旧目白近衛町は、古くからの超高級住宅地

余談であるが、テレビで全日本のフィキュアスケート選手権を見ていたら、女子のショートプログラムの時、どの選手だかは覚えていないのだが、コーチが選手に、ティッシュの箱を差し出したのだけれど、それが、私も使っている多慶屋で売っている一番安い箱だったので、笑ってしまった。
見栄でも、テレビに映る可能性があるときは、もうちょっと高級なティッシュを用意したほうが良いと思った。

---本題です---

目白は、目白通りの北側の徳川家の財団がある地域とか、1,2回歩いたことはあったが、南側は散歩したことがなく、今回が初めて。
「目白三丁目」という信号の路地を南側に入っていくと、すぐに「プアンタイ」という以前入ったことがあるタイ料理のお店があった。
まさかまさか、その先をずずっと進むと高級住宅地とは全く知らなかった。

目白近衛町は、このブログによると、近衛家が自分の土地を大正11年から、売り出してできた町とのこと。

目白通りからちょっとの間はお店があるのだけれど、すぐに住宅地になる。
そんなに大きい家ばかりという感じでもないなと歩いていたら、幅が広い路地に「私有地につき、駐車しないでください」みたいな立て看板が立っていて、「え、これが私有地?」と思ったのが下の画像。
こんな広くて奥深い私有地の先にはどなたが住んでいるのかとは思ったが、「私有地」とはっきり書いてあるので、入り込まなかった。
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(家に帰って、Google Mapで調べればわかるかもと思ったが、残念ながら、わからなかった。
ただ、そのついでに、その近所に「舟橋聖一記念文篤館」という男子学生のための寮を発見、舟橋聖一さんは、本を読んだことはないが、著名な作家なので知っている。亡くなった後、遺産を生かして、このような社会貢献をされていたとは知らなかった。)

そのまま1,2分歩いていくと、すぐに教会が見えたけれど、中に入れるわけでもないし、建物の前から見て終わり。で、その先に、南欧風の建物が見えてきて、どうみても、それが日立製作所の迎賓館だとわかった。

また、そこに向かう両側のお家が、お家というか、豪邸ですごい家ばかりになってきた感じがした。
(先日、歩いた高級住宅地の御殿山の豪邸とまた趣が違っていた。御殿山や高輪の豪邸は、1階を駐車場にして、豪邸前面を壁面にして、中を覗かれないように防御一辺倒の建物が多い感じ。
目白近衛町の建物は、もうちょっと自然とか庭を生かそうとした豪邸が多いように感じた。
たぶん、目白近衛町の豪邸は、昔からの所有者が建て直すから、以前の自然豊かであった住まいの雰囲気を少しでも残そうとしているのではと思わせる作り。)
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目白三丁目の路地の突き当りは、日立クラブという建物であった。
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d0063149_19245776.jpgその日は、結婚式があったのか、入り口がきれいにデコレートされていた。
しかし、この白い南欧風の建物は一体何?と思ったら、「大正末期まで近衛公爵邸のあった地に、宮内省が学習院旧制高等科に通う男子生徒のための寄宿舎として建設したもので、当時は「昭和寮」と呼ばれていた。
 昭和28年(1953)から日立製作所の所有となり、日立目白クラブとなった。隣接する別館は、現在、教会として使用されている。」とのこと。
昭和の初めにこのデザインで建物を建てたって、すごい!
それも一棟だけでなく、同じような南欧風の真白い建物がいくつも存在していた。
さすが、昔、貴族というのは、本当に恵まれていて、大切にされていたのだなとつくづく思える。
また、この建物には、若き日の今上天皇も住まわれていたとか。(画像等、このブログが秀逸)
(Google Map上では、一番大きな建物が「日立目白クラブ」、その他の5棟は「日立独身寮」でナンバーが降られているけれど、本当に日立の独身社員が住んでいるのかしら?
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正面入り口から右に壁に沿って歩いていたら、崖が現れて急な下に降りる急な階段になっていた。
その下は、鬱蒼と木が生えていて、噴水が見える、降りてそちらの方に行きたいけれど、時間がないので、今回は諦めた。
その時はそこがなんだかわからなかったが、どうも、江戸時代将軍家の鷹狩りの狩猟場であったおとめ山公園のよう。
(この崖を見て、「目白が丘教会」の名前が良くわかった。)
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d0063149_19261979.jpg同じ道を戻るのもつまらないと思って、来た道の一本西側の道を歩いて、目白通りに戻ろうとした。
そうしたら、住宅街にただ一軒、「花想容」という「きものとカフェ」のお店の看板があった。(食べログ情報はこちら
どんなお店だろうと興味はあるけれど、着物、全然持っていないし、今後も興味を持てないと思うのでパス。

そのまままっすぐ歩いて行って、目白通りを西に向かってバス停まで行くだけだったが、それでは面白くないので、目白通りの一本中(南側)と思われる通りを歩いてみたら、あった、あった、昔風のお金持ちのお家が...、
こういう門のお家を見るのは初めてではない、ただ、この目白近衛町のこの手のお家(たぶん、戦前建てたもの?)の凄さは、この門の後ろがすべて庭と平屋であること...。
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同じような門のお家をもう一軒発見。
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正しい目白近衛町の範囲は定かではないのだが、この町も相当建て替えが進んでしまい、新しい現代的な鉄筋の豪邸ばかりであるが、昔は、最後に見つけたような日本家屋と庭の町であったのだろう、昔、さぞ、風流できれいな地帯だったと思う。

目白近衛町は、本当に昔からの超高級住宅地。
(学習院が近いから、子供を学習院に通わせたい家の人たちが多いのかな?)
ざっと見たところ、ほかの高級住宅地に比べて、遺産相続による土地の細分化が進んでいないで、大きい敷地のまま、建て替えている家が多いところがまたすごい。

ま~、とにもかくにも、目白通りは庶民的だけれど、それは本当に表面の目白通りだけ。
ただ、東京はどこでもそうだけれど、必ず、住宅地と庶民的な商店街はセットなのだ、そういう意味でも、目白は東京らしい高級住宅地で歩きやすい。
散歩にはとても良い地域で、お勧めだけれど、時々、生まれながらの貧富の差が胸にグサッと来る地域。(笑)

そのうち、また、おとめ山公園に行ってみようと思う。
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by mw17mw | 2013-12-24 08:58 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)