カテゴリ:料理よも山話( 28 )

イクラのおにぎりにはまる

昨年秋に、筋子をイクラにすることにはまり、何度も作ってしまった、それも、醤油漬けと塩漬け。
殆ど冷凍して、お正月に使おうと思ったのだが、そうそう沢山食べられるものではないようで、未だに冷凍庫に沢山残っている。

で、仕方がないのでというか、以前、秋葉原の卓球場の近所の「北海道」を売り物にしているお弁当屋さんのメニューに「スジコのおにぎり」があったことを思い出した。
(それを食べたかというと、発見したのが、初夏から秋だったせいか、看板には「スジコのおにぎり」と書いていながら、そういうおにぎりは一度も並ばなかった。
それを見て、「気候が寒くならないと出てこないかも」と遠めに見ていたが、そのお店は、開店して半年くらいで、店じまいしたみたいで、なくなってしまった。

その時から、筋子のおにぎり、食べてみたいなと思っていたので、余った冷凍イクラでおにぎりを作りだしたのだが、とても美味しく気に入っている。

1.ご飯は、冷凍ご飯をチンしても何しても熱々。
2.イクラは解凍して、お酢を少々かける。
  (醤油のイクラは水分が多いので、ざるに取って、水分を切っておく)
3.(私はおにぎりは100キンのおにぎり器で作るので)
  おにぎり器本体と蓋に塩をして、ご飯を詰めて真ん中に穴を空け、イクラを突っ込む。
4.上からご飯を被せても、全部に被せるのは無理みたいなので、無理をしない。
d0063149_22374987.jpg
5.焼き海苔1/4枚に乗せて、こぼさないように食べる。
d0063149_22375573.jpg
とても美味しくはまっていて、良く食べている。
イクラは一度戻しても冷蔵保存しておくと、結構長く持つみたい。(と言ってもどのくらい持つかは不明)

あ~、後1か月くらいすると、イクラはなくなってしまいそう。
今年の秋も大量につくろうっと。

[PR]

by mw17mw | 2017-01-22 22:38 | 料理よも山話 | Comments(0)

生き残った私の「料理本」

「小林カツ代と栗原はるみ」の本を読んだ感想をまとめようと思ったけれど、これが中々難しい。(もしかして、老化のせいかも)

だから、代わりに、現在、自分の持っている料理本の写真を撮ってみた。
ちょうど2年前に断捨離をして、殆ど整理してしまった残りである。
キッチン近くの棚に置いてあるのは、ベターホーム・婦人之友社の単元別百科事典的料理本と、女子栄養大学発行の多分調理師さん向けの便利なガイドブックとかベーシックデータ。
一番左の背表紙が取れている本は、土井勝さんの「四季の日本料理」という本で、もしかしたら、この本が私が買った最初の料理本かも知れない。(40年以上前に発行された本で、5百種類くらいの和食のレシピが載っている)

d0063149_09452912.jpg

その中でも良く使うのは、ベターホームの「かあさんの味」と「家庭料理」、現在、自分のご飯しか作っていないから、実はこの2冊だけで十分足りている。

そうして、納戸の中にも本棚があるのだが、そこにしまってある料理本たち。
(これ以外にもまだ20冊くらいは捨てないで取ってある)
d0063149_09452962.jpg

料理研究家関連では、やはり、辰巳芳子さんの本が5冊、小林カツ代さんの本が3冊、入江麻木さんの厚い豪華本2冊、その他、この本には取り上げられなかったけれど、佐藤雅子さんの「私の保存食」も捨てられない本。
また、若くして他界したのが残念な料理研究家「滝沢真理」さんの本も取ってある。

その他は、暮らしの手帖関連の「一皿の料理」他、後、文芸春秋社の暮らしの設計シリーズのムック本、クロワッサン関係の「あの店のあの料理の真似をしたい」とその続編、日本料理では、湯木貞一さんの「吉兆味話」、野崎洋光さんの料理本、イタリア料理では、落合勉さんの本を持っている。
そのほか、紹介しだしたら、きりがないのだけれど。

ただ、今回、改めて、自分の料理本関係の本棚を見たら、「そうか、私は人のために毎日毎日料理(主に夕飯だけだけれど)をしなくてはいけなかったのは、そんなに長くなかったのだ。
だから、毎日毎日の献立に悩んでいないことはなかったけれど、家人たちの舌が保守的で、新しい味の料理を受け付けなかったこともあり、母親が私の横で一品・二品作ってしまうこともあり、その手の料理本を必要としなかったのかも。

また、ある程度、料理経験を積むと、手元に置きたい料理本は、誰それさんの本ではなく、百科事典的な本になっていくのだろうなと実感している。
今の時代、レシピなぞ、本を見なくてもネットでいくらでも検索できるし、こんな「手元に置いておく料理本」というのも本当は不要なのかも。

納戸に置いてある本は、時間に余裕がある時に眺める程度の本になっていて、本当に時たましか利用しない。
でもね、今まで買った本の中で、私に新しい世界とか、知らなかった世界を教えてくれた人の本が主。

それは、ごく普通の本を読むときと同じで、友達になれる、作者や編集者と心の交流があった本を取ってあるのかも。
今までに購入して整理してしまった本の数の方が多いのだけれど、自分にとって「価値がある」、いつでも読めるところに本を置いておきたいと思える料理研究家と巡り合えたことは幸せかも。

「小林カツ代と栗原はるみ」については、もっと自分の中でまとまったら、書きたい。
[PR]

by mw17mw | 2015-10-03 09:54 | 料理よも山話 | Comments(0)

小林カツ代と栗原はるみ 料理研究家とその時代

題名から、この小林さんと栗原さんの比較の本かと思って、図書館から借りてきた。
そうしたら、このお二人についてもしっかり分析され、書かれてはいるのだが、それより何より、戦後から始まる、活躍してきた女性の料理研究家とその時代背景についても、きっちり記されていた。
そもそもは、戦後すぐに活躍された江上トミさんから始まり、それぞれの時代に必要とされた料理研究家が取り上げられ、ピークは、小林カツ代と栗原はるみにページが割かれ、最後は、ケンタロウ・コウケンテツ・栗原心平の男性料理研究家3人と高山なおみで終わっていた。

この本は、2015年5月発行なのだが、最近発行されたということが象徴的だ。
戦前の家父長制度が完全否定され、男女平等、結婚は両性の合意という価値観から始まり、それが徐々に社会に浸透してきたのが、戦後から今までの日本なのかも知れない。
それと同時に、日本料理だけではなく、世界中から新しい食材・料理に関する情報が入って来た時代。

そんな中、戦後の混沌とした時代から徐々に落ち着きを取り戻し、テレビも普及しだした時、求められたのは、誰もが納得する経歴・知識・人柄などだったのだろう、それが最初江上トミさんで始まったのかも。
その頃から、いつまでだろう、子供を育て終わった、色々料理を勉強してきた女性が「料理研究家」となったことが多かったけれど、いつの頃、小林カツ代さんくらいから、現役の子育て中のお母さんが「料理研究家」として活躍し出したのかも知れない。

やはり、その後の時代の流れが早かったのと、一番料理研究家を必要としているのが、結婚してお母さんになった人たちだったからかも知れない。

で、この本を読んでいると、やはり、昔から、料理が得意だったお母さんを持つ人が、結婚して、習った通りの場合もあるし、味の記憶だけの場合もあるのだが、料理を得意とするお母さんになって行くことがわかる。
そして、最後、ケンタロウ・コウケンテツ・栗原心平の男性料理研究家だって、結局、全員お母さんが料理が好きで得意だった息子ばかり。

そうなのだ、この本の最後までは、全員、「家庭として料理を大切にし、母手作りの料理を当然のように食べていた家庭の子」だけが、料理研究家になっていた。(ただし、高山なおみさんについては、詳しくないので、触れない)

それが、日本の戦後も70年にもなってくると、結婚しても、仕事を捨てる人は少なくなり、専業主婦の数が減っているし、離婚率は50%なのだって。
そうなると、お母さんがご飯を作ってくれて、夜でも朝でも、親とご飯を食べるのが普通という家庭はどのくらいの割合なのだろう?

スーパーに行って、レジに並ぶ時、前の人のかごの中身を見るとはなしに見てしまうと、皆、お惣菜とか、家に帰って、ラップをはがせば、すぐおかずになるものが入っている。(私も買うから仕方がないと思う)
日曜日の夕方、親と子、夫婦、皆で買い物に来て、それぞれ、「これを食べたら、自分が嬉しい」と思える料理を作る段階からの素材か、忙しくて作る時間がなかったら、出来上がりのお惣菜をかごに入れていく風景を見て、これが現代だなと思う。
ほのぼのとした風景で、これはこれで良いのかなと思う。(というのは、お金だけ渡されて、お弁当を食べつないでいる家庭の子も多いという話を良く聞くので。)

そうそう、この本を読んでいて、最後の3人の男性料理研究家は、何といっても、料理が得意なお母さんの下で育った人たちだと気づいた時、こんな、女性が「職業・職業」と家庭に入るより、一生の職業を求め、自分らしさを求めている時代、そうして、お金を稼げば、相当の家事を誰かが代行してくれる時代になったと思う。
(職業職業と言う女性が多い感じはするけれど、今の時代、女性の価値観が多様化しているという言い方の方が今の時代を表しているかも。)

そうなのだ、何やかやと言って、今までは、「家でお母さんの作った料理を食べる」のが当たり前の日本の家庭が、今では当たり前ではなくなっっているような気がするのだ。

今後、どういう環境に育った人が「料理研究家」になるのだろう?と思うと、全く見当がつかない。

ま~ね、世の中、インターネットの時代になってしまい、レシピを検索するだけだったら、Cookpadがあるし、Cookpadの一つひとつのレシピの方が、等身大の仲間のレシピという感じがするかも知れないし、今後は、一世を風靡した料理研究家の出現は無理なのかも知れない。

と思ったのが、この本を読んだ最初の感想。(続く)
[PR]

by mw17mw | 2015-09-20 22:34 | 料理よも山話 | Comments(0)

おにぎりについて言いたいことを書いてみた

おにぎりといえば、東京では、大塚のぼんごが一番有名だけれど、私が行ったのは、今調べたら、何と15年前でそれが最初で最後であった。(その後、護国寺にぼんご弐を見つけ、行ったことがあるが、気に入らず、一度切り。今調べたら、ぼんご弐は、現在「ぼんたぼんた」に名前を替えて、ぼんごとは別れたみたい)

その15年前の情報で、ぼんごのおにぎりを語るのは気が引けるが、ご飯と海苔と握り方やご飯の温度は気に入った。
しかし、たくさんの種類の具が用意されていたのだが、そのお漬物などが、ビニールの大袋に入っていたのを見たのかな?
あら、これは、どう見ても、築地の場外の漬物屋さんで大量に販売されている漬物、大衆的なな食堂やお弁当屋さんが「味より値段」で買って行くようなものに見えたのだ。
それに、たらこも、何だか、しっかりほぐしてあるものが、マヨネーズに使われる大きなチューブに入れられたものだったと記憶している。(以上十年以上前の話で今は良くなっているかも知れない。)

しっかし、その具材が気に入らないということ以外、私は、朝ご飯以外、おにぎりにお味噌汁だけという組み合わせが好きではないみたいで、ぼんごを初め、イートインのおにぎり屋さんから足が遠のいていた。

でも、「ここは完璧」と思えるおにぎり屋さんは、もしかしてないのかも。
皆、良い点に着目して、自分後合わない点は、目をつぶって付き合っていくしかないかもとは思う...。

その他、数年前、家の近所にも、持ち帰り専門の棚田というお米にこだわったおにぎり屋さんができて、評判が良いみたいなのだが、私は、このお店のご飯の温度が低いということで、近隣に住みながら、2、3回しか買ったことがない。(あ、もちろん、ご飯は常に冷凍してあるし、自分で作れば十分美味しいということもあり)

そうなのだ、冷めたおにぎりなら冷めたおにぎりとして美味しく食べられるのだが、このお店は、注文を聞いてから握ってくれるのだが、注文を聞いて握ってくれても、ご飯がやたらにぬるいのだ、実はそれが気に入らないので、美味しく感じられない。(笑)
ふつう、注文を聞いてから握るのなら、もっと熱々のおにぎりが出てくると私の頭は勝手に期待してしまうのに、出てきたおにぎりは、歩いて3分もかからない家に帰ってすぐ食べても、相当ぬるいのだ。
それも、熱かったのがぬるくなったというぬるさではなく、熱いおにぎりを握るのを避けるために、予めご飯をぬるくしているという温度に感じられる。

しっかし、気持ちはわからないでもない、私は、熱々のご飯のおにぎりが好きなので、100キンのおにぎり器を使って、電子レンジで冷凍を解凍して熱々にしたご飯でおにぎりを作っている。

私は元々手で握ったおにぎり崇拝者でもく、(しかも、不器用だから、手で握るのが下手という事情も大きいが、いつだったか、NHKがご飯を握るのに、お茶碗にご飯を入れてそれを上に飛ばすか、二つのお茶碗の間でキャッチボールすることによって丸めることを推奨した時期だったと思うが、おにぎりの研究をして、おにぎり器でも十分美味しいおにぎりが作れる、もしかして、空気を入れて握るという点では、手より優れていると納得したから、使い出した。

また、常にご飯を80gに小分けして冷凍してあるので、それを解凍して、おにぎり器に具とともにあ入れて2、3回上下すれば、おにぎりができてしまうというのが、システム化されていて、不自由を感じないし、これからも、このやり方でおにぎりを作っていくと思う。(自分用なのだが)

だから、テレビで、「他人が握ったおにぎりを食べられない人が増えている」という特集を見て、そういう女性が多そうな世の中になってしまったことは感じていた。
何でも、コンビニの個別包装のおにぎりが世間のおにぎりの標準になったので、それ以外、包装されていないおにぎりに関して、「ちゃんと衛生の概念のある人が握ったのかしら?」とか、想像してしまうらしい。

ただ、コンビニのおにぎり=絶対衛生的とか、安全と思い込んでしまう人もそれは余りに安易な考え方と思わないこともない。
というのは、コンビニのおにぎりなんて、それこそ、作ってから人の口に入るまで時間がとてもかかるので、簡単に腐らないように、保存料とか結構使われているのだから。
そんなものを美味しいとか安全とか思って、口にして、町のおにぎり屋さんとか、自分の周囲の人が握ったものを不潔がって食べられないなんて、何だか、お友達になれないな~と思ってしまう。
ま~、でも、私なぞ、お腹が壊れなければいいという原始的な人間だから、元々そういう人とはお友達になれないかも。

私は、今、コンビニのおにぎりは、旅行に行く日の朝のために買っておいたり、電車の中で食べることはある、確かにあれば便利だし、たまに食べる分には十分美味しいと思う。(頻度として1年に一度あるかないか)

でも、十数年前のサラリーマン時代末期に、毎朝、ツナマヨともう一つ何かのおにぎりをコンビニで買って朝ご飯としていたのだが、どのくらい食べ続けてからだろう、何だか、ご飯の味が普通のご飯と違うこが鼻につくようになり、それ以来、食べなくなってしまった。
自分が忙しい時とか、食に関心が向けられない状態の時だったら、何も感じないで食べるのだけれど、それでも、毎日毎日同じものを食べていたら、余計な味が沢山ついていることに気づいてしまったのだ。

何だかな~、これからの人は、生まれた時から、コンビニのおにぎりが、「人生の標準のおにぎり」なわけで、あの余計な味がついているお米に慣れて育つのね~、ちょっとかわいそう。
でも、もしかしたら、そういう人たちも、結婚したり、子供が生まれたりして、独身貴族のままではいられなくなって、コンビニのおにぎりもぜいたく品になり、自分でおにぎりを握って食べるようになるかも知れない、貧乏は正しい味覚を育てるかも(笑)。

あ、そうそう、最近、おにぎり屋が減ったと書いたけれど、町内にある一杯飲んだ後に寄るようなおにぎり屋は減ったけれど、結構、現代的なおにぎり屋さん、特にテイクアウト店は増えているのかも。

ヨドバシAkibaにも権米衛なんだらというおにぎり屋さんがあるし、末広町の交差点のところ、以前、確か、「サタケ 精米機」なんて書いてあった会社のビルを建て替えたときだったかに、1Fにおにぎり屋さんができていて、お米屋さんではなく、精米機屋さんが始めたおにぎり屋さんというのが珍しいなとは思っていたのだ。
しかも、GABA米使用とのこと。
お店の名前は、「おむすびのGABA 秋葉原店」。(今、調べたら、もう1店「おむすびのGABA 広島そごう店」や「西条店」があるみたい)
「いつでも行ける」と思っていたのと、お昼ごはんが「おにぎりに味噌汁」が苦手の私、しかも、おにぎりなんて、家で自分で作れば十分美味しいわけで、そのお店にはずっと行かないでいた。
今日、前を通ったら、おにぎらずも売っていて、トレンドを大切にしている姿勢。
(あ、でも、良く見たら、元々「おにぎり」ではなく「おむすび」という名称を使っていたからか、「おにぎらず」ではなく「おむすばず」という名前にしているみたい。
d0063149_09413988.jpg


近々行ってみよう。(なんだか、ランチは、定食に力を入れているよう)

その他、このおにぎり屋さんを調べていたら、末広町駅の反対側に、「庄内屋米店」というお米屋さんで朝からおにぎり、お昼からお弁当を売っているらしい、ここはおにぎり一つ100円とのこと、これも買ってみたい。
[PR]

by mw17mw | 2015-06-15 17:35 | 料理よも山話 | Comments(0)

海苔の「古い食べ方」・「新しい食べ方」

先日、浅草橋のお米の吉田屋さんで、「手まきごはん」というパンフレットをいただいた。
内容は、このページとほぼ同じ。

初め、浅くバラバラと見たときは、面白い!と思ったのだが、実際に自分の海苔の食べ方と比べてみると、全く別物だということに、後から気づいた。

どうもこの手まきごはんの海苔の使い方は違和感を感じるのだが、何が違うのか、よくわからなかった。
しかし、物識りの方に、「この手まきごはんの海苔の使い方は、従来の海苔の使い方とか美味しいと思われている食べ方を踏襲しないで、全く無視して、新たな発想で考えられたものだから、昔の海苔の食べ方をしている人には違和感があって当然」と指摘されて、納得してしまった。

う~ん、現実問題、国内での海苔の消費量は減っているらしい、だから、こういう提案でもしないと、「海苔を食べる人口が増えないのが実情」なのかも知れない。

手まきごはんに、「酢飯いらずで簡単 いつものおかずでおいしい」とか、「手まきごはん」は酢飯を使わない海苔とごはんのオープンサンドと書いてある。

そもそも、そこらへんに感じる違和感!(笑)

これは、もう、若い日本人の家庭の食卓には、「海苔が常備されていないし、ご飯も余り食べられなくなっていて、海苔といえば、回転すしに行ったとき、軍艦で食べるくらいの食生活」をイメージしているのかも知れない。

何だか、悲しくなってきた、私の海苔を食べてきた歴史を振り返ると、「海苔と言えば酢飯」なんてことはあり得ないのだ。
だいたい、寿司ハネとか、お寿司用の海苔は普通の海苔と区別されていて、普通の海苔は、白米用ではないのだろうか?
そして、「白米&海苔&お醤油」の美味しさを日本人なら当然知っていることだったのに、今の時代、それも忘れ去られてしまったのかも。

で、頑固で昔風の私の海苔の食べ方・おいしさについて、ここに整理してみよう。
それは、やはり、父親が教えてくれたことで、私の父はケチで、海苔全形を常に1/16に切って缶に入れておいた。
そして、焼き海苔が普及するまでは、いつも自分で火鉢で海苔を焼いては、白いごはんのお茶碗の上で、1/16に切っては缶に入れ、その缶を食卓のところに常に置いておいた。

1.一番基本的な食べ方は、朝ごはんの時に海苔が出て来て、「正式なご飯を食べるおかず」とする

2.夕飯時も、おかずを食べながらご飯を食べてご飯が余った時は、海苔をちょっともらって、1/16サイズの海苔にご飯をちょこっと乗せ、ちょっとおしょうゆにつけて、食べたものだ。

3.また、以前にも書いたと思うのだが、「食べつかせる」というのだろうか、子供の食欲がないとき、父は、良く、海苔に熱いご飯を乗せ、最後、細くちぎった白菜漬けの芯を軽く醤油を染みらせたものを芯にして、半円形くらいに巻いて食べさせてくれた。
d0063149_15250921.jpg

(白菜漬けの場合、白菜の葉の部分を広げ、そこにご飯を乗せて海苔巻き風にもしてくれた、こちらは、醤油をちょっとつけて食べる)

お茶碗によそったご飯より、こういう小さな海苔巻き風のものなら、子供は口に入れてみようかなという気がするし、一つひとつ親が巻いてくれたものは、愛情がこもっていて美味しい気がした。

4.その他、昔は、お父さんだけ、お刺身が一皿ついたりしたけれど、そのうちの一切れをもらって、箸でちぎってお醤油皿のお醤油に漬けて、海苔の上に熱いご飯を乗せ、その上に、小さな鮪のお刺身を乗せて食べたりしていた。

あ、そうそう、たらこも少し乗せて食べても美味しかった。(この場合はお醤油なし)

(しかし、これらの食べ方は、食卓で、手で直接海苔巻きを持って食べるから、「お行儀が悪い食べ方」に分類され、お行儀に厳しい家庭では受け入れられないかも知れないと、大人になってから、気づいた。)

5.それと、これはちょっと違う食べ方なのだが、我が家独特の海苔の使い方で、「本物の生わさびをおろしたものと削り節とちぎった海苔を適当に混ぜてお醤油をかけて、さらにざっと混ぜて佃煮封にして、ごはんの上に乗せて食べる」のも美味しい!(「孤独のグルメ」には、わさびと削り節とお醤油のものが載ったっけ)

そうなのだ、こうやって書いていくと、海苔の美味しさって、熱々のご飯とお醤油とセットになっているからこそなのではとわかってしまった、そうなのだ、その組み合わせこそ、それが「昔風」。

否、でもね、こんな、「海苔って、熱々のご飯とお醤油のセットで最高!」なんて古めかしいことを声高々にわめいても、海苔を家に常備しようと考える人は増えないかも知れない。

だいたい、朝ごはんに和食を食べる家が減っているから、海苔が家庭からなくなっているというのは良くわかる。
そして、お昼も夕食も、パスタだ、サラダだと洋風のものやエスニックなものを食べることが多くなっているから、ますます海苔が家庭に居場所がなくなっているのだ。

とここまで書いて気づいたのだ、私が幼い頃、ごく平凡な食卓のおかずと海苔とご飯が組み合わさって、海苔が生かされていたのだ。
時代が変わり、日本人の食卓が洋風・エスニック色々のおかずを食べるようになった今でも、どうか、海苔を再び食卓の隅っこに置いておいて、気軽にそのおかずと一緒に食べて、海苔の素晴らしさを感じてねということがこの「手まきごはん」の言いたいことなのだと気づいた。

例えば、コンビニおにぎり界における、シーチキンマヨみたいな傑作が生まれたらと、それを探す企画なのかも知れない。

でもね、やはり、家庭で食べる料理のバリエーションが増えるのは良いのだけれど、やはり、どんな料理の番組を見ても、一番ヘルシーなのは和食。
やはり、日本人、健康的に生きるためには、基本、和食を食べて、たまの楽しみに、洋風なものやエスニックなものを食べた方が良いのではないかと思う。

そして、何やかやと言って、やはり、行きつくところは、ご飯と海苔とお醤油の組み合わせなのだ。

どうか、若い皆様、卓上に海苔を常備して、色々やってみるついでに、昔風も味わってみて、是非、好きになってください。
[PR]

by mw17mw | 2014-12-05 21:54 | 料理よも山話 | Comments(12)

ハンバーガーをきれいに食べる方法

8月下旬のNHK Eテレ「すいエンサー」で「ハンバーガーをきれいに食べたい」を見て、実際にやってみたけれど、結構実用的だったので、まとめる。

でもね、「ハンバーガーをきれいに食べたい」と言っていたけれど、高級バーガーのお店でバーガー袋がついていたり、フォークとナイフで食べるお店だとそういうことと関係ないわけで、バーガー袋がついていないハンバーガーって結構少ないのではと思うのだけれど、例えば、マックのハンバーガーとかそういうイメージで作った番組なのかな?(私がそういうお店と縁がないだけかも)

私の身近では、近所のパン屋さんで、メンチかつパンとか、出来立てではなく、店頭に並べられているほとんど冷めた総菜パンがバンズ型のパンを使っていたりして、それを食べるときにこの知恵は役に立った。

バンズでハンバーグ等を挟んだもののこぼれない食べ方

1.上下を逆さまにして手に持つ
ハンバーガーの具は、下のほうにハンバーグがあって、その上に野菜を積み上げている場合が多い。
そのまま持って食べると上のほうの安定が悪くてこぼれやすいので、上下逆さまにして、上部を重いお肉にすると、下部の野菜等軽いものがお肉の重さで押さえつけられ、動かなくなるとのこと。

2.ハンバーガーを持つ手の位置
両手でハンバーガーを持つことになるのだけれど、ごく普通に手を置いたら、口と左手、口と右手で作る角度は、90度くらい。
それをハの形にして、口と左手、口と右手で作る角度が120度より広くなる感じで持つ。
こうすると、口の反対側から中身が出にくくなるのかな?

3.上の歯と下の歯の噛み合わせ
すいエンサーのHPには、「上下の歯の先がくっつくようにして食べる」と書いてあったが、たいていの人の歯の噛み合わせは、上の歯が下の歯よりちょっと出ているが、そのままの状態で、ハンバーガーを噛むと、どうしても、上の方が向こうに押し出されることになる。
だから、ハンバーガーにかぶりついて、歯を立てるときは、「意識して、上下の歯の先がちょうどぶつかるようにして噛む」ことがきれいに食べるコツとのこと。

ということ、機会があったら、やってみてください。
パーフェクトではないけれど、中々役に立つ方法と思った。(例えば、ここには書いていないけれど、ハンバーガーをなるべく水平に持つみたいなことも必要ではないかと私は思うけれど、そうでもないのかな?)
[PR]

by mw17mw | 2014-10-02 20:20 | 料理よも山話 | Comments(0)

栗原はるみさんとNHK

一カ月くらい前だろうか、NHKのプロフェッショナルで、「料理の力を信じてる-料理家 栗原はるみ」を見て、数日前、桃猫さんのtwitterで、「旅のチカラ「64歳シェフ修行 栗原はるみ イギリス・ロンドン」を見損なったことを知り、NHKオンデマンドで210円払って見てみた。(両方ともNHKのオンデマンドで見られると思う)

ま~、それにしても、本当にNHKはこの栗原はるみさんを持ち上げ過ぎではないかと見ていて、思った。

確かに人気はあるし、長年、本をずっと出し続けているし、世界料理本大賞のようなものも獲られたとのことで、私がケチをつけることすら、おかしいのかも知れない。

が、私はずっと昔、栗原さんの本を買って料理やお菓子を作ったことがあるのだが、私の評価は、「お菓子の本(栗原さんちのお菓子の本)はとても良いけれど、料理は味が合わないし、野菜を入れ過ぎて、我が家のような高齢家族には合わない」と思った。
残念だけれど、栗原さんのレシピで色々作ってみたが、一つも気に入らなかった。
そもそも彼女は伊豆の人だから、料理のベースの味が濃いのではないかと思う。
しかも、食べ盛りの男の子のお母さんで、その子がモリモリ野菜を食べるように、やたらに野菜を入れたがると感じた。
この2つで、彼女のレシピは、「育ち盛りの男の子を持つお母さんに向いているのでは?」と思い、その後、本を買わなくなったし、雑誌でレシピを見ても、作らなくなった。

(私は、彼女の「ごちそうさまが、ききたくて」は、使わないながらも持っていたので、改めてみると、良いレシピ本だと思う。<実際に選んで作ったものは気に入らなかったけれど>その後の、「たれの本」「ソースの本」のレシピの味が濃かったのかな?この2冊はもう手元にはない。)

ま、だから、NHKが「栗原はるみさんは、彼女のレシピを見ながら料理を作る100人が100人とも美味しいと思えるレシピを作ろうと頑張っている」と言うと、「???」と思ってしまう。

で、現在に話を戻すと、プロフェッショナルの方では、栗原さんは、他の人の料理レシピなぞ一切見ずに、自分で何度も試作して、誰が作っても簡単で美味しいと思えるレシピを開発するそうだ、「だって、他の人のレシピは私のレシピではないから」と言っていた。
NHK的には、「その点がプロフェッショナルの流儀」と言いたかったのだと思うが、何だか、見ていて、「そこまで頑なにならなくても」とか、「人のレシピを真似しなくても、優れたレシピの本質がわかれば、そこから発展があるのに」なぞと思ってしまった。

正しいかどうかはわからないけれど、私からすると、彼女は、「人の真似と言われたくないがために、人のレシピを参考にしない、見ない」気の強い、というか、負けん気の強い人に思えた。

で、数日前に見た「旅のチカラ」で、彼女はもう一度料理を見つめ直したいということで、ロンドンのソーホーにある一つ星レストラン「ゴーティエ」の厨房に5日間入れてもらい、そこで、料理修業をするストーリー。

ロンドンのマーケットやレストランの描写は良かったが、見ていて、何だかな~と思ってしまった。

彼女が、「これ、不思議でしょう?」と言って、美味しそうに飲んでいるそのレストランの「トマトのジュース」というのか、トマトや他の野菜を混ぜて冷凍し、そのエキスだけ取り出すと、透明でトマトの味のするジュースなのだけれど、作るのに冷凍するしないの違いはあるかも知れないけれど、東京でだって「コート・ドール」で味わったことがあったし、辰巳芳子さんのレシピにもその料理がある筈、人の真似だと言われたくないために他人のレシピを見ないから、今頃、ロンドンで、「初めて知った~」みたいなことを平気で言えるのだ。(そのことについては、「トマト水 1/2」「トマト水 2/2」を見てください。)

その他、スズキの焼き方を習い、片面だけじっくり焼いた後、フライパンに出て来た脂をスプーンですくっては、上の面に何度もかけ、上の面からも火を通して行く。
最後は、取り出して、焼いた面を上にして、余熱で仕上げる。

これについても、栗原さんは、何て言う知恵を教えてもらったのだろう風に感激していたが、別にこれがロンドンまで行って習うことかと思う。
例えば、日本料理で、煮魚する時に、ひっくり返すと身が崩れるから、ひっくり返さないで、煮汁を何度も何度も上からかけて、上の面からも熱を与えるし、別にこれだって、ロンドンに行って習わなくても、日頃から、もっと栗原さんが貪欲に、色々な調理法を研究していれば、もうとっくの昔にわかったことではないかと思った。

うがった見方かも知れないが、この2つの番組を見て、栗原さんって、日本人の料理研究家や料理人は全てライバル視していて、外国人からなら、素直に人から料理を習える人なのかもと思ってしまった。

ま、今回のテレビで良かったことは、もっと自由にレシピにとらわれず、素材の組み合わせを頭で描いて料理すると言うことを習ったことかな?
しかし、それはレストランのやり方で、家庭料理でそれをやるとなると、無駄が大きいのだ、でも、彼女は色々考えて、新境地の家庭料理の本を出して行くかも知れない。

栗原さんは、お子さんも相当大きくなり独立し、相当年上のご主人と二人暮らしのようで、ご本人のライフスタイルも変わってしまったり、世の中の食糧事情が大きく変わって、専業主婦が減り、家庭で食べる料理、若い人が作ろうと思う料理が、昔とがらっと変わって来ている。

何でもありで、目新しいことをする料理研究家がテレビでもてはやされたと思うと、泡のように消えて行く時代。
また、健康のためダイエットに向いた料理・食べ方が人気であり、栄養士出身の料理研究家も昔よりずっと人気の時代。

栄養士でもなく、ずっと家庭の中で、他の人の調理法も全く見て来なかった栗原さんは、これからどういう方向に進んで行くのだろう。

ま、NHKとしては、彼女くらいの大家でも、60を過ぎても新しいことにチャレンジするのだよ~、だから、同世代の人たちも頑張ってねということが言いたいがための番組だったのかも知れない。
[PR]

by mw17mw | 2011-12-11 22:16 | 料理よも山話 | Comments(4)

ふ、ふたが開かない~!

朝、買い物に行ったとき、小松菜を買ったら、小松菜と鶏肉の塩味の焼きそばが食べたくなって、焼きそばも買って帰る。

頭の中では、塩だけで味をつけるとなると、物足りないから、凍らせてある「鶏の手羽先から取ったコラーゲン」を解凍して、それで煮て味をつけようとか、鶏肉は、小さく切って炒めるのではなく、チキンソテーのように塊で両面焼いて、アルミ箔で包んで保温で熱を通そう、それを薄く切って、焼きそばの仕上げに入れて、火が通っていないところがあったら、その時にもうちょっと火を入れよう、そして、塩味は薄くつけて、ちょうどディジョンのマスタードがところどころに貼りついている容器があるので、お醤油を入れて、マスタード醤油を作って、それにつけながら、食べよう、「わ~、美味しそう!」と想像していた時は楽しかった。(笑)

で、1時に部屋に戻り、小松菜と常温に戻しておいた焼きそばを洗い、小松菜は食べ良く切り、焼きそばは水気をペーパータオルで取った。
回答しておいた鶏もも肉の両面をこんがり焼きながら、コラーゲンスープを解凍する。

鶏もも肉が焼けたので、アルミ箔に包み、焼きそばの焼きに入った。
落花生油を引いて、焼きそばの片面をじっくり焼いたのち、ひっくり返し、小松菜を入れて更に炒める。
ここで、コラーゲンスープを少々入れて、フライパンにちょうど合う蓋をした。

d0063149_1963097.jpgそして、その間に、鶏肉をアルミ箔から取り出して、薄く切った後、フライパンの様子を見ようと、蓋を持ち上げたのだが、蓋が取れないのだ。
それは、本当に頑丈、どうやっても取れない。
(右の写真はわかりにくいかも知れないが、空中で、蓋のつまみだけを持っても、びくともしないで、フライパン全体が空中に浮いている状態)

あ~、あ~、やっちゃった。(と言いながら、こういう状態は、生まれて初めての体験)

どうしようかと思って、温度を下げたらどうにかなるかしら?と思って、お水をかけたのだ、でも、びくともせず。
(後で調べたら、それが一番良くない方法らしい)

結局、ギブアップして、他のものを食べて、お昼御飯とした。

今回、事故った蓋は、他の深鍋と対の蓋で、これが壊れると、深鍋まで使えなくなるから壊したくない、下の方の安物のテフロンのフライパンを、金槌で叩いて、形を凸凹にしたら、どこかに隙間ができて、中身が取り出せるかな?と思った。
お昼休みの間は、時間がなかったので、そのまま放ったらかしにした。

その後、インターネットで、「蓋 真空状態 鍋」で検索したら、いくつか同じような質問のQ&Aが見つかったが、gooのが一番良さそうな気がしている。

上手に説明できないけれど、蓋に水蒸気が逃げる穴が空いていない蓋なので、溢れた水蒸気が、蓋とお鍋の隙間に入り込んでしまったとのことだ。

放っておいて、蓋と鍋のヘリの間に入り込んだお水が乾燥すれば、開くらしい。

今日は、これから習字塾なのだけれど、帰って来てから、ひと仕事だ。
どうか、開きますように。
[PR]

by mw17mw | 2009-09-02 19:06 | 料理よも山話 | Comments(4)

牛すじ餃子 &ぬか漬けのための実山椒処理

<牛すじ餃子>
d0063149_12571759.jpg昨日、牛すじを甘辛く煮たものを刻んで、具に混ぜ込んだ餃子を焼いて食べてみた。
牛すじの煮たものは、冷えるとコリコリするけれど、熱いと、とろんとするようで、思ったような歯触りは全然なかった。
どちらかというと、肉に馴染んでいるよう。
味は、そこはかとなく、とろみのあるような、コラーゲンを感じさせる出来上がりで、餃子自体は美味しかった。
甘辛く煮たものを薄めた汁を入れたから、甘くなってしまうかもと思っていたが、そんなこともなかった。

残りの牛すじの甘辛煮は、全て冷凍してしまった。
どうも、私は、甘辛く煮付けた牛すじの味は濃厚過ぎて、2,3なら、美味しいと食べるけれど、量が食べられないからだ。

今後、餃子を作る時に、この甘辛い牛すじをみじん切りとお水を加えれば、餃子の隠し味になるのではと思っている。
また、餃子だけでなく、色々なものを作る時に、少量をみじん切りにして混ぜて使えば、コクがでて美味しいのではないだろうか?
色々な料理の隠し味に使ってみて、それがなくなったら、牛すじを再度煮てみよう。

<ぬか漬けのための実山椒処理>
d0063149_12581654.jpg先週、鳥越のスーパーの安売りの日に行ったら、珍しく、実山椒を売っていたのだ。
2つ買って、重さを量ってみたら、1つ容器ごとで35g、158円。(高いのか安いのか良くわからない)
昨年、ぬか漬けを作ったときに、参考にした「ぬか床づくり」という本に、山椒が出回ったら、1年分を冷凍にして、時々、ぬか床に混ぜると、香りが良いと書いてあって、「試してみたいな」とずっと思っていたのだ。

買って来たはいいけれど、冷蔵庫に一週間程放ったらかしにしてしまった。

そして、昨日、沸騰したお湯にお塩(割合としてはお水1リットルに小さじ1の塩)を入れて、さっと山椒の実を湯通しした後、氷水でしめて、水気を切って、冷凍と書いていある通りに処理した。
この本の作者の方は、1年分として200gを冷凍させるらしいが、私はたぶん秋口までしかぬか床をうまく生かせないだろうし、元々が少量だから、60g程度で十分だろう。

10分氷水で〆た山椒の実を一つ食べてみた。
初めはそんなに山椒の味と香りがしなかったが、かみ砕いて行くと、濃厚な味と香り。
山椒が嫌いな人なら、絶対ぬか床に入れないだろうな?
山椒が苦手ではない私としては、ぬか床に山椒を入れることが吉なのか、凶なのか、良くわからないけれど、ま~やってみよう。

ちりめん山椒も作ってみたい気はするけれど、いつだったか、テレビで、京都のちりめん山椒が美味しいのは、じゃこが美味しいからだと言っていたっけ。
京都のちりめん山椒の名店では、お腹が赤いじゃこ、すなわち、蟹の子供を食べて育ったじゃこを使っている、それが味のポイントと言っていたのだ。
(お腹が赤く見えるのは、食べた蟹が消化されないで残っているのが、透けてみえるからとか)
これは、無理だから、諦める。

この冷凍の山椒は、2,3年は持つと書いてある。(ぬか床に入れた山椒も古くなっても出さなくて良いとのこと)
追々、思い付いたら、何かの料理に使ってみよう。
[PR]

by mw17mw | 2009-05-29 12:58 | 料理よも山話 | Comments(2)

美味しいお豆腐 & さっぱりしたものが食べたい

栗本薫さんというより、中島梓さんと言った方が私にはピンと来るのだが、その方が亡くなったよう。
若い頃の本しか読んだことがないが、とても素敵な感性の持ち主だと思っていた。
ご冥福をお祈りいたします。

<お豆腐>
この前の日曜日、叔父のところに行ったのだが、その時に、私が先週頼まれてスーパーで買って来た「寄せ番長」は、実は、美味しくない方のお豆腐と判明した。
叔父曰く「あれはちょっと癖があって、今一つ」なのだそうだ。

叔父が美味しいと思うお豆腐は、サミットで売っている「楕円形の容器のお豆腐で、北海道の豆を使っている」と書いてあると言う。
しかし、いつも叔父の面倒を見ている従妹も、そのお豆腐をサミットで見かけたことはないとのこと。
「真理ちゃんが持ってきたお豆腐と勘違いしているのでは?」という説も出たが、良くわからない。
大桃豆腐は四角いけれど、確かに「北海道」とか書いてある。

この前の寄せ番長はちょっとだめで、大桃豆腐に感激したというのなら、流石私の叔父さんだと思う。(笑)
今度、お祭り明けに叔父の所に行く時、大桃豆腐に寄って、再度渡してみようと思う。

<牛すじと鮭のお茶漬け>
昨日、再び牛すじを手に入れて、uwomaruさんが教えてくださったCOOKPADのレシピを自分流にアレンジして煮てみた。
簡単に書くと、牛すじを下ゆでした後、水気を切って、日本酒やお酒で煮るやり方。

で、できたのだ。
とてもこってりしていて、牛すじの味が濃い。
成功かと言うと、ちょっとまだ考えることが沢山あって、成功とは言えない。
だから、また、この煮込みについては、後日に回す。

しっかし、日曜日のお昼に牛すじカレーを食べ、月曜日のお昼と晩に、自分の作った牛すじ煮込みを食べ、火曜日のお昼過ぎに煮上がったこってりした牛すじをつまんだら、本当に、嫌になってしまった。
何だか、全身というか、胃と口の中がコラーゲンだらけで、さっぱりしたものを食べたいと全身が叫んでいる感じ。(笑)

その晩、頭に浮かんだのは、きりりとしたそうめん汁に、生姜を沢山入れて素麺つるつるか、焼いた鮭でお茶漬け、そうだ、わさびを入れたら、余計さっぱりするに違いないということ。

d0063149_18215672.jpgで、どちらにしたかというと、昨晩は涼しかったので、鮭のお茶漬け。
とてもとても美味しかった。
鮭は、日曜日に吉池で、カナダ産の鮭のかまを買って焼いてほぐして冷凍してあった。
出汁は、100㏄程、冷蔵庫に昆布・削り節出汁があったので、それに水を加えて沸騰させてお塩を投入。
冷凍ご飯140gをチンして、丼に入れ、解凍した焼き鮭のほぐし身と、フリーズドライの三つ葉と柚子を入れて出汁をかけて、今、韓国海苔しか手持ちがないので、韓国海苔をちぎって入れて、食べたが、美味しかった~~。
(途中で、わさびを入れるのを忘れたことに気付いたが、冷蔵庫まで取りに行くのが面倒なので、諦めた)

フリーズドライの三つ葉は、彩り以外の役に立たなかったが、柚子は、食べている最中は余り味を感じなかったが、食べ終わった後、口の中が爽やかだったのだが、あれはフリーズドライ柚子の働きだったと思う。

本当、牛すじの食べ過ぎって、身体全体をこってりしてしまうみたいだが、鮭の熱々のお茶漬けのおかげで、コラーゲンや脂肪のコッテリ感が消えたみたいで、良かった。

さて、今晩は、昨日の牛すじを再度工夫して煮直し、コッテリ感を薄めて、食べられるように頑張ろうと思う。

今の季節、日中、温度は高いけれど、湿度がないので、涼しいと感じられる夜にお茶漬けが合うと思う。
[PR]

by mw17mw | 2009-05-27 18:23 | 料理よも山話 | Comments(0)