新潟県村上市「人形さま巡り」の旅 3/7

「お人形さま巡り:のお人形の紹介の前に、「町屋」について、簡単な説明を。
村上の旧町人町に沢山残されている古い商家の建物の形式のこと。
お家に入ると、まずはお店があって、その奥までずっと土間が続き、お店のすぐ奥には、今のような座敷があり、そのまま奥に抜けると、中庭があるのだそうだ。(中庭は、明かり取りと雪をためておくのに使ったとのこと)
すなわち、一階は、一度も靴を脱がず、奥まで行けるとのことだが、その分、プライバシーは保ちにくいらしい。
また、囲炉裏のある居間は、吹き抜けになっていて、天井から、光を入れるようになっている。(はたと今気づいたのだが、ガラスがない時代は、そこはただの穴だったのだろうか?)
また、この形式になったのは、城下町ということで、敵が攻めてきたときに、味方の兵士をかくまったり、逃がしたりするのに便利なようにとの話も聞いた。

建物は古いものが多いのだが、戦後の一時期、正面だけ、今風に改築されていたのを、徐々に昔風に直して行ったそう。
だから、町並み全部が下記写真のように昔風のわけではないのだが、だいぶ、昔風に配慮したお家が増えつつあるのがわかる。
下記画像は、味の喜っ川とその隣の酒屋さん。
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こちらは、吉川さんの本家の酒屋さん。
間口が狭いのは、江戸時代は、間口の広さで税金が決まったためとのこと。
この画像から、奥行きが長いことが良くわかる。
このお家は、本当に古く、築184年とのこと。
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「お人形さま巡り」だから、お雛様だけではなく、色々な人形が飾られていた。
喜っ川さんを出て最初に入ったのが、右隣の酒屋の益甚さん。
ここで、「動きのある古いお人形」にびっくりした。
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これは、「竹田人形(江戸後期~明治)大坂道頓堀にあった人形芝居「竹田近江一座」にちなんだものと言われる。
見得を着る姿印象的」と説明に書いてあった。
本当、歌舞伎の見得が見事に表現されていて、躍動感が素晴らしいと思った。

東京に帰ってきてから、「そうだ、こういうお人形のお芝居、幼いときにNHKで見たことがある、確か、やはり、竹田?」とか思い出したので、検索してみたら、「竹田人形座」という組織で、今は残念ながら、続いていないらしいけれど、大坂道頓堀の「竹田近江一座」の流れを汲んでいることがわかった。
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こちらは、確か、加藤清正公だったかな?(これも、喜っ川さんのお隣の「益甚」さん所蔵)
何て言うのかな、今、東京で普通に暮らしていると、細かい戦記といおうか、織田信長から徳川幕府が始まるまでの時代の戦国武将なんて、全く無関係で生活しているのに、昔は、このようなお人形にして飾られる程、生活に密着していたのだ、と感激。(確かに、私の父だったら、私より、そういう話に詳しかったと思う←あ、そうか、敗戦で日本の教育内容ががらっと変わり、こういう戦国時代の話なぞ、学校で教えなくなったから、遠くなってしまったのだ。)
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こちらは、うおや鮭こうばにあったもの。おじいさんの武士が鎧を着たまま赤ん坊を嬉しそうに抱いているお人形。
何だかな~、今は、武者人形というと、こどもの日に飾る鎧甲の勇壮なお人形しか思い浮かばないけれど、昔は、このような生活描写というか、物語の一場面や色々な世代をを表したお人形が沢山あったのだよね、きっと。
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こちらは、「九重園」というお茶屋さんのお雛様の下に飾ってあった大名行列。
大名行列のお人形はここにしかなく、これは良くテレビ等で映し出され、有名。
何でも、お殿様からいただいたものとのこと。
この大名行列の下に、歌舞伎の動きだと思うのだけれど、動きのあるお人形が沢山あって、魅力的であった。
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by mw17mw | 2013-03-28 22:33 | 東京以外の遠出・温泉 | Comments(0)