カトリック東京カテドラル関口教会でクリスマスミサ

広島Iさんは、今回冬に東京にいらしたのは、広島のお友達と東京を楽しむため。

そして、そのお友達夫妻がカトリック教徒で、たまたまクリスマスイブとクリスマスに在東京となったので、カトリック東京カテドラル関口教会のクリスマスミサにいらっしゃるとのこと。
そこで、私が関口教会が好きということで、広島Iさんが「ミサに一緒に参加しませんか?」と声をかけてくださったのだ。

でも、キリスト教のミサなぞ行ったことがないし、また、関口教会のクリスマスミサは大変人気があるので、やはり、信者が優先で行くべきだと思ったのだ。(興味半分の私みたいなのが行ったら、信者が一人は入れなくなるみたいな)

それに、何しろ、 観光でしか教会に行ったことがないから、ミサに着ていく洋服ですらわからないので、後ずさりしていたが、広島Iさんが調べてくださって、「関口教会のクリスマスイブのミサは、午後5時からと午後7時の会があり、行くのは5時からの会で、教会に電話で聞いたら、5時の会はいつも空いていると言われた」と教えてくださった。

それに、服装は、別に、これでなくてはというものはなく、普通の格好で大丈夫と言われ、それだったら、またとないチャンスなので、お言葉に甘えることにした。(で、実際に行ってみると、確かに服装はバラバラ、ただ、熱心な信者らしき女性は頭を薄いレースのベールで覆っていて、それがとてもきれいであった。)

で、4時に教会で落ち合うことにして、私は、都バスの一日乗車券を買って、湯島三丁目で小滝橋車庫行きに乗換え、江戸川橋まで20分くらい、江戸川橋で、停留所は離れているけれど、練馬車庫行に乗り換えれば、関口台の高台を上らないで、関口教会まで行けるのだ。(行はこのコースで良かったが、帰りは、夜だったので、バスの本数が少なくてひどい目にあった。帰りには、上野松坂屋行きという不忍通りを走る遠回りのバスで帰ってくればよかった。)

江戸川橋から高台を上ったところの「ホテル椿山荘東京」というバス停で降りると、進行方向左側椿山荘入口。
(時間があったら、椿山荘のお庭も見たかった。)
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進行方向右側、関口教会。
左側にチラッと見える高い建物が「聖マリア大聖堂」なので、そちらの方に向かった。
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聖マリア大聖堂の反対側には、信者のための会館のようなものがあって、そこでは、ミサが終わった後に出てきた参加者にふるまうお汁粉やあまざけなぞの準備をしている様子が見えて、本当にこのクリスマスミサは、一年に一度のお祭りのようなものだということがわかった。

下の画像は、教会の敷地内に見える建物、教会関係者の住居だろうか、さすが、関口台、素敵。
でも、周囲にお店が何もないから、買い物から何から、結構不便そう。
他、ルルドの洞窟とか、鐘楼とか、色々あったが、今回は紹介を省略。
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次の画像は、空から見ると十字架に見える、丹下健三設計「聖マリア大聖堂」(地上で見ても、十字架の形であることは良くわかる)
(この建物は現在でも相当最先端を行っているが、何せ、それ以前に設計され、昭和39年に完成されたものだということがすごい。
コンピュータがあるかないかの時代に、良くこのような莫大な計算をしないと建てられない建物を作れたものだと感心してしまう。丹下健三の最高傑作の一つ)
5時からのミサに4時に着いたのだが、この場合、既に、大聖堂の入口が開いていて、着いた順に、教会内部に入ることができた。
入口で、「主の降誕のミサ」というリーフレットをいただき、空いている席につく。(そのリーフレットには、司祭の言葉、皆で歌う讃美歌の譜面と歌詞が全て載っていて、これで詩が歌えるし、式次第がわかる。ただね、讃美歌の譜面についている歌詞が全てひらがななので、意味を掴むのはちょっと困難)

今年はクリスマスイブが土曜日だったせいか、例年より人出が多かったのか、5時からのミサも、4時半頃には席が満席になり、立ち見の人が沢山出てきてしまった。
真ん中の備え付けのベンチ状の席に座っている人は、詰めてくださいとアナウンスがあった。
私たちは、その横の折り畳み椅子だったので、そのまま。
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次の画像通り、この大聖堂の中は、外観の無機質なモダンさと全く真逆、神々しい中にも、温かいぬくもりのあるデザインで素敵。

5時になってミサが始まった、司祭様のお話は静かに聞くとして、讃美歌斉唱があるのも予め想像していたとおり。
その他、「へ~こんなことするの」と思ったのは、まずは、聖体拝領。
聖体拝領は並んで順番に司祭の前に立つと、カトリック信者はパンをもらい、非信者は、胸の前に手を交差して前に出ると、頭に手を置いて祝福を送ってくれるもの。広島Iさんの後に続き、真似をした。
こんな大きな聖堂における2千人以上のミサでも、このような一人ひとりと司祭さんとのやり取りがあるとは思わなかった。
その他、献金というのがあって、シルクハットを手に持った、白いベールに、聖歌隊風の白い上っ張りを着た少女たちが席を回ってきて、いくばくかの献金をシルクハットに入れた。(その少女たちは、白いベールに白い上っ張りで清楚なキリスト教徒の女の子という風に見えたが、足元を見たら、ものすごく現代風なカラフルなスニーカーであった、ちょっと残念。ま、でも信仰と関係ないからいいか)
ま、日本の仏教と神道だったら、お賽銭、違う形でキリスト教の教会にもあるのだ。
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下の画像は、馬小屋でイエス・キリストが生まれたところを表わしている細工。
クリスマスの時だけ、教会に飾られるものとのこと。
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初めてのミサだったが、讃美歌、司祭様のお話、色々な形で散文的にカトリックの初歩的な教えが耳に入ってきた。
私みたいなカトリックに全く関係ない者が書くことなので、間違いも多いかも知れないが、感想を書くと、司祭様の教えや讃美歌の歌詞を聞いていると、「神は、私たちを救うために、キリストをこの世に送ってくださった。
キリストは、信者に寄り添ってくださる。心にキリストのいる信者は、心の平和を保つことができる」というところがとても印象的だった。
初めて、ミサに参加した私としては、キリスト教のことを殆ど知らなかったけれど、信者は、心の平和を求めて、宗教を受け入れていると理解した、あ~、そうだったのかと。

それと、儀式の最後に、明るく大きな声で、「さ~、明日は、私たちを救ってくださったキリストさまがお生まれになりました、おめでとうございます」というセリフが流れたのかな。
これを聞いて、「あ、自分たちを救ってくれる、自分たちに寄り添ってくれるキリストが生まれてくるから、メリークリスマス!なのだ」と、初めてわかった。
贈り物を交換し、美味しいものを家族で楽しいひと時を過ごすから、「メリークリスマス」なのではなく、「自分たちの人生に寄り添ってくれ、明るく導いてくれる神の子が生まれる!」から、「神の子であるキリストが生まれたら、キリストが生まれる明日からは、神を信じる者は、一人で生きるのではない、自分たちを救うために神が地上に誕生させてくれたキリストとともに明るく生きられる」から、「こんなにめでたく、明るく楽しいことはないのだ」ということで、メリークリスマス!なのだとわかった。
(生まれてくる前の日にその生誕を喜び合い、生まれた日からは、喜んでいないで、その教えに基づき、キリストと一緒に生きる始めるのかな?だから、ミサはイブ?)

そうそう、最近、宗教にとんと縁がない私、まだ、学生の頃の方が知識があったかも知れない。
キリスト教、キリスト教というけれど、神がいて、キリストを介して神を信じるのがキリスト教?
そうして、キリストは、人々に寄り添うために地上に生まれてくれた神の子なのだろう。(間違いがあるかも知れませんが、許してください)

キリスト教、ユダヤ教、イスラム教の違いについて超分かりやすく解説するよ。」というページがあって、「ユダヤ教、キリスト教、イスラム教はいずれも旧約聖書のアブラハムを祖とする一神教であり、神観の違いはあれど、聖書に端を発する彼らが信じる神は同じ存在である。」と書いてあった。
こうなってくると、とにもかくにも、自分の勉強不足を恥じるばかり。
ま、ここまで手を広げると余計わからなくなるので、手始めに、キリスト教について、少し勉強しなくてはと思っている。

<追記>
5時の会が何時に終わったか記憶にないのだが、教会には入口の他出口専用のドアがあって(ほら、結婚式が終わった二人が出てきて、花のシャワーを受けるところ)、そこから出たのだが、入口の方を見ると、延々長い列の人たちが入っていくのが見えた。
噂通り、7時の会は人気があるし、大聖堂の中には入れないので、5時の会が終わるまでに相当の列ができるよう。

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by mw17mw | 2017-01-10 16:46 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)