カテゴリ:東京都内のお散歩・見物( 340 )

南青山の根津美術館(初めて)

私は、根津美術館に行ったことがなかったのだ。
それを聞いた品川Iさんが、「あそこが所有している尾形光琳の国宝燕子花図は、色が褪せないように、年に一か月だけGWの時にしか公開されないので、連休中に行くと良い」と教えてくださった。
で、連休中、別に用がなかったので、三連休の一日に行って来た。

ま、周囲の様子とかはまた別に書くとして、根津美術館は、隈研吾さんの設計で新しく建て直されているとのことだったが、建物自体とても素敵だった。
私の中の隈研吾さんの作品って、浅草の観光協会、東大本郷のくろぎが入っている建物、後、行ったことはないけれど、最近では豊島区役所?何だか、実は、余り好きでないのだけれど、この根津美術館のデザインはすごく良かった。

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で、勿論、展示物もゆっくり見たけれど、一番楽しみにしていたのは、お庭
明治39年に、根津嘉一郎さんがその起伏がある土地を気に入って、購入し、深山幽谷の趣のある庭園を造り、田舎家風の建物や茶席を配したとのこと。
だから、ずいぶん、手を入れているとは思うけれど、「明治時代の青山って、こんな自然のあったところだったのだ」という感激がある。
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所々に、茶室や、石や金属の美術品が置いてある。
このお庭にも作者がいるのかと調べたが、特定の人はいないよう。
きっと、根津嘉一郎さんがひいきの庭師と相談しながら、根津嘉一郎さんの美意識に従って、作っていったのかも。

庭の中には川が流れているし、水も枯れていないみたい。
季節柄の燕子花がきれい。(燕子花だと思うけれど)

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下の画像なぞは、本当に日本の各地にありそうな風景。

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本当にゆっくり散策していると、その自然の美しさ、石仏、石の像なぞで、気持ちが落ち着いてくる。
それが、青山であるところがすごい。

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明治時代から植わっている木々かしら?高い!

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by mw17mw | 2017-06-01 17:45 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(4)

北千住界隈-荒川土手に行ってみた

さて、いつもは、槍かけ団子でUターンしてしまう「宿場通り商店街」であったが、その日は、その先の路地に入ったところにある名倉医院と、金八先生のロケをしたと言われる荒川土手に行くべき、先に進んだ。
そうすると、以前、千住七福神巡りのときに歩いた覚えのある建物が見えて来た。
思い出ではこの家は駅から相当遠いところにあるように記憶していたが、実は、槍かけ団子からすぐであった。
しかし、いつ見ても、普通の人の家としては、本当に大きい、
駅の方から歩いてきて、この信号を右に曲がって...。

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まっすぐ行って、一本目の曲がり角を左に曲がると、植え込みのある空き地みたいな家が見えるのだが、それが名倉医院。
「名倉医院」って、全国区で知られている骨接ぎなのか不安だったが、Wikiの名倉家のところに「接骨術の代名詞」と書いてあるから、きっと全国区なのだと思う。
(私が子供の頃の方が良く名前を聞いていたし、東京各地の地名を冠した名倉医院が沢山あった思い出がある、最近でも、新御徒町に名倉医院が開業している)

その日は祭日で、建物の前に駐車場がある作りだったが、駐車場の前に低い可動式の塀があり、祭日だから鍵がかかって、建物近くまで行けなかったのが残念。

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名倉家の前を通ると、向かい側に大きな壁のような土手が見えてくる。
ここまで高い土手というのも余り知らない。
横に階段がついていたので、昇って上に行った。

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階段を上り切ると、そこに車道が通っていて(上の画像の上の方の緑色の帯が車道)、そこを渡ると、更に階段があった。(荒川の水害って、何mを予想して、この土手を作ったのだろう、予想される水位や津波の高さを想像すると怖い)

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先の階段を上って、ようやく、荒川の河原が見えて、この日光街道に近い方の土手は、野球場なぞが作られていて、スポーツをしたい人たちが利用できるようになっていた。

しかし、大きな空と、川が見えるということはすがすがしくて気持ちがよかった。
こんな近くなら、もっと早くから人を案内すれば良かったと後悔。

また、下の画像右側をずっと歩いて行くと、常磐線や東武線の線路や陸橋とぶつかってしまい、それより右側の景色も余り見えず、右側に抜けられなかった。(その陸橋が邪魔で向かい側の東京拘置所が良く見えなかったのが残念)
どうも、河原に下りてしまえば右側に行けそうな感じ。

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しかし、この土手に上ってみて、一番良かったのは、河原全体に広がる空と川ではなく、その反対の住居地の方。
住居地の方を見ると、何だか、普通の家でないような建物の塊が見えて来た、結構広大な敷地に黒い屋根が折り重なるように広がって巨大な邸を作っていた。
そんな風景を見たことがない、例えば、昔の屏風に描かれている雲の間から見える貴族の御殿を連想させたし、不忍池近くの岩崎邸には昔500坪の和風の邸があったとのことだったが、きっと上から見たら、こんな感じだったのではと思えるような立派で大きな屋敷に見えた。
あれは何?敷地内には、他に赤い鳥居とか、日本庭園がちょっと見えて、神社?とも思うし、神社の割には赤い鳥居一つではおかしいということになり、上から見ている分には、何だかわからなかった。(上から覗き見しているわけではないと思う、上から見ても、折り重なる屋根しか見えないから、迷惑ではないと思う)

下に下りてから、そちらの方に回って、それらしい邸の敷地の周囲を回ってみたら、何と、その建物ぜ~んぶ名倉さんちであった。
何だか、江戸時代からこの地に住み着いて繁栄した名家、代々、骨接ぎの名医として多くの弟子を育てているわけだし、昔は修業する人たちを家に住まわせていたのかも知れないから、大きな家が必要だったのかも、そうして、もしかして、関東大震災にも戦災にも小さな火事にも遭わず、こんな古くて大きな屋敷が残ったのかも知れない。

うわ~すごいな、日本国中を探せば、こういう大きな和風の大きな邸はもっとあるかも知れない、しかし、その屋根の重なり具合を高いところから見ることができる屋敷は少ないのではないかと思う。
私はもちろん、全国を良く旅している従姉たちもこんな大きな屋敷を上から見る経験は今までなかったよう。
(名倉さんの迷惑になっていないという前提で)荒川土手の上から見る名倉家はすごい。(また、敷地の端に大きなマンションもできていて、皆、今風のマンションに住んでいて、和の邸は使っているのかどうかは不明。でも、壊さないで残してほしい。)

土手の上から写真を撮ったつもりだったが、逆光だったのか、写っていなかった、残念。(涙)

広々とした風景や素敵な和風建築の屋根の群れを見てから、駅の方に戻り、ファミレスで生ビールを飲んで帰って来た。
従姉たちは、北千住と遠いところに住んでいて、北千住というイメージはテレビで見るままだったので、今まで、「商店街が沢山ある町」というイメージしかなかったが、実際に行ってみたら、「元宿場町であるから、江戸時代から賑やかなところで、商店街だけでなく、その中に歴史や古い物も沢山あるところが良かった」とのことであった。

また、北千住の土手に疎い私は家に帰って、地図を見て反省したら、金八先生のロケ現場になった土手は、今回行った日光街道に近い部分ではなく、北千住駅東口の方から歩いて行く方の土手であった。(その近所の有名なものは、東武スカイツリー線の牛田駅とか、柳原稲荷神社)
こちらの土手の方が向かい側の東京拘置所が良く見えるし、行く価値がありそう。

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by mw17mw | 2017-05-14 09:02 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)

北千住界隈ー宿場通りの看板猫なるとくんは有名ニャンコであった!

佃煮屋さんを出て、北千住駅に続く道沿いにある「大橋眼科」を紹介、それに、北千住には、イトーヨーカ堂の一号店があるわよと、言ったのに、「あら~、見当たらない」、確か、大橋眼科の近くにあるのに...。
そうしたら、大橋眼科よりもうちょっと日光街道の方に行った建物があったところが大きな工事現場になっていた。
きっと、あそこが元イトーヨーカ堂だったに違いない、うわ~、イトーヨーカ堂の一号店が取り壊されているって、時代の流れが余りに早い感じがした。

その2つを確認してから、宿場通りに入り、路地にある本陣跡の説明書きを教えてから、さ~、宿場通りの100キンの看板猫にご挨拶。
と思ったが、相変わらず寝ていた。
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でも、今回は周囲に飾ってあるものがちょっと違って、名前が「なるとくん」であること「アメリカンカール」という種類の13歳のオスであること、触っていい場所と触ってはいけない場所が図解で示されていた他、何と、この子だけではないけれど、ぽちゃ猫ワンダーという写真集 に取り上げられたニャンコとのこと。
(帰ってから調べたら、「なるとクンのブログ」というブログは持っているは、北千住警察にモデルとして雇われていたり、出勤風景を撮影した動画があったり、すっかり有名ニャンコであった、お見逸れしました)

そこまでわかると、何だか、「会えるアイドル」みたいで、この子はただの看板猫ではなく、「街で気軽に会えるアイドルニャンコ」という気になってきた。(笑)

眼を開いているところを見たことないが、写真によると、眼を開けると可愛い顔をした猫さんのよう。
また、この子は、ビルの上の部屋に住むおばあさんに飼われていて、毎朝、エレベータに乗って店頭にご出勤、この場所で眠ってから散歩して、適当な時間にまた部屋に帰るらしい。(一階に下りるのは簡単なような気がするが、住んでいる階に間違わないで帰れるのか、不思議。誰かに階のボタンを押してもらい、一匹だけか付き添いの人がついて帰るのかな?)

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帰りに再びなるとくんの前を通ったら、眼は開いていなかったけれど、顔を上げていたので、目をつぶったままだったが、初めて顔を見ることができた。

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その他、祝日の宿場通りは、普通のお店が結構開いていて、居酒屋さんや飲食関係のお店が閉まっている印象であった。
下の画像の乾物屋さんも営業していたし、その向かいの並びにある、昔からの木造家屋の婦人服の用品屋さんも、最近閉まっていることが多いのだが、その日は開いていて、ご店主のおばあさんの姿も見ることができた。

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その後、宿場通りを歩いたら外せない「紙問屋の横山家」の古い建物と、その向かいにある絵馬屋さんを紹介。(絵馬屋さんは以前は中を見ると、絵馬を書いている作業の道具がまるで働いている最中のように置いてあったが、今はきれいに片づけられているよう)

その日は、荒川土手に行くつもりだったので、それよりもうちょっと進んで槍かけ団子のところに行った。(従姉妹に「やりかけ団子に行く」と言ったら、「作業をやりかけた団子」だと頭に浮かんだら「あら、槍をかけておいて食べたお団子だったのね」というのが面白かった。(笑)

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その槍かけ団子の横の路地を日光街道の方に結構進むと、左側にあるのが「市場食堂 さかなや」というお店で、将来的に行きたいので、場所を確認した。
ただ、「「足立市場」に勤める仲買人直営店ならではの、新鮮な魚介で季節の旬をご堪能!」と書いてある割には、点数が3.58で低くはないが、飛び抜けて美味しいという数字でないところが気になるけれどね。
この日は、このお店は営業していなかったけれど、駅に近い支店である「さかなや別邸」は営業していると書いてあった。
両方ともそんなに並ばなくても良さそうなら、行ってみたい。(湯葉料理もそろそろ飽きたので)

あ、そうそう、芸術劇場の横から槍かけ団子まで歩いてみて感じたのは、北千住駅西口の商店街には、海苔巻き・いなり寿司やお赤飯・お団子を売るお店はまだそこそこ数が残っているのに、パンやケーキの個人商店が全くなかったこと。
宿場通りのホテルの一階に、コンビニスイーツのアウトレットはあるけれど、これだけ、個人のお菓子屋さんがないのも変とも思ったが、きっと、駅前のアトレやマルイのデパ地下の大資本のパン屋やケーキ屋さんにお客を取られてしまい、商店街のパン・ケーキのお店はなくなってしまったのかも知れない。(西口でも駅近に少々、東口にはケーキ屋さん、パン屋さんがあるとのこと)

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by mw17mw | 2017-05-13 09:43 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(2)

東浅草 東禅寺

「梅とチーズ」を出て、現金問屋に向かうとき、適当に色々な路地を曲がりながら、自転車を走らせた。
そうしたら、東浅草から今戸方面、大きなお寺が沢山あったのだ。
これらは、江戸時代にこちらに移されたものだろうか、それとも、初めからこの土地に作られたものかなぞ、全然わからない。
(我が家の方のお寺は皆、江戸市中から移ってきたと聞いている)

その中で、あるお寺の前通ったら、大きなお地蔵さんの像があったのだ。
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それを見て、「もしかしたら、街道のスタート地点に作られたという江戸六地蔵の一つではないか」と思ったのだ。
ここだったら、日光街道とか、水戸街道のスタート地点と言えるかも知れない。
今まで、七福神巡りで、新宿のお地蔵さんと、品川のお地蔵さんのあるお寺には行ったことがあり、これで三つ目。
六地蔵の中で現存しているものは、5つだけだそうで、後、巣鴨と清澄白河だから、両方とも行ってみよう。

そのお寺は正面から見ると、右側に大きなお地蔵さんの他、左側に、和服であるが、女性のヘアスタイルが日本髪ではないので、明治以降の銅像だと思うが、老夫婦の銅像が鎮座していた。(その下はお墓なのかな?)
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で、謂われを書いた金属板があったのだが、もう錆びているところがあって何も読めなかったのだが、家に帰って、このお寺の名前である「東禅寺」で検索したら、その老夫婦の銅像の謂れが出てきたのだが、このお二人は、何と、アンパンで有名な木村家総本店の創業者夫妻であった。(やはり、私は食べ物に縁がある)

東禅寺さんの正面で目立つものはその二つであった。
また、東禅寺さんって、何か聞いたことのある名前だと思ったら、実は、このお寺の裏側を私は問屋に行くときいつも通っていたのであった。
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ただ、別に、表に回って見るべきものがあるとは思わなかったので、裏しか知らなかったのだ。(でも、この裏の方は10年以上通っている)
でも、表に回ったら、歴史のあるお寺であることがわかった。

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by mw17mw | 2017-04-29 21:24 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)

台東区寿に、新しいタイプの本屋さん?

昨日、東浅草に仕入れに行くとき、知り合いの人に頼まれ、「ホワイトローズ」という雨具のお店の引っ越し先を正しく把握する必要があったので、寿の裏通りを自転車で走り抜けたのだ。
そうしたら、改装済んだばかりというモダンな外装の1Fが出現していて、「見たことがないな」と思ったので、近寄ってみた。
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そうすると、中は、スカスカの本屋さんという感じ、このモダンさは何だと思ったし、毎日新聞からのお祝いの言葉か何かが外に貼ってあって、謎の建物。
そうしたら、中を覗いている私に気づいた中の男の人が出てきて、「今日からオープンで、11時からです」(もしかしたら12時~と言ったかも)とのこと。
ちょうどその30分前くらいだったのかな、偶然オープンの日に前を通ったのはラッキーだったのだけれど、30分早過ぎて入れなかった。
その男の人によると、「絵本とか、文章を書くための本の本屋」とのこと。
へ~、新しいタイプの本屋さん、成功を祈る。(その後、時間があったら、入ってみよう)

しかし、下記資料で、名前を入れて検索したけれど、HPもまだできていない模様。
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Readin' Writin'
Bookstore
台東区寿2-4-7
銀座線田原町からが一番近いと思う。


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by mw17mw | 2017-04-24 09:05 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)

東銀座と銀座ガス灯通りに残っている昭和の香り

花山うどんまでは、日比谷線を東銀座で降りて、歌舞伎座のエスカレーターを上がって、表に出た。
(そうそう、銀座は歩いているだけで刺激の多い街、今回一番びっくりしたのは、地下鉄の通路で見かけた、小学生のHIPHOPダンスチームと思われる女の子たちとそのお母さんの集団。
女の子たちはお揃いのズボンとコートを着ているだけでなく、全員ではないけれど、髪の毛を金色に染めて編み上げた上に、明らかにお化粧していて、きっと、何かのショーに出たか、コンテストに出てきた帰りだろうか、その風情が、小学生というより、パフォーマンスに責任を持っている一端の芸能人という雰囲気。ふえ~、いや、皆良い子かもしれないけれど、私が小学校の先生で、生徒が髪の毛染めてお化粧してHIPHOPダンスチームの花形と頑張っている子がクラスにいたら、話が通じるかしら?とか思ってしまった。ま~、今の時代、そのくらいで驚いていたら、先生は務まらないのだろう)

さて、地下鉄の駅を出て、歌舞伎座の正面に見て、右側、文明堂との間の路地を入っていくと、先日紹介した白金や(プラチナヤ)といういなり寿司屋さんがあり、その先に、シチュウで有名な銀之塔の看板があって、そこに行列ができていた。
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(行列でなかったら、銀之塔に入っても良かったのだけれどね、ここも何十年も行きたいと言いながら、行っていないお店)
「あ、ここが銀之塔なのだ」と従姉たちと話しながら見てきたが、家に帰って調べると、銀之塔の本店は、同じブロックの裏側にあるみたいで、私たちが見つけたところは別館のようだった。

で、その先だと思うのだが、何でもオムライスで有名なYOU という喫茶店がある筈なのだが、その日は行列ができていなかった。
以前、別の日に行った時に、喫茶店に行列ができていたので、あのジョンとヨーコが良く行った喫茶店かしら?と思ったら、YOUだったみたい。

そうして、花山うどんに着くほんのちょっと手前に、若い人たちの行列ができていたお店こそ、ジョンとヨーコが通ったという樹の花という喫茶店
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結構面白いお店が多くて、文明堂から花山うどんまでの間は歩いていて楽しい。

お店に着いたら、従姉たちは、東銀座の表の方はわかるけれど、裏の方まで来たことがないと喜ばれたので、知っている限りというか、思いつくだけ案内した。

言われてみれば、そうかも知れない、私が東銀座界隈をウロチョロするのは、築地まで自転車で行った帰りなのだけれど、色々な路地を走ると、昭和通りより都心側の銀座は、殆ど個人の小さな家が消滅し、大きなビルに建て替えが進んでしまい、昭和の香りが殆どないのに、昭和通りから築地までの間はほんのちょっとだが、個人が住んでいる昔の家、昔の商売が残っていて、昭和の下町を感じさせるものが結構目に入って来て面白い。(その地域は昔は木挽町と呼ばれた地域?)

歌舞伎座の裏側には、お米屋さんがあって、実は、年末に前を通ったら、どうも仕事納めだったみたいで、米袋を積み上げてあるお店の通路にテーブルをセッティングして、ごちそうとビールを並べて、大勢の男の人が作業着のまま、そこで打ち上げをしていたのを見かけたのだ、何だかな~、いいな~、未だにこうやってお店で仕事納めする商店があるなんて昔風で素敵!と思ったのだ。
そのお米屋さん、写真を撮ってくるのを忘れたので、今、ネットで調べたり、探したら、このような画像が見つかった。
このお米屋さんは、銀座方面で手広く業務用のお米を扱っている銀座米販売所という会社の支店のよう。
お店の中に米袋が積み上がっているし、その建物の左隣の路地は本当に昔の下町風の建物が建っていて、本当、昔、銀座の裏側ってこういう町だったのかもと思わせる。

その他、マツコの知らない世界で知った「チョウシ屋」という揚げ物屋さんがあって、ここまで従姉たちに場所を教えて終わり。
チョウシ屋は、一度行きたいのだが、土日月祝日お休み、勿論、盆暮れ正月休みというお店なので、買うことはおろか、開いているのを見たこともない。
でも、美味しそうなので、一度行きたい。

家に帰ってから思い出したのだけれど、「そうだ、あそこらへんだと、古い中華そば屋さんがあって、昔はよく雑誌に載っていたものだった」と思い出した、確か、名前は萬福
場所がマガジンハウスの裏だということもあり、今ほど、ラーメン店が多くなかったころ、雑誌で、よく、老舗として取り上げられていたと思う。
それは、もう40年くらい前のことで、私はずっとそこで食べてみたいと思いながら、東銀座方面に行くことは殆どなく、お店を見つけたのはつい最近で、入ったことがない。
あのお店、中華そばで有名だったような気もするし、冷やし中華だったような気がする。
どちらにしろ、今、調べたら、大正4年からのお店なのだって。
昔風の東京の中華そばが好きな人は行くべきだろう。

と紹介したものだけでなく、東銀座駅の歌舞伎座の裏当たりの路地をふらふらすると、色々な小さなお店があって、楽しい。(でも、きっと、平日の方が営業しているお店が多いと思うから、できたら、平日フラフラがお勧め?)

それから、三越でぼた餅を買ってから、広島のアンテナショップに向かったのだが、今回何気なく、中央通りの一本有楽町寄りの道を歩いたのだ、そこは、「ガス灯通り」という名前の通りで、煉瓦亭とか、グリルスイスがあって、ここらへんも昭和の香りだねと思いながら歩いていたら、白いばらという昭和の香りぷんぷんの昔風キャバレーが出てきて、わ~、まだ、こういうキャバレーさんが銀座に残っていたのだと私、大喜び。(昭和6年創業なのだって)

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銀座って、表通りは、シャネルだ、ヴィトンだ、ブルガリとか、世界の超一流のブランドのビルばかりになってしまったけれど、一本奥に行けば、白いばらがあるって、面白かった。(銀座の小さなバーは4丁目から新橋にかけて多いのは知っていたが、まさか、中央通り一本裏手の銀座三丁目にこういう大きなキャバレーがまだあるって、意外だった。)

お店の前には、日本列島の地図が貼ってあって、各県の出身別に女の子の名前が書いてあり、「あなたの郷里の娘を呼んでやってください」とのこと。(石川県、富山県、滋賀県は、現在募集中であった。)

このお店の正面の端に貼ってある募集看板も昭和チックで、おっとりしているし、何故かやかんが写り込んでいるところが昭和チック?(笑)

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銀座の路地を探せばまだまだある、昭和の香りかな。


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by mw17mw | 2017-04-11 17:37 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)

蔵前にVAN?

後で、他の記事も書くけれど、本日の朝、面白いお店を見つけたのでご紹介。

---本題です---

今朝は、色々な用を済ませた後、蔵前の江戸通りの方に行って、PIAGOというコンビニのようなところに、イトウ製菓のお菓子がないか見に行ったのだ。
見事なかったのだが、そこから家に向かう途中、新堀通りという合羽橋に繋がる道に出る手前で、VANの看板を発見、しかも、そこには、VANの製品が並んでいた~。
ここは確か、以前は、ペルシャじゅうたん屋さんだったと思うけれど、いつの間に、VANのお店になったのだろう?


そうして、家に帰って「VAN 蔵前」で検索したら、このお店の隣のビルにVANの本社があることが分かってびっくり。

きっと、表のビルの一階が空いたので、ショールームになったのかも。

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(この画像は、新堀通りから、江戸通りの蔵前駅の方を写したもの)

それにしても、VANの本社が蔵前だって...。(昔は青山にあったりして、恰好良かったけれど、ま、蔵前のステイタスが上がったと考えよう)

このお店の並びに住んでいた中学時代の友人はVANが大好きだった、今はお嫁に行ってもう住んでいないけれど、このことを知ったら、びっくりするに違いない。

これを機にもっとおしゃれな街になって欲しいような、欲しくないような。(笑)

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by mw17mw | 2017-04-05 15:24 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)

2017.03.11の築地場外-半久商店の廃業

今日、根津の方に行くついでに、笑点のメンバーである三遊亭好楽師匠の口から良く出る「池之端しのばず亭」という寄席の場所でも、確認しようと、不忍通りの一本西側の道を探したのだが、寄席らしいものは全くなかったのだ。
寄席なら、のぼりが立っていたり、今日の演目を書いてあると思ったのだけれど...。
仕方がないので、スマホで、三遊亭好楽さんのWikiとか住所、Google Mapで場所を検索したら、だいたいの場所はわかったのだが、寄席はなかった。
そうして、住所を辿っていくと、三遊亭好楽さんの本名をローマ字で書いた普通の家が一軒見つかっただけ。
あれが「池之端しのばず亭」?何だか、ずいぶん大げさな感じ。ちょっとがっかり。

---本題です---

先週の土曜日築地場外に、じゃこを買いに行ったのだが、まさかの....。
そう、自分のブログをチェックしてみたら、品川Iさんが推薦してくれて、2010年からずっとじゃこを買っていた半久商店がもぬけの殻で、シャッターが閉まっていた...。まるで、隣の魚河岸千両というお店の看板置き場になってしまった。
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今回じゃこを買いに行ったのは、山椒ちりめんがない生活が長くなったので、作ろうという気になったから。
ということはもしかして、今年になってから、半久さんに行っていなかったのかも。
それにしても、本当に何から何まできれいに掃除して何も残っていなかった。

淋しいな~、あそこは、秤もレジも古いままで(あ、もしかして、レジなかった?)、そろばんで計算していた、昭和と言っても、30年代とか40年代の香りの強いお店だったのだ、お店の人たちも何となく我が亡父を思い出させるような床屋さんで切って来た七三の頭とか、服装も何となく父に似ていた、そこも魅力的だった。
後から聞いた話では、兄弟二人でやっていたお店なのだけれど、昨年夏お兄さんが亡くなった後、弟さん一人で頑張っていたとのこと。(お店の人は他にもいたと思うのだけれど)
築地は、もう会社組織にして時流に乗って行こうと決心したところはまだ持つかも知れないけれど、家族だけで昔からの商売を細々と経営している家は、メンバーの一人が倒れれば、皆風前の灯。

あ~あ~、築地からまた昭和を感じさせるお店が一つ消えてしまった。
場外は一見栄えているように見えるけれど、昔からのお店が商売をやめると、その後に、現代の商売上手な派手なお寿司屋さんや飲食店が入ってくる感じ?
だから、場外が栄えていると言っても、お寿司屋さんばかりだし、昔からのお店でも、歩きながら食べられるものを開発して、観光地化して生き延びている感じ?

私が築地に通い出して20年くらいなのだけれど、その20年前でも、表通りに面していない建物の中のお店なぞ、殆ど店じまいしていたから、その前の場外に比べたら、商売をしているお店はずいぶん減っているのだろう。

ま~、嘆いても仕方がない、場内なら、1kg単位でじゃこを売っているお店はあるけれど、場外だと、もう一軒、松露という玉子焼き屋さんの並びに、しらすとじゃこを味見させてながら、売っているお店があるので、そこに行ってみた。
そうなのだ、素人がじゃこを買う場合、100g単位で売ってくれることと味見させてくれることが条件。
この松露の並びのお店は、「しらす家」さんというみたい。

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味見して、選んで買った。(その日の目玉商品のじゃこが安かったが、それは味見できなかったのか、やはり、目玉だから味が薄かったので、選ばなかった。)
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今回、何だか、この2,3年、場外に行ったときに感じる混み具合より若干であるが、空いてきているように感じて、場外の中を久々うろちょろ歩いてみた。
そうしたら、何軒か、じゃこを売っているお店はあったのだけれど、味見させてくれるところは中々ないみたい。(寿屋さんが味見付きで売っていた)

フラフラ歩いていると、私の後ろにいた二人組の男の子たちが「まぐろとカニとどっちが強いだろう?」と話しているのが聞こえ、横を見ると、すごい看板ができていることを発見。
その後、その二人の男の子たちは、「あれは、戦っているのだろうか?愛をささやき合っているのだろうか?」と話していて面白かった。
ま、本当に築地場外のテーマパーク化は止まらない。

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場外の一階はお店がぎっしり並んでいるけれど、上を見ると、古いビルの2階以上は昔は、アパートで、働いてた人たちが住んでいたのかも。
見ると、もう古過ぎて、誰も住んでいないみたい。
誰の所有の老朽化したビルかわからないけれど、一階しか店子が入っていないって、結構不経済な気がした。←でも、倉庫で貸している可能性はあるけれど(建て直したくても、これだけ混みあう街だと難しいかも)
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by mw17mw | 2017-03-19 19:28 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)

北千住の商店街フラフラ2017.03.04

今日は、広島Iさんとデート。
まずは、北千住の宇豆基野で予約を取った朝食を食べ、その後、少しだけ北千住をフラフラした後、電車に乗って、新三郷のIkeaに行くというコース。

順番には書きたいのだが、今日は時間がないので、北千住の商店街で見つけた面白いものを紹介。
(今回は、宮島の厳島神社が身近にある広島Iさんには、東京の神社なぞ、よほどのものでないと面白くないのだろうと、寺社仏閣は省略、ついでに、市場も省略して、北千住のどこまでも広がる商店街に重点を置いて案内した。)
いつも、北千住に行くときは日曜日が多いけれど、実は、平日か土曜日が面白いことを発見。

さて、最初はテレビの宣伝。
実は、2月にNHKのBSで放送された「千住クレイジーボーイズ」を放送される前に宣伝をするのを忘れた。
でも、私だけは見たのだが、面白いのか、面白くないのか、何が言いたいかちょっと中途半端な物語であったように感じた。
だいたい、これから毎週放送される連続ドラマの導入部みたいな作り方だったのに、実は単発ドラマであったので、びっくり。
それが、千住に行ったら、「3月11日(土)午後4時から、NHKBSプレミアム」で再放送という看板があった。
凄く推薦はしないが、見れば、それなりに面白いと思うし、ドラマで伝えたいことは伝わっているので、推薦。
特に北千住に関心のある方に見ていただきたい。
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これは、確か、「だんごの美好」というお店の太巻き?
私は、北千住の商店街に団子屋さんが多いところがとても気に入っているのだが、今まで見た団子屋さんの中で、この「だんごの美好」というお店が一番混んでいた。
きっと店名通り、お団子が美味しいのだけれど、私の眼にとまったのは、太巻き各種。
太巻き、シーチキン巻きは普通?しいたけ巻きや高菜巻きが新鮮で美味しそうだった。
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一人で歩いていると、お団子屋ばかり見つける私、今回は、広島Iさんが一緒だったので、北千住の中で、もっと楽しいもの、きれいなものが見つかった。

これは、宿場通りを入ってすぐの、左側のお店の前に看板猫がいるのを広島Iさんが発見。
そのお店は、100キンであった。
うちのニャンコと同じで、猫小屋に電気あんかを敷いた環境で寝かせられている猫、でも、うちのと違って、ちゃんと看板猫の仕事中。
話しかけても、どんな音がしても、びくともしないで寝ている大きめのニャンコ。
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反対側に下のようなメモが貼ってあるのを広島Iさんが発見。
うちのニャンと似ている性格かなと思うけれど、背中は撫でさせてくれるみたいだから、うちの子より大人?
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ここは、100キンのお店をもう少し進んだところにあった乾物全般の「大塚商店」だったかな?
大きなタラの干したものが売られていて、一つ7千円程度!
小さい時に食べた覚えのある広島Iさんと盛り上がる。
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その先、絵馬屋さんの方に向かって歩いたが、そのちょっと手前、右側に昔風の八百屋さんがあって、ほうれん草が75円、春菊が50円と、物によっては相当安い八百屋さん。

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びっくりしたのは、ハーブが一袋1円、一箱だと12袋入っていて10円とのこと。
ハーブの種類はチャービルとパースリーだったかな?知らない名前のハーブ、もう一つは忘れた。
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何だか、こうやって並べると、北千住って、やはり、個性豊かなお店が多くて楽しい。
他、広島Iさんに、子供服なぞの激安なお店(というか、ビル一棟全て安い店)を紹介したかったが、どこにあるか、わからず、教えられなかったのが残念。

槍かけ団子まで案内した後、マルイの屋上に行って、歩いて行くと結構距離のある大きな荒川と土手を紹介。
(下の画像はそちらではなく、スカイツリーが写っているけれど)
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屋上で広島Iさんが見つけた花、これ、センスあるよね?
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by mw17mw | 2017-03-04 22:41 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)

2017東海七福神巡り-天祖・諏訪神社から立会川まで

本題に入る前に、
本日、整形外科で、骨粗しょう症の検査をしたのだが、無事、骨粗しょう症ではないことが判明、ほっ。
検査結果に、「同年齢の人に比べて、骨密度が高いです」と書いてあった。

---本題です---

旧東海道は、第一京浜の沿線とはまるで反対で、大きな高層マンションと通行する自動車がなく、一軒家ばかりで、全く違うムード。
(ま、どこでも、大きな道路沿いは高層マンション、一本入ると個人宅ばかりというのがパターンであるけれど)、

それに旧東海道には、数は減るばかりだろうけれど、昔の木造家屋が残っており、それを探しながら歩くのも楽しかった。
(その昔の木造家屋の画像は近々まとめて載せるつもり)

そうして、磐井神社に続いて着いたのが、福禄寿の天祖・諏訪神社。
両社は、昭和40年に合祀したとのことだが、鳥居の前に「天祖神社」という石碑があったから、場所は、元天祖神社の方だと思う。
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天祖神社を出たところだろうか、細い川があって、お水の色が人工的。
水色とか緑の絵具に白を混ぜたようなどんよりしたお水、藻が発生しているのだろうか、これが「立会川」だった。
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旧東海道をもうちょっと北に進むと、左側に商店街が見えた、「立会川商店街」
お店も多くて、結構元気な生きている商店街で、そこをずんずん進むと、坂本龍馬像があった。
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果たして、すぐに「坂本龍馬像」が出てきた。
立会川には、江戸時代、土佐藩下屋敷があって、江戸遊学中の坂本龍馬は、ペリー来航時に、土佐藩警備のために、この下屋敷に招集されたという話に基づいてここに銅像を作ったのだろう、だったら、この銅像のあるところは土佐藩下屋敷?と思ったが、家に帰って調べたら、違う場所であった。
土佐藩下屋敷は、第一京浜に面している「東京都品川区東大井3丁目18」というところにあったみたい。
その頃、坂本龍馬は、お玉ヶ池の千葉道場にいたということは、「千代田区岩本町2丁目」在住だから、一日がかりで歩いて行ったのだ。
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また、旧東海道の方に戻って、橋に建てられている札?を見ると、浜川橋と涙橋と書いてあった。
南千住の方でも、今は川も橋もないけれど、明治通りに「泪橋」(なみだばし)という交差点がある。(明日のジョーで有名?)
やはり、南の方の鈴ヶ森刑場近くにも同じ名前で呼ばれた橋があるのだと感慨深かった。

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立会川って、こんな色になってしまい、水が流れていないのかな?海への出口をふさがれているのかなと思ったが、地図を見たら、ちゃんと出口は海に繋がっていた。
だったら、源流は?と、Wikiを調べると、目黒区の碑文谷池と清水池なのだって。
で、月見橋から上流は暗渠となると書いてあるから、雨以外に新しいお水が入らないだろう。
Google Mapで、立会川をさかのぼってみたら、東海道本線手前で、終わってしまった。
今後、どうなるのだろう?
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by mw17mw | 2017-01-19 12:10 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)