茅場町駅界隈−「灯ノ番」でハンバーグランチ1/2

ずっと以前から、家が比較的近所であるはげさんとはげさんが探してきた、新川にある「灯ノ番」という鉄板焼きのお店にランチに行こうと相談がまとまっていた。(読み方は、「ひのばん」のよう)
しかし、このお店、ランチは平日だけで、土日祭日はお休みなのだ。(ビジネス街にありがち)

ちょうど9月中1日だけ、私が平日にランチに行けそうな日があって、はげさんもその日の予定が付いて、お店の前で開店時間に待ち合わせして食べに行くことになった。

私は、美味しそうな新しいお店に行けるだけでなく、「中央区新川」に行けることがすごく嬉しかった。
というのは、以前一度だけ、銀行員時代、新川を歩いたことがあるのだが、何だか、酒問屋の東京出張所がやたらにあった記憶があった。

私は小さな名もない酒屋に生まれて、幼い時から、酒瓶に囲まれて大きくなった。
昔は我が家の棚には、灘や伏見のメーカーの日本酒が並んでいて、大抵は「灘の酒」であった。
だから、向こうは私を懐かしくないかも知れないけれど、私にとっては、灘や伏見のメーカーの名前を見ただけで懐かしいのだ。
(昔から江戸・東京で飲まれる上等なお酒は、灘や伏見の「下りもの」と呼ばれるものであった、それ以外の地方の地酒が人気を博してきたのはずっと後の話)

私が新川を歩いたのは、もう20年以上前の話だから、その後、造り酒屋の東京出張所は、まだ、残っているかしら?大きく昔風の立派な木の看板を掲げていた店が多かった気がするが、それらは全て消え、現代的に建て替えてしまったかしら?と興味はあったのだが、「新川」って、どこかへ行く通り道でもないし、新川自体、ただのビジネス街で余計なものが少ないので、何か用があるということもなかったので、ずっと行けないでいた。
(この20年以上、灘の酒とか、関西のお酒にとっては、辛い時代だったことには間違いない。だから、余り良い結果は期待できないかも)
今回、新川に上陸(?)できるので、日本橋人形町から新大橋通りを通って、築地で買い物をした後、茅場町駅まで戻り、そこから霊岸橋を渡って、新川に入って、お店の場所ををチェックした後、15分くらい時間があったので、自転車でウロウロしてみた。

行く前にGoogle Mapを調べたら、新川に、「國冠(こっかん)ビル」と「金盃(きんぱい)ビル」が載っていた。
でも、國冠はもう倒産して今はないという話を聞いていたので、國冠はないかも知れないと思いながら、出かけた。

まずは、通り道の日本橋で「沢の鶴」のビルを見て、新大橋通りの八丁堀あたりで、「櫻正宗」の看板を見た後(この2つは以前から知っていた)、新川に入って、灯ノ番の方に走って行ったら、駐車場に「白鷹」と書いたライトバンが沢山停まっていたのを発見。

その後、灯ノ番に到着したのだが、全然行列とかできていないので、Google Mapに載っていた國冠ビルなぞが載っていた方に行ってみたら、やはり、國冠ビルはなかったけれど、金盃ビルはあった。
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その他、富翁という看板を発見、でも、ここはビルにもなっていないし、シャッター閉めっぱなしという感じの店舗で今は東京で営業をしていないみたい。
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その他、表の永代通りに出ると、ミツカンの巨大東京本社があったり、白鹿というビルも見つかった。
(余計な話だが、ミツカン東京本社のビルの名前は、中埜ビルという、ミツカンの創業家社長の名字のビルであった。そのビルをミツカンに貸すなんて、いいな~、安定的に、創業家が潤う)
白鹿、白鷹と来れば、その他、白鶴、白雪なぞというお酒のメーカーもある。(どうして、「白」がつくブランドが多いのか?)
(家に帰って調べたら、日本酒の灘や伏見の造り酒屋の東京支店は、新川だけでなく、日本橋茅場町や人形町にも沢山あるみたい。やはり、江戸時代からのメーカーは日本橋界隈に東京支店を置いたのだろう)

多分、灘とか伏見の酒メーカーや、愛知県のミツカンは、江戸時代から、地元で作ったお酒やお酢を船で、太平洋から東京湾に入り、隅田川の入口であった新川まで運び貯蔵し、ここから、江戸中に配達されたに違いない。

だから、新川って、酒問屋の東京出張所が多いけれど、きっと、皆、お店だけではなく、大きな倉庫を持っていたのだろう。
そうなると、再開発の時、小さく分かれた土地を買い上げるより、新川は土地がまとまっていたから、大きな商業ビルが作りやすかったから、大きなオフィスビルだらけの今の姿になったのかも。(日本酒の造り酒屋さんの東京支店は粗方建て直されていた)

同じ茅場町駅界隈でも、新川は、元々が倉庫街だったのではないかと思う、霊岸橋より手前の、日本橋という一大商業地のすぐ隣である茅場町駅界隈・兜町界隈とは雰囲気が違うのかも。(そのことについては明日)

何て考えながら、自転車を漕いでいたら、待ち合わせの時間5分前になったので、お店の前に行ったら、行列ができていて、はげさんが一番前のグループの次、2番目に並んでくれていた、ラッキー!
ランチメニューはこちら。
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それにしても、スマホを持って歩いたが、新川に行く橋の名前が「霊岸橋」で、地名が「新川」というのは何でかとか、その場で、wikiで「新川」を検索できて良かった。
霊岸島は、元々、隅田川の中州であったところを徳川家康の命で埋め立てた島なのだって。
そこに以前、新川という川が作られ、流れていたので、「新川」という名前がついたらしい。
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by mw17mw | 2016-09-15 17:22 | 飲食店・菓子店 | Comments(0)