食品サンプル

昨日、イギリス人女性を合羽橋に案内したとき、お決まりの「食品サンプル店」にも、当然行ったのだ。

そのとき、私の聞きかじりの知識である「この食品サンプルは、日本だけの技術である」と教えた。
そのことは、以前テレビで知ったのかな?
そのほか、先日、まいづるの支店にいたら、PCを持ち込んだフランス人が、「食品サンプルマニア」か、フランスのテレビ局の人のようで、お店の人に「私の作った番組を是非見てくれ」と、紹介していた。(本当に、日本の食品サンプルは外人に人気あるとは聞いていたけれど、ここまでの人もいるのだな~と実感した)
そのときの会話が、聞くとはなしに耳に入ったのだろうか?
今、日本の食品サンプルのお店には、世界中だったか、アジアからも注文が入るらしい。

で、話を昨日に戻すと、私が「日本だけ」と話したら、そのイギリス人女性から、「何故、日本独自のものなのか?」という質問が出た。

え~、その正確な理由はわからないけれど...、自分の頭を働かし、「多分、日本は、江戸時代まで、お肉を食べる習慣がなかった。それが明治になって、お肉を食べるようになったし、色々な西洋の文化や料理が入ってきた。西洋の料理が美味しいと思った人が、色々日本人向けにアレンジした西洋料理のお店を開いたとしても、誰も見たことも食べたこともない料理のお店に入ろうとしなかったのではないか?だから、食品サンプルで、外見だけでも店の前に飾って、お客さんにリアルに見せる必要性があったのではないか?」と答えた。(これが、「真理子説」)

その場にいたまいづるの人に、「このお店はいつからですか?」と聞いたら、「大正末期から」とのこと。(1925年くらいね)

う~ん、大正末期からだとすると、明治になって、60年くらい経ってからだから、私の説は、ちょっと怪しいかも。
でも、今では和食に入る「トンカツ」「親子丼」「カツ丼」だって、明治や大正時代には珍しい料理だった可能性もある。(親子丼も、確か、明治時代からの料理だし、江戸や明治の庶民にとって、鶏肉は、ご馳走だったに違いない。)
それを食べるお店を全国各地で、楽に繁盛させるには、食品サンプルが必要だったと私は思う。

日本って、非西洋の国々の中で、最初に、すごいスピードで、西洋文明を生活に取り入れることに成功した国なのだと思った。
(洋服もそうで、アジアで、西洋人の洋服を、アジア人でも似合うように、生活に取り入れることができた最初の国は日本だそうだ。だから、中国や香港から、所謂洋裁学校に留学する人も多いそうな。そういう意味で日本は、アジアのファッションリーダーらしい。)

家に帰って調べるとWikipediaに、起源というか、日本で最古の食品サンプルの会社のことは載っていたけれど、「どうして、流行ったのか」は載っていなかった。
でも、多分、あるお店が食品サンプルを店頭に置いてみたら、お店が繁盛したので、色々なお店が使うようになったことは、想像できる。

やっぱり、日本が明治時代に、西洋文明(豚や牛のお肉を食べることとお料理)を受け入れたことが食品サンプルの誕生や普及に深く関係していることは間違いないと思う。(自分自身だけでなく、親も祖父母も食べたことも見たこともない料理のお店に、入る気がしないと思うから)
←でも、日本がどうして、自分たちの宗教の教えである「四足は食べない」ことを捨てて、四足を食べるようになったかというと、それは、「富国強兵」という明治政府の政策が大きく絡んでいる。日本が、欧米の植民地にならないために、独立を保つためには、軍隊を強くする必要があり、欧米人に体格が劣っている日本人の体格を大きくすることが必要で、肉食が奨められたのだ。

欧米の国々は、そんな大きな食革命が存在しなかったと推測される。

また、イギリス人女性の質問で、「食品サンプルのお店は、合羽橋にしかないのか?」とのこと。
私の知っている限りでは、大阪の千日前にもあるし、インターネットで引くと、結構日本中に、食品サンプルを作っている会社があることがわかっていた。
そのとき、まいづるさんが、「日本国中に50店くらいあります」と教えてくれた。
皆、それぞれの技術で作っていて、技術力に差があるそうだ。
合羽橋のサンプル屋さんは、そりゃ、勿論技術力が相当高い方とのこと。
(「一番」と言い切りたいところだが、それは正確にはわからないので、「相当高い」とした)
技術力の違いは、サンプルのミニチュアを作れるかどうかだとのこと。

さて、先日、食品サンプルのことを調べたら、面白いページを見つけました。
やってみてください。

「食品サンプルマニア度」
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by mw17mw | 2007-11-11 10:12 | 道具 | Comments(0)