2017年 10月 19日 ( 2 )

入谷・根岸 下町歩きツアー 3/3(主に、下谷の秘密の花園?)

最後は、快哉湯という廃業してしまったお風呂屋の前でそのお風呂屋さんの長所を聞いてから、とあるゲストハウスに連れられて行った。

この建物は、ごく普通のそこらへんにある建物で、二階の窓からは、沢山の洗濯ものが見えて、庶民的過ぎる、この建物のどこを見るというのか、想像できなかった。
その建物の一階は、ゲストハウスの受付&バーになっていた。
中に入ると、結構奥行きのない建物であることが分かり、裏口の奥にももう一軒家があるのがわかった、それが素敵そうな日本家屋だったのだ。


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こちらが、前の家から見た奥の家の入口。
完全に和風木造建築、これだったら、見学するというのはわかる。
と思ったが、この建物は、お客さんが泊まる客室があるので、中に入ることはできなかった。
その代わり、この玄関の手前を左に曲がると...。


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そこには、金魚が泳いでいる池があり、池にかかっている石橋を渡ると、ここが台東区の低地部分の下町であることを忘れて、京都にいるような気分になれる庭があったのだ、うわ~、これこそ、秘密の花園。(それに、池のお水は地下水?枯れていないのかな?)
外から見たら、まさか、窓から洗濯物を干している民家に隠れて、裏に、こんな素敵な庭があるなんて、絶対わからない。
下町版秘密の花園?


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ゲストハウスの客室である建物は、ずずっと縁側が回っていて、座敷と縁側の仕切りは障子戸、廊下の外はガラス戸がはめられた建物。
いいな~。

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このお庭の左隣は、小野照崎神社で、このお庭から、小野照崎の富士塚の裏側が見られるとのこと。
それにしても素敵なお庭なので、びっくり!
この建物がどういう歴史を持っているのかとか全くわかっていない。
ただ、まさかまさかの素敵な空間で、びっくりしてしまい、その意外性で、私としては、今回のツアーでは、このお庭が一番印象に残った。
細かいことは、良くわからないけれど、このお庭と建物をゲストハウスの経営者の方が生かして、残してくれて、ありがとうという感じ?


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で、このゲストハウスの名前は、「ゲストハウスtoco」とのこと。(その前に「古民家」がつくらしい)
TripAdvisorでも、4.5の評点だから、評判が良いのではと思う。


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通常は、チェックインが4時からで、バーは7時から営業だから、ここに泊まらない限りは、お庭を見学することができない筈。
でも、それが、今度の日曜日22日、10:00~17:00まで、7周年イベントとして、この裏の建物を使って「まぜこぜ自由市」というワークショップや飲食店が出る催し物が開かれるそう。
そう、このお庭を見たい方は、今度の日曜日だけがチャンスです。


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このtocoさんを見学して、言問い通りに面したレストランでお茶を飲んで解散となった。
雨だったし、予定を全て回れたわけではないのだが、有名な場所をしっかり書き込んだ地図をいただいたので、今度、見損なったところを見に行きたい。

<おまけ>
ずっと話題にしたかったのだが、短い話題なので、紹介できなかったお家を、今回はちょうど古民家関連の話題なので、ついでにご紹介。
本郷に真砂中央図書館があるのだけれど、そのはす向かいに、立派なお屋敷風日本家屋が残っているのだ。
(門の横に小さな部屋があり、「ここに、地方から出てきた書生を住まわせたのかな?」とか想像して楽しんでいる。そして、現在、表札がかかっておらず、誰かが住んでいるという感じを受けない)
この建物を見る度に、昔は、本郷中に、こういうお金持ちの中流家庭が住んでいたようなお屋敷が沢山あったのだなと思う、でも、今となってはそれらの殆どはマンションに代わってしまった。
先日まで真砂図書館が工事中で、半年だったか一年くらい近寄らなかったのだが、どうも工事が終わったらしいとのことで、行ってみたのだが、このお屋敷はまだあってホッ。
(この道を真っすぐ行くと、炭団(たどん)坂に出るのだが、その手前に、坪内逍遥が住んでいたという屋敷があったのだが、既にもう壊されている。炭団坂を下ると、小さな家が密集する下町となる。)


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今、記事を書くのにあたり、真砂坂上界隈のGoogle Mapを見たら、この家のこと「旧諸井恒平邸」と出てきた。
その人名をwikiで調べたら、「諸井恒平さんは、セメント王だった」そう。
やはり、そのくらいの名前のあるお金持ちのお屋敷だったのだ、納得。

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by mw17mw | 2017-10-19 17:40 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)

入谷・根岸 下町歩きツアー 2/3(主に、旧陸奥宗光邸・矢嶋写真館)

子規庵を出た後、来た時とは別の路地、と言ってもホテル街をを歩いて、笹の雪の近くまで戻った。
そのホテル街の道も、明治時代は、一番正式な道で、正岡子規に会いに行く人たちが通った道だったとのこと。

そうして、横断歩道橋を通って、根岸小学校の方に渡り、その横の路地を歩いて、旧陸奥宗光邸に。
ここからは主に、古い建物見学になっていく。

何でも、1816年から1820年まで、陸奥宗光が欧州への留学中に、二番目の妻である亮子と先妻の子どもたちが、住んでいたらしい。
(その後、陸奥宗光が日本に戻ってくると、六本木に引っ越し、最終的には、駒込の現在の古河庭園に居を構えた。)
根岸には、他にも洋館があるけれど、実は、本当の西洋の洋館建築と、中身は和風建築ながら表面だけを洋館風にしたものがあるとのこと。
旧陸奥宗光邸は、完全な洋館建築で、屋根裏の梁の入れ方なぞ、西洋風なのだって。

今では、この白い建物だけが旧陸奥宗光邸だけれど、実際に陸奥宗光の家族が使用していた明治時代には、左右前後の土地、全てがお屋敷の敷地であったそう、確か、2千坪だったとか。(今はそれらが切り売りされ、周囲にびっしり民家が細かく建っている)

場所は、言問い通り沿い、鶯台駅南口の向かい側から鶯谷駅北口向かい側に向かって路地を見ながら歩いていると、出てくる。(結構、わかりやすく、私も以前から知っていた。)



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この建物に案内板があって、陸奥宗光邸であったことと、その後に住んだちりめん本の成功者のことが書いてあった。
下の写真最下段の右から二番目の女性の横顔の写真が、陸奥宗光の二番目の奥さんである「陸奥亮子」。
本当にきれいな人で、日本においては、「鹿鳴館の華」、陸奥宗光が駐米大使になったとき、アメリカに行き、そこで、「ワシントン社交界の華」と評判になった女性だったとか。(確かに、この横顔の写真は見たことがある、昔の女性というより、現在の女性に通じる容貌)

ちりめん本は、長谷川武次郎さんという方が考案したもので、「欧文和装本で、和紙を使用し、木版多色刷りで挿絵を入れ、文章を活版で印刷し、縮緬布のような風合を持った絵入り本」。
これが海外で受け、輸出されていたらしい。(海外に輸出されていたものなので、日本には余り残っていないし、有名ではない)
その長谷川武次郎さんが、この家を買い取り、私宅と会社に使用していた、今でも、その子孫である西宮さんの所有で、実際に住まわれているとのこと。(だから、中に入ることはできない)


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次に「そら塾」や「世尊寺」も案内されたが、紹介を割愛。

元々は明治時代の建物で、何度か手を入れて使用してきたとのこと。
関東大震災では倒壊を免れ、戦災にも遭わず、今でも健在なのだが、今の形になったのは、昭和初めとのこと。
こちらは、案内役の中村さんが建物の保存が縁で懇意にされているとかで、特別、2Fの写真スタジオまで見せてくださった。
(何でも、2013年に後継者がいないとのことで、写真館は閉じて、この建物も建て替えようと思ったけれど、中村さんたちのこの建物に対する評価を聞いて、改めてその価値がわかり、当分の間、昔のまま使って行こうということになったそう。)
こちらの建物は、骨組み等、日本式の木造建築で、その表面を洋館風に飾ったもの。
(矢嶋写真館の2,3ブロック手前にも、似たような建築がある)

スタジオも良かった、スタジオと待合室を分けるドアの建具なぞ、もう今の時代では作れないような細工のドアであった。

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<にびきと山口煎り豆店>
矢嶋写真館の向かい側に、二軒、昔の木造家屋が残っていた。
にびきというふぐ料理のお店と山口煎り豆店。
昔は、この金杉通の両側には、こういう屋根の建物がずらっと並んでいたとのこと、その時代、街並みがきれいだったろう。
(実はこの様式のお家はまだまだ残っているらしいが、昭和の時代に、表面を今風に囲ってしまったり、わかりにくくなっているとのこと。建物は、横から見て、そういう囲いがないかどうかチェックすると良いとのこと)


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by mw17mw | 2017-10-19 09:20 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)