広島弾丸日帰り旅行 5/9 しゃもじと牡蠣とブラタモリ...。

厳島神社の出口は裏の方で、右の方に行けば、水族館とか清盛神社があるらしい。
フェリー発着所から厳島神社までの街並みが浅草の仲見世みたいな観光地に有りがちな商店街だったけれど、水族館への街並みは昔風で、そちらを見物したいな~と思うけれど、時間的に絶対無理。

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左側に行くと、目の前にまるで清水寺のようなお寺が見えてくるのだが、地図で見ると、豊臣秀吉を祀っている豊国神社(千畳閣)というお寺らしい。(何だか、建立されたときが近いから、その頃の流行りの建て方だったのか?)
そこを通り過ぎると、また、宮島の仲見世みたいな商店街に戻る。
本当に観光地のお土産もの屋さん風のお店、焼き牡蠣やもみじ饅頭・穴子めしのお店が目白押しの中、数軒、今風のこじゃれたお店もできているよう。
こちらもメインストリートから路地が見えるのだけれど、路地に入ると、普通の人々の生活空間が見えるみたいで、ちょっとだけ歩いてみたが、もう相当建て替えが進んでいて古い家が少なくて残念。それでも、昔風の暮らしの匂いがしてきた。

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そういう土産物のお店の中に、木のおしゃもじを売っているお店も多かった。(そうだ、神社では、絵馬だけでなく、木のしゃもじを売っていて、それに願い事を書いて神社に供えてくるみたいだし、おしゃもじ型のお守りもあったような)
そして、商店街の中で、広島Iさんがほらと指をさしてある看板を教えてくださった。(その時、しゃもじのいえと教えてくれたのかも知れないが、良く覚えていない)
その時、私はこれを「しゃくしのいえ」と読んだのだけれど、この看板の下に置いてあるものはしゃもじばかりだった。
宮島では、しゃもじを杓子と書くのかな、そうでないと話が繋がらないとその時は思った。
とにかく、宮島ではしゃもじが沢山飾られているのでびっくり!(そうそう、巨大なしゃもじもあった)


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へ~、たまに広島カープの応援の時、しゃもじを両手に持って打ち合って応援する様子は見たことがあるが、こんな風に飾られているのを見ると、本当にしゃもじというのは、広島において必勝祈願の必須ツールなのだと実感した。
しかし、今の時代、こんなに木のしゃもじが市民権を得て、堂々と飾られているって、意外というのか、私が想像したことのない世界だと思った。
宮島にとって、木のしゃもじというのは、歴史的に離れられない関係かも知れない。
(そうそう、家に帰ってから、昨年10月に放送され、録画しておいたブラタモリの宮島編を見ていたら、厳島神社の宮司さんが、名刺代わりにしゃもじを渡し、しゃもじがどうして応援ツールかということを「ほら、しゃもじは敵をめし取るし、しゃもじを打ち合わせると、「勝つ、勝つ」って音がするでしょう?」と説明していたっけ、本当、全島あげて、木のしゃもじは宮島のアイデンティティという感じ?)

私の暮らしている周囲の環境では、しゃもじは、木製からプラスチック製にすっかり変わってしまい、それに聞いた話では、今や炊飯器を買うとプラスチック製のしゃもじがついてくるとか、また、普通の雑貨屋さんより、100キンにプラスチックのしゃもじが必ずあるしね、木製は殆ど見なくなっている。

家に帰ってから、撮って来た画像を見ながら、「杓子の家」が気になって、「杓子」で検索したら、「しゃくし」と出てきた。
ん?やはりしゃもじとは読まないの?と思い、今度は、「しゃもじ」を変換させたら、「杓文字」という漢字が出てきた。
それを見て、今まで、しゃもじに漢字があるとは知らなかった自分を発見。(笑)

でも、確か、「杓子の家」という看板を見て、広島Iさんは、確か「しゃくし」ではなく「しゃもじ」とおっしゃっていたと思ったので、メールで聞いてみた。
そうしたら、「しゃもじのいえ」と教えてくださった、で、習った通りに「しゃもじのいえ」で検索(変換ではなく)すると、杓子の家が出てきた。
何だかな~、木のしゃもじって、全日本で見たら、地位が下がっていると思うのだけれど、宮島では、まだまだ後ろに熱烈な応援団を引き連れた稼ぎ頭のスターで、郷土を代表するものなのだ。(「杓子の家」を「しゃもじのいえ」と読めるのは、広島県民だけではと思う。)
(お、そうそう、今調べていたら、しゃもじのことを全国的に「宮島」ともいうくらい、木のしゃもじの圧倒的生産は宮島らしい。)

今回、杓子(しゃくし)というのが、ご飯または汁などをすくう台所用具と学んだ、そしてその別名が「しゃもじ」なのだ
(私は、今まで、聖徳太子が手に持っているものが杓だと思っていたのだが、あれは、同じしゃくでも、「笏」と書くそうだ。)
う~ん、例えば、お味噌汁をよそう道具は、「おたま」と言っていて、「杓子」(しゃくし)という言葉は、「猫も杓子も」と「杓子定規」という慣用句に出てくるに過ぎない言葉で、単独では、私の頭の中にはなかったのだ。

おしゃもじの話はここまでとし、次は、焼き牡蠣を食べた話をば。
歩いているうちに、宮島で牡蠣を食べようということになった。
焼き牡蠣のお店は沢山あって、相場を見ながら歩いていたのだが、ただ、焼いて、ポン酢にレモンくらいだと2つ400円、下の画像のように味噌焼きとか、ピザ味とか、色々なものを乗せてもらうのは、1つ250円くらいが相場であった。


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焼いてもらって、受け取って立って食べるものかと思ったら、お店の中でどうぞと言われ、お店の中で待って、運ばれてきたものを食べられたことは、良かった。
私が頼んだのは、左がただ焼いてレモンがついてきたもの、右がピザ焼きだったかな?
美味しいかというと、右はトマトソースとチーズが焼けていて、牡蠣も良い感じで満足。
左の方は、テーブルに置いてあったポン酢を少し振って食べたのだが、完全に牡蠣が焼けすぎであった。
多分、店頭で焼いていてなかなか売れなかったものだったのではと思った、そこがちょっと残念。

その後、帰ってから、築地場外に行ったので、見たら、焼き牡蠣用の立派な牡蠣が殻に入れられて売っていたけれど、真っ白なきれいな牡蠣で、宮島の牡蠣の二倍の大きさはあったけれど、2つで千円であった、たか~い!


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船着き場から見えた山影、この山の風景が、女神さまが横たわっている横顔に見えるのだって。(左の山のてっぺんがおでこ、右に下がってまた上がったところが鼻、その右が口)
言われてみれば、そう見える。その形からこの島は神様がいる島とずっと言われてきたとのこと。

旅行に行く前にちょっと調べたら、「弥山」というところが人気が高いとのこと。(この「弥山」は、「みせん」と読むらしい)
勿論今回行けなかったので、家に帰ってから、ブラタモリの宮島編を見て行った気分になった。
厳島神社の後ろの山にロープウェイがかかっていて、そこから山頂にかけて、色々な建物があったり、岩があったりで見るところが満載のよう。
テレビでは全然触れていなかったけれど、あんな高い山の中に、古い時代に立派なお寺を建てたりしたのは大変だったろうと思う。

宮島については、トリップアドバイザーのページに色々名所が載っている。

また、ブラタモリで言っていたけれど、この宮島も対岸の広島市や廿日市市の殆どは花崗岩でできているとのこと。(ということは、瀬戸内海の底も花崗岩?)(広島市だったら、川が運んできた土で陸地となった三角州地帯のみ、花崗岩ではないとのこと)


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この船に乗って、今度は、広島市内の川に入り、原爆ドームの近くまで戻ることになった。
宮島界隈の海は、牡蠣の養殖のイカダが沢山浮かんでいて、本当に広島の海で牡蠣の養殖がおこなわれているのだと実感。
(東京だと、陸地から近い海は汚いというイメージがあるのが、この本州からすぐの海で牡蠣の養殖をしているということは本当にお水がきれいな証拠なのだ。)
不思議だったのは、こんなにきれいな海なのに、漁船、釣り船、釣りをする人、釣り竿、網が全く見えなかったこと。
どうしてだろう、東京だったら、こんなにきれいな海だったら、誰かが釣り糸を垂れていると思うのだが、魚が余りいない?
ここが今のところ、謎。

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この水上バス型の船は中に入ると暖かくて、さすが、午前3時半に起きて全く眠くならずに動き回っただけあって、この船の中では眠ってしまった。
起きたら、海から川に進んでおり、広島のきれいな街並みが見えて来た。


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と、ここまで書いたけれど、数回、この旅から離れて、最近の東京の話を書こうと思う。
その後、広島市見物とかおみやげについて、書く予定。

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by mw17mw | 2017-03-15 16:22 | 東京以外の遠出・温泉 | Comments(0)