2017年 08月 07日 ( 1 )

飲食業も時代ととも変る

今、間違えて、寛永寺の徳川将軍霊廟の記事を削除してしまいました、明日、再び書きます。


昨日、FBの浅草界隈の情報交換の場所で、今、国際通りのペリカンの並び、もうちょっと春日通りに寄ったところに、ペリカンがカフェを作っていると聞き、びっくり。
萬藤さんといい、ペリカンさんと言い、と言いたいところだが、そもそもはうさぎや上野からかも知れない。
若い世代が、お店を継ぐなら、自分のアイディアで違う角度からお店を大きくしたいと思うのかもね。

ということで、本当は、山梨の従弟からもらった大葉について、書こうと思ったけれど、そういう商売を広げる話をば。

先日、広島Iさんが、広島のデパートの東京関係の催事のチラシを持ってきてくださったのだ。(一つは「お江戸東京うまいもの大会」と「やっぱりお江戸、TOKYO物語」

下の画像、右上にドラ焼きパンケーキの写真が。(もう一つのチラシはうまく載せられなかったので、割愛)


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ま、昔から有名なお菓子のお店なぞがお菓子を販売するとか、マスコミで有名なお金持ちシェフが、イートインコーナーを開いているなんて言うのは理解できた。
(それに上野・浅草から行きにくい地域のお店も出ていて、そういうお店は上野松坂屋の催事に出てくれればと思ってしまった。)

一番びっくりしたというか意外だったのは、人形町のBrozers'というハンバーガー屋さんが、広島でイートインコーナーを開いていること。
Brozers'って、人形町店、新富町店の他、今は、東雲にデリバリー店があるようだが、基本、地道に地味に小さな範囲で営業しているというイメージ、それに、雑誌には出るかも知れないけれど、最近はテレビで見たこともないと思ったのだが、何で、広島のデパートの催事にお店を開いているのか、理解不可能。
将来、広島に支店を出せる可能性が知りたいのか、否、広島の三越の催事に出るということは、他の日本中の三越の催事も回っているのかも知れない。

もう一つ結構驚いたのは、あの上野のうさぎやではなく、息子さんが経営していると言われているうさぎやCafeも出店していて、どら焼きパンケーキのイートインコーナーを開いていたこと。
何だかな~、うさぎやって、お店から「買ってください」と出て行かないでも、お客の方から買いに来るお店というイメージであり、きっと、今の代の人まではそのイメージでお店を経営していると思う。

そうして、地元におけるうさぎやのカフェでは朝並ばないと食べられないという販売の仕方をしているどら焼きパンケーキを、短期間とは言え、どうして、広島で作って売っているのだろう?
(あのどら焼きの皮は、本店のどら焼き職人さんが焼いたものを本店からもらって来て、パンケーキにしてお店で出しているけれど、そういう職人さんが一緒についてきてくれているのだろうか?)
でも、若い息子さんは、これからの時代を読んで、新しいことに手を広げたり、東京外にも出て行き、実力を試したいのかも知れない。

そうなのだ、私にとって、ペリカンもBrozers'もうさぎやも、エスタブリッシュメントというか、もう既に十分東京において認知されている押しも押されもしないお店と思うのだけれど、今の時代、交通機関や物流が十分発達し、日本国中どこでも同じ情報が入り、同じレベルのものが手に入る時代になっているから、全国的に売り出すことも可能になっているし、もっと今まで以上に、今まで考えてもみなかった商売チャンスも新たに生まれているのだろう。

商社やデパートなぞから、出店しませんかという誘惑も多いだろうし、下町天丼のお店のように、海外進出も自分の事業として、視野に入れていくお店も多いだろう。

何ていうのかな、昔と違って、日本全部、否、海外全部にも、商売チャンスはある時代だから、どこまで頑張るのか、自分は料理人か、起業家かとか、昔より飲食店の悩みは多くなっているのだろうなと思う。

自分がやらねば、ライバル店が商売を広げるだけだものね、何だか、世の中発達するということは、商売の規模が大きくなり、会社組織でなくては対応できなくなるし、大変になるということかも知れない。

金子半之助さんのところなぞ、東京で行列店を作り、マスコミに取材させてから、色々な地方にお店を広げているみたい。
それが、フライチャンズ・ジーの契約なのかも知れない、良い評判を聞いていないが、創業者としては、自分の考えた商売の店舗が増えることに価値があるのだろう。

難しいものです。



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by mw17mw | 2017-08-07 22:05 | 飲食店・菓子店 | Comments(1)