新潟県村上市「人形さま巡り」の旅 7/7 まとめ

今日は4月4日。
4月3日まで開催されていた「人形さま巡り」が終わり、今日、村上の町人町の皆さまは、皆で、お人形さまを仕舞っているのかなと想像していた。
あれだけのお人形を仕舞っておく蔵があるというのもすごいけれど、出したり、仕舞ったりも大変な作業だなと思う、有り難うございました。(何でも、町以外のボランティアの人も手伝って出し入れするらしい)

最初に書いておくと、村上市の「人形さま巡り」については、上記に書いたような町の皆様の善意で続いているお祭りなので、見に行くとき、注意が必要。

1.あくまで、見せていただくという態度で、入るときは「見せてください」、帰るときは「有り難うございました」と声を掛ること。(当たり前だけれどね)

2.「ここのは見る価値がないわ」みたいな批判はしない、お人形には触らない。
  「撮影禁止」のお雛様も多いので、その場合は従う。(しかし、良く聞いてみると、「フラッシュ禁止」の場合が多く、「フラッシュをたかないのなら、撮影OK]というお店も多かった。
  写真撮影は、聞いてからね。

で、今回、村上に旅行に行ったいきさつについて、まとめる。

昨年秋に、台東区役所主催の「下町塾」という、日曜日に連続で10回開催された講義に参加していて、そのことについて、ブログを書いたつもりだったが、実は何も書いてなかった。(笑)

色々な切り口で、色々な講師が自分の体験談などや物事の見方を講義してくれたのだが、私の中では、新潟県村上市の吉川真嗣さんのお話だけにとても感動してしまった。

どこがすごいかというと、この方は、例えば、商工会議所のメンバーとか、商店会のお偉いさんだったりしないのだ。
商店会には入っていたけれど、あくまで、東京から戻ってきた地元民としての個人での活動を積み重ねて、村上市を観光客の来る市に変えてしまったのだ。

その背景は後で書くことにするけれど、跡継ぎとして育てられていた長男が突然継がないことになり、旧町人町にある「味匠吉川」の跡継ぎとして、早稲田大学を出て商社に勤務していた次男の真嗣さんが故郷に帰って来る。

そして、その時に、商店街の活性化のために、道路の拡張工事が提案され、それをどうしたものかと悩んでいるときに、会津の五十嵐大祐さんという「復古商法」の元祖のような方と知り合い、その人を師と仰ぎ、薫陶を受け、活動を開始する。

彼のユニークなところは、初めから大勢を引っ張って行こうとしないこと。
まず、自分ができる、これは皆のためになると思ったことは、支持してくれる2,3人で始めるのだそうだ。
人数が少なければ少ない程、スピーディに、思うように動ける。
人数が多ければ多い程、全員が納得できる案を考えねばならず、それだけで時間がかかるとのこと。

少しでも成功すれば、後から人は入って来るのだそうだ。

例えば、「人形さま巡り」が始まったいきさつなのだが、「味匠吉川」が、売り出しのために新聞にチラシを入れることになり、それならばと、近隣の商店に声を掛け、「お客さんが希望したら、町屋の内部を見せる」ことを提案、その条件を飲む商店については、吉川さんのチラシに一緒に場所とか特徴を載せたのだそうだ。

そうしたら、それが受けて遠くからもそのチラシを見て、興味を持った人が沢山来るようになったのとのこと。

それがきっかけで、次に、「人形さま巡り」を3月1日から4月3日まで開催することになったそう。
それも成功して、次は秋に「屏風まつり」を9月15日から10月15日まで始めて、こちらも人気があるのだそうだ。(こちらも行ってみたい)

その他、城下町らしい風情を復活させるための活動も精力的にこなしているとのこと。

ま~、とにかく、この方のお話は面白かった。
お話を聞いていて、「この人は、村上市の旧町人町の保存と活性化を、欲得とか自己実現のレベルではなく、天命と思って動いている爽やかさがある」と思った。
そう、だから、人は彼の話を聞くと、感動するし、心にすっと入って来るのだと思う。

こういう「天命で動く」人というのは、歴史上の人物では坂本龍馬が一番最初に頭に浮かぶ。
私の場合、生きている人として、初めて会えたのが、吉川真嗣さんであったのだ。

しかし、この方の生き方を今何度も読み直している『「自分のために生きる」ということ』と照らし合わせると、とてもわかりやすい。

吉川さんは、鮭が大好きなお父さんが大好きで、家業を継ぐ気になった。

そして、町人町の道路拡張の話の時に、偶然、会津の五十嵐大祐さんという尊敬すべき師に出会う。

お嫁さんは、東京時代知り合った、神戸育ちでアナウンサーをしていた美貴さんなのだが、2度結納を潰されても粘り、とうとう村上に迎えたそうだ。(これは美貴さんの気持が分かる気がする、都会から、地方都市、それも県庁所在地でないところにお嫁に行くって、相手がどんなに良い人でも、とても難しいことだと思う)

どうにか村上に自分の大好きな人をお嫁さんを迎えたのだが、真嗣さん自体は、全国各地のデパートに出張販売に行く仕事があった。
その時に、真嗣さんだけ出張し、お嫁さんを村上に残していくと、知らない間に実家に帰ってしまうことが予想され、ご両親に頼んで、出張販売には、二人で行くようにしてもらったのだそうだ。

その出張販売に各地を回ったときも含めて、二人で、日本の観光地を400カ所くらい、見て歩いたとのこと。

その経験から、「人形さま巡り」や「屏風まつり」「黒塀運動」などのアイディアが浮かび、村上で、家業の傍ら、町おこしを始めたそうなのだ。

これらを『「自分のために生きるいける」ということ』に照らし合わせると、吉川真嗣さんの行動は、「他人の評価を決めるパワーゲーム」ではなく、幼い時から、自分の心に響いた大切なもの(きらきらと心に輝く宝物)を大切にして、粘り強く繋がるよう、自発的に行動している見本だと思った。
これって、できそうでできない。
吉川真嗣さんの人生こそ、『「自分のために生きるいける」ということ』が推奨する生き方の見本のようだと思っている。

吉川真嗣さんたちの活動に興味のある方は、「町屋と人形さまの町おこし」という本が参考になる。(千代田区の図書館にあります)←私も借りて読みました。
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by mw17mw | 2013-04-04 23:01 | 東京以外の遠出・温泉 | Comments(0)