山梨一泊二日旅行2/8-清泉寮

八ヶ岳高原大橋で暫し景色を見た後、自動車に乗り、何だか、下の方に降りて行き、次に連れて行ってもらったのは、「清泉寮」。

名前だけは知っていた、以前、B食に良く書き込んでいた若い女性が清里が好きで、清里に行くたびに、清泉寮のソフトクリームを食べたという話を載せていたから。

初めて行く清泉寮は、広々と続く牧草地が低い柵で囲われているからだと思うのだが、まるで、スイスの牧場みたいな風情。
牧草地から八ヶ岳の反対の空を見ると、雲がなければ富士山が遠くに見えるとのことであったが、その日は富士山近辺に雲がかかっており、「ほら、あの雲の合間の黒いのが富士山」と教えてもらい、何となく高さから富士山のてっぺんあたりなのだろうと思った。
d0063149_1723552.jpg

広い牧草地の他、コンパクトに宿泊施設・食堂・売店などが集めて建てられている地域があり、人気があるのがわかる気がする。
d0063149_2156891.jpg
その建物群の手前にあるのが、この清泉寮を作った「ポール・ラッシュ」さんの像。

恥ずかしながら、清里についても、清泉寮についても、ポール・ラッシュについても無知なので、家に戻ってから調べてみた。
そうしたら、ポール・ラッシュさんについては、このページが見つかった。
このページを読むと、本当に、ポール・ラッシュさんは尊敬できる方で、内容を簡単にまとめると、

「ポール・ラッシュさんは関東大震災で崩壊した東京と横浜のYMCAを再建するため1925年(大正14年)に米国の国際YMCAから派遣され、初来日。
日米開戦で強制送還されるまでミッションスクールであった立教大学で教鞭を取った。
戦後、GHQの将校として再来日、「戦前の日本人は自分たちの国土だけで生活することができず、海外を侵略してしまった。この戦後の苦難にあえぐ人たちが、自分たちの土地で豊かに自立して暮らせるようになったときこそ、真の日本再生が達成される」と固く信じ、それまで農業が無理と思われていた高冷地での農業や牧畜を広めようと緊急農業改革に取り組んだ」とのこと。

その考えを実践する施設として、高冷地の清里に清泉寮を作り、若者に高冷地の農業教育をした。
きっと、ポール・ラッシュさん亡き後、その意志も引き継ぎながら、より広範な人々、すなわち、観光客にも利用できる施設に広げて来たのが、今の清泉寮なのかな?(観光客が来る=雇用が増える、自立できる人が増える)

また、清里の歴史について調べていたら、清里を育てた人として、ポール・ラッシュさんと並んで、安池興男さんという方が紹介されていた。

その紹介のページを読むと、途中で文章が切れているのが残念だが、清里は、昭和13年に、奥多摩の小河内ダムを作るために、奥多摩の土地を立ち退かされた人々が、移住して開墾した土地だと書いてあった。
小河内ダムの湖底に沈んでしまった村だって、温暖とは言えない土地だろうけれど、きっと、標高1200mの清里よりは自然が厳しくなかったに違いない。
先祖代々の穏やかな気候の土地で静かに暮らしていた人たちが、東京と言うマンモス都市のインフラ整備のために、苛酷な生活環境の土地に追いやられるという歴史があったのだ、知らなかった。
その頃、何もなかった清里、特に冬が大変だったろうと思う、しかし、その方たちが負けないで頑張ったからこそ、今の清里があるわけで、すごいな~と思う。

その話は、ちょうど私が2か月前に訪れた東京都水道歴史館で知った東京の水道の発展の歴史の裏の歴史になるわけだから、何だか、心に浸みた。(昭和の歴史は見なかったが)

d0063149_1771815.jpgそして、旅行の話に戻ると、ここの名物のソフトクリームを買ってもらい、従姉と半分ずつ食べたが、味が濃くて美味しく、清里に来たら必ず食べると言う人の気持ちがわかる。
乳脂肪分が高いせいだろうか、バニラアイスなのだが、白ではなく、薄いベージュ色をしていた。
わ、食べさせてもらって良かった、食べないで帰ったら、後悔したに違いない。
(ジャージー牛乳を使っているらしい、私は、ジャージー牛乳は東京でも売っているけれど、高いから買ったことがないけれど、美味しいという評判は聞いたことがある。今度、是非飲んでみよう。)

その後、清里駅のところを通り、山を降りるのと同時に南に向かい、下津金というところにある「おいしい学校」に連れて行ってもらった。

その道々、清泉寮は今でも大変人気があって盛況だったが、清里全体では、何年、何十年前になるだろう、一時ペンションブームで人気観光地だったのが、最近は、人気が下降気味で、駅周辺のお店は閑散としているし、ペンションを廃業しているところも多いと教えてもらったが、心なしか窓から見る町の様子はそれを裏付けるような気だるい様子であった。

確かに避暑にとてもうってつけな場所だけれど、飽きられるというか、日本中に沢山の新しい設備・目新しい発想の観光地が生まれ続けているし、人は珍し物好きだから新しい方へと動いてしまうし、そういう事態になるのは致し方ないと言えば、致し方ないのだけれど、淋しいものがあった。
[PR]

by mw17mw | 2012-08-28 22:34 | 東京以外の遠出・温泉 | Comments(2)

Commented by えどえも at 2012-08-29 06:18 x
林間学校で泊まった事があります。もう40年位前…まだ清里のペンション村が出来る前でした。山歩きとかしたのですが、清泉寮の門から宿泊施設までが子供の足では随分と遠く感じたものでした。どの位の距離があったのかな?と再訪してみたくなりました。朝食の牛乳がかなり濃厚だったことが忘れられません。
Commented by mw17mw at 2012-08-30 01:16
>えどえもさん
その頃の清里を知っているなんて、良い思い出ですね。
40年間でどのくらい清里は変わっているのでしょうね。