「下剋上受験」を読む

テレビドラマが面白そうだったので、原作である「下剋上受験」を図書館で借りて読んだのだけれど、私は中学受験もしたことがないし、子供もいないので、細かい問題の解き方に関する描写などに興味が湧かずに、一気には読めなかったけれど、三週間くらいかかって少しずつ読み、昨日完読。
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テレビのドラマだと、一人娘に中学受験をさせるために、お父さんは仕事もやめてしまうというストーリーだったが、この原作の中では、そのようなことは全く出てこない。
(でも、ネットで、実話でも仕事をやめたと出てくるから、本当に仕事を辞めて1年半、娘と一緒に勉強したみたい、ま、でも、それは子供が一人だけという環境だから、無理が大きいとしても、できたわけだけれど)
本の中に溢れているのは、本当に娘が可愛くて可愛くて、今後大人になっても、楽しい生活ができるように、お父さんができるだけのことをしてあげたい、レールに乗せてあげたいという愛情。

こういう話を読むと思い出すのは、ビートたけしのお母さん、結婚した相手が無学でお人好しで、その人のせいで、ひと財産失ってしまったのことで、その後ずっと貧乏だったらしい。
その人との間にできた子供について、お母さんが、子どもの将来を考えて、良い大学に入れるよう、厳しく勉強をさせたというのは有名な話。
何でも、お金や財産は人に盗まれる可能性はあるけれど、身につけた知識は誰にも盗まれないと言ったとか、親から子供への貧困の連鎖を断ち切るには、一生懸命勉強させて、良い大学を出なくてはいけないという信念で、全員勉強させられたとのこと。

昔から、ビートたけしのお母さんってすごいと思ったけれど、その人に負けずに、下剋上のお父さんもすごい。

どう考えても、子どもへの親の貧困の連鎖をなくすには、まずは学校の勉強についていけること、できたら、それ以上良い学校を目指せる学力を備えることは正しい。(少なくとも、何か資格を取るところまでの勉強は必要)
(話は飛ぶが、だから、生活保護世帯の子どもに大学生が勉強を教えることを支援する地方公共団体があると聞いたことがあるけれど、正しいと思う)

話はもとに戻って、この下剋上受験のお父さんも、中卒なのだけれど、別に自分の生活や生き方に不満はない。(実はおじいさんもお母さんも中卒)
ただ、娘の将来を考えると、今のままでは、自分と同じになってしまう。
自分と違う、人に尊敬され、人のためになる仕事をする人間になってほしい、それが娘の幸せであると思うけれど、娘が相当大きくなって自分の頭でそうしたいと思っても、その時には手遅れ、途中からそちらに乗り換えるのは不可能なのだ。
人のための仕事をする人間になるには、子供の時から、遅くとも、中学受験に対応することが必要と、お父さんは考えた。

うん、そうして、そのお父さんは、子供に「勉強しろ、勉強しろ」とお尻だけを叩く人にはならずに、全ての受験勉強を娘と一緒に解くことにするのだ、お父さんがまず理解して、子供に教えていくことに決め、それを実行した。

だから、この本を読んでいて、胸に深く刺さるような、お父さんの娘への愛を感じる言葉が沢山出てくる。
少なくとも、このお父さんは、娘が乗り越えなくてはいけない壁の高さを娘と一緒に味わい、途方に暮れ、どうするか、作戦を練るお父さんだったのだ。

結局、目標にしていた桜陰は落ちてしまうのだが、とても、良いラストで終わっている。(他は、ネタ割れになるから、書かない)

ま、でも、私も都立高校出身で、そんなに私立の中学受験が必要とも思っていない。(時代が古かったせいもあるけれど)
というか、本人の意思かどうかは別として、学者になるとか、官僚になる、医者になるなどの目的があるのなら、小さい時から切磋琢磨して、桜陰でも、東大でも、最高の環境を目指すべきだと思う。
でも、それがなくて、何が何でも御三家に入って東大を目指すだけが人生ではないとも思う。

この本では、たまたまお父さん・お母さんが中卒だということで、「中学受験」をキーワードに、親が与えられる愛情を受験勉強という形で娘に与えることができたという本なのだろう。

親が子供に与えられるもの、それは学力や勉強方法もあるだろうけれど、身体の機能の開発とか、芸術的にきれないもの、本物を見せていく、美術に触れていく環境を与えるとか、色々あると思う。
親が全てを与えることはできないのだけれど、意識して、子供の時代に教えられること・能力を伸ばしてあげられることは多いと思う。

うん、でも、人生は難しく、そういう風に幼いときから手をかけられ、お金をかけて育てた子が全て順調かというと、そんなこともないと聞くけれど、それは次の段階に置くとして、娘と同じ目線で受験に向かったところ、こういうお父さん良いな~、真似はできないけれど、参考になると思う、結婚もせず、子供を持ったことのない私が何かを言うのは不遜だけれど。

だから、ごめん、猫の話をすると、推定5歳の時に、私が拾って来た、それまでずっと野良で暮らしていたうちの猫なぞ、実際、家で飼われた経験がないので、きっと、食べたり、危険から逃げているので精いっぱいの生活をしていたみたい。(餌は猫おばさんが毎日配ってくれていたみたいだけれど、大きな猫に取られたりもしていたみたい。また、特別にうちのニャンちゃんに餌をあげてくれる方もいたらしい)
現在、家猫になって早3年の8歳、現在、おもちゃを見ても興味が湧かない、長い棒の先に糸でぶら下げられたねずみのおもちゃを買って来てそれを振って遊ばせようとするのに、それがおもちゃと思わず、自分をいじめる道具に見えるのか、隠れてしまい、遊ばないのだ。(長い棒で巣の中を突っつかれた思い出しかないのかな?)

行動範囲も狭くて、座卓ですら、上に上がらないので、キャットタワー買っても無駄だなと思うし、猫は袋の中に入るのが好きと良く言うけれど、袋を置いておいても全く興味を示さない。(興味を示すのは、卓球のボールくらい)

何て言うのかな~、小さい時、色々なところを歩き回る経験をしたり、おもちゃを与えられ、人間と遊ぶ環境に育たなかったので、大人になってから、そういうおもちゃを見ても自分とは無関係と思うみたい、どうしてよいかわからないみたい。
何だかな~、うちのにゃんこを見ていると、幼児教育の重要性を感じてしまう。

また、私はまだ全然読んでいないけれど、この本の作者である桜井信一さんのブログをご紹介、「勉強は、人を、家族をここまで変える」

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by mw17mw | 2017-02-23 21:44 | 日常生活 | Comments(6)

Commented by 西巣鴨純情派 at 2017-02-23 22:09 x
猫は幼児ではなく独立した人間の大人と思った方が良いのでは?
なので性格が合わない人と同居していると思う想定も必要かもしれないと思います。
Commented by mw17mw at 2017-02-23 22:41
> 西巣鴨純情派さん
そう、読めました?
私の猫は今は大人の猫で、私はそう思っていますが、「その猫の幼児期が貧しくて何の刺激も与えられなかった育ちなので、色々なものに興味を持たないのでは?と私が推測している」と書いたつもりでした。
今、にゃんと私は気が合っているというほどではありませんが、それなりに落ち着いて、暮らしております。(お互い高望みせず)
Commented by 西巣鴨純情派 at 2017-02-24 00:02 x
自分と猫だと理屈じゃない人生と言っていい今の結果です。他人の飼い猫、野良猫、餌やり主のいる半飼い猫など、猫としては同じだと思うので。
Commented by mw17mw at 2017-02-24 11:14
> 西巣鴨純情派さん
「自分と猫だと理屈じゃない人生と言っていい今の結果です。」この部分の意味が良く分かりません。
猫としてはどんな環境にいても、天から与えられた機能は同じですが、例えば、犬に育てられた猫は自分のことを犬だと思い込んで、犬のようにふるまいますし、やはり、どんな環境で育つとか、だれが何を教えて愛して育てるのかは重要だと思います。(Youtubeで、「リロ ロージー」で検索すると、ハスキー犬に育てられた猫の動画が沢山出てきますので、是非、ご覧ください。)
Commented by 西巣鴨純情派 at 2017-02-24 23:03 x
こちらを見ました、微笑ましいと素直に思います。

「自分と猫だと理屈じゃない人生と言っていい今の結果です。」は、こちらを見ると、ハスキーと同じことは人に出来ないとなりますかね。
愛(責任)はもちろんありますが、人と猫の関係は気まぐれを楽しむのが自然な営みかと思います。
Commented by mw17mw at 2017-02-25 07:06
> 西巣鴨純情派さん
だいたいおっしゃりたいことがわかったような気がします。
私が書いたことを「今の猫を飼っていて感じる不満」と思われたのかも知れません。
そんなに不満には感じてはいないのですが、私が20歳頃まで何匹かの子猫をもらって来て子猫の時から育てて懐いた猫と一緒に暮らした経験があるのです。
今のような、ずっと野良暮らしの大人猫を飼ったのは初めてで、どうしても、その生態を比べてしまいます。
でも、距離感を縮められない関係ではありますが、今の猫は今の猫で可愛いと思いますし、かけがえのない存在で、一生保護しようと思っていることをお伝えしますね。