上野公園を歩いてみた-1/2

ある団体の催し物で、上野公園の西郷さんの銅像のところから噴水の手前あたりの名所を解説付きで案内してくれる無料の会があったので、参加してみた。

まずは、西郷さんのところに集合だったのだが、私は、近いからと油断して、10分遅刻してしまった。(他の皆さま、ごめんなさいです)

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西郷さんの銅像の近くは今整備中のようだが、もう完成している部分もあり、江戸時代の寛永寺の敷地だった頃の錦絵と、明治に入ってから万博会場であった上野の山の巨大な錦絵が飾ってあった。
これがあると、過去がわかりやすくて良い。

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まずは、彰義隊のお墓。ここは私でも知っている場所。
解説してくださった方によると、「上野の戊辰戦争」は、江戸の街自体、どうしても、徳川贔屓の人が多かったので、その風潮に止めを刺すために、政府軍が仕掛けたものとのこと。
なるほど、確かに時代が代わる時、「時代が代わった」と強く庶民に印象付けるような儀式が必要だったのだろう、犠牲は大きかったが。
彰義隊のお墓の墓碑には、「戦死の墓」と刻まれていると言っていたような...。
やはり、政府軍に遠慮して、はっきりと彰義隊とは書けず、そういう書き方しかできなかったそうな。
この上野で、140年くらい前に、血で血を洗うような戦争があったなんて...。

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これは天海僧正の毛髪碑。いつもは鉄柵に錠がかかっているとのことであったが、このときは、開いていて、中に入ることができた。
徳川三代に使えた天海僧正のお墓は、日光の東照宮にあるそうだが、寛永寺開祖として、上野の山では、毛髪碑が建立されたとか。(備えてある花を触ってみたら、造花であった。←私って小姑みたい。(笑)今の時代、あの寛永寺でも造花を使っているのかとちょっと親近感を覚えた。)

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擂鉢山(すりばちやま)という弥生時代の古墳。
これも知っていたが、上にのぼったことがなく、今回、上れて良かった。

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頂上の上はそんなに広くなく、そして、何もなく、銀杏の葉っぱで埋まっていて、きれいであった。
一人で来た時でも上っても怖くなさそうな感じ。
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小高い古墳の上からの景色は中々良かった。

その次に、海老名香葉子さん建立の「時忘れじの塔」を見た。
この時、説明者が、「皆さん、ご存知ないでしょうが、上野や浅草も東京大空襲で燃やされたのですよ」と言ったのにはびっくり。
もうちょっと前だったら、浅草が空襲にあったことは常識であったのだが、今の時代、新たに台東区に流入して来た人も多いし、若い人も多いし、「上野・浅草が東京大空襲にあった」ことを知らない人が多いのかも知れない。
私は、思わず「我が家だって、燃やされたのです」と言いたくなってしまったが、やめておいた。(台東区民が、一人ひとり、体験談を語りだしたら、切りがなくなりそうだったから)
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by mw17mw | 2012-12-18 22:45 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(0)