ラーメンと茶道-「饗 くろ喜」

最近、飲食店をどう評価すべきか考えることが多い。

何故かと言うと、最近一番気に入っている「饗 くろ喜」が、開店してまだ数か月というのに、見事だからだ。

店名にわざわざ「饗(もてなし)」という言葉を入れているくらいで、何度も書いているように、本当にお店全体、料理全体に、店主のもてなしの心を感じている。

さて、だったら、「もてなし」の正しい意味が知りたいと、インターネットで検索してみたら、「もてなし」は茶道の用語でもあり、茶道の「もてなし」には、「しつらえ」がつきものになっていることがわかった。(というか、思い出した)

確かに、誰かをもてなそうとしたら、気持ちだけではなく、掃除から部屋の準備から全てにおいて「しつらえ」が完璧でないとできない。

そうなのだ、「饗 くろ喜」って、もてなしの気持ちがあるだけではなく、新規開店の前から相当考え抜いて、店員二人でできる範囲で、静かに運営できる(粗相をしないで済むような)お店や料理の設計がきれいにできているのだ。

そう考えていたら、またまた、頭に、「カウンターだけのラーメン屋さんって、お茶の世界に通じるものがある」と浮かんだ。
すなわち、亭主のお点前を客は静かに見ながら、お茶が入れられるのを見る。
そして、客にお茶が供され、客は静かにそれを味わう。
その茶室のしつらえ、供されるお茶などで、客は「もてなしの心」を感じる。

「饗 くろ喜」では、客は、店主が静かにラーメンを作るのをじっと見ながら、料理が出来上がるのを待ち、そして食べる。
ラーメン屋さんの方は、良いお点前でしたとは言わないし、道具のことは聞かないが、基本、ラーメン屋さんと茶道は似たところがあると、私の頭の中で繋がった。(というか、少なくとも、くろ喜は、そういうラーメン屋さんなのだ、きっと)
繁盛するラーメン屋になることが第一の目的ではなく、「もてなしの心」を具現できるラーメン屋さんを目指して開店したのかも。

あ~、そうなのだ、くろ喜って、もしかしたら、茶道の心を学んだラーメン屋さんなのだと思った。

こう言っては何だけれど、店名に「もてなし」をつけるって、凄いことだと思う。
「もてなしの心」を第一に考えているということを店名で明らかにし、そしてそれを実行しているのだから。
くろ喜は、お客と店員は殆ど無言で、ラーメンだけで、美味しさ以外に、もてなしの心を店主から受け取ることができるお店なのだ。
だから、どんどん、通う人が増えるのだ。

このことは、結構凄くて、画期的というか、私の中で、飲食店を好き嫌いする基準が、実は、お店に「もてなしの心」があるかどうか(というか私が感じるかどうか)ということなのだということに気付いた。
今度から、「もてなしの心度」という尺度を設けよう。

くろ喜さんは、無言で、店全体で、そしてラーメンで、もてなしの心を伝えることができる。
くろ喜の店主さんは、教養人かも。
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by mw17mw | 2011-10-19 00:32 | 飲食店・菓子店 | Comments(2)

Commented by 長坂@名古屋 at 2011-10-20 11:30 x
ホントだ!茶道ですね、これは。
そして、「利休」ですよね。

紹鴎など、先達は様々ありますが、
「茶道」という言葉から現代人が連想するもののほとんどは、
利休が一人で作り上げたシステムのように思います。

「饗 くろ喜」のご主人は、茶道を意識しているのかもしれません。
しかし、意識しているか否かにかかわらず、

「日本人が、ひとり(か少人数)で、客をもてなす。ただし、静かに。そして、システマティックに。」

と、行動すると、利休っぽくなってしまうのじゃないかと思います。
それほどに、利休の考えたシステムは、日本人に強く食い込んでいるのだと思います。
彼が死んでから、もう、400年以上もたつというのに。
Commented by mw17mw at 2011-10-20 15:38
>長坂@名古屋さん
私は、茶の湯だけでなく、受験科目に日本史を選ばなかったので、千利休さんについても詳しくないのですよ。
千利休に触れたのも、山岡荘八の「徳川家康」を読んだ時だけです。(あ、それとこの前NHKの何とかピアで、千利休特集見ました)

一期一会、もてなしという言葉自体も利休さんですからね。

近々、千利休を開設した本を探して読んでみます。