山梨日帰りツアー 2/5 「根津記念館」

そのさくらんぼ畑があったところの周囲はこんな感じ、空がきれいで、久々の自然の風景がすがすがしかった。
富士山も2,3回見ることができたが、今年の冬雪が多かったせいとのことで、まだ、真っ白であった。
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さくらんぼをたくさん食べた直後だし、まだ、昼食の時間にはちと早いとのことで、バスで30分くらい走っただろうか、「根津記念館」を見学することになった。
根津記念館は、山梨が生んだ戦前の実業家で鉄道王、東武鉄道の社長であった「根津嘉一郎」を記念した施設で、できたのは、結構新しく、2006年10月開館とのことで、私も全くその存在を知らなかった。

東京の表参道の根津美術館は、根津嘉一郎が集めた美術品が展示されていることから、この記念館も何かすごいものが展示されているのかと思ったら、お宝はなしとのこと。

何でも、根津家というのは、明治以降、山梨で二番目に大きな地主でお金持ちだったそうで、その当時の家が残っていて、それは「国登録夕景文化財」とのことで。
その屋敷を移築してきて、その隣には、今や記録にしかない根津嘉一郎の山梨で建てた屋敷やお茶室を2軒再現した施設なのだそうだ。

で、とても大きなお屋敷で、入口というか玄関は、(書生が住んでいたであろう)長屋門、その手前には泥棒除けの堀が掘られていて、地方の余裕のある地主のお屋敷という感じが素敵!
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お庭が広くて、一番の売りは、大磯にあった根津嘉一郎さんの別荘に植わっていた松を移築したもの。
(やはり、戦前のお金持ちにとって、「大磯の別荘」というのは、ステイタスの象徴だったのだと思う)
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その他、近くに笛吹川があるというくらい、自然の湧水がご自慢ということで、池も素敵であった。
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他、茶室や応接間が再現されていた。
根津さんは、山梨に戻ってきたとき、こういう応接セットで、訪れてきた地元の人とお話をしたのだろうか?
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こういうのんびりした涼しげな応接間を見ると、東京から故郷に戻ってきた根津さんが、浴衣姿で寛いだ姿で、訪ねてきた人たちと談笑していたような風景が思い描ける。

この記念館自体、根津さん部分だけでも、結構歩き回る程の広さだし、見るところがたくさんあった。
私が一番懐かしかったのは、下記オルガン。
何でも、根津さんが生まれ育ったところの小学校に寄贈したものだと書いてあった。
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ま、それには間違いなのだけれど、私は母から、「山梨中の小学校には、根津嘉一郎さんが寄贈してくれたオルガンだったかピアノだったが一台ずつあった」と聞いていたのだ。
だから、「あ、だったら、母が通った小学校にあったオルガンもこれと同じものに違いない、ヤマハのオルガンだったのだ」と懐かしかった。(と思ったのだけれど、このページを読むと、根津嘉一郎さんは、「特に山梨県下の全小学校へ200台にものぼるピアノ(後に根津ピアノと呼ばれる)やミシンの寄贈、また地元平等小学校の建築など、山梨県の教育文化振興に寄与した。」と書いてあった、ということは、このオルガンとは別のものかな?)

で、今まで、なんで、母がいつまでも「根津嘉一郎さんが寄贈してくれたオルガンだかピアノ」だと良く寄贈者の名前を覚えていたことがちょっと不思議だったのだが、本物を見て、よくわかった。
ほら、弾こうと蓋を開けるたびに、「寄贈 根津嘉一郎」と出てくるのだもの。(笑)
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by mw17mw | 2014-07-30 08:45 | 東京以外の遠出・温泉 | Comments(0)