魂の孤独

(今日はもう一つ書いています)

この1か月、何となく、暗かった。
何でかというと、NHKでカーペンターズの特集を見て、カレンが何で「拒食症」になったかを知りたくて、「カレン・カーペンター 栄光と悲劇」という本を読んだせいだと思う。
その本を読むと、本当に、可哀そうで、悲劇なのだ。
自分の人生は自分で決めているように一見見えるけれど、そんなことはなく、小さいときの環境でその後が決められてしまう典型に思えた。
周囲の誰にも悪気がなくて、本人も一生懸命生きていたのに、若くして死ぬしかなかったということが怖い。

結論として、カレン・カーペンターは、「魂が孤独」だったから拒食症になったのだ。(その理由は後で)

彼女の歌は、天才的に上手であるけれど、彼女の歌は、「魂が孤独だったこと」と「歌のうまさ」が結びついた独特のものであること。
すなわち、自分に自信がある人、幸せな人、孤独でない人は、カレン・カーペンターと同じ才能を持っていたとしても、彼女みたいな歌い方はしないということである。(だから、真似する人、真似できる人は今のところ存在しないと思う)
だから、「魂が孤独」であることが、彼女の声に独特の魅力を与え、栄光をもたらした。
しかし、また、そのことは、彼女に拒食症を発病させ、若くして命を落としたのだ。

拒食症は、結局は、心の働きが身体に向かって「食物を摂取することを拒否させる」ものらしい。(食べることを拒否する、下剤等を飲み続けるように、心が身体に命令するらしい)

それが発病後早いうちに医者にかかれば、生存率は高いけれど、長く続いた後では、医者にかかっても、治らないし、絶命することになるようだ。

カレンの発病の原因は、推測でしかないが、幼少時の親との関係だと言われている。
別に暴力的な環境に育ったとか、いじめられていたということではないことも怖い。
ごく平凡で堅実な家に育って、両親とも真面目でしっかりした人なのだ。

カレンは、最後の治療を受けているときに、医者に言われて、母親に抱きしめられたそうだ。
しかし、それは30年遅かったらしい。

カレンは、幼少の時に、「自分が愛されていると実感しないまま、大人になってしまった」ことが精神分析医によって分析された。
本当に両親が可愛がっていなかったのか、愛していなかったのかということより、「カレンがそう感じなかった」というところが問題なようだ。

カーペーター家は、日本人がアメリカ人家庭というと思い浮かべるような抱擁とかキスとかいうスキンシップがまるでない家風であったとのこと。
お母さんがしっかり者で、きれい好きで、常にきちんとしていて、しかも、兄のリチャードを溺愛していたらしい。
(多分、お母さんは、家庭における独裁者だったのかも)
周囲の人の証言でも、お母さんは、「カレンよりリチャードを一番に可愛がった」とのこと。
で、カレンは、小さいときに、「自分は愛される存在ではないらしい」と、愛されることをどこかで諦め、「愛されたい」という自分の思いをごまかして、成長してしまったらしい。
活発なおてんば娘として、色々行動的に動く子供だったらしい。

「幼少時に、愛されることを諦めて、愛されたい気持ちをごまかして生きていく」ことの何が問題かというと、その結果、心の中が空っぽのまま大人になってしまうことに繋がること。
普通は、幼少時に親に愛されているという安心感を持つことにより、心が成長するらしい。
その安心感の上に色々な経験が積み重ねられ、人と気持ちが分かち合える大人になるのだ。
しかし、その安心感がないと、色々な経験が心の中で積み重ねられないとのこと。

これはわかるような気がする。
親の仕草から、自分が愛されていること、自分が本気で心配されていること、自分が良いことをすると喜んでくれる人がいると実感することによって、今度は自分が他人とそういう関係を作っていこうとすると私も思う。

カレンは、生涯、友人は多いし、誰も孤独な人とは思わなかった。
でも、それは、全てうわべだけで、本当の意味での心の交流ができなかったのかも知れない。
社交的ではあったが、孤独を紛らわす程度だったのかも。(というか、孤独を紛らわす付き合いしかできないのだ)

カレンは歌っているときは幸せだったそうだ。
しかし、歌い終わるとき、心の中が空っぽであると感じていたと書いてあった。

普通、拒食症は、16歳頃発病するらしいが、カレンは、自分をごまかす作業とスターになったことで忙しくて、発病が遅れたらしい。

拒食症は、「魂の孤独」から発症するものであり、孤独な魂と心は、それ自体が成長できないだけではなく、肉体にも、成長することをやめるように仕向けるのだ。
放っておくと、心身とも滅びるしかない。

また、カレンについて、もう一つ普通と違っていたことは、小さいときからずっと「リチャードの母のような態度を取っていた」こと。
大きくなってからも、特に母親がいないときは、リチャードに対して、本当の母親のように小うるさく世話を焼いたらしい。

これもわかる気がする。
子供の頃、親の関心・親の愛情を争う相手としてのリチャードに勝ち目がないとわかった時点で、カレンは、争うのを諦めて、リチャードを世話をする立場に身を置くことで、自分を傷つけないように守ったのではないか。
そうすれば、リチャードより優位に立てるわけだ。

そのことは、また、本当は、「自分」というものを確立して行かねばいけない時期に、自分の人格を「母親」というものにすり替えていたに過ぎないと考えれば、大人になってから、「自分という存在が空っぽ」というのは理解できる。

しかし、このことをずっと考えていたら、兄弟で、親のように振舞うことというのは、結構良くあることではと気付いた。
高校の時、年子の姉妹がいて、同じ高校だったのだが、姉は一年遅く入ってきた妹をやたらに可愛がった。
お昼休みになると、姉は妹の教室で二人だけでお弁当を食べていたし、「○○子さんみたいに可愛い子は他にいない」と言っていたっけ。
行きも帰りも一緒、まるで、掌中の玉のように妹を大切にしていたっけ。
あの時は、「変わっているな」くらいにしか思えなかったが、カレン・カーペンターの分析の本を読んだら、きっと、彼女も、幼いときに、親の愛情が自分に来ないことを諦め、親と同じ態度で妹に接することで、自分を守ったのかと、納得できた。

そういえば、うちの甥1も、先日、不登校になり始めた頃、一生懸命、弟に影響を与えようとする言動が目立ったっけ。
何となく、兄としての物言いではなく、父親に近い世話の焼き方だった。
この子も、年の近い同性の兄弟で、幼い頃、どこかで、自分より幼い弟に親の愛情が行ってしまうことを諦めたところがあるのかも知れない。

でも、最初に書いた高校時代の同級生は、その後はわからないが、18歳までに拒食症を発病しなかったし、うちの甥も、その後は、落ち着いた。

私もしょっちゅう「自分のことより兄弟のことを考えろ」と言われて育ったし、どこかで、そう行動していたし、気持ちとしては親と同じになるところもあったと思う。
ただ、大人になるに従い、他の兄弟にとって、私は親代わりでも姉でもなく、平等な兄弟の一人でしかないと納得するところがあって、そういう気持ちが薄らいで行った。

この兄弟における親の愛情への葛藤はどこの兄弟でもあるものだろう。
しかし、それが深いかどうか、親との間に心の交流があるかどうかをチェックすることは、心が空っぽの子供を育てないことに役に立つと思う。

それにしても、親に真っ当に愛された子供は幸せで強い、リチャードは、現在5人の親だとのこと。

この本を読み終えて、デビュー当時のカーペンターズの写真を見ると、兄は端正で、表情がはっきりしていて、カレンは、ちょっと気持ちが遠くにあって、ぼうっとしているような表情に見えて仕方がない。
やはり、愛されている方がきれいな顔つきだし、幸せそう。
子供が幸せそうな表情・落ち着いた表情をしているかどうかも大切なポイントかも知れない。
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by mw17mw | 2007-05-17 22:47 | 食材・食材のお店 | Comments(6)

Commented by えみぞう at 2007-05-18 20:05 x
以前、児童カウンセラーの人が言っていたことですが、子供の中には愛情に貪欲な子供
がいて、兄弟皆に同じように愛情を注いでも、そういう子供にとっては「愛情が足りない」
と感じられるそうです。だからそういう子には、その子が満足するまで「愛している」と表現
しなければならないということでした。

「食べる」という行為は生きることと密接に関係しているせいか、作り手からの愛情が感じ
られないと食べられなくなるような気がします。
私も思春期の一時期、母の作る食事一切を拒んだことがありました。

「毎日の食事に心を込め続ける」ということが私のライフワークだと思っていますが、疲れ
ていたり忙しかったりするとつい荒れた心で料理してしまい、なかなか辰巳芳子さんのよ
うな境地にはほど遠いことを痛感しています(^_^;
Commented by mw17mw at 2007-05-18 22:57
>えみぞうさん
「愛情が足りない」と感じる子は、どうやって見分けるのでしょうね?
やはり、親みたいな態度になってしまうのかな?

お母様の作られる料理を一切拒否というのもすごいですね、えみぞうさんは、繊細なお子さんだったのですね。
私は、食いしん坊だったわけではなく、私が週に何度か料理を作るようになって、母に余裕が少しは出たのかも知れません。

「毎日の食事に心を込め続ける」がライフワークという自覚、偉いです。
ただ、思うに、辰巳芳子さんは、人生全てに対して心を込めていると思うときがあります、だから、料理にも自然と心がこもるような...。
えみぞうさんもそうなのでしょうが、特に料理をするときはそのことを思い出しながらということでしょう。
私の今の目標は、全て丁寧に、です。(最近の料理は粗雑だと今反省)
Commented by ras4love at 2009-06-16 17:14
普通の家庭でしたが、愛されていない、と思い続けて育ち、中学生の時から母の夕食を拒否するようになり、高校生の時に過食症になり、
今思えば、小さな頃から
母にぎゅうっと抱きしめられた記憶がありません。
過食症になって毎日、ただただ食べ物を無駄に食べてしまうことで
ほんとうに自分がゴミみたいに思えました。
愛されている、という安心感がないと子供は、食べ物をほんとうの意味で味わうことはできないんですね。
丁寧に生きることの出来る人の余裕はやはり
愛されていることに自信のあった子供時代から培われているとしたら
あたしはこの先も
丁寧に生きたいと思いつつ、突っ走りぎみな人生の歩み方で行くのでしょうね〜(笑)
Commented by mw17mw at 2009-06-16 21:32
>ras4loveさん
私は過食にも拒食にもなりませんでしたが(生まれつき食への執着心が強いためかな?)、私も母が身近にいるのに母に可愛がられないで育ちました。
でも、過食とか拒食とか、辛いでしょうね。
母との確執は下記にまとめてあります。(久々読んだら、結構涙が出てきてしまいました)
http://www.tctv.ne.jp/mw17/dispecma.htm#d01

私は一応母との確執は整理がついたのですが、やはり、テレビなどで、「母は子供を可愛がるものだ」とか「母の愛は尊い」とか言うと、周囲が頷いているのに、一人で「?」とぼーっとしてしまうところがあります。(笑)

この問題はここに簡単にまとめることはできないけれど、ras4loveさんは、今が幸せなのに、心のどこかでほんのちょっと自信が持てない状態なのでしょうか?
この問題は、デリケートですから、何でしたら、DMください。
mw17@tctv.ne.jp
Commented by ras4love at 2009-06-17 08:33
ありがとうございます、YAHOOメールでDMしました〜。
Commented by mw17mw at 2009-06-17 11:39
> ras4loveさん

了解しました、やはりゴミ箱に落ちてしまうようなのですが、「セーフリスト」に登録しましたので、今後は大丈夫です。
後ほど、お返事いたします。