新御徒町駅界隈-「てんぷら下村」でランチコース1 1/2

いや~、下村さんが近所にできて、値段を見ると「行かなくてもいいや」とも思うし、でも、家の近所にせっかくできた一流を目指すお店だから、一度くらい行きたいような、もやもやしているとき、ケイトさんが付き合ってくださるとのこと。
また、ケイトさんは私と違って、「山の上」にいらしたことがあるのだって。

ということで、先週の土曜日のお昼に予約を取って、行って来た。
(私は予約を取った途端、このお店に関する関心が薄くなってしまい、その後、このお店が繁盛しているかいないのか、全く無頓着になってしまった。<笑>)

生憎の小雨模様の天気だったが、土曜日のお昼、カウンターはほぼ満員であったけれど、4人用のテーブルは空いていた。




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どうも、揚げ手がご主人で、フロアが奥さん、その他、若い助手のような人がいる三人体制のお店のよう。
できたばかりで、どこもかしこも清々しい。
壁に埋め込まれたこの冷蔵庫は、氷の冷蔵庫?


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お昼のコースNo.1をお願いすると、カウンターの席には、天つゆ・塩・大根おろしが用意されていた。
(No.1は、「活海老2、魚2、野菜4」で4500円+税、No.2は、これにかき揚げが加わって、6000円+税)
大根おろしは、可もなく不可もない感じ。
天つゆは薄め、大根おろしを入れて薄くなると、奥さんが、「天つゆ足しましょうか?」と注ぎに来てくれた。

結論から言うと、当然だが、全て美味しかった。

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最初は、細巻(さいまき)海老の足を揚げたもの、何か呼び方があるみたいだけれど、声が小さくて良く聞こえなかった。


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次、細巻海老の天ぷらが時間を置いて2本。


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次がむかごの天ぷら。

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次がぎんなん。

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山の上ホテルのてんぷらを食べたことのない私でも、次々と出てくる天ぷらを食べていると、このお店の特徴は、どこもかしこも薄く均等につけた天ぷら衣なのだなと思った。
そうそう、1か月前くらいに、「ニッポンへ行きたい応援団」で、天ぷらに興味のある外国人に、銀座のてんぷら近藤の近藤さんが、天ぷらについて教えるというドキュメンタリーを見たのだった。
てんぷら近藤さんは、確か、山の上ホテルの出身、その外国人に、「天ぷらは、揚げ物料理ではなく、蒸し料理だ」と教えていたっけ。
油で熱を加えることにより、素材の中に熱を通し、蒸して、食べられるようにするのかな?
さつまいもなぞ、油から出してからの余熱の活かし方が時間的にも長く凄かった。

その同じ山の上系統の下村さんの場合はどうなのかは、揚げ場から、少し離れた席だったので、細かくは見られなかったのだが、私としては、今まで行った高級な天ぷら屋さんの中では、揚げ立てをすぐ出さないで、油から出したら、ちょっと置いておいて余熱を通す揚げ方かなと思った。(というのは、今までの天ぷら屋さんより、ほんの少しだけれど、出て来たばかりの天ぷらが熱過ぎないような気がした。←これは私の勘違いかも知れない、あやふやな感想)

その番組で、近藤さんは、分厚いさつまいもの天ぷら、人参の細切りの天ぷらを揚げていた。
それを見たせいか、何か、野菜が、むかごと銀杏って、小さすぎるな~とチラっと思ってしまった。(笑)

お金のことを言って申し訳ないのだが、

今、検索したら、てんぷら近藤のランチは、6500円+税、かき揚げが付くと、8500円+税とのこと。

山の上ホテルの「山の上」のランチは、税サービス料別で、5500円~12000円とのこと。

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# by mw17mw | 2017-10-23 15:22 | 飲食店・菓子店 | Comments(0)

上野駅の中-「シターラ」でカレー

入谷・根岸歩きツアーの日は、一日中冷たい雨。
本当は自転車で入谷まで行こうと思っていたが、それは無理そうなので、御徒町まで自転車で行き、そこから、山手線で2駅の鶯谷に向かうことにした。
その前に何か昼食を食べようと考えた時、実は、一番行きたかったのだが、御徒町駅ガード下の蒙古タンメン中本、というのは、ここは本当にいつ見ても行列だからなのだが、この日もすごい行列だったので、簡単に諦めた。(笑)
でも、蒙古タンメン中本って、そんなに美味しいのかな?

ということで、そうなると、駅の周辺に入ってみたいお店が思い浮かばず、面倒なので、上野駅で途中下車して、エキュートで、ご飯を食べることにした。
今となっては、どう検索したのかわからなくなってしまったが、上野のエキュートで人気のあるのは、「洋食や三代目たいめいけん」が3.55で一番の評価、その次が、「シターラ・ダイナー エキュート上野店」で3.51、その次が、「まぐろ一代 エキュート上野店」3.50とのこと。
実際に行ったら、たいめいけんとまぐろ一代は行列ができていたが、シターラ・ダイナーは行列がなかったので、入ることにした。
以前から気にはなっていたが、エキュート品川店に比べたら、庶民的且つ種類が少ないような気がして入らなかったのだ。


中に入ると、まず、注文してお金を払い、席に案内されるが、本当に狭くて、さっさと食べてさっさと出て行くのが似合う、いかにもエキナカの食堂という感じ。
品川店の方が数段素敵。

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ささっと、表のメニューを見て、シングルで十分と思った。
後、カレーの種類を決め、ナンか、ライスを選べばよいのだと簡単に見たのは余り良くなかった。

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カレーは、辛さとか考えないで、エビカレーにしたけれど、これが大失敗。
また、ナンよりライスの気分だとライスを選んだが、普通の日本米のライスだったので、これも、余り良くなかった。
サフランライスとか、外米のご飯がよかったのだが、サフランライスだと、+100円とのこと。(確か、品川店では、ご飯をプラス料金なしで選べた覚えがあるのだけれど、変わったのかな?)
私が思うに、このお店で、日本米ライスを食べるよりは、ナンの方が良いような気がする。(と言いながら、このお店のナンを食べたことないのだけれど)
そうして、私の隣に座った女性は「ビリヤニセット」だったが、こちらのビリヤニはしっかり辛いのかな?
辛いのなら、こちらの方が良いかも。(ま、どちらにしろ、+150円)

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下の画像が出てきた定食。
かぼちゃのインド風の煮物?マンゴープリンみたいなもの、サラダがついてきた。
この中では、かぼちゃのインド風煮ものが一番美味しかったかも。

そして、エビカレーなのだが、全く辛くない甘いカレーで辟易~。
そうして、エビカレーの名前はインチキではないけれど、本当に小さないかにも冷凍を解凍しましたという海老が二尾入っていたのみ。(噛む必要がない大きさ、体長1,2㎝?<笑>)

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で、余りにカレーが甘かったので、食べ終わって表に出た時、メニュー表を再度よくよく見たら、★の数で辛さを表わしているのだが、一番辛いスパイシーチキンが3つ星、私の食べたエビカレーが2つ星だった。
あの甘さで2つ星だったら、1つ星のカレーって、どんなに甘いのだろう、気持ち悪い。

ということで、この上野店は、「カレーは辛くなくてはカレーでない」と思う人は近寄らない方が良いと思う。
たいめいけんやまぐろやさんは、どうなのだろう?
行ってみたい気もするし、どうせ、エキナカという気もする。

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# by mw17mw | 2017-10-22 09:57 | 飲食店・菓子店 | Comments(0)

新御徒町界隈-佐竹通り横の村井で、「焼き鳥重弁当」

先週の土曜日に、人形町の長谷川商店まで海苔を買いに行った行き帰り、どこか美味しいお店はないかなと探しながら、自転車を走らせていた。
そうしたら、まず、小伝馬町の近く、江戸通り沿いの皆楽園という古い中華屋さんが2月に閉店していた。
ここも、結構雑誌なぞで取り上げられることが多く、一度行かなくてはと思いながら、結局行かず仕舞いであった。

その他、靖国通りから、美倉橋側の清洲橋通りに入って、結構すぐ右に、これまた、昔からの古い中華料理屋さんがあって、今度こそ、ここに入ろうと思ったのだが、建物自体というか、その周囲まで合わせて、人家が壊され、空き地になっていた、きっと大型高層マンションになるに違いない、一足も二足も遅かった。
何ていうお店だったか、確か、鳳凰軒?
と思ったが、今、鳳凰軒で検索したら、HPや食べログ情報が出てきた、清洲橋通りではなく、左衛門通りだったのだ、そして、まだあるみたい。(笑)←「ほうおうけん」と読むのだとばかり思っていたら、「おおとりけん」だって。
今度、再度ちゃんと見て来よう。(それでも、清洲橋通りにできた空き地の大きさはすさまじい、それだけ、昔からの人と昔からの建物がなくなってしまったのだ。<でも等価交換で新しくできるビルに入ることができるかもしれないけれど、風情は完全に消えた>)

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ということで、そのまま、清洲橋通りを進むと、饗 くろ喜は相変わらずの人気で、小雨模様の天候なのに、30人近い人が列をなしていた。

こうなってくると、どこかに入るのが面倒になった頃、佐竹通り商店街の真ん中を二つに分ける道まで来たら、村井という鶏肉のお弁当屋さんがやっていたので、そこで、お弁当を買って、家で食べた。

この村井さんは、昔は多分鶏屋さんだったのが、気づいたら、鶏肉専門のお弁当屋さんになっていた。

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下の画像がメニュー、決して、安さを売り物にしていない値段。
多分600円台のボリューミーなから揚げ系弁当が男性に人気あるのか、お昼のお弁当を買いに来る男性が多かった。

1,2年前に、この2,3軒先に320円弁当店ができたけれど、こちらのお店はこちらのお店でファンが多いよう。

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このお店、唐揚げ以外は作り置きしないのか、普段の日、私は一応1時からお昼休みなので、その頃、焼き鳥重を買いに行くと、「15分くらいかかる」と言われてしまい、そこから、15分手持無沙汰で待つのがつらく、最近は全然買わなくなっていた。

しかし、この日に、「焼き鳥重」を頼んだら、10分でできると言われたので、10分くらい、自転車でそこらへんを走り回って待ってしまった。

こちらが、焼き鳥重820円、その上に「上焼き鳥重」930円もあるみたいで、写真を見比べると、上の方が焼き鳥一本分具が多い感じ。
普通の焼き鳥重は、つくねと、胸肉とねぎのねぎま、うずらのたまごに、青唐辛子かな?
上だと、そこに、もう1本焼き鳥が増える感じで、きっともも肉かと思う。

値段が値段だけに、全部美味しかった。

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他、我が家の方で、鶏肉のお弁当というと、浅草橋の埼玉屋さん柳橋の鳥豊さん
埼玉屋さんは、電話で注文するのだけれど、1つでは悪いし、後、野菜が全然入っていないので、段々頼まなくなった。
柳橋の鳥豊さんは、土曜日に前を通ると閉まっていることが多く、休みが土日祭日に変更になったかと思うが、今、食べログを見たら、普段の日も休業になってしまったのかな?
段々まともな焼き鳥弁当、きじ焼き弁当を出してくれるお店が減っていくことが寂しい。
(最近、居酒屋できじ焼きを出さないし、焼き鳥屋さんも夜から営業のお店が増えて、こういう焼き鳥弁当を中々見なくなった感じ)

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# by mw17mw | 2017-10-21 09:35 | 飲食店・菓子店 | Comments(0)

入谷・根岸 下町歩きツアー 3/3(主に、下谷の秘密の花園?)

最後は、快哉湯という廃業してしまったお風呂屋の前でそのお風呂屋さんの長所を聞いてから、とあるゲストハウスに連れられて行った。

この建物は、ごく普通のそこらへんにある建物で、二階の窓からは、沢山の洗濯ものが見えて、庶民的過ぎる、この建物のどこを見るというのか、想像できなかった。
その建物の一階は、ゲストハウスの受付&バーになっていた。
中に入ると、結構奥行きのない建物であることが分かり、裏口の奥にももう一軒家があるのがわかった、それが素敵そうな日本家屋だったのだ。


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こちらが、前の家から見た奥の家の入口。
完全に和風木造建築、これだったら、見学するというのはわかる。
と思ったが、この建物は、お客さんが泊まる客室があるので、中に入ることはできなかった。
その代わり、この玄関の手前を左に曲がると...。


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そこには、金魚が泳いでいる池があり、池にかかっている石橋を渡ると、ここが台東区の低地部分の下町であることを忘れて、京都にいるような気分になれる庭があったのだ、うわ~、これこそ、秘密の花園。(それに、池のお水は地下水?枯れていないのかな?)
外から見たら、まさか、窓から洗濯物を干している民家に隠れて、裏に、こんな素敵な庭があるなんて、絶対わからない。
下町版秘密の花園?


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ゲストハウスの客室である建物は、ずずっと縁側が回っていて、座敷と縁側の仕切りは障子戸、廊下の外はガラス戸がはめられた建物。
いいな~。

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このお庭の左隣は、小野照崎神社で、このお庭から、小野照崎の富士塚の裏側が見られるとのこと。
それにしても素敵なお庭なので、びっくり!
この建物がどういう歴史を持っているのかとか全くわかっていない。
ただ、まさかまさかの素敵な空間で、びっくりしてしまい、その意外性で、私としては、今回のツアーでは、このお庭が一番印象に残った。
細かいことは、良くわからないけれど、このお庭と建物をゲストハウスの経営者の方が生かして、残してくれて、ありがとうという感じ?


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で、このゲストハウスの名前は、「ゲストハウスtoco」とのこと。(その前に「古民家」がつくらしい)
TripAdvisorでも、4.5の評点だから、評判が良いのではと思う。


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通常は、チェックインが4時からで、バーは7時から営業だから、ここに泊まらない限りは、お庭を見学することができない筈。
でも、それが、今度の日曜日22日、10:00~17:00まで、7周年イベントとして、この裏の建物を使って「まぜこぜ自由市」というワークショップや飲食店が出る催し物が開かれるそう。
そう、このお庭を見たい方は、今度の日曜日だけがチャンスです。


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このtocoさんを見学して、言問い通りに面したレストランでお茶を飲んで解散となった。
雨だったし、予定を全て回れたわけではないのだが、有名な場所をしっかり書き込んだ地図をいただいたので、今度、見損なったところを見に行きたい。

<おまけ>
ずっと話題にしたかったのだが、短い話題なので、紹介できなかったお家を、今回はちょうど古民家関連の話題なので、ついでにご紹介。
本郷に真砂中央図書館があるのだけれど、そのはす向かいに、立派なお屋敷風日本家屋が残っているのだ。
(門の横に小さな部屋があり、「ここに、地方から出てきた書生を住まわせたのかな?」とか想像して楽しんでいる。そして、現在、表札がかかっておらず、誰かが住んでいるという感じを受けない)
この建物を見る度に、昔は、本郷中に、こういうお金持ちの中流家庭が住んでいたようなお屋敷が沢山あったのだなと思う、でも、今となってはそれらの殆どはマンションに代わってしまった。
先日まで真砂図書館が工事中で、半年だったか一年くらい近寄らなかったのだが、どうも工事が終わったらしいとのことで、行ってみたのだが、このお屋敷はまだあってホッ。
(この道を真っすぐ行くと、炭団(たどん)坂に出るのだが、その手前に、坪内逍遥が住んでいたという屋敷があったのだが、既にもう壊されている。炭団坂を下ると、小さな家が密集する下町となる。)


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今、記事を書くのにあたり、真砂坂上界隈のGoogle Mapを見たら、この家のこと「旧諸井恒平邸」と出てきた。
その人名をwikiで調べたら、「諸井恒平さんは、セメント王だった」そう。
やはり、そのくらいの名前のあるお金持ちのお屋敷だったのだ、納得。

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# by mw17mw | 2017-10-19 17:40 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)

入谷・根岸 下町歩きツアー 2/3(主に、旧陸奥宗光邸・矢嶋写真館)

子規庵を出た後、来た時とは別の路地、と言ってもホテル街をを歩いて、笹の雪の近くまで戻った。
そのホテル街の道も、明治時代は、一番正式な道で、正岡子規に会いに行く人たちが通った道だったとのこと。

そうして、横断歩道橋を通って、根岸小学校の方に渡り、その横の路地を歩いて、旧陸奥宗光邸に。
ここからは主に、古い建物見学になっていく。

何でも、1816年から1820年まで、陸奥宗光が欧州への留学中に、二番目の妻である亮子と先妻の子どもたちが、住んでいたらしい。
(その後、陸奥宗光が日本に戻ってくると、六本木に引っ越し、最終的には、駒込の現在の古河庭園に居を構えた。)
根岸には、他にも洋館があるけれど、実は、本当の西洋の洋館建築と、中身は和風建築ながら表面だけを洋館風にしたものがあるとのこと。
旧陸奥宗光邸は、完全な洋館建築で、屋根裏の梁の入れ方なぞ、西洋風なのだって。

今では、この白い建物だけが旧陸奥宗光邸だけれど、実際に陸奥宗光の家族が使用していた明治時代には、左右前後の土地、全てがお屋敷の敷地であったそう、確か、2千坪だったとか。(今はそれらが切り売りされ、周囲にびっしり民家が細かく建っている)

場所は、言問い通り沿い、鶯台駅南口の向かい側から鶯谷駅北口向かい側に向かって路地を見ながら歩いていると、出てくる。(結構、わかりやすく、私も以前から知っていた。)



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この建物に案内板があって、陸奥宗光邸であったことと、その後に住んだちりめん本の成功者のことが書いてあった。
下の写真最下段の右から二番目の女性の横顔の写真が、陸奥宗光の二番目の奥さんである「陸奥亮子」。
本当にきれいな人で、日本においては、「鹿鳴館の華」、陸奥宗光が駐米大使になったとき、アメリカに行き、そこで、「ワシントン社交界の華」と評判になった女性だったとか。(確かに、この横顔の写真は見たことがある、昔の女性というより、現在の女性に通じる容貌)

ちりめん本は、長谷川武次郎さんという方が考案したもので、「欧文和装本で、和紙を使用し、木版多色刷りで挿絵を入れ、文章を活版で印刷し、縮緬布のような風合を持った絵入り本」。
これが海外で受け、輸出されていたらしい。(海外に輸出されていたものなので、日本には余り残っていないし、有名ではない)
その長谷川武次郎さんが、この家を買い取り、私宅と会社に使用していた、今でも、その子孫である西宮さんの所有で、実際に住まわれているとのこと。(だから、中に入ることはできない)


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次に「そら塾」や「世尊寺」も案内されたが、紹介を割愛。

元々は明治時代の建物で、何度か手を入れて使用してきたとのこと。
関東大震災では倒壊を免れ、戦災にも遭わず、今でも健在なのだが、今の形になったのは、昭和初めとのこと。
こちらは、案内役の中村さんが建物の保存が縁で懇意にされているとかで、特別、2Fの写真スタジオまで見せてくださった。
(何でも、2013年に後継者がいないとのことで、写真館は閉じて、この建物も建て替えようと思ったけれど、中村さんたちのこの建物に対する評価を聞いて、改めてその価値がわかり、当分の間、昔のまま使って行こうということになったそう。)
こちらの建物は、骨組み等、日本式の木造建築で、その表面を洋館風に飾ったもの。
(矢嶋写真館の2,3ブロック手前にも、似たような建築がある)

スタジオも良かった、スタジオと待合室を分けるドアの建具なぞ、もう今の時代では作れないような細工のドアであった。

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<にびきと山口煎り豆店>
矢嶋写真館の向かい側に、二軒、昔の木造家屋が残っていた。
にびきというふぐ料理のお店と山口煎り豆店。
昔は、この金杉通の両側には、こういう屋根の建物がずらっと並んでいたとのこと、その時代、街並みがきれいだったろう。
(実はこの様式のお家はまだまだ残っているらしいが、昭和の時代に、表面を今風に囲ってしまったり、わかりにくくなっているとのこと。建物は、横から見て、そういう囲いがないかどうかチェックすると良いとのこと)


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# by mw17mw | 2017-10-19 09:20 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)

入谷・根岸 下町歩きツアー 1/3(主に、子規庵・鶯谷駅)

わ~い、実は、7月にジャパネットが、一日限定で特価で販売したエアウィーブの敷布団を注文したのだが、お届けが3か月後という条件だった。
それが...それが...とうとう今日届くと、佐川からメールが入ったのだ、すごく楽しみ!

---本題です---

先日、紹介した「good day 入谷 2017」という催し物 のページに、「入谷・根岸 下町ツアー」が10月15日に開催され、参加者を募集していたので、応募して、参加させていただいた。

鶯谷駅で午後1時に集合。


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主な立ち寄りスポットは「子規庵(正岡子規が過ごした住居)、旧陸奥宗光邸(西宮邸。住宅用として建てられた洋館では都内最古の現存例のひとつ)、矢島寫眞館(1918年開業)、そら塾(昭和初期の三軒長屋アートスペース)、金杉通り、下谷の路地など」で、案内してくださる方は、根岸地域が「奥村雅夫さん(根岸子規会会長、ご実家は根岸にある創業326年の豆富料理「笹乃雪」)、入谷地域が「中村出さん(たいとう歴史都市研究会理事、台東区根岸の矢島寫眞館の建物保存に携わる)」とのこと、期待できる。

それが前日から、まさかの一日小雨の天気予報、そして、そのまま、小雨の中決行された。(涙)
ま~、小雨だったので、そんなに辛かったりはしないけれど、何せ、片手は傘でふさがっているので、所々、名もないところで素敵なところがあっても、カメラが出せなかったり、地図を広げることができたなかったことが残念であった。

最初に、明治35年の根岸界隈の地図に見て歩く予定の場所を含む現在の有名な場所の位置ををかき込んだものを配ってくださった。
案内役の奥村さんから、「皆さんを明治35年頃、子規が亡くなった頃の根岸に案内したいので、大きな真っすぐの道路があったら、それは明治35年くらいにはなかったものなので、自分で景色から消してください」と告げられる。
今では、鶯谷駅に近い根岸は、変なホテルばかり乱立しているけれど、江戸時代から明治の中期の頃はもちろんそんなものはなく、線路で上野の山と分断されていない低地で、江戸のお金持ちの別荘地だったし、文人が多く住んでいる地域だったそう。

結論から言うと、とてもためになる良い会であったので、きっと、来年も同じ催し物が開かれるとしたら、参加されると良いと思う。
(入谷・根岸は、無名ではないが、谷根千ほど、マスコミに取り上げられることが少ないと思う)

私は、ずっと昔、個人的興味で何度か自転車で探検したことがあったのと、今、根岸のタジマヤに通っているので、だいたいの地理はわかっている程度の知識。(でも、そこから深く入るような材料がないのだ)

何が良かったかというと、案内してくださった方が、本当に地元を愛し、長年研究されていて、どこに行っても、細かく色々なことを説明してくださること、その知識たるや、舌を巻いてしまうような、知らなかったことばかり。(根岸担当の奥村さんは、正岡子規研究家でも根岸を研究して20年、古地図とにらめっこすることが趣味で、まだまだ、根岸と正岡子規の研究者としては初心者と謙遜されていた)
とても、ためになったし、楽しかった。

まずは、鶯谷駅北口を出発して、笹の雪のところで、説明を受けた後、笹の雪の前からぐるっと回って、根岸三平堂へ。
故林家三平家は、結構路地裏にあってわかりにくいが、大きくて立派。


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そこをまた裏の方に回ると、子規庵や書道美術館なぞがある他、普通の家でも趣のある建物があったり、素敵な路地裏が存在していた。
子規庵は、勿論、子規存命中のものではなく、その後、2,3度建て直されたが、東京大空襲は免れたのに、その1か月後の空襲で燃やされてしまい、戦後、弟子たちが昔通りに建て直したものとのこと。


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中に入ると、5分くらいのビデオを見ることができ、その後、奥村さんが色々説明してくださった。

正岡子規の庵で、やはり、俳人仲間というのだろうか、正岡子規を慕って通ってくる多数の若者たちとの集合写真がとても印象的だった。
病気でも、正岡子規の文才と性格で、これだけの人に慕われていたのかと、それだけで、正岡子規の素晴らしさがわかるような写真であった。

正岡子規が伏していた部屋は、庭に面していて、テレビで描かれるとおり、部屋の先にヘチマがぶら下がっていた。


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奥村さんの話だと、正岡子規が生きていた頃、子規庵の周囲は、平屋ばかりだったので、正岡子規が庭に目を向けると、そこより遠くの方に上野の山の緑も見えた筈とのこと。
だから、子規は、療養中、自分の庭だけではなく、その先の上野の山の碧を楽しんでいたらしい。

子規庵は、縁側から庭に出られるので、庭を歩いてから、裏口から出てきた。

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裏口から出たところで、また奥村さんが説明をしてくれた。
子規庵があるところの横は、あの加賀百万石の前田家の敷地3千坪のお屋敷と庭だったそう。
(子規庵の大家さんも前田家だったのだって)
何でも、江戸幕府が終わり、前田家も本郷の上屋敷から出なくては行けなくなり、上屋敷の機能をいくつかに分け、明治5年に、隠居所の機能を根岸に持って来たとのこと。(その3千坪は、農地だったものを買いとったらしい)
その半分が隠居所で、残りの半分が使用人の家だったとか。

で、そのうち、隠居人たちも他界され、隠居所を置いておく必要がなくなり、お殿様の土地三千坪をそのまま買う人もなく、その土地は、買ってくれそうな結構身分の高い元武士の屋敷に合わせて、大きな区割りで売却されたとのこと。
それをまた時代が経ってから売却するときに一つの土地が広いので、個人で買うには大きすぎ、旅館やホテル業者に売れたらしい。(こういうホテルは盛り場の隣の駅にできるものとのことで、鶯谷駅は、上野駅の隣だから、そういう業者には恰好の場所だったのだ。←その事情は武家屋敷が沢山あった湯島も同じ)

へ~、まさかまさか、鶯谷駅近くの根岸に、前田家の屋敷があったとは、想像したこともなかった。

その他、本当に奥村さんは詳しいので、「鶯谷という地名がなかったらしいですが、何で、鶯谷という駅名になったのですか?」と聞いたら、明治35年の地図の中から、ちょうど上野の山と低地の境あたりに、「鶯町」という場所があったことを教えてくれた。
その鴬町のところに、木の絵が沢山描いてあったから、小さな林だったのかも知れない。
そして、そこが上野の山に対して、低地であったので、鶯谷という名前になったのかもね。
wikiの鶯谷に、「江戸時代に寛永寺の住職として、代々京都から皇族が駐在していた。その一人である公弁が、元禄年間に「江戸の鶯はなまっている」といって当時の文化人・尾形乾山に京都から鶯を運ばせて、この地域に鶯を放し、鶯の名所になったことに由来する。」と書いてあるが、その鶯を放した地域が「鶯町」かも)

今回、このツアーは、「入谷・根岸 下町歩きツアー」という名前であったが、実際は、今の住居表示の「入谷」には行かなかった。
というのは、入谷というのは、江戸から明治にかけては入谷村とか、入谷田圃というところだったので、古い物が何もないようなのだ。
今の昭和通りは、奥州街道の裏街道とのことで(ん?書いている私も意味は良くわからないが)、その両側は、町だったみたいで、都心に近い方が「坂本町」、北の方に行くと「金杉町」という名前だったのに、明治以降何度かの住居表示の変更を重ねるうちに、昭和通りの東側の住居表示は田圃から取った「入谷」に統一され、西側は「下谷」という地名がつけられたそう。(下谷という地名は元々はその近所にはなく、元々は現在の上野広小路あたりをいう地名であったとのこと)

今の入谷という地域が発展したのは、いつからかは不明だが、相当新しく、田んぼが埋め立てられ、人家ができてきて、金美館通りのような商店街が賑やかになった頃なのだろう。

そうそう、それに、今の住居表示の根岸という地域は、南北に細長くて、鶯谷駅前から三ノ輪駅の方まで5丁目まである広さなのだが、江戸時代からの遺物を語るとしたら、やはり、都心に近い鶯谷駅近くの上根岸・中根岸だけのよう。

正岡子規が、元々文人が好んで住む土地柄であったことが気に入って移ってきたとのことだが、結核の療養に向いた、自然豊かで空気のきれいな地域であったことは間違いない。

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# by mw17mw | 2017-10-18 09:09 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(1)

超目玉の半端物マグロ

先日、鳥越のココスに行ったら、チラシに載っていない「超目玉」というシールが貼られた、サクにできない筋の多い部分の「天然物 長崎産 生本マグロ(中トロ)」が出ていた。
これは、スーパーの魚屋さん側でも超目玉に分類したけれど、私からしても、「え~、こんな天然物の本マグロで、日本国内で捕れたからこそ生(凍らせていない)、しかも、中トロの半端物がこんな値段で出るの?」と、まさかの発見をし、「超目玉」に分類したこのスーパーの価値をその通りと感じたので、これを私が買わなくて誰が買うと思って、買ってしまった。(4パックあったが、一生懸命見比べて、一番美味しそうなところを選んできた)
(珍しいよね、本マグロで生というものはスーパーで中々見ない気がする。)
ちょくちょく、朝一番で、スーパーに行くと良いことあるのね。(笑)
(今朝も、こういう超目玉の札を貼られた半端物が出ていたが、外国で獲れたインドマグロの冷凍の中トロだった。値段は同じ)

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家に帰って早速、スプーンとか、ナイフで筋から身をこそげ取ったのだが、今までになく、筋が少ないタイプで、最初計量したら、370gだったのが、筋を取り除いても、320gであった。
今まで色々なまぐろの筋を買って来て、身をこそげ取ったが、今までで一番、筋が少ないし、ぬめっとしていて、本当に美味しそう。
(同じ長崎産の本マグロのサクは、100g798円で売られていたから、この半端物はその1/3の値段ということになり、本当にお買い得)

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このパックの中には、筋っぽい大きな切り身の他、筋が余りない、サクにはならない細長いマグロが結構入っていたので、ぶつ切りにした。
それでも、何ていうか、筋から掻い出して、柔らかくふにゃっとなったマグロも中落ち丼とか手巻きにすると十分美味しいのだが、こういう普通の切り身やぶつ切りで食べられるまぐろも絶対美味しい。

私は母が生きていた頃、私が自分でお金を計算して買い物をするから、つい、美味しいマグロを買うとき、同じような味なら、お刺身にしたものより、中落ちの方が安いからと掻い出したものを買ってしまっていたのだが、それは、値段と味のコスパが頭に入っている人間だからこそしたことだったみたい。
そういうものを食卓に出すと、昔人間のコスパを日頃考えていなかった母なぞは、「ちゃんと身として固まっていて、四角い形をしているまぐろのお刺身でないと食べる気がしない」と言っていたっけ。
そりゃね、サクにして、お刺身用に切ったマグロが最高と、母のことを思い出しながら、四角いマグロを食べる。

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全部処理した後、ピチットシートを敷いたトレイに平らに並べて、上からもピチットシートを重ね、ビニール袋に入れて冷蔵庫に半日寝かせて、中の水分を取った後、ラップをしたトレイに並べ替え、上からもラップで覆い、冷凍させた。
で、それをバリバリと割って、ビニール袋に移した後、今、時々、解凍して、食べているけれど、そりゃ、最高級でないけれど、我が家でリーズナブルに調達できるまぐろの中では特上の部類でとても美味しく満足。

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そういえば、昔むか~し、物凄く物識りの人に、築地場内で、夏なら、生のまぐろは需要が少ないので、素人の手が届く値段で買えると習ったことを思い出した。
確か、生の本マグロは、冬場が季節で、冬場は本当に人気があって、素人の手が届かない値段になってしまうとか聞いた覚えがある。
今回、寒くなる前の10月の初旬にスーパー経由で手に入ったのだが、今後、また、夏になるまで無理かも知れない、そう思うと、大切に食べなくては。

そういえば、こういうマグロの掻い出したもの、他の魚に比べて、冷凍させると変色が早い気がするので、大切に食べなくてはと言いながらも、変色する前に食べてしまわなくてはね。
ニャンコには、この前に処理しためばちまぐろの掻い出したものを冷凍させてあるので、そちらをほんのちょっとずつあげている。

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# by mw17mw | 2017-10-17 09:12 | 食材・食材のお店 | Comments(0)

ピチットシートとレックの醤油さし

<ピチットシートの研究>
今年の夏だったか、品川Iさんから、「ステーキ用のお肉をピチットで挟んでおくと、熟成牛肉になる」と聞いたのかな?
それに刺激を受けて、ピチットシートを合羽橋の本間商店から買って来て、また、使うようになった。
ピチットには、ライトとレギュラーがあるけれど、やはり、レギュラーだなと迷わずレギュラーをチョイス。
その次、大きさが二つあって、レギュラーが1枚25㎝×35㎝、ミニが1枚18㎝×25㎝と、ほぼ半分サイズだが、ステーキ肉に使うつもりだったので、小さい方をチョイス。
おおきいものを脱水したいときは2枚使えばいいし。


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最初はそれで良かったのだが、段々、大きい生ものを冷凍する前に脱水するようになった。
例えば、新鮮なアジを2本くらい買って来て、自分で2枚におろして、ピチットに包んだ後、ビニール袋に入れて半日くらい冷蔵庫に保存、脱水し、それから、ラップに包むなり、袋に入れるなりして、冷凍している。
その他、イカ、後、筋の多いマグロの実を掻い出したものも、最近は、ピチットしてから、冷凍している。

で、使った感想なのだが、アジやイカは生で売られているのだが、ピチットシートで処理してから冷凍させたものを、手早く解凍して生で食べたりしている。(自己責任でね)
マグロの筋の多いところで太平洋で獲ってきたものとか、アンガス牛のステーキ肉なぞは、冷凍してあったものを解凍して売っているので、家でそれを再び冷凍するのは、良くないのだけれど、一度に全部食べられないので、そうするしかないのだ。
しかし、ピチットで余分なお水を取ってから冷凍すると、そんなに味が落ちないような気がしている。

で、ピチットシートに話を戻すと、アンガス牛は100gあたり100円高いけれど、肩ロースよりサーロイン、特に厚切りが美味しいのだけれど、最近余りでなくなって、ピチットシートは、魚用になり、一度に二枚使うことが多くなってしまったのだ。

で、かっぱ橋の本間商店で値段を比べたら、レギュラーは、32枚で、1850+税なので、1枚62.44円、ミニは、36枚で1200+税だから、1枚36円、2枚使うと、72円となり、量の多いものを脱水するならば、レギュラーサイズを1枚使った方が10円安いという結論に達した。
でも、私は、今後、両方手元に揃えて行くと思う。(う~ん、でも、ステーキ肉を買うのはたまのたまだから、最終的には、レギュラーのみかな?)


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<レック DELIプッシュ式しょうゆ差しS>
自分の持っている道具をチェックしたら、醤油さしが100キンレベルのものが多くて、実は満足していないことに気づいた。
合羽橋のTDIに見に行ったら、ま~色々なものを売っているけれど、しっくりこなかった。
そこで、ネットで、「醤油さし お勧め」で検索したら、「醤油さしの最強おすすめランキング10選【液だれしない!】」で一位なのが、レック DELIプッシュ式しょうゆ差しSで、100㏄が入って397円。岩澤硝子 江戸前すり口醤油注ぎとかイワキ フタ付きしょうゆ差しにも魅力を感じないことはないのだが、現在は、レックのDELIプッシュ式しょうゆさしのSに興味津々。
ただ、これは私の生活範囲では見たことがないのだ。
でも、最近、吉池の地下2Fで、LECの文字は良く見るな~と思って見に行ったら、激落ちくんばかり。(涙)
で、この商品、Amazonで買うとなると、「ご注文合計額が¥ 2,000 (税込)以上の場合、購入いただけます。」と書いてある。
今のところ、Amazonで何か買いたいというものがないので、手が出ない、グスン。(そのうち、本でも買おうかな?)
ということで、今、探しているのだけれど、ハンズとか行けばあるのかしら?
今、LECのお客様相談室に電話したら、受付は4時までなのだって。
明日、また、電話して、扱っているお店を聞いてみよう。
(売っているお店を、ご存知の方、いらしたら、教えてください)

でもね、本当は、液だれしないことも大切だけれど、実は、入れたままにしておいても、水分が蒸発して濃くならないタイプが欲しいのだけれど、望み過ぎだろうか?
イワキの蓋つき醤油差しは、ふたを毎回毎回とか、使った後にちゃんと蓋をするかとか考えると、難しいかもと思うし、岩澤硝子の江戸前すり口醤油注ぎは、高いから、まず、レックを使ってみて、物足りなかったらねという感じ。
(ということで、お勧めの醤油さし、できたら、安いもので良いものがあったら、教えてください)

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# by mw17mw | 2017-10-16 16:32 | 道具 | Comments(1)

人形町「長谷川商店」で焼きたて海苔を買ってみた

今、探したら、安くて良質の海苔を求める2017年初夏-人形町の長谷川商店・元浅草の佐藤海苔店を書いたのが、6月9日だから、それから、全ての手持ちの海苔を食べ切るのに4か月かかった。
その間でも、元浅草の佐藤海苔店で、賞味期限が一年以上先の海苔を定価700円で1帖購入し、古い物と味を比べてみたりした。
そうしたら、やはり、ほんのちょっとの差だけれど、賞味期限が先のもの、すなわち、焼いてから余り日が経っていない方が、何ていうのだろう、味に華やかさとか明るさがある感じがした。

その差は、海苔だから、それが強かったらおかしいわけで、食べ比べると、焼いてから時間が経っていない方が、味がほんのちょっと華やかだと思ったのだ。(その差は忙しい時に食べたら、わからない程の微妙な差だと思う)

そうして、佐藤海苔店の方が先になくなって、最後、残っていた海苔を出したら、これが美味しかった。(この海苔には有明海苔のシールが貼ってあった)
袋を見ても、どこで買ったものか忘れていて、人形町の長谷川さんか、日本海苔店かなとは思ったが、こちらは高くなかったことだけ覚えていた。
これが薄くて、味も私に合っていて、この海苔がいいかなと思っていたが、果たして、どこで買ったのだろうと思い出せない。(過去のブログを探さなかったのだ)

佐藤海苔店の有機栽培の海苔も美味しいのだけれど、いかんせん、高過ぎると思い、全部なくなりそうになった時に、長谷川商店では、毎週金曜日に自分のお店で海苔を焼いて、安く売っていることを思い出して、木曜日に電話して、「土曜日に取りに行くから」と言って、一袋頼んでおいたのを、土曜日の雨の合間に取りに行って来た。

このお店の入口には、毎週金曜日に焼きたて海苔販売については何も書いてないけれど、店の中に入ると、2つ下の画像右のような「焼きたて海苔販売のお知らせ」が置いてある。
(そうそう、私の知っている限りでは、他に山本海苔の本店で、焼きたて海苔を販売しているが、1帖648円とのこと)


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注文した品物は、下の画像、左のもの。
30枚(3帖)で1080円。
どこの海苔か聞いたら、有明だって、良かった。(最近、わかったというか、自分で実感しているのは、有明の海苔が薄め、次が瀬戸内とか愛知、一番厚いのは千葉なのかもしれないということ)
私は、どうも薄目の海苔が一番好みかも。

買って来て開封し、試しに食べたら、やはり、バリバリ度が半端ない!すごい。
残っていた6月に買った有明と食べ比べると、やはり、味が新しい方が明るい感じがした。
しかし、おにぎりに巻いて食べると、その差が良くわからなくなってしまった。
焼き立ての海苔は、8枚切りにして、海苔にお醤油を少しつけて、箸でご飯の上に置いて、海苔でご飯を巻いて食べるみたいな食べ方が一番生きるかも。(味の評価はもっと食べ込んでからにしたい)


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お店から出るときに、下記の海苔の袋を見つけ、私が先日美味しいと思ったのは、この袋だったことを思い出し、長谷川さんにくれば、帰ることがわかって、良かった。
長谷川さんのお店に並んでいる海苔は、寿司はねの1帖250円が一番安くて、一番高いこの有明でも、378円くらい、全てが安い。


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ま、私のような常連でもないものからの電話注文を受けてくれる優しいお店なので、注文される方は、遅れても良いから、必ず取りに行ける人だけにして欲しい。


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# by mw17mw | 2017-10-15 09:21 | 食材・食材のお店 | Comments(0)

連休最後は、東京国立博物館の常設展へ

中途半端に時間があったので、先日、見損なった常設展示に、お金を払って行って来た。
私の見たいものは、本館にある筈と、本館に行ったら、今、一時間に一回「DOGU」という映画が有料で上映されていると書いてあった。


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(「DOGU]を「どぐう」と読める人は、教養のある人、私は、かっぱ橋近くの人間だから、「どうぐ」と読んでしまった。)
最近、縄文土器に興味がある私だし、上映開始時間も近かったので、東洋館の地下の上映場所に行って見て来た。
でもね、土偶だけは何のために作ったかとか、何に使ったか、解明できない道具とのことで、結論がないのだ。
ま、それでも、縄文時代は1万年続いて、弥生時代に比べて圧倒的に長かったことがわかったことが良かったかな?(というより、農業で米を作るようになった後、人類の進歩が早くなったかも)
周囲の子どもたちは、「面白かった~」と言っていたけれどね。

映画が終わって、東洋館の地下を通って、本館に戻ったのだけれど、東洋館の地下には、クメール文化というのだろうか、カンボジアの仏像が沢山あって、素敵であった。
本館で、作品の写真を撮っている人が沢山いたので、係りの人に聞いたら、「撮影禁止」のマークがついていなければ、ご自由に撮影してくださいとのことで、その後からは私も展示作品の写真を撮った。
もしかして、東洋館もそうだったかもしれない、クメールの仏像、写真を撮ってくれば良かった。


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その後、「運慶の後継者たち」という展示を見に、1Fの14という部屋を目指した。
その前だったか、その前の部屋が、刀を展示している部屋で、そこだけは、行列ができていてびっくりした。
テレビで時々「今、武将が人気とか、刀が人気だ」とか言っているのを見たことはあるが、実感したことはなかった。
しかし、この刀人気を見て、本当だ、若い人が刀や戦国時代に興味を持っているということを実感した。

運慶の後継者たちの主な展示物は、運慶の孫の康円という運慶の孫の作品であった。
それなりに良かったけれど、運慶は才能もあったけれど、ちょうど時代の過渡期に生きて、前の時代の技術も習得した後、後に続く時代の流れやニーズを敏感に感じて、進歩できたのだなと思った。(そういう時に恵まれるかどうかで、生まれる作品はずいぶん違うのだろう)

で、その部屋を出て15,16と回っていくと、その間だったかな、本館の裏側の真ん中くらいに出るみたいで、裏の庭に続きそうなガラスの戸があって、そこから出ると、バルコニーがあって、東博のお庭を見ることができて、素敵だった。

今まで、東博のお庭は春と秋の特別な期間にしか、歩けなくて、また、このように、本館の中からお庭を見ることができなかったと思うが、これはとても良いアイディアと思った
(一二度、東博のお庭を歩いたことがあるが、必ずしも、植物等の手入れが良いわけでもなく、池の水も汚く、一度歩けば、十分という印象だったと思う。でも、こうやって、1階のバルコニーから見ることができた方がきれいに見えると思う)
。(と言いながら、秋の庭園開放は、「10月24日から12月3日」 とのこと)


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天気の良い日で気持ちがよかった。


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建物の中に戻って、平成館の方に向かうと、ちょうど本館と平成館のつなぎ目のところに、現代的な休憩所があって、ソファも大きくて柔らかくて、こちらも素敵。(こちらからも庭を見ることができる)

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平成館の一階の半分くらいは、「日本の考古」
國學院大學も良いけれど、流石、東博だな~という品揃えで、珍しいものが種類多くある感じ。
(埴輪はこちらの方が揃っているかも、土器は、國學院かな?でも、東博は、沢山の所蔵物を展示していないだけかも)
こちらの多分右側の埴輪が「盛装の女子」?

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平成館の「日本の考古」を見た後、また、本館の1Fに戻ったのだけれど、玄関に近いところに、天井が思い切り高い、とても大きな休憩室を発見。
ここ、いいね~、フランスの映画に出てきそうな部屋、レトロ感が素敵。

本館全体、また、本館の前のお庭中、沢山椅子が用意されていて、いくらでも、休むことができるところが良い。

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この本館は、2Fに、貴賓室のような部屋があり、そこに、この建物が昭和13年に建てられたと書いてあった。
ということは、もうこの建物ができて79年?
そんなに古い感じはしなけれど、やはり、現代の建築とは違う雰囲気であることが素敵。


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2Fに飾られている「埴輪 盛装の男子」を見てから、博物館を後にした。(2Fまでは階段が長いので、エレベータで往復した)
行きは、五条天神や韻松亭の横の坂を上がってきたのだが、帰りは、東博からまっすぐ行くとある桜並木を通って帰ろうとしたら、何でも、「倒木の危険性あり」とのことで、桜並木の殆どが通行禁止になっていた。(両脇の道だけ歩くことが可能だったかな?私は自転車だから、Uターンして、五条天神の横から不忍池の方に出た)

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# by mw17mw | 2017-10-14 19:15 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(2)