2017東海七福神巡り-天祖・諏訪神社から立会川まで

本題に入る前に、
本日、整形外科で、骨粗しょう症の検査をしたのだが、無事、骨粗しょう症ではないことが判明、ほっ。
検査結果に、「同年齢の人に比べて、骨密度が高いです」と書いてあった。

---本題です---

旧東海道は、第一京浜の沿線とはまるで反対で、大きな高層マンションと通行する自動車がなく、一軒家ばかりで、全く違うムード。
(ま、どこでも、大きな道路沿いは高層マンション、一本入ると個人宅ばかりというのがパターンであるけれど)、

それに旧東海道には、数は減るばかりだろうけれど、昔の木造家屋が残っており、それを探しながら歩くのも楽しかった。
(その昔の木造家屋の画像は近々まとめて載せるつもり)

そうして、磐井神社に続いて着いたのが、福禄寿の天祖・諏訪神社。
両社は、昭和40年に合祀したとのことだが、鳥居の前に「天祖神社」という石碑があったから、場所は、元天祖神社の方だと思う。
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天祖神社を出たところだろうか、細い川があって、お水の色が人工的。
水色とか緑の絵具に白を混ぜたようなどんよりしたお水、藻が発生しているのだろうか、これが「立会川」だった。
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旧東海道をもうちょっと北に進むと、左側に商店街が見えた、「立会川商店街」
お店も多くて、結構元気な生きている商店街で、そこをずんずん進むと、坂本龍馬像があった。
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果たして、すぐに「坂本龍馬像」が出てきた。
立会川には、江戸時代、土佐藩下屋敷があって、江戸遊学中の坂本龍馬は、ペリー来航時に、土佐藩警備のために、この下屋敷に招集されたという話に基づいてここに銅像を作ったのだろう、だったら、この銅像のあるところは土佐藩下屋敷?と思ったが、家に帰って調べたら、違う場所であった。
土佐藩下屋敷は、第一京浜に面している「東京都品川区東大井3丁目18」というところにあったみたい。
その頃、坂本龍馬は、お玉ヶ池の千葉道場にいたということは、「千代田区岩本町2丁目」在住だから、一日がかりで歩いて行ったのだ。
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また、旧東海道の方に戻って、橋に建てられている札?を見ると、浜川橋と涙橋と書いてあった。
南千住の方でも、今は川も橋もないけれど、明治通りに「泪橋」(なみだばし)という交差点がある。(明日のジョーで有名?)
やはり、南の方の鈴ヶ森刑場近くにも同じ名前で呼ばれた橋があるのだと感慨深かった。

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立会川って、こんな色になってしまい、水が流れていないのかな?海への出口をふさがれているのかなと思ったが、地図を見たら、ちゃんと出口は海に繋がっていた。
だったら、源流は?と、Wikiを調べると、目黒区の碑文谷池と清水池なのだって。
で、月見橋から上流は暗渠となると書いてあるから、雨以外に新しいお水が入らないだろう。
Google Mapで、立会川をさかのぼってみたら、東海道本線手前で、終わってしまった。
今後、どうなるのだろう?
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by mw17mw | 2017-01-19 12:10 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)