行ってきました「世田谷散歩二回目」-牡蠣そば・松陰神社

ボロ市、東北の物産展を見終えて、世田谷通りに戻ったら、もう午後2時であったので、松陰神社に行く前に食事をすることにした。

それにしても、ボロ市にいる間、「最近の寒さから言ったら、今日はそんなに寒くないわね」と話していたのに、人で混んでいない世田谷通りに出たら、途端に寒くなった。
あの膨大な人出は、温度36~37度の熱の塊だったのだ。

ブログには書かなかったけれど、私がアド街で調べたお店以外、DMで、上町方面の「しらとり」というフレンチのお店と、松陰神社近くのパッポン堂を教えていただいた。
パッポン堂は、担々麺が美味しいそうなのだ。

しらとりは、順路から外れているのでその日は諦めて、世田谷通りを松陰神社の方に歩くと、大吉という上海料理のお店が行列とともに視界に入って来た。
そのまま進むと大通りをはさんだ反対側に「石はら」というお蕎麦屋さんも見えて来たが、ここも行列であった。
それを横目で見ながら、松陰神社入り口という交差点近くのパッポン堂に着いたのだが、残念ながら、お休みであった。

ということで、大吉か石はらにしようということになり、日本蕎麦は平凡だけれど、今の季節しか食べられない牡蠣そばを石はらさんで食べられるみたいだから、行ってみようということになった。
先客が5,6人並んでいたが、そこはそれ、お蕎麦屋さんだから、10~15分で中に入ることができて、二人とも牡蠣そばを注文。

d0063149_22324654.jpgでも、その前に、ずっとずっと歩いたので、ビールが飲みたくなり、小ジョッキを頼んだ。(我が友人はお酒が飲めない体質なので、飲まず)
お通しがついてきて、ワカサギかな、結構沢山入っていた。
これは有料だなと思ったけれど、後で、結構高いことがわかり、ショボン。

d0063149_22295290.jpgさて、牡蠣そばが出て来た。
ここの牡蠣そばは、他に良く煮えた長葱、三つ葉、柚子の皮の他に、もみ海苔が沢山入っていた。
牡蠣のエキスが溶け込んだ醤油ベースのおつゆも、手打蕎麦も美味しかったけれど、牡蠣が煮え過ぎていた。

私の一番最初に食べた牡蠣そばが、牡蠣が殆ど生のもので、そのお蕎麦を食べる度に、海が口に入って来るように感じられ、とても美味しかったのだ。
だが、その後、1,2軒、他のお蕎麦屋さんで牡蠣そばを食べたけれど、皆、牡蠣が煮え過ぎなのだ。
生でとは言わない、ただ、もうちょっと、生っぽい方が美味しいのになと思った。
しかし、普通のお蕎麦屋さんで、生に近い牡蠣を出すと、食中毒を心配するお客さんからクレームがつく可能性が高いし、どうしても、火を通し過ぎた状態で、出さざるを得ないかも知れない。

そうすると、海の香りが減ってしまうので、このお店は、もみ海苔でカバーしようとしているかもと思う。

このお蕎麦屋さんは、お箸の他に、れんげを出してくれたので、私はラーメンのように、左手にレンゲ、右手にお箸でついつい食べてしまったけれど、これは、日本料理を食べるときにはお行儀が悪かったかも知れないと後で反省。
(しかし、おかげで、熱いおつゆを飲みながら、熱いおそばを食べることができて幸せではあったが、う~ん、全体としてはどんなものだろう?)

牡蠣は煮え過ぎであったが、おつゆもおそばも大変美味しかった。
しかし、牡蠣そばにおいて、牡蠣の煮え過ぎは致命的欠陥なので、牡蠣そばとしては、中の下かな?
(おつゆもお蕎麦も全部残さず食べたのに、点数は辛め)

で、お会計をしたら、ビール小ジョッキが300円に対して、「お通し 250円」と書いてあり、ギャフン。(牡蠣そばは、1300円で、牡蠣がゴロゴロ入っていた)
そんなお通しが高いのなら、つけるか、つけないか、聞いてくれれば良いのに...。

そんなことはあったが、美味しい牡蠣そばでお腹を満たした後、松陰神社に向かう。
とても、清潔でこざっぱりとした神社であった。
お参りに来る人が結構多いし、皆、一組ずつ詣でるので、自然と列ができていた。
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その後、松下村塾を模したと言う建物を見学し、松陰先生のお墓参りをした。
そうしたら、吉田松陰が亡くなったのが、29歳ということがわかり、それだけで、どんなすごい人かわかったような気がした。(自分が29歳の時のこと、今の自分を比べると、本当に自分が凡人中の凡人だと感じた)

松陰神社を歩きながら、友人に、「お正月に、テレビで、山田顕義物語と言う、吉田松陰の弟子で、日大の創始者だった人の生涯のドラマを見た」と話すと、友人が昨年末豪徳寺で見たお墓を思い出した。
確かに、そのお墓には、日大が作った記念碑が建てられていたし、多分、日大の創始者のお墓だったのだ。
山田顕義さんのお墓かどうか、名前をちゃんと覚えて来なかったので、決定的なことは言えないけれど、若い時の松下村塾での吉田松陰先生から学んだことを若い人たちに伝えたく、日大を作ったとのことだったし、やはり、本人としては、吉田松陰先生の近くで眠りたいと思ったので、松陰神社に近い豪徳寺にお墓を作ったのだかなと思った。
本当に、山田顕義さんは、吉田松陰先生が好きだったのだな~、きっとと思ったが、wikiによると山田顕義さんのお墓は、豊島が岡墓地とのことで、豪徳寺の日大の偉人は別の人のよう。

世田谷通りは、並木の背がとても高くて、歩いていて気持ちがいいし、日曜日の余りお店が開いていない商店街を通り抜けると、こざっぱりとした静かな松陰神社があり、とても良いところだった。
とても住みやすそう。

あ、後、友人が教えてくれた、松陰神社にある門前町の路地を曲がったところにあった「東京聖十字教会」という教会もご紹介。
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日本にある建物の中では奇抜なデザインだけれど、木とカラフルな硝子が暖かさを感じさせて素敵。
何でも、日本の建築界に多大な影響を与えたチェコ系アメリカ人レーモンドが作った「レーモンド設計事務所」があり、そこが設計したものだそうだ。
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by mw17mw | 2012-01-18 22:41 | 東京都内のお散歩・見物 | Comments(4)

Commented by ryuji_s1 at 2012-01-19 09:34 x
石はらさんの牡蛎蕎麦 おいしそうです
生くらいがいいですね
Commented by mw17mw at 2012-01-19 23:17
>ryuji_s1さん
牡蠣の煮え過ぎと海の香りを感じなかったことを除けば、美味しかったです。
煮え過ぎた牡蠣の入っているお蕎麦を食べて、「自分ちでもできそう」と思って、昨日から作って食べています。(笑)
Commented by トコ at 2012-01-20 10:26 x
担々麺、閉まってたんですね。残念。
松陰神社の入り口のこざっぱり感は、
パッと見、萩の本家本元(?)と印象が似ていますね。
意識したのかしら。
Commented by mw17mw at 2012-01-20 23:44
>トコさん
そうなのです、残念ながら、シャッターが閉まっていました。
ご主人がタリバン風かどうか、見極めるのを楽しみにしていたのですが。

私、考えてみたら、萩の本家、40年くらい前に行ったことがあるのですが、40年前だから、松下村塾の建物しか覚えていないのです。
松下村塾の建物はそっくりだと思いました。