お彼岸−有名人のお墓参り

昨日までの三連休、出鼻の土曜日は雨で家に閉じ込められ、日祭日は、ブログネタを求めて歩きまわっていたら、疲れて、ブログを更新できなかったので、今日は、二つ発表。

お彼岸にお墓参りに行ったのだけれど、今回は、よそのお墓のご紹介をば。

<成瀬仁蔵さんのお墓>
この方のお墓は、我が家の墓の近所にあり、父の姉の嫁ぎ先のお墓までの途中に位置するので、場所はわかっていた。

で、平成12年とか13年の多分会社を辞めたとき、平日にお墓にその報告に行ったら、その日が成瀬仁蔵先生の命日だったのか、髪の毛の長い人は三つ編みにしたきちんとしたセーラー服の女性たちがお墓の近くに並んでいて、順番にお参りをしていたのだ。
これは、もしかしたら、成瀬仁蔵さんの命日には、目白の日本女子大学の小中高校生が雑司ヶ谷の墓地までお参りに来るのが習わしなのだと思った。(今、調べたら、日本女子大学の中学・高校は現在川崎にあるようだ。私が雑司ヶ谷の墓地で小中高校生を見たのは、移転の前だったのだろうか?)

その身ぎれいなきちんとしていて、私語を話したり、列を乱す女生徒が全くいない集団を見事と思ったし、目白から雑司ヶ谷はそんなに遠くないけれど、先生に引率されてわざわざお参りに来ることで、この成瀬仁蔵さんが、日本女子大学で本当に尊敬されていることが良くわかった。

で、現在、テレビ小説の「あさが来た」で、成澤泉という名前の成瀬仁蔵さんをモデルにした若い人物が描かれていて、その人の女子教育への情熱は伝わってくるが、おっちょこちょいで、不潔(忙しいと清潔より仕事を優先してしまうタイプ)と描かれているのは、日本女子大関係者の皆さまとしては、想定外だったろうと、同情してしまう。

ということで、近づいて、成瀬仁蔵さんのお墓の画像を撮ってきた。
「成瀬君碑」と書いてある下に、長い漢文があるが、何が書かれているのだろう?
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(成瀬仁蔵さんのお墓は、本当に横長の敷地に高い木が沢山あるので、画像に撮りにくい)

<立川談志師匠のお墓>
昨日、白山まで自転車で行ったとき、日本医大の近くの、私が位置をわかっている「浄心寺」というお寺に立川談志師匠のお墓があることを思い出した。
わかりやすく言うと、本郷通りを真っすぐ駒込の方に進み、日本医科大学に行く道を通り越したところにあるお寺。

外から見るとそんなに広い墓地ではないので、どうにか探せるだろうと思ったけれど実際に探し歩いてみると、余りに沢山のお墓、があり、談志師匠の本名である「松岡」とか「立川」で探しても、簡単に見つからず、やはり、お寺の人に聞いた方が早いということになり、受付で聞いたら、すぐわかった。

このお寺の墓地は、殆どは低い土地にあるのだが、一画だけ新規分譲に開かれたのか、高さのある土地があり、そちらにあるとのことであった。
で、本名の松岡さんのお墓ではなく、「立川談志」単独の墓標のお墓であったので、すぐに見つかった。
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この戒名って、お坊さんではなく、自分でつけたもの?<笑>
良くお坊さんが許してくれたものだ...、法事の時にこの戒名、読み上げるのにね。

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これはお墓の正面下の方に彫ってある絵、何でも、談志師匠の自筆の絵とか。
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by mw17mw | 2016-03-22 16:52 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)