2017年 06月 14日 ( 1 )

表参道から広尾の丘の上までは、下町人間にとって楽しい散歩道であった!

お祭りの日曜日、朝晩は、動画を撮るために地元にいることにしたが、その間の時間は、ぼーっとしていても仕方がないので、山種美術館に行くことにした。

というのは、先日、根津美術館に行く時に、品川Iさんとか、ドロールさんに相談したところ、根津美術館を出たら岡本太郎記念館とか、山種美術館に行くと良いとアドバイスをされたのだ。
で、岡本太郎記念館はすぐ近くだったので行ってみたが、山種美術館はやたらに遠くに感じられ、よく皆そこまで足を伸ばすなと感じ、やめてしまったのだ。

でも、一度行ってみて、地図が読めるようになってから、改めて南青山界隈のGoogle Mapを見ると、実は、根津美術館と山種美術館は、同じ道路沿いの一直線の関係にあることが読めるようになった。

で、山種美術館のアクセスのページを見ると、徒歩の場合は、恵比寿駅からの徒歩10分のコースが載っていたのだが、私は当然恵比寿駅に詳しくないから、そこから、初めてのところを迷いながら行くのは嫌だなと思ってしまった。
その点、先日、表参道から根津美術館への道は経験したので、表参道から根津美術館前まで行き、その前の道をずっと歩いて行けば、自然と山種美術館に着くはず、これだったら、知ったかぶりで青山に慣れているような人のように、気楽にスイスイ行けると思い、このコースを選んだ。

でもね、いざ出かけようとなったら、面倒くさくなって、「上野の山で何か展覧会やってないかな?」と検索したのだけれど、東博、科学博物館、西洋美術館の3つは、6月は特別展がないみたい、きっと5月のGWで人気の特別展を開催して、6月お休みで、7月からまた夏休みで稼ぐのかな?と思った。
ということで、重い腰を上げ、iPodとイヤホーンを用意して、銀座線に乗って、Smapを聴きながら、出かけた。

そうそう、出かける前に南青山近辺の地図を見たら、先日、根津美術館の時に行ったクリントンストリートベーキングカンパニーなぞがある通りが「骨董通り」だとわかったのだ。
骨董通りなら、知っているし、昔行ったことがあるのに、そこが骨董通りだと全然気づかなかった。
きっと、青山通りから入るのなら、そこが骨董通りとわかったかもしれないと、自分に期待しながら、今回は、根津美術館への道と並行の骨董通りを南下することにした。

でも、青山通りから骨董通りに入っても、ずいぶん変わっているようで、全然知っているお店はなかった、骨董屋さんも少なくなったような気がするし。
また、確か、草月会館があったよねと思ったのだけれど、出てきたのは、「小原会館」であった。(笑)

小原会館よりもうちょっと先に進んだところの右側の路地を見たら、古い小学校のようなものが見えて来た。
「あれは何だ」と思い、そちらの方に進んでもどうにかなるだろうと、近寄ってみたら、青山学院の短大とか幼稚園への入口と建物であった。
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(何だか、頭の中で繋がっていなかったのだが、骨董通りよりもうちょっと渋谷に寄ったところには、青学の大きなキャンパスなので、それは当然なのだが、その時の私の頭の中は、骨董通りより渋谷に寄った方の地図が頭に入っていなかったので、「あ~、ここが青学の短大なのだ」と感激。というか、高校の時、青学の短大を受けて合格したら、ここに通ったのねと思う。ただ、家に帰って地図を見たら、四角っぽい青学のキャンパスの横であり、同じキャンパスの中に行くのに、大学は青山通りの正門から入り、短大と中学・高校・幼稚園なぞはキャンパスの横にある違う門から入るだけの話しだった。)

そのまま、青学のキャンパスの塀に沿って、南下したら、「六本木通り」という標識のある道路の上に作られた高速道路と、その向こうに「Coca Cola」と書いてある高層ビルが見えてきて、あ、あれは日本コカ・コーラの本社に違いないと思う。
で、そこの信号を渡ったら、ラッキーなことに「常盤松交番」なるものがあって、お巡りさんが中に一人いた。
しかし、変わった交番で、普通、交番の横なぞに、近隣の住居地図があるのが普通だと思うのに、何もないのだ。

また、その交番は、正面から見ると、三角形の敷地の一番尖った頂点にあり、交番の両サイドに斜めの道が通っている、そして、交番の後ろには、こんもりとした手入れの悪い林のような土地が広がっていた。
ま~、こんな都心の高級住宅地に、こんな広い空き地があるなんて、一体何?と思った。

ま、しかし、根津美術館からの道を歩くつもりがずいぶん外れた道を進んでしまったので、交番に寄って、「山種美術館に行きたいのですが」と聞いたら、地図を引っ張り出してきて、丁寧に教えてくれた。
その交番の左側の道を進むと、五差路があるので、進んで来た道の2つ右隣の道を進めば都立広尾高校があって、その向かいが山種美術館と教えてくれた。

ついでに、「この交番の裏側に大きな空き地がありますが、あれは何ですか?」と聞いたら、「誰の物かは知らないけれど、普通の人の土地では?」とのこと、ふ~ん、そんなこともあるのか、遺産相続か何かで揉めて、そのままにされているのかな~、それだと、固定資産税が大変だろうなと思いながら、お礼を言って、交番の左側の道を歩いて進んだ。

下の画像の右のクリーム色の建物が交番、その後ろの新しめの黒い柵は交番の敷地のよう。
その向こうのグレーのブロック塀から奥が謎の広大なお庭。

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ブロック塀が続くが、ところどころ、中に入れそうな鍵のかかった門があるのだが、皆、金属の柵は錆びているし、木の門ももうすぐ腐るかと思うくらい古くて質素な印象。
やはり、遺産相続が揉めて、放置されている土地かなと思う。

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でもずんずん進んだら、突然、古いコンクリづくりの細長い立方体の建物が2,3出現。
何て言うか、道路と違う方向を向いて立っているので、中は見えないが、平屋の生活感あふれる団地みたいな感じ。
なんだ、あれは、絶対普通の家ではないし、お金持ちの家でもない、何だろうなと考えているうちに、「東4丁目」という五差路の交差点にたどり着いた。

余りに謎だったので、帰宅後、「常盤松交番」で検索したら、やはり、私と同じような疑問を持つ人がいるようで、yahooの知恵袋に、その土地に関するQ&Aがあった。

あら、あれは、常陸宮邸の敷地だったのだ。
お屋敷は、私が歩いた方とは反対側にあるもよう。
あの細長い立方体は、常陸宮邸を警護するために常駐する警官のための施設に違いない。
私が見た範囲では、お庭の塀も門も古びていているし、鬱蒼とした草木も手入れが悪くて、本当に、常陸宮ご夫妻は、戦争を経験されて苦労されて、人質も高いのか、質素に暮らされているという印象であった。
それにしても、私は、旧高松宮邸が高輪にあったことは知っているが、その他の天皇・皇后以外の皇族は全員、赤坂御用地に住んでいるものとばかり思っていたし、常陸宮邸がどこにあるかなんて、関心がなかったから、そんな、普通に歩いていて、宮邸に偶然当たるなんて、考えたこともなかった。
(「常陸宮邸」で検索すると、住所も出てくるし、別に隠されていることではないよう)

でも、そうではなくて、皇居と赤坂御用地以外に皇族の家が有り得るのなら、こんなに普通に散歩していて、常陸宮邸を発見するとは、やはり、東京ならではの偶然、しかも、下町ではあり得ない偶然でとても楽しくなった。

何だかな~、表参道から青学の横を通って、六本木通りを渡り、常盤松交番から東4丁目という信号の方に上がっていくルートは、思いもかけずに、スーパーマリオの大冒険のように、次から次へと思いもよらないものが出てきて、とても楽しく、気に入ってしまった。

歩いたルートは、この地図の青学のキャンパスの右横(アイビーホールと書いてある方)をキャンパスに沿って歩き、高速道路の通っている六本木通りを渡り、常盤松交番の左の道を歩いて行き、「東4丁目」交差点まで。

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by mw17mw | 2017-06-14 15:43 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)