浅草三角でふぐコース

月曜日の午後、突然、従姉のH子ちゃんから電話があり、近所にいるからと、私と妹に、浅草でふぐを一緒に食べないかと誘ってくれたのだ。

それを断るわけない、お店は早仕舞いして、喜んで出かけた。

d0063149_23474550.jpgお店は以前にも連れて行ってくれた「三角」(レコードのヨーロー堂の裏)。
従姉夫婦H子ちゃんとK三さんが、私と妹に楽しく美味しい時をプレゼントしてくれた、心から感謝。

三角は、一度工事していたが、新装ではなく、改装だったみたいで、昔の木造家屋や座敷の感じは変わらないまま、畳が切り取られ、掘りごたつ形式になっていた。
これは、足が痺れないので、すごく助かる。

d0063149_2348162.jpg話に夢中で写真を撮り損ねてしまった、撮った写真は、ふぐのお刺身だけ。
でも、ふぐの前菜、ふぐのお刺身、ふぐの唐揚げ、ふぐちり、雑炊のコースをご馳走になり、久々、冬らしいご馳走を食べられてとても幸せだった。

それにしても、温かい部屋で、お鍋を囲んで、ゆっくり、色々な話をするのは楽しい。
従姉夫婦は、いつもお祭に来てくれる人たちなのだけれど、お祭の時は慌ただしく、ゆっくり話せない。
でも、今回は、お互いの生活のこと、従姉の母である目黒の伯母のことなぞ、ゆっくり話せて良かった。

私が幼い頃から料理に興味を持ったのは、元々料理好きの遺伝子を持って生れついたということもあるが、結局は、伯母の影響が大きいと思う。
我が家は、商家で、母もお店を手伝っていたし、母が料理を好きではなかったので、簡単であった。
そこに、味にうるさい私が生まれて、常々、家のご飯がもっと美味しく楽しくならないかと考えていたのではと思う。
で、幼い頃、夏休みなぞに、目黒の伯母が自分の家に私を連れて行って、泊まらせてくれた。
その時々に、落ち着いた環境で専業主婦の伯母が料理する姿を見、実際に出来上った料理を伯母の家族とともに食べる経験をし、私も我が家の食卓にも、伯母が作るような料理を並ばせたいと思ったのだと思う。
良く、伯母の横で、包丁さばきとか、じっと見ていたし、実際にはやらせてもらえなかったかも知れないが、色々な知識を習ったと思う。
そして、段々、自分で料理をするようになってしまった。(笑)

で、H子ちゃんは長女だったから、夕方外から戻ると、良く伯母の料理を作る時に呼ばれ、手伝っていた記憶がある。(だから、H子ちゃんが一番伯母の料理に近い物を作れるし、お料理が上手←私と違って、見た目もきれいで、ささっと気の利いたものを作る才能がある)

一番記憶に残っている伯母の料理は、かに玉。
焼いたかに玉ではなく、茶碗蒸しに近いのかな、高さがあった蟹玉であった。
H子ちゃんの記憶によると、そのかに玉は、無水鍋で作ったものだったそうだ。
伯母は近所の友達と、料理の先生を招いて無水料理を習っていたそうで、その時のレシピをH子ちゃんは持っているとのこと。
今度、時間がある時、是非、探しておいてね。

伯母の得意料理は、酢豚とのことで、やはり、私と親戚なのねと思う。

以前書いたけれど、伯母の手作りのプリンも私にとってはものすごい刺激であったし、確か、私が小さい頃、スポンジケーキと、牛乳瓶に入っている生クリームを我が家に持って来てくれて、我が家で、デコレーションケーキを作ってくれたこともあったけれど、それも私をびっくりさせた。

その頃の私にとって、生クリームは牛乳屋さんで売っていて、それを注文して買ってくれば、家で、ケーキが作れることを知ること自体が、ものすごくセンセーショナルな情報だったのだ。(ケーキ屋さんという特殊な人しかケーキを作れないと思っていたから)

そう、お料理に関しては、本当、父の姉である今は亡き目黒の伯母が幼い頃の私にとって一番の刺激であった。(一番の先生と言える程、習えなかったのは残念)

でも、改めて、今は亡き目黒の伯母とその連れ合いの伯父の思い出を考えると、私への影響は、食べ物や料理に関することだけではなく、「人に対する態度」ということでも、影響を受けている、二人とも良い見本になってくれていると最近思っている。

二人とも、とても人を大切にする人であった。
伯父は、無口でいつもニコニコしていて、余計なことを言わない。
色々感じること、言いたいことも心に浮かぶだろうが、一切黙っていて、ニコニコ、穏やかに人の話を聞いているタイプであった。
この感じることや余計なアドバイスを一切しないで黙っているというのも、人格ができていないと、中々できないことであると、私は大人になってから、知った。

伯母は、明るい性格で、おしゃべり好きであったけれど、やはり、余計なこと、すなわち、人の気持ちを下げるようなことを一切言わないで、人の気持ちを楽しくする方向に持って行くのが上手な人であった。

今、私は、相当な年になって、余計なことを言わなくなってきているが、例えば、甥たちや弟に対して、「一言言っておかねば」という時もままあったのだ。
その時、どうやって、彼らに、私の言いたいことを相手の心の中に伝わるように、上手に言えばいいのかなと、方法を考えるときに、思い出すのは、目黒の伯母のような言い方なのだ。
ずばり言いたいことを伝えるのでもなく、やはり、相手の気持ちや立場に理解を示しながらも、穏やかに、楽しく(というか、深刻ではなく)、相手の気持ちに沿って伝える技術なのかな?(うまく表現できないけれど)

と、取りとめもないけれど、対人関係というか、人への接し方については、幼い頃から大人になるまで、いや、大人になってからも、見本にできる穏やかで人格と知恵のある大人と接した経験の有無が大きいなと思う今日この頃。
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by mw17mw | 2011-02-03 23:50 | 飲食店・菓子店 | Comments(2)

Commented at 2011-02-08 15:02 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by mw17mw at 2011-02-08 19:10
>目〇のA夫さん
書き込み有難うございます、嬉しかったです。
H子ちゃんと秋になったら、いとこ会を開こうかと言っています。
その時にでもお話できるのを楽しみにしております。