2017年 05月 14日 ( 1 )

北千住界隈-荒川土手に行ってみた

さて、いつもは、槍かけ団子でUターンしてしまう「宿場通り商店街」であったが、その日は、その先の路地に入ったところにある名倉医院と、金八先生のロケをしたと言われる荒川土手に行くべき、先に進んだ。
そうすると、以前、千住七福神巡りのときに歩いた覚えのある建物が見えて来た。
思い出ではこの家は駅から相当遠いところにあるように記憶していたが、実は、槍かけ団子からすぐであった。
しかし、いつ見ても、普通の人の家としては、本当に大きい、
駅の方から歩いてきて、この信号を右に曲がって...。

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まっすぐ行って、一本目の曲がり角を左に曲がると、植え込みのある空き地みたいな家が見えるのだが、それが名倉医院。
「名倉医院」って、全国区で知られている骨接ぎなのか不安だったが、Wikiの名倉家のところに「接骨術の代名詞」と書いてあるから、きっと全国区なのだと思う。
(私が子供の頃の方が良く名前を聞いていたし、東京各地の地名を冠した名倉医院が沢山あった思い出がある、最近でも、新御徒町に名倉医院が開業している)

その日は祭日で、建物の前に駐車場がある作りだったが、駐車場の前に低い可動式の塀があり、祭日だから鍵がかかって、建物近くまで行けなかったのが残念。

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名倉家の前を通ると、向かい側に大きな壁のような土手が見えてくる。
ここまで高い土手というのも余り知らない。
横に階段がついていたので、昇って上に行った。

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階段を上り切ると、そこに車道が通っていて(上の画像の上の方の緑色の帯が車道)、そこを渡ると、更に階段があった。(荒川の水害って、何mを予想して、この土手を作ったのだろう、予想される水位や津波の高さを想像すると怖い)

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先の階段を上って、ようやく、荒川の河原が見えて、この日光街道に近い方の土手は、野球場なぞが作られていて、スポーツをしたい人たちが利用できるようになっていた。

しかし、大きな空と、川が見えるということはすがすがしくて気持ちがよかった。
こんな近くなら、もっと早くから人を案内すれば良かったと後悔。

また、下の画像右側をずっと歩いて行くと、常磐線や東武線の線路や陸橋とぶつかってしまい、それより右側の景色も余り見えず、右側に抜けられなかった。(その陸橋が邪魔で向かい側の東京拘置所が良く見えなかったのが残念)
どうも、河原に下りてしまえば右側に行けそうな感じ。

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しかし、この土手に上ってみて、一番良かったのは、河原全体に広がる空と川ではなく、その反対の住居地の方。
住居地の方を見ると、何だか、普通の家でないような建物の塊が見えて来た、結構広大な敷地に黒い屋根が折り重なるように広がって巨大な邸を作っていた。
そんな風景を見たことがない、例えば、昔の屏風に描かれている雲の間から見える貴族の御殿を連想させたし、不忍池近くの岩崎邸には昔500坪の和風の邸があったとのことだったが、きっと上から見たら、こんな感じだったのではと思えるような立派で大きな屋敷に見えた。
あれは何?敷地内には、他に赤い鳥居とか、日本庭園がちょっと見えて、神社?とも思うし、神社の割には赤い鳥居一つではおかしいということになり、上から見ている分には、何だかわからなかった。(上から覗き見しているわけではないと思う、上から見ても、折り重なる屋根しか見えないから、迷惑ではないと思う)

下に下りてから、そちらの方に回って、それらしい邸の敷地の周囲を回ってみたら、何と、その建物ぜ~んぶ名倉さんちであった。
何だか、江戸時代からこの地に住み着いて繁栄した名家、代々、骨接ぎの名医として多くの弟子を育てているわけだし、昔は修業する人たちを家に住まわせていたのかも知れないから、大きな家が必要だったのかも、そうして、もしかして、関東大震災にも戦災にも小さな火事にも遭わず、こんな古くて大きな屋敷が残ったのかも知れない。

うわ~すごいな、日本国中を探せば、こういう大きな和風の大きな邸はもっとあるかも知れない、しかし、その屋根の重なり具合を高いところから見ることができる屋敷は少ないのではないかと思う。
私はもちろん、全国を良く旅している従姉たちもこんな大きな屋敷を上から見る経験は今までなかったよう。
(名倉さんの迷惑になっていないという前提で)荒川土手の上から見る名倉家はすごい。(また、敷地の端に大きなマンションもできていて、皆、今風のマンションに住んでいて、和の邸は使っているのかどうかは不明。でも、壊さないで残してほしい。)

土手の上から写真を撮ったつもりだったが、逆光だったのか、写っていなかった、残念。(涙)

広々とした風景や素敵な和風建築の屋根の群れを見てから、駅の方に戻り、ファミレスで生ビールを飲んで帰って来た。
従姉たちは、北千住と遠いところに住んでいて、北千住というイメージはテレビで見るままだったので、今まで、「商店街が沢山ある町」というイメージしかなかったが、実際に行ってみたら、「元宿場町であるから、江戸時代から賑やかなところで、商店街だけでなく、その中に歴史や古い物も沢山あるところが良かった」とのことであった。

また、北千住の土手に疎い私は家に帰って、地図を見て反省したら、金八先生のロケ現場になった土手は、今回行った日光街道に近い部分ではなく、北千住駅東口の方から歩いて行く方の土手であった。(その近所の有名なものは、東武スカイツリー線の牛田駅とか、柳原稲荷神社)
こちらの土手の方が向かい側の東京拘置所が良く見えるし、行く価値がありそう。

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by mw17mw | 2017-05-14 09:02 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)