋敷が残ったのかも知れない。

うわ~すごいな、日本国中を探せば、こういう大きな和風の大きな邸はもっとあるかも知れない、しかし、その屋根の重なり具合を高いところから見ることができる屋敷は少ないのではないかと思う。
私はもちろん、全国を良く旅している従姉たちもこんな大きな屋敷を上から見る経験は今までなかったよう。
(名倉さんの迷惑になっていないという前提で)荒川土手の上から見る名倉家はすごい。(また、敷地の端に大きなマンションもできていて、皆、今風のマンションに住んでいて、和の邸は使っているのかどうかは不明。でも、壊さないで残してほしい。)

土手の上から写真を撮ったつもりだったが、逆光だったのか、写っていなかった、残念。(涙)

広々とした風景や素敵な和風建築の屋根の群れを見てから、駅の方に戻り、ファミレスで生ビールを飲んで帰って来た。
従姉たちは、北千住と遠いところに住んでいて、北千住というイメージはテレビで見るままだったので、今まで、「商店街が沢山ある町」というイメージしかなかったが、実際に行ってみたら、「元宿場町であるから、江戸時代から賑やかなところで、商店街だけでなく、その中に歴史や古い物も沢山あるところが良かった」とのことであった。

また、北千住の土手に疎い私は家に帰って、地図を見て反省したら、金八先生のロケ現場になった土手は、今回行った日光街道に近い部分ではなく、北千住駅東口の方から歩いて行く方の土手であった。(その近所の有名なものは、東武スカイツリー線の牛田駅とか、柳原稲荷神社)
こちらの土手の方が向かい側の東京拘置所が良く見えるし、行く価値がありそう。

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by mw17mw | 2017-05-14 09:02 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)

北千住界隈ー宿場通りの看板猫なるとくんは有名ニャンコであった!

佃煮屋さんを出て、北千住駅に続く道沿いにある「大橋眼科」を紹介、それに、北千住には、イトーヨーカ堂の一号店があるわよと、言ったのに、「あら~、見当たらない」、確か、大橋眼科の近くにあるのに...。
そうしたら、大橋眼科よりもうちょっと日光街道の方に行った建物があったところが大きな工事現場になっていた。
きっと、あそこが元イトーヨーカ堂だったに違いない、うわ~、イトーヨーカ堂の一号店が取り壊されているって、時代の流れが余りに早い感じがした。

その2つを確認してから、宿場通りに入り、路地にある本陣跡の説明書きを教えてから、さ~、宿場通りの100キンの看板猫にご挨拶。
と思ったが、相変わらず寝ていた。
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でも、今回は周囲に飾ってあるものがちょっと違って、名前が「なるとくん」であること「アメリカンカール」という種類の13歳のオスであること、触っていい場所と触ってはいけない場所が図解で示されていた他、何と、この子だけではないけれど、ぽちゃ猫ワンダーという写真集 に取り上げられたニャンコとのこと。
(帰ってから調べたら、「なるとクンのブログ」というブログは持っているは、北千住警察にモデルとして雇われていたり、出勤風景を撮影した動画があったり、すっかり有名ニャンコであった、お見逸れしました)

そこまでわかると、何だか、「会えるアイドル」みたいで、この子はただの看板猫ではなく、「街で気軽に会えるアイドルニャンコ」という気になってきた。(笑)

眼を開いているところを見たことないが、写真によると、眼を開けると可愛い顔をした猫さんのよう。
また、この子は、ビルの上の部屋に住むおばあさんに飼われていて、毎朝、エレベータに乗って店頭にご出勤、この場所で眠ってから散歩して、適当な時間にまた部屋に帰るらしい。(一階に下りるのは簡単なような気がするが、住んでいる階に間違わないで帰れるのか、不思議。誰かに階のボタンを押してもらい、一匹だけか付き添いの人がついて帰るのかな?)

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帰りに再びなるとくんの前を通ったら、眼は開いていなかったけれど、顔を上げていたので、目をつぶったままだったが、初めて顔を見ることができた。

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その他、祝日の宿場通りは、普通のお店が結構開いていて、居酒屋さんや飲食関係のお店が閉まっている印象であった。
下の画像の乾物屋さんも営業していたし、その向かいの並びにある、昔からの木造家屋の婦人服の用品屋さんも、最近閉まっていることが多いのだが、その日は開いていて、ご店主のおばあさんの姿も見ることができた。

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その後、宿場通りを歩いたら外せない「紙問屋の横山家」の古い建物と、その向かいにある絵馬屋さんを紹介。(絵馬屋さんは以前は中を見ると、絵馬を書いている作業の道具がまるで働いている最中のように置いてあったが、今はきれいに片づけられているよう)

その日は、荒川土手に行くつもりだったので、それよりもうちょっと進んで槍かけ団子のところに行った。(従姉妹に「やりかけ団子に行く」と言ったら、「作業をやりかけた団子」だと頭に浮かんだら「あら、槍をかけておいて食べたお団子だったのね」というのが面白かった。(笑)

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その槍かけ団子の横の路地を日光街道の方に結構進むと、左側にあるのが「市場食堂 さかなや」というお店で、将来的に行きたいので、場所を確認した。
ただ、「「足立市場」に勤める仲買人直営店ならではの、新鮮な魚介で季節の旬をご堪能!」と書いてある割には、点数が3.58で低くはないが、飛び抜けて美味しいという数字でないところが気になるけれどね。
この日は、このお店は営業していなかったけれど、駅に近い支店である「さかなや別邸」は営業していると書いてあった。
両方ともそんなに並ばなくても良さそうなら、行ってみたい。(湯葉料理もそろそろ飽きたので)

あ、そうそう、芸術劇場の横から槍かけ団子まで歩いてみて感じたのは、北千住駅西口の商店街には、海苔巻き・いなり寿司やお赤飯・お団子を売るお店はまだそこそこ数が残っているのに、パンやケーキの個人商店が全くなかったこと。
宿場通りのホテルの一階に、コンビニスイーツのアウトレットはあるけれど、これだけ、個人のお菓子屋さんがないのも変とも思ったが、きっと、駅前のアトレやマルイのデパ地下の大資本のパン屋やケーキ屋さんにお客を取られてしまい、商店街のパン・ケーキのお店はなくなってしまったのかも知れない。(西口でも駅近に少々、東口にはケーキ屋さん、パン屋さんがあるとのこと)

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by mw17mw | 2017-05-13 09:43 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(2)