最後は麻婆豆腐-野風僧

今日で、野風僧第一世代は終わる筈。
今頃、片付けているかな~?

私は、元々最終日である今日は、夕方予定があったので、昨晩、一人でお別れに行ってきた。
最終日に行くのは淋し過ぎると思ったので、ちょうど良かった。

d0063149_2239282.jpg最後に何を食べようかなと考えたのだが、「そうだ、麻婆豆腐を食べ損なっていた」ことを思い出し、ビールと青生ザーサイ、麻婆豆腐とご飯を注文しようと心に決めて出かけた。
本当は、もっと色々食べたかったけれど、一人だし、食べたいものを並べたら、切りがない。
また、野風僧はなくなるわけではないからと、食べ損なっていた第一世代シェフの作る麻婆豆腐を食べることに決めた。

麻婆豆腐は、ソースがとてもさっぱりしていた。
うっすら甜麺醤と豆板醤の味がして、にんにくは入っているのかな~?入っていないかも知れないと思って食べていた。
お豆腐が柔らかくて美味しい。
こんなに柔らかいお豆腐の角を全く崩さず、良く煮込めるものだと感心する。

初め、こんなに沢山一人で食べられるかしらと思ったが、さっぱりしていて、お豆腐を美味しく食べられる麻婆豆腐だから、完食できた。
(私も、絹ごしの柔らかいお豆腐を使って、味の薄い、いくらでも食べられる麻婆豆腐を作ってみようと思った。)

昨日は、私の後に、若い男性二人が一組、それに続いて、若い女性二人の一組が入ってきた。
若い女性たちは、私の席の後ろに座ったのだが、メニュー決めるときに、「ここの麻婆豆腐、大好きなの」と話している声が聞こえた。

食べ終わって、シェフにお礼と挨拶をして帰って来た。
色々な無理を沢山聞いてもらったし、沢山の美味しい料理を食べさせてくれた2年半であった。

私は結構しんみりしていて、野風僧から第一世代シェフがいなくなることがとても大きなことなのに、他のお客さんはそのことを全く知らないか興味がないように、楽しそうにおしゃべりしながら、食事をしていた。
違和感があったけれど、それが普通なのかも知れない。
私は、美味しいものを食べるとその感激をシェフに伝える癖があって、ちょっと深くお店と仲良くなっただけなのかも知れない。
そして、ちょっとだけ、人より「料理は作る人による」との思い込みが強いだけかも知れない。
そう考えると、やはり、「美味しい物を食べたいという執念」が普通より強く生まれついているからこそ、そういう状況になるのかもと思った。

私が、どこかのお店の常連になることは、滅多にないのだ。
今までに自分で「この店で私は常連だ」と言えるのは、銀行員時代に、銀行の近所にあった「ブール・エンブレス」だけ。
野風僧は、それに続いて2店目だ。
ブール・エンブレスでも、野風僧でも、沢山、宴会を開いたっけ。

ブール・エンブレスの閉店の時は、全く知らなくて、久しぶりに行ったら、閉店1週間前だったので、「知らないうちになくなっていた」ということは避けられたっけ。
気が通じ合っている店というのは、ちゃんと変化がある前に、偶然行けるものなのかも知れない。
野風僧だって、今週前半のお昼に行ったから良かったけれど、来週に行ったとしたら、何で休業しているかもわからないところだった。

本当に別れは辛い。
今回の野風僧第一世代シェフは、望み望まれ、自分の大好きな自然農法野菜のメニュー開発に行くのだし、おめでたいことなのだ。
私一人のわがままを言えば、このまま、我が近所にいて、あの丁寧で美味しい料理がいつでも食べられることが一番だ。
でも、あの才能と技術は、全国区というか、もっと多くの人に知ってもらって、喜ばれ、評価されるべきものなのかも知れない。
本人のためなのだからと、明るくお別れしてきたが、ね、辛いね。

でも、私の連絡先を聞かれ、教えてきた。
どうも、野風僧で今後料理を作ることはなさそうだけれど、東京に戻ってきたら、連絡くれるとのこと。
嬉しい!
なるべく、我が家から近いところで料理をしてくれるようになればいいな~。

私も滋賀県まで野風僧第一世代シェフがいるうちに行けたらいいけれど、きっと行けないのではと思う。

真新しそうな美術館のレストランでも、きっと彼の料理は多くの人に喜ばれるだろうと思う。
多くの人が喜んでくれたらいいな~。
でも、昼間しか営業していない人里離れた美術館では、しょっちゅう食べに来る人懐っこい常連のお客は出来難いのではと思う。

仲良くなった人との別れは本当に辛い。
でも、彼が前向きに進もうとしていることだ、と諦めるしかない。
私も、もっと色々な美味しい料理や良い人たちと出会わなくては。
それに、1年位したら、また、野風僧第一世代シェフのお料理が食べられるかも。
今度は、イタリアンがいいかも。(笑)
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by mw17mw | 2006-04-15 22:39 | 飲食店・菓子店 | Comments(2)

Commented by TOMIT at 2006-05-10 10:25 x
えっ、野風僧ってこんなことになってたんですか?野風僧は、私の娘が生まれた2005年2月18日の夜、病院から帰って一人で飯を食った思い出の店なのに。
矢口さんて元々、調理師学校のイタリアンの先生だったはずなので、こんなこともあるのかなあと思いつつ、残念です。
Commented by mw17mw at 2006-05-10 12:22
TOMITさん、こんばんは。私は多分、「野風僧」で検索してTOMITさんのブログ呼んだことあると思います。返す返すも野風僧はなくなるわけではないのです、甥っ子が頑張るはずです。アンクル矢口さんが東京に帰ってきて、連絡来たら、次のお店、お教えしますね。(ブログで発表できるかどうかは別ですが)